おしらせ


2009/05/28

Isco-Göttingen WESTAGON 50mm/F2(M42)
イスコ・ゲッチンゲン ウエスタゴン`


 
癖玉なんだろうけれど
かっこいいから許します。ハイ。

 イスコ社はドイツの古都ゲッチンゲンにあり、名門光学機器メーカーのシュナイダー(正式名称:シュナイダー・クロイツナッハ社)を親会社とするレンズの製造メーカーだ。日本では知名度がいまひとつ低い。本品はシュナイダーが1937年に設計したダブルガウス型のレンズ構造をそのまま採用し、イスコ社によって1950年代前半に製造された。この設計はカールツァイスのウルトロンやタクマー55mm/F1.8にも採用されている。大口径化と像面の平坦化が容易で、高画質が得られる反面、レンズの構成枚数が多く、レンズ内の光の反射によりフレアが発生しやすいのが難点のようだ。何事もトレードオフなのだろうか・・・色々改良が施され、現在はこうした問題はほぼ克服されている。構造的に後玉が大きく飛び出すので、フルサイズセンサーのEOSではミラーが後玉に干渉してしまう。今回取り上げるイスコ社のウェスタゴン50mm/F2は大きな鏡胴から突き出たヘリコイドリングを持つ無骨なデザインが印象的である。鏡胴にはアルミ合金を採用し、どこか民用品ではない、お高い顕微鏡にでも使われていそうな立派なつくりだ。開放F値が2.8のタイプはよく見かけるものの、F値2.0の製品は極めてレアで、eBayでも見かけることは大変稀である。ここまで明るければ、さぞかしボケ味も面白いだろうに・・・・欲すぃ~。
 
     最短撮影距離: 55cm, フィルター径:52mm, 焦点距離/開放F値:50mm/2.0, 5群6枚ガウスタイプ

入手の経緯
2008年末頃、eBayに新品同様(MINT状態)のものが出品されていた。入札〆切の数分前からスナイプ入札による落札を企てたが、90ドル前後をつけていた値はぐんぐん上昇し、220ドルになっても最高入札者になれなかった。結局諦めることに。ところがその直後、なんとヤフオクで即決価格2万円にて出品されていたので反射的にポチッと購入してしまった。
試写テスト
海外の幾つかのブログに描写についての評価が掲載されていた。それらによるとコントラストは低く、逆光下ではフレアが発生する。開放での描写はたいへんあまい。ハイライト部にはハロが発生しまくり、まるで夢の世界のような描写となる。1~2段絞るとハロが消失し、コントラストが向上してシャープな写りになる。ハロやフレアを表現の1つのするならば、本品は表現力の豊かな面白いレンズである。

近景/開放絞りでは描写が甘い。ピントを合わせたDVD盤面の解像感が乏しい。ボケはたいへん柔らかい

緑の部分にハロが出て綺麗だがボケは煩い。奥の植栽の辺りにグルグルボケの発生が確認できる。気になるならば一段絞れば収差が減りボケ味は素直になる。東京都新宿区戸山公園
フードを装着して順光で撮影してもコントラストはこのとうり低く暗部の輝度が上がってしまう。これを個性とみなすなら味のある素晴らしいレンズということになる。 東京都新宿区戸山公園

モノコート仕様のレンズのため逆光に弱く直ぐにフレアが発生する。朝の眩しさを表現するには持ってこいのレンズだと思う。東京都新宿区・戸山公園

都営副都心線

渋谷駅前

渋谷駅前

現代のレンズの基準から考えると、やはり癖玉なんだろうけれど、このレンズ・・・・かっこいいから許します。ハイ。

撮影環境:Canon EOS Kiss x3 + ISCO + ELMOねじ込み式メタルフード

ELMOのねじ込み式クラッシックフードを装着した様子です。APS-Cセンサーの場合、もう少し深めの80mm用のフードがよい。このレンズの存在感に負けないかっこいいフード、どこかにないものだろうか・・・
子供をハイビジョン動画で撮りたいと妻を説得し、ついにEOS Kiss x3を購入してしまった。ウホホ。その代りにペンタックスのistDS2は手放すことに。はじめはペンタのNEW K-7とどちらにしようか迷ったのだが、決め手は重量が軽いことであった。レンズはいくら買っても家族には絶対にバレない(我が家の法則)。きっと、興味の無い人には皆同じに見えるからなのだろう。でもカメラ本体は不思議と直ぐにバレてしまう。結果、デジタル一眼レフの所有は現在2台のみ。

