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2024/03/10

LOOMP (LOMO) OKC1-75-1 (OKS1-75-1) MACRO 75mm F2

























LOMOのヘビー級マクロ・シネレンズ
LOOMP(LOMO) OKC1-75-1 (OKS1-75-1) 75mm F2  OCT-19 mount
ロシア製シネレンズにマクロ撮影用モデルがあることは、流通品を何度か目撃していましたので、認識はしていました。私が目撃した製品個体はPO2-2M、OKC1-75-1、OKC6-75-1の3製品で、いずれも焦点距離が75mmの35mm映画用レンズです。これらは撮影フォーマットがAPS-Cに近く、中望遠レンズというよりは望遠レンズのカテゴリーに入りますので、本来なら不人気のジャンルです。しかし、ライカ判(フルサイズセンサー相当)でもダークコーナーの出ない製品であることからポートレート撮影に流用できるため人気があります。さらにレンズがマクロ撮影仕様ともなれば流通量は少ないため、高額で取引される傾向があります。ただし、今回のレンズはデカさと重さでコレクターには嫌煙されているのでしょう。10万円前後の比較的買いやすい価格帯で流通しています。京都のブログ読者の方から1本お借りする機会が得られましたので、軽くレポートすることにしました。
お借りしたのはLOMOの前身団体である LOOMP(レニングラード光学器械工業企業体連合)が1964年代に製造したシネマ用マクロレンズのOKC1-75-1です。このレンズはそれ以前から存在していたKMZ PO2-2M やLENKINAP PO60の後継モデルにあたる製品です。レンズのヘリコイドは巨大で、金属製のため重量は何と865gもあります。ヘリコイドを完全に繰り出した時の全長は最も短い時の2倍にもなり、撮影倍率(最大値)は1.4倍に達します。センサーサイズと同じ幅の被写体を最短撮影距離で撮影すると、写真の幅の1.4倍の大きさで写ることになります。

OKC1-75-1(MACRO) 75mm F2: 重量(実測) 865g, 最大撮影倍率 x1.4, フィルター径 52mm, 設計構成 4群6枚ガウスタイプ, F2-F16, 絞り羽 16枚構成, 最短撮影距離 30cm前後, 定格撮影フォーマット Super 35mm(APS-C相当), マウント規格 OCT-19, Pコーティング(単層), 最大撮影倍率 約1.4倍
 
焦点距離75mmのシネレンズと言えば、1940年代中半に開発されたPO2-2がロシアでは始祖的な存在です。その後はレニングラードのLOOMPやLENKINAP工場でPO2-2をベースとする改良モデルのPO60(1950年代中半~)やOKC1-75-1(1960年代~)が開発されます。これらはいずれも2つの貼り合わせ面を持つ4群6枚構成のレンズで(下図)、レンズエレメントの形状や各部の寸法が似通っていますので、PO2-2からの直接の流れを汲んだ製品と言って間違いありません。
PO2-2とOKC1-75-1の構成図でGOIレンズカタログからのトレーススケッチです
 
今回のレンズはマクロ撮影用の特殊仕様ですが、ヘリコイドの繰り出し量が大きいだけで、光学系は通常撮影用のOKC1-75-1と同一であるというのが自然な解釈です。根拠はありませんが、GOIのレンズカタログにはマクロ版のOKCシリーズは掲載されていませんし、今回のレンズ個体の銘板にマクロモデルであることを主張するような表記は見当たりません。文献がないので、あとは撮影で判断するしかありません。マクロ撮影用に再設計された光学系であれば収差変動を考慮し補正の基準点が近接側にあるため、遠方撮影時には開放で少しフレアが出たり、背後のボケがゴワゴワと硬めのボケ味になる事が予想されます。
さて、届いたレンズを手に取り、デカさと重さ、金属とガラスの塊のような鏡胴に思わず笑ってしまいました。しかし、驚くのはまだはやく、ヘリコイドを回すと更に一回りも二回りも巨大化するのです。シュタインハイルのマクロレンズも見事な存在感でしたが、ここまでは重くはなかったです。
 
