おしらせ


2015/09/27

Camera Shop Guide 1: FLASHBACK CAMERA & VINTAGE



プロショップガイド part 1
FLASHBACK CAMERA and VINTAGE
気ままにオールドレンズ専門店を巡る旅です。今回は千葉県の流山に2015年5月にオープンしたFLASHBACK CAMERA and VINTAGE(フラッシュバックカメラ & ビンテージ)を訪れました。お店のホームページがこちらにあります。

http://flashbackcamera.jp

まるでお洒落なカフェのような店構えで、棚には様々な収集品が並んでいます。レンズは奥のブースの棚で、表からは見えない位置にありました。なるほど、紛れもなくオールドレンズ専門店です。しかも、置いてある商品は選りすぐりのものばかり。ブースの向かい側はオフィスとなっており、店内がバリアフリーでつながっています。明るい雰囲気の中、スタッフの方々に気軽に相談ができる店です。
お店に到着。新しいマンションの1階に店舗がああります。店の表札を確認するまで、ここがカメラ屋だとは到底思えませんでした





店に入りますが、カメラやレンズなんて何処にも見当たりません。お洒落なカフェそのものです。商売っ気むき出しの普通のカメラ屋さんとは一味も二味も異なる空間プロデュースです











リラックスできるソファスペースもあります。私が訪れたときは、アルゼンチンからのお客さん(アーティスト)が2名訪れていました

オフィスとお店がバリアフリーでつながっており、男性の店長さんと女性のスタッフ数名が働いています。オールドレンズを猛勉強中という若い店員さんもいました
いったい商品はどこにあるのかと振り返ると、ちゃんとありました。外からは見えない区画です。棚の中には厳選されたレンズが綺麗に飾られています
お店には写真家、マニア、コレクターも集まります。楽しく談笑できるスペースがありますので、写真やカメラに関する談議や情報交換で盛り上がる事もしばしばあるみたいです。この日に店を初めて訪れたというお二人ですが、ライカなどカメラにお詳しく、話題についてゆくのがやっとでした(日汗)。「いま、代官山と流山が熱い」などとおっしゃっていましたが、この意味が分かる方は是非ともFlashback Cameraを訪問してみてください。きっとフラッシュバックすること間違いないでしょう。ちなみに、うちの娘は奥のキッズスペースで他の子供たちと楽しく遊んでいます。このあと帰りたくないと駄々をこねるのでした
将来はオールドレンズだけでなくアンティーク収集品も販売したいそうです。お客さんとスタッフの皆さんの距離が近く、力まずに入れるアットホームなお店でした。こうした雰囲気とは対照的に商品の展開はマニア層からウルトラマニア層までをカバーできる充実したものになっており、量よりも質を重視しているという印象をうけました。ライカマウントのレンズはけっこう揃っています。パンカラーやビオメタールなど中古市場にゴロゴロ出回っているレンズはあまり置いていません。カメラ女子も気軽に入れる、とても明るい雰囲気のお店です。スタッフの皆様、ありがとうございました。
 
交通
最寄駅はつくばエキスプレス線と東部野田線の「おおたかの森」で、東京・秋葉原からつくばエキスプレス(快速)に乗ると25分で着きます。駅の北口改札を出て5分程歩いた場所にお店があります。日曜は定休日とのことですのでご注意を。



店内の撮影機材
Carl Zeiss Jena Flektogon 20mm F4
Sony A7
Copyright(C) M42 SPIRAL
お店やお客さんの写真は承諾を得たもを掲載しています。転用はご遠慮ください

続カメラショップガイド part2はFoto:Mutoriです

2015/09/25

Schneider Kreuznach Curatgon 35mm F2.8 (M42/ Exakta)* Rev.2










初期のレトロフォーカス型広角レンズはテッサーやトリプレットなど既存のレンズ構成の前方に大きな凹メニスカスを据える単純な設計形態であったが、収差が多く、特にコマフレアの抑制に大きな課題を抱えていた。これを改善させる方法がニコンの脇本善司氏によるNIKKOR-H Auto 2.8cm F3.5(1960年登場)の開発時に発見され、後群のレンズ配置を正正負正から正負正正に入れ替えるだけで劇的な改善がみられることが明らかになった[文献1]。この発見による波及効果は大きく、1960年代中期になると各社一斉にこの配置を導入しシャープネスやコントラストを向上させた第2世代のレトロフォーカス型レンズを発売している[文献2]。今回取り上げるSchneider(シュナイダー) 社のCurtagon(クルタゴン) 35mmにも前期モデルと後期モデルの構成の違いに第2世代への変遷がみられる。