2009/05/27

Carl Zeiss Flektogon 35mm/F2.8 (M42)
フレクトゴン広角3兄弟の長男

このブログエントリーは2016年11月に刷新されました。
こちらをどうぞ。


野山でのスナップ撮影は
これ1本で何とかなる
 
 Flektogon(フレクトゴン)は東独VEBツァイス社の広角レンズにつけられたブランド名であり、同社の設計士Harry Zöllner(ハリー・ツェルナー)とRudolf Sorisshi(ルドルフ・ソリッシ)がContax版広角レンズのBiometar 2.8/35をレトロフォーカス化させ一眼レフカメラに適合させるという方針で開発した。ちなみに、ZöllnerはBiometar(1948-1981)を設計した人物でもある。1950年から製造された初代・アルミ鏡胴のタイプ、1950年代後半から1960年代にかけて製造されたシングルコーティング仕様の2代目・革巻きタイプと3代目・ゼブラ柄タイプ(写真参照)、1975年から1980年まで製造されたマルチコーティング仕様の4代目・黒鏡胴タイプが存在する。2代目と3代目には35mm 20mm 25mmの3種が存在し、「フレクトゴン広角3兄弟」の愛称で親しまれている。
Flektogon広角3兄弟。左から20mm/F4, 35mm/F2.8, 25mm/F4(M42)

この時代のレンズには鏡胴が金属製で重厚な作りのものが多い。マウントのバリエーションはM42用、エギザクタ用、ペンタコン6用の3種である。フレクトゴン35mmのゼブラ版は後玉が飛び出ているためEOS 5Dのミラーに干渉するとのこと。20mmと25mmのタイプはセーフ。 後継モデルの黒鏡胴MCフレクトゴン35mmはセーフのようだ。

フィルター径49mm, 重量230g, 35mm/F2.8
今回テストするFlektogon 35mm/F2.8(M42マウント)の特徴は風景撮影に適した広角設計であることと、被写体に18cmの距離まで寄ることができる高い近接撮影能力である。花や虫がアップで撮影でき、野外で大活躍するレンズである。1960年頃のレンズには美しいゼブラ柄が流行し、多くのレンズメーカーがこの種のデザインを採用した。この縞々は鏡胴が金属だから栄えるわけで、プラスティック製の今のレンズでは実現できないデザインなのだ。

入手の経緯
本品は2008年5月にeBayにて71㌦でイギリスの業者から落札した。出品時の解説には、ガラス・外観・機械動作ともにエクセレントとあるだけ。新品同様(MINT)との記述なら安心だが、この程度の製品評価の場合、eBayでは危険な賭けになる。予想どうり入札価格は高騰しなかった。幸いなことに届いた実物は新品同様のレベルであった。国内相場が2万円程度なので、たいへんラッキーな買い物だ!。

試写テスト:長野・白馬の高原にこれ一本でゆくフレクトゴン35mmは癖の無い自然なボケ味、ピントの合った部分のシャープな切れ味、柔らかい描写に定評がある。マルチコーティング処理が施された現代のレンズに比べ、逆光時の安定感(コントラスト)が劣るものの、この時代のモノコート仕様のレンズの中では抜群の描写性能である。良い意味でツァイスらしくない落ち着いた渋い発色は、その後に銘玉と呼ばれる後継モデル・MCフレクトゴン35mm/2.4の到来を予感させる。近接撮影能力は人間の目の能力を超えており、ギリギリまで接近して花や虫を大きく撮影すると、見たこともないような凄い写真が撮れ、思わずため息がでてしまう。私たちを非日常の世界に連れて行ってくれる素晴らしいレンズだ。


手乗り蝶。塩分をなめているのだろう・・・離れようとしない
美しい桃色の花。絞り開放での撮影であるがハイライト部にハロは出ていない
ボケ味も煩くない。やわらかい描写だ

