おしらせ

2025/12/30

Carl Zeiss Jena BIOTAR 8cm F2



戦前のCarl Zeissにはゾナーやテッサーといった主力レンズがありましたので、ガウスタイプのビオターが活躍する余地は限られていました。ビオターがこれらと肩を並べるようになるにはガラス性能の向上とコーティング技術の実用化を待たねばなりませんでした。

写真用ビオター初の量産モデル

Carl Zeiss Jena BIOTAR 8cm F2 (Nacht Exacta)

今日私たちが知るビオターの原型が登場したのは1927年のことで、W・メルテが映画撮影用に設計したBiotar 4cm F1.4がその最初のモデルとされています[1]。レンズにはショット社が新開発した高屈折率のバリットフリントガラスBaf9が使用され、球面収差とコマ収差の補正効果が飛躍的に向上、色収差の補正は依然として劣悪でしたがガウスタイプの可能性が大きく拓かれたのでした。じつは、それ以前にもビオターの名称を冠したレンズは存在しましたが、いわゆるダブルガウス型ではなく、光学系譜としては全く異なる設計思想に基づくものでした[1]。

写真用ビオターに注目が集まり始めたのは1929年頃からで、ショット社が高性能なランタン系ガラスの開発に成功した時期と重なります。写真用モデルの開発のカギは、実用画角45度程度をいかにして実現するかでした。この時期にWメルテは焦点距離5cm35mmライカ判に対応した最初の写真用ビオター(Biotar 5cm F1.4)を試作しており、根拠資料は見当たりませんが、おそらくこのレンズには新開発のショット社製ガラスが使われていると予想できます。ただし、広い包括画角にわたって良好な画質を得るには更なるガラス硝材の進歩が不可欠であり、当時の技術水準ではまだ時期尚早だったようです。製造本数は約100本にとどまり、量産には至っていません。1931年にはCONTAX用にも同様に約100本が製造されましたが、これも試作的性格が強く、量産品とは呼びがたいものでした。

W・メルテが写真用ビオターの開発に本格的に着手したのは1931年頃とされており、口径比をF2に抑えたモデルの設計に取り組み、同年夏にはBiotar 5cm F2の試作品が登場しています。ただし、このモデルも製造本数は僅かで量産化には至りませんでした。依然としてゾナーやテッサーに対するアドバンテージを見出せなかったのでしよう。メルテによる改良は続きます。

ようやく量産品と呼べるモデルか登場したのは1933年で、Biotar 8cm F2が市場に投入されたのが最初です(構成図は下図)。この量産化を後押ししたのが、1930年に登場したランタン系特殊光学ガラスBaF10であり、光学系に組み込むことで、実用的な包括画角を従来の30度から50度へと拡大することが可能となりました[1]。とはいえ、1930年代のドイツは経済的混乱と政治的緊張の渦中にあり、特殊光学ガラスの安定供給は技術的にも体制的にも困難を極めました。供給体制の確立には、1939年にショット社が導入した新たな製造技術の登場を待つ必要があり、ランタン系ガラスはビオターの光学系の一部(後玉)に限っての適用にとどまりました。このガラスの本格的な実用化がはじまるのは第二次世界大戦の終結後です。

左:設計者Wメルテの似顔絵,  右:BIOTAR 8cm F2の構成図, 構成図は文献[3]に掲載されていたものをトレーススケッチした。左が対物側、右がカメラの側。レンズの設計構成は4群6枚のガウスタイプで、1933年10月に設計されました


 

今回取り上げるBIOTAR 8cm F2は、中判645フォーマットを採用した一眼レフカメラのナハト・エキザクタに搭載する交換レンズとして、1934年から1938年にかけて供給されたモデルです[3]。このモデルは下の写真のようなアダプターを介して、少し後に発売された35mm判のキネ・エキザクタ(1936年発売)にも流用されました。ただし、この流用は場繋ぎ的なもので、同年に新設計されたBiotar 75mm f1.5が1939年に登場したことで役割を終えています。市場にはナハトエキザクタ用とキネエキザクタ用が、合わせて1500本供給されました[4]。ちなみに、このキネ・エキザクタには標準レンズのBIOTAR 5.8cm F2も市場供給されています。また、1938年には中判6×6フォーマット対応のエキザクタ66用としBIOTAR 10cm F2が登場、約400本が市場供給されています。1937年頃からガラス面に単層コーティング(Tコーティング)が蒸着されるようになり、光学性能の一層の向上が図られています。こうして徐々にではありますが、ガウスタイプレンズの発展に必要な技術的基盤が、Carl ZeissではBIOTARを基軸に整えられていきました。