コントラストとヌケの良さを向上させた
シュナイダー社の第2世代レトロフォーカス型レンズ
Curtagon (2nd version) 35mm F2.8
Curtagonは旧西ドイツのSchneider社が1950年代後期から市場投入した一眼レフカメラ用のレトロフォーカス型広角レンズである。同社の広角レンズとしてはライカのレンジファインダー機にOEM供給されたLeitz Super-Angulon (スーパー・アンギュロン)やXenogon (クセノゴン)とXenagon (クセナゴン)が有名であるが、このCurtagonも性能には定評があり、特に今回紹介する焦点距離35mmのモデルは高級一眼レフカメラとして名高いPignons(ピニオン)社のAlpaflex(アルパフレックス)に採用された実績をもつ。スチル用のレトロフォーカス型レンズとしてはフランスのAngenieux(アンジェニュー)が第1世代を象徴するパイオニアでありコマフレアを纏う繊細な開放描写を特徴としているが、一方で今回取り上げるCurtagon(第2世代)は開放からスッキリとヌケの良い描写で、初代Curtagon(ゼブラ柄)と比べてもシャープネスやコントラストが明らかに向上している。
鏡胴は同じ35mm F2.8の他社製品より一回り小さいうえ重量は他社製品と同程度なので、手にするとズシリと重くギッシリ詰まっているという印象をうける。クルタゴンというブランド名の由来はラテン語のCURTO(短くする)とギリシャ語系接尾語のGON(角)の合成である。いかにも広角レンズらしい名称で響きも可愛らしい。
Curtagon 35mm F2.8の設計は上図に示すようなレトロフォーカス型と呼ばれるもので、光学系の最前部に大きな凹レンズを据えているのが特徴である。これによりバックフォーカスを延長させミラーの可動域を確保し、一眼レフカメラに適合できるようになっている。また凹レンズの後方には広い空気間隔が設けられているのも特徴で、この空気間隔には広角レンズで問題となる像の歪み(樽型歪曲)を軽減させる効果がある。上図のいちばん左は1950年代後期に発売された第一世代のゼブラ柄モデルでレンズ構成は5群5枚となっている[文献3]。中央はゼブラ柄のアルパフレックス用であるがレンズ構成は1枚多い5群6枚となっている[文献4]。アルパは高級カメラなので、このモデルのみ差別化がはかられたのであろう。上図の右は1965年のモデルチェンジから登場した第2世代の設計である[文献5]。レンズ構成は6群6枚へと変更され、これ以降はアルパ用であるかを問わず全てのモデルで共通の設計となっている。旧モデルとの大きな違いは後群の凹レンズの直ぐ後ろに正の凸レンズが一枚加わり、後側4枚の並びが正正負正から正負正正に変更された点である。この並び順はレトロフォーカス型レンズにおいてコマフレアを減少させる特効薬として導入された新配列であり、これ以降のレトロフォーカスレンズの多くがこれと同等の配列を採用している[文献1,2]。なお、これ以降の後継製品(Electric Cultagon等)およびレチナ用の設計構成については資料がないため詳細は不明である。
製品ラインナップ
Curtagonが登場したのは1950年代後期からで、35mmフォーマット用と中判フォーマット用の2種のモデルが存在している。35mmフォーマット用としてはエキザクタ, M42, コダック・レチナ(DKL), アルパフレックスなど少なくとも4種類のカメラに対応しており、28mm F4, 35mm F2.8, 35mm F4の3種類のバージョンがモデルチェンジを繰り返しながら1980年代前半まで生産されていた。また、シフト機構を備えたPA(PC)-Curtagon 35mm F4も1960年代後期から追加投入され、ライカR、アルパフレックス、コンタレックス、M42など少なくとも4種類のカメラに対応している。一方、中判カメラ用としてはCurtagon 60mm F3.5があり、Exakta 66用とRolleiflex6000シリーズ用が1980年代から2000年頃まで生産された。
初期のモデルはコダック・レチナ用を除き全モデルがゼブラ柄のデザインで1950年代後期に登場、1965年頃まで市場供給されていた。1965年になると一斉にモデルチェンジがおこなわれ、デザインと設計が一新、レチナを除く全モデルが今回のブログエントリーで取り上げる新しいデザインへと変更されている。カラーバリエーションはブラックとブラウン/真鍮ゴールドの2種類が用意された。またシフト機構を持つPA Curtagon 35mm F4が新製品としてラインナップに加わり、少なくともライカR, コンタレックス, アルパフレックスに対応していた。レンズ名の前方につく"PA"とはPerspective  Adjustment (パースペクティブ調整)の意味である[文献5]。1970年になると鏡胴のデザインが若干見直され、ヘリコイドリングが従来の窄んだ形状からストレートな形状に変更されている。おそらく窄んだ形状は加工が難しく製造コストがかかるためであろう。1972年になると再びモデルチェンジがおこなわれ、ブラックカラーのスッキリとした現代風のデザインでマウント部に電子接点をもつElectric CurtgonがM42マウントで登場、またPA-Curtagonの後継製品としてPC-Curtagon(Leica R用)も登場している。さらに1970年代後半にはブラックカラーでよりシンプルな鏡胴デザインとなったC-Curtagonが登場している。C-Curtagonは35mm判としての最後のモデルであり、1980年代前半まで生産されていた。
Curtagon(2ndバージョン): 重量(実測)210g,  絞り F2.8-F22, 最短撮影距離 30cm, フィルター径 49mm, 構成 6群6枚レトロフォーカス型(第2世代),  発売は1965年頃, 対応マウントはExakta/M42/Alpa (Retina DKL用は詳細不明)

