東京光学 PART 2
東京光学の最高傑作にして
オールドレンズ界の不朽の名作
Tokyo Kogaku RE.Auto-TOPCOR 58mm F1.4 (Exakta mount)
東京光学(現トプコン)が世に送り出した交換レンズの中で、最高傑作はどれかと問われれば、多くの人が真っ先に挙げるのがRE.Auto-Topcor 58mm F1.4でしょう。このレンズは、1963年に発売された一眼レフカメラの名機「トプコンREスーパー」の標準レンズとして開発されました。REスーパーは、ミラーに受光部を組み込むという独創的な発想によって、世界で初めてTTL開放測光を実現した、カメラ史に残る一台です。RE Auto-Topcor 58mm F1.4は、その看板レンズとしてカメラ本体とともに大きな注目を集めました。しかし、このレンズが名声を得た理由は、名機の標準レンズだったからだけではありません。レンズそのものの性能が当時として突出していたのです。
当時、F1.4クラスの大口径レンズは、絞り開放で滲みやフレアが出るのが常識でした。ところがこのレンズは、開放からピント面がシャープでコントラストも高く、描写は同時代の他社製品と比べても際立っていました[1]。とりわけ特徴的なのが、像にしっかりとした芯があることです。点像のまわりに余分な滲みがまとわりつかず、被写体の輪郭は線の細い繊細なタッチで描き出されます[2]。この芯のある描写を立体感へと結びつけているのがボケへの配慮です。東京光学は1950年代の早い時期から、ピント面だけでなく、その外側に広がるボケにまで目を配る評価軸を持っていました。文献[1]では収差曲線を元に、このレンズが特に立体的な描写において、他のF1.4クラスのレンズと比べ、突出していると評価しています。大口径レンズにおける「立体感」というのは、輪郭線をハッキリと描かず、煙のようなやわらかいグラディエーションで背景や周囲に溶け込ませ、主体に奥行き感を与える技法(絵画分野のスフマートに相当)のことを指しています。すなわち、ピント面から背景へ向かう途中で、ボケがなだらかにつながっていくよう配慮された描写のことです。ダ・ビンチのモナ・リザの絵を観てください。くっきりとした主題から背景へと像が段差なく溶け込んでいくことで、描写に厚みと奥行きが生まれ、ピント部の陰影と相まって主題が空間の中に自然に浮かび上がって見えると思います。こうしたいくつもの配慮が、このレンズの描写に結実したといえます。
トプコンは1981年に一眼レフ事業から撤退しましたが、本レンズの評価は衰えるどころか、時を経るごとに高まりました。それを象徴するのが、2003年にコシナが正式ライセンスを受けて発売した限定復刻モデルです。光学系は当時のままではなく、現代技術で再設計(レンズ構成も変更)されているため、写り自体はオリジナルと異なりますが、外観は専用フードに至るまでオリジナルのデザインを忠実に再現していました。メーカー撤退から20年以上が過ぎてなお、他社の手によって復刻されたという異例の事実こそが、このレンズが不朽の名作である証拠といえるでしょう。
レンズ構成は5群7枚の拡張ダブルガウス型です。これはF1.4クラスの大口径一眼レフ用レンズとしては定番の構成で、曲率等に僅かな差はあるものの、基本的には戦前のライツ・クセノンの流れを汲む系譜にあたります。一眼レフに不可欠な長いバックフォーカスを確保しながら大口径を実現できる構成として、当時はほとんど唯一の選択肢だったといえます。ただし、本レンズの場合にはエキザクタマウントの細い口径に光を通す必要があったため、前群に比べて後群の径がかなり小さく抑えられています。58mmというやや長い焦点距離も、エキザクタマウントに適合させるための、ぎりぎりの選択だったそうです。
東京光学の元エンジニアである白澤章茂氏の著書[3]によると、このレンズを設計したのは同社の岸本匡氏です。岸本氏は、広角レンズRE.Auto-Topcor 25mm F3.5の設計も手がけた人物でした。東京光学は1959年、国内の光学メーカーとして初めてレンズ設計用に電子計算機(米国カリフォルニア州リブラスコープ社のLGP-30型)を導入しています(文献[3]ではLPG-30と表記)。岸本氏は、この計算機を用いた光学設計計算の手法を開発するために入社した技術者だったそうです。こうした経緯を踏まえると、本レンズの光学設計にもこの計算機が活用された可能性が考えられます。
 |
| 岸本匡氏の似顔絵イラスト |
