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会場 オールドレンズフェス2025秋 渋谷モディ丸井
会期 2025.10/4-10/13

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2025/09/19

YASHICA TOMINON /SUPER YASHINON-R 10cm F2.8 (Yashica Pentamatic mount)

 

画質最優先で設計された

富岡光学の中望遠レンズ

YASHICA TOMINON / SUPER YASHINON-R 10cm F2.8

富岡光学といえば、かつてYASHICA傘下でコンタックス用カールツァイスレンズの製造を担い、高性能かつ明るいレンズの設計において国内外で高い評価を受けた名門光学メーカーです。とりわけ標準レンズや広角レンズにおいては、その供給実績と描写力の高さが広く知られていますが、実は中望遠レンズのOEM供給となると、事例は極めて限られています。今回取り上げる TOMINON 10cm F2.8(SUPER YASHINON-Rとのダブルネーム)は、まさにその希少な一例であり、富岡光学の技術力が垣間見える逸品です。このレンズは、YASHICA初の35mm一眼レフカメラ「Pentamatic」に対応する交換レンズとして、1960年から富岡光学がOEM供給したもの。市場に出回る数が少なく、存在自体を知らない写真愛好家も多いのではないでしょうか。

ガウスタイプを採用──画質へのこだわり

一般的に、焦点距離100mm F2.8クラスの中望遠レンズでは、トリプレット型やテレゾナー型、あるいはクセノタール型といった構成が採用されることが多く、これらはコンパクトさや製造コストとのバランスを重視した設計です。しかし本レンズでは、なんと4群6枚のガウスタイプが採用されています。

この選択は非常に珍しく、わざわざ望遠比の大きなガウスタイプの構成を導入した背景には、ポータビリティよりも画質の追求を優先した設計思想が見て取れます。設計思想としては、ライカの初期型 SUMMICRON 90mm F2 にも通じるものがあり、富岡光学が当時から高度な光学設計力を有していたことを示しています。

しかもSUMMICRONよりも一段控えめなF2.8という口径比は、一般的な望遠タイプのマクロレンズに見られる仕様です。本品はマクロ撮影に特化した製品ではないものの、非常に余裕のある設計のため、近接域から遠景まで破綻の少ない、端正な描写が期待できそうです。

静かに際立つ描写力

実際に撮影してみると、開放から非常にシャープでコントラストも良好。光量落ちや歪みはほぼ皆無で、逆光耐性も優れています。近接撮影においても遠方撮影においても、滲みは全く見られません。口径比はF2.8と一見控えめですが、焦点距離が100mmであることを忘れてはいけません。50mmの標準レンズに換算すれば、F1.4相当のボケ量が得られ、これで物足りなさを感じる人は少ないでしょう。

鏡胴の作りは素晴らしく、プラスティックがカメラ製品に普及する前の時代のレンズですので、ライカ製レンズのような高級感があります。工業製品としてみても、非常に魅力的な一本です。

このようなレンズが、Pentamaticという短命なカメラシステムのために供給されていたのはたいへん驚きで、オールドレンズ界の忘れられた傑作とも言える、孤高な一本ではないでしょうか。

YASHICA TOMINON / Super Yashinon-R 10cm F2.8: 重量(実測) 452g , フィルター径 52mm, 最短撮影距離 1m, 絞りF2.8-F22, 絞り羽 9枚構成, プリセット絞り, 4群6枚ガウスタイプ, 1960年製造

参考文献・脚注

[1] クラシックカメラ専科No.26「特集ヤシカ・京セラ コンタックスのすべて」(朝日ソノラマ)P.73 座談会「ヤシカ・京セラ・コンタックスを語る」

[2]  YASHICA Pentamatic Model-II: ヤシカペンタマティックII型の使い方: ここに4群6枚との記載がある

[3] Instruction Booklet for Super Yashinon R: ここにも4群6枚とある

[4] 望遠比と収差量は反比例の関係にありますので、鏡胴を短縮するためパワー配置を前群側に移動して望遠比を小さく抑えると、球面収差の膨らみが増し、解像力が犠牲になります。これは言い方を変えればポータビリティと解像力がトレードオフの関係にあるということです。本品は画質最優先で設計されたモデルだったわけです。

 

