おしらせ


2013/12/19

Camera Mount for Helicoid Tube(CMHT) and Focusing Helicoid Tube

ヘリコイドチューブ用カメラマウント(中央・シルバー色の金具)、フランジ調整リング(前方・右2枚)、各種ヘリコイドチューブ(後列)

 
マニアの野望を叶えるレンズ遊びの究極ツール
ヘリコイドチューブ用カメラマウント x フォーカッシング・ヘリコイドチューブ
ヘリコイドチューブ用カメラマウントとはショートフランジのミラーレス機にフォーカッシング・ヘリコイドチューブというレンズの繰り出し機構を搭載するためのジョイントアダプターである。一般的なマウントアダプターとは異なり、カメラとレンズの間にヘリコイドチューブを内挿させるために用いる道具である。ヘリコイドチューブを導入すればレンズ本体が内蔵ヘリコイドを持つ必要はないため、活用できるレンズの範囲が広がる。バーレルレンズやエンラージングレンズ、複写用レンズ、プロジェクター用レンズ、工業用レンズなどにヘリコイドの繰り出し機構を提供し、これらをミラーレスカメラの交換レンズに変えてしまうマニア御用達のツールなのである。ヘリコイドチューブ用カメラマウント(以下ではCMHTと略称)のオス側は各種ミラーレス機のマウント規格、メス側はヘリコイドチューブのマウント規格(M42やM39などのネジマウント)になっており、搭載したヘリコイドチューブの先端にレンズやレンズヘッドを装着して使用する。最大の難所は使用したいレンズをヘリコイドチューブの先端部のネジ(M39/ M42/ M52ネジ)に取り付けることができるかどうかである。
ヘリコイドチューブには丈の長さ(最短光路長)や繰り出し長の異なる様々なバリエーションがある。ショートフランジのミラーレス機にCMHTを用いれば、使用するレンズのフランジバックに合わせヘリコイドチューブを自由に交換することができる。この種のツールはこれまでも一般的なマウントアダプターと一眼レフカメラの組み合わせにより実現できたが、搭載できるレンズはフランジバックの長いものに限られていた。この制限はミラーレス機の普及とCMHTの登場により大幅に緩和され、フランジバックの短いレンズでも使用できるようになった。最も短い11-18mmのヘリコイドチューブをEマウント機に用いる場合、先端に搭載することのできるレンズの最短フランジバックは30mmである。
CMHT(シルバーカラーの金具)をM42ヘリコイドチューブに装着するところ
ヘリコイド・チューブへの装着例:左がマウント側、右がレンズ側から見た様子である。ヘリコイドはいっぱいまで繰り出してある。外観は普通のヘリコイド付きアダプターと変わらない
CMHTとヘリコイドチューブの組み合わせがヘリコイド付マウントアダプターと大きく異なる点は、ヘリコイド部を交換することができる自由度の高さである。もちろん普通のヘリコイド付マウントアダプターとして用いることも可能で、ヘリコイドを繰り出せば搭載するレンズの最短撮影距離を強制的に短縮させることができる。
今回私が入手したCMHTはM42マウントのヘリコイドチューブをSonyのα7やNEXなどEマウント機に装着するための製品である。搭載できるヘリコイドチューブの市販品には下記のようなものがある。

ヘリコイド・チューブの市販品
ネジ規格:M42(レンズ側)-M42(カメラ側)
伸縮範囲      製品(入手先)
11mm - 18mm  日本製BORG OASYS 7840(Oasis Direct)
12mm - 17mm  中国製ノンブランド(eBay)
15mm - 25mm  日本製BORG OASYS 7842(Oasis Direct)
15mm - 26mm  中国製ノンブランド(eBay)
17mm - 31mm  中国製ノンブランド(eBay)
25mm - 55mm  中国製ノンブランド(eBay)
27mm - 47mm  日本製BORG OASYS 7841(Oasis Direct)
35mm - 90mm  中国製ノンブランド(eBay)

最近は中国製ヘリコイドチューブにも伸縮率の高い製品が次々と現れている。中国製のヘリコイドは筒の出口がややすぼんでおり、Sony A7で中望遠よりも長い焦点距離のレンズに搭載する場合にはケラレが生じることがわかっている。ケラレを避けたいならば日本製BORGブランドの使用をオススメする。BORGブランドでM42-Emountアダプターを構築する場合には、OASYS 7842に1cm長のM42マクロチューブを組み合わせるとよい。

ネジ規格:M42(レンズ側)-M39(カメラ側)
必要に応じてM42-M39ステップアップリングを用いる。
伸縮範囲       製品(入手先)
13.5mm - 23mm  中国製Yeenonブランド(eBay)
15.5mm - 29mm  中国製Yeenonブランド(eBay)
17.0mm - 34mm  中国製Yeenonブランド(eBay)
20.5mm - 45mm  中国製Yeenonブランド(eBay)
22.5mm - 48.8mm 中国製Yeenonブランド(eBay)

ネジ規格:M52(レンズ側)-M42(カメラ側)
伸縮範囲      製品(入手先)
12mm - 17mm  中国製ノンブランド(eBay)
17mm - 31mm  中国製ノンブランド(eBay)
25mm - 55mm  中国製ノンブランド(eBay)
35mm - 90mm  中国製ノンブランド(eBay)

ヘリコイドチューブ用カメラマウント(CMHT)は現在のところ国内での入手ルートがなく、eBayからのみ購入できる。私は中国製のYeenonブランドの製品(ソニーEマウント用)を14.19ドル+送料20ドルで購入した。この製品はマウント部の厚みが1mm(公証値)なので、仮に25-55mmのヘリコイド・チューブと組み合わせEマウント機(フランジ長18mm)に搭載すると、最短フランジ長の合計は44mm (1+25+18mm)となる。M42マウントのフランジ長は45.46mmなので、この組み合わせなら普通のヘリコイド付マウントアダプター(M42-Eマウント)として使用することも可能だ。下のスクリーンキャプチャーは実際にeBayで売られていたCMHTの製品販売ページである。Eマウント用以外の製品ではマイクロ・フォーサーズ用やFuji Xマウント用、EOS Mマウント用があった。
eBayに掲示されているヘリコイドチューブ用カメラマウントの製品販売ページ(画面キャプチャ)











