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2023/06/20

Ernst Leitz Wetzlar SUMMAR 5cm F2



ライカF2級レンズの始祖

Ernst Leitz SUMMAR 5cm F2


現代のレンズでは得難い独特な描写表現は、オールドレンズの真骨頂です。であればこそ、これからオールドレンズの世界に足を踏み入れようとするエントリーユーザにはそうした描写表現が際立つレンズを勧めたい。ライツの標準レンズで言えば、ズマールこそがその代表格といえる製品です。

オールドレンズの伝道者

ズマールの描写は、現代のレンズの基準から見ると決して良いものとは言えません。軟調で淡白、逆光撮影に著しく弱く、紗が入ったような開放描写など、表現はあくまで「緩め」です。しかし、オールドレンズが工業製品としての市民権を得た今なら、ズマールはその価値を昇華させてくれる最高に優れた製品と言えます。解像力は高く、線の細い緻密な描写表現が可能なうえ、画像中央から四隅にかけての良像域がとても広いなど、上級者から見てもハッとする要素を備えています。お世辞抜きでライツ製品の格の違いを実感させてくれる一面を持ち合わせてもいるのです。

一方、「ズマールではハードルが高すぎる」「エントリー層にはもう少し大人し目のズミクロンやズミタールのほうがとっつきやすいのでは」といった正反対の意見もあります。実に興味深い事です。物事は多面的に見ることで本質に至るわけですから、どちらも正論なのかもしれません。手にするユーザの気質を考慮する必要がありそうです。ズマールはオールドレンズのエントリーユーザを容赦なく振り回し、「どうだ、わかったか。これがオールドレンズだ!」と力強く諭してくれる頼もしい存在です。これを素晴らしいと喜び評価する人もいれば、私には手に負えないとこのレンズの元を去ってゆく人もいる、というのが実情でしょう。

ズマールの登場と背景

ズマールを開発したのはライツのレンズ設計士マックス・ベレーク(Max Berek)で、レンズは1933年発売のLeica DIII(ライカIII型)に搭載する交換レンズとしてカメラと共に世に出ました。この前年の1932年にライバルのツァイスがコンタックスと共にゾナー 50mm F1.5と50mm F2を発売していますが、これを迎え撃つライツにはヘクトール50mm F2.5しかなく、ライツは劣勢に立たされていました。ズマールはライツが巻き返しを図るべく市場投入した、まさに社運をかけた製品だったわけです。レンズは1933年から1940年までの8年間で12万7950本弱というかなりの数が製造されました[1]。その後は後継製品のズミタール50mm F2にバトンを渡し、生産終了となっています。

レンズ構成は下図に示すようなオーソドックスな準対称ガウスタイプ(4群6枚)で、前玉にやわらかい軟質ガラスが用いられています。このため残存する製品個体には前玉に無数の傷やクモリのあるものが多く見られます。わざわざ耐久性を度外視してまで実現したかったものは一体何だったのか。一刻も早くゾナーに追いつき、ゾナーとタイマンを張るためだったのでしょうか。いずれにしても、ズマールが当時のガウスタイプで実現しうる精一杯の描写性能を垣間見ることのできる重要なレンズであることに、疑いの余地はありません。

SUMMAR 5CM f2の構成図(文献[1]からのトレーススケッチ)設計構成は4群6枚の準対称ガウス型です

 
ズマール vs ゾナー
1930年代に繰り広げられたライツとツァイスのシェア争いは、表向きレンズの明るさと商業的な優位性をかけた争いとして紹介されることが多いわけですが、一部のマニアはこの争いに少し異なる見解を与えており、ガウスタイプとゾナータイプの描写特性の本質的な違いに対する世間の嗜好を問う争いであったと捉えています。微かなフレアをまといながらも解像力の高さ、線の細い描写で勝負する繊細な性格のガウスタイプに対し、シャープネスとコントラスト、ヌケの良さと発色の鮮やかさで押す力強い性格のゾナータイプ。両者はお互いに他者にない長所と短所を持ち合わせた対極的な存在でした。ゾナーの方がより現代的なレンズに近い描写傾向であることは言うまでもありません。当時の世論はゾナータイプを支持したかのように思えます。

