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2020/05/31

Auto Chinon MCM Multi-coated Macro 55mm f1.7 vs Auto-Alpa Macro 50mm f1.7



part 3(1回戦E組)
高速マクロレンズの頂上対決
Auto Chinon MCM Macro vs Auto-Alpa Macro
「似た者同士」という言葉が実にシックリとくるレンズの組み合わせが今回紹介するオート・チノン・マクロ(Auto CHINON MCM MACRO)55mm F1.7とオート・アルパ(Auto-ALPA)50mm F1.7で、どちらもF1.7の明るさを誇るハイスペックなマクロ撮影用レンズです。文献[1-2]にはAuto-ALPAがCHINONから供給を受けたと記されており、事実なら同門対決ということになりますが、実際にはもう少し複雑な背景があります。ともあれ、今回はマクロレンズ対決を楽しんでください。

Auto CHINON MCM 55mm F1.7は1977年にチノン株式会社が富岡光学からOEM供給を受けて発売した製品で、M42スクリューマウントの一眼レフカメラCHINON CE-3 MEMOTRONに搭載する交換レンズとして登場しました[3]。構成図は手に入りませんでしたが、設計はガウスタイプの前群の貼り合わせを外した拡張ガウスタイプ(5群6枚)と呼ばれる構成で、球面収差の膨らみを抑えることで一定水準の画質を実現しています。F1.7クラスの標準レンズとしては最もオーソドックスな設計構成です。
対するAuto-ALPAは高級カメラブランドのアルパで知られるスイスのピニオン社による監修のもと、1976年にコシナが製造しチノンから供給された拡張ガウスタイプ(CHINON MCMと同じ5群6枚)標準レンズです[4]。この製品はM42スクリューマウントの一眼レフカメラALPA Si2000(チノン製)に搭載する交換レンズとして登場しました[1]。実は外観や仕様が全く同じコシナ製チノンブランドのCHINON MACRO MULTI COATED 50mm F1.7という製品も存在し、Auto-ALPAとは銘板のみを挿げ替えた双子の製品のようです。コシナと富岡光学の関係がチノンとALPAを巻き込んでグチャグチャに絡み合っており、様々な憶測と誤解を生んでいます。まぁこの時代の日本の中堅光学メーカーにはよくある混沌とした状況ですが。
Auto ALPA 1.7/50の構成図(トレーススケッチ)

 
参考文献・資料
[1]  ALPA 50 Jahre anders als andere: ALPA Swiss controlにスイスコントロールのもと、日本のチノンと富岡からカメラやレンズのOEM供給をうけた経緯が記されています
[2] アルパブック―スイス製精密一眼レフアルパのすべて (クラシックカメラ選書)1995年
[3] マウント部のスイッチカバー(メクラと呼ぶらしい)に3方向からの固定用のイモネジがあるため、富岡光学製です。この検証法の詳細は「出品者のひとりごと: AUTO CHINON MCM」を参考にしています
[4] 内部に「直進キー用ガイド」があり富岡光学の製品ではありません。内部構造はコシナ製チノンブランドと同一です。「出品者のひとりごと:CHINON MACRO MULTI COATED(M42)」を参考にしています

入手の経緯
Chinon MCM MACROは知人が所有している個体をお借りしました。レンズのコンディションはとてもよく、ガラスに軽い拭き傷がある程度です。中古市場には最近、全く出てこなくなり、ヤフオクでもここ半年間で1本も出ていません。10年ほど前に買おうと思った時がありましたが、当時の相場は3万円弱で流通量も今よりは多かったと記憶しています。現在はもっと高い値が付くのではないでしょうか。
続いてAUTO-ALPAは2020年3月にeBayにて英国の古物商から250ドル+送料で落札しました。オークションの記載では「Very good condition」と説明されていました。このレンズのeBayでの相場は500ドル程度でしたので、安く手に入りラッキーと大喜びしていたのですが、届いたレンズには前玉のコーティングにごく小さなスポット状のカビ跡が2か所ありました。写真への影響は全く問題にならないレベルですので、これで良しとしました。




 
撮影テスト
これは一般論ですが、解像力(分解能)に偏重した画質設計ではフレアが発生しコントラストが低下気味になります。逆にコントラストに偏重しすぎるとヌケのよい画質になりますが、解像力が落ち、被写体表面の質感表現が失われてしまいます。両者は言わばトレードオフの関係にあり、メーカーによるチューニングがレンズの性格を決めています。シャープな像を得るには解像力とコントラストを高い水準でバランスさせる必要があり、うまくゆけば解像感に富む素晴らしい描写力のレンズができるとされています。今回取り上げる2本のレンズはどうなのでしょう。
両レンズとも開放からフレアの少ない高性能なレンズです。マクロ撮影に順応させただけのことはあり、背後のボケは中遠方でやや硬く、マクロ域までくると収差変動で適度な柔らかさに変わります。ボケはよく似ており、後ボケ内の点光源の輪郭は光強度分布まで含め、そっくりです。
 