レンズの流通状況

Pentamaticが短命なカメラシステムであったこともあり、本レンズは中古市場でほとんど見かけることがなく、定まった相場価格はありません。加えて、専用のマウントアダプターが市販されていないため注目されることも少なく、静かに埋もれた存在となっています。とはいえ、誰もマークしていませんので、運が良ければ思いがけず手頃な価格で入手できる可能性もあります。国内ネットオークションでの出品頻度は一年に1本程度です。

今回はレンズ使用するにあたり、マウントアダプターを自作しました。Pentamaticの故障品を探し、カメラ本体からマウント部を取り外して、ライカM用のアダプターの一部として再構成しました。

 

レンズの描写について

正直なところ、ずっと絞り開放のままでもまったく問題ありません。予想通りに全方位的に安定した描写を見せる高性能なレンズです。特に驚かされたのは色収差の補正がかなり良好な点です。望遠レンズを現代のデジタルカメラで使用する際に、多くの場合に問題となるのが色収差で、被写体の輪郭部が色づいて見えるわけですが、本レンズの場合には、これが全く目立ちません。発色も鮮やかでスッキリと写り、現代のデジタル環境でも違和感なく使えるほどの完成度を感じます。このレンズが製造された当時は、まだモノクロ撮影が主流だった時代です。それにもかかわらず、ここまで色再現に優れた設計が施されているのは、まさに予想外の成果と言えます。

シャープネスやコントラストも、絞り開放からすでに申し分のないレベルです。滲みはまったく見られず、歪曲収差や周辺光量の低下もほぼ感じられません。焦点距離が100mmと長めであるため、グルグルボケのようなクセは出にくく、背景の処理も自然で品のある描写が得られます。

総じて、たいへん高性能な一本であり、1960年に既にこれほどの完成度を実現した富岡光学の技術力には、ただただ驚かされます。このレンズには、同社の卓越した設計思想と製造技術が息づいており、その底知れぬ実力が静かに伝わってきます。

F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)強い反射を取り込んでゴーストの発生を狙ってみましたが、高い逆光耐性に阻まれました
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F2.8(開放) Nuikon Zf(WB:日光) ど逆光でも発色はしっかりとしています


F2.8(開放) Nuikon Zf(WB:日光)



2025/08/28

YASHICA Auto Yashinon 5.5cm F1.8 (pentamatic)

ヤシカ初の35mm一眼レフカメラに搭載された主力レンズ

YASHICA Auto Yashinon 5.5cm F1.8 (pentamatic)

1960年に登場したYASHICA初の35mm一眼レフカメラには、広角35mm F2.8、標準5.5cm F1.8、望遠100mm F2.8の3本の交換レンズが供給されました。当時のYASHICAはカメラ本体の製造に特化しており、社内にレンズ設計部門を持たなかったため、これらのレンズはすべて外部メーカーからOEM供給を受けていました。このうち、広角レンズと望遠レンズには「TOMINON」と「Super-YASHION」のダブルネームが刻印されており、製造元が富岡光学であることは明白です。一方、標準レンズであるYASHINON 5.5cm F1.8にはダブルネームの個体が存在せず、焦点距離が例外的にセンチメートル表記ですので、富岡光学製とは異なるメーカーである可能性が指摘されています。このレンズの製造元については諸説あり、確定的な資料は現存しませんが、シリアル番号の連続性、鏡胴の造形、そして同スペックのレンズを製造していた実績などを総合的に検討すると、MAMIYA-SEKOR 55mm F1.8を手がけていた世田谷光機が有力な候補として浮かび上がります。世田谷光機は後継カメラのPENTAMATIC IIにおいてYASHINON 58mm F1.7を供給していましたので、全くありえない話ではありません。確定的な情報をお持ちの方がおりましたら、ご教示いただけると幸いです。

Yashinon 5.5cm F1.8の構成図(YASHICA Pentamatic Instruction Bookletからの引用)

レンズ構成は上図に示す通り、オーソドックスなダブルガウス型(4群6枚)を採用しています。1960年当時、F1.8の高速レンズを製品化することはまだ技術的にハードルが高く、光学設計で当時世界をリードしていた旧東ドイツのCarl Zeiss JENAでさえ、主力モデルであるPANCOLARをF2の開放値で市場に供給していました。PANCOLARの改良モデルがF1.8で登場するのは1965年になってからのことです。