もともと広角レンズであるため風景撮影もこのとおり
 
最後に一句
ゼブラって やっぱり格好 いいよなぁ 
しみじみ思う SPIRAL
撮影環境: 
PENTAX *ist DS2
Carl Zeiss FLEKTOGON 35mm/F2.8








★こちらは愛媛・松山でのサンプル: FLEKTOGON 35mm/F2.8 EOS Kiss x3(400D) + HAKUBA rubber hood

ISO100, 絞り値F8  愛媛県松山市

ISO100, 絞り値f5.6
ISO 100, 絞り値f5.6

2009/05/20

P.ANGENIEUX PARIS RETROFOCUS Type R1 35mm/F2.5 (M42)
アンジェニュー レトロフォーカス タイプR1


熱狂的なファンがつく

オールドレンズ界のマジシャン

過去の古い記事はこちらです。
 
Angenieux(アンジェニュー)社(現Thales Angenieux社)はシネマ用ズームレンズや一眼レフカメラ用広角レンズのパイオニアとして名を馳せたフランスを代表する光学機器メーカーである。創業者のPierre Angenieux(ピエール・アンジェニュー)は若い頃に大手映画製作会社のPathe(パテ)に勤務していた経歴を持ち、生涯を通じてシネマ界との交流を続けた。撮影監督などレンズを使用するエンドユーザーの声に耳を傾け、緊密な協力関係を保ちながらフランス映画産業の発展に貢献してきた大変模範的なエンジニアである。今回再び紹介するAngenieux社のRetrofocus type R1は今日の一眼レフカメラ用広角レンズの設計の基礎となるレトロフォーカスと呼ばれる技法をスチル撮影の分野に持ち込んだ初めてのレンズである。最前部に大きく湾曲した凹レンズを据え、バックフォーカスを長くとることで、一眼レフカメラにおいて問題視されていた後玉のミラー干渉を回避できる画期的なレンズとして注目された[注1]。光学系は5群6枚で、テッサー型を起点に前群側に凸レンズと凹レンズを1枚づつ加えた構成を持つ。レンズの描写にも特徴があり、ノスタルジックな演出効果に通じる温調で淡白な発色傾向に加え、ハロやフレアを自在にコントロールし、このレンズならではの特異な描写表現を可能にできる個性豊かなレンズである。
Angenieux Type R1の光学系(左)とCarl Zeiss Flektogon 35mm F2.8の光学系(右)。双方とも初期のスチル撮影用レトロフォーカス型レンズである。光学系は双方とも5群6枚で、Angeieux R1はテッサー(左図の黄色の部分)を起点として前群側に凸レンズと凹レンズ(赤で着色した部分)を1枚づつ加えた構成を持つ。前群に2枚のレンズが加わったのは凹凸成分の構成バランスを維持するためであり、凹レンズ3枚、凸レンズ3枚と屈折率パワーが釣り合う結果、テッサー同様に無理のないプロポーションが維持されている。これにより、非点収差と像面湾曲が効果的に補正され画角特性(四隅の画質)が向上するとともにグルグルボケや放射ボケにも無縁の穏やかなボケが実現される。対するFlektogonはビオメタール(右図の黄色の部分)を起点として、最前部に赤で着色した凹レンズを1枚加えた構成となる。こちらは一枚加えるだけで、凹凸レンズの構成がバランスしている
[注1] レトロフォーカスとは焦点(フォーカス)を後退(レトロ)させるという意味で、広角レンズの最前面に大型の凹レンズを取り付けレンズの後玉から撮像面までの距離(バックフォーカス)を長くする設計技法の事をいう。この方法を用いれば焦点距離の短い広角レンズを一眼レフカメラで用いる際にも、ミラーの可動域を確保することができる。元々はAngenieux社の広角レンズについた商標であったが、同種の広角レンズを「レトロフォーカスタイプ」などと呼び、広く用いられるようになった。一般的な望遠レンズでは、これとは逆に最前部に凸レンズを配置しバックフォーカスを切り詰めるという正反対の立場がとられるため、レトロフォーカス型レンズのことを「逆望遠レンズ」と呼ぶことがある。レトロフォーカスに相当する設計は戦前から既に存在しており、英国テーラーホブソン社のH.W.Leeが映画用レンズに開発した技法および関連する英国特許(British Pat. 355452,1931年)が世界初とされている。いわゆるレトロ(復古調)とは全く関係ないが、Angenieuxのノスタルジックな描写を見ていると、いかにも関係ありそうに思えてしまう方々は、もはやアンジェニュー中毒者の仲間入りである(更生不能かも)。

