オールドレンズの評論家達がこの広角レンズを、言葉を尽くして褒めたたえます。BIOGONを手にすると、ツァイスがレンズ設計の偉大なイノベーターであることを実感できるというのです。いったい何がそんなに凄いのか、BIOGONの秘密を紐解く手がかりがレンズ構成にありました。
ベルテレの広角ゾナー part 1
カメラの都合など考えもしない大きな後玉が
レンズマニアたちの心をグラグラと揺さぶる
Cael Zeiss Jena BIOGON 3.5cm F2.8
BIOGON(ビオゴン)は、カール・ツァイスが1936年に同社の高級レンジファインダー機 CONTAX II/III 型のために開発・発売した広角レンズです。先代の CONTAX I 型(1932〜1936年)には間に合わず、I
型には暗めの広角レンズ TESSAR 28mm F8 が供給されていました。したがって、明るい広角レンズの登場は手持ち撮影を可能にする画期的な出来事であり、BIOGON の登場は CONTAX ユーザーに熱烈に歓迎されたのです。同時期の Leica に搭載されていた広角 Hektor 2.8cm F6.3やELMAR 3.5cm F3.5と比較しても、F2.8 の明るさは他社を圧倒する異次元の性能であり、BIOGON は当時世界で最も明るい広角レンズでした。
この革新を成し遂げたのは、SONNAR(ゾナー)の設計者として名高い Zeiss の天才技師 L. Bertele(ベルテレ)です。BIOGON は SONNAR を起点として開発され、その描写特性を色濃く受け継ぎました。これらのレンズに共通する普遍的な描写は、写真画質に対する Bertele の揺るぎない理念の表れといえるでしょう。
ただし SONNAR は、画角を広げすぎると非点収差が急増するという弱点を抱えていたため、標準から中望遠域に適した設計でした。広角化には基本構造の大幅な改良が不可欠であり、優れた性質を維持しつつ弱点を克服することが BIOGON 開発の核心でした。Bertele は研究を重ね、後玉を大胆に大型化するという新たな発想に到達します。これにより、従来の常識を覆す特異なレンズ構成を打ち出し、SONNAR を広角レンズへと適合させることに成功したのです。まさに彼の天才性が遺憾なく発揮されて生み出されたのが、この BIOGON でした。
BIOGON といえば、ストリートフォトグラファー Robert Frank の存在も忘れてはなりません。彼の代表作『The Americans』(1958年)は、1950年代アメリカの姿を批判的に切り取った歴史的名作として知られています。Frank は改造 BIOGON 35mm をライカにマウントして使用しており、その鋭い視線と BIOGON の描写力が融合して、写真史に残る作品群を生み出したのです[2]。
BIOGON の原型は戦前の1934年に誕生しました。この試作設計は、SONNAR の各レンズエレメントのパワーバランスを変更したもので、構成自体は SONNAR と全く同一でした(上図・左から2つめ)。その後、1936年に製品版 BIOGON が登場します。このモデルでは、前群の3枚接合ユニットが2枚に簡略化され、さらに後群には貼り合わせレンズが1枚追加されることで、後群側の設計自由度が大きく補強されました(上図・左から3つめ)。この完成形は戦後も継続して製造され、長く写真家に愛用されることになります。
戦後には、西ドイツの Zeiss-Opton からも別設計の BIOGON(通称「オプトン・ビオゴン」)が発売されました。このモデルでは後群のガラス厚を積極的に利用して屈折力を確保し、同時にレンズエレメントの構成枚数を6枚へと削減しています(上図・右)。
参考文献
[1] Marco Cavina’s wonderful HP: marcocavina.com
[2] 田中長徳 「ロバート・フランクとカール・ツアイス・イエナ・ビオゴンを語る」御茶ノ水のギャラリー・バウハウス(2013)
[3] Zeiss Ikon社 公式カタログ(1938) 内の構成図
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| Carl Zeiss Jena BIOGON 3.5cm f2.8: フィルター径 40.5mm, 重量(実測) 115.5g, 絞り羽 5枚構成(F2.8-F22) , 最短撮影距離 0.9m, 4群7枚BIOGON型, Contax RF/マウント, Tコーティング |
入手の経緯
現在のビオゴンの相場は500ドル前後です。製造から半世紀もの歳月が経ちますが、まだまだ流通量がありますので、コンディションの良い個体をじっくり探すことをおすすめします。今回ご紹介している個体は2019年夏にドイツ版eBayにて、コレクターと称する個人の出品者から落札しました。レンズのコンディションは大変よく、拭き傷すらない美品でした。
デジタルミラーレス機へのマウント
BIOGON は後玉が大きく飛び出しているため、使用できるカメラは限られています。フルサイズのミラーレス機であれば問題ありませんが、APS-C 機(リコー製を除く)やマイクロフォーサーズ機では後玉がカメラ内部に干渉し、物理的に装着できないので注意が必要です。
使用するマウントアダプターは、コンタックス RF(レンジファインダー機)用レンズに対応したものを選びます。この種のアダプターには、ヘリコイドを内蔵した外爪・内爪両用タイプと、外爪のみのタイプがあり、どちらでも使用可能です。前者は価格が高めのため、後者の方が実用的でしょう。アダプターには、カメラ側をライカ M マウント(距離計非連動)へ変換する製品と、E マウントなどミラーレス機に直接変換する製品があります。おすすめはライカ M マウントに変換するタイプで、これをライカ M からミラーレス機へ接続するヘリコイド付きアダプターと組み合わせる方法です。この構成により、BIOGON の最短撮影距離(0.9mとやや長め)を短縮でき、近接撮影にも対応可能となります。
撮影テスト
解像力よりは階調描写やコントラストで押し切るタイプのレンズです。開放から中央はハッとするほどシャープでヌケもよく、画面全体のコントラストもたいへん良好、発色もたいへん鮮やかですが、ピント部の四隅では解像力が極端に落ち、ピントがあっていないように見えるレベルです。これはデジタルカメラ機でこのレンズを用いたときに生じる、像面湾曲の影響であるという解説を目にします。すなわち、センサーの四隅に浅い角度で入射する光と、センサーのカバーガラスやローパスフィルターとの相互作用で非点収差や像面湾曲が増大してしまうというわけです。確かに、背後のボケにも非点収差の影響がみられ、四隅の点光源には放射方向(サジタル方向)にツノが生えていますので、サジタル像面が大きく曲がってしまったのかもしれません。また、滲み(倍率色収差)も出ています。もちろん絞れば良像域は拡大し画面全体で高画質になります。歪みは微かに糸巻き状ですが、よく補正されています。レンジファインダー機用の広角レンズでは周辺部に光量落ちが見られることが多いのですが、このレンズでは、それが殆どありません。
| F2.8(開放) sony A'R2(WB:日光) |
| F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光) |
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| F2.8(左)とF5.6(右)での画像の比較: SONY A7R2(WB:⛅) 点光源が四隅でコマ収差の影響をうけ尾を引きます。開放から中央はシャープですが、遠方撮影時に四隅に目を向けると非点収差の影響が目立つようになります。どうせ引き画なんだから絞ればいいわけですが |





広角sonnarといえばNikon L35初代がありますね。最近私はこればっか使ってますが。なかなか35mmのsonnar(古典的なレンズ構成で)は見かけませんね。
返信削除書き込みありがとうございます。
削除ニコンのレンズ探してみます。
ゾナーの設計構成は画角を広げると収差が急増するので
光学レンズは苦手であると、レンズ設計の本で知りました。
広角レンズにしようとする発想が生まれなかったのでしょうね。