おしらせ


2012/03/15

Carl Zeiss Jena Cardinar 85mm F2.8 M42改(converted from Pentina mount)

悩ましいPentinaマウント
デジタル時代の未踏峰
Zeiss Jenaでも造られていたゾナー85mmの末裔
Carl Zeiss Jena Cardinar 85mm F2.8
Zeiss Ikon社のルードビッヒ・ベルテレが戦前に発明したSonnar(ゾナー)は、コーティング技術が実用化されていなかった時代に空気境界面を徹底的に減らすことで、内面反射光の蓄積を抑え、高コントラストな画像を得ることを可能にした画期的なレンズであった。レンズの光学系は貼り合わせ面を多く持つのが特徴で、トリプレットを設計の原点に据え、僅か3群の光学構成を貫きながら大口径を実現している。数あるSonnarシリーズの中でも旧西ドイツのCarl Zeissが戦後に開発した85mm F2のタイプはベルテレのオリジナル設計であるContax用Sonnarの流れを汲み、戦後の一眼レフカメラの時代にも生き残った特別な存在で、同シリーズの中で最大の口径サイズを誇るKing of Sonnar(キング・オブ・ゾナー)といった位置づけである。このレンズは1958年に登場した旧西独Zeiss Ikon社の超高級一眼レフカメラであるContarex(コンタレックス)に搭載されている。高いコントラスト性能と鮮やかな発色、バランスの良い設計構成から生み出される美しいボケなど、Sonnar 85mmは非常に優れた描写力を持つことで知られる。このContarex用Sonnarに兄弟レンズがあることを知る人は、Zeissのマニアにも数少ないのではないだろうか。旧東ドイツに拠点を構えていたもう一つのZeiss(人民公社Carl Zeiss Jena)が1960年に世に送り出したCardinar 85mm F2.8である。まずはレンズの構成図を見ていただきたい。
Cardinar 85mm F2.8の光学系: 「東ドイツカメラの全貌」(朝日ソノラマ)に掲載されていた構成図をトレーススケッチした。構成は3群6枚となる。空気と硝子の境界面が少なく、内面反射光が蓄積しにくい優れた設計を持つ。コントラスト性能で押しまくる、ガツンとインパクトのあるシャープネスが期待できそうだ。凹レンズと凸レンズの構成比は2:4で凸が過多となり、一見バランスが大きく崩れているようにも見えるが、3枚接合の中央部のエレメントには低屈折率の硝子が用いられバランスを改善させる働きがあるので実質的なバランスはこれよりも良いはずで、凸レンズに高屈折率のランタン系新種ガラスを用いれば非点収差はそれほど深刻にはならないと思われる(レンズに貼り合わせ面がある場合のペッツバール和は、どうやってもとめるのだろう?)。85mmの長焦点レンズであることを考慮すれば周辺画質はむしろ良好で、グルグルボケも僅かで済むと思われる
かの有名な3群Sonnarの末裔であることは誰の目にも明らかであろう。光学系の設計図を眺めニヤニヤと過ごす私にはヨダレが出るほど魅力的な構成である。Cardinarシリーズを設計したのはErich Finckeという設計者で特許も出ている(参考文献[1-2])。King of Sonnar同様、新種硝子を導入し、戦前のSonnar 85mm F2を改良、弱点を大幅に克服しているはずだ。こんなレンズが共産圏でちゃっかりと世に送り出されていたのかと思うと、ムラムラと情熱が込み上がってきた。天下のCarl Zeissの名を冠し、非常に魅力的な設計構成を持つ大口径レンズでありながら、今日まで完全にノーマーク。まるで足下をすくわれたかのような悔しい気分にさせられた。このレンズはVEB PENTACON社のPentinaというマイナーなレンズシャッター式一眼レフカメラに搭載する交換レンズとして、1960年から1965年の間に3000本が計画生産された。フランジバックが長いため、どうにかしてやれば物理的には一眼レフカメラにフィットさせることができる。しかし、かなり特殊なマウント規格であり、マウント部の隅には光の漏れ込む穴も空いている。また、絞り羽の開閉もカメラの側から連動ピンで制御するという特殊な機構のため、レンズ側の絞り冠が省かれている。こうした事情により、アダプターによるマウント変換が絶望視されていたのである。現在までの所、デジタルカメラによる作例はWeb上をくまなく探しても見つからない。しかも、一つも見つからないのである。デジタル一眼カメラの時代が到来し10年以上の歳月が経過した。CardinarはZeiss系列のレンズの中で、現在まで全く手つかずのまま取り残されていた、デジタル時代最後の処女峰となるであろう。そこに山があるから登るのさ・・・
どうしても私のデジカメにマウントしてみたい!!!(←誰か!この人、変態です)

気づいたらeBayでポチッと購入していた。どうしましょう。


やけくそ
Zeissの信者でもない私が、どうしてこんな人柱みたいな行為に走らなきゃならんのか自分でも理解に苦しむが、手に入れてしまったのだから改造するしかない。レンズのマウント部を観察していると、改めてアダプターの流用が不可能であることを思い知らされた。こうなったら、マウント部を全て取っ払い、何とかするしかない。以下、手探りによる改造手順だ。
1 ネジ(赤の矢印3か所)を外しマウント部を取っ払う
2  絞りを制御するためのバネを除去する。バネを抑えているネジをドライバーで外せばよい