Auto CHINON MCM Macro 55mm F1.7
CHINON MCM @F1.7(開放)sony A7R2(WB:日陰) 背後のボケ味はマクロ仕様のレンズらしく少し硬めで、玉ボケの輪郭部に光の輪っか(火面)ができています。ヌケはとてもいい
CHINON MCM @ F1.7(開放)sony A7R2(WB:日陰 iso 2400) 


CHINON MCM @ F2.8 sony A7R2(WB:日陰) 



 
Auto ALPA Macro 50mm F1.7

ALPA @ F2.8 sony A7R2(WB:日陰) こちらは色滲みが全く出ません。近接撮影に強い印象です

ALPA @ F4 sony A7R2(WB:日陰)



ALPA @ F1.7(開放) sony A7R2(WN:日陰) 遠方撮影ではChinonよりも柔らかく少し軟調気味です。近接を優先させ、かなり過剰補正にしたのか、これくらいの距離だと少しフレアが入ります。かなりストライクかも


  
画質の比較
遠方撮影時でのコントラストはCHINONの方が高く、発色も鮮やかなうえ濃厚です。ALPAはハレーション(迷い光)に由来するコントラストの低下がみられ、発色も青紫にコケる傾向があります。充分に深いフードをつけるなど、しっかりとしたハレ切り対策が必要です。ただし、滲みを伴うわけではありませんので解像感はCHINONと大差はありません。解像力は1段絞ったあたりでALPAの方がよく、CHINONよりも過剰補正が強いのでしょう。一方で近接撮影時になると遠方時とは少し様子が変わります。
CHINONは被写体の輪郭部が滲んで色付く色収差が目立つようになり、より近接域になるほど滲みが大きくなるとともに、ピント面全体でも少しフレア感が出てきます。この影響が描写の評価にかなり効いてしまい、解像感(シャープネス)はALPAよりも悪くなります。ALPAの方は近接撮影時でも色収差がよく補正されており、滲みやフレアは少なく、そのぶんシャープネスやヌケは一歩抜き出ています。ただし、一段絞れば両レンズのシャープネスはほぼ同等になります。
ポートレートから遠方を撮影する場合、コントラストはCHINON、シャープネスは同等かCHINONの方が僅かに上ですが、近接撮影になるとコントラストとシャープネスでALPAに軍配があがります。今回はマクロ撮影を売りにしたレンズであることを重視し、近接域で有利なALPAに軍配を挙げるべきかと思います。

さて、では評価結果を具体的に見てみましょう。2本のレンズの性能に顕著な差が見られたのは近接撮影時です。被写体はいつもの木馬で、ピントは目ではなく、質感の出やすい顎の表面の色が変色しているあたりとしました。絞りは開放、シャッタースピードとISO感度を固定し、三脚を立ててセルフタイマーを用いて撮影を行っています。

 
写真の赤枠を拡大したのが下の写真で、左がCHINON MCM MACRO、右がALPA MACROです。写真をクリックすると更に拡大表示ができます。
  


シャープネス(解像感)は明らかにALPAの方が高いうえ、コントラストも良く、スッキリとしたヌケの良い描写です。CHINONは色収差が大きめでフレアも出ています。背後のボケの拡散も大きいなどから判断すると、この距離で既に球面収差等が大きくアンダーに転じているように見えます。 

両レンズの活躍したフィルム撮影の時代では、色滲みは大きな問題にはなりませんでした。フィルム撮影による画質評価であるならばCHINON MCMが勝利した可能性も十分に考えられます。また、マクロ撮影用レンズの場合は絞った際に最高の画質が得られるよう過剰補正タイプにチューニングされている可能性もありますので、開放で評価した今回のテストは一つの切り口を与えたにすぎません。まぁ、CHINON MCMの場合は近接テストで既に補正がアンダーになっていたので、絞っても解像力の向上は限定的でALPAを追い抜くことは考えにくいと思います。

富岡光学がコシナに敗北するなんて信じられませんが、何度やっても結果は同じです。個体差なのではないかという意見もあるでしょうが、この意見は採用できません。CHINON MCMについてはショップでみつけた別の個体との比較をおこなっており、私が手に入れた個体との間に描写力の明らかな差は認められませんでした。
マクロスイターで名を馳せたピニオン社は本レンズを登場させるにあたり「スイス・コントロール」を宣伝文句に掲げていました。ピニオン社が当時のコシナにどのような技術供与をしたのか、とても興味がわいてきます。
 