作成したOCT-19 to LEICA Mアダプター
レンズはOCT-18の後継にあたるOCT-19というマウント規格です。この種のレンズをデジタルカメラで使用するためのアダプターは存在するにはしますが、M42やライカなど汎用性の高いマウント規格に変換するアダプター製品が見当たりません。今回は様々な部品を組み合わせることで、ライカMマウントに変換するためのアダプターを自作しました。部品の組み合わせを下の写真に示します。当初予定していたM42アダプターの制作は途中で断念しました。マウント側の間口が後玉の直ぐ後ろに来てしまい、光の反射が画質に悪影響を及ぼすと判断したためです。
 
自作OCT-19マウント・アダプターの部品構成。これで微かにオーバーインフとなります
 

入手の経緯
レンズは京都のブログ読者からお借りた個体で、このレンズを使うためのOCT-19アダプターを自作で作っほしいというご相談とともに送られてきました。私はプロではないので、この手の依頼は原則受けないのですが、このデカいレンズには興味がありましたので、お引き受けすることとしました。eBayでアダプター製品を見回しますと、OCT-19マウントのアダプターは200ドルから300ドルと高値で取引されています。ただし、汎用性の高いM42やライカマウントに変換するようなアダプター製品はまだ存在しないようです。レンズの方はもともとeBayで700ドルで売られていたものを値切り交渉により525ドルで手に入れたとのことです。ガラスの状態は傷、カビ、クモリ等なくたいへん良好でした。私も値切り交渉は時々しますが、そこまで安くしてもらった経験はまだありません。せいぜい10~15%引きくらいまでです。
 
撮影テスト
高性能なレンズです。開放から滲みはほぼ見られず、ピント部には十分な解像感があります。開放での画質はやや軟調気味で発色もやや淡くなるものの、1段絞ればコントラストは向上し、更にシャープな像が得られます。ただし、絞っても階調は硬くはなりませんので、ここはオールドレンズならではの長所かとおもいます。背後のボケはポートレート域でも比較的柔らかく、綺麗に拡散しています。こうした描写の特徴からは、やはりこのレンズはマクロ用に設計されたものではなく、普通のOKC1-75-1からの転用であると感じさせられます。
定格イメージフォーマットは35mm映画用フォーマット(APS-C相当)ですので、規格外のフルサイズ機で用いると、通常は画角内に写らない広い領域が写ります。しかし、グルグルボケや放射ボケは全く見られませんし、ピント部も像は四隅まで安定しています。歪みは樽型ですがフルサイズ機でも目立たないレベルでした。良像域が広く、画質的にかなり余裕のある設計のようです。
続いて近接撮影ですが、開放では色収差による滲みが出ているものの2段も絞れば滲みは完全に消え、十分な解像感とスッキリとしたクリアな像が得られます。絞る事が基本のマクロ撮影ですので、開放での滲みは大した弱点にはならないでしょう。
 
F4 Nikon Zf (WB:日光)  蛇の影が現れました!


F2(開放) Nikon Zf(WB: 日光Auto) 今日もこの子がモデルです
F5.6 Nikon Zf(WB:日光Auto) 近接域の写真も一枚どうぞ。開放では少し色収差の滲みがでましたが、少し絞ると滲みは完全に消えます
F2(開放) Nikon Zf(WB:日光Auto) 背後のボケは綺麗です。このくらいの距離でボケ味が硬くならないところから推し量ると、おそらく光学系はマクロ仕様ではなく、普通のOKC1-75-1からの転用であると思われます。四隅で口径食が出ていますが、規格外のフルサイズ機で用いている事に加え、前玉がかなり奥まったところにあることが影響しているのでしょう


F2(開放) Nikon Zf(WB:日光Auto) 開放でも全く滲みません。ピントを正確にあわせ赤枠をクロップしますと・・・
Cropped from one previous photo: 中央はこのとおりシャープで、性能はしっかり出ています。もう少し拡大し、100%クロップしますと・・・
Cropped from one previous photo(100% crop) キリッとした像を維持しています

F4 Nikon Zf (WB:日光Auto) 四隅まで像は安定しており、歪みも僅かです。こういう写真は30年後に見ると面白い!こんなのあったあったと楽しめそうです。しかし、この写真だけ見ると、今の日本の物価は30年前と大差が無いことを実感します

