おしらせ


2019/05/14

Kern-Paillard SWITAR RX 25mm F1.4(c-mount)



フンワリ、ボンヤリ、でもシッカリ写るレンズはオールドレンズ女子の強い味方。スイスのKern社から1956年に登場したスイターRXシリーズもその手のレンズです。スイターといえばマニアもたじろぐ高級ブランドですが、Cマウント版なら実用主義のカメラ女子にも無理なく買える手頃な値段なのでオススメです。
 
特集:女子力向上レンズ PART 3
寄ればフワトロ、引き画でスッキリの変化系レンズ
Kern-Paillard SWITAR H16 RX 25mm F1.4 
Kern(ケルン)社のSwitar(スイター)シリーズには搭載するBolex(ボレックス)というカメラの仕様に応じてARRXという2種の姉妹レンズがあり、これらをデジタル一眼カメラで使用する場合には全く異なる性格の描写を楽しむことができます。いずれのタイプもイメージサークルはマイクロフォーサーズセンサーをギリギリでカバーでき、鏡胴もコンパクトなためカメラ女子の多くが愛用するオリンパスPENOM-Dにはピッタリのオールドレンズです。ARRXの画質についてはホームページ[1]にとても詳しい比較・検証記事があり参考になります。ザックリと言ってしまえば、ARは開放からシャープでスッキリとしたヌケの良い描写が特徴の「完全補正型」と呼ばれる性格のレンズで、もう一方のRXはピント部の像が滲みを伴いながらトロトロととろけ、背後の滑らかなボケへと沈んでゆく典型的な「補正不足型」です[7]。背後のボケ量は大きく、柔らかく美しい描写が特徴ですが、こうなるにはコントラストや解像感が多少は犠牲になります。でも、どういうわけかこのレンズは例外的にコントラストがよく発色も鮮やかなのです。まぁ、程度の問題なのでしょうけれど。
開放からキッチリとシャープに写るARと、滲み系フワトロレンズのRX。皆さんはどちらが好みですか。たぶんAR好きは比較的男性に多く、RX好きは女性に多いような気がしています。
SWITAR RXの描写がソフトなのは、このレンズを搭載して用いたムービーカメラの特殊な機構に由来しています。カメラには分光プリズムによって光の25%をファインダーに導く仕組みが備わっていました[参考文献2-3]。ところが、レンズとフィルムの間にプリズムを1枚入れると光学系全体では球面収差が補正不足(アンダーコレクション)になり、完全補正を実現するには再度補正しなければなりません。Switar RXにははじめからプリズムの影響を考慮した設計が施されており、球面収差をレンズとプリズムが協力して補正するようにつくられました。つまり、プリズムを省きレンズ単体になると補正不足型に戻ってしまうのです[3]。球面収差を意図的に補正不足にする手法はソフトフォーカスレンズに施されているものとほぼ同じで、違いは程度の問題だけです。ただし、SWITAR RXの場合は意図的にこうなったわけではなく、プリズムの省略による副作用以外の何もでもありません。でも、おかげでフツーによく写るレンズとは一線を画す特別な描写設計(常用もできるやや補正不足の使いやすいレンズ)となったわけで、これはもう嬉しいアクシデントと考える方が幸せです。
 
Kern Switar 25mm F1.4:[文献4]に掲載されていた構成図のトレーススケッチ(見取り図);  左が前方(被写体側)で右が後方(カメラ側)。設計構成は4群6枚のプリモプラン発展型(Advanced -PRIMOPLAN type)。絞りが4群の手前にあるのは、第4群の前後移動でピントの位置を変えるインナーフォーカス機構のためです[参考5]