Cardinarは絞りの開閉制御をカメラの側から行う連動機構を持ち、絞り冠が省かれている。マウント部の近くにはカメラの側から絞り値の情報を伝えるフックがついている。これを取っ払いフックの代わりとなる新たな制御機構を用意する必要がある。さんざん試行錯誤した結果、DKL-M42マウントアダプターを流用するという挑戦的なアイデア(?)を思いついた。 このアダプターは絞り冠を内蔵しており、これに連動させるというアイデアだ。そんなことできるのだろうか・・・。やってみなけりゃわからない。

 市販のステップアップリングを被せ新たなマウントを造る(この部材はヤフオクの八仙堂でしか手に入らない。感謝感謝)
4 絞りを制御するためのコの字型の部材を自作する。部材の丈の寸法は手探りである。この部材は比較的どこにでもある、あるものからの流用である。ネジ穴を3つあけ、タップでネジ切りし、3つのネジ穴にM1.7ネジを装着する(ネジの長さも手探り)。3本のネジには部材の固定を強化する役割と、絞りリングの動きを制限させるという2つの役割を担わせている

DKL-M42マウントアダプタの絞り制御ネジに部材を装着し、緩まないようエポキシ接着剤で仮止めする

6 ステップアップリングで造ったマウントの上からアダプターを固定する。アダプターの装着はネジによる固定が理想だが、私にはこの種の内部構造を持つアダプターにネジ穴を空けるだけの技術がないので、エポキシ合体で済ませた。接着剤の硬化前に芯だしも済ませておく。

7  エポキシが硬化したら絞りの動作確認。うん、いいようだ。うまくいった

8  前玉側の二重リングでヘリコイドずらしを行い無限遠のフォーカスを微調整して完成

以上、手さぐりによる改造だが、思っていた以上にレンズの構造がシンプルだったため、素人の私でも何とかなった。

★参考文献
[1] New Zeiss Photo Lenses from Jena" in "Photography" [Heft 3/1960, S.] 83f.
[2] GDR No.23651 of 17 November 1958

入手の経緯
このレンズは2011年12月にドイツ版ebayを介し、ドレスデンにある写真関係の古物商から送料込みの98ユーロで即決価格にて落札購入した。クリスマスセールとのことで本来110ユーロだったところが値下げされていたのだ。商品の状態は鏡胴が5段階評価の1~2と非常に良く、光学系が1(傷のない極めて良い状態)とのことであった。送料はドイツポストによりたったの9.5ユーロ(950円位)である。届いた品は前玉表面にクリーニングマークが少しと、後玉にもクリーニングマーク1本、中玉最端部にはメンテ時についた汚れのようなものが僅かに見える。描写には影響ないレベルではあるが記述との相違は明らかなので少々ガッカリ。今回は試作用の個体(零号機)なので、まぁ良しとした。
M42改造Cardinar:  フィルター径49mm, 絞り F2.8-F22, 絞り羽 6枚構成,最短撮影距離 1m, 重量(改造後) 268g, 焦点距離85mm, 光学系の構成 3群6枚(Sonnar type)。CardinarブランドはPentina用の85mm F2.8とWerra用の100mm F4の2種のみが存在している

撮影テスト
ここでの作例が恐らくデジタル撮影による本レンズの最初のサンプルとなるであろう。未知の領域への第一歩だ。その前に、戦前から続くSonnar(3群構成)の特徴をまとめておこう。
  1. 空気とガラスの境界が少なく、内面反射光が蓄積しにくい。またコマフレア(サジタルコマ)が発生しにくいことから、コントラストの低下が少なく、発色は鮮やか。
  2. 開放付近での階調描写は軟らかくなだらかに変化する。一方、絞り込むと階調が硬化し、コントラスト主導による鋭いシャープネスが得られる。
  3. 戦前に設計された初期のSonnarは長くライツ社のズミタールと比較され、さんざん欠点が暴露されてきた。概ねズミタールよりも優位な性能であったが、Sonnarには糸巻き状の歪曲収差が発生するという欠点が指摘されている。ただし、あまり気になるほどではない。
  4. イエナ硝子を用いた戦前のSonnar型レンズは補正の難しい特有の球面収差(5次の球面収差)があり、開放ではハロやフレアが顕著に表れていたが、戦後の新硝材を用いた製品には改善がみられ、解像力やヌケの良さが向上している。新硝材を用いながらも、F2.8と控えめな口径比で設計されているCardinarならば全く問題はない。
  5. イエナ硝子を用いた戦前のSonnar 50mm F2には大きな非点収差があり、広角部の画質(解像力と像面の平坦性)が良くないという弱点があったが、戦後の新硝材を用いたSonnarでは大幅に改善している。85mmの控えめな画角設計で造られたCardinarならば、収差の補正効果は非常に高く、四隅まで優れた画質が実現している。
新硝材の導入と設計の改良によって解像力とヌケの良さを改善したものが戦後型Sonnarであり、高いコントラスト性能と鮮やかな発色、開放でのなだらかな階調描写と絞った時の鋭いシャープネス、破綻の少ない安定したボケなど優れた特徴に磨きをかけている。Cardinar 85mm F2.8は戦前から続くSonnar 50mm F2と同一構成の光学系であり、新硝材が使われていることを考慮すると、画角的にも口径比的にも全く無理の無い、非常に余裕のある設計であると判断できる。開放から高描写が期待できそうだ。レンズは口径比だけでみるとF2.8とややおとなしい印象を受けるが、焦点距離が85mmある事を見逃してはならない。50mmの標準レンズ換算にするとF1.65相当とかなりの大口径レンズであり、その分だけボケが大きく表現力は高い。それでは、もう一つの3群Sonnarの末裔、Cardinarの描写をテストしていこう。以下に無補正の作例を示す。