2020/05/29

Yashica Auto Yashinon DS-M 50mm F1.7 vs Makina Optical Co. Auto Makinon 50mm F1.7


part 2 (1回戦B組)
マルチコーティングをいち早く導入した2社
富岡光学の底力を相手にマキノンの下剋上なるか!?
Yashinon DS-M vs Makinon
コーティングとはレンズのガラス表面を薄い金属の被膜で覆い、ゴーストとグレアの原因となる光の反射を抑え、写真のコントラストとシャープネスを向上させる技術です。コントラストが上がれば発色はより鮮やかになり、ピント部の解像感(シャープネス)もより強くなります。それが良いかどうかは別としても、高性能な現代のレンズの描写に近づくわけです。また、コーティング膜を層状に重ね、光の波長ごとに反射を防止するマルチコーティング(MC)という技術もあります。今回はMCをいち早く導入した2本のレンズの対決を楽しんでください。

1本目は現・京セラ(旧・八洲光学精機)のYASHICA(ヤシカ)から登場したAuto YASHINON DS-M(ヤシノン) 50mm F1.7です。このレンズは一眼レフカメラのYashica TL Electroに搭載する交換レンズとして1969年から市場供給されました。レンズを製造したのは富岡光学(こちらも現・京セラ)で、同社はYASHINONブランドに多数のOEM製品を供給しました。富岡光学と言えば後にYASHICAがCONTAXブランドでカメラを製造を始めた時代にCarl Zeissブランドのレンズの生産を請け負った伝説のメーカーで、同社にはZeissも認める高い技術力がありました。富岡光学が製造したレンズには今でも大変な人気が集まります。レンズの構成図は手に入りませんが、F1.7クラスとしては最も一般的な5群6枚の拡張ガウスタイプです。前群の貼り合わせを分離し球面収差の補正効果を高めることで、F1.7の明るさながらもF1.8クラスのレンズと同水準の画質になるよう工夫されています。ただし、6枚のレンズ構成でこの0.1の差を詰めるのは富岡光学といえども容易なことではなかったはずです。同社がこの難所をどう攻略したのか、想像するだけでもワクワクします。
 
これに対するのはAuto Makinon 50mm F1.7(オート・マキノン)で、東京・品川区五反田に本社のあったMakina Optical Co.(マキナ光学)が1970年代半ばに市場供給した標準レンズです。同社のレンズは一眼レフカメラの主だったマウントに対応しており、私が確認した限りでは少なくともM42, OLYMPUS, CONTAX/YASICA, CANON, MINOLTA, NIKON, PENTAX, KONICA, FUJICA X, ROLLEIに対応した製品個体が存在しています。マキナ光学は北米を中心に海外での販売に力を入れていたため国内では影の薄い存在となっていますが、eBayなど海外の中古市場には今もMakinonブランドの製品が数多く流通しています。レンズの鏡胴にはMCをイメージさせるグリーンのロゴと緑・赤・黄の三本線のデザインがあり、マルチコーティング(MC)をいち早く導入していたことが同社の製品の売りだったのは間違いなさそうです。最短撮影距離も0.45mと短く設計されており、レンズ専業メーカーらしい意欲的な製品仕様となっています。構成図は手に入りませんが、設計構成はF1.7クラスのレンズにしては珍しい4群6枚のオーソドックスなガウスタイプです。



 
入手の経緯
今回のYashinonはメルカリにてカメラ(YASHICA AX)とセットで5000円で購入しました。レンズのコンディションは「チリ、ホコリのない美品」とのことで状態のよいレンズが届いたのの、ピントリングのローレットにべた付きがあったので交換しました。このレンズは流通量がとても多いので、状態のよい個体を安く購入することも可能です。
Auto Makinonの方は2020年3月にドイツのショップからeBayを経由し即決価格5800円+送料で購入しました。オークションの記載は「ペンタックスKマウントのとてもコンディションの良いレンズ。鏡胴に僅かにスレ傷がある」とのこと。ガラスは拭き傷すらない状態の良いレンズでした。Makinonブランドは主に海外で販売されたため、国内のショップなどで見かけることは、ほぼありません。手に入れるなるとeBayなどを経由し海外からとなります。時間をかけて探せば5000円以下(送料込み)でも買えると思います。
 