参考文献
[1]"SUMMAR 50mm, f/2 1933-1940", LEICA COLLECTOR'S GUIDE

[2]「ライカのレンズ」写真工業出版社 2000年7月

[3] 郷愁のアンティークカメラ III・レンズ編 アサヒカメラ増刊号 朝日新聞社 1993年


中古市場での相場

12万本を超える製造本数ですので流通量は今でも多く、中古市場での相場は他のレンズに比べると安定しています。国内のネットオークションでの相場は状態により最低4~5万円から上は7~8万円前後と幅があり、海外での相場も似たような動向です。中古店では下が5~6万円で上は10~15万円程度とやはり幅があります。下の価格帯では前玉が傷だらけでクモリ入りの個体です。あるいは、ガラスが研磨されている場合もあります。傷のない個体は極めて少ないのですが、探せば見つかります。ただし、それでもクモリのある場合が大半といいますか、ほぼ全部です(笑)。湿気に加えてコーティング層による表面保護がないことが、クモリの主要因であるアルカリ劣化を促進させてしまうのかもしれません、研磨されている個体はオリジナルの性能とは少し異なり、焦点距離が僅かに変化しているとともに、諸収差の補正パラメータに若干の変化があります。補正パラメータに配慮した修理が行われていればよいのですが、そうでない業者の手にかかる場合には、解像力の低下や収差の増大がみられる事態が容易に想像できます。私は約3年間もの時間をかけ充分に実用的と思えるレンズを探しました。その間、100本以上の個体を見て回りましたが、結論として傷が少なくクモリがなく、磨かれた痕跡のない個体を探し当てるのは困難と判断しました。そこで、描写への影響が最小限に留められるレベルで傷とクモリを容認することとし、在庫を多く抱える前橋の中古カメラ店から6万5千円で状態の最も良さそうな個体を入手しました。拭き傷は少なく、クモリも前玉にごく薄いものが見られましたが、このコンディションが3年間かけて得られた精一杯の結果です。

Ernst Leitz SUMMAR 5cm F2:  重量(実測) 177g, 絞り F2-F12.5, 最短撮影距離 1m, フィルター径 内径34mm 外径36mm(被せ式), 設計構成 4群6枚ガウスタイプ 

 

撮影テスト

ズマールの描写は、現代のレンズの基準から見ると決して良いものとは言えません。軟調で淡白、逆光撮影に著しく弱く、紗が入ったような描写など、表現はあくまで「緩め」です。開放ではコマ収差に由来するフレアがピント部に見られ、拡大像が滲んで見えますが、持ち前の高い解像力と相まって。線の細い緻密な描写表現が可能です。また、画像中央から四隅にかけての良像域が広く、四隅に被写体をおいても十分に緻密な像が得られます。背後のボケは安定しており、グルグルボケが顕著化することはありません。繊細な結像描写と淡く軟調な階調描写を持ち味とするズマールは、オールドレンズの価値を昇華させてくれる、たいへん優れた製品であると言えます。

今回は定格のフルサイズ機SONY A7R2と、規格よりも一回り画大きな中判センサーを持つFUJIFILM GFX100Sでの作例をお見せします。

F4 SONY A7R2(WB:日陰)


F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)
F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2(開放) SONY A7R2(WB:日陰)



Fujifilm GFX100Sでの写真作例

Summarのイメージサークルには余裕があり、中判デジタルカメラのGFXシリーズで使用する場合にも暗角(ケラレ)は発生しません。GFXで使用する場合の換算焦点距離は38.5mmで換算F値はF1.54です。Fujifilmのデジタルカメラに搭載されているフィルムシミュレーションのノスタルジックネガやクラシッククロームが、このレンズの性格とよくマッチすると思います。

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, FS: ノスタルジックネガ)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光, FS: ノスタルジックネガ)
F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:Auto, FS: クラシッククローム)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB: ノスタルジックネガ, Color:-2)

F2(開放)  Fujifilm GFX100S(WB: ノスタルジックネガ, Color:-2)











2019/04/20

Ernst Leitz Wetzlar, Hektor Rapid 2.5cm F1.4 and 2.7cm F1.4 (C mount)









ボレックスに供給されたライツのシネレンズ
高速ヘクトール
Ernst Leitz Wetzlar HEKTOR RAPID 2.5cm F1.4 and 2.7cm  F1.4
ライツ発祥のレンズ構成と言われ真っ先に思い浮かぶのは、同社のレンズ設計士マックス・ベレーク(Max Berek)[1886-1949]がトリプレットからの発展形態として開発したヘクトールシリーズです。今回はベレークが1930年から1931年にかけて設計したヘクトール・ラピッド(Hektor Rapid )を取り上げたいともいます。このレンズは16mmシネマムービーカメラのBolex 16H用として1934年頃から供給されました[文献1-2]。レンズが開発された当時はツァイス・イコン社のルードビッヒ・ベルテレがコンタックス用ゾナー(Sonnar)をF1.5の明るさで設計し、世界に衝撃を与えた時代です。一方で、これとほぼ同時期にベレークがF1.4の明るさのレンズを設計していたことは賞賛に値します。Hektor RapidもSonnarも、クックのトリプレット(Triplet)を起点に明るさと包括画角の拡大を追求する過程のなかで誕生したレンズですが、興味深いこのとに両者のアプローチや最終的な設計形態は全く異なるものでした。開放F値が明るく生産本数が少ない上、ライツのブランドということもあり、現在でもたいへん人気のあるレンズです。

初期のHektor Rapidはノンコート仕様のレンズで、焦点距離は2.5cmと表記されていました。1937年になると表記が実焦点距離に改められ2.7cmになっています。2.5cmと2.7cmのレンズを入手し撮り比べまで行ってみましたが、両者の画角や写りに差はなく、完全に同一品であると判断できます。1938年からはガラス面にコーティングが施されるようになり、シャープネスやコントラストが更に向上しています。レンズの生産は第二次世界大戦中も続いていましたが、戦時下のドイツでは厳しい生産統制が敷かれていましたから、このレンズは主にプロパガンダ映画の撮影用に供給されていたのでしょう。大戦後はボレックスの製造を手掛ていたスイスのバイヤール社がカメラに搭載するレンズを自国製のケルン・スイター(Kern-Paillard Switar)25mm f1.4に変更したため、Hektor Rapidは役割を終え、生産中止となっています。なお、レンズ名のRapidは「高速(=明るい)」の意味で、Hektorは愛犬家でもある設計者ベレークが飼っていた2匹の犬の片方の名前から来ています。もともとの意味はギリシア神話に出てくる英雄の名でした[2]。


