おしらせ


2021/05/08

LOMO OKC7-28-1 (OKS7-28-1) 28mm F2 KONVAS OCT-18 mount


LOMOのシネレンズには解像力に対する厳しい規格があり、中心50線/mm以上、画角端25線/mm以上を要求していました。28mm F2の広角レンズでこの性能に到達するには、世界最高峰の光学技術を擁したLOMOでも10年近いの歳月を要したのです。

LOMOの映画用レンズ part 9
 
厳しい画質基準を豪華な9枚構成でクリアした

LOMO渾身の一本

LOMO OKC7-28-1(OKS7-28-1) 28mm F2

1950年代は映画用の明るい広角レンズを実現するにはまだ技術的に困難な時代でした。同時代の代表的な広角シネマ用レンズにテーラー・ホブソン社のSpeed Panchro(スピードパンクロ)25mmF2がありますが、開放ではコマ収差に由来するフレアが多く、柔らかく軟調な描写でした。ロシアでも1946年前後とかなり早い時期にレニングラードのKINOOPTIKAファクトリーでPO13-1 28mm F2が試作されていましたが、描写性能が厳しかったのか、後に映画用レンズの製造を引き継いだLENKINAPファクトリーで若干数の試作品が作られたのみに止まり、後継モデルが発売されることはありませんでした。

1960年代になるとレンズのコンピュータ設計が普及するとともにレトロフォーカス型広角レンズに有効な構成が発見されるなど、映画用広角レンズの設計に進歩の兆しが見えはじめます。また、1950年代末から1960年代初頭にかけて後にロシア映画界の黄金期と呼ばれる時代が到来し、映画産業に対する開発や投資が積極的に行われるようになります。この時期はレニングラードでLENKINAPファクトリーが映画用レンズの生産に乗り出すとともに、旧来からのPOシリーズを再設計、高性能な新型レンズをOKCシリーズとして再リリースしてゆきます。更に同地域では1962年にLENKINAPを含む幾つかの工場が合併し、巨大光学メーカーのLOMOが誕生、映画用レンズも含めた国内での光学製品の開発と生産を一手に担うようになります。レニングラードは再び、映画用レンズの国内最大の供給地となるのです。

LOMO(LENKINAP)の開発したOKCシリーズには明確な性能基準があり、諸収差に対する充分な補正をおこないながらも、解像力は中心で50線/mm、画角端で25線/mm以上を要求していました。一般的なネガフィルムに備わった記録密度の目安が25線あたりでしたので、この基準はフィルム面全体で記録密度を活かしきるといういうハードルの高いものです。広角レンズでこの基準をクリアすることは、当時、世界最高峰の光学技術を擁したLOMOでも容易なことではありませんでした。1960年代に28mm F2のモデルをOKCシリーズに組み込むことは、ついに実現しなかったのです。

しかし、1970年代に入りLOMOから2本の明るい広角レンズが登場します。1本目はOKC4-28-1 28mm F2で、ガウスタイプのマスターレンズ前方に凹メニスカスを据えるレトロフォーカス型レンズでした。このレンズは中心解像力こそ50線/mmでLOMOの基準をクリアしていましたが、画角端は20線/mmと僅かに届きませんでした。しかし、それまで開発されてきたどのレンズよりも優れていたため、1970年に発売されることとなりました。もう一本は翌1971年に登場したOKC7-28-1です。このモデルはマスターレンズが典型的ではない事からもわかるように、コンピュータで一から設計されたレンズでした。中心部53線/画角端32線とOKC4-28-1に比べ、周辺側の性能が大幅に向上しているとともに、光学系の全長がOKC4-28-1の60%弱まで短縮され、レンズはたいへんコンパクトになっています。ただし、設計構成は7群9枚と、たいへんコストのかかるものとなりました。それでも発売できたのは製造コストを度外視できる共産圏だったからでしょう。LOMOは10年かけて、十分な性能を有するOKC7-28-1の完成にこぎつけたわけです。このレンズは旧ソビエト連邦が崩壊する1991年まで製造されました。

OKC7-28-1の構成図:Catalog Objective 1971(GOI)からトレーススケッチした構成図の見取り図です。設計は7群9枚のレトロフォーカス型です

