おしらせ


2020/08/19

鳳凰光学 Phenix 50mm F1.7 vs KMZ Zenitar-M 50mm F1.7


F1.7の領域に踏み込んだ中国とソ連のレンズ
鳳凰光学 PHENIX 1.7/50 vs KMZ ZENITAR-M 1.7/50
PHENIX 50mm F1.7は中国江西省に拠点を置く鳳凰光学(Phenix Optical Group Co.)が日本のシーマー(旧シマ光学)のMC CIMKO MT Series 50mm F1.7(5群6枚)を参考に開発・生産した標準レンズです。CIMKOの図面は1980年代にシーマから哈爾浜電錶儀器廠が買い取っており、本レンズは図面を有する同社の協力のもとで誕生しました。鏡胴のデザインはCIMKOにそっくりで特徴的な名板まわりの赤ラインもそのままなのですが、CIMKOの完全なコピーではなく、光学系は中国国内で調達できるガラス硝材を使い製造できるよう再設計されました。レンズを設計したのは吴俊というエンジニアです[1]。PHENIXの設計はCIMKO同様に5群6枚と記録されていますが(下図)、私が入手した個体は後群の貼り合わせを外した6群6枚構成でしたので、どこかの時点で再び再設計されたようです。レンズは鳳凰光学が1985年に日本の京セラから技術供与を受けて開発した一眼レフカメラのDC303 (1991年発売)に搭載する交換レンズとして市場供給されました。ちなみに、DC303は機械式高速シャッターの名機Yashica FX-3 Super 2000をベースに開発されています[1]。
鳳凰光学といえば1965年に江西省徳興市創業した江西光学儀器総廠を前身とする中国最大規模の光学メーカーで、レンジファインダー機の同国ベストセラーである海鴎(Seagull)205シリーズを製造していたことで知られています。1983年に自社ブランドの鳳凰(Phenix)を立ち上げ、社名も鳳凰光学(Phenix Optical Group Co.)に改称しました[2]。
続いて紹介するZENITAR-M 50mm F1.7はロシアのモスクワに拠点を置くKMZ(クラスノゴルスク機械工場)が1977年から1987年頃まで一眼レフカメラのZENIT-18/19に搭載する標準レンズとして市場供給しました。レンズは1975年にKMZのKvaskova V.G.(Kvaskova V.G.)というエンジニアによって設計された5群6枚構成で[3]、コニカの下倉敏子氏が設計したKonica Hexnon AR 1.8/40(1978年設計)に極めてよく似た光学系です[4]。ちなみに、本レンズには設計の異なるZENITAR-ME1という同一構成・別設計の姉妹品(ME1の"E"は電子接点を持つという意)があります[5]。このレンズは絞り羽が僅か4枚しかなく、少し絞ったところで開口部が真四角になることで知られています。
Phenix(5群6枚型)とZenitar-Mの構成図トレーススケッチ。左が被写体側で右がカメラの側です。私が入手したPHENIXは6群6枚で、後群が貼り合わせではなく、これとは少し異なる構成でした(もちろん、バルサム剥離ではありません)


参考文献
[1]吴俊.DC-303单镜头反光照相机光学设计. 江西光学仪器,1992,(第1期).
[2]鳳凰光学グループ公式WEBサイト:沿革
[3]ZENIT cameraアーカイブズ: Zenitar-M
[4]Toshiko Shimokura, US.Pat. 4,214,815 1980(Filed in 1978)
[5]ZENIT cameraアーカイブズ: Zenitar-ME1

入手の経緯
PHENIXは2020年3月にeBayにて中国のセラーから中古品を50ドルの即決価格で入手しました。同オークションでの流通量は豊富ですが、新品が売られていることは無いようです。様々なマウント規格のモデルがあり、私が入手したNikon Fマウント以外ではPentax K, Minolta MD, Yashica/Contaxマウントがありました。届いたレンズには光学系に小さなカビがありましたので、分解・清掃し綺麗にしました。
ZENITAR-Mは2020年3月にeBayを介し、ロシアのVintage Camerasから79ドルの即決価格で手に入れました。新型コロナウィルスの流行でロシア国内の配送網が麻痺し、レンズを受取ったのは購入から4ヶ月半後の7月下旬でした。レンズの相場は状態の良い個体で、70~80ドル(送料別)といったところでしょう。eBayでの流通量は豊富です。
届いたレンズはガラスこそ綺麗でしたが、ヘリコイドがカッチンコッチンに重く、グリスの交換が必要でした。


