おしらせ


2009/10/26

Steinheil Auto-D-Quinaron 35mm/F2.8

Steinheil Auto-D seriesにはM42マウント用の他に何とNikon-Fマウント用が存在する
 
ニコンマウントを採用したオールドレンズ界の異端児
 私がM42マウント用のレンズにこだわるのは、この規格がマウントアダプターを介してpentax, Canon, Sony(minolta), Contax, Olympus・・・など多くのカメラで使用できるからだ。ところでM42マウントと同じように多くの種類のカメラで使用することのできるマウント規格が存在する。ニコンFマウントだ。ドイツの老舗光学機器メーカー・シュタインハイル社は1961年に通称"Auto-D-Quinシリーズ"と呼ばれる製品を発売し、ニコンFマウントにも対応させた。
 シュタインハイルといえばドイツのミュンヘンを拠点とし、戦前はツァイスと肩を並べるほどの大規模メーカーであった。しかし、戦災の被害により2000人以上いた従業員は800人以下に減るなど事業規模が大幅に縮小してしまう。戦後はローデンストックと連携し、西ドイツのカールツァイスの再建に協力した。
 今回入手したのは、戦後のシュタインハイル社が製造したQuinシリーズの中の、広角レトロフォーカス型レンズAuto-D-Quinaronだ。このレンズの特徴は最短撮影距離が20cmと短く、近接撮影が可能なことである。極めてよく似た特徴を備えたレンズに、旧東ドイツのツァイス・イエナが製造したフレクトゴン35/2.8があり、Auto-D-Quinaronはこのレンズを意識した対向商品だったと思われる。大きなゼブラ柄のストライプと、バズーカのような迫力のある鏡胴が格好良い。姉妹品として標準レンズのAuto-D-Quinon(55mm)、望遠で100mmと135mmのAuto-D-Quinarが存在し、さらにマクロ撮影に特化した別のラインナップ、Makro-Quinaron/Quinon/Quinarも存在する。Quinシリーズに対する同社の意気込みは相当なものだ。極めてレアなようだがMacro-S-QuinシリーズなんてのもeBayで売られていた。こちらの詳細は不明だ。なお、初期のモデルはシルバー・クローム鏡胴であったが、1965年のモデルチェンジで誕生したAuto-Dシリーズからはゼブラ柄デザインになった。

フィルター径49mm 重量220g 最短撮影距離20cm レンズ構成は5群7枚 Nikon Fマウントを象徴するカニ爪が出ている
ヘリコイドリングをまわし前玉をいっぱいまで出した状態(右)と収めた状態(左)。本品は最短撮影距離が僅か20cmでありマクロレンズのような接写撮影が可能である
 
銘板に刻まれたAuto-Dの頭文字"D"は絞り(Diaphragm)のことで、マルチコーティングを意味するわけではない。対応マウントはエグザクタ、M42(希少)、そしてニコンFマウント(極めて希少)である。レア物好きの私が入手したのは、もちろんNikon-Fマウント用だ。
  
入手の経緯
Auto-D-Quinシリーズは135mm/F3.5のTele-Quinarを除いて、どのモデルも希少性が高く、手に入れるのは難しい。中でもTele-Quinar 100mmの入手は絶望的であろう。本品は2009年10月5日に米国イリノイ州オレアノの中古カメラ業者がeBayに出品していたものだ。340㌦の即決価格で落札し、送料込みの総額375㌦(約3.4万円)で入手した。商品の解説には

 [1] 光学系の状態はVERY GOODで傷やカビはない
 [2] コーティングはパーフェクトに見える
 [3] 硝子はクリアーだが、気泡が1~2個ある
 [4] ピントリングと絞りリングはパーフェクトに作動する
 [5] 鏡胴には多少使用感がある。ペイントは100%大丈夫
 