2021/05/08

A.Schacht Ulm M-Travenar R 50mm F2.8

等倍まで拡大できる

テッサータイプのマクロレンズ

A.Schacht M-Travenar 50mm F2.8

A.Schacht社は1948年に旧西ドイツのミュンヘンにて創業、1954年にはウルム市に移転して企業活動を継続した光学メーカーです。創業者のアルベルト・シャハト(Albert Schacht)は戦前にCarl Zeiss, Ica, Zeiss-Ikonなどでオペレータ・マネージャーとして在籍していた人物で、1939年からはSteinheilに移籍してテクニカル・ディレクターに就くなど、キャリアとしてはエンジニアではなく経営側の人物でした。同社のレンズ設計は全て外注で、シャハトがZeiss在籍時代から親交のあったルードビッヒ・ベルテレの手によるものと言われています。ベルテレはERNOSTAR、SONNAR、BIOGONなどを開発した名設計者ですが、戦後はスイスのチューリッヒにあるWild Heerbrugg Companyに在籍していました。A.Schacht社は1967年に部品メーカーのConstantin Rauch screw factory(シュナイダーグループ)に買収され、更にすぐ後に光学メーカーのWill Wetzlar社に売却されています。なお、シャハト自身は1960年に引退していますが、A.Schachtブランドのレンズは1970年まで製造が続けられました。

今回ご紹介するM-Travenar 50mm F2.8はA.Schacht社が1960年代に市場供給したマクロ撮影用レンズです。このレンズは等倍まで寄れる超高倍率が売りで、ヘリコイドを目一杯まで繰り出すと、なんと鏡胴は元の長さの倍にもなります。レンズ設計構成はベルテレとは縁の遠いテッサータイプですが(下図)、同社のレンズはベルテレが設計したというわけですから、このレンズも例外ではありません。ジェネリックな構成なので裏をとるための特許資料は見つかりそうにありませんが、ゾナーを作ったベルテレがテッサータイプを作ると一体どんな味付けになるのでしょう。事実ならば、とても興味深いレンズです。

A.Schacht M-Travenar 2.8/50の構成図(カタログからのトレーススケッチ)。左が被写体側で右がカメラの側です。設計構成は3群4枚のテッサータイプで、前・後群に正の肉厚レンズの用いて屈折力を稼ぎF2.8を実現している

テッサータイプのレンズ構成自体は1947-1948年にH. Zollner (ツェルナー)が新種ガラスを用いた再設計によって、球面収差とコマ収差の補正効果を大幅に改善させた事で成熟の域に達しており、口径比F2.8でも無理のない画質が実現できるようになったのは戦後のZeiss数学部(レンズ設計部門)の最も大きな成功の一つと称えられています。このレンズもF2.8で高性能ですので、新種ガラスが導入されているものと思われます。

A.Schacht M-Travenar 50mm F2.8( minolta MDマウン): 重量(実測)356g, フィルター径 49mm, 絞り F2.8-F22(プリセット機構), 最大撮影倍率 1:1(等倍), 最短撮影距離 0.08m, レンズ構成 3群4枚(テッサー型), 絞り羽数 12枚, レンズ名は「遠くへ」または「外国への旅行」を意味するTravelが由来である






























参考文献

[1] Peter Geisler, Albert Schacht Photo-Objektive aus Ulm a.d. Donau: Ein Beitrag zur neueren Ulmer Stadt- und Technikgeschichte (2013)

入手の経緯

A.Schachtのレンズはベルテレによる設計であることが広まり、近年値上がり傾向が続いています。eBayでのレンズの相場は350ドルあたりですが、安く手に入れるための私の狙い目はアメリカ人で、ビックリするほど安い即決価格で出品している事が度々あります。米国ではA.Schachtのレンズに対する認識や評価があまり進んでいないのかもしれませんね。国内ではショップ価格が35000円~45000円あたりのようです。今回の私の個体は海外の得意先から出品前の製品を購入しました。珍しいミノルタMDマウントでしたが、市場に数多く流通しているのはEXAKTAやM42、ライカLマウントです。

撮影テスト

ポートレート域ではいかにもテッサータイプらしいシャープで線の太い像ですが、近接撮影時では微かに柔らかい雰囲気のある画になります。マクロレンズに求められる近接撮影時の安定感はたいへん良好で、驚いたことに最短撮影距離でも滲みらしい滲みが全くでません。おかげで、コントラストは高く、発色も良好、等倍マクロの衝撃的なスペックは見掛け倒しではありません。

さすがにテッサータイプなのでガウスやトリプレットのような高解像な画は吐きませんが、フィルムで使用するには、このくらいの解像力があれば十分だったのでしょう。ボケはポートレート域で微かにグルっと回ります。テッサーには軽い焦点移動があり、開放でピントを合わせても絞り込んだ際にピントが狂ってしまう問題がありますが、さすがに高倍率のマクロ域で撮影する場合は、絞ってピント合わせをしますので、問題なし。

