冷戦期を見つめた眼 ー ライツ・カナダ社の航空偵察レンズ
LEITZ Canada ELCAN 3inch F2(AERIAL LENS)
Leitz Canada社の ELCAN 3inch F2 は、英国Vinten社の航空機用カメラ F.95(Mk.6型)に搭載され1970年代に用いられた中判6x6cmフォーマット対応のレンズです。カメラの方は1950年代半ばより英国空軍(RAF)所属の航空機グロスター・ミーティア、ホーカー・ハンター、スーパーマリン・スウィフト、さらにイングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR3・PR7・PR9などに搭載され、冷戦期における戦術偵察の主力装備として広く用いられました。ただし、ハンターとスゥイフトは1970年までに退役していますので、実際にELCANレンズが搭載された可能性のある機体はキャンベラとグロスター・ミーティア(1970年代は訓練/連絡機として運用)です。
英国空軍のカメラにドイツ系光学技術が組み込まれた事例は極めて稀で、地上目標の識別精度を高める事が最優先された特殊偵察任務において、解像力を重視するというNATO軍の要求に応えるために、ELCANレンズが採用されたのです。欧州の政治的な問題から距離を置くことのできるカナダ製のライツレンズはNATO軍の装備として好まれたようです。
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| ELCAN構成図(文献[1,2]の掲載図からトレーススケッチ) |
光学設計は上図のような5群7枚構成のELCAN型で、ガウスタイプの絞り直後に薄い凸メニスカスレンズを配置しています。ちなみに、この構成はライツSUMMILUX 35mm F1.4(1958年設計) と同一のものです。レンズの設計を手がけたのは、ライツ・カナダ社のウォルター・マンドラー(設計部長)とエリック・ワグナーで、1958年に設計されたとの記録があります[1,2]。マンドラー博士はマックス・ベレークから直接指導を受けた最後の弟子とされ、ライカ在籍時に45を超えるレンズを設計、ライカM/Rマウント交換レンズシステムの構築に大きく貢献した名設計者として知られています。
レンズのフォーマットは6x6cm(2¼インチ)のスクウェアフィルムに対応しており、中判フィルムカメラとの相性が良さそうです。今回はレンズをM65直進ヘリコイドに換装し、カメラ側をM65-GFXカメラアダプターで末端処理することで、Fijifilm GFX100Sで使用してみることにしました。ちなみに、海外のオンラインショップにはM65-SONY EアダプターやM65-Nikon Zアダプターなど、いろいろありますので、部品の組み合わせを変えれば、フルサイズミラーレス機でレンズを使用することも可能です。
参考文献・資料
[1] R. Kingslake "A history of the photographic lens"
[2] US Pat. 2975673(1958); UK Pat. 867266(1958)
[3] Leitz Photographica Auction: LOT235 (2017)
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| M65直進ヘリコイドに換装し、Fujifilm GFXマウントに変換するための部品セット。すべて市販の部品です |
入手の経緯
この種のレンズは、市場に出回る機会が非常に少ないため、明確な相場が形成されにくいという特徴があります。海外オークションや eBay などの取引事例を参考にすると、おおよそ 2,000〜3,000ドル(現在のレートで約30〜45万円) がひとつの目安といえます。ライツ公認のオークションサイトLEITZ PHOTOGRAPHICA AUCTIONではこちらのコンディションA/Bの個体に対し、2017年11月に2000-2400ユーロの評価額が示されており、3600ユーロで落札された記録があります。日本の中古市場の出品はきわめて稀で、ヤフオクやメルカリなどに姿を見せることはほとんどありません。
今回紹介しているレンズは、約10年前にeBay にて即決価格で手に入れたものです。シャッターユニットはなく、レンズヘッドの状態で出品されていました。届いた個体にはわずかなホコリの混入が見られたものの、カビやクモリはなく、ガラス自体は良好な状態を保っていました。
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| Leitz Canada ELCAN 3inch F2: フィルター径 77mm, 絞り F2-F22, 設計構成 5群7枚ガウスタイプ発展型(エルカン型), 絞り羽 10枚構成,フォーマット 6x6cm(2¼インチ・スクエア)フィルムに対応, レンズヘッドの側面部には2.5inchネジが刻まれている |
撮影テスト
中判カメラ用レンズとしては卓越した解像力を備えており、Fujifilm GFXシリーズやフルサイズ機といった小さなイメージフォーマットのカメラに装着しても、その性能不足を感じる場面はありません。開放ではわずかにフレアが見られるものの、中央から中間画角にかけては密度の高い像が得られ、線の細い繊細な描写が際立ちます。一方で四隅にはわずかな甘さが残ります。またデジタルカメラで使用した場合、開放では色収差が目立ち、白っぽい被写体を等倍で確認すると輪郭に色づきが現れます。しかし、これらはほんの少し絞るだけで完全に解消し、画面全体がすっきりと整った描写へと変化します。良像域も四隅まで広がり、全体として緻密で安定した画質が得られます。なお、絞り込んでもトーンが硬くなることはありません。
空撮用レンズには、地上撮影時に微妙な濃淡差を拾えるよう、意図的にコントラストを抑えた設計のものがあると聞きますが、このレンズもまさにその思想に沿った描写傾向を備えているようです。トーンを丁寧にすくい上げ、黒つぶれしにくい豊かな階調表現が特徴的です。歪曲収差も良好に補正されています。特筆すべきは逆光耐性で、太陽光を画面内に入れてもコントラストの低下は最小限に抑えられ、発色も十分に鮮やか。逆光耐性は現代レンズにも引けを取らないレベルで、コントラストが過剰にならず、逆光でも落ち込まず、どのような条件下でも揺るぎない安定感を保ちます。海の青は深く、濃く、実に美しく描写されます。軍需用途として供給された背景の詳細は不明ながら、あえてドイツの光学技術が選ばれた理由は、このレンズの性能そのものが雄弁に物語っています。
それでは、まずは摩天楼を見下ろす空撮カットから、続いてポートレート撮影へと進んでいきましょう。撮影日は快晴予報だったものの、実際には曇天で、わずかに霞がかかってしまったのが惜しまれます。
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| F5.6 Fujifilm GFX100S(WB: 曇空)さて、ロケ地はどこでしょう? |
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| f4 Fujifilm GFX100S(WB:曇空)ロケ地はこちら。東京スカイツリーです |
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| F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:曇空) |
開放F2と絞りF5.6の空撮による画質比較を見てみましょう。
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| F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:曇空)中央はたいへん高解像で、rowデータではビルの各部屋のベランダの様子や屋外機のデザインまでクッキリと判別できます。一方で四隅の像は厳しめ。開放ではフレアが出ていますが、等倍近くまで拡大しないとわからないレベルです |
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| F5.6 続いて絞った写真がこちら。四隅までしっかりとした画質です。フレアは全くなく、高解像。見事な描写力です。 |
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| F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:曇り空) |
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| F5.6 Fujifilm GFX100S(WB:曇空) カヌーを漕いでいる人がいます。GFX100Sの一億画素でrowデータでみると着ている服のデザインまで判別できます |
続いてスナップ写真も何枚か。普段の使い方ではどうでしょう。
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| F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光) コントラストはかなり良く、発色も鮮やかです。コーティングの性能が非常に良さそう |
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| F4 Fujifilm GFX100S(WB:日光)開放と比べてもコントラストはあまり変化しません |
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| F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光) |
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| F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光) |
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| F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光) |
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| F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光) |
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| F5.6 Fujifilm GFX100S(WB:日光) |
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| F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光) |



















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