萌えあがれレンズマニア達!以下では様々なジャンルのレンズに対する装着例を示す。最初は下の写真に示すような、ごく普通(?)のスチル撮影用レンズである。左側はデッケルマウントのSEPTON (ゼプトン)、中央はやはりデッケルマウントであるがロシア仕様の特殊なフランジ長を持つVEGA-3(ベガ3)、右側はMECAFLEX(メカフレックス)用望遠レンズのTELE-KILAR(テレ・キラー)である。デッケルマウント用レンズやレンジファインダー機用レンズは最短撮影距離が1m前後と長く、これまで花や虫などのマクロ的な撮影は諦めなければならなかった。ここにあげた3本のレンズの場合、最短撮影距離はSeptonが0.9m、Vega-3が1m、Tele-kilarが1.5mとなっている。3本ともヘリコイド機構を内蔵したレンズのため、ヘリコイドチューブに搭載するとダブルヘリコイド仕様となり、マクロレンズ並みの近接撮影が可能になる。
VEGA-3はフランジバックが通常のデッケルマウントのフランジよりも2~3mm長く、そのままデッケルレンズとして用いると指標どうりの正しい位置でフォーカスを拾うことができない。こうした製品固有の規格に依存する悩ましい事情も今回紹介するツールを用いれば全く問題にはならない。このレンズに用いるヘリコイドチューブは繰り出し長が最大で3cmにも達するため、2~3mm程度のズレは十分に吸収できるのである。
Tele-kilarはフランジバックが3本のレンズなかで一番短い。このようなレンズには丈の短いヘリコイドチューブを使う。一眼レフカメラには搭載できなかった組み合わせであるが、CMHTとミラーレス機の組み合わによって切り拓かれたレンズの新しい活路である。
左はVoigtlander Septon 50mm F2(デッケルマウント), 中央はKMZ Vega-3 50mm F2.8(Zenit-4/5/6ロシア版デッケルマウント), 右はKilfitt Tele-Kilar 105mm F4(MECAFLEX用/改M42) 。SeptonとVEGA-3はDKL-M42アダプターを用いてM42に変換後、ヘリコイドチューブ(25-55mm)に搭載している。Tele-kilarはM42ネジに改造してあるので、そのままチューブに搭載した





ミラーレス機Sony A7へのTele-kilarの搭載例

続いて複写用マクロレンズとエンラージングレンズ(引き伸ばし用レンズ)への装着例である。この種のレンズは一般にヘリコイド機構を内蔵しておらずレンズヘッドのみの製品である。フランジバック長の規格が製品モデル毎に不統一なので、ヘリコイドチューブをいろいろ試し最適な組み合わせを模索する必要がある。レンズのマウント部がM39ネジになっているケースが多く、M42-M39ステップアップリングを用いればヘリコイドチューブへの取り付けは容易である。
左はエンラージングレンズのBoyer Saphir 《B》 85mm F3.5、右は複写用マクロレンズのLeitz Macro Summar 8cm F4.5である。Saphir《B》はマウント部がM39ネジになっているので、M42-M39ステップアップリングを用いてM42に変換することでヘリコイドチューブに搭載している。SummarはCマウントなのでC-M42ステップアップリングを用いてM42に変換することでヘリコイドチューブに搭載している



ミラーレス機Sony A7へのSaphir Bの搭載例。Saphir Bは珍しいPlasmat/Orthometarタイプのレンズである

最後に中・大判撮影用レンズへの装着例である。この種のレンズも一般には内蔵ヘリコイドを持たないレンズヘッドのみの製品が大半である。フランジバック長の規格が製品モデルごとに不統一なので、ヘリコイドチューブをいろいろ試し最適な組み合わせを模索する必要がある。中・大判撮影用レンズは一部の広角レンズを除きフランジバックの長いものが多いので、ミラーレス機で使用する必要はなく、一眼レフカメラで使用した方がバランス的には快適である。この場合は普通のマウントアダプター(例えばM42-EOSアダプターなど)がCMHTの役割を果たす。CMHTを用いたミラーレス機への搭載はあくまでもフランジバックの短いレンズに対する活路を拓くものであり、フランジバックの長いレンズに対しては必ずしも最良の方法ではない。 
左はCZJ Biotessar 10cm F2.9, 中央はDallmeyer Dalmac 4inch(100mm) F3.5, 右はCZJ Doppel-Protar 128mm F6.3への搭載例である。各レンズとも大判撮影用レンズであり、さまざまな部品を組み合わせM42に変換している。この手のレンズをヘリコイドに搭載するには工夫や経験がいる。自分で手に負えない場合にはレンズ改造店に持ち込みマウント部を変換してもらえば、極端な仕様のレンズを除き大抵はうまくゆく(必ずうまくゆく保証はない)。私はこの手の改造が大好きなので自分でやらなきゃ気がすまない

せっかくなので最後に写真作例をお見せしよう。100年前に製造された古いレンズを現代のデジタルカメラに装着し楽しむことができるのは、とても幸福なことだと思う。新しい道具の登場が様々な可能性を押し広げてくれる事を今後も楽しみにしたい。
Doppel-Protar 128mm F6.3, 絞りF11, ISO2400, EOS 6D使用(AWB): 戦前に生産された2群8枚の大判撮影用レンズ。マクロ域でも良く写る。このレンズは開放付近で線の細い描写を楽しむことができる。いずれ本ブログでも紹介する予定である
Dallmeyer Dalmac 4inch(100mm) F3.5, 絞りF11, ISO, Sony A7'AWB): Dalmacはテッサータイプと言われている。こちらも戦前の製品だが良く写るレンズである




2013/12/11

List of deckel-mount lense



LIST OF DECKEL MOUNT LENS

Voigtländer

  • Skoparex 3.4/35
  • Skopagon 2/40
  • Color-Lanthar 2.8/50
  • Color-Skopar 2.8/50
  • Septon 2/50
  • Dynarex 3.4/90
  • Dynarex 4.8/100
  • Super-Dynarex 4/135
  • Super-Dynarex 4/200
  • Super-Dynarex 5.6/350
  • Zoomar 36-82mm f2.8 (OEM bland provided by Kilfitt)

●Carl Zeiss (Oberkochen)

  • Distagon 4/35
  • Distagon 4.8/35
  • Tessar 2.8/50
  • Planar 2/50
  • Sonnar ?/?
They have been released for a short period.  Some of them are made for Voigtlander Vitessa-T, which has the deckel mount of an old type(1956-1958) .

