おしらせ


2013/05/24

Meyer Optik Trioplan(トリオプラン) 100mm F2.8 (M42)

Trioplanの素晴らしい描写力に出会ったのはドイツ人が開設しているこちらのWEBサイトである。初めて訪れた時の衝撃を今でもよく覚えている。このレンズを用いれば、ごくありふれた風景が今まで見たことも無いようなファンタスティックな光景に置き換わってしまうのだ。幻覚にも似た素晴らしい写真効果が得られるのである。

東独フーゴ・マイヤーの三羽烏(最終回)
PART3:銘玉TRIOPLAN 100mm F2.8


Meyerの望遠系レンズには端正な写りが評判のTelefogar(テレフォガー)90mm F3.5やボケ・モンスターの異名を持つOrestor(オレストール) 135mm F2.8など注目度の高いレンズが揃っている。中でも最近、圧倒的な人気を誇るのがTrioplan(トリオプラン)100mm F2.8である。設計構成は廉価品扱いの絶えないトリプレットで、焦点距離は100mmとやや不人気のカテゴリーにある。レアな製品と言えるほど流通量が少ないわけでもない。何がそんなに人気なのかというと、このレンズでしか表現できない独特のボケ「バブルボケ」である。このレンズで撮ると被写体の背後に現れる点光源のボケが背景から剥離し、空間を漂うシャボン玉の泡沫(ほうまつ)のように見えるのだ。ユニークなのは大小不揃いのシャボン玉が立体的に浮き上がって見えるところである。シャボン玉の大きさが不揃いなのは望遠レンズ特有の圧縮効果によって近くの点光源と遠くの点光源が空間的に接近して見えることによる。また、立体的に浮き上がって見えるのはシャボン玉の輪郭に光が強く集まる火面(Caustics)と呼ばれる現象のためである。この種のボケは二線ボケやリングボケとともに、球面収差を過剰に補正することで発生する。光学系の能力を超えた無理な大口径化を根本原因とし、収差の脹らみを無理に抑え込んでいるため、絞りを開ける際に起こる急激な反動(高次球面収差の膨張による急激なフォーカスシフト)がシャボン玉の輪郭に光の集積部を生み出すのである[文献1,2]。100mmの焦点距離でF2.8の口径比を実現したTrioplanは、トリプレットタイプとしては異例の超大口径レンズである。画質的に無理な設計であることは明白だが、そのおかげで写真表現に新たな可能性が生み出されている点を見逃してはならない。Trioplanを用いた作例には収差の特性を取り入れたオールドレンズ的な演出効果が分かり易くあらわれている。これからオールドレンズをはじめようと意気込んでいる方にも自信をもってお薦めできる素晴らしいレンズだ。
フィルター径49mm, 重量(実測/純正フード込み)270g, 最短撮影距離 1.1m, 絞り羽 15枚, 3群3枚トリプレット型, プリセット絞り, 絞り指標 F2.8-F22, Vコーティング, 戦後型の35mmフォーマット用としてはM42/Exakta/Praktinaマウントの3種のモデルが存在する。製造期間は1951年から1966年。レンズ銘の由来はラテン語の「3」を意味するTriplexであり、このレンズが3枚玉であることを意味している



Trioplanは1913年から1966年まで生産されたHugo Meyer社の主力ブランドである。今回取り上げた100mm F2.8のトリオプランは戦前にStephen Roeschleinが設計したモデルがベースとなっている。RoeschleinはPrimoplanの初期型を設計した人物でもある。製品名の頭に付くTrioはこのレンズが3枚玉のトリプレットであることを意味している。初期の製品は大判撮影用のモデルが中心であったが、1936年からはEXAKTA用とLEICA用に3種のモデル(10cm F2.8/10.5cm F2.8/12cm F4.5)が登場し、1940年からはEXAKTA用に5cm F2.8の標準レンズも追加発売されている。戦前のモデルは重量感のある真鍮鏡胴であったが、1942年から軽量なアルミ鏡胴に置き換わっている。また、戦後になって光学系が再設計され、解像力と周辺画質が向上している。戦前のモデルと戦後のモデルでは描写傾向がかなり異なるようでバブルボケが発生するようになったのは戦後になってからのようである。戦後の望遠モデルは焦点距離が100mmのみに1本化され、1951年から1966年まで15年間生産された。このモデルの対応マウントはM42/EXAKTA/Praktinaと少なくとも3種存在する。シルバーとブラック(希少)の2種のカラーバリエーションに加え、1958年からEXAKTA用に黒鏡胴ゼブラ柄モデル(Trioplan N)が追加発売されている。なお、確かなエビデンスの無い情報ではあるが、Meyer-OptikブランドがPENTACONブランドに置き換わった後も、Trioplan 100mm F2.8はプロジェクターレンズのDiaplan 100mm F2.8として存続したようである(Mr. Markus Keinathが描写傾向を同定し、海外のオールドレンズ掲示板で情報を広めている)。戦後の35mm判としてはExakta/Praktina/M42/Altix用に50mm F2.9の標準レンズも供給されていた。こちらのレンズは1963年まで生産されDomiplanに置き換わることで同社のラインナップから消滅している。詳細は不明だが他にも7.5cm F2.9や80mm F2.8などの希少モデルが存在していたようである。戦前のTrioplanはバリエーションが豊富にあるので、調べればいろいろでてくる。
 