創設者Pierre Angénieux(ピエール・アンジェニュー)

Pierre Angénieux(1907-1998)は1907年にフランス南東部の小さな町Saint-Heandに生まれた。学生時代の彼はパリの名門工業学校に通い、ワイドスクリーン・システムに対するアナモルフィックレンズの発明者Henri Chrétienの元で学んでいた。1928年に同校で工業エンジニアの学位を取得し、更に翌1929年には光学エンジニアの学位を得ている。卒業後はフランス大手映画製作会社のPathéに就職しシネマの世界に身を置いた後、1935年にパリでシネマ用品を専門とする自身の会社Angenieux Establishmentsを設立、これが現在まで続くAngenieux社の原点となった。彼は会社設立後も「鉄路の白薔薇(しろばら)」や「ナポレオン」などの名作映画で知られるフランスの映画監督Abel Gance(ガンス)や、「大いなる幻影」「フレンチ・カンカン」「草の上の昼食」などで知られる巨匠映画監督Jean Renoir(父は印象派絵画のルノワール)らと交流を続けた。大戦中のAngenieux Establishments社は経営的に苦境に立たされ、戦災やドイツ軍の進駐による影響で一時はパリを離れ故郷の町Saint-Heandに移転、事業規模を縮小させる時期もあった。しかし、終戦後は意欲的な製品を次々と世に送り出し経営体質が改善、事業規模は拡大を続け世界的な光学機器メーカーへと成長した。その記念すべき最初の成功は50年代の幕開けとともに始まった。Pierre自身による設計で1950年に製品化された世界初のスチルカメラ用レトロフォーカス型レンズP.Angenieux Retrofocus Type R1 35mm F2.5である。Type R1はスチル撮影用に設計された製品だが、レンズの開発には彼と交流のあったシネマカメラマンのリクエストが盛り込まれていると言われている。
Pierre Angenieux
(実写真からのトレース)
続く1953年には当時世界で最も明るい口径比F0.95のシネマ用レンズを開発した。このレンズは登場から35年もの間、Bell & Howell社の70-seriesというムービーカメラに搭載されている。これ以降、彼はシネマ用ズームレンズの開発に力を注ぐようになり、1956年には17-68mm F2のズーム、1958年には10xズームの10-120mmなど当時としては革新的な性能のレンズを次々と世に送り出している。
  60年代になると、Angenieux社のレンズはNASAアメリカ航空宇宙局の宇宙開発事業に積極的に登用され、人類史に残る歴史的な場面で活躍するようになる。こうした経緯が後発メーカーだったAngenieux社の知名度を更に高めてゆく。1964年7月31日、同社が開発した超大口径レンズAngenieux 25mm F0.95は宇宙探査機Ranger VIIに搭載され、人類史上初となる月の裏側の撮影に使用された。最初の1枚は月の上空2500kmの位置から用いられ、最後の1枚は上空500mの高さから30cmの分解能で月の表面を詳細に撮影している。全世界がAngenieuxのレンズを通して送られてくる映像に釘付けになったのである。その後もGemini計画やApollo計画でNASAとの協力関係は続き、1969年のApollo XI計画ではNASA宇宙飛行士が月面に降り立つ世紀の瞬間を同社のレンズがとらえている。そういえばPierreの顔も、どことなくお月様に見えるではないか。
   70年代もSkylab計画やApollo計画などNASAとの協力関係は絶えることがなく、Angenieux社の超広角ズームレンズはスペースシャトルにも配備されている。また同社は1973年に世界で最も広範囲のズーム域をカバーする42倍ズーム(最短撮影距離0.6m)を開発している。Pierreは1975年に第一線を退き、その後は自社のズームレンズの開発に取り組む若いエンジニアの指導に専念している。
  彼は革新的なシネマ用ズームレンズを開発した功績により、生涯を通じて映画芸術科学アカデミー(米国)から権威あるAMPAS賞を2度授与され、さらに1989年には映画撮影用ズームレンズと広角レンズの開発、およびAbel Ganceら多くの映画監督らとの緊密な交流が映画産業の発展に貢献したとのことで、同アカデミーのゴードン・E・ソーヤー(Gordon E. Sawyer)賞を受賞している。
   Angenieux社は1993年にThomson CSF(現Thales Group[注1])に買収され現在はThales Angénieuxに改称、2008年時点で世界50ヶ国に68000名の社員を抱え、現在もナイトビジョン、航空・軍事用の各種監視装置、映画用ズームレンズ、TV用ズームレンズ、内視鏡などの生産を手がける巨大メーカーとして存続している。