●Schneider
  • Curtagon 4/28
  • Radiogon 4/35
  • Curtagon 2.8/35
  • Xenar 2.8/45
  • Xenar 2.8/50
  • Xenon 1.9/50
  • Tele-Arton 4/85
  • Tele-Arton 4/90
  • Tele-Xenar 4/135
  • Tele-Xenar 4.8/200

●Rodenstock

  • Eurygon 2.8/30
  • Eurygon 4/35
  • Ysarex 2.8/50
  • Heligon 1.9/50
  • Rotelar 4/85
  • Rotelar 4/135
Please give me information about Eurygon 4/28 and 2.8/35.  They are listed in some book, but i have never seen.

●Enna

  • Lithagon 3.5/35
  • Tele-Ennalyt 3.5/135

●Steable

  • Ultralit 2.8/50

●Steinheil

  • Culmigon 4.5/35
  • Cassarit 2.8/50
  • Culminar 2.8/50
  • Quinon 1.9/50
●KMZ(USSR) for Zenit-4/5/6
  • Vega-3 2.8/50
  • Rubin-1 2.8/37-80
  • MIR-1 2.8/37 here 
  • JUPITER-25C 2.8/85 here
  • TAIR-38 4/133 here 
  • T- 200 5.6/200 here
Because of the difference of flange length, the compatibility of the above lenses to the regular DKL camera is incomplete.  The latter four lenses seems to be prototype models since they were at the exhibition of Moscow photo fair(see here).

Sankyo Kohki(JAPAN)
  • Vemar 4/135
  • Super Vemar 4/135
  • Vemar 4.5/200
●Wittnauer

  • Chronostar 2.8/50

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ここに掲載されていないデッケルマウントレンズの情報がありましたら、掲示板または下記宛てに情報をお寄せください。

I am just going to create the list of DKL-lenses, which is compatible to Voigtlander Bessamatic , Kodak Retina Reflex and Vitessa-T/Braun Super Colorette. If you have some information not listed above, please write on the bulletin board at the bottom of this page, or send email to the following address.



I am happy if you give the information. 

謝辞
Dyma様、Calvin、山良様から貴重な追加情報のご提供をいただきました。たいへん感謝しております。

2013/12/09

KMZ VEGA-3 50mm F2.8 (Zenit 4/5/6 VIZ."Zenit-DKL")



銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
PART4: VEGA-3 50mm F2.8
やはり存在した!デッケルレンズのロシア版コピー
Vega-3(ベガ3)はロシアのKMZ社が旧ソビエト時代の1964年から1968年まで生産したZenit-4(ゼニット4)という一眼レフカメラに搭載したレンズである。カメラの方は4年間で19740台生産され、そのほぼ全てにVega-3が標準搭載されていた。Zenit-4はフォクトレンダー社が生産した一眼レフカメラ(デッケルマウント採用)のBessamatic (ベッサマティック)から産み出されたコピーカメラであり、Vega-3は紛れもなくロシア版デッケルレンズなのである。このカメラの交換レンズには他にRubin-1 37-80mm F2.8というズームレンズも存在していた。Rubin-1(ルービン1)はKilfitt(キルフィット)社がフォクトレンダーブランドとしてOEM供給した世界初のスチル撮影用ズームレンズのZoomar(ズーマー) 2.8/36-82mmから生み出されたコピー製品である。Vega-3にしろRubin-1にしろマウント部の形状はBessamaticと完全に一致するので、デッケルレンズ用アダプターに装着することが可能で、私の所持している中国製DKL-M42アダプターとDKL-Nikon Fアダプターでは絞りの連動も問題なく行えた。ところが通常のデッケルレンズよりもフランジバックが長く、正しい距離でフォーカスを得ることができない。レンズとカメラの間にスペーサーを入れフランジ長を補正する必要があることがわかった。さぁ、どうする。
重量(実測)100g, フィルター径 40.5mm, 絞り羽 5枚, 最短撮影距離 1m, 焦点距離50mm, 開放絞りF2.8, 構成4群5枚Xenotar型, Zenit-4/5/6マウント。レンズ名の由来は七夕の織女星(琴座の一等星)Vegaである

Vega-3の設計構成(下図)は高解像で硬階調な描写を特長とする4群5枚のXenotar /Biometarタイプである。構成図をよく見ると旧東独Zeiss JenaブランドのBiometarよりも旧西独のSchneider社が設計したXenotarに近い丸みを帯びたダルマのような形状になっていることがわかる(こちらを参照)。この丸みは元を辿ればXenotarタイプの母型となったTopogonの光学系から来ており、非点収差の補正効果を高める働きがある。Vega-3がXenotar同様にピント部の均一性と周辺画質(画角特性)を重視したレンズであることを意味している。
Vega-3の光学系。Zenit-4の技術資料からトレースした。左が前方で右がカメラ側となる。構成は4群5枚の典型的なXenotarタイプである
フランジバックの調整
Vega-3が採用しているZenit-4/5/6マウントは通常のデッケルマウント(Retina/Voigtlander-DKL)よりもフランジバックが2~3mm長く、そのままデッケルレンズとして用いると、無限遠の指標点でフォーカスがオーバーインフとなってしまう。指標どうりの正しい位置でフォーカスを拾うにはスペーサー(フランジ調整リング)を入れフランジバック長を補正しなければならない。レンズをミラーレス機で使用するならば解決ははやく、最近はやりのヘリコイドアダプターを用いてアダプターの伸縮によりフランジ長を補正すればよい。この場合は、例えばDKL-M42アダプターでレンズのマウントをいったんM42に変換し、M42ヘリコイドアダプターを介して各種カメラマウントに変換すればよいであろう。一方、レンズを一眼レフカメラで使用する場合には、いったんDKL-M42マウントアダプターを用いてマウントをM42に変換し、M42ネジに2~3mm厚のスペーサーを填めるのが簡単である。ネジマウントの構造はシンプルなのでスペーサーを填めるには好都合なのである。ただし、レンズをNikon Fマウントに変換する場合はM42-Nikon Fアダプター(補正レンズなし)を入れるだけで約2mm厚のスペーサーを入れることと同等になり、運がよければフランジ補正不要のままNikon Fマウントのカメラで使用できる。より精確なフランジ補正をおこないたいなら、ここから更にスペーサーを用いた0.1mmレベルの微調整が必要になる。この手のスペーサー(M42フランジ調整リング)はヤフオクで金属製のものが入手できる。プラ板やポリエチレン板などで自作してもよい。
DKL-M42アダプター(右)のマウントネジに自作のフランジ調整リング(黒い金属のリング)をはめ、その上からM42- Nikon Fアダプター(左)を用いてNikon Fマウントのカメラに搭載してみたところ、無限遠のフォーカスをほぼ精確に拾うことができた



