おしらせ


2018/08/30

KMZ PO56(RO56) 35mm F2 KONVAS-1M OCT-18 mount



レニングラード生まれ、クラスノゴルスク育ちの
35mmシネマムービー用レンズ  PART 6
豪華な7枚玉!
POシリーズのエース級レンズ
クラスノゴルスク機械工場 PO56(RO56) 35mm F2
焦点距離35mmのロシア製シネマ用レンズ(35mmフォーマット)には古くからKMZのPO4がありますが、設計が古く開放ではフレアが目立つため映画用カメラのKONVAS-1M(カンバス 1952年~)には代わりにレンズ構成を1枚増やし性能を向上させたPO56 35mm F2が採用されます。PO56は開放から滲みのない安定感のある写りでKONVASの主力レンズとして活躍、POシリーズの中では有名なPO3 と双璧をなす存在となっています。設計は同クラスのシネレンズとしては異例の7枚構成で、ガウスタイプの絞りのすぐ後ろに薄い凹メニスカスを配置した発展型です(下図)。これと同じ設計を採用したレンズにはライツのSummilux 35mmがありますが、口径比は一段明るいF1.4でした。本レンズでは明るさをF2に抑えることで、ワンランク上の描写性能を実現したと考えることができます。この種の設計では、口径比を抑えることで非常に優秀なレンズがつくれることが、コンピュータ・シミュレーションにより示されています[2]。なお、1950年代に登場したPOシリーズの映画用レンズは解像力に対する基準性能を中心50線・四隅25線(GOIの測定基準)と定めており、この基準値を超えるようレンズが開発されていました。
レンズが市場供給されたのは1950年代中頃からで、モスクワのKMZが製造したブラックカラーのモデルとレニングラードのLENKINAPファクトリー(LOMOの前身組織の一つ)が製造したシルバーカラーのモデルの2種類が存在します。レンズの生産は1970年まで続きますが[1]、LENKINAP製の個体は1950年代の短い期間に少量が生産されたのみで、直ぐに後継モデルのLENKINAP OKC1-35-1 35mm F2へとモデルチェンジしています。

PO56の構成図:GOI Catalog Objective 1970からのトレーススケッチ。左が前方で右がカメラ側。構成は5群7枚のガウスタイプ発展型で絞りの直ぐ後ろに凹メニスカスが配置されているのが特徴






PO56の魅力はイメージサークルが現在のデジタル一眼カメラの主流であるAPS-Cフォーマットに最適化されている点で、APS-C機においては規格の異なるフルサイズフォーマットのレンズを流用するよりも画質的に有利です。また、焦点距離が35mm判換算で52.5mmと標準レンズ相当であるため、これ一本でスナップからポートレートまで幅広い用途に対応することができます。APS-Cセンサーを搭載したミラーレス機で写真を撮る方には、とても魅力的なレンズではないでしょうか。

参考文献
[1] 1970年のGOIのカタログ(Catalog Objective 1970)には確かに掲載されているものの、同1971年のカタログでは削除されています
[2] レンズ設計のすべてー光学設計の真髄を探るー 辻定彦著 電波新聞社2006年: この種のレンズ構成で中口径レンズを設計する場合には、欠点の無い素晴らしい性能を実現できる事が示されています

レンズの入手
eBayでは200ドル~300ドル(+送料)の価格帯で取引されており、流通量の比較的多いレンズです。私はレンズを専門に扱うウクライナのセラーから2本の個体を1本は230ドル(約25000円)、もう一本は250ドル(約27000円)で手に入れました。双方とも外観にはスレやペイント落ちなどがありましたが、凹みなど大きなダメージはなく、肝心のガラスは新品に近い素晴らし状態でした。後玉が大きく飛び出していることからガラス表面に傷のある個体が多いので、購入時はコンディションに充分注意しなければなりません。

重量(実測) 156g, 絞り羽 8枚構成, 絞り F2(T2.5)-F22, 設計 5群7枚変形ガウスタイプ, フィルター径 56mm, マウント規格 OCT-18(KONVAS前期型)最短撮影距離(規格)1m, 解像力(GOI規格)中心50線/周辺25線, KMZ製(ブラックカラー)とLENKINAP製(シルバーカラー)の2種が存在する