Trioplan 100mm構成図(文献4からのトレーススケッチ)左が被写体側で右がカメラ側となっている
  
参考文献1:球面収差の過剰補正と2線ボケ,小倉磐夫著, 写真工業別冊 現代のカメラとレンズ技術 P.166
参考文献2:球面収差と前景、背景のボケ味,小倉磐夫著, 写真工業別冊 現代のカメラとレンズ技術 P.171
参考文献3:PAT. No. DE1,805,326(21 October 1959 )
参考文献4:OBJEKTIVE FOR KLEINBILD KAMERAS, MEYER OPTIK 1959パンフレット

入手の経緯
このところ過熱気味なTrioplanのブームには目を見張るものがある。このレンズは過去に雑誌などで取り上げられた経緯がなく、知る人ぞ知る隠れ銘玉として、これまで一部のマニア層が細々と認知してきた。ところが、この数年で海外での再評価が進み、eBayではM42マウントのモデルが500-600ドルとかなりの高値で取引されるようになった。しかも、飛ぶように売れているのだ。いったい誰が買い漁っているのかは分からないが、状態のよい美品クラスの個体には800ドルを超える高値がつくこともある。1年前の2012年6月には200ドル、3年前の2010年には100ドルで取引されていた安価なレンズであったが、中古相場は過去3年間で4倍以上にも跳ね上がっているのだ。描写に特徴があるという理由だけで、ここまで注目されるオールドレンズは稀であろう。
  さて、今回私が入手したTrioplanは2013年1月にeBay(ドイツ版)を介しドイツの古物商から落札購入した個体である。商品の解説は「光学系、駆動系とも非常にコンディションの良いレンズである。ガラスに傷、クモリ、カビはない。前後のキャップがつく。100%オリジナルである」とのこと。出品者がカメラの専門業者ではなく単なる古物商であることが懸念材料であったが、返品に応じる規定を宣言していたので、思い切って入札することにした。競売による落札価格は460ドルで送料18ドルとまぁまぁの値段になってしまったが、届いた品は概観のスレとホコリの混入のみで、良好な状態であった。

撮影テスト
銀塩撮影: Kodak Gold 100(ネガ), YASHICA FX-3 Super 2000
デジタル撮影: EOS 6D

Trioplanは典型的な「球面収差の過剰補正型レンズ」である。開放ではハロを纏う線の細い描写となり、1~2段絞るとハロが消失し解像力とコントラストが向上、カミソリのような高いシャープネスが得られる。ただし、階調描写は絞り込んでも軟らかい。開放からヌケがよく、発色はほぼノーマルで色のりは良好である。トリプレット型レンズの弱点である周辺画質とグルグルボケは長焦点のために目立たず、四隅まで良好な画質が維持されている。背景にリングボケや2線ボケの傾向がみられ距離によってはザワザワと煩いボケ味となるが、反対に前ボケはフレアを纏う美しい拡散を示す。リング状のボケを防止するには高次の球面収差を補正すればよいが、シンプルなトリプレットの構成ではパラメータ不足のため不可能。Trioplanの独特のボケ味はこうして誕生している。
このレンズでバブルボケを効果的に発生させるには少しコツを掴む必要がある。まず、絞りは開放に設定し、フルサイズ機またはフィルムカメラ(35mm判)に搭載して撮影することが前提である。次に遠景にシャボン玉の生成原因となる光源を用意する。やや逆光気味のアングルで、カメラマンから10~15m位はなれた場所にテカテカと光る被写体をとらえればよい。遠景にはシャドー部をとらえ、シャボン玉の存在を強く引き立てると更に効果的である。撮影距離は2m~3mあたりが一番良く、これよりも近接側だと後ボケが綺麗に拡散しシャボン玉の輪郭が保たれないし、反対に遠方側ではボケが小さくなりすぎてしまう。以下作例。