入手の経緯
今回紹介するレンズは2013年11月に英国のeBayメンバー(個人出品者)から手に入れた。この出品者はレンズばかりを売っているので素人ではないと判断し購入に踏み切ることにした。レンズは45ポンド(75ドルくらい)+送料10ポンドの即決価格で売り出されていたが、買い手のつく気配は全くない。値切り交渉を受け付けていたので35ポンドでどうかとリクエストしたところ、直ぐに私のものとなった。商品の記述は「ベリーグッドコンディション。ガラスはクリーン、絞りはスムーズ、概観はグッドコンディション。ヘリコイドリングのギザギザに少し汚れがある。半世紀前のレンズにしては良好だ」とのこと。この出品者の他のレンズに対する紹介文を読む限りではオーバーな表現はない。届いた品はホコリや拭き傷すらない良好な状態であった。eBayでの相場は70ドル程度であろう。

撮影テスト
使用カメラ Sony A7(α7) AWB
Xenotar型レンズといえば、一般に四隅まで高解像で硬階調な写りを特長とし、鋭く硬質な解像感とともに被写体を細部まで緻密に描ききることを得意としている。Vega-3も確かに解像力は高く、開放でも四隅まで破綻のない画質である。しかし、Xenotarのような鋭さや硬さはなく、開放での写りは明らかに軟調気味で、絞っても適度な軟らかさが保たれている。こうした描写傾向はこのレンズのオールドレンズ的な長所として評価してよい点であろう。デジタル撮影の場合は開放で色収差の滲みがみられ、ハイライト部の周りが薄らと色づく事があった。ボケが硬く、ザワザワと騒がしく見えるのはXenotar型レンズによくある傾向である。距離によっては僅かだが背景にグルグルボケもみられる。
F8, sony A7, ISO4000 (AWB): 絞っても階調描写は硬くならず、なだらかな濃淡変化を維持している



F4, sony A7, ISO2000 (AWB): 軟調な階調描写はシルバーを美しく引き立たせる効果がある




F8, sony A7, ISO6400 (AWB): 最近のデジカメは高感度に強い。これがISO6400の画質なのかと自分の目を疑いたくなる写りだ



F2.8(開放), Sony A7(AWB):  ピント部は開放でも高画質だ。後ボケはザワつき気味で、若干グルグルボケも出ている

2013/12/04

Voigtländer SKOPAREX 35mm F3.4 (DKL)


銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
PART3: SKOPAREX 35mm F3.4
軽量でコンパクトなレトロフォーカス型広角レンズ 
Skoparex(スコパレクス)はVoigtländer (フォクトレンダー)社が1956年に発売した一眼レフカメラ用のレトロフォーカス型広角レンズである。当初はレンジファインダーカメラのVitessa-T (旧式デッケルマウント)に搭載する交換レンズとしてSkoparet (スコパレット)の名で供給されていたが、1959年にデッケルマウントが新規格にマイナーチェンジされたのを機にSkoparexへと改称され、同社初の一眼レフカメラであるBessamatic(ベッサマティック)の交換レンズとして供給されるようになった。新旧のデッケルマウントに互換性はないことから、レンズ名が変更されたのは規格の変更によるユーザーの混乱を回避するためであったと考えられる。SkoparetからSkoparexへの改称ルールはVoigtländer社の他のレンズブランドにも一様に当てはまり、Vitessa-T用の交換レンズはそれぞれDynaret →Dynalex、Super-Dynaret →Super-Dynalex、Color-Skopar →Color-Skopar Xと置き換えられている。Bessamatic用のレンズだと思い込みVitessa-T用レンズを持ち出しても互換性はないので、使用することはおろかマウントすらできないのである。
Skoparexという名称から容易に連想できることだが、このレンズは同社テッサー・タイプのSkoparブランド(下図・上段)から派生したモデルであり、Color-Skoparの前方に凹レンズを据えレトロフォーカス化したProminent用Skoparon(スコパロン) 35mm F3.5(下図・左)を直接の先祖としている。Prominent(プロミネント)はミラーの可動部を持たないレンジファインダー機のため、一眼レフ的な発想からすれば本来はレンズをレトロフォーカス化する必要のないカメラである。しかし、マウント部にSyncro-Compur(シンクロ・コンパー)シャッターを組み込むという独特の構造のため、バックフォーカスを従来のレンジファインダー機よりも長く設定しなければならなかった。SkoparonはProminent固有の構造的な制限から生まれた変則的なレトロフォーカス型レンズなのである。その後、このレンズはVitessa-T用の交換レンズとして再設計され、バックフォーカスを更に伸張させたSkoparet /Skoparex F3.4へと発展している。SkoparetとSkoparonが兄弟の関係なのか親子の関係なのかについては記録がないのでわからない。
Skoparexの設計(下図・右)はテッサー型レンズ(黄色のエレメント)の前方に凹レンズ(緑のエレメント)と凸レンズ(赤のエレメント)を追加したもので、有名な元祖レトロフォーカスのAngenieux Type R1 2.5/35と同一構成である。Angenieux R1では開放でモヤモヤとしたコマの発生がみられコントラストは低下気味で発色も淡白であったが、Skoparexは口径比をF3.4と控え目に設定しているため、コマの発生は少なく、シャープでよく写るレンズとなっている。このクラスのレンズとしては極めてコンパクトかつ軽量で、重量は僅か167gしかない。
Voigtländer社のレトロフォーカス型広角レンズは1949年に登場したColor-Skopar 3.5/50(図・上段)を起点に生み出されている。1953年になるとColor-Skoparの前部に凹レンズ(緑色)を据えたProminent用レトロフォーカス型広角レンズのSkoparon 3.5/35(図・下段左)が設計され(1954年登場)、2年後の1956年には将来の一眼レフカメラ時代を念頭に据えたSkoparet/ Skoparex 3.4/35(図・下段右)が誕生している









重量:167g, 製造年:1960-1969年製造, 製造数:6万本強(Voigtlander社のデッケルレンズとしてはCoolor-Skoparに次いで2番目に多く生産されたブランドである),構成:5群6枚, 絞り羽 5枚, フィルター径 40.5mm, 最短撮影距離 1m(後期型は0.4mに短縮されている), 開放絞り値 F3.4, 焦点距離 35mm, 前玉が前方に出っ張っているので保護フィルターの装着をおすすめする




