おしらせ


2011/09/14

Rodenstock Eurygon 30mm F2.8(M42) Rev.2 改訂版


クールトーンな西独のレンズ達 3:
無骨なデザインを纏った
青の伝道
私が初めて手に入れたオールドレンズは焦点距離35mmのFlektogonとAngenieuxで、どちらも温調な発色特性を持ち味とするレンズであった。ところが次に手に入れた本レンズの描写は、これらとはまるで異なっていた。はじめて試写した時の印象を今でもはっきりと覚えている。レンズをデジカメにマウントし恵比寿や代官山の町をぶらつきながら家族の姿を撮っていたところ、写るもの全てがクールトーンであっさりと上品に見え、「このレンズには何かあるな」という強い感触を得た。人の肌はやや白っぽく、地面やビルのコンクリートがやや青っぽく変色するのだ。それはツァイスのコッテリとした温調で華やかな色彩とは明らかに異なり、なおかつコントラストが低い事に由来する淡白な発色傾向とも異なっていた。その後、SchneiderやSchachtなど他の西独製レンズにおいても同様の性質があることに気付き、この種のレンズに対する興味はますます高まっていった。ある時、地元横浜市でオールドレンズの改造を手掛けるNOCTO工房でSchneiderのレンズが持つ青の魅力(シュナイダーブルー)の事を聞かされ、西独レンズ達のクールな発色特性に対する認識は揺るぎないものとなった。

今回再び紹介するEurygon(オイリゴン)30mm/F2.8はドイツ・ミュンヘンに拠点を置くG.Rodenstock(ローデンストック)社が35mm一眼レフカメラ用として少量だけ生産した焦点距離30mmの広角レンズだ。レンズ名は「広い」を意味するギリシャ語のEurysと、「角」を意味するGonを組み合わせたのが由来で、そのまま「広角」という意味になる。Rodenstockといえば1877年に行商人のヨーゼフ・ローデンストックが起業し、眼鏡造りで名を馳せた光学機器メーカーである。カメラ用レンズも1890年代に生産を始め、2000年までプロ向けの大判用レンズを造り続けていた。現在は企業活動を眼鏡の生産のみに一本化することで写真用レンズの生産から撤退している。Rodenstock社の製造台帳によるとM42マウントやEXAKTAマウントのEurygonが生産されたのは1956年から1960年にかけてであり、2本のマスターレンズに加えExaktaマウント用が1300本、M42マウント用が1400本製造されたと記録されている。光学系は6群7枚のレトロフォーカス型で、対応マウントは少なくともM42、EXAKTA、DKL(デッケル)の3種が存在していた。鏡胴の造りが良く、ラッパ型の独特な形状と無骨なゼブラ柄のデザインには強いインパクトを受ける。
Eurygonのレンズ構成は6群7枚のレトロフォーカス型である。上記の構成図は1959年の米国向けパンフレットに掲載されていた図をトレースしたものだ。1939年に生みだされた重金属を含む新種ガラスは青の短波長光に対する透過が悪いという欠点を持っており、青と黄のカラーバランスに深刻な影響を及ぼした。この欠点を補うためにアンバー系のコーティングが導入されカラーバランスの適正化が図られた(カメラマンのための写真レンズの科学:吉田 正太郎著)。硝材とコーティングの連携によるカラーバランスの適正化は、どのような撮影条件においても破たんなく安定でいられるのだろうか。おそらく、このあたりにクールトン軍団のレンズ達が持つ個性豊かな色彩の秘密が隠されているのだろう。
最短撮影距離 0.4m, 重量 305g, フィルター径 58mm, 焦点距離 30mm, 開放F値 F2.8, 絞り機構は手動。焦点距離の異なるゼブラ柄の姉妹品には50mm/F1.9の標準レンズHeligon(4群6枚)、100mm/F4(4群5枚)、135mm/F4(4群5枚)、180mm/F4.5(5枚構成)の3種の望遠レンズRotelar(ロテラー)、135mm/F3.5のYonar(イロナー)などがある。1959年当時の米国版カタログとドイツ版カタログには各レンズの価格が掲載されており、Eurygonが179.5ドル(425マルク)、Heligonが169.5ドル(405マルク)、Rotelar3種 144.5/144.5/139.5ドル(340/375/355マルク)、Yonar 285マルクと記されている。レンズの構成枚数から考えればEurygonの製造コストが一番高く、そのぶん値段も高かったのであろう
入手の経緯
私が以前に所持していたEurygonは一度売却してしまったので、今回のEurygonは買い戻した品となる。本品は2009年にeBayを介して米国大手中古カメラ業者のケビンカメラから入手した。商品ははじめ756ドルの即決価格で売り出されていたが、値切り交渉を持ちかけたところ680ドルで私のものとなった。商品の解説はMINTYで状態の良いレンズとの触れ込みだったが、届いた商品はマウント部にガタがあった。仕方なく修理に出して改善したのはいいが、最近になって後玉の外周部に薄いカビの除去跡を発見(カビではなく確かなカビの除去跡)、それを見た瞬間、思わず「しまった!見なければよかった。」とぼやいてしまった。気付かなければ幸せなことだってある。ケビンカメラからは前にも一度、明らかにクモリのあるレンズをMINTYとの触れ込みで購入したことがあった。米国の超有名店とはいえ説明不足は明らかで、この時以来、同店に対する私の信頼はガタ落ちである。なお、カビの除去跡は描写に全く影響の出ないレベルであった。私はコレクターではないので、手に入れたレンズを手放す日もそう遠くないが、このレンズを再び手放すとなれば安くなってしまうんだろうな~。やっぱり売却は無理か・・・。