レンズの設計理念について多くのことは伝わっていませんが、書籍[1,2]に示された測定結果から特徴を読み取ることができます。球面収差の輪帯部の膨らみがとても小さく、開放でも点像にしっかりとした芯が残るため、線の細い描写が得られることがわかります。しかも、極度な過剰補正は避けられており、後ボケやコントラストへの配慮が見られます。一方で、横収差ではペッツバール和が大きいものの、像面分離を引き起こす無理な像面平坦化は避けつつ、S像面とM像面を中央像面ごとレンズ側へ大きく湾曲させています。この収差設計が巧みに働き、背景のボケを安定させているものと考えられます。初代ウルトロンを思わせる描写設計です。白澤氏の著書には、REスーパーの開発時に、焦点距離50mmの標準レンズを実現するため、マウントを変更すべきかどうかをめぐって、社内で激しい議論が繰り返されたことが記されています。開発陣はエキザクタマウントを捨てるべきだと主張しましたが、最終的には首脳陣の判断で従来のマウントが維持されました。それまでに築いてきたレンズ資産を守ることが優先されたのだそうです。
 |
| 製品番号 94B, 重量(実測)362.7g, 絞り羽 6枚, 最短撮影距離 0.45m, 絞り F1.4 - F16, フィルター径 62mm, EXAKTA/TOPCONマウント |
 |
| 製品番号 112B, 重量(実測)357.2g, 絞り羽 6枚, 最短撮影距離 0.45m, 絞り F1.4 - F16, フィルター径 62mm, EXAKTA/TOPCONマウント |
REオートトプコールにはシルバーモデルとブラックモデルの2種類のカラーバリエーションがあります。これはカメラ本体のカラーバリエーションに合わせた配慮ですので、他の部分に差はないもとの思っていました。しかし、私の入手した2種の個体をよく観察すると、絞り羽の色に差異がありました。白トプコールは絞り羽がグレー、黒トプコールはブラックです。絞り羽の色の差にどういう意味があるのかまでは、わかりません。
参考文献
[1] アサヒカメラ 昭和38年9月号 ニューフェース診断室
[2] 「レンズテスト 第1集 クラシックカメラ選書22」中川治平・深堀和良 朝日ソノラマ
[3] 「トプコンカメラの歴史:カメラ設計者の全記録」白澤章茂 (朝日ソノラマ)
中古市場での相場
本レンズは中古市場での流通量が比較的安定しており、希少価値はそれほど高くありません。しかし、優れた描写性能と独特の鏡胴デザインから現在も根強い人気があり、取引価格は同じクラスの他社製オールドレンズと比べても高値で推移しています。
- 国内ネットオークション: おおよそ 40,000円〜50,000円前後 が目安となります。
- 中古カメラ専門店・海外オークション: 専門店による品質保証や海外での需要も手伝い、国内オークションよりもう一段高い価格帯で取引される傾向があります。
【購入時のチェックポイント】
- 付属品(フード)の有無: 発売当時は純正のバヨネット式フードが付属していました。この純正フードがセットになっている個体は、相場より少し高値になります。ただし、レンズ先端にはフィルター用のねじ切り(62mm径)も備わっているため、こだわりがなければサードパーティ製の汎用フードで代用することが可能です。
- カラーバリエーション: カメラ本体と同様に、市場に出回っているのはシルバーカラーが圧倒的多数を占めます。ブラックカラーは流通量が非常に少ないため、もし見かけた場合は価格が高騰している可能性があります。
総じて、実用性とコレクション性を兼ね備えた「状態の良い個体(良品〜美品クラス)」を、50,000円程度を予算の目安としてじっくり狙うのが最もおすすめの買い方と言えます。
実写テスト
開放での滲みやフレアは同クラスの中でも際立って少なく、ピント面は四隅までクリアです。肌の質感などには程よい柔らかさを残しながら、コントラストとヌケの良さは高い水準を保っており、発色も良好です。そのぶん解像感も高いのですが、中央部の解像力(分解能)は中庸であるという印象を受けます。東京光学の設計理念はビント面全体で解像力を平均的に高水準にする事だったそうです[3]。
多くの人が指摘するように、ピント面から背景に向かってボケ量がなだらかに増えていくのも、このレンズの持ち味と言えます。これが線の細い輪郭描写と相まって、被写体に厚みのある立体的な写りをもたらします。背景のボケは適度に柔らかく、煩くなることはありません。非点収差の影響もほとんど見られないため、グルグルボケや放射状のボケの心配もないでしょう。高い人気を集めているのも頷けます。
 |
F1.4(開放) Nikon Zf(WB: 日光A)
|
 |
F1.4(開放) Nikon Zf(WB:日光A) 湾曲した像面に沿って主体を配置してみると、こんな感じにシ端までキリッとピントが合うようです
|
 |
F1.4(開放) Nikon Zf(WB:日光A)
|
 |
F1.4(開放) Nikon Zf(WB: 日光A)
|
 |
F1.4(開放) Nikon Zf(WB: Auto)
|
 |
| F1.4(開放) Nikon Zf |
 |
F1.4(開放) Nikon Zf
|
 |
F2.8 Nikon Zf
|
0 件のコメント:
コメントを投稿
匿名での投稿は現在受け付けておりませんので、ハンドルネーム等でお願いします。また、ご質問を投稿する際には回答者に必ずお返事を返すよう、マナーの順守をお願いいたします。