では写真作例です。まずはマクロ域ですが、我が家のコワモテアイドルであるサンタロボの魅力に迫ってみました。トコトン。

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰) まずは絞りを変えながらのテストショットです。開放でも滲みなどは出ず、スッキリとしたヌケのよい写りで、発色も良いみたい。十分にシャープな画質が撮れています


F8 sony A7R2(WB:日陰) 十分に絞りましたが、中心部の解像力、改造感はあまり変わらない感じがします。開放からの画質の変化は小さく、安定感のある描写です。


F8 sony A7R2(WB:日陰) 絞り込んだまま、かなり寄ってみました。ここから先は絞り込んでとるのが基本ですので、開放でのショットは省略します。この距離でも十分な画質で近距離収差変動はよく抑えられている感じです。トナカイ君との相性もバッチリで仲良く撮れています。さらに近づいてみましょう
F8 sony A7R2(WB:日陰)ここからはコワモテ君の単独ショットで本領発揮です。彼の魅力は接近時に引き立てられます。写真のほうは思ったほど滲まず、適度な柔らかさのまま解像感も十分に維持されており、想定以上の良い画質を維持しています。近距離収差変動はよく抑えられている感じで、これぐらいの柔らかさなら雰囲気重視の物撮りにおいて普段使ってもいい気がします
F8 sony A7R2(WB:日陰)いよいよ最短撮影距離(等倍)まで来ました。コワモテ君の迫力もMAXです。微かな柔らかさを残しつつも十分な解像感が得られており、コントラストは依然として良好で発色も十分に濃厚です。等倍でも十分に使えるレンズのようで、雰囲気重視を想定しているなら物撮り用に十分に使えるレンズだと思います














 

続いてはポートレート撮影の写真です。モデルはいつもお世話になっている彩夏子さん。ボーイッシュにイメチェンした彩夏子さんを初めて撮らせていただきましたが、とても新鮮でした。

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

F5.6  sonyA7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) sonyA7R2(WB:日陰)

M-Travenar + Fujifilm GFX100S
最後はミニチュア人形たちを中判デジタル機のGFX100Sに搭載して撮りました。四隅に少し光量落ちが見られるものの、近接撮影では全く目立ちません。

F8, fujifilm GFX100S(AWB, film simulation: NN)

F8, fujifilm GFX100S(AWB, film simulation: NN)
F8, fujifilm GFX100S(AWB, film simulation: NN)







F8, fujifilm GFX100S(AWB, film simulation: NN)




2020/05/31

Auto Chinon MCM Multi-coated Macro 55mm f1.7 vs Auto-Alpa Macro 50mm f1.7



part 3(1回戦E組)
高速マクロレンズの頂上対決
Auto Chinon MCM Macro vs Auto-Alpa Macro
「似た者同士」という言葉が実にシックリとくるレンズの組み合わせが今回紹介するオート・チノン・マクロ(Auto CHINON MCM MACRO)55mm F1.7とオート・アルパ(Auto-ALPA)50mm F1.7で、どちらもF1.7の明るさを誇るハイスペックなマクロ撮影用レンズです。文献[1-2]にはAuto-ALPAがCHINONから供給を受けたと記されており、事実なら同門対決ということになりますが、実際にはもう少し複雑な背景があります。ともあれ、今回はマクロレンズ対決を楽しんでください。

Auto CHINON MCM 55mm F1.7は1977年にチノン株式会社が富岡光学からOEM供給を受けて発売した製品で、M42スクリューマウントの一眼レフカメラCHINON CE-3 MEMOTRONに搭載する交換レンズとして登場しました[3]。構成図は手に入りませんでしたが、設計はガウスタイプの前群の貼り合わせを外した拡張ガウスタイプ(5群6枚)と呼ばれる構成で、球面収差の膨らみを抑えることで一定水準の画質を実現しています。F1.7クラスの標準レンズとしては最もオーソドックスな設計構成です。
対するAuto-ALPAは高級カメラブランドのアルパで知られるスイスのピニオン社による監修のもと、1976年にコシナが製造しチノンから供給された拡張ガウスタイプ(CHINON MCMと同じ5群6枚)標準レンズです[4]。この製品はM42スクリューマウントの一眼レフカメラALPA Si2000(チノン製)に搭載する交換レンズとして登場しました[1]。実は外観や仕様が全く同じコシナ製チノンブランドのCHINON MACRO MULTI COATED 50mm F1.7という製品も存在し、Auto-ALPAとは銘板のみを挿げ替えた双子の製品のようです。コシナと富岡光学の関係がチノンとALPAを巻き込んでグチャグチャに絡み合っており、様々な憶測と誤解を生んでいます。まぁこの時代の日本の中堅光学メーカーにはよくある混沌とした状況ですが。
Auto ALPA 1.7/50の構成図(トレーススケッチ)