Yashica Auto YASHINON 5.5cm F1.8(pentamatic):  フィルター径 52mm, 最短撮影距離 0.5m, 絞り値 F1.8- F16, 絞り羽 6枚構成, 重量(実測) 324g, 構成 4群6枚ガウスタイプ



  

入手の経緯

Pentamaticマウントは特殊な規格のため、マウントアダプターの市販品は存在していません。この事情からレンズが単体で中古市場に流通することはほとんどなく、カメラ本体とのセットで出回るのが一般的です。中古市場での価格に明確な相場はありませんが、カメラとレンズのセットで10,000円〜15,000円程度で出品されているケースを見かけることが多くあります。私はカメラのマウント部を利用してライカM用アダプターを自作することを念頭に置いていたため、初めから故障したカメラを安く入手するつもりで探し、国内のネットオークションにて2024年夏頃に約5,000円で入手しました。

 

撮影テスト

開放からの描写はクリアで、滲みやフレアはほ全く見られません。軟調気味であっさりとした控えめの発色傾向ですが、これがスッキリとした写りや丁寧なトーン描写と調和し、写真全体に透明感をもたらしています。こうした描写は、オールドレンズならではの味わい深さを感じさせてくれます。

逆光では強いゴーストが現れ、描写は更に軟調になり、色味もやや濁る傾向がありますが、それもまたクラシカルな雰囲気を演出する一因となっています。ボケについては概ね良好です。ただし、撮影距離によっては背景のボケがザワつき、やや煩雑に感じられることがあります。

少し前の記事で取り上げた後継モデルの YASHINON 58mm F1.7(Pentamatic II用) は、開放で被写体表面に柔らかなフレアが漂い、よりソフトで線の細い描写が特徴で、同じペンタマチックマウントの標準レンズでも、性格がだいぶ異なります。今回取り上げた初期モデルのスッキリとしたクリアな描写を選ぶか、後継モデルの柔らかい質感表現を選ぶかは、撮影スタイルや好みによって選択が分かれるポイントでしょう。

F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日陰)
F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日陰)
F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

2025/08/25

YASHICA YASHINON-DX 45mm F1.7

名機ELECTRO 35の主力レンズを

デジタルミラーレス機で試す

YASHICA YASHINON-DX 45mm F1.7 

ELECTRO 35はヤシカが1960年代に市場供給していたレンズ固定方式のレンジファインダー機です。発売からすでに60年が経過し、電子回路の寿命によって故障した個体が、カメラ店のジャンクコーナーに数多く並ぶようになりました。そうした中から、レンズの状態が良好と思われる数台を拾い上げ、カメラ本体からレンズを摘出し、改造を施して再利用することにしました。

搭載されているレンズは、描写力に定評のあるヤシノンDX 45mm F1.7です。フィルム写真の時代には青みの強い独特の描写が人気となり、「ヤシカブルー」などと称されることがありました。かねてより気になっていましたが、ロモグラフィーの公式サイト[1]に掲載された作例写真を目にし、その青の深みや美しさ、粒状感との相性に心を奪われ、興味がさらに高まったのをよく覚えています。

このレンズは先代機YASHICA MINISTER 700に固定レンズとして初めて採用され、その後、Electro 35シリーズに継承されました[2,3]。Electro 35は世界的なヒット商品となり、1975年の最終モデルまでに累計約500万台が販売されたとされています。往年の名機に搭載されていたこの名レンズを蘇らせ、現代のデジタル撮影に活用できるようになったのは、レンズ交換が可能なミラーレス機の登場による恩恵です。

レンズの設計者については確定的な情報はありませんが、藤陵嚴達氏によるものとされており[4]、藤陵氏自身も回顧録[5]の中で「ヤシノン交換レンズ群、エレクトロ35用レンズ等を設計」と述べています。藤陵氏は、八洲光学工業からズノー光学(旧・帝国光学工業)を経て、1961年にヤシカへ移籍。国友健司氏とともに、有名なZUNOW 50mm F1.1の後期型(1953年発売)の設計を手がけた人物としても知られています。


[1]  Lomography : Yashinon-DX 45mm F1.7

[2] ヤシカ・ミニスター700 デラックス マニュアル 

[3] Electro 35 GT instruction manual

[4] 光学設計者 藤陵嚴達 ~ズノー、ヤシカ、リコー~,  脱力測定(2021) 坂元辰次著 

[5] 藤陵嚴達「六十年の回想」

Yashinon 45mm F1.7の構成図:設計構成は4群6枚のガウスタイプ

  

