富岡光学の中望遠レンズ
YASHICA TOMINON / SUPER YASHINON-R 10cm F2.8
富岡光学といえば、かつてYASHICA傘下でコンタックス用カールツァイスレンズの製造を担い、高性能かつ明るいレンズの設計において国内外で高い評価を受けた名門光学メーカーです。とりわけ標準レンズや広角レンズにおいては、その供給実績と描写力の高さが広く知られていますが、実は中望遠レンズのOEM供給となると、事例は極めて限られています。今回取り上げる TOMINON 10cm F2.8(SUPER YASHINON-Rとのダブルネーム)は、まさにその希少な一例であり、富岡光学の技術力が垣間見える逸品です。このレンズは、YASHICA初の35mm一眼レフカメラ「Pentamatic」に対応する交換レンズとして、1960年から富岡光学がOEM供給したもの。市場に出回る数が少なく、存在自体を知らない写真愛好家も多いのではないでしょうか。
ガウスタイプを採用──画質へのこだわり
一般的に、焦点距離100mm F2.8クラスの中望遠レンズでは、トリプレット型やテレゾナー型、あるいはクセノタール型といった構成が採用されることが多く、これらはコンパクトさや製造コストとのバランスを重視した設計です。しかし本レンズでは、なんと4群6枚のガウスタイプが採用されています。
この選択は非常に珍しく、わざわざ望遠比の大きなガウスタイプの構成を導入した背景には、ポータビリティよりも画質の追求を優先した設計思想が見て取れます。設計思想としては、ライカの初期型 SUMMICRON 90mm F2 にも通じるものがあり、富岡光学が当時から高度な光学設計力を有していたことを示しています。
しかもSUMMICRONよりも一段控えめなF2.8という口径比は、一般的な望遠タイプのマクロレンズに見られる仕様です。本品はマクロ撮影に特化した製品ではないものの、非常に余裕のある設計のため、近接域から遠景まで破綻の少ない、端正な描写が期待できそうです。
静かに際立つ描写力
実際に撮影してみると、開放から非常にシャープでコントラストも良好。光量落ちや歪みはほぼ皆無で、逆光耐性も優れています。近接撮影においても遠方撮影においても、滲みは全く見られません。口径比はF2.8と一見控えめですが、焦点距離が100mmであることを忘れてはいけません。50mmの標準レンズに換算すれば、F1.4相当のボケ量が得られ、これで物足りなさを感じる人は少ないでしょう。
鏡胴の作りは素晴らしく、プラスティックがカメラ製品に普及する前の時代のレンズですので、ライカ製レンズのような高級感があります。工業製品としてみても、非常に魅力的な一本です。
このようなレンズが、Pentamaticという短命なカメラシステムのために供給されていたのはたいへん驚きで、オールドレンズ界の忘れられた傑作とも言える、孤高な一本ではないでしょうか。
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YASHICA TOMINON / Super Yashinon-R 10cm F2.8: 重量(実測) 452g , フィルター径 52mm, 最短撮影距離 1m, 絞りF2.8-F22, 絞り羽 9枚構成, プリセット絞り, 4群6枚ガウスタイプ, 1960年製造 |
★参考文献・脚注
[1] クラシックカメラ専科No.26「特集ヤシカ・京セラ コンタックスのすべて」(朝日ソノラマ)P.73 座談会「ヤシカ・京セラ・コンタックスを語る」
[2] YASHICA Pentamatic Model-II: ヤシカペンタマティックII型の使い方: ここに4群6枚との記載がある
[3] Instruction Booklet for Super Yashinon R: ここにも4群6枚とある
[4] 望遠比と収差量は反比例の関係にありますので、鏡胴を短縮するためパワー配置を前群側に移動して望遠比を小さく抑えると、球面収差の膨らみが増し、解像力が犠牲になります。これは言い方を変えればポータビリティと解像力がトレードオフの関係にあるということです。本品は画質最優先で設計されたモデルだったわけです。
★レンズの流通状況
Pentamaticが短命なカメラシステムであったこともあり、本レンズは中古市場でほとんど見かけることがなく、定まった相場価格はありません。加えて、専用のマウントアダプターが市販されていないため注目されることも少なく、静かに埋もれた存在となっています。とはいえ、誰もマークしていませんので、運が良ければ思いがけず手頃な価格で入手できる可能性もあります。国内ネットオークションでの出品頻度は一年に1本程度です。
今回はレンズ使用するにあたり、マウントアダプターを自作しました。Pentamaticの故障品を探し、カメラ本体からマウント部を取り外して、ライカM用のアダプターの一部として再構成しました。
★レンズの描写について
正直なところ、ずっと絞り開放のままでもまったく問題ありません。予想通りに全方位的に安定した描写を見せる高性能なレンズです。特に驚かされたのは色収差の補正がかなり良好な点です。望遠レンズを現代のデジタルカメラで使用する際に、多くの場合に問題となるのが色収差で、被写体の輪郭部が色づいて見えるわけですが、本レンズの場合には、これが全く目立ちません。発色も鮮やかでスッキリと写り、現代のデジタル環境でも違和感なく使えるほどの完成度を感じます。このレンズが製造された当時は、まだモノクロ撮影が主流だった時代です。それにもかかわらず、ここまで色再現に優れた設計が施されているのは、まさに予想外の成果と言えます。
シャープネスやコントラストも、絞り開放からすでに申し分のないレベルです。滲みはまったく見られず、歪曲収差や周辺光量の低下もほぼ感じられません。焦点距離が100mmと長めであるため、グルグルボケのようなクセは出にくく、背景の処理も自然で品のある描写が得られます。
総じて、たいへん高性能な一本であり、1960年に既にこれほどの完成度を実現した富岡光学の技術力には、ただただ驚かされます。このレンズには、同社の卓越した設計思想と製造技術が息づいており、その底知れぬ実力が静かに伝わってきます。
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F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光) |
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F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光) |
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F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)強い反射を取り込んでゴーストの発生を狙ってみましたが、高い逆光耐性に阻まれました |
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F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光) |
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F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光) |
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F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光) |
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F2.8(開放) Nuikon Zf(WB:日光) |