参考文献
文献1 ニッコール千夜一夜物語 第12夜 Nikon-H 2.8cm F3.5 大下孝一
文献2 「写真レンズの基礎と発展」小倉敏布 朝日ソノラマ (P174に記載)
文献3 シュナイダー公式レンズカタログ: Schneider Edixa-Objective
文献4 アルパフレックス公式レンズカタログ
文献5 Australian Photography Nov. 1967, P28-P32

入手の経緯
ゴールドカラーのモデルは2010年3月にeBayを介してポーランドの大手中古カメラ業者から値切り交渉の末に総額160㌦で入手した。商品の状態に対するセラーの評価はMINT-(美品に近い状態)とのことであったが、届いた品はヘリコイドリングにガタがあり、内部のガラスにも描写には影響のないレベルであるがメンテ傷があった。返品しようか迷ったが、限定カラーのレアなレンズなので悩んだ末にキープすることにした。その後、ヘリコイドリングのガタはどうにか自分で修理できた。
ブラックカラーのモデルは2014年6月に都内のカメラ屋にてジャンク品として売られていたものを6000円で手に入れた。絞りが動かずガラスにはクモリがみられたが、分解して清掃したところクリアになった。分解したついでに光学系の構成を正しく把握することができた。絞りに関しては内部で制御棒が根元から折れていることが判明、別途入手した拡張ばねを取り付け自分で改善させた。絞りの開閉は快調である。
現在のeBayでの中古相場はExaktaマウントのモデルが200ドル弱、M42マウントのモデルでは300ドル程度である。
 
デジタル撮影
1950年代に製造された第1世代のレトロフォーカス型レンズはコマフレアが出やすくコントラストが低いうえ、逆光になると激しいゴーストやシャワーのようなハレーションに見舞われるのが特徴であった。それに比べ、本レンズは描写性能が格段に進歩し現代的になっている。開放からシャープでスッキリとヌケがよく、発色は鮮やかでコントラストも良好である。コマは少ないとは言えないが良く抑えられており、むしろ少しコマフレアを残しているためか後ボケが綺麗で柔らかいボケ味となっている。レトロフォーカス型レンズは前玉に据えた負の凹レンズの作用によりグルグルボケや放射ボケなどがあまり見られず、周辺光量落ちも少ないなど四隅の画質に安定感のあるものが多い。この点についてはCurtagonも同じであるが、一方で少し気になったのは階調がコンディションに左右されやすく不安定なところである。屋外での逆光撮影時にはこれが特に顕著で、黒潰れや白とびを起こしやすいなど露出制御のみではコントロールしきれないことがよくあった。中でも気になったのは緑の階調で、照度が高いとハイライト側の階調に粘りがなく黄色方向に白とびを起こしやすい。シュナイダーのレンズにはこの手の白とび(黄色とび)が時々みられる。この場合、デジカメの画像処理エンジンはシアンが不足していると判断し加色するため、全体に青味がかったような撮影結果になることがしばしばある。これを抑えるため露出を少しアンダーに引っ張ると、本レンズの場合、今度はシャドー部がストンと黒潰れを起こしてしまうのだ。このようにCurtagonは階調描写のコントロールが難しく、真夏日に用いるとうまい着地点を見つけるのが時々困難になる。逆に言えばこの不安定さがCurtagonらしいエネルギッシュな描写表現につながっているように思える。解像力はレトロフォーカス型レンズ相応である。
Photo 0, F2.8(開放), Sony A7(AWB): 