SWITAR RXシリーズは1956年に登場したBolex H-16 Reflexという映画用カメラの交換レンズとして、カメラとともに発売されました[6]。ケルンといえばライカを凌ぐ高級ブランドでしたので鏡胴のつくりは感心するほど良く、下の写真のように非写界深度のレンジを示したオレンジ色の帯が絞りリングの回転に連動して伸縮する凝った仕掛けになっています。また、この時代としては革新的なインナーフォーカス機構が導入されており、後玉の前後移動でピントが拾える仕組みになっています[5]。マニアやコレクターが好んで所有するのもよくわかります。タイプRXには今回紹介する25mm F1.4以外にも10mm F1.6, 16mm F1.8, 50mm F1.4があり、Pizar 25mm F1.5Pizar 50mm F1.8にもRX版が用意されました[6]。ちなみに焦点距離が長いほどプリズムの影響は小さく、75mm以上のモデルにRX版はありません[3]。レンズの設計は上の図に示すようなプリモプランからの発展型で、ユニークかつ豪華な構成形態です[4]。小さいくせに手に取るとズシリと重く、存在感たっぷりのレンズです。

 
参考文献・資料
[1] hubbll's Photo Leaf: Kern-Phillandの25mm F1.4のARとRXの写りはどう違うのか?
[2] Bolex Product News From Paillard," No. 5, (New York: Paillard Incorporated, June 25, 1974).
[3] BOLEX COLLECTOR: Lenses for Bolex 16mm Cameras
[4]Photographica Cabinett 30, Das Magazin für Sammler Dezember 2003
[5] 出品者のひとりごと・・: Kern-Paillard Switzerland
[6] BOLEX COLLECTOR: Kern-Paillad lenses
[7] 日本ではSWITAR RXが過剰補正型であるという誤った情報が広く流布していますが、この誤解は文献[2,3]の記載が紛らわしいために起こったものであると推測されます。よく読めばRXが補正不足であることはわかりますし、レンズの描写はそもそも典型的な補正不足型です。文献[3]の中の他の図は無視しFigure 4とFigure 7のみを見てください。RXを見立てたFigure 7のレンズが再び単玉に戻っている点を見落としてはいけません

入手の経緯
レンズは中古市場に数多く流通しています。ここ最近のCマウント系レンズは世界の相場よりも日本国内の相場の方が安く、本レンズもeBayでの中古相場は35000円~40000円あたりであるのに対し日本国内での相場は20000円~25000円程度、今買うなら国内だと思います。私は20195月にヤフオクで状態の特に良い個体を2本みつけ、25000円と30000円で購入しました。ちなみにSWITAR ARの方が10000円程度安く取引されており、まともに写るレンズの方が人気が低いという逆転現象が起こっています。届いたレンズは両方とも完璧に近いコンデイションで、一方はマウント部のネジにも全くスレがみられませんでした。未使用(オールドストック)の保管品だったのではないかとおもいます。

Kern SWITAR 25mm F1.4 H16 RX: フィルター径 31.5mm, 最短撮影距離 1.5feet(約45cm), 絞り値 F1.4-F22, 重量(実測)136g, 絞り羽根 9枚, 設計構成 4群6枚プリモプラン発展型, フォーカス機構 インナーフォーカス, イメージフォーマット 16mmシネマフォーマット, Cマウント, 深く絞るとケラれますが開放からF2.8あたりまでは問題なし。アスペクト比16:9で用いるなら、開放からF4までケラレなく使えます


 
撮影テスト
開放でのコントラストはARシリーズよりも、むしとRXの方が良好です。
近接撮影時にはピント部を薄いフレアが覆い、ソフトフォーカスレンズに近い柔らかい描写傾向になります。これは近接時に補正不足型レンズとしての性質が一層強まるためで、この性質変化のことを収差変動といいます。フレアはポートレート域から遠景を撮影する場合には収まり、スッキリとしたヌケの良い像、クッキリとした鮮やかな発色など、コントラストの高いシャープな描写になります。解像力は平凡ですが、そもそも感覚と印象で勝負するカメラ女子達に現代レンズのような高い解像力は要りません。近接撮影では気になりませんが、引き画では像面湾曲と非点収差が目立ち、四隅の像が放射気味に流れます。気になる場合にはカメラの設定で写真のアスペクト比を16:9に変更すると良いでしょう。四隅が切り取られ像の乱れがだいぶ緩和されますので、おすすめです。背後のボケはこのクラスにしては大きく、ピントが外れたところから急激にボケてゆきます。ボケ味は素直で美しく、滲みを纏いながらトロトロととろけるようにボケてゆき、少し絞っても画質の変化があまりありません。マイクロフォーサーズ機でも大きな後ボケの得られる、有難いレンズだと思います。
今回もオールドレンズ女子のお力添えをいただくことになりました。