Triplet(1893)からHektor Rapid(1934)に至る設計構成の改良の足取り。左が被写体側で右がカメラの側。Hektor Rapidの光学系は1930年から1931年にかけてMAX BEREKによって設計され、1931年にドイツ特許、1932年に米国特許が出願されています[2]







レンズの設計は上図の下段・左に示すような4群7枚構成で[3]、COOKEのTriplet(上段・左)を起点に改良が進められました。明るさを求める改良を経る中で、Hektor Rapid の前群側は最終的にガウスタイプの設計に合流していることがわかります。
なお、Hektor Rapidには1.2cm F1.5のDマウントの製品も存在します。また、ヘクトールタイプ(上段・右の3群4枚構成)を採用したレンズとして、球面収差を意図的に過剰補正にしたソフトフォーカスタイプのタンバール(Thambar)という兄弟レンズもあり、こちらはとても高価なうえ、現在でも復刻版が出るほど人気があります。

参考文献 
[1] Leitz Photo Objektive(1933) Ernst Leitz, Wetzlar カタログ
[2] US Pat.1,899,934 MAX BEREK(1933 Mar.7/1932年米国特許出願/ 1931年ドイツ特許出願)
[3] "Hektor Rapid 2,7cm F1.4" PP.Ghisetti e M.Cavina

入手の経緯
焦点距離2.5cmのモデルも2.7cmのモデルも同一設計のレンズ(同一品)ですから、迷う必要はありません。選択のポイントはコーティングの有る無しだけです。自然な発色と軟らかいトーンを求めるならば初期のノンコート版、鮮やかな発色とコントラストの高い描写を求めるならばコーティング付きがよいとおもいます。中古市場での流通量は少なく中古相場は安定していません。感覚的には6万円~8万円程度が相場かなと思っていますが、国内のショップでは10万円を超える売値で出ていることもあります。私自身は2019年1月に国内のネットオークションにて3万円台後半で落札し手に入れました。焦点距離2.5cmの希少モデルだったので、よく見かける焦点距離2.7cmのモデルとの違いに興味が沸いたのでした。結果的には同一品でしたが・・・。
Cマウントレンズの多くは2009年に世界初のミラーレス機が発売されるまで、用途の無い死蔵レンズとして、メンテナンスされることもなく半世紀もの間眠っていました。このため中古品にはヘリコイドグリスの固着した個体が多く出回っています。Cマウントレンズの中古品を手に入れる場合には、グリス交換を前提としたほうがよいとおもいます。
Hektor Rapid 2.5cm F1.4:  F1.4- F16, 絞り羽 10枚, 最短撮影距離 2 feet(約61cm), フィルター径 約31.5mm,Cマウント,重量(実測)132.6g(フードなし), S/N: 3851XX(1937年製)ノンコート









Hektor Rapid 2.7cm F1.4:   F1.4- F16, 絞り羽 10枚, 最短撮影距離 2 feet(約61cm), フィルター径  約31.5mm, Cマウント, 重量(実測) 136.5g(フード込), S/N: 5503XX(1940年製)コーティング付
撮影テスト
写りにはかなりの特徴があり、本来は16mmシネマフォーマットの映画用カメラに適合するよう設計されているものを、これよりも遥かに広いマイクロフォーサーズフォーマットのカメラで使用しているためです。写真の四隅で画質が乱れるのは当然のことで、良い意味で「普通」のレンズではありません。開放ではマイクロフォーサーズセンサーをギリギリでカバーできるイメージサークルがあり、F4まで絞るとハッキリとケラれるようになります。純正フードを装着するとケラれが大きくなりますので、気になる場合は外した方がよいでしょう。
戦前のCマウントレンズにしては発色がかなり良好で、この種のレンズを使い慣れている人には目から鱗かもしれません。近接撮影では適度に滲み、ソフトな描写傾向が強まりますが、反対にポートレートから遠景ではもう少しシャープに写ります。少し絞るだけでコントラストは急激に向上し、スッキリとヌケの良い描写になります。遠景を開放で撮ると前ボケが四隅に向かってグワーッと放射状に流れ、とても面白い画になります。

★ Rapid Hektor 2.5cm F1.4(ノンコート版・フード無し) + Pen E-P3★
F1.4(開放)Hektor Rapid 2.5cm F1.4(フード無し) + Pen E-P3(16:9 mode, AWB)




F1.4(開放)Hektor Rapid 2.5cm F1.4(フード無し) + Pen E-P3(16:9 mode, AWB)

F1.4(開放)Hektor Rapid 2.5cm F1.4(フード無し) + Pen E-P3(16:9 mode, AWB)
★ Rapid Hektor 2.7cm F1.4(コーティング付・フード有) + Pen E-PL6★