撮影テストAuto YASIHNON DS-M 50mm F1.7
開放からコントラストは高く発色は鮮やかでスッキリとしたヌケの良い描写、まるで現代レンズを使っているような感覚をおぼえます。ピント部のシャープネスは高く、細部まで緻密な像が得られます。コレが本当に1969年製のレンズなのでしょうか。富岡光学の底力をまじまじと感じます。マキノンにはかわいそうでしたが、これは間違いなく優勝候補です。シードに入れるべきだったかな・・・。
 
YASHINON @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日陰)開放でこの描写・・・。全く滲みませんしフレアも出ません。笑ってしまいました

YASHINON @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日陰)

YASHINON @ F4 sony A7R2(WB:日光)

撮影テストAuto MAKINON 50mm F1.7
開放からコントラストが高く発色は鮮やかで、とても良く写ります。ただし、開放では解像力があまりないのか緻密な描写表現は苦手のようです。せっかくのコントラストも細密描写がなければ解像感(シャープネス)には連動しません。まぁ、フィルムで撮るにはこの位の解像感でも十分だったのかもしれません。写真を大きく引き伸ばす必要がないのであれば、かなり綺麗な現代レンズ的な写真が撮れます。
 
Makinon @F1.7(開放) sony A7R2(WB:日光)
Makinon @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日光)
Makinon @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日光)
Makinon @ F2.8 sony A7R2(WB:日光)

Makinon @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日光)

Makinon @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日光 APS-C mode)



Makinon @ F1.7(開放) sony A7R2(WB:日陰)  解像力はせいぜい、こんなもんです。フィルムで撮るにはこのくらいでも十分だったのかもしれませんが

 
両レンズの描写比較
写真全体の印象を決めるコントラストや発色の鮮やかさは両レンズともたいへん良好で大差はなく、マルチコーティングの効果がよく出ていると思います。ただし、シャープネスはYashinonの方が高い結果となりました。
Makinonはピント部を拡大すると被写体の表面を若干のフレアが覆っており、背後の玉ボケの輪郭部の強度分布に大きな偏りがあるなどコマ収差が多く発生しています。一方でYashinonは拡大してもスッキリとクリアに写り、細部まで解像感の高い描写です。背後のボケは写真の中央から四隅に向かう広い領域で綺麗な円型になり、玉ボケの輪郭部は均一な強度でした。Makinonのフレアが過剰補正の兆候である場合、1段絞ると解像力とシャープネスが急向上し、Yashinonを追い抜く可能性もあります。しかし、F2.8での比較時もYashinonの描写力はMakinon追撃を寄せ付けませんでした。富岡光学の設計力をまじまじと感じる結果です。私個人はマキナ光学の信者ですのでMakinonには下剋上を期待していましたが、今回の対決はYASHINON DS-Mの圧勝で予想どおりの展開になってしまいました。
 
Makinon @F1.7(開放) sony A7R2(WB:日光 Speed:1/640 ISO:100 三脚使用) 


Yashinon DS-M: F1.7(開放) sny A7R2(WB:日光 ISO:100 speed:1/640 三脚使用) 



 

 
富岡光学が素晴らしいと世間で評判なのはZeissに技術力を認められた経緯があってのことです。ただし、それがどう素晴らしいのか、私自身は正直なところ、よくわかりませんでした。でも、今回の比較テストで富岡光学は本当に超一流メーカーだったのだと認識することができました。Makinonのハッとするような高いコントラストにも驚くべきものがあます。当初から何かやらかしてくれるものと個人的にマキノンを応援していたのですが、対戦した相手が強すぎました。