Photo 1, F5.6, Sony A7(AWB):


Photo 2, F8, Sony A7(AWB): 


Photo 3, F8, Sony A7(AWB)

Photo 4, F5.6, Sony A7(AWB): 

Photo 5, F5.6, Sony A7(AWB):

Photo 6, F2.8(開放), Sony A7(AWB): 
Photo 7, F8, Sony A7(AWB):
Photo 8, F11, Sony A7(AWB): 

Photo 9, F8, Sony A7(AWB): 

Photo 10, F2.8(開放), Sony A7(AWB): 





Photo 11, F2.8(開放),Sony A7


Photo 12, F5.6, Sony A7(AWB)

銀塩撮影
このレンズは後ろ玉が飛び出しているので一眼レフカメラで使用する場合には注意が必要だ。カメラの機種によっては遠方撮影時ミラーを跳ね上げる際に、後玉がミラーにぶつかる。MINOLTA X-700やPENTAX LXでは問題なく使用できた。
Photo 13, F2.8(銀塩Fujicolor S400) 



Photo 14, F4(銀塩Fujicolor S400) 
Photo 15, F4(銀塩Kodak GOLD100)



2015/09/05

Pentax smc PENTAX soft 85mm F2.2 (PK)









被写体の前方にバブルを生み出す
大口径ソフトフォーカスレンズ
PENTAX  smc Pentax Soft 85mm F2.2 
オールドレンズの分野ではちょっとしたブームになっているバブルボケであるが、これを被写体の背後ではなく前方に出す方法を考えはじめた。バブルボケとは収差を過剰(プラス)に補正したレンズに共通してみられるシャボン玉の泡沫のようなボケである。ちょうど大小さまざまなコンドームが折りたたまれた状態のまま、空間内を集団浮遊している状況を思い浮かべてもらえると理解しやすい。今回はこれを被写体の後方ではなく前方側に発生させたいのである。理論上は収差を逆方向にマイナス補正(補正不足に)したレンズを用いればよく、ソフトフォーカスレンズが最適である。また、ボケ量がある程度大きなレンズであることも重要である。あまり耳にしたことはないが、大口径ソフトフォーカスレンズを使えばよい。はたして、そんなレンズは実在するのであろうか・・・。探しはじめると間もなく見つかった。smc Pentax Softである。
このレンズはPENTAX(現RICOH IMAGING)が1986年から1990年にかけて4年間だけ生産した焦点距離85mmのポートレートレンズで、口径比はこのカテゴリーとしては異例のF2.2とたいへん明るいのが特徴である。構成は下図に示すような1群2枚の色消しダブレットで、望み通りに球面収差がマイナス側(補正不足側)に大きく倒れる設計である[文献1]。この種のマイナス補正型のレンズは被写体の背後でフレア(ハロ)を纏う柔らかい良質なボケが得られるため、ソフトフォーカスレンズには好んで用いられている。ただし、これとは反対に被写体の前方側のボケは硬く、ざわざわと煩いボケになったり2線ボケが出ることも想定できる。今回期待しているのは、まさにこういう性質なのである。さて、バブルボケは本当にでるのであろうか。確証のないままレンズの入手に踏み切ることになった。