OKC7-28-1の設計は上図に示すような7群9枚構成で、何からの発展形態なのか判らない、まるで現代のレンズのような複雑な構造になっています。前方の凸レンズと凹レンズでそれぞれ歪みの補正とバックフォーカスの延長を実現し、2枚で凹レンズとなっていますので、レトロフォーカスタイプの一形態であることは確かです。後群はなんだか凄いことになっていますが、ガウスタイプからの発展形態のようにも見えます。コーティングはシアン系のシングルコーティングです。

 

レンズの入手と相場価格

LOMOのシネレンズは日本で全く認知されていませんので、本レンズも入手となるとeBayなど海外のオークションを通じてロシアやウクライナのセラーから買うルートしかありません。レンズはやや希少で、eBayには多い時でも1~2本程度しか出ていません。全く出ていない時もあります。相場価格はコンディションによって変わってきますが、4~7万円程度でしょう。前モデルのOKC4-28-1と大差はありません。私は2020年7月にeBayを介してロシアのレンズセラーから購入しました。外観、ガラスともに大変綺麗なコンディションでした。

OKC(OKS)7-28-1  28mm F2: フィルター径 62mm, 単撮影距離(定格) 1m, 絞り F2(T2.3)-F16, 絞り羽 12枚, 重量(実測) 247g, OCT-18マウント




マウントアダプター

本レンズは映画用カメラのKONVAS(カンバス)に搭載する交換レンズとして市場に供給されました。マウント部はカンバスの前期型に採用されたOCT-18マウントです。デジカメでこのマウント規格のレンズを使用するにはmukカメラサービスが3Dプリンタで製造し販売ているこちらのアダプターがよさそうです。私はこのアダプターの存在を知りませんでしたので、ポーランドのセラーがeBayにて8000~9000円で販売しているOCT18-Leica Mアダプターを使用しました。私が入手したアダプターは廻り止めのキーが内蔵されていないシンプルなつくりなので、ピントリングと絞りリングが一緒に回ってしまう点が不便ですが、レンズのヘリコイドは使用せず、代わりにミラーレス機に中継するアダプターをヘリコイド付きにして、ピント合わせはアダプター側のヘリコイドでおこないました。他にも、ロシアのRafCameraがeBayで販売しているOCT18 - M58x0.75アダプターやOCT18-Canon EOS(EF)アダプターなどがあります。このアダプターの使い方については本ブログのOKC4-28-1の記事で取り上げました。

F2(開放) sony A7R2(APS-C mode) 普通に撮ると、開放でもこんなに高コントラストでとれてしまいます。恐ろしく高性能なレンズです


 

撮影テスト

ピント部は中央から周辺部まで良像域が広く、解像力もあり、写真の四隅でも画質はかなり安定しています。開放でもピント部の像に滲みはなく、スッキリと良く写ります。レンズの前玉がフィルター枠よりかなり奥まったところにあるためゴーストが出にくく、逆光でも描写は安定しています。私が入手した個体はシングルコーティングでしたが、とてもシャープでよく写るレンズでした。背後のボケは穏やかで、グルグルボケや放射ボケが目立つことはありません。四隅での光量落ちは全く目立たないレベルでした。

フツーに撮るとたいへん高性能なレンズでつまらないので、以下ではFujifilmのミラーレス機に搭載し、フィルムシミュレーションのClassic Chromeで撮影しましたので、彩度がやや低めの設定です。

F8 Fujifilm X-T20(Film simulation: Classic chrome, WB:日光)

F2(開放) Fujifilm X-T20(Film simulation: Classic chrome, WB:日光)



F2(開放) Fujifilm X-T20(Film simulation: Classic chrome, WB:日光)
F2(開放) Fujifilm X-T20(Film simulation: Classic chrome, WB:曇天)

F2(開放) Fujifilm X-T20(Film simulation: Classic chrome, WB:曇天)

F2(開放) Fujifilm X-T20(Film simulation: Classic chrome, WB:曇天)

F2(開放) Fujifilm X-T20(Film simulation: Classic chrome, WB:曇天)

