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2011/09/29

PZO/WZFO JANPOL COLOR 80mm F5.6(M42, Enlarging Lens)


カラーフィルターで遊べる
ポーランド生まれの引き伸ばし用レンズ
 今回の一本はポーランドのWarsaw Photo-Optical Plantが1963年に設計し、同国のPZO(WZFO)社が生産したテッサー型の引き延ばし用レンズのJANPOL COLOR(ジャンポール・カラー) 80mm F5.6である。引き伸ばし用レンズとはフィルムの像を拡大して印画紙に焼き付ける行程の中で、引き伸ばし機の先端に装着して用いられるレンズである。焼き付けの際にカラーバランスの補正が必要になると、かつてはレンズの先端にカラーフィルターをあてて調整していた。ところが、暗室内でそれを行うのは大変困難な作業。そこで、本品のように鏡胴内に3色のカラーフィルターを内蔵させ左右のノブを回すだけで手軽にカラー補正を行える便利な機構が登場したのだ。なお、現在の引き伸ばし機にはダイクロイックフィルターを用いた高度な補正機構が普及している。
 初期のモデルは同国のWZFO社がJantar Color(ジャンタール・カラー)という名で生産していたが、1964年にPZO社がWZFO社を吸収合併し名称をJanpol COLORへと変更した。ただし、その後も一部個体にはWZFOの企業名が記されている。これはどういう事なのかと調べていたところ、WZFO製のJanpolにはポーランド語で記されたマニュアルが付属している事に気付いた。恐らくポーランド国内向けの製品には、2社の合併後も引き続きWZFOの企業名が使われたのだろうと思われる。本品には焦点距離の異なる姉妹品JANPOL COLOR 55mm F5.6も存在している。レンズにはヘリコイド機構がついていないので、一眼カメラで使用するにはM42マウントのヘリコイドユニットを別途用意する必要がある。


PZO(Polskie Zakłady Optyczne)社
 同社は1921年に4人 の実業家によってポーランドのワルシャワに設立された光学機器メーカーである。初期の会社名はFabryka Aparatów Optycznychであり、現在のPZOへと改称されたのは1931年からとなる。戦前の主力製品は顕微鏡、双眼鏡、ルーペ、引き伸ばしレンズ、航空撮影用カメラ(軍需向け)などであった。1939年に第二次世界大戦が勃発しポーランドがナチスドイツに併合されると、同社はカールツァイス・イエナによる経営支配をうけた。その間、PZO社の多くの工員はナチス政権への抵抗としてサボタージュ行為を繰り返し生産ラインを破壊、アウシュビッツの死の収容所へと送られた。1944年9月にポーランドはドイツによる支配から開放されるが、工場は終戦前にドイツ軍によって徹底的に破壊され、終戦後しばらくの間は再建の目処が立たなかった。1951年にポーランドの重工業省が発表した工場の再建計画と西側諸国への新製品の輸出拡充計画により同社の生産力は回復し、顕微鏡、双眼鏡、ルーペ、偏光ガラス、インターフェイス、測量用光学機器、レーザー計測装置、光電子機器など手広く生産するようになった。同社は共産主義政権下における産業界の再編によってカメラメーカーのWZFO社と1964年頃に合併、その後は二眼レフカメラやトイカメラの生産にも乗り出している。1989年、PZO社の軍事機器部門に対する国家予算の削減は経営の弱体化を招き、同社は二眼レフカメラSTART 66Sの生産を最後に写真産業から完全撤退している。1997年にドイツのB&Mオプティック社へ2大工場の一つ(Zaczernie工場)を売却して経営の合理化を推し進め、現在は顕微鏡、ルーペ、フィルター、望遠鏡のみに生産を集約させている。

WZFO(Warszawskie Zaklady Foto-optyczne)社
同社は戦後の1951年にポーランドのワルシャワに設立されたカメラメーカーである。戦後初のポーランド製カメラ(二眼レフカメラ)のSTARTシリーズ(1953~1970年代初期)や、中判カメラのDRUH(1956年~)、ポーランド初の35mm版カメラのFENIX(1958年~)、トイカメラ(6cm×6cmフォーマット)のAmi(ALFA)シリーズ(1962年~)などの生産を手掛けた。1964年にPZOと合併するが、その後もPZO傘下でSTARTの後継製品START66シリーズ(1967~1985年)やAmiシリーズの後継製品を世に送り出している。

