おしらせ


2022/04/16

MIRANDAブランドの交換レンズ群: プロローグ

 


国産ペンタレフカメラのパイオニア

ミランダ一眼レフカメラの交換レンズ群

プロローグ

ミランダカメラ(旧オリオンカメラ株式会社)はかつて東京都狛江市に本社のあったカメラメーカーです。カメラやレンズは大半が輸出向けでしたので国内での製品流通は僅かですが、北米や欧州(主にドイツと英国)の中古市場には今もかなりの流通があります。ミランダカメラについては、ミランダ研究会という素晴らしいWEBサイトがあり、2013年頃まで同社に関する情報の整理と検証を続けていました。本記事の解説は概ねここからの情報の要約ですので、より精度の高い情報をお求めの方はミランダ研究会のWEBページを訪問してください[参照1]。

ミランダカメラの誕生には興味深いエピソードが残っており、東京大学航空工学科の出身でロケット/ジェットエンジンの開発に携わっていた荻原彰(1920-1992年)と荻原の一年後輩にあたる大塚新太郎(1921-2005年)が1948年に創業したオリオン精機産業有限会社を前身としています。二人は戦後間もなく日本を占領・統治した連合国軍総司令部(GHQ)による「航空禁止令」のため、ロケットエンジンの研究が思うように進められず、代わりに古巣である航空研究室に一室借りてカメラの研究を始めます。やがて、二人はペンタプリズム付き一眼レフカメラの将来性を確信し、その実現に心血を注いでいったのです。

カメラのレンズを通して得られる像は上下がさかさま、左右が逆の倒立逆像で、交換レンズを後玉側から覗くと目にうつる像は確かにそうなっています。同様に昔の中判カメラや大判カメラではピントガラスに映る像が倒立逆像でした。これに対して現在の一眼レフカメラのファインダー像は上下左右とも正しい正立正像に補正されています。カメラに内蔵されたペンタプリズムが像を反転してくれるからです。当時、荻原と大塚が目指したペンタプリズム付き一眼レフカメラは被写体の姿をファインダー内に正立正像で確認することができ、しかもパララックスのない夢のカメラでした。実現すればファインダー像通りの写真を撮ることができたのです。

荻原と大塚の研究が結実したのは1954年でフェニックスカメラを発表、翌55年8月には国産初のペンタプリズム付き一眼レフカメラであるミランダTを発売し一躍注目されるようになります。ちなみにカメラの名で後に社名ともなったミランダとはスペイン系の女性の名前です。正立正像を実現したミランダTの登場により、国産一眼レフカメラは一つの完成形に到達したのです。

本ブログでは新たな特集として、ミランダの一眼レフカメラに供給された交換レンズ群を何本か取り上げ紹介します。さすがに国産ペンタレフカメラのパイオニアというだけのことはあり、ミランダマウントの交換レンズ市場には数多くの光学メーカーが参入、超広角の17mmから300mmの望遠まで製品展開は実に賑やかなものとなりました。紹介するレンズは高速標準レンズのAuto MIRANDA 50mm F1.4の全モデルと50mm F1.9, 50mm F1.8, 広角レンズの21mm F3.8, 25mm F2.8, 35mm F2.8です。


参考文献・資料

[1] ミランダ研究会:http://miranda.s32.xrea.com/


ミランダ to ライカL アダプター

ミランダカメラが市場供給したミランダ to ライカL(L39)アダプターが存在します。これを用いればミランダの交換レンズ群をミラーレスカメラ各種で使用することができます。他にはRare AdaptersがeBayまたはFacebook上で出品している同等製品もあります。また、FOTODIOX製のミラーレス機用アダプターがAmazonに数種類出ています。

MIRANDA純正アダプター。ミランダカメラは自社カメラに他社レンズを取り付けるためのアダプターをいろいろと作っていました。

こちらはeBayのRare Adaptersから購入しました。レンズによっては脱着がきつい場合もありましたが、問題なく使用できます。0.2mmほどオーバーインフにつくられています。