参考文献
文献1: 「レンズ設計のすべて」辻定彦著
smc PENTAX SOFT 85mm F2.2の構成図トレーススケッチ(見取り図)。構成は1群2枚の色消しダブレットで左が被写体の側、右がカメラの側である
入手の経緯
本レンズは2014年12月にヤフオクを介して大黒屋・久里浜店から落札購入した。商品の解説は「使用に伴う汚れや傷があるが目立つ傷はない。レンズ内部にはわずかなチリがある。中古品の為、格安スタートにしている。ノンクレーム・ノンリターンでお願い」とのことで前後のキャップが付属していた。開始価格10000円でスタートし3人が入札、返品不可なのでリスクも考え13500円に設定したところ11500円+送料1000円で私のものとなった。届いたレンズは外観にこそ僅かな傷がみられたが、ガラスにはホコリやチリなど全くみられず、素晴らしい状態であった。
重量(公式) 235g, フィルター径 49mm, 絞り羽 6枚, 絞り F2.2-F5.6, 最短撮影距離 0.57m, 製造期間 1986-1990年, レンズ構成 1群2枚, マルチコーティング(smc), Pentax Kマウント
撮影テスト
結論から言えば被写体の前方にハッキリとしたバブルボケが出ることが確認できた。使い方次第ではかなり面白い写真になるだろう。
ソフトフォーカスレンズは収差を意図的に残存させ、コマやハロなど収差に由来する滲みやフレアを積極的に利用することで柔らかい描写を実現している。本レンズも含め収差の残存方法は球面収差をマイナス側(補正不足側)に倒すのが一般的で、この場合は背後のボケがフレアに包まれるとともに大きく柔らかい拡散になるなど美しいボケ味となる。反対に前ボケは像が硬くなりシャボン玉の泡沫のような美しいバブルボケが発生する。絞れば徐々にフレアは収まりヌケもよくなる。最も深く絞ったF5.6では中心解像力も悪くない水準に達している。
少し絞っている, Sony A7(AWB): いきなり出ましたバブルボケ。背後のボケは前方のボケよりも柔らかく拡散している
F2.8近辺まで僅かに絞っている, Sony A7(AWB): 圧縮効果を利用すれば、このとおり大小不揃いのバブルボケも出せる



F2.2(開放), Sony A7(AWB): クラゲちゃん大集合!。コマ収差も大量に発生しており四隅でボケ玉がクラゲ状に変形している様子がわかる

F2.2(開放), Sony A7(AWB):楽しい!このレンズは遊べる
F4.5, Sony A7(AWB):深く絞めば中央には解像力がありヌケも良い







F2.2(開放),Sony A7(AWB): 絞りを全開にしフレアを最大にすると、こうなる





F3.5, Sony A7(AWB, ISO5000): フレアは多ければいいというものではない・・・みたい

2015/09/04

Nikon AI Nikkor 85mm F1.4S (Nikon F)





ゾナーとガウスの混血児
Nikon AI Nikkor 85mm F1.4S
AI Nikkor 85mm F1.4Sは前群にゾナー、後群にガウスの構成を配したハイブリット(折衷)タイプのレンズである。この種のレンズ構成として早期のものには1938年に特許が出願された東京光学の富田良次(Ryoji Tomita)氏設計によるSimlar(シムラー) 5cm F1.5(製品化は1950年)や、1942年に特許が出願されたDallmeyer(ダルマイヤー)社Bertram Langton (B.ラントン)氏の設計によるSeptac(ゼプタック) 50mm F1.5などがある[文献1,2]。また、1952年に登場したCanonのSerenar(セレナー) 85mm F1.5も同じタイプのレンズ構成である。レンズ設計者達の中には大らかで穏やかな描写傾向のゾナーと神経質なガウスを配合することで、両者の長所を受け継ぐ混血レンズを生み出そうという考えがあったのかもしれない。一方、富田良次氏が1938年に出願した特許資料[文献1]には非点収差と像面湾曲を良好に補正できるレンズとの記載がみられることから、折衷というアプローチではなくガウスタイプからの発展形態としていた意図が感じ取れる。ガウスタイプの第2群をダブレット(2枚玉)からトリプレット(3枚玉)に変更し、真ん中に挟まれている凸レンズを低屈折率硝材にすることでガウスタイプに対しペッツバール和の改善をはかったという考え方である。結果的には折衷案と同じになったわけだ。
ゾナーと言えば一般に解像力は控えめで線は太いが、ボケが穏やかで美しく、コマフレアが少ないためシャープでヌケの良い描写が特徴であり、対するガウスは高解像で線は細く色収差も少ないが、コマフレアがやや多く、ボケがやや不安定であるなどゾナーとは概ね正反対の特徴を持つ。レンズの配合が成功した事例としてはプロターとウナーからつくられたTessar、ガウスとトポゴンからつくられたXenotar /Biometar、ガウスとプラズマートからつくられたMiniature Plasmatなどがある。しかし、多くの場合には掛け合わせる両親の性質が混ざり合ってしまい、メンデルの優性の法則のように両親の形質と同等のものが受け継がれるわけではない。長所も短所も中庸化してしまうのが一般的で、都合よく長所のみが高水準で発現する可能性は遺伝子に情報を蓄える生物に比べると圧倒的に低いのである。しかし、それでもF1.5程度の明るさを実現できるレンズ構成が当時まだ数種類しかなく、ゾナーとガウスの配合にはそれなりの意味があったのであろう。
さて、本レンズにはゾナーの形質とガウスの形質がそれぞれどの様にあらわれるのであろうか。