重量(実測値) 305g, 焦点距離 80mm, 開放絞り値 F5.6-F16, 私が入手したポーランド語の特許書類によると、光学系の構成は鋭い階調表現を特徴とするテッサー型(3群4枚)とのこと。フィルター枠にはネジ切りが無く、装着できるフードは被せ式のタイプのみとなる
BORGのOASYS 7842ヘリコイド(左)を装着すると右のような姿になる。BORGのヘリコイドにはフランジバック微調整用の板が付いており、これを使って無限遠のフォーカスをピッタリと拾う事ができるように調整可能だ
入手の経緯
本品は2011年6月にeBayを介してロシアの大手中古カメラ業者から即決価格35㌦+送料で落札購入した。商品の状態はエクセレントコンディションで、純正のプラスティックケースが付属するとのこと。同じ業者が同時に3本のJANPOLを同一価格で出品していたので、その中で最も状態の良さそうな個体を選んだ。届いた個体にはホコリの混入がみられたが、カビやクモリ等の大きな問題はなく、解説どうりのエクセレントコンディションであった。eBayでの海外相場は30ドル~50ドル程度と大変安く、BORGのヘリコイドユニットの方が高価だ。

JANPOLは鏡銅内に黄、青、赤の3色のカラーフィルターを内臓している。左右に着いている銀色のノブを回すことにより各フィルターをスライドインさせ、色の調整や調合を無段階で行えるというユニークな機能を持つ。上の写真は青、黄、赤のフィルターを50%スライドインさせた状態と、赤75%+黄75%で混色を行った状態(右下)を示している
撮影テスト
本品に限らず引き延ばし用レンズは業務用のプロ仕様ということもあり、一般的には控えめな口径比で無理のない設計を採用している。色収差が小さく解像力が高いなど良く写るものが多い。光学系を設計する際の収差の補正基準点は無限遠でなく近接点なので近距離撮影では高い描写力を示す。アウトフォーカス部の像はザワザワと煩く綺麗なボケ味とは言えないが、2線ボケやグルグルボケなど大きな破綻はみられない。発色については流石にカラーフィルム時代のレンズらしく、癖の無い自然な仕上がりとなる。ただし、逆光にはめっぽう弱く、屋外での使用時はコントラストの低下が顕著なのでフードの装着は必修となる。このレンズにはフィルター用のネジ切りが無いので被せ式フードで合うものを探すしかない。私は黒のボール紙を巻いて、ゴムでパッチンと留める即席フードを用いることにした。内蔵カラーフィルターを上手く利用すれば、雰囲気のある面白い作例を生み出せるであろう。



F5.6, Nikon D3 digital(AWB,/Picture Mode= Standard); イエローフィルターの使用例。上段はColor Balance Neutral(ニュートラル)で下段はYellow filterをスライドインさせた場合の撮影結果だ。イエローフィルターを用いると、ノスタルジックな雰囲気になる
F5.6, Nikon D3 digital(AWB,/Picture Mode= Standard); こんどはブルーフィルターを用いた作例。上段はColor Balance Neutral(ニュートラル)で、下段はBlue filterをスライドインさせた場合の撮影結果だ。青の光はフレアを生みやすい性質があるので、光源の光はポワーンと綺麗に滲んでいる。ブルーフィルターでは不気味な夜の光景を演出できた
F5.6 Nikon D3(AWB,ISO800) フィルターを使わない場合は、普通に良く写るシャープなテッサー型レンズである
F5.6 Nikon D3(AWB, ISO1600) このレンズは安いのに良く写る。ずっと開放絞り値で撮り続けていたが、近接撮影でも像はシャープだ上の作例は料亭厨房の天井付近に糸で吊るされ干されていたヒラメの骨煎餅。暗闇から何かが触手を出しているようにも見え、何ともグロテスクな光景だ
F5.6 Nikon D3(AWB) ISO4000(フォトショップで自動コントラスト補正をかけている)  こういった作例の場合、暗電流ノイズは全く気にならず、むしろ好都合だ
撮影機材
Nikon D3 digital +ゴムパッチンの手製ボール紙フード
じつはレッドフィルターを用いてピンク映画風の作例を狙っていたのだが、被写体にするつもりでいた妻に逃げられてしまった。そこで仕方なく私がモデルになってみたものの、何度試してみても見苦しい作例しか撮れない。被写体選びは重要である事を痛感し、レッドの作例は気持ち悪いので割愛した。JANPOLのみならず、この種の引き延ばしレンズはどれも値段が安いわりによく写るので、そのうちまた流行るかもしれない。