撮影テスト

定評あるレンズだけに開放からシャープで抜けがよく、すっきりとした描写が印象的です。発色は鮮やかで、コントラストの高さがその描写力を裏付けています。一方で、開放時には周辺光量の低下がやや目立ちます。ボケは大きく乱れることなく、ぐるぐるボケや放射ボケが目立つことはありません。歪曲収差は良好に補正されており、構図の安定感に寄与しています。逆光下では、角度によってシャワー状のゴーストが盛大に現れることがあり、使い方次第では印象的で遊び心のある画づくりが可能です。

F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 日光)
F1.7(開放) Nikon Zf(WB:日光)
F2.8 Nikon Zf(WB:日光)
F1.7(開放) Niokon Zf(WB:日光) def








F1.7(開放) Nikon Zf(WB:日光)abc


F1.7(開放) Nikon Zf(WB:日陰)


F1.7(開放) Nikon Zf(WB:日陰)

2025/06/27

YASHICA Auto YASHINON 5.8cm F1.7 (pentamatic II)



1960年登場、時代を先取りした世田谷光機の大口径標準レンズ part 2

YASHICA (SETAGAYA Koki OEM Product) YASHINON 5.8cm F1.7  PENTAMATIC mount

前回の記事で取り上げたSEKOR 58mm F1.7は世田谷光機がマミヤの一眼レフカメラPrismat NP(1960年発売)と、Prismat WP(1961年発売)に搭載する交換レンズとして供給したマミヤブラントのOEM製品です。じつは、これとほぼ同時期に中身の同じ覆面レンズが、YASHINONの名称でヤシカにもOEM供給されました。ヤシカが1961年に発売したPENTAMATIC IIという一眼レフカメラに搭載する交換レンズのYASHICA YASHINON 5.8cm F1.7です[1]。光学系は同一なので写りもSEKORと全く同じですが、こちらのレンズで一つ残念なのはPentamaticマウントが特殊なため市販品のマウントアダプターが存在しないことです。レンズを現代のデジタルカメラで使用するにはマウント部分を改造するか、このマウント規格に対応したアダプターを自作する必要があります。レンズの設計構成は下図にしめすような、オーソドックスな4群6枚のガウスタイプで、開放F値1.7を実現するために分厚い正レンズを用いて屈折力を稼いでいます。このクラスのレンズであれば張り合わせ面を外し空気層を入れる構成が多いと思いますが、このレンズにはそれがありません。

設計構成は4群6枚のオーソドックスなガウスタイプです。左が被写体側で右がカメラの側となります.構成図はPentamatic II instruction manualからのトレーススケッチです
 

入手の経緯

レンズは特殊なマウント規格ですので、レンズ単体での流通は少なく、カメラ本体とセットで売られているケースが大半です。カメラは国内の中古店やネットオークションに常に流通しており、取引額は1~2万円程度です。私はメルカリで故障したカメラとコンディション不明のレンズがセットになった商品を4500円で入手しました。カメラからはマウント部を取り出し、アダプターづくりの材料としました。レンズの方は幸いにもコンディションがよくガラスが綺麗でしたので、ヘリコイドグリスのみ交換して使うことにしました。レンズはずしりと重く、アルミなどの軽金属がまだあまり使われていない印象です。ヘリコイドを分解清掃しグリスを交換したのですが、ピントリングには依然としてトルク感があります。この時代のレンズは、こんなものなのでしょう。

 

撮影テスト

前回取り上げたMAMIYA SEKOR F.C. と同一設計のレンズですので、解説はそちらと同じです。開放では写真の中心部のみシャープでスッキリと写り、中心から外れたところでは微かなフレアが被写体の表面を覆っています。オールドレンズならではの柔らかい質感表現です。ただし、ピント部の像は四隅まで緻密に解像されており、線の細い繊細な描写となっています。開放でフレアが出るぶんコントラストは控えめで、トーンは緩くなだらかなため、味のある美しい描写を楽しむことができます。ボケはやや硬めで、輪郭を残したザワザワとしたボケ味です。反対に前ボケはフレアに覆われ非常に柔らかいボケ味です。過剰補正気味の設定にして解像力を優先させている事がボケ味から間接的に確認できます。後のカラー時代のレンズではコントラストを重視していますので、通常ここまで過剰補正にはしません。近距離では背後にグルグルボケが出ます。絞りはよく効き、絞り込むとキリっとしたメリハリのあるトーンとすっきりとした描写に変わります。