F2.8(開放),  銀塩撮影(Kodak Gold 100): いきない出ました。シャボン玉ボケ。開放ではアウトフォーカス部のハイライト域にハロ(滲み)が発生するが、フォーカス部ではハロがピシャリとおさまる。このレンズの収差の入り方は絶妙だ


F2.8(開放), EOS 6D(AWB): ボケ玉の外周部にエッジが残り、このレンズならではの独特の光強度分布が得られている
F2.8(開放), EOS 6D(AWB): このシャボン玉ボケを効果的に発生させるには、絞りを開放にしたまま撮影距離が2~3mのところで撮影し、遠景にキラキラと光る光源を入れればよい

F2.8(開放), EOS 6D(AWB): シャツを照らす木漏れ日。階調は軟らかく目に優しい描写だ

F2.8(開放), EOS 6D(AWB): 開放からヌケはよい
F2.8(開放): カラーネガ(Kodak Gold 100): 僕はこのTrioplanの描写が基本的にとても好きだ


F2.8(開放) 銀塩撮影(Kodak Gold 100): シャボン玉はフィルム撮影においても発生する


F2.8(開放),銀塩撮影(Kodak Gold 100): こちらもフィルム撮影による作例だ。大小大きさの異なるシャボン玉が浮き上がってみえる



F5.6, EOS 6D(AWB):少し絞るとハロは消え、解像力とコントラストは急激に改善する。驚くほどシャープである。まったく絞りのよく効くレンズだ。1950年代に製造された長焦点のTriplet型レンズは同時代の数ある構成の中でも解像力が突出して高い。そのことを裏付ける写りだ

F4, EOS 6D(AWB): 前ボケは柔らかく拡散しとても綺麗である
F5.6, EOS 6D(AWB): 発色なノーマルで色ノリもよい。絞って使えばヌケの良い優等生レンズに変身する


本エントリーでHugo Meyer特集は最終回となる。同社のレンズには他にもKino PlasmatやMacro Plasmat, Ariststigmat、Telefogar, Bis-Telarタイプの構成をもつTelemegorなど気になる製品が数多くある。これらについても、いつか入手し取り上げてみたいと思う。


2013/05/10

Meyer-Optik Gorlitz Primoplan(プリモプラン) 58mm F1.9 (M42)


1937年から1950年代後期まで生産されたPrimoplan(プリモプラン)58mm F1.9。中古市場では時々見かける一見何の変哲も無い標準レンズである。しかし、構成図を見た途端に「何じゃコレは」と衝撃をうける人もいるのではないだかろうか[下図]。Tessar(テッサー)タイプでもGauss(ガウス)タイプでもない別の種類の何かであり、このクラスの一眼レフカメラ用レンズにはおよそ似つかわしくない異様な骨格である。このエイリアンの正体は実は1920年代に現れたErnostar(エルノスター)と呼ばれる古典鏡玉の一派で、Ernostarは後に銘玉Sonnar(ゾナー)を生み出す設計ベースにもなっている。運命の悪戯かSonnarはその後、バックフォーカスの関係から一眼レフカメラに適合せず、ほぼ絶滅してしまうが、Primoplanは標準画角のまま一眼レフカメラにも適合している。

Primoplanの光学系。構成は4群5枚でエルノスターの発展型である。中央に絞りをあらわす縦棒があり、これを挟んで左側が前群、右側が後群(カメラの側)となる

東独フーゴ・マイヤーの三羽烏
PART2:PRIMOPLAN 58mm F1.9

一眼レフカメラの明るい標準レンズと言えば、各社Gauss(Planar)タイプの構成を採用するのが定石である。これはミラー干渉を回避するために必用なバックフォーカスを確保しながら、広い画角と明るい口径比を両立させる事が一般にはたいへん困難なためである。広い画角を諦めるならSonnarタイプのレンズで要求を充たすことができるし、少しぐらい暗くてもよいならTessarタイプやTriplet(トリプレット)タイプ、Xenotar(クセノタール)タイプで充分である。しかし、両立させるとなると簡単にはゆかず、Gaussタイプに頼る以外にほぼ選択の余地は無い。Ernostarの発展タイプであるPrimoplanはGaussタイプ以外では唯一、明るさと画角に対する要求を両立させ一眼レフカメラにも適合できた珍種なのである。

