おしらせ


2023/09/10

Carl Zeiss Jena TESSAR 80mm F2.8 ( Rev.2 ) M42 / EXAKTA mount

 

ツェルナーと普及版テッサー

Carl Zeiss Jena TESSAR 80mm F2.8

 

普及版テッサーの登場

テッサーは言わずと知れたカール・ツァイスを代表するレンズの一つで、バンデルスレプとルドルフが1902年に発明しました。戦前は最高級カメラの定番レンズでしたが、戦後は普及モデルとなり、大衆向けコンパクトカメラに搭載され市場に大量供給されました。テッサーが普及したことで多くの人が「普通によく写るレンズ」を手に入れたと言われています。一方でしかし、普及版テッサーが生み出された背景にツァイス・イエナのレンズ設計士ハリー・ツェルナー(1917-2007)の貢献があったことは、多くの人にあまり知られていません。

ツェルナーは1940年代半ばに、当時まだ出回り始めたばかりの新種ガラスがテッサーの改良に極めて有効であることを見抜き、F2.8の明るさでテッサーの再設計に取り掛かります[1]。後群G3の一部に新種ガラス、G2に屈折力の強いガラスを導入した新型テッサー(1947年に完成)は性能面で飛躍的な進歩を遂げ、特に球面収差とコマ収差、非点収差の補正効果が大幅に改善[2,3]、戦前の旧F3.5をも上回る素晴らしい性能を実現します。口径比F2.8に完全対応した新型テッサーは市場に歓迎され、廉価モデルのトップレンズとして急速に普及します。新型テッサーの成功は他のレンズメーカーにも多大な影響を与え、「テッサータイプ」などと呼ばれる膨大な数のコピーや類似品が造られました。ツェルナーのもたらした功績について理解を深めるため、少し時代を遡ってみましょう。

戦前のテッサー

1930年代に入りテッサータイプのレンズは35mmカメラの標準レンズとして確固たる地位を築いていました。この時代のテッサーは口径比F4.0が設計限界で、これを超えると収差由来のフレアで柔らかい描写傾向となりました。ただし、僅かに絞るだけでシャープネスとコントラストが増し、本来のキレのある描写に戻りましたので、どうにかF3.5までが許容されたのです。この少し背伸びをしたテッサーは市場に受け入れられ、F4.5のモデルとともにツァイスを代表する看板商品となります。しかし、更に半段明るいF2.8での製品化はまだまだ非現実的でした。発明者の一人であるルドルフはテッサーの大口径化に反対でしたが、共同発明者のバンデルスレプとルドルフの弟子メルテは野生生物の記録撮影にも使える明るいレンズが欲しいという学術界からの要望に応じるため、1925年に当時登場したばかりの新しいガラス(SK7やSK10など)を用いてテッサーを再設計、F2.7の明るさで製品化させます[4]。両者は協力し1930年にもテッサーの再設計に取り組んでおり、F2.8の改良モデルをリリースさせます。しかし、これらはいずれも性能的に厳しく、世間の評判は良いものではありませんでした[5]。テッサー本来の描写性能をF2.8の口径比で実現するにはガラス硝材の進歩を待たなければなりません。設計限界に直面したバンデルスレプとメルテは1925年に2つの凸レンズを貼り合わせに置き換え6枚玉とした改良レンズのビオテッサーF2.9を完成させます[6]。しかし、このビオテッサーもガラス硝材の高性能化とツェルナーの新型テッサーの登場でアドバンテージを失い、生産中止に追い込まれています。

戦後にテッサーの普及モデルが登場したことで、多くの人が普通によく写るレンズを手に入れましたが、この普及モデルを生み出したのはルドルフでもバンデルスレプでもメルテでもなく、機運に恵まれたツェルナーでした。私達はツェルナーの功績をもう少し大きく(正当に)評価する必要があるのかもしれません。 


レンズ構成の退行的進化

ガラス硝材の進歩により、屈折面を多く持つ複雑なレンズ構成が後にシンプルな構成へと先祖返りする、いわゆる「退行的進化」を遂げるケースがしばしば見られます。この退行的進化とは、「退化」に適応的な意義が認められる場合に限って使われる系統学の用語です。ビオテッサーが誕生し、後に再びテッサーへと合流してゆく変遷は、退行的進化の典型的な事例と言えます。レンズ構成の時系列的な変遷はエルノスターからゾナーが派生した過程のように、「複雑化=高性能化」という観点で杓子定規的に語られる傾向が多いのですが、生物同様に単調なものではなく、本来はもっと複雑で多様は過程を経て現在に至っているものと考えられます。今回のような先祖返りの事例を集め、退化という観点でツァイスレンズの変遷を辿るのも面白そうです。


★参考文献

[1] Jena review (2/1984) カール・ツァイス機関紙 

[2] nach Zöllner, Harry: 70 Jahre Tessar; in: Fotografie 1972, S. 33.

[3] 「カメラマンのための写真レンズの科学」 吉田正太郎(地人書館) 

[4] Kingslake, A History of the Photographic Lens(写真レンズの歴史)

[5] B.J.A. 1926, p324 

[6] DRP451194(1925), US Pat.1697670(1925);Brit. Pat. 369833(1930)

TESSAR 80mm F2.8: フィルター径 49mm, 最短撮影距離 0.9m, 絞り羽 16枚, 本品はEXAKTAマウント, 重量(実測)398g,  シングルコーティング

 

TESSAR 80mm F2.8

レンズ構成は上図・左に示すとおりで、34枚のシンプルな構成にもかかわらず諸収差がバランスよく補正された合理的な設計です[5]。今回はやや長めの焦点距離80mmのモデルを取り上げました。光学系が50mmのモデルより一回り大きく、そのぶん諸収差やボケ量も大きくなっています。テッサーは球面収差の輪帯部の膨らみがやや大きめである点が特徴で、80mmのモデルに至っては通常のテッサーよりも収差が一回り大きくなっています。このぶん解像力は期待できませんが、コマ収差、色収差は小さめでフレアが少ないのがテッサーの特徴で、歪曲もほぼなく真っ直ぐに写ります。非点収差については像面の平坦生を維持したまま十分に補正できていますのでグルグルボケは少なめで、焦点距離のやや長い80mmのテッサーに至っては全く出ません。線の太いクッキリとした階調描写とフレアのないスッキリとしたヌケの良さが持ち味です。近接域から遠景まで距離によらず安定した描写性能を維持しています。ボケ量も50mmのモデルより大きく、このモデルならポートレート撮影で使いやすい画角ですが、近接からポートレート域にかけては背後のボケがザワザワとしており、使い方を選ぶ必要がありそうです。

TESSAR 80mm F2.8 + Fujifilm GFX100S

TESSAR 80mm F2.8 + Sony A7R2

TESSAR 80mm F2.8 + Fujifilm GFX100S

TESSAR 80mm F2.8 + Fujifilm GFX100S

TESSAR 80mm F2.8 + AGFA Vista 100 Colorネガ
TESSAR 80mm F2.8 + Fujifilm GFX100S

TESSAR 80mm F2.8 + Fujifilm GFX100S

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