デジタルミラーレス機で使用するには
レンズのマウントは映画用カメラのカンバス前期型に採用されていたOCT-18マウントです。eBayではOCT-18をライカMやソニーEなどに変換するためマウントアダプターが市販されており、レンズをデジタルミラーレス機で使用することができます。アダプターは5000円~10000円程度の値段で入手できます。ただし、OCT-18はスピゴットマウントと呼ばれる少し厄介な機構を持つマウント規格なので、市販のアダプターとはいえ、よほど良くできたものでない限り、ピント合わせに少し不便を感じるかもしれません。ピント合わせはレンズ本体のヘリコイドに頼らず、外部の補助ヘリコイドに頼るのがオススメの使い方です。アダプターを使いレンズをいったんライカMマウントに変換してから、補助ヘリコイド付のライカM→ミラーレス機アダプターを使ってデジタルミラーレス機に搭載するのがよいでしょう。簡単な改造ができる人なら、マグロエクステンションリングとステップアップリングを組み合わせれば、ライカMマウントに難なく変換できると思います。
 
撮影テスト
プロフェッショナル向けにつくられたKONVASの交換レンズともなれば、ライバルは西側諸国のスビードパンクロやシネ・クセノンあたりでしょう。本レンズも高性能なレンズであることは必然なわけで、シャープで解像力が高く、欠点の少ない優秀なレンズとなっています。開放でも四隅までフレアのないスッキリとヌケのよい写りで、近接撮影から遠方撮影まで撮影距離によらず画質には安定感がありますが、1~2段絞ったあたりからのシャープネスには凄いものがあります。背後のボケに乱れはなく、素直で穏やかなボケ味で、グルグルボケなどとは一切無縁です。逆光には比較的強く、太陽を入れてもハレーシヨンは少な目で、ゴーストはほぼ出ず、発色が濁ることもありません。階調描写も優れており、中間階調は豊富で、真夏日の試写においてもつなぎ目のないなだらかな階調描写です。シングルコーティングの時代のレンズですから開放ではトーンの軟らかい優しい画作りにも対応できます。

2018年8月 和歌山県・高野山
撮影機材:SONY A7R2/ Fujifilm X-T20

F8  Fujifilm X-T20(AWB) 

F5.6  sony A7R2(APS-C mode, WB:日陰)
F8  SONY A7R2(APS-C mode, WB:曇天) 
F2.8, sony A7R2(APS-C mode, AWB)
F2(開放)  SONY A7R2(APS-C mode, Aspect ratio 16:9. WB:日陰) 


F4  SONY A7R2(APS-C mode, WB:曇天) 



F8 SONY A7R2(APS-C mode, WB:曇天) 



2018年8月 ソルソファーム
撮影機材:FUJIFILM X-T20

F2(開放)  Fujifilm X-T20(WA: 日光)   


F4  Fujifilm X-T20(WB:日光 ;  Aspect ratio 16:9) 


F2.8  Fujifilm X-T20(WB:日光) 


F2(開放)  Fujifilm X-T20(WB:日光) 
F2(開放)  Fujifilm X-T20(WB:日光) 

F5.6  Fujifilm X-T20(WB:日光) 


F2(開放) Fujifilm X-T20(WB:日光) 
F2.8 Fujifilm X-T20(WB:日光) 
F2(開放) Fujifilm X-T20(WB:日光, Aspect ratio 16:9) 

F2.8  Fujifilm X-T20(WB:日光) 


F4  Fujifilm X-T20(WB:日光) 





F2(開放)  Fujifilm X-T20(WB:日光) 
F2(開放)  Fujifilm X-T20(WB:日光) 
F2(開放)  Fujifilm X-T20(WB:日光) 