F1.7(開放) Nikon Zf(WB:日陰)

F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 日陰)


F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)

F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)
F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)
F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 日陰)
F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)
F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)

F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)

F1.7(開放) Nikon Zf(WB: 曇空)

2024/06/01

YASHICA COLOR-YASHINON DX 35mm F1.8

何しろ昭和の名機ヤシカ・エレクトロシリーズを語る上では外せない、広角モデルのELECTRO 35 CCに搭載されていたレンズです。広角でありながらF1.8の明るさ実現した貴重な存在でしたし、独特の青の発色は「ヤシカブルー」などと呼ばれました。いつかデジタルカメラでも使ってみたいと思っていたところ、その機会は前触れもなく訪れました。写真を撮り始めると予想外の展開が・・・。いつも被写体の背後に「何か」が写るのです。そこにいたのは「氷の妖精」の異名を持つクリオネでした!

クリオネが現れる大口径広角オールドレンズ

YASHICA COLOR-YASHINON DX 35mm F1.8

古い35mmレンジファインダー機にF2を超える明るさの広角レンズがついていることは極めて稀です。一眼レフカメラではどうかというとバックフォーカスを長く取るという制約があり、F2よりも明るい広角レンズを作ることは容易ではありません。1950年代のキャノンのライカマウントレンズやニコンSマウントレンズにこのクラスの明るいレンズが少しありましたが[0]、後に一眼レフカメラ全盛時代を迎えると、この明るさのレンズは著しく数を減らします[1]。そういうガラパゴス的な事情からか、キャノンやニコンの35mm F1.8は現在とても高価な値段で取引されています。

ある日、中古カメラ店のジャンクコーナーに束になって転がっていたヤシカエレクトロ35に出会い、思わず二度見してしまいました。明るい広角レンズCOLOR-YASHINON DX 35mm F1.8のついたELECTRO 35 CCです。一見するとごく普通のありふれたレンズが付いているようにも見えますので、誰の目にもとまらなかったわけです。カメラは故障品でしたが、レンズがまだ使えそうでしたので引き取って再利用することにしました。

ヤシカエレクトロ35シリーズといえば1965年に発売され、1980年まで全世界でシリーズ累計800万台を販売した大ヒットカメラです[4]。今回手に入れたカメラは同シリーズの中で唯一、広角レンズが付いているELECTRO 35 CCというモデルで、1970年に「ろうそく1本の明かりで撮れる!」とのキャッチコピーで登場しました。ちなみにスタンリー・キューブリック監督が明るいカール・ツァイスのレンズを手に入れ、ろうそくの炎だけで撮影した映画「バリー・リンドン」を連想させますが、映画は1975年でしたのでパクリではありません。

さて、救出したカメラの固定レンズをミラーレス機に付けるために、どう改造するかが問題でした。バックフォーカスが短く改造難度の極めて高いレンズでしたので、ヘリコイドごと取り出しライカMマウントに改造する案は物理的に不可能であることがわかりました。それどころか鏡胴が太いためSONY Eマウントに改造する事すらも実質無理(←信じ難いことですが、やってみるとわかります)。残された選択肢はヘリコイドを捨て外部ヘリコイドに載せミラーレス機のマウントにするか(ただし使えるカメラが限定されてしまう)、ミラーレス機用ヘリコイド付きアダプターでの使用を想定し、ヘリコイドレスのままライカMマウントにするか(汎用性重視)の二択です。シャッターをスタックさせるため一旦は鏡胴を分解し、シャッターユニットの内部に辿り着かなければなりません。改造には手間のかかるレンズですが、どうにかフルサイズミラーレス機で使用できるようになりました。このブログでは過去にYASHICA HALF 14用のYASHINON-DX 32mm F1.4を扱いましたが、この時も改造難度が高く散々な目に合いました。YASHINONはとにかくバックフォーカスの短い点が共通しており、容赦がありません。