とあった。流通量が少ないため、中古相場が幾らなのかハッキリとはわからない。ニコンFマウント用とM42マウント用はエグザクタマウント用よりも高額で取引されている。
 さて、10日後に商品が届き恐る恐る検査をした。すると前玉のコーティングにスポット状の剥離が2箇所見つかった。業者はこれを気泡と解説していたのである・・・。なんだか嫌な予感がした。他にはヘリコイドの回転が極めて硬く、レンズ内にはチリがパラパラと見られた。描写への影響はギリギリセーフだが清掃が必要であった。光学系の状態を「パーフェクト」ではなく「Very good」と表現していたことにもっと早く気づくべきだった(シクシク)。続けてニコンのカメラにつけて撮影してみたところ、嫌な予感が的中し重大な欠陥が判明した。絞り連動レバーがレンズに内臓されているスプリングの力だけでは下がらないのである。絞り羽根が閉じるのは開放からf3.5までで、これ以上絞りリングをまわしても羽根が出てこない。恐らく羽根がオイルで汚れており、これが抵抗になって羽根の開閉を困難にしているのだ。前玉の銘板内に誇らしげに記されたAuto-D表記が褪せて見えた。さらに無限遠点への合焦が困難であり、指標を無限遠点のマークにあわせても焦点が合うのはせいぜい10~20m先までであった。業者にこれらの問題点を伝え返品を要請したところ、修理代を払うので日本で修理してくれないかと提案してきた。しかし、オークションの解説写真に比べると、届いた実物はずいぶんと使用感があり品質に落差を感じていたので(そのことは業者には述べずに)返品することに。業者には週末に返送すると伝え、2-3日の間このレンズの描写力を堪能した。
 
試写テスト
本品に対する前評判を文献上やWEBサイト上で探し回ったが、描写に関する情報は極めて少なかった。姉妹品のAuto-D-Quinon(55mm)については、あちこちのWEBサイトで優れた描写力に対する高い評価を目にする。本レポートが有意義な情報源になれば幸いだ。なお、前述のように私が入手したAuto-D-Quinaronは欠陥品であるため、テスト撮影は絞り値がF2.8とF3.5の場合のみで行った。 

  • 鮮やかで癖の少ない素直な発色が特徴。どの色も忠実に再現されるが、色飽和を起こすことが度々あるとのユーザー報告を目にした。金属などのメタリック色の描写が素晴らしいとの定評がある。
  • 収差が充分に補正されており端部に至るまで均質な結像が得られている。結像が流れたり、グルグル回ることなどはない
  • 最短撮影距離が20cmと短くマクロ的な撮影を楽しめる
  • 接写撮影時に背景のボケが煩くなることがあり、球面収差の補正が不充分である。最短距離20cmは少し無理な設計であったのかもしれない。ツァイス・フレクトゴン35mm(ゼブラ)に対抗するための焦りだろうか?
  • 上と同じ理由により近接撮影時のシャープネスはさほど高くない。、柔らかい描写が本レンズの特徴といえる
  • フレアは同時代のフレクトゴン35よりも出にくいとのユーザー報告があるが真偽は不明
かなり優秀なレンズに思える。本製品はフレクトゴン35よりも遅れて発売された。中古市場の流通量の少なさから考えると、発売当時はあまり売れなかったと思われる。

F2.8 横浜・みなと未来 いい色が出ている。遠景撮影時のシャープネスは高くないが、遠景の場合には開放絞りでも実用的なレベルだ

F2.8 東戸塚西武:こちらも絞り開放で遠景を撮影した。シャープネスは充分
F3.5 横浜みなと未来:定評のあるメタリック色の描写は実物よりも渋めになる。重厚感がひきたつ

F2.8 色の再現性はこの時代のレンズにしては優秀。近接撮影時におけるボケは煩く、乱れ方は独特。下段の写真は上段の写真の中央に向かって接近し20cmの最短距離で撮影したもの。近景では結像がやや甘い。見てのとおり柔らかい描写だ

F2.8 横浜・関内:いろいろな距離で撮影したが非点収差はよく補正されておりグルグルボケは殆ど出ない


F2.8 周辺部まで均質で良好な結像が得られている。モノコートなので逆光に弱く、木のあたりにフレアが出ている

F2.8 難しい紫の発色だが実物よりも若干淡い程度で良く再現できている。このレンズは青系の色が極僅かに淡くなる傾向があるので、そのためであろう。
F3.5 コスモスのピンクはよく出ているが色が飽和気味だ
F3.5 次は黄色。こちらもしっかりした発色で再現性も高い

撮影環境
Steinheil Auto-D-Quinaron 35mm/F2.8(Nikon F) + Nikon D3 + Hakuba rubber hood
重くてデカイD3の迫力にも負けない存在感のあるデザインが魅力だ

もう少し時間に余裕があれば、フレクトゴン35とのガチンコ勝負など面白い企画が立てられたのだが、非常に残念だ。いい勝負をしたかもしれない。本品は米国の出品者の元に返品された。ところで、ちゃんと返金してくれるのだろうか。

1 件のコメント:

  1. 10/30に送料を含む全額がちゃんと返金されていました。帰ってきたお金で、今度はMacro-Quinaronでも狙ってみます。このレンズは何と単体で倍率が2倍のようです。

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