まずはフィルム撮影での作例
Camera: Pentax MX
Film: Fujicolor Superior200 カラーネガ
F2.8 銀塩撮影(Fujicolor Superior200): ありゃりゃ。綺麗に撮れる!とてもシャープなうえにハイライト部のトーン変化が丁寧で美しい。どうやら素晴らしく良く写るレンズのようだ
続いてデジタル撮影
Camera:Nikon D3 digital
Adapter: M42-Nikonアダプター(補正レンズ無し)
F2.8 Nikon D3 digital, AWB:  階調表現が丁寧で、ボケが美しい。やはり非点隔差の補正効果は高いようで、グルグルボケはそれほど深刻化しない。近接撮影でも解像力は十分に高いようだ
F2.8 Nikon D3 digital, AWB: こちらも階調描写がたいへん軟らく、特にシャドー部のトーン変化が素晴らしい
F2.8 Nikon D3 digital, AWB: 開放絞りでも甘い感じにはならず、ピント部の画質はなかなか良さそうだ 
F4.0 Nikon D3 digital, AWB: 絞り冠に精確な絞り指標を記さなかったので、絞り値はおおよその値。他のレンズの羽根の出具合を参考に、だいたいの絞り具合を探り当てている。ボケがとても綺麗だ
F4.0 Nikon D3 digital,AWB, 細かなところまで目を向ける場合には一段絞った当たりからが実用画質という印象だ
F4  Nikon D3 digital, AWB: 透明感のある美しい描写だ
F4 Nikon D3 digital,AWB: 色ののり具合は大変良い
F2.8 Nikon D3 digital, AWB:いかにもオールドツァイスらしく、開放では発色が一層温調になる
F5.6 Nikon D3 digital, AWB: だが、少し絞るとノーマルな発色になるところもツァイスらしく、Flektogonなどと同じ発色傾向だ
F5.6 Nikon D3 digital, AWB: バリ島のウルワツ寺院で突然、サルに背後からメガネを奪われた。すると、すぐに現地の人が現れサルから取り返してくれた。私からはチップを受け取り、サルには褒美の食べ物を与える。こうしてサルを介した一つの経済が成り立っていたのだ。サルも観光客から奪ったものには興味が無く、褒美の食べ物欲しさに物を奪うとのことだ
このレンズの特徴は濃淡のトーンがなだらかに変化し美しい階調描写が得られところだ。ピント部はシャープで発色も鮮やかで申し分ない。面白いレンズを発掘でき今回は大満足である。マウントの改造についても想像していた以上に楽しいことがわかり、これはもう病みつきになるかもしれない。

2012/03/08

Schneider-Kreuznach Xenotar 80mm F2.8
(Compur/Prontar Shutter lens #0 and #1)



1953年(昭和28年)秋、東京大学の小穴純教授は日本光学(現Nikon)のエンジニア渡辺良一氏とともに、前年に発売されたSchneider-Kreuznach(シュナイダー・クロイツナッハ)社の新型レンズXenotar(クセノタール)がマイクロ・フィルミングの用途(新聞や書籍を35mmフィルムに縮写する用途)に適しているかどうかを調べる製品試験に当たっていた。二人はF8に絞ったレンズの描写性能を特殊な装置を用いて分析していた。分析結果を目の前にした二人は、しばらくその場に立ち尽くしていた。Xenotarのとんでもない性能に驚愕していたのである。「このレンズは私が今まで調べたどのレンズよりも優秀だ」。小穴教授はそう言いながら渡辺氏の顔を覗き込むと、渡辺氏は苦笑し、「困ったレンズがでてきたものです」とつぶやいた。


翌年4月、小穴教授は東大の研究室に日本の主要な光学関係者を十数名招き、Xenotarの公開テストを実施した。比較用に国産の銘玉を数本揃え、開発したばかりの試験投影器を用いて、F2.8の開放絞りにおけるレンズの解像力を披露したのである。この試験器は画面中央部から周辺部まで、解像力の画角特性を詳細に検証できるというものであった。テストが始まると見学者達の間にどよめきが沸き起こった。Xenotarはこの公開テストでも国内の最高峰のレンズ達を全く寄せ付けない圧倒的な解像力を示し、その場に居合わせたエンジニア達にドイツレンズの底力を見せつけたのである[注1]。関係者達を震撼させたこの出来事は、後に「クセノタール・ショック(Xenotar SHOCK)」と呼ばれ語り継がれることになる。  


四隅までビシッと写る驚異の5枚玉

PART4: 銘玉XENOTAR(クセノタール/クセノター

前群にガウス、後群にトポゴンの構成を配し、奇跡的にも両レンズの長所を引き出すことに成功した優良混血児をXenotar/Biometar型レンズと呼ぶ。この型のレンズ設計は戦前からCarl Zeissによる特許が存在していたが、製品化され広く知られるようになったのは戦後になってからである。他のレンズ構成では得がたい優れた性能を示したことから一気に流行りだし、東西ドイツをはじめ各国の光学機器メーカーがこぞって同型製品を開発した。この種のレンズに備わった優れた画角特性(周辺画質)と解像力の高さは当時のダブルガウス型レンズの性能を遥かに凌ぎ、テッサーも遠く及ばないと称賛された程である。均一なピント部の画質に加え、広角から望遠まであらゆる画角設計に対応できる万能性、マクロ撮影への優れた適性、一眼レフカメラにも問題なく適合するなど多くの長所が見出され、テッサー、ゾナー、ガウスなど優れた先輩達がしのぎを削る中で大きな存在感を誇示している。