ErnostarはCooke社のDannis Taylor(テイラー)が1894年に開発したTriplet(上図・左)を原型に据え、その最前部第1レンズを2枚に分割することで大口径化を実現したレンズである。今回紹介するPrimoplanは更にErnostarの第2群を2枚の接合レンズに置き換えた進化形態である
Primoplanシリーズは1930年代半ばにHugo Meyer社のStephan Roeschlein(シュテファン・ロシュライン)とPaul Schäfter(ポール・シェーファー)により開発された大口径レンズである。その原点となったのは1922年にErneman(エルネマン)社のBertele(ベルテレ)とKlughardt(クルーグハルト)がTripletをベースに発明し、世界で最も明るいレンズということで話題となったErnostar 100mm F2である(上図中央)。PRIMOPLANはErnostarの第2群を2枚接合の「旧色消しレンズ」に置き換え色収差の補正機能を追加するとともに、張り合わせ面の屈折作用によって球面収差の補正効果を改善させたレンズであると考えられる。旧来のErnostarに対してヌケの良さと解像力を向上させているというわけである。ただし、Ernostar同様に凸レンズ過多の設計構成であることからペッツバール和が大きく、第3群の凹レンズに強い硝材を用いても非点隔差による周辺画質の悪さ(四隅の解像力やグルグルボケ)を充分に改善することができない。また、旧色消しレンズは非点収差の補正に全く寄与しないので、何の対策もないまま包括画角を標準レンズ並に拡大させてしまったPrimoplanは、四隅の画質にかなりの無理を抱えている。Ernostarよりも更に一歩先をゆく、強烈な癖玉の予感である。

Stephan Roeschlein:Hugo Meyer社に1936年まで在籍しPrimoplan以外にもTelemegor(テレメゴール)シリーズの設計やAriststigmat(アリストスティグマート)の広角モデルの再設計に関与した人物である。その後、クロイツナッハのSchneider(シュナイダー)社にテクニカルディレクターとして移籍している。第二次世界大戦後は自身のレンズ専門会社Roeschlein-Kreuznachを設立している。Roeschlein社では自社ブランドのLuxonシリーズを生産し、Schneider社へレンズのOEM供給も行っていた。同社は1964年にSill Opticsに買収され消滅、現在に至っている。(参考:Camera Pedia)。

製品ラインナップ
Primoplanはまず1934年に5cmの焦点距離でLeica用とContax用、8cmの焦点距離でVP Exakta(ナハト・エキザクタ)用が供給され、1936年には75mmの焦点距離でExakta用(35mm判)とLeica用(Contax用は不明)が追加発売された。Exakta用の標準レンズはバックフォーカスの関係から焦点距離5cmのモデルを流用することができず発売が遅れていたが、1937年にやや焦点距離の長い58mmのモデルが登場したことで、ようやくExaktaに適合するようになった。このモデルは戦後になってM42マウント用モデルが追加発売されている。1938年~1939年には100mmの焦点距離のモデルがPrimareflex用として追加発売された。他にも焦点距離30mmと180mmのスチル撮影モデル(F1.9)や、焦点距離25mmと50mmのシネ用モデル(F1.5, 16mm判)が市場供給されている(Vade Mecum参照)。戦前のモデルは真鍮削り出しの鏡胴で重量感のある素晴らしい造りであるが、シリアル番号1,000,000番付近(1942年頃)からアルミ鏡胴に置き換わり軽量化されている。1960年発売にダブルガウス型レンズのDomiron 50mm F2が発売されたことで、Primoplanは同社のラインナップから消滅している。なお、米国向に輸出された製品個体には商標権の問題を回避するため、PrimoplanではなくA-Traplanの名称が使われていた。この名称の製品個体もごく僅かだがeBayで流通している。
 
Primoplanの設計特許:焦点距離75mmのモデルについてはRoeschleinの米国特許(1936年)、一眼レフカメラのExakta用とM42用に再設計された58mmのモデルはSchäfterの米国特許(1937年)がそれぞれ見つかる。おそらく基本設計はRoeschleinだが1936年にシュナイダー社へ移籍してしまったため、後任のSchäfterがEXAKTAへの適合をおこなったという経緯であろう。