2015/12/02

Tomioka Ricomat 45mm F2.8 salvaged from broken camera Ricoh 35 DeLuxe*




オールドレンズ・サルベージ計画 PART 1
沈没船から救出した富岡光学の目
Tomioka Ricomat 45mm F2.8
中古カメラ店のガレージセールでは今もなお再利用できるレンズ達が故障した古いカメラに付いたまま放置されたような状態で売られている。この子達を連れ出し現役選手としてカムバックさせるのが今回の企画だ。狙い目は日本製のレンズ固定式カメラである。カメラ本体が故障していても、なおレンズ自体は無事なケースが多く、状態の良いレンズが付いていることも少なくはない。レンズを救出し簡単な改造を施せば現代のデジタルカメラでの使用も可能になる。ただし、改造には部品代を要するので、なるべく付加価値の高いレンズに狙いを絞るのがよい。
2015年10月のある日、たまたま通りかかった都内某所の中古カメラ店では故障した古いカメラの山が店内の両壁を埋め尽くし、まるで発掘現場の地層の中にいるかのような様相を呈していた。ここで私の目に留まったのは1500円の値札の付いたリコー35スーパーデラックスという60年前のカメラである。値札には「巻き上げ不良(ジャンク品)」との添え書きがついていたが、レンズに大きな痛みはなく、まだまだ使えそうな状態を保っていた。「ジャンク品」とは中古品の流通業界に特有の用語で、研究用や部品取りにどうぞという意味が込められたガラクタ寸前の商品を指す。壊れていることが前提なので品質保証は無いし、いちど購入すると返品対応に応じてもらう事はできないので、その場で検査し購入を決める。この手の商品を手に入れる時には、これよりも少し高額な商品とセットでレジに持ち込み、「ついでに連れて帰りたいんですけれど」というオーラを発しながら値引き交渉に挑むのがよい。「コレ1000円でいいですか?」「いいよ」。こうして海底遺跡の中から、いにしえの沈没舟リコー35をサルベージし自宅に連れて帰ることになった。さて、お宝レンズの救出はここからが本番である。
リコー35デラックス(Ricoh 35 De Luxe)。1956年3月に発売されたレンジファインダーカメラである。カメラ本体の巻き上げが出来ず故障していたため1000円のジャンク品価格で手に入れた









このカメラには彼の有名な富岡光学がリコー社に供給したリコマット(RICOMAT) 45mm F2.8というレンズが搭載されている。リコマットに関する公式データはリコー社ホームページのカメラライブラリで確認をとることがでる[文献1]。レンズの設計は下図に示すような3群5枚の構成でトリプレットの前玉をダゴールで置き換えた異様な形態となっている。この設計構成は中口径レンズの分野においてテッサータイプに置き換わる可能性を秘めた存在として当時の千代田光学(後のミノルタ)が戦前から研究開発を続けてきたもので、1948年登場のスーパーロッコール (Super Rokkor) 45mm F2.8で初めて採用されている。同一構成のレンズとしては富士フィルムが二眼レフカメラのFujicaflexに搭載し1950年にリリースしたPentrectar 83mm F2.8やアルコ写真工業がレンズ固定式カメラのArco 35 automatに搭載し1952年に発売した50mm F3.5などがある。ただし、テッサータイプに対する画質的なアドバンテージが想定していた程大きくはなかったのか、これ以降のカメラメーカー各社は主に旧来からのテッサータイプを採用したため、普及の波には乗りきれず沈没してしまった。テッサーに沈められた原因はいろいろ考えられるが、一つには製造コストの問題であろう。スーパーロッコールにしろリコマットにしろ構成枚数と接合面の数がテッサータイプより多い上、前群側には芯出しに高い精度が求められる3枚接合部を持つ。しかし、これらはレンズの開発段階ではじめから折り込み済みだったので決定的な敗因にはならない。いったい何が普及の障害になったのであろうか。実はスーパーロッコールに関しては設計者が非点収差の計算式を間違えていたという興味深い自白談が残っており[文献2]、どうもこの構成形態の力を充分に出し切れていなかったのではないかという推測が成り立つ。さらに、この時代のテッサータイプは普及したばかりの新種ガラスの恩恵をうけ描写性能を飛躍的に向上させており、こうした経緯がこのレンズ構成の画質的なアドバンテージを目立たないものに変えてしまったのである。ここから先は空想になるが、仮にもしスーパーロッコールの設計にミスがなかったとして描写性能にもう少し大きなアドバンテージがあったなら、この構成が中口径レンズの分野でテッサータイプに置き換わる台風の目になっていたかもしれない。そんな可能性を一人で妄想しているうちに、富岡光学が設計した本レンズにどれ程の実力が備わっていたのかを、この目で確かめたくなってしまったわけだ。コストのかかる独特の構成設計、富岡光学の技術力とネームバリュー、スーパーロッコールの計算ミス、可能性を秘めながらも滅び去った経緯。これらが私にリコマットを復活させる決定的な動機を与えたのである。海底遺跡に沈む古代舟から失われた富岡の名玉リコマットを救出し復活させれば、恐らくデジタルカメラでは世界初の撮影テストになるであろう。おんぼろサルベージ船SPIRAL号発進!。

文献1 リコー社公式HP カメラライブラリ
文献2  郷愁のアンティークカメラIII レンズ編 アサヒカメラ(1993)

入手の経緯
今回はリコー35デラックスを2台入手し2本の改造レンズを制作した。1本目は2015年10月に都内の中古店のガレージセールにて1000円で購入、肝心のレンズには拭き傷と汚れがみられたが描写には影響のないレベルなので問題なしと判断した。もう一本は2015年11月にヤフオクで出ていたジャンク品のリコー35デラックスを1580円にて落札し手に入れた。このカメラはヘリコイド部が破損しておりフォーカッシングのノブも折れていた。ジャンク品にしては少し値がはると思ったが、解説欄にレンズは綺麗と書いてあったので、このカメラを手に入れることにした。オークションは他に入札もなく開始価格のまま私のものとなった。誰の目にも留まらず寂しさ極まりないカメラである。