Photographer: spiral
Camera: Olympus PEN E-PL6(Aspect ratio 16:9)

F1.4(開放) Olympus E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9) ピントが外れたところから急激にボケてゆきます。背後のボケが大きく滲むのもこのレンズの近接撮影時の特徴です
F1.4(開放) Olympus E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9) 近接撮影時はピント部も滲み、柔らかい像になります

F1.4(開放) Olympus E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9) 

F1.4(開放) Olympus E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9) コマ収差が強めにでています











F1.4(開放) Olympus E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9) 引き画になると急にヌケがよくなります。撮りますよ!




F1.4(開放) Olympus E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9) 撮りました!。コントラストは良好。四隅で像の流れが顕著に目立ちます


F1.4(開放) Olympus E-PL6(AWB, Aspect ratio 16:9)

今回、登場していただのは我が家のご近所にお住いのMinako Sugaiさんです。イングリッシュガーデンで撮ったお写真とのこと。

Photographer: Minako Sugai
Camera: Olympus PEN-F
 
Olympus Pen-F, Photo by Minako Sugai


Olympus Pen-F, Photo by Minako Sugai

2019/05/02

LOMO(GOMZ) Ж-48 G-48 100mm F2










サンクトペテルブルクからやってきた
ロモの映画用レンズ PART 3
旧ソ連の怪物。
こんなレンズを1960年に造ってしまうロシアの本当の底力を我々は正しく理解していない
LOMO(GOMZ)  Ж-48 G-48 100mm F2
LOMOのシネレンズには映画用に供給されたOKCシリーズと、映画用、産業用、軍需用に供給されたЖシリーズ(Gシリーズ)の2系統があります。両シリーズには鏡胴のつくりや画質基準に差があり、Gシリーズは中心解像力が一律100線/mm(GOI基準)に規格化されているなど、明らかにOKC/POシリーズの上位の製品として位置付けられていました。定評のあるPO3-3M 50mmF2の中心解像力が45線/mmであることを考えると、2倍のレンズ口径を持つ本レンズが2倍を超える解像力を叩き出しているのは尋常なことではありません。OKCシリーズの製造を担当したのは旧LNKINAP工場、Gシリーズは旧GOMZ(国営光学工場)です。ロシア製レンズの情報を扱った総合的な資料であるGOIのレンズカタログには映画用レンズやスチル用レンズ、プロジェクションレンズなどのテクニカルデータが網羅されていますが、Gシリーズについては一部のレンズに関する情報が収録されているのみで、入手できる情報は限られています。以下に私が独自に集めた製品ラインナップを列記しておきますので、これら以外の製品をご存知でしたらお知らせいただけると助かります。Gシリーズが日本で認知される足掛かりになれば幸いです。

G-5 75mm F2(Cinema lens) 
G-21 28mm F2(Cinema lens)
G-22 35mm F2(Cinema lens)
G-24 75mm F2(Cinema lens)
G-25 100mm F2(Cinema lens)
G-26 180mm F2.5(Projection lens)
G-32 90mm F2(Projection lens)
G-34 110mm F2(Projection lens)
G-48 100mm F2(Cinema lens)
G-49 22mm F2.8(Enlarging or Cinema)
G-53 75mm F2(Projection lens)
G-54 85mm F2(Projection lens)
G-55 95mm F2(Projection lens)
 