A.Schacht Ulm M-Travenar R 50mm F2.8

等倍まで拡大できる

テッサータイプのマクロレンズ

A.Schacht M-Travenar 50mm F2.8

A.Schacht社は1948年に旧西ドイツのミュンヘンにて創業、1954年にはウルム市に移転して企業活動を継続した光学メーカーです。創業者のアルベルト・シャハト(Albert Schacht)は戦前にCarl Zeiss, Ica, Zeiss-Ikonなどでオペレータ・マネージャーとして在籍していた人物で、1939年からはSteinheilに移籍してテクニカル・ディレクターに就くなど、キャリアとしてはエンジニアではなく経営側の人物でした。同社のレンズ設計は全て外注で、シャハトがZeiss在籍時代から親交のあったルードビッヒ・ベルテレの手によるものと言われています。ベルテレはERNOSTAR、SONNAR、BIOGONなどを開発した名設計者ですが、戦後はスイスのチューリッヒにあるWild Heerbrugg Companyに在籍していました。A.Schacht社は1967年に部品メーカーのConstantin Rauch screw factory(シュナイダーグループ)に買収され、更にすぐ後に光学メーカーのWill Wetzlar社に売却されています。なお、シャハト自身は1960年に引退していますが、A.Schachtブランドのレンズは1970年まで製造が続けられました。

今回ご紹介するM-Travenar 50mm F2.8はA.Schacht社が1960年代に市場供給したマクロ撮影用レンズです。このレンズは等倍まで寄れる超高倍率が売りで、ヘリコイドを目一杯まで繰り出すと、なんと鏡胴は元の長さの倍にもなります。レンズ設計構成はベルテレとは縁の遠いテッサータイプですが(下図)、同社のレンズはベルテレが設計したというわけですから、このレンズも例外ではありません。ジェネリックな構成なので裏をとるための特許資料は見つかりそうにありませんが、ゾナーを作ったベルテレがテッサータイプを作ると一体どんな味付けになるのでしょう。事実ならば、とても興味深いレンズです。

A.Schacht M-Travenar 2.8/50の構成図(カタログからのトレーススケッチ)。左が被写体側で右がカメラの側です。設計構成は3群4枚のテッサータイプで、前・後群に正の肉厚レンズの用いて屈折力を稼ぎF2.8を実現している

テッサータイプのレンズ構成自体は1947-1948年にH. Zollner (ツェルナー)が新種ガラスを用いた再設計によって、球面収差とコマ収差の補正効果を大幅に改善させた事で成熟の域に達しており、口径比F2.8でも無理のない画質が実現できるようになったのは戦後のZeiss数学部(レンズ設計部門)の最も大きな成功の一つと称えられています。このレンズもF2.8で高性能ですので、新種ガラスが導入されているものと思われます。

A.Schacht M-Travenar 50mm F2.8( minolta MDマウン): 重量(実測)356g, フィルター径 49mm, 絞り F2.8-F22(プリセット機構), 最大撮影倍率 1:1(等倍), 最短撮影距離 0.08m, レンズ構成 3群4枚(テッサー型), 絞り羽数 12枚, レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来である






























参考文献

[1] Peter Geisler, Albert Schacht Photo-Objektive aus Ulm a.d. Donau: Ein Beitrag zur neueren Ulmer Stadt- und Technikgeschichte (2013)

入手の経緯

A.Schachtのレンズはベルテレによる設計であることが広まり、近年値上がり傾向が続いています。eBayでのレンズの相場は350ドルあたりですが、安く手に入れるための私の狙い目はアメリカ人で、ビックリするほど安い即決価格で出品している事が度々あります。米国ではA.Schachtのレンズに対する認識や評価があまり進んでいないのかもしれませんね。国内ではショップ価格が35000円~45000円あたりのようです。今回の私の個体は海外の得意先から出品前の製品を購入しました。珍しいミノルタMDマウントでしたが、市場に数多く流通しているのはEXAKTAやM42、ライカLマウントです。

撮影テスト

ポートレート域ではいかにもテッサータイプらしいシャープで線の太い像ですが、近接撮影時では微かに柔らかい雰囲気のある画になります。マクロレンズに求められる近接撮影時の安定感はたいへん良好で、驚いたことに最短撮影距離でも滲みらしい滲みが全くでません。おかげで、コントラストは高く、発色も良好、等倍マクロの衝撃的なスペックは見掛け倒しではありません。