SonnarタイプとGaussタイプの配合で生まれたハイブリットレンズたち。Nikonのみ文献3からトレーススケッチした見取り図で、他は特許資料からのトレーススケッチである

AI Nikkor 85mm F1.4Sは1981年に登場したNikonの一眼レフカメラ用レンズとしては初となるF1.4クラスの中望遠レンズである。フォーカッシングの際に光学系内部のいくつかのレンズ群をそれぞれ異なる繰出し量で動かす近距離補正(フローティング)方式を搭載しており、近接撮影から無限遠まで距離によらず良好な画質を得ることができるというのが特徴である。設計は下図に示すような5群7枚構成のSimlar/Septacタイプからの発展形態で、前群が空気層入りのゾナータイプ、後群がガウスタイプとなっている。前群の空気層には球面収差の膨らみ(輪帯部)を抑え解像力を高める効果があり、後ボケを柔らかくさせる二次的な作用もある。1995年には後継のオートフォーカスレンズAI AF Nikkor 85mm F1.4Dが登場するが、その後も生産は継き、2005年12月の生産終了まで24年間で合計約70000本が世に送り出された[参考1]。2010年には後継の新型レンズAF-S Nikkor 85mm F1.4Gが登場している。

★参考文献
文献1 Ryoji Tomita, JP Pat. no. S15-3014, 特許出願公告第3014号(Appl. date 1938)
文献2 Bertram Langton, Patent GB 553,844(Appl. date 1942)
文献3 「こだわりのレンズ選び part 2」 写真工業出版社 2006年
参考1 KenRockwell.com; Nikon 85mm F1.4
参考2 Nikon仕様表(公式)こちら
参考3  CANON CAMERA MUSEUM; Serenar 85mm F1.5 I
AI Nikkor 85mm F1.4Sの光学系: 構成は5群7枚のSimlar/Septacyタイプである。左側が前群(被写体側)で右側が後群(カメラ側)。文献3に掲載されていた構成図をトレーススケッチした


