おしらせ


2021/04/16

Seiki-Kougaku(Canon) Camera Co. R-Serenar














1937年7月、北京郊外の盧溝橋(ろこうきょう)にて日本軍駐屯兵の一人が夜間演習中に何者かの銃撃を受け死傷します。これが引き金となり日中両軍が衝突、銃撃の首謀者が解明されないまま、この動乱はやがて日中戦争へと拡大し、国内のカメラ産業に大きな影を落とします。

キャノン初の市販レンズ
精機光学 R-Serenar 5cm F1.5

盧溝橋事件の前年、精機光学(現キャノン)は日本光学(現ニコン)から交換レンズ(Nikkor 50mm F3.5)の供給を受け、国内市場にむけライカII型の国産コピーであるハンザキャノンを販売していました。創業当時の精機光学は小さな町工場に始まり、カメラの製造にあたってはシチズンの時計学校の出身者を集めスタートしました。同社はカメラのボディのみを生産する精密機械メーカーでしたので、光学設計の技術は持ち合わせていませんでした[1]。一方の日本光学は軍需品の生産を中心とする光学兵器メーカーでしたが、民生品への進出を計画していましたので、ハンザキャノンは両者の思惑が一致して誕生したカメラでした[2]。そのような最中、盧溝橋事件が勃発します。開戦ムードの中、軍からの日本光学に対する注文が殺到すると、次第に交換レンズの供給が滞りはじめ、精機光学は思うようにカメラを販売できなくなります。カメラの市場供給を続けるには同社がレンズの自社生産に乗り出さなくてはならず、精機光学代表の内田三郎氏は日本光学にレンズの製造技術の移転を要望、見返りとして同社は日本光学の下請けを担うことになるのです[1]。
レンズ製造技術の移転は1939年に実施され、日本光学の開発部からレンズ設計士の古川良三氏と光線追跡計算手2名が移籍、レンズ荒磨り機、レンズ研磨機、芯取り機などの機材の提供も行われました。そして、移籍後の古川氏が手がけ、精機光学から発売された市販レンズの第一号が今回取り上げるR-Serenar 5cm F1.5なのです[3]。Serenar(セレナ―)というレンズ名は精機光学の社内公募によって選ばれたもので、セレン=澄んだという意味が込められているとももに、月面にある海の名称に由来していました[2]。

このレンズは頭文字のRが示すようにレントゲン用カメラに使われ、徴兵検査の結核診断に用いられました。当時は戦時下でしたので大きな需要があり、R-Serenarは精機光学にかなりの利益をもたらしました[3]。レンズ設計の手本となったのはCarl ZeissのBiotar 4.25㎝ F2でしたが、Biotarと同じ6枚玉(4群6枚)のままF1.5まで明るくしたうえ、ガラス硝材もBiotarに使われたような高性能なものではなかったことから、設計には無理のあるレンズでした[1]。R-Serenarではガラスの屈折力の不足を大きな曲率で補わなければならず、屈折面からは補正しきれない大きな収差が発生しました。宮崎貞安氏による光学干渉測定の結果によると、球面収差の膨らみは現在の同じ仕様のレンズの4倍程度にも達したそうです[1]。言うまでもなく「収差レンズ」としてはたいへん面白いレンズなのだと思います。
左は今回、TORUNOからお借りした精機光学R-Serenar 5cm F1.5の改造品で直進ヘリコイドに搭載されライカスクリューマウントになっていました。右は文献[1]からトレーススケッチしたレンズの構成図(見取り図)です。設計構成は4群6枚のガウスタイプ。構成図は各面の曲率が大きく、ここから補正しきれない大きな収差が発生しました
 参考文献・資料
[1]「1930~40年代における日本の35ミリ精密カメラ開発」森 亮資 著, 技術と文明 18巻号(160)
[2] Canon Camera Museum 歴史館
[3] 「内田三郎回顧録」内田三郎 (1992)50頁

入手の経緯
オールドレンズ・レンタルサービスのTORUNOから改造品をお借りしました。この個体はマウント部のネジを利用して直進ヘリコイドに搭載されており、ライカスクリュー(L39)マウントのレンズとして使用できるようになていました。レンズの状態は大変良好でカビやクモリ、傷などはなく戦前の個体とは思えないクリーンでクリアなコンディションでした。
撮影テスト
球面収差が通常のレンズの4倍もあるため、被写体のハイライト部をモヤモヤとしたフレアが纏い、ソフトな描写傾向が強まります。少し暖色方向に振ってやると白がとてもいい味をだし、雰囲気の良く出るノスタルジックな描写を堪能できます。レンズには絞りがありませんので常時開放での撮影となります。そうは言ってもソフトな描写が持ち味なので、ずっと開放で撮っていたいレンズです。コマ収差が多く、中心に比べ、四隅の画質はかなり妖しくなります。通常の写真用レンズとは異なりレントゲン線(1pm - 10nm程度の電磁波)で使用するレンズのため、一般撮影に転用した場合の画質は、本来のものではありません。

SONY A7R2(WB:日陰)このくらいソフトだと、なんだかお洒落な写真が期待できそうです

SONY A7R2(WB:曇天)壁面の白が美しく、うねっています
SONY A7R2(WB:日陰)




SONY A7R2(WB:日陰)

SONY A7R2(WB:日陰)
SONY A7R2(WB:曇天)



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