重量(実測)175g, フィルター径 49mm, 構成 4群5枚(Ernostarからの発展型), 製造期間(戦後型) 1952-1950年代後半, 絞り F1.9-F22(プリセット方式), 絞り羽 14枚, 最短撮影距離 0.75m, 対応マウント M42,EXAKTA。設計特許はPatent DE1387593(1936年)。レンズ名はラテン語の「第一の、最初の」を意味するPrimoにドイツ語の「平坦な」を意味するPlan(ラテン語ではPlanus)を組み合わせPrimoplanとしたのが由来。Primoはドイツ語では「優秀な、最良の」を意味するPrimaと関連があるので、この意味を掛けているとも考えられる。後玉が飛び出しているので一部のフルサイズ機では後玉のミラー干渉が起こるが、Sony A99やミノルタX-700(銀塩カメラ)では干渉の問題はない。私は干渉を回避するためEOS 6Dに装着後、ミラーアップモードで撮影している
入手の経緯
本品は2012年8月に欧州最大の中古カメラ業者フォトホビー(UV1962)がeBayにて235ドル(送料込)の即決価格で売っていたものを200ドルでどうだと値切り交渉の末に手に入れた。オークションの記述は「傷、カビ、バルサム切れ、クモリなし。外観は写真で判断してね」といつものように簡素である。外観には古いアルミ鏡胴のレンズらしく劣化がみられたが、写真で見る限り光学系に問題はなさそうであった。このレンズはコーティングが痛みやすいことが知られており、前玉にパラパラと傷があったりクモリの発生している個体が多く、状態の良いレンズに出会えるチャンスは滅多に無い。届いた品には描写に影響の無いレベルで僅かなホコリの混入が見られるのみでガラスはたいへん良好、プリモプランにしてはとても状態の良い個体であった。フォトホビーは魅力的な商品を大量に扱う業者であるがバクチ的な要素が大きいことでも有名なので、商品を購入する際には事前によく質問し商品の状態について確認を取っておいた方がよい。落札者に落ち度がなければ、きちんと返金してくれる業者だ。

撮影テスト
Primoplanの弱点はアンバランスなレンズ構成に由来する大きな非点収差である。この収差はピント部四隅の解像力を低下させ、アウトフォーカス部に強烈なグルグルボケを生み出す。本来はもっと画角の狭い長焦点の望遠レンズに使わなければならない構成なのである。しかし、オールドレンズという観点でみるならば、こんなに面白い癖玉はそう多くない。開放では僅かにコマが発生しハイライト部の周りがやや滲む。画面全体もややモヤッとしており、薄いベールがかかったような描写傾向である。コントラストは明らかに低く、発色はあっさりしていて、階調も軟らかい。解像力はごく中央部のみ良好で線の細い描写になるが、四隅に向かうにつれて急激に悪くなる。1段絞れば良像域は四隅に向かって拡大し、滲み(コマ)は消えヌケも良くなるが、依然としてコントラストは低く、発色はあっさり気味でグルグルボケも目立つ。周辺画質を安定させるには2段以上絞る必要がある。なお、グルグルボケの事を除けばボケ自体は柔らかく綺麗に拡散している。

EOS 6D(AWB): ミラーアップモードによる撮影
フード: 焦点距離55mm用のラバーフード(Kenko製3段折畳み式)を使用

F4, EOS 6D(AWB): 前ボケ、後ボケとも柔らかく綺麗な拡散である。コントラストが低いレンズなので曇り空の日には発色があっさり気味になる
F1.9(開放), EOS 6D(AWB): ビューンと突風。しかし、この日は無風。グルグルボケを生かした演出効果だ。開放ではコマの影響からややヌケが悪い


F1.9(開放), EOS 6D(AWB): 中央の桜の花びらを見るとコマが発生しややモヤッとしている様子がわかる。高解像域はごく中央部のみであるが、一段絞るF2.8ではこちらに示すように良像域が四隅に向かって拡大し、コマは消えシャープな像となる

F2.8, EOS 6D(AWB): 春の嵐を表現している。繰り返すが、この時は無風だ

F1.9(開放), sony A7II: (Photo by Y.Takemura): とても繊細な階調表現だ。プリモプランは綺麗な玉ボケが出る事でも知られている
F1.9(開放), sony A7II: (Photo by Y.Takemura): プリモプランらしい崩壊気味の2線ボケである
開放付近で荒れ狂うPrimoplanの性質は「レンズの味」などと表現されるような生易しいものではない。レンズを使いこなすにはそれなりの覚悟が必要だし、暴れ馬なので振り落とされないよう常に気を配る必用がある。このレンズの強烈な癖がオールドレンズの真髄へと通じるものであるのかどうか正直言って私にはよく分からない。しかし、使いこなす事を一つの遊びと捉えるならば、Primoplanは間違いなく楽しいレンズである。大人しくZeissやLeitzあたりの名馬で満足するのもよいが、たまにはロディオに興じるのも悪くはない。