2018/08/29

Zoomar München Macro-Kilar 90mm F2.8



不思議なボケが楽しめる
バットマンデザインのアメリカンマクロ
ZOOMAR/Kilfitt Makro-Kilar 90mm F2.8
バットマンの映画にはバットモービルやバットウィング、バットスーツ、バットラング(ブーメラン)など様々なスーパーアイテムが登場しますが、仮にバットマンがカメラを手にするとしたら、こんなレンズを使うに違いありません。米国ズーマー社(ZOOMAR)が1970年代に生産したマクロ・キラー(Makto-Kilar) 90mm F2.8です。このレンズはもともと1956年にミュンヘンのKilfitt(キルフィット)社から発売されたものですが、同社は1968年に当時すでに関係の深かった米国ズーマー社の傘下に入り、これ以降は1971年までズーマー社の社名でレンズを市場供給しています。ちなみに、写真用語として定着したズームレンズの「ズーム」はズーマー社の社名から来た派生語です。光学系はマクロ撮影用にチューニングされており、近接撮影時に最高のパフォーマンスを発揮できるよう、収差変動を考慮した過剰気味の補正になっています。レンズの構成はテッサータイプで、もともとはハッセルブラッドなど中判6x6フォーマットのカメラ用で使用できるよう設計されたものです。同社が様々な種類の純正アダプターを供給しており、中判カメラに加え、M42やExakta、Alpa等の35mmフォーマットのスチルカメラ、アリフレックス35等のシネマ用カメラなどに搭載され、幅広く使用されていました。

Makro-Kilar 90mm F2.8の構成図(ALPAレンズカタログからのトレーススケッチ)。左が被写体側で右がカメラの側である。レンズ構成は3群4枚のテッサータイプ

重量(実測) 520g, 最短撮影距離 0.14m, 絞り羽 16枚, 絞り F2.8-F32, 2段ヘリコイド仕様, アリフレックス・スタンダードマウント






左は無限遠撮影時。中央はヘリコイドが一回転し2段目のヘリコイドに移行するところで撮影距離は0.3m。右は2段目のヘリコイドをいっぱいまで繰り出したところで撮影距離は0.14m


入手の経緯
レンズは比較的豊富に流通しており、市場での相場は5万円~9万円あたりです。Kilfitt社銘のモデルにはシルバー鏡胴とブラック鏡胴の2種があり、Zoomar銘のモデルにはブラック鏡胴のモデルがありますが中身は全く同じです。今回のレンズは知人からお借りしました。
 
撮影テスト
開放ではフレアが発生しピント部はソフトですが、絞り込むほどスッキリとヌケがよくなり、F5.6以上に絞ると極めてシャープな像が得られます。絞りのよく効くレンズで、マクロ域で最適な画質が得られるよう、はじめから過剰補正の収差設計になっているのです。解像力は控えめで線の太い描写であるところはテッサータイプの性格をよくあらわしています。ボケは独特で、背後のボケに波紋のような光の集積部があらわれ、前ボケにもちょうどこれを反転させたような光の集積部ができます。はじめてみるタイプのボケです。絞りを開く過程で球面収差曲線が振動するためですが、手の込んだセッティングがこんなにも変わったボケを生み出しているのでしょう。絞った時の焦点移動がほとんどありません。

F2.8(開放), sony A7(AWB): 開放での独特な波紋状のボケはこのレンズの魅力の一つになっている。F5.6まで絞るとこちらのように普通のボケになる


F2.8(開放) sony A7(AWB): 絞り値を変化させ、ボケ具合を見ていきましょう。

F2.8(開放), sony A7(AWB):  背後のボケは光の集積が二重の輪を成しており、前ボケはその光の強度を反転させたようなボケ方となっている
F2.8(開放), sony A7(AWB): ピントをキッチリ合わせ、絞りに対するボケの変化をみてみよう。ピント部は少しソフトですが、

F4, sony A7(AWB): 1段絞ると少しシャープになる。ボケの二重輪は消滅しノーマルな玉ボケになる



F8, sony A7(AWB):: 深く絞るとピント部はかなりシャープ。絞るほどシャープになるレンズだ

ひとつ前の画像のピント部を拡大したもの。恐ろしくシャープだ