撮影テスト
西独クールトーン軍団の描写に共通する独特の色彩については、以前から繰り返し紹介してきた。日光照度の高い撮影条件で青とその補色関係にある黄色のバランスが不安定化し、シャドー部が青、ハイライト部が黄色に引っ張られることで素晴らしい色彩が生みだされる。また、やや照度低い状況においても、白い壁や灰色のコンクリートが青に引っ張られて変色することもあり、これらは条件次第でさわやかな青にもなれば、病的な青にもなる。また、緑が照度に応じて青緑に転んだり黄緑に転んだり、コロコロと不連続に変色するのも面白い。Eurygonもこの種のレンズの性質を備えており、簡単に言ってしまえば制御不能なのだ。しかし、辛抱強く付き合っているといいこともある。このレンズでしか撮れない不思議な色彩に出会う事ができる。
Eurygonの撮影結果にはピント面に解像力があり、近接撮影でも開放絞りからスッキリと写る。周辺画質に歪みや像の流れなど大きな破たんはなく、画質の均一さという意味では良くまとまった優秀なレンズといえる。近接撮影時に開放絞りでグルグルボケが発生するが、1段絞れば治まり、2線ボケの無い穏やかで綺麗なボケ味となる。深く絞り込んでもシャドー部がカリカリと焦げ付くことは無く、階調は暗部に向かって緩やかに変化する。焦点距離30mmのレンズともなれば深い被写界深度を利用したパンフォーカス撮影も可能だ。以下では銀塩撮影(ネガフィルム)とデジタル撮影(Sony NEX-5)による作例を示す。
F4 銀塩撮影 FujiColor Reala 100(ISO100): ブルドックの前足や体毛、瞳などが青味がかっている。不思議な色彩が出ている
F2.8 Fujicolor SP400(ISO400): 葉の緑の色が照度に応じて不連続に変化する。日向では黄色に転び、日陰では青に転んでいる

F4 銀塩撮影 FujiColor Reala100(ISO100):   地面のコンクリートや背後のいろいろなものが青味を帯びている
F4 銀塩撮影 FujiColor  Reala100(ISO100): このように近接撮影でもスッキリとシャープに撮れる。多くの作例で画面全体に青の薄いベールがかかったような不思議な色が出る
F5.6 銀塩撮影 FujiColor Reala100(ISO100): そうかと思えば、この作例のようにノーマルな発色の時もある。緑の背景が絵のように綺麗だ
F4 NEX-5 digital, AWB: 写真用レンズとは球面ガラスを使って光線を屈折させ平面像を得る変換機構だ。この変換による画質の破たん(収差)はEurygonのような広い画角を持つレンズになるほど深刻であり、像が流れたり歪んだりと周辺画質に大きな影響が表れる。しかし、このレンズの場合はよく補正されており大きな破たんはないようだ
★撮影機材
銀塩撮影 Canon EOS kiss + M42-EOS adapter(中国製) + 八仙堂広角レンズ用メタルフード
デジタル撮影 Sony NEX-5 +kipon M42-NEX adapter + 八仙堂広角レンズ用メタルフード