レンズは1960年から1969年まの9年間で6万本強もの数が生産され、この間に仕様変更を伴うマイナーチェンジが何度か繰り返されている。初期のモデルではColor-SkoparやTele-Artonと同様、マウント部にフォクトレンダー機では使用されるはずのない距離計連動用のカムがついていた。これは先行発売されていたデッケルマウントのレンジファインダー機Kodak Retina IIIs(1958年登場)に対抗するカメラをフォクトレンダーが計画していたためと考えられている。最短撮影距離は1mと長く、近接撮影が不得意なレンジファインダー機の都合に配慮した製品仕様となっていた。しかし、間もなくカメラ業界はレンジファインダー機の時代から一眼レフカメラの時代へと急速にシフトし、フォクトレンダーの新型レンジファインダー機は実現しなかった。これに応じるように後期のモデルでは不要となったカム構造が段階的に省かれ、最短撮影距離も0.4mまで短縮されている。また、鏡胴側面のグリップリング(ギザギザ)が幅の広いタイプに変更され、カメラへの脱着が容易になった。
 
入手の経緯
今回レンズの紹介で使用したSkoparexはデッケルレンズ愛好家のdymaさんからお借りした個体だ。dymaさんと私は鎌倉の杉本寺で偶然出会った仲である。Nikon FマウントのデジイチにTopcor(旧型)をつけ撮影していたので、普通の人でないことは直ぐにわかった。レンズの方は絞りの調子が悪く開放から2段までしか絞ることができなかったが、ガラスの状態は良く、テスト用の個体としては十分なものであった。Skoparexはデッケルレンズの中でもeBayでの流通量が比較的多いモデルなので、探すのには苦労しないであろう。現在は200-250ドル程度で取引されている。ヤフオクでの流通量は多くない。




撮影テスト
デジタル撮影  SONY A7 (AWB), Nikon D3(AWB)
銀塩撮影 Fujicolor C200(ネガ), SP400(ネガ)

最初期の製造ロットは内面反射光の問題が深刻で階調描写力が奮わなかったが、幾度かのマイナーチェンジを経て改良され、描写性能は飛躍的に向上したようである[文献1]。私が入手した個体はシリアル番号6756XXXで、1965年頃に生産された比較的後期のタイプである。
実際にレンズを手に取って使用してみると、解像力やコントラストなど基本性能は開放から良好で、ヌケや発色もよい。ピント部は開放からスッキリと写り、コマによる滲みは開放絞りの時に四隅で僅かに検出できる程度である。逆光撮影には弱く、ゴーストが出やすいことに加え、撮影条件がさらに厳しいと軽度のフレアも発生する。しかし、フレアが重症化することはなく、発色が著しく淡くなったり濁ったりということはなかった。歪みは僅かに樽型である。口径比がF3.4と控えめなので大きなボケ量は期待できないが、ボケは穏やかで安定感があり、2線ボケやグルグルボケなどの乱れは検出できなかった。以下、作例。
F8, 銀塩撮影(Fujicolor SP400 ネガ) : ご覧の通りにコントラストは良好で発色も鮮やか。Color-Skoparほど階調描写は硬くない
F5.6, 銀塩撮影(Fujicolor C200 ネガ): 右側の船のマストに注目すると、少し樽型に歪曲していることがわかる。気になる程ではない
F3.4, Sony A7 digital(AWB): 今度はデジタル撮影。逆光撮影時になるとゴーストが出やすく、発生したゴーストを中心にスペシューム光線のようなフレア(内面反射由来)が放射状に飛び出している。ただし、白濁するほどフレアが重症化することはない。2段絞ればフレアは消滅する

F3.4(開放), Nikon D3 digital (AWB): コマは初期のレトロフォーカス型広角レンズが抱えていた持病のようなものであるが、Skoparexの場合はよく補正されており、四隅で若干滲む程度である
F8, Nikon D3 digital(AWB): 深い被写界深度と適度に広い画角をもつ焦点距離35mmのレンズならではの構図だ。ちなみにここは浅草寺。100円入れて棒みくじをひき、棒の先端に記された番号をよんで引き出しから三椏紙[みつまたし](みくじの紙)を取り出すルールとなっている。娘は何と大吉を引いていた


F5.6, Nikon D3 digital(AWB): 軒先に人でもいれば、とても良い作例になっていた
F8, Nikon D3 digital(AWB): 絞れば四隅まで高解像だ(娘も5歳。大きくなりました。各方面から祝福のメールをいただき感謝しております)
F3.4(開放), Sony A7 digital(AWB): 絞りは開放だがピント部は四隅まで優れた画質である。控えめな開放F値のためボケ量は小さいが安定感のある穏やかなボケ具合である 



デッケルレンズの最大の悩みは最短撮影距離が長く、被写体に寄れない事である。とくにSkoparexのような広角系レンズでは被写界深度が深くボケ量が控えめとなるため、被写体に寄れないことは表現力におけるハンデとなっていた。このようなハンデはレンジファインダー機用レンズにも共通する悩みである。しかし、ショートフランジのフルサイズ・ミラーレス機やヘリコイドアダプターの登場が事態を一変させた。最短撮影距離を強制的に短くできるという新たな道が開けたのである。テクノロジーの変遷が半世紀も前に製造されたオールドレンズの資産価値を向上させるという、とても興味深い事例を我々は目の当たりにしている。

参考文献1 クラシックカメラ専科39 特集モダンクラシック・レンズ編 朝日ソノラマ P33

2013/11/20

Schneider-Kreuznach Retina-Tele-Arton 85mm F4 (DKL)