F1.4(開放); Hekor Rapid 2.7cm F1.4 (フード付)+ Olympus E-PL6(AWB) グワーッツと流れます


F2; Hektor Rapid 2.7cm F1.4(フード付) + Pen E-P3 (AWB) 純正フードを付けた状態では、四隅のケラれが強くなります









F1.4(開放); Hektor Rapid 2.7cm F1.4 (フード付)+ Pen E-P3(AWB)近接撮影ではソフトな描写傾向が強まります





F4,  Hektor Rapid 2.7cm F1.4 (フード付)+ Pen E-P3:  絞るとコントラストは高く、かなりシャープに写りますが、F4から周辺がケラれてしまいます。避けたいならば純正フードは外したほうがよいでしょう



2017/08/03

Leitz 22232 x Techart LM-EA7

私は最近テックアート(Techart)のAFアダプターLM-EA7をSony A7Riiにとりつけ、オールドレンズをAF化して撮影を楽しんでいる。40代も半ばになると動体視力が衰え、老眼が始まるなどMFレンズでの撮影が厳しさを増してくる。そんな中、AFアダプターの登場はとても嬉しい知らせとなった。今回はAFアダプターLM-EA7との組み合わせて使用できる、おススメのマウントアダプターを1本紹介したい
ライカ純正のM42-LMアダプター。無限遠もok!
Leitz 22232 M42-Leicina M adapter x Techart LM-EA7
ライカが自社のカメラにM42レンズをマウントするための純正アダプターを出していた!。そんなことあり得るのだろうかと耳を疑いたくなる話だが、実はホントのことで、製品名はLeitz 22232である。このアダプターはライキナスーパー(Leicina Super)というMマウント(厳密にはライキナMマウント)の8㎜ムービーカメラにM42レンズを装着するためのアクセサリーとして、ライツが1970年代に供給していたものだ。ライキナのマウント部はライカMマウントと同一であるがフランジバックは0.1mm短く、このアダプターでM42レンズをライカのスチルカメラに装着しても、無限遠のフォーカスをギリギリのところで拾うことができない。しかし、0.1mmはわずか紙一重分なので、この程度ならTechartのLM-EA7はもちろんのこと、オーバーインフ気味に作られている中国製アダプターとの組み合わせの多くで、無限遠のフォーカスを問題なく拾える。このアダプター、実は使えるアイテムなのだ。
Leitz 22232 M42-LM(Leica M) ADAPTER: 重量(実測)50g, レンズ側 M42x1mm(Praktica/Pentax thread), カメラ側 Leica Mマウント, Leicina Super(8mm movie camera)用, 鏡胴内は内面反射塗料が塗布され、遮光線が切ってあり、光の反射を抑える仕様になっている。ドイツ版ebay にて99ユーロ+送料で入手した



私が所持しているレンズ資産の中でM42レンズは大きな勢力なので、M42-LMアダプターはAFアダプターの次に入手しなくてはいけない必須アイテムなのだが、現在市場で手に入る製品を見回すと中国製ブランドのKiponがLM-EA7に正式対応したアダプターを出している。日本製のrayqualブランドは工作精度の抜群に良いアダプターであるが、LM-EA7への対応は不明で、ユーザーからの報告も今のところ見当たらない。そうした中でrayqualに決めようか検討していたところ、今回のアダプターの存在を知り、面白そうなので入手することにしたのだ。
実はLM-EA7に組み合わせるアダプターを選ぶ際に注意しなければならないことが一つあり、モーターカバーへの干渉である。LM-EA7はレンズ側にモーターカバーが飛び出しているため、鏡胴径の太いマウントアダプターではこの部分に引っかかってマウントすることができないのだ。鏡胴径の小さな細身のアダプターなら何ら問題のないことではあるが、何でもよいというわけではないので、事前に対応をよく調べる必要がある。
今回手に入れたLeitz 22232は鏡胴が細身なうえライツブランドなので造りがよく、工作精度もたぶんよい。鏡胴内にはまともな反射防止塗料が使われており、安価なアダプターを用いるよりもハレーションの発生量は少ない。LM-EA7との組み合わせにおいてもガタつきは全くない。とてもおススメのアイテムだ。ebayでの購入額は99ユーロ+送料と高級アダプターと変わらない額で手に入った。相場は不明だがドイツ版eBayには自分が手にいれた個体以外に4~5個出ており、値段は100~250 ユーロ程度であった。
マニアやプロがアダプターの工作精度に拘るのは、サードパーティーのアダプターを介することによる光軸からの偏芯を極力抑えたいためで、これはレンズ本来の力を維持するために重要なことなのだ。工作精度の高い日本製アダプターが支持されるのはこうした理由からによる。ただし、工作精度が一般的な中国製アダプターの10倍であることが実写においてどれだけ意味のある効果を生むのか、ここについてはもっと踏み込んだ検証結果をアダプターメーカーや関連の専門紙が示してゆく必要がある。単なる気休めや幻想ではないということを示さなければ、本物思考のマニア達の心はいずれ離れて行く。日本のアダプター製品が世界のみならず、国内市場においても安価な中国製アダプターに飲み込まれてしまうのは、まさにその時なのであろう。私は日本人なので、そうなってほしくはない。アドバンテージはとても小さいのかもしれないが、それでもアドバンテージを示すことには幻想を打ち破る大きな意味があるのだと思う。これは重要なこと。だって、みんなメード・イン・ジャパン好きでしょ?