今回とり上げるのは1965年に合併しLOMOの一部となるGOMZ1960-1962年に生産した焦点距離100mmの大口径望遠レンズЖ-48(G-48です。確かなソースからの情報ではありませんが、製造本数は2500本に満たない数だったそうです。このレンズを手にすれば重量感と鏡胴のつくりの良さに誰もが驚くことでしょう。ネットにはエアクラフト用シネレンズとの未確認情報もありますが、確実な情報や具体性のある情報は何一つ見当たりません。確かに雲中で氷塊が当たろうが流れ弾が来ようが弾き返しそうな高耐久なつくりですし、流通量の少なさやマウント部の特殊なネジ径から考えても、本品は市販品ではなかったように思えます。映画用として認知されているシネレンズのPO2 / PO3/ PO4もかつてはエアクラフト用(空撮シネカメラのAKS-4に搭載)として供給されていた実績がありますので、あり得ない話ではありません。レンズは4群6枚のガウスタイプで、中玉にマゼンダコーティング、前玉と後玉にアンバーコーティングが蒸着されています。定格イメージフォーマットは他のЖレンズと同様であるとして、恐らくAPS-C相等の35mmシネマフォーマットですので、APS-C機で用いるのが画質的に最も相性の良い組み合わせです。ただし、包括イメージサークルはこれよりも遥かに広く、フルサイズフォーマットを余裕でカバーしています。これによく似たレンズとしてЖ-25(G-25) 100mm F2というシネマ用レンズがあり、1950年代半ばから1960年まで生産されていました。前後関係から考えると、おそらくЖ-48はЖ-25の後継モデルではないかと予想することができます。レンズに関する情報や手掛かりをお持ちの方がおりましたら、ご教示いただけると幸いです。


入手の経緯
eBayには若干数の流通があり、800ドル~900ドル程度で取引されています。私自身は20183月にeBayでロシアのレンズセラーから770ドル+送料30ドルで購入しました。商品の説明は「美品。ガラスはクリーンで絞り羽は正常に動作する。ソビエト連邦による1962年製でエアクラフト用。コーティングがある。イメージサークルはフルサイズセンサーのみならず6x6中判フォーマットもカバーできる。フロ ントキャップ付き」とのこと。僅かに拭き傷があるのみで十分なコンディションのレンズでした。本品はレンズヘッドのみの製品なので、デジタルカメラで使用するには改造してヘリコイドに搭載しなければなりません。レンズヘッド自体にかなりの重量があるため、今回は高耐久なM52-M42ヘリコイド(35-90mm)に搭載してM42レンズとして使用できるようにしました。

GOMZ(LOMO) Ж-48 G-48 100mm F2: 重量(実測) 650g(レンズヘッドのみ),  絞り羽 18枚,  絞り F2-F16, 設計構成は4群6枚ガウスタイプ, S/N: N62XXXX (1962年製造), 35mmシネマフォーマット(APS-C相等)準拠, 中心解像力は100 LINE/mm(GOI規格)で、PO3の中心解像力45LINE/mmの倍以上をたたき出している


  
撮影テスト
現代のレンズと比較しても性能的に何ら遜色はありません。1950年代にここまで高性能なレンズを作り出せたロシア(旧ソビエト連邦)が、宇宙開発や軍事技術のみならず、光学技術においても世界のトップランナーであったことは紛れもない事実です。
解像力はとても高くピント部の像はたいへん緻密で、シャープネスやコントラストは開放から高いレベルに達しています。滲みやフレアは全く見られずスッキリとヌケのよい描写で発色も良好、ボケにクセはありません。時代的にはシングルコーティングでしょうが、コッテリとしたマゼンダ系とアンバー系のコーティングは、いかにも良く写りそうな強いオーラを醸し出しています。1950年代でもコストを省みることがなければ、ロシアではここまで高性能なレンズが作れたのです。

F2(開放) sony A7R2(WB:日光)うーん。まいりました。現代レンズとしか思えない恐ろしい描写力です


F2(開放) sony A7R2(WB:日光)
F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)
F2(開放) sony A7R2(WB:日陰)TORUNOのオープニングセレモニーのモデル撮影会で使いました
F2(開放) sony A7R2(WB:電球1)






F2(開放) sony A7R2(クリエイティブスタイル:セピア)

F2(開放) sony A7R2 (クリエイティブスタイル:セピア)
F2(開放) sony A7R2 (クリエイティブスタイル:セピア)