入手の経緯
レンズは2014年12月にレモン社銀座店の店頭で54000円(税込)にて購入した。商品のコンディションは同店の評価基準でAB+(極小の擦り傷があるが、目立ったキズのない美品)とのことで、純正フードとリア・キャップがついてきた。購入時は同店に同じモデルの在庫が3本あり、それぞれにA、AB+、AB+の評価がついていたので、一本一本ガラスを入念にチェックし光学系が最もクリーンな個体を選択した。私の選んだレンズにはホコリや汚れがあったが、これらは絞りの側の表面であったため、前群をユニットごと取り外せば光学系をバラさなくても美化できると判断、自宅に持ち帰り早速取りかかったところ読みは当たり、軽い清掃だけでレンズは素晴らしい状態になった。オークションでの中古相場は55000~60000円程度である。
重量(公式)620g , 絞り羽 9枚, フィルター径 72mm, 最大径x長さ 80.5x64.5mm, 最短撮影距離 0.85m, 5群7枚, 1981年9月発売(発表は1980年), 2005年12月生産終了, Nikon Fマウント,  絞り F1.4-F16, マルチコーティング(前玉と後玉でコーティングの種類が異なるようである), 近距離補正方式, 小売価格¥90,000(発売時)/¥107,000(販売終了時), 純正フード Nikon HN-20
撮影テスト
ボケの安定感やコマの少なさはゾナーの形質を見事に受け継いでおり、開放でもグルグルボケや放射ボケは殆ど検出できず、滲みやフレアも全く目立たない。穏やかで柔らかいボケ味となっている。ピント部は四隅まで充分に解像力があり、コントラストも良好で、スッキリとヌケのよい写りである。発色はノーマルで、絞りの開閉に対しても安定している。コーティングの性能が良いためか、よほど条件が悪くない限りゴーストやハレーション(グレア)とは無縁である。コマ収差は良好に補正されており、F1.4の開放では周辺部の点光源が僅かに尾を引く程度である。ちなみにF2まで絞れば拡大してもコマは全く検出できない[参考1]。歪みは全く目立たず、周辺光量落ちも開放においてさえあまり目立たない。階調描写は開放で適度に軟らかくトーンはなだらかで、少し絞るとシャープになり、更に深く絞るとカリカリな硬い描写へと変化する。デジタルカメラでの撮影時には開放でカラーフリンジが目立つ事があり、高輝度部に隣り合う低輝度部が色づいてみえる。これはフィルム時代のレンズにはよくあることで、レンズの収差設計がフィルムの感光特性に準拠していることに由来する。絞り込むとカラーフリンジは消滅するので、軸上色収差に起因するものであろう。もちろんフィルムでの撮影時には全く目立つものではない。最も驚いたのは、このレンズがゾナーとガウスの長所をかなり高水準で両立させている点である。そんな都合のよいことが本来は起こるわけがない。おそらく、本レンズに搭載された近距離補正(フローティング)方式と空気レンズの効果であるに違いない。いずれ機会があれば、これらを持たないSimlar 5cm F1.5(Topcor 50mm F1.5)やSerenar 85mm F1.5の描写を見てみたいと思う。
カラーフリンジの事を除けば、これといって取り上げるほどの弱点はなく、開放から完全に実用的な画質である。Nikkorにはよく写る(写りすぎる)モデルが多くオールドレンズ的な嗜好にはそぐわないため、本ブログではこれまであまり取り上げてこなかった。今回のレンズもやはり非の打ち所のない優秀なレンズである。あーあ。 
デジタル撮影
Camera: Nikon D3
Hood: Nikon HN-20 (純正)
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 「開放でここまで写るかニッコール」。写り過ぎるというのも困ったものだ。ピント部は解像力充分である
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 近接域でも滲みなどなくキッチリと写る
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 開放でも充分にシャープだ

F1.4(開放), Nikon D3(AWB): 背後のボケは適度に柔らかく滑らかで安定感もある。階調も軟らかくなだらかだ
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): コントラストは高く発色も良い
F1.4(開放), Nikon D3(AWB): コマもよく抑えられており、ピント部は四隅でも高描写である。とてもヌケのよいクリアな写りだ。オールの辺りで少しカラーフリンジを拾っている





F1.4(開放), Nikon D3(AWB): グルグルボケの出そうな状況だが全く問題ない。パドルのあたりにやはりカラーフリンジがみられる。パドルが好きなのか?



 
ここまで全てF1.4の開放絞りによる撮影結果だが、ややカラーフリンジが見られる以外は非の打ちどころのない素晴らしい描写性能だ。続いて絞って撮影した結果である。
 
F2.8, Nikon D3(AWB): 絞れば消えるのでカラーフリンジは軸上色収差に由来するようだ




F2.8, Nikon D3(AWB):
F2.8, Nikon D3(AWB):
F4 , Nikon D3(AWB):
F2.8, Nikon D3(AWB):
F5.6, Nikon D3(AWB): ここまで絞るとデジタルカメラとの組み合わせではカリカリ過ぎる階調描写で、シャドー部がストンと鋭く落ちてしまい硬い印象を与える。ニコンらしいと言えばニコンらしいが










銀塩撮影
Camera Nikon FM2
Hood: Nikon HN-20 (純正)

F2.8, 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ): 厳しい逆光もなんのその。ゴーストも全く出ない

F4, 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ): 少し青みがのるのはフィルムの特性である
F1.4(開放), 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ)カラーフリンジはフィルム撮影の場合には、ほとんど目立たない
F2, 銀塩撮影(SUNNY 100カラーネガ): 綿毛のようなボケ味だ。木にのっている方は本物の綿毛