写真・左は背面パネルを開けたところ。中央のレンズの周囲にある外側のリングをカニ目レンチ等で回しレンズを取り外す
リコマットの救出
レンズの救出および改造手順は以下のとおりである。まずカメラの背面カバーを開け、レンズをカメラ本体に固定しているリング(写真の中の赤の矢印)を小型のカニ目レンチ等で回す。100円ショップで購入したラジオペンチの先端部を棒ヤスリやグラインダーで加工すればカニ目レンチの代わりとしても使用できるだろう。

ポロンと目玉が落ちた。動脈と静脈はカットする

鏡胴のイモネジ3本を緩め、前玉側のカバーを外す







シャッターをB(バルブ開放)の状態にしたまま動かないよう固定してしまう。カバーを開くと薄い円形状のアルミ板があるので、固定にはこれを利用する。切り欠け部分(指先)をシャッターダイアルの固定ピンに引っ掛けたまま鏡胴部にエポキシ接着してしまえばよい(青矢印)。続いてシャッターを開いたままの状態でシャッター制御ピン(左側のトレンチ内に見えるピン)をスタックさせる。私はちいさな細いビニールホースをトレンチ部分に突っ込んでスタックさせた(赤矢印)

続いて後玉側の鏡胴にステップアップリング(42-52mm)を被せマウント部をつくる。ステップアップリングはエポキシ接着剤で固定するが、万が一の事を考え後で再び外すことがあるかもしれないのでガッチリと接着固定するのは避け3点止めにしておいた。もしLeica-Lマウント用ヘリコイド付アダプターをお使いならば、この部分は39-52mmステップアップリングでもよい
















最後に市販のM42ヘリコイドチューブ(BORG7840)へ搭載して完成となる。BORG7840に付属している天板を用いてフランジ長を微調整すれば大方のミラーレス機で不自由なく使用できるだろう。私はM42-Eカメラマウントを用いてSony A7で用いることにした。ライカLマウント用のヘリコイドつきアダプターを所持しているならばヘリコイドチューブは不要になり、レンズヘッドをアダプターに直接搭載すればよい。ただし、スペーサーを入れフランジ調整する必要はある。

重量(実測,ヘリコイド含まない) 130g, フィルター径 内側34mm(保護フィルター用)/外側43mm(フード用), 絞り羽 5枚, 絞り値 F2.8-F22, 3群5枚スーパーロッコール45mm型, セイコー社シャッター, このレンズが搭載されているカメラはリコー35S, リコー35デラックス, リコー35ニューデラックス, リコー500


撮影テスト
中心解像力は開放から良好で緻密な描写表現が可能であるが、四隅は近接域で少し妖しい画質となる。もちろん絞れば良像域は広がりピント部は四隅まで均質になる。フレアや滲みは開放でも全く見られずコントラストは良好でスッキリとヌケが良い。とてもシャープで色鮮やかな描写のレンズである。ボケは開放で撮る際に少し硬くザワザワと煩くなり、距離によっては2線ボケ傾向もみられるが、絞れば素直である。グルグルボケは僅かに出る程度であった。どのような撮影条件でも画質には安定感があり、大きく転ぶことのない優れた描写力のレンズである。
Photo 1:  F5.6, Sony A7(AWB): シャープで色鮮やかなレンズだ

Photo 2: F2.8 (開放), Sony A7(AWB): 背後のボケは安定しており、大きく乱れることはない。開放でもヌケはよいようだ



Photo 3: F2.8(開放), sony A7(AWB): 近接域を開放で撮る。中央は高解像でコントラストも良好だが周辺部はやや妖しい画質になっている。中央部を大きく拡大した写真を下に示す




Photo 3a : ひとつ前の写真の中央部を大きく拡大したもの。とても高い解像力だ。上の写真をクリックするとさらに大きく表示されるので試してほしい

Photo 4: F5.6, sony A7(AWB): トーンはなだらかに出ており、なかなか良い写りである





Photo 5: F8, sony A7(AWB): 歪みはあまりない。ヌケの良いレンズである
Photo 6: F5.6, sony A7(AWB): 逆光でも濁りにくいようだ
Photo 7: F4, Sony A7, やはり近接域では中心部と四隅で画質の差が大きいように思える