さすがにテッサータイプなのでガウスやトリプレットのような高解像な画は吐きませんが、フィルムで使用するには、このくらいの解像力があれば十分だったのでしょう。ボケはポートレート域で微かにグルっと回ります。テッサーには軽い焦点移動があり、開放でピントを合わせても絞り込んだ際にピントが狂ってしまう問題がありますが、さすがに高倍率のマクロ域で撮影する場合は、絞ってピント合わせをしますので、問題なし。

では写真作例です。まずはマクロ域ですが、我が家のコワモテアイドルであるサンタロボの魅力に迫ってみました。トコトン。

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰) まずは絞りを変えながらのテストショットです。開放でも滲みなどは出ず、スッキリとしたヌケのよい写りで、発色も良いみたい。十分にシャープな画質が撮れています


F8 sony A7R2(WB:日陰) 十分に絞りましたが、中心部の解像力、改造感はあまり変わらない感じがします。開放からの画質の変化は小さく、安定感のある描写です。


F8 sony A7R2(WB:日陰) 絞り込んだまま、かなり寄ってみました。ここから先は絞り込んでとるのが基本ですので、開放でのショットは省略します。この距離でも十分な画質で近距離収差変動はよく抑えられている感じです。トナカイ君との相性もバッチリで仲良く撮れています。さらに近づいてみましょう
F8 sony A7R2(WB:日陰)ここからはコワモテ君の単独ショットで本領発揮です。彼の魅力は接近時に引き立てられます。写真のほうは思ったほど滲まず、適度な柔らかさのまま解像感も十分に維持されており、想定以上の良い画質を維持しています。近距離収差変動はよく抑えられている感じで、これぐらいの柔らかさなら雰囲気重視の物撮りにおいて普段使ってもいい気がします
F8 sony A7R2(WB:日陰)いよいよ最短撮影距離(等倍)まで来ました。コワモテ君の迫力もMAXです。微かな柔らかさを残しつつも十分な解像感が得られており、コントラストは依然として良好で発色も十分に濃厚です。等倍でも十分に使えるレンズのようで、雰囲気重視を想定しているなら物撮り用に十分に使えるレンズだと思います














 

続いてはポートレート撮影の写真です。モデルはいつもお世話になっている彩夏子さん。ボーイッシュにイメチェンした彩夏子さんを初めて撮らせていただきましたが、とても新鮮でした。

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

F5.6  sonyA7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

M-Travenar + Fujifilm GFX100S
最後はミニチュア人形たちを中判デジタル機のGFX100Sに搭載して撮りました。四隅に少し光量落ちが見られるものの、近接撮影では全く目立ちません。

F8, fujifilm GFX100S(AWB, film simulation: NN)

F8, fujifilm GFX100S(AWB, film simulation: NN)
F8, fujifilm GFX100S(AWB, film simulation: NN)







F8, fujifilm GFX100S(AWB, film simulation: NN)




2021/05/07

LOMO特集(再開のおしらせ)

レニングラード生まれの映画用レンズ

ロシアの革命家レーニンは「すべての芸術の中で、もっとも重要なものは映画である」と唱え、世界初の国立映画学校を設立しました。「レーニンの街」の意を持つレニングラード州には世界遺産の古都サンクトペテルブルクがあり、ロシア帝国時代まで遡る同国の映画産業の発祥地、芸術の都として栄えました。ここは日本でいう京都みたいなところで、とても美しい場所です。

ロシアの映画用レンズの発祥地も、やはりレニングラード州でした。同州のKINOOPTIKA社が1946年前後に発売したPOシリーズが戦後のロシア映画用レンズの源流です。ただし、POシリーズの生産拠点は間もなくモスクワに移転され、戦後につくられたPOシリーズの多くはモスクワのKMZ社(現在のゼニット)が製造したものとなりました。ロシアの映画用レンズの楽しみ方は、こうした時代背景、社会的背景を知るところから始まります。

さて、長らく放置していたLOMOの映画用レンズの特集を再開したいと思います。特集もpart 9まで来ると中だるみするんですよね。あとちょっとですね。

  • part 9    OKC7-28-1 28mm F2
  • part 10  OKC1-56-1 and OKC4-75-1
  • part 11   OKC6-75-1 75mm F2
  • part 12   OKC1-50-1 50mm F2

と取り上げてゆく予定です。