今回のロケ地は2014年にユネスコ世界遺産(近代産業遺産)に登録された富岡製紙場(群馬県)です





撮影テスト
ZENITAR-M:開放から線の太い力強い描写で、本特集でこれまで取り上げてきた標準レンズの中ではフレアが最も少ないクラスのレンズです。スッキリとしたヌケの良い写りが特徴です。コントラストはやや低めで中間階調のトーンは良く出ているなど、オールドレンズらしい味付けを堪能できます。背後のボケは距離によらず安定しており、グルグルボケや放射ボケはありません。ポートレート撮影においても背後のボケが硬くなることは無く、完全補正タイプの描写設計のようです。解像力よりも描写面でのバランスを重視したレンズなのでしょう。なだらかなトーンで勝負できる点はガウス型というよりもゾナー型に近い印象を受けます。ロシア製らしい堅実な描写が特徴の、高性能なレンズだと思います。
ZENITAR-M @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日陰)トーンが良く出ていて綺麗な写真が撮れます




ZENITAR-M @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日陰)
ZENITAR-M @ F8 sony A7R2:アダプターの調子が悪く遠方のピントが拾えませんでした。絞って撮影しましたが奥はピンぼけしているとおもいます
ZENITAR-M @ F2.8 sony A7R2(WB:日陰)

ZENITAR-M @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日陰)ニッサンHR型自動繰糸機の一部
ZENITAR-M @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日光)


ZENITAR-M @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日光)



ZENITAR-M @ F4 sony A7R2(WB:日陰)

続いてPHENIX: 開放ではフレア(コマフレア)が多めの柔らかい描写で、
逆光にさらしてシットリ感を演出することができるなど演技派の性格を楽しむことができます。こちらのレンズもコントラストは低めで発色はあっさり気味です。背後のボケはポートレート撮影時にややグルグルすることがあり、近接撮影時には球面収差が大きくアンダーに転じて背後のボケがソフトフォーカスレンズのような綺麗なフレアを纏います。中玉のレンズエレメントの側面にコバ塗りが無いためか、条件が悪いとハレションが生じ、コントラストがガタっと低下、色も濁り気味になりますので、逆光撮影時には注意が要ります。解像力はZENITAR-Mと大差なく、普通のレベルです。
PHENIX @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日陰) 近接撮影時は球面収差が大幅にアンダーとなり、ソフトフォーカスレンズのようにフレアをまとう綺麗なボケ味になります



PHENIX @ F1.7(開放)  sony A7R2(WB:日光)

PHENIX @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日光)

PHENIX @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:曇天)




PHENIX @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日陰)
PHENIX @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:曇天)
PHENIX @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日陰)

PHENIX @ F1.7(開放) sony A7R2(APS-C mode, WB:日光)
両レンズのシャープネスの比較
両レンズの解像力(分解能)に大差はありません。ただし、ZENITAR-Mの方がフレアが少なくスッキリと写り、コントラストもより良いので、解像感(シャープネス)という意味においてはPHENIXよりも優れています。これを良しとするならオールドレンズは捨て、現代レンズに走るのが正解となりますが、写真はそう単純なものでないことは皆さんもご存知の通りです。PHENIXのような柔らかい描写のレンズにも価値があります。




2本のレンズの勝負ですが、ZENITAR-Mの方が解像感に富むシャープな像が得らるのは明らかで、より現代レンズに近い高性能なレンズであることがわかります。日本製のF1.7系オールドレンズは多くが解像力を重視し代償として開放では微かに滲む性質を持っていますが、ZENITAR-Mは画質のバランスを重視したのか解像力は控えめで、開放でも滲みが全く見られない完全補正タイプのレンズのようです。いきなり恐ろしいダークホースが登場してしまいました。
PHENIXについても、せめてもう少し解像力があれば、線の細い描写でZENITAR-Mときわどい勝負をしていたのでしょう。

16 件のコメント:

  1. 一部の記載に、鳳凰はFX-3(定焦点レンズ)とFX-7(変焦点レンズ)両方とも導入しました。

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  2. 哈爾浜電錶儀器廠はシーマからシムコの部品図面とかを購入しました。中国製シムコはこの会社の組立品です。
    長春第二光学儀器廠は研究所付属専門なレンズ会社ですが、80年代長春製PHENIX 35mm/F2.8と135mm/F2.8の製造元です。

    江西光学儀器総廠は一眼レフJG303を開発する時、上記二社は協力先の2つです。

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  3. 中国製シムコ=PHENIX 50mm F1.7は鳳凰光学ではなく哈爾浜電錶儀器廠が製造したOEM製品なのでしょうか?

    また、PHENIX 50mm F1.7の開発にあたり長春第二光学儀器廠が技術的なサポートを行ったのでしょうか?