良く写るレンズなだけに滅んでしまったのが大変残念でならない。日本には発掘すべき面白そうなレンズがまだまだ沢山眠っているので、この手のサルベージ計画は今後も続けてゆきたい。なにかおススメのレンズ情報をお持ちでしたら、お知らせいただけると幸いです。

2010/03/07

Tomioka AUTO REVUENON 55mm/F1.2 (M42)
富岡光学 オートレフエノン



M42マウント用レンズの規格でF1.2の大口径を実現するには、後玉側の絞り連動ピンが邪魔になる。こうした困難を乗り越えるために本レンズでは極めて大胆な設計が導入された。後玉のガラスの一部を削り落としてしまったのである

OEMブランド 第三弾
後玉を削り落とした執念の傑作

 富岡光学は日本光学工業(現ニコン)のレンズ設計主任であった富岡正重が1924年に同社を退社後、旧東京市に設立した光学機器メーカーだ。戦時中は大砲や零戦の照準器などの光学兵器の製造を事業の柱に据え、その傍らで高性能な工業用レンズを製造していた。工場は1945年5月の爆撃によって焼失したが、終戦後の1949年に青梅市に疎開させておいた設備の一部を用いて事業を再スタートさせた。その後はヤシカの傘下に入り、カメラ用レンズや複写機用レンズなどを製造した。コンタックス用カールツァイスレンズを製造するなど技術力は国外からも高く評価されてきた。ローザー、トリローザー、トミノンなどの自社ブランドによるレンズも供給していたが、次第にOEM製品が中心となっていった。京セラとヤシカの合併を経て現在は京セラオプティックへと社名を変更している。富岡光学は優れた技術力により戦後のカメラ産業を陰で支えてきた一流名門企業である。
今回入手したのは富岡光学が製造したレンズの中でも絶大な人気を誇るAUTO REVUENON 55mm/F1.2である。確かなことはわからないが1970年頃に製造されたと言われている。REVUENON(レフエノン)という名はドイツの通販会社Quelle(クエレ)のカメラ部門REVUEが扱っていたOEMブランドで、このブランドの幾つかの商品を富岡光学が受注生産していたのだ。このレンズの特徴は何といっても、開放絞り値がF1.2と抜群の明るさを持つことであろう。本品以外にはコシナの製造した55mm / F1.2と、暗視スコープ用のNo-irisレンズCYCLOP-M1 85mm/F1.2(ロシア製)があり、いずれもM42マウント用レンズの規格として実現可能なギリギリの口径比を持つレンズだ。
本レンズにはコーティングの異なる2種類の個体の存在が知られている。一つはガラス面がホワイト・ゴールドに輝く単層コーティングのレンズであり、もう一つは若干数が製造されたタイプで、ホワイト・ゴールド色にパープルのかかったマルチコーティングのレンズである。両者には外観上の差異はなく、双方あわせて約3500本が製造された。富岡光学の製造した55mm/F1.2のレンズには他にも幾つかの姉妹品が存在し、CHINON, COSINON, YASHINONなどの名でも製品化されていた。また、若干数であるが自社ブランドTOMINON銘を冠する製品も存在し、希少価値の高さから市場では他のブランド銘の品よりも高値で取引されている。対応マウントはM42とペンタックスPKまで確認したが、他にもあるかもしれない。美しい輝きを放つコーティングと合皮のローレットが高級感を醸し出しており、とてもゴージャスはレンズだ。
富岡光学は優れたレンズを世に送り出していたが、OEM供給が主体であったため表舞台にはあまり登場することがなかった。そのことが知る人ぞ知るレンズという印象を与え、国内外のマニア達のハートをガッチリとつかんでいるようだ。自らを「信者」と称する熱狂的なファンがついているため、大胆な事を書くとこのブログも攻撃対象になってしまう。どうひまひょ。

重量: 337g , 最短撮影距離:0.5m, フィルター径:55mm, 焦点距離/絞り値: 55mm/F1.2-- F16, 鏡胴には絞り機構のAuto/Manual切り替えスイッチがある。後玉側のマウント部からは絞り連動ピンが出ている。後玉径が大きいため、ピン押し用の天板がついたアダプターを装着すると、無限遠近くで天板とレンズの後玉枠が干渉してしまう。マウントアダプターを装着する際には注意が必要で、本品には天板なしのアダプターを用いなけらばならない。連動ピンを押し込んで固定させることができれば、EOS5D等フルサイズセンサを搭載したカメラでもミラー干渉せず普通に使用が可能のようだ

