階調描写と空間構成で魅せる
モノクロ・スナップの定番レンズ
Leitz Wetzlar SUMMARON 3.5cm F3.5
ズマロンは、ライカの歴史の中で「手軽に扱える優秀な広角レンズ」として、多くの写真家に親しまれてきました。とりわけモノクロフィルムとの相性に優れ、1950〜60年代のスナップ写真家たちにとっては、日常を切り取るための定番レンズでした。
色彩を排したモノクロ写真では、白と黒の間に広がる階調変化が表現の核となります。色を排した制約は、むしろ構図や質感といった他の要素を際立たせる契機となり、写真に深みを与えます。ズマロンは決してコントラストの強いレンズではありません。しかしその真価は、中間調のトーンを繊細に拾い上げる描写力にあります。つなぎ目のない滑らかな階調が、レンズ本来の高い解像感と相まって、平面性を超えた立体的な像を生み出します。カラー写真が主流となった現代においても、ズマロンは私たちを美しい階調描写の世界へと誘います。
さらに、広角レンズならではのパースペクティブもズマロンの魅力のひとつと言えるでしょう。
時間の流れを持たない静止画の世界では、空間の構成力こそが重要です。広角レンズが得意とする視線誘導や遠近感を活かした構図は、動きのない一枚の画に動的な変化をもたらし、写真表現に意味深さと物語性を生み出します。
スペックは控えめながらも、ズマロンには静止画に求められる基本的な性能がしっかりと備わっています。階調描写力と空間構成力に優れ、スナップシューターの意図に的確に応えてくれる頼もしい存在なのです。
ズマロンの登場とその背景
ズマロン3.5cm F3.5は、1930年に市場投入されたエルマー3.5cm F3.5(テッサータイプ)の後継製品として開発され、1949年(1945年説もあり)にバルナックライカ用の広角レンズとして発売されました[1]。設計構成は4群6枚のガウスタイプで、資料は乏しいものの、戦後にショット社から供給された重クラウンガラスなどの高屈折・低分散硝材が導入されていたと考えられます。エルマーに比べて収差補正が強化され、画面全体にわたって画質の改善が図られました。設計を手がけたのは、エルマーやズマールを開発したライツのレンズ設計士マックス・ベレーク(Max Berek)。製造本数は12万2021本と非常に多く、その人気の高さがうかがえます[1,2]。ラインナップには、初期型のスクリューマウントモデルに加え、1954年にはバヨネット式Mマウントモデルも登場しました。
1958年に上位モデルのズミクロンM35mm F2が登場し、さらにSUMMARON 35mm F2.8の改良モデルが続いたことで、1959年に生産を終了しました。
ガウスタイプ vs ゾナータイプ —描写思想の対峙とその余韻
1930年代、標準レンズの分野において、ライツ社のズマールとツァイス・イコン社のゾナーが市場を巡って激しく競い合いました。表向きには、レンズの明るさや商業的な優位性をめぐる争いとして語られることが多いこの競合ですが、一部の愛好家たちは、より本質的な視点からこの対立を捉えています。すなわち、ガウスタイプとゾナータイプという異なる光学設計がもたらす描写特性の違いに対する、世間の嗜好を問う思想的な対峙であったという見解です。
ガウスタイプは微かなフレアを伴いながらも高い解像力と線の細い描写を特徴とし、繊細で詩的な表現を得意とする設計思想です。一方、ゾナータイプはシャープネスとコントラストの強さ、ヌケの良さ、そして発色の鮮やかさを武器に、力強く明快な描写を志向します。両者はそれぞれに他にはない長所と短所を備えた、対極的な存在でした。当時の世論は、ゾナーの描写傾向に軍配を上げたかのように見えます。しかし、この描写思想の火種は戦後も燻り続け、やがて広角レンズの分野へと飛び火し、再び激しい競争の炎を巻き起こします。
戦後、ゾナータイプの構成を基盤としたツァイス・イコン社のビオゴンが広角レンズ界で大きな影響力を持つ中、1949年にはガウスタイプの構成を踏襲したライツ社のズマロンが登場。繊細な描写と階調表現を武器に12万本の販売を記録する人気商品となり、ガウスタイプの思想が見事にリベンジを果たすこととなります。この大ヒットを後押ししたのは、戦後に進化したガラス硝材の性能向上と、コーティング技術の成熟です。これらの技術的進歩が、ガウスタイプの弱点を補い、その描写思想に有利な時代背景を形成したのです。
参考文献・資料
[1] Camera wiki forum: Summaron
f= 3.5 cm 1:3.5
[2] kenrockwell.com: LEICA 35mm
f/2.8, Leica SUMMARON
[3] Serial Number
data set, Puts Pocket Pod.pdf
[4] 郷愁のアンティークカメラ III・レンズ編 アサヒカメラ増刊号 朝日新聞社 1993年
[5] アサヒカメラ ニューフェース診断室『ライカの20世紀』朝日新聞社
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Leitz SUMMARON 3.5cm F3.5(1st) : 右はSUMMARON/ ELMAR用純正フードFOOKH, 絞り F3.5-F22, 最短撮影距離 3.5feet, フィルターねじはない, 絞り羽 10枚構成, 設計構成 4群6枚ガウスタイプ, 発売 1949年 , 重量 147g, ライカL39マウント |
★入手の経緯
このレンズは、2025年7月にヤフーオークションを通じて福岡の古物商から5万円強で入手しました。ズマロンはガラスにクモリが生じやすいことで知られており、状態の良い個体を見つけるのは容易ではありません。実際、中古市場に流通している多くの個体には何らかの問題が見受けられますが、時間をかけて丁寧に探せば、現実的な価格で良好なコンディションの個体を見つけることも可能です。