銘玉の宝庫デッケルマウントのレンズ達
PART2Retina-Tele-Arton 85mm F4
四隅まで高画質な
Xenotarタイプの中望遠レンズ
Schneider(シュナイダー)社もまたデッケルレンズに力を注いでいたメーカーであり、その徹底ぶりは同社が誇る主力ブランドのほぼ全てをラインナップ展開していたほどである。主にレチナ・デッケル機の交換レンズとして広角レンズのCurtagon(クルタゴン)、標準レンズのXenar(クセナー)とXenon(クセノン)、中望遠レンズのTele-Arton(テレ・アートン)、望遠レンズのTele-Xenar(テレ・クセナー)を生産していた。今回取り上げるデッケル特集の2本目は同社がTele-Xenarの上位ブランドとして1957年から1971年まで生産し、中望遠レンズの中核に据えてていたTele-Arton 85mm F4である。このレンズは口径比がF4と控えめで最短撮影距離が1.8mと長いため人気はなく、WEB上にも写真作例は少ない。中古市場では手ごろな価格で取引されているレンズである。ところが使ってみると驚いたことに実にシャープな写りなのである。知れば知るほどこのレンズの正体に興味がわいてきたので構成図を探してみたところ、下の図のようなものが見つかった。何と4群5枚のXenotar (クセノタール)である。Xenotarと言えば高解像で硬階調、切れ味の鋭い描写を特徴とし、中大判カメラ向けに供給された同社が誇るプロフェッショナル用レンズとして知られている。中古市場では現在も500-1200ドル程度と高値で取引される高級ブランドであるが、対するTele-Artonはデッケルレンズ自体が全体的に安値で取引されることもあり、僅か100ドルから150ドルで手に入る。Xenotarのシャープな写りを手軽に楽しむことができる穴場的なレンズと言えるのではないだろうか。
Tele-arton F4/F5.5の光学系(左が前方で右がカメラ側):Australian Photography Nov. 1967に掲載されていた図をトレーススケッチした。レンズの構成は4群5枚の望遠Xenotar型であり、普通のXenotarよりも前後群の間隔が広い。このタイプのレンズ構成は望遠レンズによくある糸巻き状の歪曲を後群の正の空気レンズで効果的に補正できるという優れた長所がある。一方で焦点距離(望遠比)を大きくとると球面収差の短波長成分のみがオーバーコレクション側に大きくなる短所がある(「レンズ設計のすべて」辻定彦著参照)。シュナイダーの望遠レンズ(焦点距離135mmと200mmの2種)がTele-XenarブランドがらTele-Artonブランドに置き換わらなかったのには、こうした性質を憂慮したためではないかと考えられる。なお、Tele-Artonには大判用(6x9や5x4)に供給された口径比F5.5、焦点距離180 /240 /279 /360mmのモデルも存在する。こちらは登場が35mm判よりも少しはやく、180mmF5.5のモデルが1955年から登場している。また、リンホフ用に1968年8月から供給された180mmF4のモデルは例外的に3群6枚構成である
Tele-Artonは旧西ドイツのBraun(ブラウン)社から発売されたレンジファインダーカメラSuper Colorette II (1956-1959製造)の交換レンズとして1957年に登場し、その後、Kodak社のレンジファインダーカメラRetina IIIS (Bessamatic互換)が1958年に採用した新規格のデッケルマウントにも対応している。1962年にはRobot用に90mmF4のモデルが108本、Edixa用(M42マウント)に85mmF4のモデルが100本造られ、更に1967年にはデッケルマウントの90mm F4も登場している。WEB上では各所で90mmのモデルが85mmのモデルの後継品であるとする見解を目にするが、この解釈はどうも間違いのようである。90mmの登場後も85mmのモデルの生産は続き、シュナイダーの製造台帳では1971年に生産された85mmの個体を確認することができるからである。そこで台帳上にて90mmF4のモデルのルーツを追うと、同社が1954年に僅か5本だけ試作したLongar-Xenotar 90mm F4という試作品に辿り着く。この記録は90mmのモデルが85mmのモデルよりも早く開発されていたことを意味しており、Tele-ArtonがXenotarをルーツとするレンズであることを裏付ける証拠にもなっている。設計者はギュンター・クレムト(Günther Klemt )であろう。

入手の経緯
本品は2013年9月にeBayを介し米国の古物商から即決価格166ドル(120ドル+送料30ドル+関税等仲介手数料16ドル)で落札購入した。オークションの解説は「西ドイツ製のTele-Arton。硝子に傷やカビ、汚れ、その他の悪い部分はない。フォーカスはスムーズで絞り羽の開閉はスムーズだ。鏡胴には軽度な傷があるが依然として新品に近いコンディションである。純正ケース、箱、ステッカー、マニュアル(1959年印刷)がつく」とのこと。状態はよさそうである。届いた品には後玉のコーティングに極軽い拭き傷があったものの、実写には影響の無いレベルである。eBayでの相場は100-150ドル程度であろう。
重量(実測)130g, 絞り羽 5枚, 最短撮影距離 6ft(1.8m), フィルター径(専用バヨネット式), 4群5枚Xenotar型, Kodak-Retina(DKL)マウント。EOS5D/6D系では無限遠近くを撮影する際にミラー干渉する。マウント部の溝はレンズファインダー機に対応するための距離計連動カムである。初期のデッケルレンズにはこのカムが多くみられるが、フォクトレンダー製レンジファインダー機の製造計画が進まず消滅している




撮影テスト
前エントリーで取り上げたテッサータイプのColor-Skoparとは発色の傾向が全く異なることが一目瞭然でわかるはずだ。Color-Skoparはテーマを選ばずにどんなシーンでも万人受けする写りであるのに対し、Tele-Artonはシュナイダーらしい青みの強い発色を特徴とする上級者向けのレンズである。使い方次第では美しく幻想的な写真効果が得られるが、使い方を誤ると重々しい病的な雰囲気に呑み込まれてしまうので、このレンズを用いる際にはテーマを慎重に選ぶ必要がある。明らかに普通の写りではないので、ツボに填るとオールドレンズの底力(奥深さ)を体感できるはずだ。例えば明け方や日没間際の低照度な条件でハイキーな写真を撮ると、この世のものとは思えない素晴らしい写真が撮れる。反対にアンダー気味に撮ると重苦しい雰囲気が増すが、こうした性質を廃墟など無機質なものを撮る際に積極的に活用するという手もある。開放から解像力、コントラストなどの基本性能がずば抜けて高く、硬質感の高い鋭くシャープ階調描写はクセノタール型レンズならではの特徴である。ピント部は四隅まで高画質で、控えめな開放F値のためボケは概ね安定している。ボケ味がクリーミーになるという事前情報を得ていたが、どうもよくわからなかった。

撮影条件
フィルム撮影: カラーネガフィルム Fujicolor SuperPremium 400  1本分を使用
デジタル撮影: EOS 6D(遠方撮影時にミラー干渉が起こるのでミラーアップモードで撮影)

今回は事情があり、このレンズと長く付き合うことができなかった。2013年9月22日の午後に京都で開催されたレイノカイのお散歩撮影会で撮った8枚の作例をお見せする。

F5.6, フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): シャドー部がクールトーン気味の発色になるのはシュナイダーレンズの特徴だ



F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): 開放でも画質には安定感があり、四隅まで高解像でボケも素直だ



F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ): この距離でグルグルボケが出ないのは口径比が控えめであるおかげだろう



F5.6, EOS 6D(AWB): こんどはデジタル撮影。フィルム撮影の時と同様にクールトン気味な発色傾向が得られている
F5.6, EOS 6D(AWB): 近接撮影でも画質は良好である。 デジタルカメラには不得意な紫の発色だが淡白になならず忠実な色再現である