入手の経緯
  本レンズは2009年2月にeBayを介して米国の大手中古カメラ業者ケビンカメラから購入した。状態はMINT(美品)ということで700ドルの値がついていたが、値下げ交渉を受け付けていたので525ドルでどうかと提案したところ600ドルならいいぞと返してきたので交渉が成立し、私のものとなった。現在は相場価格が少し上昇し、EXAKTAマウントの品の場合には600-900ドル程度、M42マウントの品の場合には900-1200ドル程度で取引されている。国内でもEXAKTAマウントの品で6万円から8万円、M42マウントの場合にはそこから更に2万円程度上乗せした辺りの額であろう。届いた品には中玉周辺部に吹き傷1本、前玉にも顕微鏡レベルの極薄いクリーニングマークがあり、後玉には針の先でつついたようなピンポイント状のコーティングの劣化が2個、マウント部には極僅かにガタがあるという内容で、MINT表記で売るには無理のある状態であったが、ガラスにクモリはなく、いずれも実用上は影響のない小さな問題であった。Angenieuxは何かと光学系が痛みやすいようで、中古市場に出回っている品にはガラス面にクモリが発生していたり、前玉に傷が多かったり、コバ(レンズ内の黒い塗装)が剥がれてたりと傷んでいる個体が大半である。私がこれまで中古店で見てきた個体も、描写に影響の出るような大きな問題を抱えた品ばかりであったが、手に入れた品は実用主義の私にとって充分な状態を維持していた。なお、コレクターレベルの個体に出会う機会は実際のところ滅多にないので、コレクションを目的に入手するのであれば、多少高額でもショップからの入手をすすめたい。
  Angenieux R1が手元に届いた日、試しに自宅の部屋に飾ってあった雛人形を撮ってみた。わずかに微笑んでいる綺麗な顔のお雛様。その白い顔の輪郭付近に青白い光の滲みが発生し、なんとも不気味な面持ちに腰を抜かした。このレンズ、いったい何なんだ。
フィルター径 51.5mm, 最短撮影距離 0.8m, 重量 275g, 絞り値 F2.5-F22, 光学系は5群6枚,  M42マウント純正品の場合はEOS 5Dのようなフルサイズセンサー機でもミラー干渉がない