終戦後はビオター58mm F2と75mm F1.5の2つのモデルのみ残されます。これらは後継製品のパンコラー50mmF2と75mmF1.4が登場するそれぞれ1959年と1969年まで生産が続けられました。

35mm判一眼レフカメラののキネ・エキザクタに搭載(流用)するための純正アダプターを装着したところ。このアダプターにはフォーカッシング機構(ヘリコイド)が標準装備されています。純正フードも装着しました。カメラの側はエキザクタマウントに変換されます。ただし、このアダプター経由ですと、中判デジタルカメラのGFXでは写真の四隅がケラレてしまいます
 















レンズの市場価格

流通量は非常に少ないものの、eBayには時々出てくるレンズです。オークションにおける個人売買の取引額は、状態の良い個体で8001100ユーロ、海外の専門店での取引額は12001400ユーロあたりです。流通している個体の大半はコーティングのないモデルですが、今回取り上げるレンズのようにコーティング付きモデルもあり、第二次世界大戦前の僅かな期間に少数のみ生産されたものと考えられます。レンズは2本ともlense5151さんからお預かりした個体です。

参考文献・資料 

[1] zeissikonveb.de; BIOTAR

[2] DRP Pat. 485,798(1927)

[3] Jhagee cameras, STEENBERGEN&C9 (1939) 構成図が掲載されている

[4] Carl Zeiss Jena Fabrikationsbuch Photooptik I/II

Carl Zeiss Jena BIOTAR (ノンコート) 8cm F2: 1934年製・最初期, 絞り F2-F16,  絞り羽 18枚, マウント径 M39.5(Nacht EXAKTA), 重量(実測)356g , フィルター径 48mm, 設計構成  4群6枚ガウスタイプ
Carl Zeiss Jena BIOTAR  T (シングルコーティング)  8cm F2:  1937年製・最後期, 絞り羽  13枚, 絞り F2-F16, マウント径 M39.5(Nacht EXAKTA), 重量(実測) 404g, フィルター径48mm,  設計構成  4群6枚ガウスタイプ
 
 

撮影テスト

モノクロ時代に設計されたレンズらしく、階調の中間域を丹念に拾い上げる描写が印象的で、やはりモノクロ撮影においては卓越した表現力を発揮します。一方、カラー撮影では淡く控えめな発色が特徴で、あっさりとした色調が写真に独特の味わいを添えます。

開放ではピント面にわずかな滲みが生じ、柔らかく穏やかな質感描写となります。そのためコントラストは低めで、全体として軟調な印象を与えますが、一段絞ることで滲みは解消され、シャープでキレのある描写に変化します。

屋外での撮影時には逆光でハレーション(グレア)が顕著に現れ、画面全体が白く飛ぶことがあります。これを避けるには、フードの使用が不可欠です。

ビオターといえば、58mm F275mm F1.4に見られる特徴的なグルグルボケが知られていますが、本レンズ(8cm F2)ではその傾向は控えめです。近接からポートレート域にかけて、四隅にわずかな像の流れが見られる程度で、全体としては落ち着いたボケ味となります。

 後期モデル(Tコート付)x Fujifilm GFX100S

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:曇空, FS: CC)


F4  Fujifilm GFX100S(WB:曇空, FS: CC)





F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)  
F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)


F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)


F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)

F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)
F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto)





F2.8  Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS:CC)


F2.8  Fujifilm GFX100S(WB:曇空,FS: CC)










初期モデル(ノンコート) x Fujifilm GFX100S 

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)
F5.6  Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)


F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)























F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)
F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:Auto, FS :Standard)




































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