(2017年12月追記)
rayqualブランドのアダプターで知られる宮本製作所がアダプターの工作精度と画質の関係を公式ページに掲示してくれました。アダプターに0.2mm(紙一枚分)の傾きがあるだけで、写真の四隅における画質の低下が目立っています。
rayqualのアダプターは工作精度が抜群に高く、ガタのない気持ち良いアダプターをつくっており、レンズの無限指標のところで無限遠のフォーカスを精密に拾うこともできます。アダプターを何枚か組み合わせるとわかりますが、工作精度の低いアダプターでは装着したレンズにガタつきが目立ち、光軸ズレを起こしているため、レンズ本来の性能を発揮できません(こちらのページ参照)。工作精度の低いアダプターは安価な製品に多く見られます。
私はrayqualとコシナのつくるフォクトレンダーブランドのアダプターが大好きで、両ブランドのアダプターを何枚か所持しています。もちろん安価なブランドもいろいろ使っていますが、rayqualの記事を見て使いまわしの効くアダプターにこそお金をかけなければならないという思いがますます強くなりました。rayqualブランドは価格的にも勝負しているところがスバラシイと思います。

2014/12/11

Ernst Leitz Summar(Mikro-Summar) 8cm F4.5


ライツ初期のマクロ撮影専用レンズ
Ernst Leitz SUMMAR 8cm F4.5
ある筋から山崎光学写真レンズ研究所の山崎和夫さんがご愛用のレンズと聞き、俄然興味を持ったのがSummar (ズマール)F4.5である。Summarの歴史を遡ると、何とLEICAの登場よりも古く、1907年には既にLeitzのハンドカメラとともに同社の広告に掲載されていた[文献1]。1910年にはマクロ撮影用モデルの原点と考えられる顕微鏡用のSummar 24mm F4.5が製造されている。Summarと言えばLeica用に供給された一般撮影用レンズの50mm F2が有名だが、このモデルが登場したのは1933年とだいぶ後の事である。
今回取り上げるのはマクロ撮影専用モデルとして設計されたSummar 8cm F4.5である。焦点距離8cmのモデル以外には24mm, 35mm, 42mm, 64mm, 10cm, 12cm, 24cmが存在し、ライカ判35mmフィルム(≒フルサイズセンサー)をギリギリ包括できるイメージサークルを持っている。いずれもヘリコイドの無いレンズヘッドのみの製品として供給され、私が入手した製品個体はマウント側がM25ネジ(ネジピッチ0.75)になっていた。一般撮影用レンズとしてカメラで用いるにはマウントアダプターを使い直進ヘリコイドに搭載するのがよい。光学系については記録がないものの、光の反射面の数からは明らかに4群6枚の標準的なダブルガウス型であることが判る。ただし、Vade Macum[文献2]にはダブルガウス型モデル以外にDialyt(ダイアリート)型に変更された後期型モデルが存在したという情報もある。全モデルにシリアル番号の刻印がなく、製造期間やモデルチェンジの経緯など詳しい事はわかっていない。鏡胴が真鍮製でありガラスにコーティングが施されていない事から推測すると、私が入手したのは戦前に生産された製品個体であろうと思われる。文献3には焦点距離8cmのモデルが等倍から7倍の撮影倍率で最適化されていると記載されている。なお、鏡胴にMikro-Summarと刻印されている製品個体も存在するが、いずれにしてもレンズの収納ケースにはMikro-Summarと記されているので差異はないと思われる。謎の多いレンズだ。
  • 文献1: Advertising by E.Leitz Wetzlar in Photographische Rundschau 1907, no. 13 (Click Here)
  • 文献2:Matthew Wilkinson and Colin Glanfield, A Lens Collector's Vade Mecum
  • 文献3:  Aristophoto instructions(Leitz catalog)

重量(実測) 73g, 絞り羽 10枚, フィルター径 23mm前後, 構成 4群6枚(ダブルガウス型), マウントスレッドM25(ネジピッチ0.75mm), シリアル番号未記載, 絞り値:2(F4.5), 4(F6.3), 6(F7.7), 12(F11), 24(F15.4), イメージサークルはライカ判35mmフィルム(≒フルサイズセンサー)をギリギリカバーできる。レンズ名はラテン語で「最高の」を意味するSummaを由来としている。




 
入手の経緯
このレンズは2013年10月にeBayを介して米国の古物商から落札購入した。出品者は写真機材が専門ではなく主にiPhoneの端末を売り、5回に1回程度の割合で写真機材を出品している人物だ。「ガラスはVery Nice」との触れ込みで、オークションの解説は「Ernst Leitzのマクロ撮影用レンズ。私はこれを用いて出品する商品の写真を大量に撮っていた。レンズに関する詳細はわからないが質問には何でも答える。キャノンAマウントレンズに変換できるアダプターをオマケでつけておく」とのこと。オークションの締め切り時刻は日本時間の明け方5時で、中国人ブローカー達もすっかり寝静まっている時刻である。ラッキーなことに配送先を米国のみに限定しているので、さっそく出品者に交渉し日本への配送について約束を得ておいた。配送額は12ドルとのことである。アンドロイドアプリの自動スナイプ入札ソフトで最大額を216ドルに設定し私も就寝・・・朝目覚めてビックリした。入札したのはたったの3名で落札額はたったの69ドル(+送料12ドル)である。eBayでの落札相場は350ドルから400ドル程度の商品なので、たいへんラッキーな買い物となった。2週間後に手元に届いた商品をみたところ、肝心の光学系はクリーニングマーク(拭き傷)すらない素晴らしい状態である。CマウントをL39/M39ネジに変換する純正アダプターも付属していた。