 
参考文献・資料
[1]  ALPA 50 Jahre anders als andere: ALPA Swiss controlにスイスコントロールのもと、日本のチノンと富岡からカメラやレンズのOEM供給をうけた経緯が記されています
[2] アルパブック―スイス製精密一眼レフアルパのすべて (クラシックカメラ選書)1995年
[3] マウント部のスイッチカバー(メクラと呼ぶらしい)に3方向からの固定用のイモネジがあるため、富岡光学製です。この検証法の詳細は「出品者のひとりごと: AUTO CHINON MCM」を参考にしています
[4] 内部に「直進キー用ガイド」があり富岡光学の製品ではありません。内部構造はコシナ製チノンブランドと同一です。「出品者のひとりごと:CHINON MACRO MULTI COATED(M42)」を参考にしています

入手の経緯
Chinon MCM MACROは知人が所有している個体をお借りしました。レンズのコンディションはとてもよく、ガラスに軽い拭き傷がある程度です。中古市場には最近、全く出てこなくなり、ヤフオクでもここ半年間で1本も出ていません。10年ほど前に買おうと思った時がありましたが、当時の相場は3万円弱で流通量も今よりは多かったと記憶しています。現在はもっと高い値が付くのではないでしょうか。
続いてAUTO-ALPAは2020年3月にeBayにて英国の古物商から250ドル+送料で落札しました。オークションの記載では「Very good condition」と説明されていました。このレンズのeBayでの相場は500ドル程度でしたので、安く手に入りラッキーと大喜びしていたのですが、届いたレンズには前玉のコーティングにごく小さなスポット状のカビ跡が2か所ありました。写真への影響は全く問題にならないレベルですので、これで良しとしました。




 
撮影テスト
これは一般論ですが、解像力(分解能)に偏重した画質設計ではフレアが発生しコントラストが低下気味になります。逆にコントラストに偏重しすぎるとヌケのよい画質になりますが、解像力が落ち、被写体表面の質感表現が失われてしまいます。両者は言わばトレードオフの関係にあり、メーカーによるチューニングがレンズの性格を決めています。シャープな像を得るには解像力とコントラストを高い水準でバランスさせる必要があり、うまくゆけば解像感に富む素晴らしい描写力のレンズができるとされています。今回取り上げる2本のレンズはどうなのでしょう。
両レンズとも開放からフレアの少ない高性能なレンズです。マクロ撮影に順応させただけのことはあり、背後のボケは中遠方でやや硬く、マクロ域までくると収差変動で適度な柔らかさに変わります。ボケはよく似ており、後ボケ内の点光源の輪郭は光強度分布まで含め、そっくりです。
 
Auto CHINON MCM Macro 55mm F1.7
CHINON MCM @F1.7(開放)sony A7R2(WB:日陰) 背後のボケ味はマクロ仕様のレンズらしく少し硬めで、玉ボケの輪郭部に光の輪っか(火面)ができています。ヌケはとてもいい
CHINON MCM @ F1.7(開放)sony A7R2(WB:日陰 iso 2400) 


CHINON MCM @ F2.8 sony A7R2(WB:日陰) 



 
Auto ALPA Macro 50mm F1.7

ALPA @ F2.8 sony A7R2(WB:日陰) こちらは色滲みが全く出ません。近接撮影に強い印象です

ALPA @ F4 sony A7R2(WB:日陰)



ALPA @ F1.7(開放) sony A7R2(WN:日陰) 遠方撮影ではChinonよりも柔らかく少し軟調気味です。近接を優先させ、かなり過剰補正にしたのか、これくらいの距離だと少しフレアが入ります。かなりストライクかも