[注1]・・・当時の国産最高峰レンズ(75mm F3.5)の解像力は中心部で1mmあたり80線の微細ストライプを識別できるレベルに到達していた。また、ガウス型レンズについては当時ようやく中央部40線程度の解像力であった。これに対し、XenotarはF2.8という一段分大きな口径比であるにも関わらず、デビュー早々に中央部で180線/mm、周辺部でさえ50線/mmを超える驚異的な解像力をたたき出していた。
左はGaussタイプのBiotar F2, 中央はXenotar F2.8, 右はTopogon F6.3。Xenotarはガウスタイプの前群(緑の着色)とTopogonの後群(赤)を組み合わせたハイブリットレンズである
シリーズ4回目はドイツのSchneiderが1951年から35年以上もの長期に渡り生産していたXenotarである。ドイツ語ではクセノタール、英語ではクセノターと読む。レンズ名の由来は原子番号54のキセノン原子、あるいはこの原子の語源となったギリシャ語の「未知の」を意味するXenosである。このブランドは同社が中・大判カメラ用レンズの主力製品として力を入れ、Rolleiflex用に加え、Linhof-Technika用やSpeed Graphic用にSynchro-Compur/Pronter SVSシャッターモデルなどを生産、少なくとも9種類(75mm F3.5、80mm F2.8、80mmF2、100mm F2.8、100mm F4、105mm F2.8、135mm F3.5、150mm F2.8、210mm F2.8)を市場供給していた。レンズを設計したのは戦後のSchneider社でチーフデザイナーの座についたGünther Klemt(クレムト)で、Xenotar F2.8とF3.5の特許をそれぞれ1952年と1954年に西ドイツ、それらの翌年には米国でも出願している(US Pat.2683398/US Pat.2831395)。Xenotar F2.8は1952年から量産が始まり、はじめは焦点距離80mmの製品が二眼レフカメラのRolleiflex用に市場供給された。また、1956年には廉価版のXenotar 75mm F3.5も追加供給されている。KlemtはXenotarの他にもSuper Angulonを設計(1957年)、また公式な特許記録は見つからないがKodak Retina用に開発された戦後型のXenonシリーズ(Xenon/Curtar Xenon/Longer Xenon)についても彼が手がけた可能性が高いと言われている(A Lens Collector's Vade Mecum参照)。
今回入手した3本のXenotar 80mm f2.8はシュナイダー社が中判カメラ向けの交換レンズとして供給した大口径中望遠レンズである。この内の2本はフォーカルブレーン・シャッター方式を採用したカメラの交換レンズとして1958年に製造された銀鏡胴モデル(0番シャッター準拠)と1970年に製造された黒鏡胴モデル(1番シャッター準拠)、残る1本はレンズ・シャッター方式を採用したカメラの交換レンズとして1961年に製造されたシャッターユニット搭載モデル(Synchro-Compur 0番シャッター)となっている。製品のシリアル番号からシュナイダーの製造台帳を辿ると、銀鏡胴モデルとシャッター搭載モデルの2種についてはPRONTER SVSシャターに準拠した製品と記録されている。しかし、入手したシャッター搭載モデルには上位のコンパーシャッターが付いているため、製造台帳の記録は厳密ではないようだ。レンズは口径比だけでみるとF2.8とややおとなしい印象を受けるが、焦点距離が80mmある事を見逃してはならない。50mmの標準レンズ換算にするとF1.75相当とかなりの大口径レンズであり、その分だけボケが大きく表現力は高い。3本のレンズのうち比較的初期に生産された銀鏡胴モデルとシャッター搭載モデルの2本には中玉の多くにアンバー色のコーティングが用いられている。アンバーコーティングの導入はXenotarで使用された重金属入りの高級硝材がシアン系の光を透過させにくい性質を持つことに対応するもので、これによるカラーバランスの偏りを補正するために必要な措置であった。一方、1970年に製造された黒鏡胴モデルではアンバーコーティングの多くがマゼンダコーティングに置き換えられている。こうしたコーティングの変遷はシュナイダーの製品に限らず、ツァイスやロシア系レンズにも多く見られる傾向であり、個々のレンズの発色特性に大きく関係している。感触としてはアンバーコーティングを多用した古いレンズの方が青転びや黄色被りなどの発生が顕著で描写が安定しないものの、意外性に富み味わい深い発色が得られている。硝材の進歩とともにシアン光の透過率が向上し、これに合わせてコーティング色も変わっていったのであろう。初期の2本のXenotarがカラーバランスにやや不安定な性質を抱えているのに対し、黒鏡胴モデルはカラーバランスが常に安定しており優等生。オールドレンズ・フリークにおすすめしたいのは、もちろん初期の2本だ。
Xenotarには現代のガウス型レンズのような画面中央部の突出した解像力はないが、そのかわりに四隅まで解像力の落ちない優れた画角特性が備わっている。こういうのを均一性の高い画質とい呼ぶらしい。インターネット上にはXenotarで撮影した作例が数多く公開されている。その中には妙な迫力を感じるものが少なくない。その多くに共通する構図はメインの被写体をアップで撮るというものであり、ハッとするほどシャープな被写体が四隅いっぱいの大きさで広がり、背景のボケが生み出す立体感とともに、言葉にはできない圧倒的な迫力を生み出している。母親のTopogonから受け継いだ端正で高均一な描写特性と、父親のGaussから受け継いだ立体感に富む表現力を高水準で両立させた混血児Xenotarならではの描写表現といえるだろう。
 