カメラへの搭載
このレンズはフランジバックが比較的長く、ミラーレス機はもちろんのこと一眼レフカメラで使用した場合にも無限遠のフォーカスを拾うことができる。レンズはマウント側のネジがM25(ネジピッチ0.75mm)になているので、市販のアダプターを用いてM42ネジやM39ネジに変換すれば直進ヘリコイドに搭載することができる。

M42ヘリコイド(35-90mm)に搭載するために用いたアダプター。左がM39-M42変換リングで、右がM25-M39アダプター(入手したレンズに付属)。いずれもeBayにて同等品を入手することができる


 
撮影テスト
マクロ域での画質は素晴らしく、デジタルセンサーの分解能にも負けない高い解像力を備えたレンズである。フレアは良く抑えられておりスッキリとヌケが良く、コントラストや発色も良好である。階調は軟らかく中間階調は豊富に出ており、絞っても硬くなることはない。しかし、何より驚いたのはピント部の画質である。最初の3枚の作例セットを見ていただけるとわかるように、開放から最少絞りまで画質の変化がほとんどみられず、ピント部は恐ろしいほど安定している。点光源によるボケ玉の明るさが均一であることからも、このレンズが近接域で理想に近い収差設計(球面収差完全補正)を実現している様子がうかがえる。ただし、中遠景を撮影する際は解像力が若干低下し後ボケの拡散がやや硬くなるとともにコントラストもやや落ちる。これは古いマクロ撮影専用レンズに共通する傾向でもあり、収差の補正基準点を近接域に設定しているためである。焦点距離8cmは無理のない画角のようで、グルグルボケや放射ボケは全く見られない。口径食は開放で近接撮影時(写真1枚目)に僅かにみられる程度で問題となるレベルではない。逆光には弱いが、軟らかい繊細な階調描写と近接域での高解像な描写力が魅力の優れたレンズである。

F4.5(開放), Sony A7(AWB): ピント部の解像力はとても高く、現代のデジカメセンサーがもつ分解能にも負けていない。ボケ玉の明るさは均一で球面収差が良好に補正されている様子がわかる。開放からスッキリとヌケが良く、発色やコントラストは良好である

F7.7, Sony A7(AWB): ピント部の画質は絞っても大して変化しない。それだけ開放での描写に余裕があるためであろう。強い日差しにもかかわらず階調は軟らかさを維持している。中間階調が豊富に出ており背景のトーンがたいへん美しい

F15.4(最少絞り), Sony A7(AWB): 深く絞っても回折による解像力の低下はほとんど感じられない。画質に安定感のあるレンズだ

F4.5(開放), Sony A7(AWB): 口径食はほとんどない。シャドー部が良く粘るレンズである。中遠距離になるにつれ後ボケが硬くなるのは古いマクロ撮影用レンズに共通している傾向だ

F6.3, Sony A7(AWB): 少し前にElgeet Mini-Telの撮影で使った被写体である。このシーンでも試してみたかった。高解像なレンズなので凄い質感が出ている


2012/11/27

Leitz Hektor 2.5/85 and Hektor 2.5/120(M42 mount lens modified from Projection lens)


上段はM42ヘリコイドユニットを介してカメラに搭載したHektor 8.5cm F2.5。下段は特製ヘリコイドアダプターを介して搭載したHektor 12cm F2.5

ライツのスライドプロジェクター用レンズ2
HEKTOR 2.5/85 and HEKTOR 2.5/120
Leitz(ライツ)社のレンズと言えば目玉が飛び出るくらいに高価なものが多いが、スライドプロジェクター用レンズに限っては絞り機構やヘリコイドが省かれているためなのか例外的に安く、50~85ドル程度からと手軽に手に入れることができる。ある時にeBayを介して英国の中古カメラ業者からLeitzのプロジェクター用レンズをM42マウントに変換することのできる一品モノの特製ヘリコイドアダプターを手に入れ、一般撮影に転用するという遊び方の存在を知ってしまった。この種の転用は海外のマニア層の間で一昔前から行われているようで、インターネットで検索するとかなりの数の写真作例が出てくる。Leitz以外にもDallmeyerやTaylor-Hobson, Angenieux, Schneiderなど有名メーカーがレンズを供給しており、どれも写真用レンズに比べると手頃な値段である。
今回取り上げるレンズはLeitz社が1954年にスライドプロジェクター用として発売したHektor(ヘクトール) F2.5である。Hektorといえば1930年代に同社の設計士Max Berek(ベレク)[1886-1949]がトリプレットをベースに開発したレンズが元になっている。幾つかの設計バリエーション(3群4枚/3群5枚/3群6枚など)が存在するが、3群構成であることがHektor銘を冠するレンズの共通則となっている。本レンズの場合は設計構成が3群4枚であり、第2群が貼り合わせレンズに置き換わっていることがトリプレットからの改良点である(下図参照)。貼り合わせ面を用いて球面収差を強力に補正することで更なる大口径化を実現している。Hektor F2.5は同社のスライドプロジェクター(PradoシリーズやPradovitシリーズ)に標準搭載され1963年まで市場供給されていた。ところで、Hektorというレンズ名であるが、ギリシャ神話でトロイ戦争に出てくる勇士の名が由来で、設計者Berekの愛犬ヘクトールの名でもある。

