おしらせ


2012/03/15

Carl Zeiss Jena Cardinar 85mm F2.8 M42改(converted from Pentina mount)

悩ましいPentinaマウント
デジタル時代の未踏峰
Zeiss Jenaでも造られていたゾナー85mmの末裔
Carl Zeiss Jena Cardinar 85mm F2.8
Zeiss Ikon社のルードビッヒ・ベルテレが戦前に発明したSonnar(ゾナー)は、コーティング技術が実用化されていなかった時代に空気境界面を徹底的に減らすことで、内面反射光の蓄積を抑え、高コントラストな画像を得ることを可能にした画期的なレンズであった。レンズの光学系は貼り合わせ面を多く持つのが特徴で、トリプレットを設計の原点に据え、僅か3群の光学構成を貫きながら大口径を実現している。数あるSonnarシリーズの中でも旧西ドイツのCarl Zeissが戦後に開発した85mm F2のタイプはベルテレのオリジナル設計であるContax用Sonnarの流れを汲み、戦後の一眼レフカメラの時代にも生き残った特別な存在で、同シリーズの中で最大の口径サイズを誇るKing of Sonnar(キング・オブ・ゾナー)といった位置づけである。このレンズは1958年に登場した旧西独Zeiss Ikon社の超高級一眼レフカメラであるContarex(コンタレックス)に搭載されている。高いコントラスト性能と鮮やかな発色、バランスの良い設計構成から生み出される美しいボケなど、Sonnar 85mmは非常に優れた描写力を持つことで知られる。このContarex用Sonnarに兄弟レンズがあることを知る人は、Zeissのマニアにも数少ないのではないだろうか。旧東ドイツに拠点を構えていたもう一つのZeiss(人民公社Carl Zeiss Jena)が1960年に世に送り出したCardinar 85mm F2.8である。まずはレンズの構成図を見ていただきたい。
Cardinar 85mm F2.8の光学系: 「東ドイツカメラの全貌」(朝日ソノラマ)に掲載されていた構成図をトレーススケッチした。構成は3群6枚となる。空気と硝子の境界面が少なく、内面反射光が蓄積しにくい優れた設計を持つ。コントラスト性能で押しまくる、ガツンとインパクトのあるシャープネスが期待できそうだ。凹レンズと凸レンズの構成比は2:4で凸が過多となり、一見バランスが大きく崩れているようにも見えるが、3枚接合の中央部のエレメントには低屈折率の硝子が用いられバランスを改善させる働きがあるので実質的なバランスはこれよりも良いはずで、凸レンズに高屈折率のランタン系新種ガラスを用いれば非点収差はそれほど深刻にはならないと思われる(レンズに貼り合わせ面がある場合のペッツバール和は、どうやってもとめるのだろう?)。85mmの長焦点レンズであることを考慮すれば周辺画質はむしろ良好で、グルグルボケも僅かで済むと思われる
かの有名な3群Sonnarの末裔であることは誰の目にも明らかであろう。光学系の設計図を眺めニヤニヤと過ごす私にはヨダレが出るほど魅力的な構成である。Cardinarシリーズを設計したのはErich Finckeという設計者で特許も出ている(参考文献[1-2])。King of Sonnar同様、新種硝子を導入し、戦前のSonnar 85mm F2を改良、弱点を大幅に克服しているはずだ。こんなレンズが共産圏でちゃっかりと世に送り出されていたのかと思うと、ムラムラと情熱が込み上がってきた。天下のCarl Zeissの名を冠し、非常に魅力的な設計構成を持つ大口径レンズでありながら、今日まで完全にノーマーク。まるで足下をすくわれたかのような悔しい気分にさせられた。このレンズはVEB PENTACON社のPentinaというマイナーなレンズシャッター式一眼レフカメラに搭載する交換レンズとして、1960年から1965年の間に3000本が計画生産された。フランジバックが長いため、どうにかしてやれば物理的には一眼レフカメラにフィットさせることができる。しかし、かなり特殊なマウント規格であり、マウント部の隅には光の漏れ込む穴も空いている。また、絞り羽の開閉もカメラの側から連動ピンで制御するという特殊な機構のため、レンズ側の絞り冠が省かれている。こうした事情により、アダプターによるマウント変換が絶望視されていたのである。現在までの所、デジタルカメラによる作例はWeb上をくまなく探しても見つからない。しかも、一つも見つからないのである。デジタル一眼カメラの時代が到来し10年以上の歳月が経過した。CardinarはZeiss系列のレンズの中で、現在まで全く手つかずのまま取り残されていた、デジタル時代最後の処女峰となるであろう。そこに山があるから登るのさ・・・
どうしても私のデジカメにマウントしてみたい!!!(←誰か!この人、変態です)