購入に際しては、販売者の信頼性を見極めることが何より重要です。私の場合、商品の状態に対して適切な検査を行っていること、過去のフィードバックに大きな問題がないこと、そして記載内容と実物に大きな乖離があった場合に、返品対応に応じてくれることを取引相手の選定条件として重視しています。今回取引した販売者はオーディオ機器とカメラ用品を専門に扱っており、ビンテージ品を扱う専門性の高さが好印象でした。さらに、常時、複数のレンズを出品しており、強い光を用いた検査を行っていること、カビやクモリの有無を明確に記載している点からも、信頼に足る相手と判断できました。レンズは競買を経て最終的に、49500円で落札することができました。中古市場における本レンズの取引相場は、ネットオークションの場合に、クモリのある個体が4万円〜5万円程度、クモリのない良好な状態の個体では6万円〜8万円程度が目安です。ショップで購入する場合は、これらの価格に2万円程度を上乗せした額を現在の相場と見ています。
★中判デジタル機GFXとの相性
ズマロンには中判イメージセンサーをカバーできる広大なイメージサークルが備わっています。Fujifilm GFXシリーズやHASSELBLADの中判デジタル機で用いた場合は、35mm判換算で焦点距離27mm、開放F値F2.7相当の広角レンズとして使用でき、パースペクティブもそれなりに大きくなりますが、ケラレはありません。ただし、四隅では光量落ちが少し目立つようになります。これを避けたいならば、カメラの設定でアスペクト比を変更し、対角線画角を少し短くしてやればよいです。おすすめは16:9, 65:24あたりですが、中でも65:24は対角線画角がレンズの定格である35mm判の対角線画角とほぼ同じであるため、規格外の画質の乱れや光量落ちの心配が全くありません。
★写真サンプル
開放から滲みの無いシャープな像が得られるレンズで、歪みも良く補正されています。イメージサークルに余裕があるためか、四隅の光量落ちは目立たないレベルです。ただし、モノクロ撮影用に最適化されており、中間階調は豊富に出るものの、カラー写真での鮮やかな発色は期待できません。コントラストは低いため、彩度が抜けたくすんだ様な色味となり、力強い発色を求めるシーンには不向きであることが分かります。しかし、こうした特性こそが「オールドレンズの味」と言われるものの正体ですので、使い方次第では現代レンズにはない表現力となります。毒も使い方一つというわけですね。もちろん、モノクロ専用レンズとして活用すれば、その真価が最大限に発揮されるでしょう。
カラーであれモノクロであれ、レンズの特性を理解し、それに即した撮影を心がけることで、より魅力的な写真表現が可能になります。
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F8, Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 16:9) |
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F4, Fujifilm GFX100S |
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F5.6, Fujifilm GFX100S |
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F3.5(開放) F4, Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 16:9) |
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F3.5(開放) F4, Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 16:9) |
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F3.5(開放) F4, Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 16:9) |
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F3.5(開放) F4, Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 16:9) |
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F3.5(開放) F4, Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 16:9) |
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Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 65:26) |
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Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 65:26) |
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Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 65:26) |
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Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 65:26) |
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Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio 65:26) |
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