 Hektor 125mm F2.5(一般撮影用)の光学系トレース。今回取り上げている2本のHektorと同一の3群4枚構成であり、3枚玉のトリプレット(3群3枚)を起点に第2群(図の中央部)を2枚の貼り合せレンズ(ダブレット)に置き換えたのが特徴である。この貼り合せ面(ストッパー面)から負の球面収差を故意に発生させて元の球面収差と相殺消去させるというテクニックが実装され、口径比はF2.5まで明るくなっている。本レンズの弱点は凹凸レンズのパワーバランスの悪さ(凹レンズのパワー不足)からくる大きな像面湾曲(ペッツバール和)であるが、長焦点であれば問題ない。軸上色収差が大きく色にじみの出るレンズとして知られている
 本レンズが開発された1950年代初頭はプロジェクター・ランプの性能が今のようには良くなかった。スクリーンへの投影像に十分な明るさを確保するためには部屋の明りを消し、暗幕カーテンで窓を覆う必要があった。搭載するレンズはできる限り大口径にするほうが光源の明かりを有効活用できるため有利だが、画質的には厳しい条件になるため、明るさと画質の間にはトレードオフの関係があった。広角レンズを用いてスクリーンとプロジェクターの間の距離を詰めることでも投影像を明るくはできるが、Hektorのようなトリプレットの性格を持つレンズでは周辺画質が厳しいため、ある程度は長焦点にしておくことが望ましかった。ただし、口径比を一定にしたまま長焦点化(つまり大口径化)しすぎると、球面収差が膨らんで今度は解像力が維持できない。レンズに要求される解像力はマイクロ・フィルム(新聞や図書などを35mmフィルムに縮小転写したもの)の投射において文字が判読できる程度以上だったはずである。こうした事情の元でLeitzが選んだ妥協点は焦点距離の異なる3種のレンズを用意することであった。投影像が明るくピント部中央の解像力は高いが周辺画質が厳しい焦点距離8.5cmのモデル。これとは対照的に投影像は暗めで解像力はやや控えめなものの、ピント部の均一性が高く四隅まで画質が安定している12cmの長焦点モデル。そして、両者の中間的な位置付けで、よく言えばバランス、悪く言えば妥協を図った焦点距離10cmのモデルである。焦点距離10cmのレンズ一本で勝負するには画質的にも明るさ的にも厳しかったため、わざわざ3種類のモデルが同時供給されたのであろう。しかし、後にプロジェクター・ランプの性能(輝度)が向上し、レンズの方も1960年に高性能なColorplan F2.5が開発されたことで技術的な問題は解消されてしまう。Hektorは一線を退き、Leitzのプロジェクター用レンズは90mmの焦点距離を持つColorplanに一本化されている。
ところで、1954年のLeitzのカタログにはHektor3兄弟に加えElmaron 10cm F2.8が掲載されている。こいつの役割はなんだったのであろうか・・・。

左はHektor 12cm F2.5で右はHektor 8.5cm F2.5。これら以外にもHektor 10cm F2.5が製品として供給されていた
入手の経緯
今回入手した2本のHektorはブログの読者の方からお借りしたものだ。少し前のColorplanの記事に興味を持たれたSさんがHektorを所持しているので使ってみてくれとレンズを提供してくださった。偶然にもご近所様だったのでレンズの方は手渡しでお借りすることができた。2本のHektorのうち焦点距離12cmのモデルはColorplanの時に用いた特製ヘリコイドユニットに搭載可能であったが、焦点距離8.5cmの方は鏡胴径が小さかったため、市販のM42ーM42ヘリコイドユニットに搭載し使用することにした。2本のレンズともeBayでは50~75ドル程度で入手できる。ちなみに後継品のColorplanは80~100ドル前後で取引されている。

M42ヘリコイドユニットへの搭載
本品のようなプロジェクター用レンズはヘリコイド(光学ユニットの繰り出し機構)が省かれており、一眼レフカメラやミラーレス機の交換レンズとして用いるには別途用意したヘリコイドユニットに搭載する改造が必要となる。一番簡単な改造方法は、市販品のM42ヘリコイドユニットに装着する方法であろう。Hektor 8.5cmは鏡胴の口径がM42マウントのネジ径よりも若干小さいので、セロハンテープを巻いて厚みを与えるだけでヘリコイドユニットにすっぽりと填めることができる。


Heltor 8.5cmの鏡胴(後玉側)にセロハンテープを鏡胴に巻いているところ。鏡胴に厚みを与えることでM42ヘリコイドユニットにピッタリとフィットさせるようにした