F4(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ):ハイライト部のまわにのモヤモヤ感は出ていない。開放からキッチリと写るレンズだ
F5.6(開放), フィルム(Fujicolor S.P.400ネガ):緑が黄色に転びやすいのはシュナイダーのレンズによく見られる傾向だ







F5.6, EOS 6D(AWB)::再びデジタル撮影。ご覧と通りに優れた解像力である

2013/11/04

Voigtländer COLOR-SKOPAR X 50mm F2.8(DKL)




銘玉の宝庫Deckelマウントのレンズ達
PART1: COLOR-SKOPAR X
フォクトレンダー・デッケル機のエントリーレンズ
「なぜならレンズがとても良いから」。1756年に創業した世界最古のカメラメーカーVoigtländer(フォクトレンダー)社がカメラの宣伝に用いたキャッチコピーには自社の高性能なカメラについてではなく、レンズの素晴らしい性能を称える文句が使われた。Color-Skopar(カラー・スコパー)は同社が戦後に生産した多くのカメラに標準搭載され、写りが良いことで世間から高い評価を得ていたテッサータイプの標準レンズである。レンズを設計したのはNoktonやUltronなどの銘玉を設計した人物として知られるA.W.Tronnier(トロニエ博士)で1949年と1954年にそれぞれF3.5とF2.8のモデルを世に送り出している(文献2)。トロニエ博士は戦前のSchneider社に在籍していた頃に同じTessar型レンズのXenarを開発した経験があり、Color-SkoparにはXenarの開発で培ったノウハウが生かされている。一般にColor-SkoparはXenarよりも更に硬階調でシャープ、高発色なレンズと評されることが多く、鋭い階調性能と高いコントラストを持ち味とするTessar型レンズの長所が最大限に引き出されていると考えてよい。技巧性に富むVoigtländer社のマニアックなカメラに相応しい尖がった性格のレンズである。
重量(実測) 138g, 最短撮影距離 1m, 絞り羽 5枚, 3群4枚テッサー型, フィルター径 40.5mm, 製造年:1959-1967年(DKLマウント),製造本数 20万本弱(DKLレンズのみカウント), EOS5D/6D系に搭載する場合もミラー干渉は起こらない。このレンズはビハインドシャッター方式のカメラに搭載するレンズであり絞りリングは標準装備されていない。マウント側についている黄色マークは、このレンズがウルトラマチックで使用する際にカメラ本体に開放F値を伝える細工がしてあることを意味している。このマークがついている製品ロットは後期型の比較的新しい個体である






Skoparブランドが初めて世に登場したのは1926年である。最初のモデルはTessar型ではなく前後群をひっくり返した珍しい構成の反転Tessar型(あるいはアンチプラネット型とも言う)で口径比はF4.5であった。この種の構成を持つレンズにはSteinheil社のCulminar 85mmF2.8がある。Tessarタイプのレンズに比べやや軟調で発色もあっさりとしており、シャープネスでは一歩及ばなかった。直ぐに設計が見直され、翌1927年にTessarタイプへと構成が変更されている。その後、1930年代後半に口径比がF3.5まで明るくなり、初代Vito(1939-1949)などの35mm判小型カメラに搭載されるようになっている。1949年にはTronnier博士の再設計によりカラー撮影にも対応したColor-Skopar F3.5に置き換えられ、モデルチェンジを間近に控えたVitoの最終ロットに搭載された。1953年にはF2.8の更に明るいモデルもProminent用として登場し、F3.5のモデルとともに後継カメラのVito Bなどに標準搭載されている。なお、Color-SkoparはVoigtländer社が最も多く製造したブランドであり、デッケルマウント用は1959年から1967年までに20万本弱もの数が生産されていた。現在でも中古市場に数多くの製品個体が流通しており相場は安値で安定している。ちなみに同社で2番目に多く製造されたデッケルレンズはSkoparexで製造本数は6万本強、3番目はSepton(ゼプトン)で製造本数は5万2千本弱である。
Color-Skopar F2.8の構成図(左が前で右がカメラ側)。Vitessa T用として文献1のP112に引用掲載されていたものをトレーススケッチした。構成は3群4枚のTessar型で、第1レンズに厚みがあるのが特徴である
デッケル機は絞りの開閉をカメラの側でコントロールする仕組みになっている。デッケルレンズは絞りリングが省略されており、マウント部の近くに絞り羽根を制御するためのブラケットが突き出ているのみである(上の写真)。このブラケットを矢印の方向にスライドさせることで絞りを開閉させることができる。デッケルレンズ用のマウントアダプターにはブラケットをスライドさせるための制御ピンがついており、アダプターに内蔵された絞りリングとブラケットが制御ピンを介して連動できるようになっている
デッケルレンズ用のマウントアダプター。絞りリング(赤矢印)を回すと制御ピン(青矢印)が連動して動き、レンズのブラケットを引っ掛けながらスライドさせることができる
デッケル-M42マウントアダプターをレンズに装着したところ。装着時はアダプター側の固定ピン(赤矢印)をレンズのマウント部にある窪みにはめロックする。解除するには手前のレバーを青矢印の方向に押せばよい
コードXの謎を追う
レンズの銘板に誇らしげに刻まれたXのアルファベット。このコードは何を意味しているのだろうか。Color-Skopar Xに興味を持つきっかけは、そうした些細なところからであった。ちなみにSkoparというレンズ名はギリシャ語で「見る、観察する」を意味するSkopeoを由来としている。末尾に「X」のつく固有名詞と言えば、トヨタ自動車の「マークX」や「MAC OS X」などがあり、これらは通産10作目の製品ということを意味している。他にも「ミスターX」や「惑星X」「Xデー」「プロジェクトX(NHKのTV番組)」などがあり、これらには未知であるという意味が込められている。おそらく方程式の変数Xあたりが由来なのであろう。しかし、COLOR-SKOPARの場合は、これらのどれにも該当しない。レンズの場合にはこの種のアルファベットがガラス面に蒸着されたコーティングを意味する場合もあり、Zeiss製レンズのT(Transparent)コーティングやMeyer製レンズ等のVVergütung)コーティングなどがその典型である。また、Kodak社のレンジファインダー機Retina IICの交換レンズ(コンバージョンレンズ)にはCのイニシャルが記されている。レンズに関して言えば直ぐに思い当たるのはこんなところであるが、「X」なんてのは今まで聞いたことがない。イニシャルだと仮定してもXで始まる単語なんてそう多くはない。しばらくこのコードの謎に考えを巡らせ知人を巻き込みながら盛り上がっていたのだが、浅草のハヤタさんが答えを持っていた。このレンズはSyncro Compur X(シンクロコンパーX)というシャッターに搭載するためのレンズなのである。Compur Xシャッターはフラッシュにシンクロできる機構を内蔵しており、シャッターが降りるとX接点を介して信号が放たれフラッシュが発光する仕組を持っていた。ただし、レンズ自体にはこの機構に応じるための細工が何一つ無いとのことで、わざわざ銘板にXを明記した意図についてはハヤタさんも首を傾げていた。
最後にここからは全くの想像だが、Spiral説を述べてみたい。レンズが造られた当時のVoigtländer社にはProminentマウント(1954年~)、Vitessa-T(旧デッケル)マウント(1956年~)、Bessamatic/Ultramatic(新デッケル)マウント(1959年~)の3種のマウント規格が存在し、混乱が避けられない状況であった。そこで、Prominent用に供給された交換レンズがSkoparon, Ultron, Nokton, Color-Skopar, Dynaron, Super-Dynaronなど末尾が"ON"でほぼ統一されていたのに乗じ、1956年に登場するBitessa-Tの交換レンズでは末尾を"T"で統一することにして混乱を避けた。Skoparet, Dynaret, Super-Dynaletなどである。ただし、Color-Skoparだけは戦前から供給されていたブランド名なのでルールから外れてしまったのである。Prominent用レンズと間違えVitessa-T用レンズを持ち出すという混乱はやはり起こった。そこで、新しいデッケルマウントの規格であるBessamatic/Ultramatic用レンズ(1959年~)では末尾を"X"で統一するルールが徹底された。Skoparex, Dynarex, Super-Dynarexなどである。ところがColor-Skoparの末尾にXを付けると、今度はSkoparexとの識別ミスが起こるため、仕方なくColor-Skopar Xとしたのである。ちなみにSepton、Skopagon、Color-LantharはBessamatic/Ultramatic用レンズから新たに導入された名称なので、この手の混乱を避けることができた。もし、次の新しいマウント規格が出ていたら、Septon Xとでもするつもりだったのであろうか。