撮影テスト
  Angenieux R1の描写の特徴は独特な発色とコマフレアである。minoltaのレンズ設計者が書いた本「写真レンズの基礎と発展」(小倉敏布著)の中には、このレンズの描写について述べられた一説がある。著者はこのレンズを用いた作例に共通して見られる薄い絹のベールを被せたような写りの正体をコマフレアと断定し、黎明期のレトロフォーカス型レンズはコマフレアの出せる特異な設計構成を配していると述べている。なんでも、光学系の3群目と4群目の凹レンズと凸レンズの配し方にその秘密があるようで、これ以降のレトロフォーカスレンズはこの配置を逆転させることによりコマフレアを劇的に抑えることに成功したのだという。その結果、Angenieux R1のような最も初期のレンズのみが技術的に取り残され、特別な存在になれたというのだ。コマフレアは普通のフレアとは異なり、逆光でなくともハイライト部が存在すれば容易に発生し、軟調で低コントラスト、淡泊な発色など、このレンズに特有の描写特性を生み出す要因となる。また、Angenieux R1でピント合わせが困難なのもコマフレアを原因とする階調の軟らかさが合焦時の輪郭部検出を困難にしているためなのであろう。しかし、逆光撮影時の普通のフレアでみられるような発色の濁りはなく、あくまでも軽やかさがある。実際にレンズを撮影に用いてみると、開放絞りの時にはハイライト部のまわりにコマフレアが盛大に発生し、ピンポイントで薄い絹のベールを被せたような素晴らしい写真効果が得られる。絞りを1/2段から1段閉じると、コマフレアはハイライト部とその輪郭にそって収縮し、明るさを増しながらハロを形成、被写体が美しい光の滲みを纏う。開放から2段絞るとコマフレア(ハロ)は消失しコントラストが向上、シャドー部には締まりが生まれる。
  発色はやや黄色に転ぶ傾向があり温調気味である。低コントラストで淡泊になりがちな性質もあることから、経年変化によって焼け褪せてしまった古いプリント写真を見ているようなノスタルジックな雰囲気が得られる。また、このレンズは赤に特徴があるという雑誌などの記事をよく目にする。しかし、多くの記事では、それがどういう意味なのかまでは明確に述べられていない。私自身レンズを使ってみて感じたのは、赤が実際よりも朱色っぽく写るということだ。本来、赤はきつめの強烈な色だが、このレンズを通した赤はコントラストが低いためなのか、淡く軽やかに見えることがあるのだ。もう一つ気になる事は、このレンズでよく語られるハッとするような新鮮な赤だ。この種の共通認識がどこから来るのかにも興味がある。私自身はこれが「赤」自体による効果では無く、コントラストが低いことにより他の多くの色が淡白になる中で、赤だけが最後まで孤軍奮闘するためではないかと思っている。モノクロやセピア色の風景の中に赤だけがピンポイントで入ると物凄く栄えて見えることがあるが、あの感覚ではないだろうか。原理はおそらく「夕焼け」と同じもので、大気(or ガラス)を通過する可視光のうち短波長の青系統の光がガラスの表面やガラス内で散乱されたり吸収されるためであろう。これとは反対に赤系統の光は青系統よりもガラス内を透過しやすく、レンズに入る光が何枚ものレンズエレメントを通過し、撮像部に届く段階では赤系統の成分に大きく偏るのである。Angenieux R1がハレーションやグレアの出やすいレンズである事も、この議論と整合している。ボケの特徴についてオールドレンズに精通している横浜のNOCTO工房に尋ねたところ「前ボケは綺麗に拡散し、後ボケはやや2線ボケの傾向がある」とのことであった。
  「オールドレンズパラダイス」(2008年澤村 徹 (著) 和田 高広 (監修) 翔泳社)の中にはこのレンズのボケ味に関する興味深い解説があり、軟調さからくる「フワフワした軽さ」「浮遊感」「ボケの浅い感覚」などが紹介されている。私はこれらの特徴に加え、このレンズでピントを合わせが困難な性質も、全てコマフレアに由来にしているのではないかと考えている。
  ドイツや日本の光学機器メーカーの多くのブランド製品は高解像で高コントラスト、鮮やかな発色を理想的な描写理念として、レンズの設計技術を日々進歩させてきた。一方、高解像でありながらも軟階調で淡泊な発色を特徴とするAngenieux Type Rシリーズは、これらとは異質の独自路線をゆくレンズであり、描写力の優劣を同一の尺度で計ることができない。例えば「シャープネス」は解像力と硬階調性(=見かけの解像力または解像感)を組み合わせた描写表現として今もレンズの優劣を計る際にもてはやされているが、この尺度を用いてAngenieux Type Rシリーズの画質の優劣を計ることは、もはや無意味であろう。個性豊かなAngenieuxの世界に触れることは、オールドレンズの描写表現に多様な価値観を見いだす新境地へと通じている。私がAngenieux Type Rシリーズの描写に惹かれるのは、このレンズがそうした別次元の扉を開いているからなのである。