今回使用したM42-M42ヘリコイドユニット(25-55mm)。3ヶ月前までeBayにて78ドル(送料込み)で売られていたが、このところ急に相場が下がり今では49ドル(送料込み)で入手できるようになった。ヘリコイドの深さにはやや空間マージンがあるので、M42-Nikon Fアダプター(補正レンズ無しのタイプ)を追加すればNikonの一眼レフカメラにも装着可能だ。もちろん無限遠のフォーカスを拾うことができる
一方、Hektor 12cmの方は鏡胴径が46mm弱と更に厚くM42ヘリコイドユニットには収まらないものの、Colorplanの入手時に手に入れた特製ヘリコイドユニットに装着可能であることがわかった。市販のヘリコイドユニットを用いるのであれば、どうにかして鏡胴に厚みを与えM52-M42に装着するか、あるいはM46-M42ヘリコイドユニットにギリギリ収まるのかもしれない。
Hektor 12cm F2.5は前回のColorplanの入手時に手に入れた特製ヘリコイドアダプターに装着し使用可能となった。こちらのレンズは鏡胴径が46mm弱とやや太いため、市販のM42ーM42ヘリコイドには装着できない
撮影テスト
Hektor F2.5はスライドプロジェクター用に設計されたレンズであり、3~7m程度の撮影距離で最高の画質が得られるようチューニングされている。これはポートレート撮影に適した距離であるが、遠方では解像力が落ちるので風景撮影には向かない。発色はこのレンズ特有の大きな軸上色収差のためか赤みがかる傾向があり、また屋外での逆光撮影にはたいへん弱くフレアが発生すると発色が途端に淡くなる。逆光撮影に対する弱さは、おそらくガラス面に敷設されたコーティングが太陽光を基準にしたものではなく、プロジェクターランプから出る光を基準に設計されているためなのであろう。ランプの光源から出る光の周波数成分に対して反射防止効果が最も高くなるようコーティングの厚みが調整されており、太陽光に対しては、かえって効果が落ちるのである。
Hektorは3枚玉のトリプレットから派生したレンズである。戦後の再設計で性能が向上したとは言え、良くも悪くもトリプレットの性質を受け継いでおり、撮影結果にはオールドレンズの性格がハッキリと表れる。ピント部中央の解像力はとても高いが、画角を広げると非点収差が急激に増し周辺像が妖しくなる(Hektor 2.5/85)。また、大口径化しすぎると球面収差の膨らみが急激に増すため画面全体が柔らかい描写となる(Hektor 2.5/120)。同じ構成でありながらやや異なる性質を持つ3本のHektor F2.5(8.5cm/10cm/12cm)を使い分けてみるというのも楽しそうな遊び方だ。
Hektor 8.5cm F2.5: スッキリとヌケがよく、ピント部中央は高解像だが非点収差が強いため四隅に行くほど解像力が顕著に落ちる。撮影距離によってはアウトフォーカス部でグルグルボケが目立つ。シリーズの中では比較的画角が広く設計されている事に加え、スクリーンへの投影を意識し像面湾曲の補正を徹底した結果、非点収差の補正力不足に陥ったのであろう。周辺画質の妖しさを生かした写真作例を狙いにゆきたいレンズだ。

Hektor 12cm F2.5: 画角が狭い長焦点レンズなので四隅まで画質が安定しておりグルグルボケも目立たない。ピント部中央の解像力は8.5cmのモデルの方が高い印象だが、ピント部の均質性ではこちらのレンズの方が上をゆくようだ。ただし、ハイライト部からは美しいハロがモヤモヤと出るなど結像がソフトになる。シリーズの中では最も大口径なモデルなので、その分だけ球面収差の膨らみが大きいためであろう。女性の肌を綺麗に撮るにはちょうど良い。

以下作例。いつものように修正・無加工で、カメラから出したJpeg形式のダイレクト画像だ。
Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: 逆光にさえ気をつければとてもよく写るレンズだ。周辺像が妖しい





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 12cm F2.5のHektorは8.5cmF2.5のモデルよりも大口径の分だけ球面収差が大きいようで、モヤモヤとしたハロがまとわりつき像はソフトになる。ボケは綺麗だ





Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: ご覧のとおりピント部中央の解像力はかなり高い





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: この場面ではグルグルボケを狙ったのだが誤算であった。12cmのHektorの方はボケに安定感がある。像はやはりソフトで女性の肌を撮るにはちょうどよさそう



Hektor 8.5cm F2.5+Nikon D3 digital,AWB: こちらのHektorはボケがしっかり回っている





Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 逆光にはめっぽう弱く屋外での撮影時にはフレアが出やすい。露出アンダーでごまかしているが、やはり全体的に白っぽくなってしまう。色にじみがやや目立つ

Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 

Hektor 12cm F2.5+Nikon D3 digital, AWB: 近接撮影ではやはり絞りの必要性を感じる。作例は最短撮影距離でのショットだ。本レンズに使用した特製ヘリコイドは繰り出し機構にストッパーがないため、接写時に繰り出しすぎるとヘリコイドからレンズユニットがポロンと脱落する危険性がある