Großes Fabrikationsbuch,
Schneider-Kreuznach band I-II,
Hartmut Thiele 2008
プロトタイプの登場
Xenotarは1951年に最初の試作レンズが造られた。Schneider社の生産台帳によると、その第一号は1951年8月に登場した4本のマスターレンズで、焦点距離は80mm、開放絞りはF2.8であった。このモデルは翌年から二眼レフカメラのRolleiflex用として量産が始まっている。続く1951年10月には105mm F2.8のマスターレンズが3本、11月には50mm F2.8が4本、翌1952年1月には150mm F2.8が16本、1952年4月には40mm F2.8のRobot用が5本、翌1953年1月には60mm F2.8が4本試作されている。1953年10月になると105mm F2.8の量産が開始され、続いて1954年2月には75mm F3.5のプロトタイプが4本、1955年5月には85mm F2.8が3本と135mm F3.5が4本試作されている。1956年8月になると75mm F3.5の量産が開始され、Rolleiflex用として市場供給されている。さらに、翌1957年3月には105mm F3のマスターレンズが4本試作されている。全てフォローしきれていないが、他には100mm F2.8や210mm F2.8、100mm F4なども市場供給されていた。また、Roleiflex 6000シリーズ用には80mm F2まで大口径化されたXenotarも販売されていた。しかし、こちらは5群7枚構成であり旧来のXenotar /Biometarタイプではない。なお、上記の試作品のうち40mm, 50mm, 60mm, 85mm, 105mm(F3)の5つのモデルは市場供給されていない。これらの情報はSchneider社の生産台帳(右の写真)に掲載されている。全ての情報を拾いきるのは大変な作業。私は途中で放棄し、おやつに走った。

 
入手の経緯
2011年夏、欧米の金融不安により円の為替レートは空前の1ドル78円まで上昇し、eBayでお買い物をするチャンスが到来していた。シンクロコンパーシャッターのXenotarは同年7月にeBayを介して米国カリフォルニアのSouthside Cameraから510ドルで落札購入した。送料込みの総額は総額542ドルである。この店は最近店舗を閉じeBayでのオンライン取引のみに移行したとのことだ。
Xenotar 80mm F2.8(Compur model): Synchro-Compur-P #0(M32.5マウント), S/N:73*****(1961年に製造された210ロットの中の1本), フィルター径 40.5mm, 絞り羽数 10枚, 絞り値 F2.8-F22( 手動絞り機構), 重量(実測)204g, レンズ構成 4群5枚, 焦点距離80mm, シャッターユニットは高級なSynchro-Compur 5枚羽シャッターで最高速度は何と1/500秒と高性能だ