★入手の経緯
今回入手した品は2009年12月にドイツ版eBayに出品されていたものだ。商品の記述には「光学系、外観とも綺麗だがローレット部の合皮が一部収縮して短くなり、つなぎ目が開いている」と書かれていた。WEBで調べたところ同様の不具合がREVUENONの古いレンズで多発しており、このブランドに特有の持病であることがわかった。出品当初のオークションの記述欄にはドイツ国内への配送に限定した商品であると書かれていたが、中国人バイヤーが掲示板で国際郵送に対応可能かどうかを問い合わせ、出品者から可能との返答を受けていたので、このまま私も入札に加わることにした。本品は国内の中古店相場が8万円~9万円、ヤフオク相場は6~7万円。eBayでも500㌦~600㌦程度する高級品である。懐事情を考えると私には到底落札などできる品ではない。一応入札はしてみたものの最初から諦めムードのため、スナイプ入札などは考えもしなかった。やる気のないまま前の日に210ユーロ(約27000円)の上限額を設定したまま放置しておいたのである。ところが翌日になって奇跡がおこった。何と僅か177ユーロ(約22500円)で落札されていたのである。出品者も取引連絡の中で「この品には誰も注目していなかったようだ。あんたはラッキーだねぇ。」と言い放っていた。ただし、ドイツからのDHLによる配送費用はバカ高く、40ユーロ(約5000円)もかかった。

ローレット部の合皮(モルトプレーン?)が収縮しつなぎ目が開いてしまう症状。REVUENONシリーズに良くある持病だ

★試写テスト
本品の最大の特徴は開放絞りにおける柔らかい結像と滑らかなボケ味、線の細い繊細な描写である。被写界深度は極めて狭く、きちんと合焦させるのは難しいが、ピント面にはしっかりと芯があるので、丁寧にピントを捉えれば絞り開放でも、そこそこシャープに結像する。アウトフォーカス部では二線ボケの傾向があると耳にしていたがテスト撮影では検出できなかった。少し絞ればピント面の結像は均質かつ大変シャープになり、繊細な線の細い描写にかわる。開放絞り付近では発色がやや淡泊でコントラストは控えめだが、F2あたりまで絞れば程よいレベルに改善する。
後玉を削ってまで実現した開放絞りF1.2にはどれだけの効果があるのだろうか。富岡光学の製造した55mmの標準レンズには開放絞り値がF1.4の製品も存在し、本品の半値以下の相場で売られているので、本品よりもこちらを購入するという選択もある。

F1.2(開放絞り;中距離)被写界深度が極めて浅いことがわかる(新宿区明治通り)

F1.2(近接) 開放絞りで接写撮影となると、このとおり視差が大きくボケは深い。ピント面はカミソリの刃のように薄いので、ピント面付近の結像もポワーンとソフトになってしまう。それにしても実に柔らかい描写だ。ただし、開放絞りではコントラストが少し低下気味である

F1.2/F1.4/F2/F4(中距離); ピント面のシャープネスの比較。開放絞りにおいても合焦面はシャープに結像し、芯のあるしっかりとしたピント面が得られる

上・下段ともF1.2/F1.4/F2/F4において中距離でボケ味を比較した撮影結果。F1.2とF1.4にけるボケ具合の僅かな差異を肉眼で判別することはできない。絞るとコントラストが向上している

F2 開放絞りからF2あたりまでは絞り値の変化に対しコントラストの改善が顕著だ。画質的にはF2が一番おいしい
 F2.8(中距離)三角コーナー:新宿区新大久保 
F4(近距離)細部まで解像されている。ここまで絞り込めばかなりシャープだ

 
F5.6 ここまで絞り込めば極普通の描写である。鹿児島→沖永良部島のエアコミューター
F8(遠景) 遠距離での撮影結果(新大久保で見つけた戦艦風のへんな建物)

★使用機材: Tomioka REUVENON 55mm/F1.2 + Eos kiss x3 + minolta hood (内径57mm)

絞り値f1.2とf1.4で撮影した画像を並べてみても、どちらがf1.2のものであるのかを肉眼で判別することはできなかった。残念ながら後玉を削ってまで実現したf1.2の優位性は極僅かなレベルであるといえる。しかし、がっかりしてはいけない。本レンズは何と言っても伝説のTOMIOKA銘を冠する逸品。カメラマンの所有欲を満たし、撮影に対する意欲を高揚させるなど、撮影者の心理面に及ぼす効果は大いに期待できる。本レンズを使えば良い写真が撮れるかもしれないという期待から、カメラマンの感性や集中力はいっそう研ぎ澄まされ、本当に良い写真が撮れてしまうのだ。開放絞りf1.2のアドバンテージは全く無いとは言いきれない。