  
画質の比較
遠方撮影時でのコントラストはCHINONの方が高く、発色も鮮やかなうえ濃厚です。ALPAはハレーション(迷い光)に由来するコントラストの低下がみられ、発色も青紫にコケる傾向があります。充分に深いフードをつけるなど、しっかりとしたハレ切り対策が必要です。ただし、滲みを伴うわけではありませんので解像感はCHINONと大差はありません。解像力は1段絞ったあたりでALPAの方がよく、CHINONよりも過剰補正が強いのでしょう。一方で近接撮影時になると遠方時とは少し様子が変わります。
CHINONは被写体の輪郭部が滲んで色付く色収差が目立つようになり、より近接域になるほど滲みが大きくなるとともに、ピント面全体でも少しフレア感が出てきます。この影響が描写の評価にかなり効いてしまい、解像感(シャープネス)はALPAよりも悪くなります。ALPAの方は近接撮影時でも色収差がよく補正されており、滲みやフレアは少なく、そのぶんシャープネスやヌケは一歩抜き出ています。ただし、一段絞れば両レンズのシャープネスはほぼ同等になります。
ポートレートから遠方を撮影する場合、コントラストはCHINON、シャープネスは同等かCHINONの方が僅かに上ですが、近接撮影になるとコントラストとシャープネスでALPAに軍配があがります。今回はマクロ撮影を売りにしたレンズであることを重視し、近接域で有利なALPAに軍配を挙げるべきかと思います。

さて、では評価結果を具体的に見てみましょう。2本のレンズの性能に顕著な差が見られたのは近接撮影時です。被写体はいつもの木馬で、ピントは目ではなく、質感の出やすい顎の表面の色が変色しているあたりとしました。絞りは開放、シャッタースピードとISO感度を固定し、三脚を立ててセルフタイマーを用いて撮影を行っています。

 
写真の赤枠を拡大したのが下の写真で、左がCHINON MCM MACRO、右がALPA MACROです。写真をクリックすると更に拡大表示ができます。
  


シャープネス(解像感)は明らかにALPAの方が高いうえ、コントラストも良く、スッキリとしたヌケの良い描写です。CHINONは色収差が大きめでフレアも出ています。背後のボケの拡散も大きいなどから判断すると、この距離で既に球面収差等が大きくアンダーに転じているように見えます。 

両レンズの活躍したフィルム撮影の時代では、色滲みは大きな問題にはなりませんでした。フィルム撮影による画質評価であるならばCHINON MCMが勝利した可能性も十分に考えられます。また、マクロ撮影用レンズの場合は絞った際に最高の画質が得られるよう過剰補正タイプにチューニングされている可能性もありますので、開放で評価した今回のテストは一つの切り口を与えたにすぎません。まぁ、CHINON MCMの場合は近接テストで既に補正がアンダーになっていたので、絞っても解像力の向上は限定的でALPAを追い抜くことは考えにくいと思います。

富岡光学がコシナに敗北するなんて信じられませんが、何度やっても結果は同じです。個体差なのではないかという意見もあるでしょうが、この意見は採用できません。CHINON MCMについてはショップでみつけた別の個体との比較をおこなっており、私が手に入れた個体との間に描写力の明らかな差は認められませんでした。
マクロスイターで名を馳せたピニオン社は本レンズを登場させるにあたり「スイス・コントロール」を宣伝文句に掲げていました。ピニオン社が当時のコシナにどのような技術供与をしたのか、とても興味がわいてきます。
 

2019/10/06

Meyer-Optik DOMIRON 50mm F2 (exakta mount)






