 
銀塩撮影
CAMETA: Pentax MX+ Film: Kodak Pro XL100 / Fujicolor Superior 200
デジタル撮影
Camera:  Fujifilm X-Pro1 / Nikon D3
F8 Fujifilm X-Pro1 digital, AWB: このレンズではお馴染みの温調な発色傾向がデジタル撮影でもしっかり出ている
F8 銀塩撮影(Kodak ProFoto XL100): このレンズによる作例で度々お目にかかれる淡泊な発色。褪せた古いプリント写真を見ているようなノスタルジックな雰囲気を醸し出している。絞り込んでもこのレンズの個性は失われないようだ
F2.5(開放絞り) Fujifilm X-Pro1 digital, AWB: 開放絞りではハイライト部からコマフレアがブアッと噴出し、周辺部に向かって尾をひくように滲む。これが低コントラストで軟階調なAngenieuxの特有の描写特性を生み出している
F4 銀塩撮影(Fujicolor Superior 200): 階調がなだらかでシャドーはよくねばっている軟調レンズはこういうシーンに強い
F4 銀塩撮影(Fujicolor Superior 200): 一段絞った時のフレアはこのくらいで、白い衣服や帽子の輪郭部が綺麗に滲んでいる。作例はインドネシアの石鹸工場の工員
F8 銀塩撮影(Fujicolor Superior 200):  絞ればパンフォーカス撮影もギリギリこなせる。人がいればよかった・・・。
F8 銀塩撮影 (Fujicolor Superior 200): Angenieuxは雰囲気を大きく取り込むレンズと評されているが、いかがであろうか
F5.6 銀塩撮影(Kodal Gold100) 2段絞ればコマフレアは消失しすっきりとする。深く絞り込んでいるわけではないが解像力はそこそこ高く、木の枝が繊細に描かれている。青がシャドー側に沈みハイライト部が全体的に黄色っぽい発色となる
F8 Fujifilm X-Pro1 digital, AWB: このレンズ特有のゆるい描写は深く絞り込んでも失われることがない。炎天下での撮影だが、暗部が焦げ付くことはないようだ
F5.6 Nikon D3 digital, AWB: Angemeux Type Rシリーズの描写はソフトであるという評価がWEB上には多くみられるが、これはクモリ玉が多いためであろう。このType R1の写りは上の作例のように近接でも高解像だ。Angenieuxにしてはシャドー部に締まりのある撮影結果となっている。ハイライト部が少なくコマフレアが目立たないためであろう。このレンズの軟調な描写特性はコマフレアが原因であることを間接的に裏付ける作例だ

F8 銀塩撮影(Kodak ProFoto XL100) こちらは銀閣寺。晴天下での撮影結果。コントラスト性能の高い「高性能レンズ」ならばシャドー部が目玉焼きのようにカリカリと焦げ付くところだが、本レンズは深く絞り込んでもこのとおりに大丈夫

山崎光学の山崎和夫さんから「Angenieuxが多くの人に支持されるのは何故なんでしょうかね?」と質問されたことがある。ベンチマーク的な性能だけで語るならば、Angenieuxに誇れるところは無いと山崎さんはそう付け加えている。山崎さんは自分なりの答えを持っており、私に疑問をぶつけながら、同時に自らの解釈も示していた。「人が見て良いと感じる描写の特徴は数値や言葉だけでは表しきれないんじゃないでしょうか」とおっしゃるのだ。山崎さんが私に伝えたかったことは、レンズの描写に人間の感性と直結する何かがあるということなのである。私には少なくともその事だけは理解できたが、その先の核心部に自力で辿りつくことは今回も出来なかった。このレンズに対する理解が私にはまだ足りないのである。まぁ、楽しみは将来にとっておくことにしたい。

2009/05/16

Rodenstock Eurygon 30mm/F2.8(M42)
ローデンシュトック ユリゴン(オイリゴン)