気づいたらeBayでポチッと購入していた。どうしましょう。


やけくそ
Zeissの信者でもない私が、どうしてこんな人柱みたいな行為に走らなきゃならんのか自分でも理解に苦しむが、手に入れてしまったのだから改造するしかない。レンズのマウント部を観察していると、改めてアダプターの流用が不可能であることを思い知らされた。こうなったら、マウント部を全て取っ払い、何とかするしかない。以下、手探りによる改造手順だ。
1 ネジ(赤の矢印3か所)を外しマウント部を取っ払う
2  絞りを制御するためのバネを除去する。バネを抑えているネジをドライバーで外せばよい


Cardinarは絞りの開閉制御をカメラの側から行う連動機構を持ち、絞り冠が省かれている。マウント部の近くにはカメラの側から絞り値の情報を伝えるフックがついている。これを取っ払いフックの代わりとなる新たな制御機構を用意する必要がある。さんざん試行錯誤した結果、DKL-M42マウントアダプターを流用するという挑戦的なアイデア(?)を思いついた。 このアダプターは絞り冠を内蔵しており、これに連動させるというアイデアだ。そんなことできるのだろうか・・・。やってみなけりゃわからない。

 市販のステップアップリングを被せ新たなマウントを造る(この部材はヤフオクの八仙堂でしか手に入らない。感謝感謝)
4 絞りを制御するためのコの字型の部材を自作する。部材の丈の寸法は手探りである。この部材は比較的どこにでもある、あるものからの流用である。ネジ穴を3つあけ、タップでネジ切りし、3つのネジ穴にM1.7ネジを装着する(ネジの長さも手探り)。3本のネジには部材の固定を強化する役割と、絞りリングの動きを制限させるという2つの役割を担わせている

DKL-M42マウントアダプタの絞り制御ネジに部材を装着し、緩まないようエポキシ接着剤で仮止めする

6 ステップアップリングで造ったマウントの上からアダプターを固定する。アダプターの装着はネジによる固定が理想だが、私にはこの種の内部構造を持つアダプターにネジ穴を空けるだけの技術がないので、エポキシ合体で済ませた。接着剤の硬化前に芯だしも済ませておく。

7  エポキシが硬化したら絞りの動作確認。うん、いいようだ。うまくいった

8  前玉側の二重リングでヘリコイドずらしを行い無限遠のフォーカスを微調整して完成

以上、手さぐりによる改造だが、思っていた以上にレンズの構造がシンプルだったため、素人の私でも何とかなった。

★参考文献
[1] New Zeiss Photo Lenses from Jena" in "Photography" [Heft 3/1960, S.] 83f.
[2] GDR No.23651 of 17 November 1958

入手の経緯
このレンズは2011年12月にドイツ版ebayを介し、ドレスデンにある写真関係の古物商から送料込みの98ユーロで即決価格にて落札購入した。クリスマスセールとのことで本来110ユーロだったところが値下げされていたのだ。商品の状態は鏡胴が5段階評価の1~2と非常に良く、光学系が1(傷のない極めて良い状態)とのことであった。送料はドイツポストによりたったの9.5ユーロ(950円位)である。届いた品は前玉表面にクリーニングマークが少しと、後玉にもクリーニングマーク1本、中玉最端部にはメンテ時についた汚れのようなものが僅かに見える。描写には影響ないレベルではあるが記述との相違は明らかなので少々ガッカリ。今回は試作用の個体(零号機)なので、まぁ良しとした。
M42改造Cardinar:  フィルター径49mm, 絞り F2.8-F22, 絞り羽 6枚構成,最短撮影距離 1m, 重量(改造後) 268g, 焦点距離85mm, 光学系の構成 3群6枚(Sonnar type)。CardinarブランドはPentina用の85mm F2.8とWerra用の100mm F4の2種のみが存在している