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  4. 哈爾浜電錶儀器廠はシムコ50/1.7の図面や部品とをパートナーの鳳凰光学と共有しましたら、鳳凰光学はそのレンズをベースに開発しました。
    長春第二光学儀器廠は標準レンスの生産会社ではありません。技術的なサポートを行ったことが確認できますが、標準レンズに協力があるかどうか知りません。

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    1. 貴重な情報提供に感謝いたします。ちなみにPhenixには50mm F1.4(試作?)があったという噂がありますが、事実でしょうか?

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    2. Camgleフォーラムに揭載された写真(https://imgchr.com/i/daZUBV)より、50mm F1.4試作レンズがあります。
      引用元:http://bbs.camgle.com/forum.php?mod=viewthread&tid=593199&extra=&page=3&mobile=2
      引用元の一番上のカラー写真、フォーラムに、あのカメラが本物かどうか分からず、レンズは本物と判断しました

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    3. 調べたカタログに、長春二光の一眼レフ用標準レンズがありませんが、写真にAUTO-PHENIXの表記は長春二光製PHENIXレンズによく見えますから、あの50/1.4レンズが長春二光の試作品である可能性もあります。

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    4. そうですか。貴重なご意見、ありがとうございます。

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    5. Spiralさん、1986年の資料に、PHENIX 50/1.4は「批量生産」(量産)と書けました。生産数が何百枚しかかもしれません。

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    6. Tefoliumさん

      私も50mm F1.4を同じ資料でみました。
      実物は見たことがありません。

      僅か数百個しかないのでしたらコレクターズアイテムですね。
      情報ありがとうございます。

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    7. Spiralさん、JG303の資料(1980年9月、レンズ鑑定会)に一部のレンズ(第一バッチの35/2.8と135/2.8)が4つの工場(長春二光(鳳凰)、北京608、上海海鴎、江西鳳凰)に試作されたと書きました。
      そのことにより、写真中のAUTO PHENIX 50/1.4が長春二光の試作品と思います。個人的に、カメラ鑑定資料(1984年)中の50/1.4が江西鳳凰製と思います。
      JG303のレンズ開発計画中に50/1.7も存在しましたが、そのレンズが1980年9月に既に設計しました。
      こちらが開発組の二人の文章によって作った表と、開発組長の文章と蘇州副社長の文章などによる追加内容です
      https://twitter.com/tefolium/status/1366913145030119425

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    8. 開発計画の中には、たいへんハイスペックなレンズが沢山リストアップされており、驚かされました。このうちのどれだけのレンズが実現したのか、とても興味深いです。中国人の間でも知られていない情報ではないでしょうか?貴重な情報に思えます。

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    9. 開発計画を記載されたレンズ鑑定会に関わる文章が608工場の内部雑誌に発表されましたが、図書雑誌電子化の進みによって、最近に図書館から取得ができました。多分開発者たちと一部のマニアさんしか知りません。

      以下のレンズの生産が文章やカタログや広告によって確認できた

      35/2.8と135/2.8(大量、5工場、北京608/長春二光/江西鳳凰/上海海鴎/蘇州)
      50/1.4
      500/5 規格変更→ 500/4.5(長春製、品番PH500)
      135-550/4.5 計画変更 (長春)
      計画外と委託設計(少量もしくは試作品のみ)
      100/2.8 (長春)
      100/2.5 (長春)
      18/2.2 (長春、1984年ぐらい)

      500/8の開発計画が60年代と70年代の二つがあったので、1980年代海鴎製500/8がどの開発計画の成果か分かりません。
      1000mmレンズの開発計画も2つがありましたが、合併されたと思います。北京608工場製1000mmレンズがJG303用レンズ開発組に開発されてなく、とある大学のグループに開発されたものです。

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    10. 追加情報も、ありがとうございます。書籍の電子化により、
      中国製レンズの情報が解明されてゆくのは、とても楽しみです。
      中国にはオールドレンズのマニアが沢山います。彼らが眠っている情報を
      発掘し、現物の存在を明らかにしてくれますね。

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  5. Spiralさん、JG303の資料(1980年9月、レンズ鑑定会)に一部のレンズ(第一バッチの35/2.8と135/2.8)が4つの工場(長春二光(鳳凰)、北京608、上海海鴎、江西鳳凰)に試作されたと書きました。
    そのことにより、写真中のAUTO PHENIX 50/1.4が長春二光の試作品と思います。個人的に、カメラ鑑定資料(1984年)中の50/1.4が江西鳳凰製と思います。
    JG303のレンズ開発計画中に50/1.7も存在しましたが、そのレンズが1980年9月に既に設計しました。
    こちらが開発組の二人の文章によって作った表と、開発組長の文章と蘇州副社長の文章などによる追加内容です
    https://twitter.com/tefolium/status/1366913145030119425

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    1. お返事おくれ、すみません。素晴らしいですね!

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