オークションの解説は、「ガラスには全く問題がなく、クモリ、傷、カビ、バルサム切れ、吹き傷またはクリーニングマークはない。ほこりは少しある。絞り羽根は綺麗。シャッターは正常・精確に作動する。写真を細部まで注意深く確認してくれ。コンディションはVery Fine。8.9/10ポイント(この業者はMINTが9ポイントでオールドストックが10ポイントとの表記)。」とのこと。写真を見る限り外観は綺麗で合格で、硝子表面の状態もよさそうである。届いた商品には解説どうりにホコリのようなものがあり、中玉に1箇所、針の先でつついたレベルのコーティング剥離か気泡のようなものがあった。おそらく商品の評価を9ポイントにしなかったのはこの部分を考慮したのであろう。早速、メンテ業者に持ち込み清掃をお願いした。ところが2週間後に清掃からもどると、メンテ業者からショッキングな宣告をされた。ホコリかと思っていたものは実は薄いクモリであるというのだ。返品しようにも手を加えてしまったのでどうしようもない。トホホ・・・。仕方なく山崎光学写真レンズ研究所に持ち込み本格的に修理することとなった。思わぬ出費である。山崎さんにお世話になるのは、これで通算4回目だ。
     続いて黒鏡胴モデル(Black model)は2011年10月にeBayを介し米国アトランタのクオリティカメラ(取引件数10000万件弱、ポジティブフィードバック99.8%)から落札購入した。オークションは499ドルの価格でスタートしたが、私以外に入札があったのは1件のみで難なく競り落とせた。送料込みの総額は534ドルである。
Xenotar 80mm F2.8(Black model): Compur #1(M39マウント/ネジピッチ0.75mm), 重量(実測)184g, S/N:115***** (1970年に製造された157ロットの中の1本), フィルター径 49mm, 絞り羽 19枚, 絞り値 F2.8-F22(手動絞り機構), 光学系構成 4群5枚, 焦点距離80mm, 絞り指標の数字が天地反転しており、引き伸ばし用レンズのようにも見えるが、シュナイダー製レンズにはExaktaマウント用レンズにしろLinhof-Technika用レンズにしろ、理由はわからないが、一般撮影用レンズにおいて表記が反転しているものを多く見かける。レンズは米国の中古市場に多く出回っているので、おそらくフォーカルブレーンシャッターを持つフォールディングカメラ(Baby Speed Graphic等)に搭載され使用されていたのであろう
商品の解説は「状態の良い伝説のクセノタール。ローライフレックスに搭載されているものと同じだ。多くの人はクセノタールがツァイスのプラナーよりも優れていると信じている。ガラスは美しく、非常にクリアで、カビ、拭き傷、クモリ、コーティングの劣化等は無い。19枚の絞り羽根は綺麗でスムーズかつパーフェクトに作動し美しいボケを形成する。1970年に生産された1本で、非常にレアなタイプである。シュナイダーのオリジナル前後キャップがつく。コレクションにピッタリだ。」とのこと。レンズは落札から1週間後に届いた。小包を開け取り出すと、何と後玉に黒い何かでなすりつけられた様な跡がある。それが傷なのか付着物なのか判らなかったが、当然ながらの返品である。業者に返品の連絡をとる際、マクロ撮影した後玉の写真を見せたところ、「ショックだ。このレンズはあなたに発送する前に何人かが閲覧した。その際についた傷なのかもしれない。本当にすまない。送り返してくれ。返金する。」と返事が来た。「このレンズはなかなか手に入らない品だ。私も非常にショックだ。」と私からも返した。1週間後、返送したレンズを受け取った業者から再び連絡があり「私たちのメンテ業者に清掃を依頼したところ、後玉に傷のように見えた個所は粘着性の固形物が不着していただけで、丁寧にクリーニングしたところ完全に除去できた。除去跡はなく大変きれいだ。完全に改善したので望むなら無料で再送する。」と返してきた。こうして、このレンズは太平洋を1往復半し再び私の手に帰った。もちろん後玉の粘着物は綺麗に取り除かれクリーニングマークすらなく、すっかり綺麗になっていた。
最後の銀鏡胴モデル(Silver Model)は2011年11月に米国ラスベガスの古物商がeBayにジャンク品として出品していたもを激安価格で入手した。出品タイトルには「Schneiderのレンズ」とあるだけで、Xenotarとは一言も記していない。掲載されている写真を拡大し目を凝らしてみると、フィルター枠には確かにXenotarと書いてある。オークションの解説は「素人なので、詳しいことはわからない。国内(米国)のみへの発送」とあるだけなので、出品者に日本への発送を交渉しOKのサインをもらっておいた。高価なレンズであることに出品者はおろか誰も気づかなかったようで、他の入札も無いまま開始価格で私のものとなった。10日後に届いた商品を見てビックリ仰天。これで本当に中判カメラ用なのかと目を疑いたくなるほどメチャクチャ小さいのである。ここまで鏡胴が細くできたのは絞り羽の構成枚数が19枚と非常に多かったためであろう。
Xenotar 80mm F2.8(Silver model): Compur #0(M32.5マウント), S/N:56*****(1958年に製造された98ロットの中の1本), フィルター径 40.5mm, 絞り羽数 19枚, 絞り値 F2.8-F22(手動絞り機構), レンズ構成 4群5枚, 焦点距離80mm, 重量(実測) 240g
このレンズは前玉の外表面に重度のヤケがあり、後群にも1カ所だけカビ跡があったため山崎光学写真レンズ研究所で大修理をうけることとなった。修理を依頼するために山崎光学を訪ねた際、山崎さんと少しお話をする機会が得られた。何故かそこでズミクロンの話題になったのだが、その途端に山崎さんと意気投合し、そこから30分もの間、ズミクロンの設計に関するディープな特別講義をマンツーマンで受けてしまった。山崎さんのお話はご自身の思想や豊かな経験に基づく魅力溢れる内容で、何を尋ねても意味のある返答が帰ってくる。しかも、語りっぷりが見事なのだ。こんな講義をタダで受けられるなんて、こりゃラッキー。山崎さんからはレンズに関する貴重な資料のコピーを手土産にと持たされ、その日はいろいろ収穫のある一日であった。さて、修理から戻ったXenotarであるが、前玉は研磨と再コーティングで改善し、後玉のカビ跡も特製のカビ取り剤を用いて見事に改善、実力を引き出せるレベルを取り戻していた。
XenotarはRolleiFlex用に市場供給されたものが多く、単体で中古市場に出てくることは少ない。今回手に入れた3本のレンズともeBayでの相場は500~750ドル程度である。ただし、Linhof-Technika用のXenotarだけは大判用のためであろうか、相場価格が少し高く、1000~1500ドルで取引されている。また、今回は入手しなかったのだが、ガラス面にマルチコーティング処理が施されたExakta66用(ペンタコンシックスマウント)とRoleiflex 6000シリーズ用のモデル(80mm F2.8)もあり、中古相場は前者が800~1100ドル、後者は1200~1500ドル程度となっている。
 
M42ヘリコイドユニットへの搭載
シャッター用レンズは一般にヘリコイド(光学部の繰り出し機構)が省かれており、一眼レフカメラやミラーレス機の交換レンズとして用いるには改造が必要となる。一番簡単な改造は、別途単品で用意したM42ヘリコイドユニットに装着する方法であろう。


M39-M42アダプターリング(赤の矢印)を介してヘリコイドユニットにマウントしたものが右側の完成品。このアダプターリングはeBayで5ドル程度(送料込)で売られている
黒鏡胴モデルはマウント部がコンパー1番シャッター(Synchro-Compur #0)に準拠したM39スクリューネジ(ネジピッチ0.75mm)となっており、M39-M42変換リング(写真の赤矢印)を介してヘリコイドユニットへと装着することができる。ただし、一般的なM39マウントとはネジピッチが異なるため、変換リングをねじ込むことができるのは7割程度の位置までである。かなり強引な装着法ではあるが、しっかりとはまるので、強度的には問題ない印象だ。一方、銀鏡胴モデルとシンクロコンパーモデルの2種はマウントネジが0番シャッター(Synchro-Compur #0)に準拠したM32.5のスクリューネジとなっており、そのままではヘリコイドユニットに装着できない。いろいろ試行錯誤した結果、レンズに付属しているボード装着用リングを用いてM42マウント化できることがわかった。下の写真のようにM39-M42変換リングをレンズのマウント部と装着用リングの間に挟んで固定するのである。都合良く変換リングの内枠に装着用リングがピッタリとはまり動かない。Yes We Can!
 