Schneiderのレンズにおいて見出されている独特な青の発色はシュナイダーブルー(Schneider Blue)と呼ばれることがある。オールドレンズの描写力が持つ、現代のレンズにはない「味」を明確に指した表現だ。こういう表現が増えてゆけば、オールドレンズに対する価値認識は今よりもずっと向上するのであろう。EurygonやHeligonのようなRodenstockのレンズも、シュナイダーのレンズに良く似た発色傾向を示し、素晴らしい色彩を生み出すことができる。近いうちにシュナイダーブルーの発案者であるNOCTOの岡村代表がシュナイダー製レンズの描写に関する特集記事を発表される予定なので、是非ご覧いただきたい。

10 件のコメント:

  1. 10年ぶり程でしょうか、病気が再発してこのページに来てしまいました。ジャパン市場雄ではユリゴンは皆無ですね。今かろうじてメルカリで出品されていますが。ローデンストックではレチナⅢC Heligonを所有していますが、日本のカラーネガとの相性は悪かった記憶があります。一方でモノクロ・ネガでは素晴らしい雰囲気の描写を見せました。

    返信削除
    返信
    1. コメントの書き込みありがとうございます。色再現性については、かなり癖のあるメーカーですが、これも個性だと思っています。画像処理エンジンが色の性格を決めるデジカメ時代に、この個性がどれ程度意味がある性格なのか、わかりませんが。モノクロでは素晴らしいのですね。今度試してみたくなりました。

      削除
    2. Vince(旧コック)です。ご返信ありがとうございます。画像処理エンジンも「解釈」なしで光信号をJpegに吐き出してくれるといいのですが。またお付き合いください。

      削除
    3. Vince(旧コック)です。発作で我慢が出来ず入手しました。発音から7枚広角とも意訳できるこのレンズ、銘柄のとおり独特です。ISCO WESTANARにみられるような甘さを若干残し、開放付近では周辺光量落ちが雰囲気よく、絞れば鋭利な描写となります。
      個性的ではありますが日常の気軽なスナップに向いているような感じをうけます。
      色味いついてはA74のWB調整で引っ掛かり、レンズそのままの特性は未確認です。

      削除
    4. Eury- (広範囲の) + Gon(角)なのでしょうか?。
      光量落ちがあるとはいってもキツくはなく、やはりレトロフォーカス型なので対称型に比べますと開口効率が高いので、光量の均一性がほど良い感じですよね。

      削除
    5. ありがとうございます。「Eury- (広範囲の) + Gon(角)なのでしょうか?。」こちらが正統な解釈なのかと思います。july(7)との意味合いをちょっと感じました、考えすぎかも。しかしデザインかっこいいですね。

      削除
    6. デザインは本当にいいですよね。特にゼブラとゼブラの間にある、くびれの放物線が美しいと思います。

      削除
  2. 初めまして、最近このレンズをレチナ用デッケルマウントで手に入れました。この時代のレンズだということを考えれば逆光でも優秀で、よく写るレンズだと思います。同じローデンシュトックの35mmF4やシュナイダーのクルタゴン35mmF2.8に対してかなり大型化しますが、性能には満足しています。記事で仰る通り、快晴の日に使いましたらすごくきれいな青空になりました。
    https://t-oku.com/deckel/page1-eurygon30mm28-05.html

    返信削除
    返信
    1. コメントありがとうございます。HP拝見いたしました。コントラストの低い軟調系と言われれば、たしかにそうですが、そこが古いレンズの良さともいえますよね。どうぞよろしくお願いいたします。

      削除

匿名での投稿は現在受け付けておりませんので、ハンドルネーム等でお願いします。また、ご質問を投稿する際には回答者に必ずお返事を返すよう、マナーの順守をお願いいたします。