この記事は新しいものに改定されています
こちらをご覧ください


メタルスライム級レンズを試す

Rodenstock(ローデンシュトック)社と言えば日本では眼鏡メーカーとしての認知度が先行し、カメラメーカーとしてはいま一つ知られていないが、中判カメラの世界では名を馳せており、ドイツではライカ、カール・ツァイス、シュナイダーと共に4大ブランドに挙げられることもある一流メーカーである。Eurygon(ユリゴンまたはオイリゴン)はRodenstock社が1959年に僅かに製造したM42マウント仕様の広角レンズである。他にもエギザクタマウント用やライカマウント用が存在するようであるが、いずれも流通量は極めて少なく、メタルスライム級のレンズであると言ってもよかろう。同社の姉妹品にはHeligon(ヘリゴン)50mm/F1.9という名の標準レンズもあるが、こちらはEurygonよりも更に流通量が少なく、オークションに出品される事はまず無いといってよい。両レンズとも希少であることに加え、優れたデザイン性(迫力のあるゼブラ模様のヘリコイドリングとセクシーなボディラインを連想させる美しい鏡胴)から極めて人気が高い。近年のデジタル一眼レフカメラのブームの波にのり、相場価格は上がりっぱなしのようである[1]。EURYGON欲すぃ~。

最短撮影距離: 0.4m、 フィルター径: 58mm、 焦点距離/開放F値: 30mm/2.8

footnote [1] : ドイツ版eBayでは350-500ユーロ位、米国内では600-800ドル程度、日本国内では8~10万円位が相場のようである。出品頻度は3ケ月~6ケ月に一品程度だろうか。Heligonに至っては相場すらわからない。

Eurygon 30mm/F2.8とHeligon 50mm/F1.9

入手の経緯
eBayドイツ版(勿論ドイツ語での解説)は、ドイツ製のレアなレンズを狙う際の穴場的なオークションサイトである。日本人がよく利用する米国版eBayには掲載されない商品が出品されるため、競争相手が少なくて済む。配送先がドイツ国内に限定されている場合は更に狙い目で、そんなときには決まって出品者に連絡し、日本への配送を交渉するのだ。配送を断られたならば落札代行業者に依頼すればよい。落札価格の15%程度の手数料を支払えばドイツ国内経由で転送してもらえる。
本品は2009年3月に当初、ドイツ国内への限定配送品としで92ユーロの値をつけ出品されていた。若干コバ落ちがあるとのことだがレンズは綺麗、修理すれば問題ない。日本への配送が可能であることを出品者に確認し、入札締め切り3秒前に400ユーロを投じてスナイプ入札を行ったところ、たったの265ユーロであっさり落札できた。極めて幸運である。オークションで勝利するコツは自分の入札額を、現在の表示価格を参考にして判断するのではなく、自分がいくらまでなら出せるのかをよく考えて額を決めることにある。掲示板には台湾人とイタリア人が私同様に配送の問い合わせをしていた。入札した人数が4人だったので、競売相手は日本(私)・ドイツ・イタリアの三国軍事同盟国に台湾となり、国際色豊かなムードとなっていた。英語が世界共通言語だと思っている人々には入り込めないのかもしれない。海外のeBay相場は使用感のある品で500~600㌦。美品の場合には700~800㌦位である。

商品が到着
届いた品には出品者からのメッセージと、いかにもドイツらしい小人の人形がオマケで同封されていた。感じの良い出品者である。レンズの状態もオークションの記述どうりで、年代物にしては良い状態を保っていた。出品者からのメールによるアフターケアもしっかりしていた。eBayでこのような優良な出品者に出会うことは稀である。

試写テスト: クールトーン気味、上品な作風が得られる
このレンズは青と赤およびこれらの中間色がしっかり出てくれる。発色は少し渋め。僅かにクールトーン調で落ち着いた調子に仕上がる。焦点距離30mmにしては開放でのボケ味が大きいという前評判を聞いていたが本当だった。マルチコーティング仕様ではないので、屋外で使用する際にはフードをつけて、しいかりハレ切りをしなければコントラストは下がってしまう。以下は試写結果。。。

暗部まで精緻で粘りのある写りをしてくれる。自然な美しいボケ味も魅力的。グルグルボケは発生していない
赤は鮮やかにでている
ベンチの木やコンクリートが少し青っぽくなる 渋谷区・代官山

こういう灰色の被写体を撮ると青みがかった色になる 渋谷区・代官山

以下は撮影機材: Rodenstock Eurygon 30/2.8 + M42-NFマウントアダプター(補正入り) + Nikon D3


Eurygon 30mm/2.8 + EOS Kiss x3 + CENTI METAL HOOD