撮影テスト
ここでの作例が恐らくデジタル撮影による本レンズの最初のサンプルとなるであろう。未知の領域への第一歩だ。その前に、戦前から続くSonnar(3群構成)の特徴をまとめておこう。
  1. 空気とガラスの境界が少なく、内面反射光が蓄積しにくい。またコマフレア(サジタルコマ)が発生しにくいことから、コントラストの低下が少なく、発色は鮮やか。
  2. 開放付近での階調描写は軟らかくなだらかに変化する。一方、絞り込むと階調が硬化し、コントラスト主導による鋭いシャープネスが得られる。
  3. 戦前に設計された初期のSonnarは長くライツ社のズミタールと比較され、さんざん欠点が暴露されてきた。概ねズミタールよりも優位な性能であったが、Sonnarには糸巻き状の歪曲収差が発生するという欠点が指摘されている。ただし、あまり気になるほどではない。
  4. イエナ硝子を用いた戦前のSonnar型レンズは補正の難しい特有の球面収差(5次の球面収差)があり、開放ではハロやフレアが顕著に表れていたが、戦後の新硝材を用いた製品には改善がみられ、解像力やヌケの良さが向上している。新硝材を用いながらも、F2.8と控えめな口径比で設計されているCardinarならば全く問題はない。
  5. イエナ硝子を用いた戦前のSonnar 50mm F2には大きな非点収差があり、広角部の画質(解像力と像面の平坦性)が良くないという弱点があったが、戦後の新硝材を用いたSonnarでは大幅に改善している。85mmの控えめな画角設計で造られたCardinarならば、収差の補正効果は非常に高く、四隅まで優れた画質が実現している。
新硝材の導入と設計の改良によって解像力とヌケの良さを改善したものが戦後型Sonnarであり、高いコントラスト性能と鮮やかな発色、開放でのなだらかな階調描写と絞った時の鋭いシャープネス、破綻の少ない安定したボケなど優れた特徴に磨きをかけている。Cardinar 85mm F2.8は戦前から続くSonnar 50mm F2と同一構成の光学系であり、新硝材が使われていることを考慮すると、画角的にも口径比的にも全く無理の無い、非常に余裕のある設計であると判断できる。開放から高描写が期待できそうだ。レンズは口径比だけでみるとF2.8とややおとなしい印象を受けるが、焦点距離が85mmある事を見逃してはならない。50mmの標準レンズ換算にするとF1.65相当とかなりの大口径レンズであり、その分だけボケが大きく表現力は高い。それでは、もう一つの3群Sonnarの末裔、Cardinarの描写をテストしていこう。以下に無補正の作例を示す。

まずはフィルム撮影での作例
Camera: Pentax MX
Film: Fujicolor Superior200 カラーネガ
F2.8 銀塩撮影(Fujicolor Superior200): ありゃりゃ。綺麗に撮れる!とてもシャープなうえにハイライト部のトーン変化が丁寧で美しい。どうやら素晴らしく良く写るレンズのようだ
続いてデジタル撮影
Camera:Nikon D3 digital
Adapter: M42-Nikonアダプター(補正レンズ無し)
F2.8 Nikon D3 digital, AWB:  階調表現が丁寧で、ボケが美しい。やはり非点隔差の補正効果は高いようで、グルグルボケはそれほど深刻化しない。近接撮影でも解像力は十分に高いようだ
F2.8 Nikon D3 digital, AWB: こちらも階調描写がたいへん軟らく、特にシャドー部のトーン変化が素晴らしい
F2.8 Nikon D3 digital, AWB: 開放絞りでも甘い感じにはならず、ピント部の画質はなかなか良さそうだ 
F4.0 Nikon D3 digital, AWB: 絞り冠に精確な絞り指標を記さなかったので、絞り値はおおよその値。他のレンズの羽根の出具合を参考に、だいたいの絞り具合を探り当てている。ボケがとても綺麗だ
F4.0 Nikon D3 digital,AWB, 細かなところまで目を向ける場合には一段絞った当たりからが実用画質という印象だ
F4  Nikon D3 digital, AWB: 透明感のある美しい描写だ
F4 Nikon D3 digital,AWB: 色ののり具合は大変良い
F2.8 Nikon D3 digital, AWB:いかにもオールドツァイスらしく、開放では発色が一層温調になる
F5.6 Nikon D3 digital, AWB: だが、少し絞るとノーマルな発色になるところもツァイスらしく、Flektogonなどと同じ発色傾向だ
F5.6 Nikon D3 digital, AWB: バリ島のウルワツ寺院で突然、サルに背後からメガネを奪われた。すると、すぐに現地の人が現れサルから取り返してくれた。私からはチップを受け取り、サルには褒美の食べ物を与える。こうしてサルを介した一つの経済が成り立っていたのだ。サルも観光客から奪ったものには興味が無く、褒美の食べ物欲しさに物を奪うとのことだ
このレンズの特徴は濃淡のトーンがなだらかに変化し美しい階調描写が得られところだ。ピント部はシャープで発色も鮮やかで申し分ない。面白いレンズを発掘でき今回は大満足である。マウントの改造についても想像していた以上に楽しいことがわかり、これはもう病みつきになるかもしれない。

4 件のコメント:

  1. おおお、、これは美しい描写ですね。
    マウント改造は難しそうですが、いつかは手を出したいジャンル・・
    いいですねー欲しいですねー85mm 笑

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  2. はじめましてkniさん
    3枚目の作例はいかにもゾナー。
    4枚目は階調変化がなだらかで、
    おぉっと驚きました。このレンズはいいと思います。
    コメントありがとうございました。

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  3. 後玉が小さいことからテレセン特性が厳しそうだ・・・?と思いきや、四隅まで光量・解像ともによさそうですね!
    階調変化が本当にいいですね。変にレタッチソフトにかけたら失われてしまいそうですが、フイルムのような繊細さを感じました。

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  4. 画像はjpegとりっぱなしの完全無補正です。周囲のケラレはなく色のりも良好。
    いいレンズです。

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