参考資料
  • 文献1:「ぼくらのクラシックカメラ探検隊:フォクトレンダー 第2版」Office Heliar 1996年初版、2000年3月改定版発行
  • 文献2:Color-Skoparの米国特許:US-Patent 2.573.511
レンジファインダー機に対応するため設けられた距離計連動用のカム。手元のレンズの中ではColor-Skopar XとTele-artonにこの機構を確認することができる。このカムは初期のデッケルレンズに多く見られるが、やがてデッケルマウントのレンジファインダー機がなくなり不要になたっため消滅している
入手の経緯
本品は2012年夏にeBay(UK版)を介してイギリスのコレクターから70ドル+配送料15ドルの合計85ドルで落札し入手した。このセラーはコレクションの整理と言いながら他にもいろいろなレンズを出品していた。コレクターであれば検査の精度については下手な業者よりもマトモなケースが多い。レンズはEX+++コンディションとのことである。1週間後に届いたレンズは写りに影響の無いレベルのホコリの混入があったが、ガラス自体は傷の無い綺麗な状態を維持しており問題なしの品であった。eBayでの相場は60~80ドル程度と求めやすい価格である。中古市場に多く出回っているレンズなので、じっくり待って状態の良い品を購入するとよいであろう。

撮影テスト
四隅まで破綻無くクッキリと鮮やかに写す。Color-Skoparの描き出す画にはTessarタイプのレンズならではの特徴がよくあらわれている。軟らかいトーンによるドラマチックな演出効果を期待することはできないが、代わりに鋭くシャープな階調描写で被写体を力強く鮮やかに表現できるのが、このレンズの本領である。収差はよく補正されており開放でもハロやコマに由来するフレアは殆んどみられないことから、スッキリとヌケのよい写りで、ややコッテリ感のある高彩度な発色である。コントラストは高く、特にハイライト域の階調が豊富で、白がクリアに写るところがとても印象的に感じる。一方、シャドーの階調は硬めで、ネガフィルムを用いた撮影では暗部にむかってグラデーションがストンと急激に落ちる傾向が顕著にみられた。こういうのをカリカリの描写と呼ぶらしい。ただし、デジタルカメラで使う場合にはトーンが幾らか持ち直し丁寧に表現されているようで、フィルム撮影の時よりも暗部が持ち上がり、なだらかな階調変化をとりもどしている。解像力自体は平凡で、鋭い階調描写による見た目の解像感は高いもののディテールの再現性は高くない。この様子はピクセル等倍まで拡大表示するとベタッとした絵になっていることからもよくわかる。優れた設計者の手で生み出されているとはいえTessarタイプはどう転んでもTessarタイプ。鳶が鷹を生むようなことはない。ただし、ピント部の画質の均一性は高く、四隅で解像力不足を感じることは無かった。ボケは概ね安定しているが距離によっては像が四隅で少し流れる傾向がみられる。口径比F2.8のテッサー型レンズとしてはこの程度の像の流れは普通のレベルであろう。ボケ味は若干硬めで僅かに2線ボケが出ることもある。TessarタイプのレンズにとってF2.8は安定した描写力を維持できる設計限界ギリギリのラインであるが、Color-Skoparの描写力は開放から概ね安定しており、どの撮影条件においても大きく転ぶことがない。値段が安い割に優れた描写力を持つレンズではないだろうか。

F4, 銀塩(ネガFjicolor S400):  クッキリと鮮やかで高彩度な発色である。階調描写は硬く鋭い。ヌケのよいクリアな描写である
F2.8 銀塩(ネガFujicolor S400): 開放でもハイライト部からハロやコマが出ずコントラストは高い。このレンズは濁りのない発色のためか白がとても綺麗に写る。やはりダブルガウス型レンズのようなフワフワとした軟らかいトーンを期待することはできないが、被写体を力強く鮮やかに表現することができるのは、この種の硬く鋭い描写を持ち味とするレンズならではの性質である
F2.8(開放), EOS 6D(AWB): 今度はデジタル撮影。ピーカンの晴天下だが、シャドー部が潰れず階調には適度な軟らかさが残っている。距離によっては四隅でアウトフォーカス部の像が僅かに流れるがグルグルボケには至らない。ピント部は四隅まで高画質である。ボケはやや硬めで、奥の手すりには2線ボケの傾向が出ている。F2.8の口径比を持つテッサータイプのレンズとしては、かなり優秀な描写力だ