ただし、この方法による改造はマウント部の耐久性に若干の不安が残るので、心配ならば改造店などに持ち込み、きちんと改造してもらった方が良い。私にはこれで充分だ。
こうして、大がかりな改造もなく3本のレンズをM42ヘリコイドユニットへと装着することができた。ちなみに私が入手したヘリコイドユニットは最近発売されたばかりの中国製の高伸張タイプで、eBayでは常時売られているアイテムだ。フォーカスはややオーバーインフ気味になるものの、スペーサーをはめて調整すればピッタリ無限遠点に合わせることもできる。また、M42-Nikonアダプターを介してNikonの一眼レフカメラに装着する場合にも、補正レンズなしで無限遠のフォーカスを拾うことができる。フルサイズ機でもミラー干渉はない。ちなみにRolleiflex用のXenotarはレンズを取り出した後にシャッターを分解し取り除く必要があり、改造の難易度はやや高そうである(thanks to adequate information from Mr Kitaguni)。
Sony A7への装着例。ミラーレス機で使用する場合にはヘリコイド鏡胴の側面での反射がハレーションを引き起こす可能性があるため、対策には万全を期すのがよい。写真のように一回り太いM52-M42ヘリコイドを用いたり、ステップダウンリングでイメージサークルを必要最低限の大きさにトリミングしておくと効果的である



Bronica-M42マウントアダプターを介してXenotarをBronica S2にマウントした。80mmのXenotarではレンズをカメラの内部に沈胴させるなど特別なことをしない限り無限遠のフォーカスを拾うことはできない。ここではマクロ域の撮影結果のみをお見せする

撮影テスト
Xenotarは高解像で硬諧調な設計理念を徹底的に追及したレンズである。解像力では銘玉Summicronと肩を並べ、キレのある描写は現代のレンズと比べても全く見劣りしない高い水準にある。コントラストはモノコート時代のレンズということで決して高くはないが、暗部には驚くほど締まりがあり、硬質感のある鋭い階調表現は鷲の目と呼ばれたテッサーを彷彿させる。キレと鋭さの相乗効果を意味するシャープネス(解像力×諧調の鋭さ)は極めて高いレベルに達している。大口径レンズにしては光学系のバランスが比較的良く、高分散・低屈折率の高級硝材がふんだんに使われていることもあり、非点収差が良好に補正されている。このため、ピント部は四隅までビシッとシャープで像面湾曲も殆どない。アウトフォーカス部もグルグルボケや放射ボケは極僅かに発生するレベルまで抑えられている。どういう原理かは知らないが、このレンズにはコマフレアが殆ど出ずヌケが良い。コマフレアの特効薬と言えば、真っ先に思い浮かぶのは空気レンズである。ある本ではXenotarがズバリ空気レンズの効果を取り入れていると解説している。しかし、光学系図の一体どこに空気レンズがあるのか私には一見しただけでは判断できない。球面収差の補正は開放絞りからスッキリとシャープに写る完全補正型である(ただし完璧な完全補正レンズは存在しないので、厳密には僅かに過剰補正になっている)。開放からみられるフォーカス部のキレをうまく生かせば、後ボケとの相乗効果により、狙った被写体だけをフッと浮かび上がらせ立体的に見せることができる。ピント部の細かいところに目を運ぶと、大抵のオールドレンズではモヤモヤとソフトな像になるが、Xenotarでは質感がキッチリと保たれ、髪の毛の1本1本、衣服に付着した糸くずなど細部に至るまでギッシリと高密度に描ききっている。ただし、階調表現は鋭く硬質感が漂うため、女性のポートレートなど柔らかさが求められるケースには向かず、男性のゴツゴツとした肌や建築物、ブツ撮りなど細部の質感が求められるケースに適している。後ボケは硬いが完全補正型のためか目障りな乱れ方にはならない。注目すべきは近接撮影時のボケ味であり、ガウス型レンズとは異質の独特なボケ方を示す。ガウス型レンズでは像の輪郭が拡散するように柔らかく、なだらかにボケるが、Xenotarでは像が崩れずに形を保ちながらユラユラとゆらめくように見えるのだ。ちょうど水面から浅い水底を眺るときのような光景だ。発色はやや青が強く、シュナイダー製レンズに特有のクールトーン調である。この性質は前期型の2本(シルバーモデルとシャッター搭載モデル)において特に顕著に表れるようで、シャドー部、夕刻など低照度の条件下、逆光撮影などでは青みが特に増す。この種の青は肌の色再現に素晴らしい効果を生むときもあれば、血色の無い冷たい色となることもある。官能的な表現、病的な美しさなどに通じており、玄人受けする発色特性といえるだろう。また、ときどき黄色被りを起こすこともあり描写には不安定な面白さがある。後期型の黒鏡胴モデルは発色が比較的安定しており前期モデルの2製品よりも色再現性は高い。
Xenotarの描写設計には万人受けする柔らかな階調を徹底排除したある種の潔さ、あれもこれもと欲張らず一つの特徴を究極まで高めた強くたくましい根性を感じる。戦後のドイツの光学産業が持てる技術の粋を集め造り上げた傑作レンズの一つであることに違いはない。
 