YASHICA ELECTRO 35 CC。1973年には改良モデルのELECTRO 35 CCNが登場しますが、カメラのデザインはほぼ同じで、搭載されているレンズも同一です




絞り羽は脅威の2枚構成、特異仕様です。えっ?絞り羽って2枚で行けるの?。上の写真は1段絞った際の開口部の形状で、「クリオネ」のように見えますが、これが原因で写真の中の点光源が特異な形状となります。ネットにはこれを「クリオネボケ」とか「エンジェルボケ」などと呼ぶ人がいます。どうしてこんな非対称な絞りを採用したのか理解が追いつきません

COLOR-YASHINON DX 35mm F1.8のレンズ構成は4群6枚のオーソドックスなダブルガウスです[2]。前玉や後玉の曲率が大きく、ガラスが前後に大きく飛び出しています。レンズの設計と供給を担当したメーカーがどこなのかは、確かなエビデンスとなる文献や資料がなく不明です。ただし、この時代のヤシカには藤陵嚴達氏率いるヤシカ光学研究室があり、レンズを自社設計することができました。藤陵氏の回顧録にも「ヤシノン交換レンズ群、エレクトロ35用レンズ等を設計」とありますので、レンズを設計したのはヤシカ(藤陵氏もしくは藤陵監修)である可能性が濃厚です[4]。藤陵氏と言えば八洲光学工業からズノー光学(旧帝国光学工業)を経て1961年にヤシカに移籍しており、かの有名なZUNOW 50mm F1.1後期型(1953年発売)の設計に関わった人物でもあります[3]。レンズの製造は1968年から同社の子会社となった富岡光学で対応できました。レンズの設計はヤシカ、製造は富岡光学であったというのが大方の共通見解です[3-5]。情報をお持ちの方はお知らせいただけますと幸いです。

参考・脚注

[0] Canon 35mm F1.8 / F1.5(L mount), Nikon W-Nikkor 3.5cm F1.8(S mount)

[1] Minolta-HH 35mm F1.8 (MD), Tomioka Auto TOMINON 35mm F1.9(M42),  ENNA Super Lithagon 35mm F1.9 (M42, Exakta etc)

[2] YASHICA Electro 35 CCN Instruction manual

[3] 光学設計者 藤陵嚴達~ズノー、ヤシカ、リコー~, 脱力測定(2021年)

[4]  藤陵嚴達「六十年の回想」

[5] 写真工業1966年6月号 「新型カメラの技術資料」

 

撮影テスト

開放では僅かにフレアが発生し適度に柔らかい描写ですが、コントラストは良好で発色も鮮やかです。中心部は解像力があり、線の細い緻密な像を描きます。ただし、四隅にゆくほど像は甘くなります。一段絞ればフレアは消失し、スッキリとしたヌケの良い描写で、四隅までシャープな像が得られるようになります。ボケは概ね安定しており、グルグルボケは近接撮影時に少し出る程度です。発色傾向については、フィルム写真の時代から青に定評があり、くすんだような独特な青の表現を指して「ヤシカブルー」などと呼ばれることがありました。また、絞り開口部の形状が歪で、1段以上絞ると点光源がクリオネの形に見えることがあります。ネット上では「クリオネボケ」「エンジェルボケ」などと呼ばれることがあります。

F4 Nikon Zf(B&W mode)

F1.8(開放) Nikon Zf(B&W mode)
F1.8(開放) Nikon Zf(B&W mode)
F4 Nikon Zf(WB: 日光A)

F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日光A)

F5.6 Nikon Zf(WB:日光A)

続いてボケを生かした写真を何枚かどうぞ。レンズの絞り羽はたったの2枚で、このため1~2段絞ったあたりで絞りの開口部が歪な形状となります。どうしてこんな非対称な形状を選んだのか理解が追いつきません。シャッター開口部の非対称な形状に起因する不均一な光の取り込みを絞りの形状で補正したかったのでしょうか?
 
F2.8, Nikon Zf(WB: 日光)
F4, Nikon Zf(WB:日光)

F4, Nikon Zf(WB:日光)


F2.8, Nikon Zf(WB:日光)

F1.8(開放),Nikon Zf(WB:日光)

F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F4, Nikon Zf(WB:日光)

F4, Nikon Zf(WB:日光)


スナップ写真の表現に遊び心を添える事ができるのは、この種のファンタジック系レンズの醍醐味ですね。