2020年7月18日アップデート
フローティング機構に関する記述を削除しました
こちらに関連情報を掲載しています
女子力向上レンズ part 6
日差しの柔らかさを幻想的に捉える
天然系の滲みレンズ
Meyer-Optik DOMIRON 50m F2(exakta mount)
ほのかに滲む美しいピント部、ざわざわと騒がしい背後のボケ、軟調でなだらかなトーンなど、いかにもMeyerらしい味付けを持ち合わせたレンズが今回取り上げるDOMIRONです。中遠景でのこのような描写はオールド・マクロレンズならではのアグレッシブなセッティング(強い過剰補正)による反動(副作用)なわけですが、それを知らずに使う人々から見れば、ある種の確信犯的な描写設計にしかみえないわけで、一気に人気レンズとなってしまいました。ソフトフォーカス用レンズのような意図した滲みとは異なる天然系の滲みがDOMIRON最大の武器なわけですが、近接撮影時にはシャープでスッキリとしたヌケの良い描写となり本領を発揮、背後のボケ味も柔らかく大きな拡散に変わります。DOMIRONは近年の人気で資産価値を著しく上昇させたオールドレンズの代表格と言えます。
レンズは旧東ドイツのMeyer-Optik(マイヤー・オプテーク)1958年頃に開発し、1960年に開催されたLeipzig Spring Fairライプツィッヒ春の見本市)で発表しました[2]。一眼レフカメラのExakta VX(エキザクタVX)やExa(エクサ)に搭載する交換用レンズとして1961年にごく短期間だけ製造され、196212月から19634月までカメラを供給したJHAGEE(イハゲー)社のプライスリストに掲載されました[3]。しかし、この頃の標準レンズは口径比F2の時代からF1.8の時代に移行してゆく最中で、当時は廉価品扱いだったMeyerブランドでは、口径比F2のままツァイスなど他社と勝負することはできませんでした。Meyerは2年後の1965年春に明るさをF1.8とした後継製品のORESTON(オレストン)を登場させDOMIRONの製造を中止しています。DOMIRONは市場に供給された個体数が少なく希少価値の高いレンズとして、現在では10万円近い高値で取引されています。
レンズには2色のカラーバリエーションがあり、シルバーを基本色とするゼブラ柄のモデルとブラックカラーの単色モデルが流通しています。ブラックカラーのモデルがどのような理由で登場したのか明確な事はわかっていませんが、その後の東ドイツ製レンズはMeyerにしろZeissにしろブラックカラー一辺倒になってゆきますので、メーカーが消費者の嗜好に対応する過渡期の中でMeyer-Optikは素早い対応をみせたのでしょう。レンズの設計構成は上図に示すようなオーソドックスなガウスタイプですが、6つのエレメントのうちの3つに当時まだ画期的だった屈折率1.645を超える高屈折クラウンガラスが用いられた意欲作でした[2]。光学系は誰が設計したのでしょう。情報がありません。1960年代にPrakticar 50mm F2.4を設計したWolfgang GrögerWolfgang Heckingでしょうか?それとも Otto Wilhelm LohbergHubert Ulbrichあたりでしょうか。情報ありましたら、ご提供いただけると幸いです。
なお、海外のマニア[1]の間でこのレンズにフローティング機構が導入されているという検証報告が複数件流れ一時注目されましたが、当方の仲間内[5]で分解し内部構造を確認したところ、DOMIRONは単純な直進ヘリコイドであり、光学系も単一ユニットでした。フローティング機構は搭載されていませんこちらに検証結果(証拠)を示しました。
 
Meyer-Optik DOMIRON 2/50の構成図(トレーススケッチ[4])。4群6枚のオーソドックスなガウスタイプですが、6つのエレメントのうちの3つに当時まだ画期的だった屈折率1.645を超える高屈折クラウンガラスが用いられていました。

Meyer-Optikは現在のオールドレンズ・ブームを牽引するメーカーと言っても過言ではありません。かつて日本では「ダメイヤー」などと呼ばれ、シャープネス偏重主義のもとで迫害された時期もありましたが、オールドレンズに対するユーザーの価値観は大きく変わりました。ブランドに惑わされず写りでレンズを評価する人が増え、特にオールドレンズ女子の進出がこの分野で新しいブームを巻き起こしています。メイヤーのレンズ群の中でも特にドミロン、トリオプラン、プリモプランはここ6~7年で再評価がすすみ、現在では大変な人気ブランドとなっています。
 
参考文献
[1]  MFlenses: who made the first floating element design?
[2] 実用新案: "Photographic lens according to the Gaussian type", Utility model protection in GDR , No. 1,786,978 (Nov.7, 1958)
[3] Jhagee Photo equippment price list(Jhagee 1962)
[4] DOMIRON Ad. Macro and Standard Objectiv(マクロ標準レンズ); It is specified as "Hervorragend geeignet fur Makro-Aufnahmen feinster Struktur".
[5]謝辞:上野由日路さんからの検証情報のご提供に感謝いたします

 
  


マクロ撮影用ということでヘリコイドピッチは大きく設定されており、ヘリコイドを少し回すだけで光学系がビューンと飛び出します

 
レンズの相場価格
私がこのブログを書き始めた2009年頃には3万円代で買えたレンズですが、2012年頃からメイヤーブランドのレンズが人気になり、eBayでの国際相場はあっという間に8万円~10万円程度まで跳ね上がってしまいました。現在もレンズ相場は高値で安定しており下がる気配はありません。