中判銀塩撮影
camrea: Bronica S2, film: Fujifilm Pro160NS and Kodak Portra 400
 
F5.6(銀塩), Fujifilm Pro160NS(6x6)+Bronica S2:条件の厳しいマクロ域での撮影にもかかわらず、ピント部・背後ともに安定感のある写りである
F5.6(銀塩), Fujifilm Pro160NS(6x6)+Bronica S2:銀塩ネガ・フィルムとの愛称はとても良く、やや青みののった上品な発色となっている
F2.8(銀塩), Fujifilm Pro160NS(6x6)+Bronica S2:開放から全く隙の無い写りだ
F8(銀塩), Kodak Portra 400(6x6)+Bronica S2:近接域に限定した撮影なので収差変動の結果からボケ味はどの作例でも柔らかいが、ポートレート域ではもう少しザワザワするものと思われる
35mm版カメラ
銀塩ファイル無撮影 camera: Pentax MX/MZ-3, film: Fujifilm Superior 200 and SuperPremium400, Kodak Pro XL100

デジタル撮影 camera: Nikon D3, Sony A7
 
F5.6 Black model,銀塩撮影(Fujicolor Superior 200, pentax MX) :  こういう具合に被写体をアップで撮影するのがオススメだ。本当はパパイヤ鈴木さんのようなアフロヘアの人物を撮りたかった

F4, シャッター搭載モデル(compur-shutter model), Nikon D3 digital, AWB: こんどはデジタル撮影。現代のレンズによくあるコテコテとした発色に浸っていると、時々こういうあっさりとした発色に心地よい感触を覚える。解像力も十分で一段絞るだけで衣類の質感やホコリなどが細部までしっかりと描写されている。被写体は義妹と婆ちゃん



F8, シャッター搭載モデル(Comppur shutter model), 銀塩撮影(Fujifilm SuperPremium 400, Pentax MZ-3): レンズはモノコート仕様なのでコントラストは決して高くないが、それでも暗部が浮き上がることなく、シャドー部に向かって階調がストンと落ちてゆく傾向がある。曇天時の撮影ではシュナイダー製レンズらしいクールトーンな発色となっている
F8, silver-model, 銀塩撮影(Kodak Pro XL100)  このとおり隅々までバキバキの解像力だ。この作例では発色が少し黄色に転んでいる

F8, Sony A7(AWB), ロマネスコというローマのカリフラワ種で味はブロッコリーに近い

F8, Black model, sony A7(AWB): シュナイダーのレンズは青黄色系統のバランスが他のメーカーのレンズに比べ転びやすいのが特徴で、光の当たり方で発色が大分違って見える





F5.6, Xenotar Black Model 銀塩撮影(Fujicolor Superior 200, pentax MX) 黒潰れは避けられているが、やはりシャドー部に向かって階調がストンと落ちる感じだ
左 F2.8(開放)/右 F5.6, silver model,  銀塩撮影(Fujicolor Superior 200, pentax MX) このレンズは収差の補正が完全補正型であり、ご覧の通り開放絞りからトップギアが入っている。開放でもピント部には充分な解像力があり、暗部には締まりがある
F2.8(開放) Black model, sony A7(AWB), 開放でのショットも一枚入れておく。やはりボケに特徴がある

F2.8, Black model, Nikon D3 digital, AWB: 近接撮影時のボケには大きな特徴があり、アウトフォーカス部の像が形を崩すことなくユラユラと見える。これもXenotarらしい描写表現である。点光源が青っぽくなるのは、このレンズにはよくあること。作例は人面果実

クセノタールらしさを表現するキーワードはズバリ「色」「ボケ味」だ!
Xenotarがいかにシャープなレンズと言えども、コンピュータで設計された現代のレンズを基準に考えれば平凡なものである。このレンズの価値は失われてしまったのであろうか。
そんな事は無い。デビュー当初は圧倒的なシャープネスで中判界に君臨していたが、年を重ねるうちに他のオールドレンズ同様、味のある発色特性で勝負のできる「変化球」を身につけた。今更こんな切り出し方をするのも変な展開であるが、このレンズの描写の真の特徴は「色」なのではないだろうか。オールドレンズらしい味のある発色特性を備え、ここまでシャープに写る製品が、現代のレンズも含め他にあるだろうか。少し描写の傾向は異なるが、ズミクロンはそれに近い系統なのであろう。近接撮影でのユラユラとしたボケ味もXenotarならではの特徴であり、ガウス型レンズ全盛の現代では得ることのできない描写表現の一つといえるだろう。そして、何よりも大切なのは、このレンズが日本の光学機器メーカーを驚愕させ、日本のカメラ産業は世界一だなどと浮かれる技術者達の鼻をへし折った「銘玉」であるということだ。私にはこれだけ揃えば切り札としては充分。性能では表しきれない計り知れないものを背負い、ユーザーに揺るぎない自信を与えてくれるオールドレンズ・クセノタール。写真の良し悪しを左右するのはレンズではなく人なのだと、最後にそっと教えてくれる素晴らしいレンズなのだ。