Meyer-Optik DOMIRON 50mm F2: 重量(カタログ値)310g, フィルター径 55mm, 絞り値 F2-F22, 最短撮影距離 34cm, 4群6枚ガウスタイプ, EXAKTAマウント, マニュアル絞り/半自動絞り切り替え式
 
撮影テスト
DOMIRONが本来の性能を発揮するのはマクロ撮影の時で、近くの被写体をとる場合にはスッキリとヌケのよいシャープな像が得られます。一方で、人物のポートレート撮影や遠景を撮る場合には、開放で微かに滲みを伴う柔らかい描写となります。マクロ域で最も好ましい補正が得られるよう、遠方時は強めの過剰補正をかけているためです。ボケ味にもこの設定による影響/効果がよく表れており、ポートレート撮影ではバブルボケ(点光源の輪郭部が明るく縁どられる現象)や二線ボケが生じ、背後はザワザワとうるさく歯ごたえのあるボケ味になることがあります。一方で近接時では柔らかく大きくボケるようになります。ぐるぐるボケや放射ボケは距離に寄らず、あまり目立ちません。開放ではやや口径食が目立ちますが、光学系が鏡胴の奥まった所にあるためかもしれません。オールドレンズならではの軟らかいトーンも、このレンズの持ち味です。
人物のポートレート撮影や風景撮影で、滲みを生かした柔らかい描写を利用するのが、このレンズの美味しい使い方なのだと思います。
   
スナップ写真
Camera: sony A7R2
Location: インドネシア
F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, awb)



F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(wb:日光)

F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(aps-c mode, aspect ratio:16:9, wb:日光)

F2 sony A7R2(wb:日陰)



F2(開放)Sony A7R2(aspect ratio 16:9, WB:日光) 日差しが弱まる朝夕には人物の肌が絶妙な柔らかさ、微かに輝いて見える美しい質感で描かれます
F2(開放)Sony A7R2(aspect ratio 16:9, WB:日光)ドミロンの滲みは綺麗ですね。過剰補正すぎて滲む・・・タンバールみたいですね!?


F2(開放)SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode) 早朝の逆光は霞がかったような幻想的なシーンに!






F2(開放)Sony A7R2(WB:日光) これくらいの距離だとスッキリとしてヌケの良い描写です。日差しが強くなるとコントラストが上がり、よりシャープな像になりますが、このレンズならカリカリにはなりません。背後のボケはこの距離でも依然として硬く、2線ボケ傾向が見られます
F2(開放)sony A7R2(WB:日光)これくらい離れると滲みが顕著になってきます
F2(開放)SONY A7R2(WB:日光) これぐらい寄れば背後のボケは大人しくなりますが、激しいボケ癖からの回帰を微かに感じる、絵画のようなボケ味です

F2(開放)sony A7R2(WB:日光)  背後の点光源は輪郭を残し、バブルボケのようになることもあります


F2(開放)sony A7R2(WB:日光)  逆光ではシャワー状のハレーションもしっかりでます
ポートレート写真
Camera: sony A7R2
Location: TORUNO主宰のモデル撮影会
Model: 彩夏子さん

F2(開放) sony A7R2(WB:日光) 白っぽいものが柔らかく滲みます




F2(開放)sony A7R2(WB: 日光)中央より左側に左右反転像を用いている。やはりこういうシーンは線の細い描写のドミロンが大活躍します

  

再びスナップ撮影
Camera: Sony A7R2
Location: 川崎市日本民家園
 
F2(開放)sony A7R2(WB:日陰) 


F2(開放)sony A7R2(WB:日陰) 


F2.8 sony A7R2(WB:日光) 

F2.8 sony A7R2(WB:日陰) 


 
今回も写真家のうらりんさん(@kaori_urarin)にDOMIRONで撮ったお写真をご提供していただきました。力強いボケ味を活かしたダイナミックな写真ですね。ありがとうございます。うらりんさんのインスタグラムにも是非お立ち寄りください。こちらです。
  
Photographer: うらりん(@kaori_urarin)
Camera: SONY A7II
  
Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II


Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II
Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II
Photo by うらりん (@kaori_urarin)  sony A7II