おしらせ


2019/09/20

Cinématographes Pathé Paris Projection lens (Front diameter=25mm)



パテ社のプロジェクションレンズ
Cinématographes Pathé Paris Projection lens 50mm

Pathé社(Pathé Frères社)はシャルル・パテを筆頭とするパテ4兄弟が1896年にフランスのパリで創業した映画製作・配給会社です[1]。後にレコード制作や映画用機材の製造にも乗り出し、第一次世界大戦の開戦直前までには世界最大規模の映画機材製造会社となっています[2-4]。同社のプロジェクションレンズはとてもアーティスティックなデザインなので、いつか使ってみたいと思っていましたが、2019年8月に川崎で開かれた「non-tessar 四枚玉の写真展」にこのレンズを使って撮ったある方の写真が出ているのをみて、いよいよその気持ちが強くなりました。写真展の帰り路にeBayを覗いてみると何本か出ています。直ぐに購入・・・、迷う余地などありません。レンズって出会いですよね。

レンズ構成は下の図で示すような3群4枚のPetzval(ペッツバール)と呼ばれるタイプです。この設計構成は1840年にジョセフ・ペッツバール博士により考案され、19世紀半ばから20世紀初頭にかけて多数のレンズに採用されました。ペッツバールタイプと言えば像面湾曲が大きいことで集合写真や平坦物は苦手としていますが、立体感が強調されるためポートレート撮影には好んで用いられました。また、非点収差が大きくグルグルボケや放射ボケが派手に出るのも特徴です。しかし、中心部に限れば球面収差は少なく非常にシャープな像が得られるため、画角の狭いプロジェクションレンズや天文用にも、この種のレンズが多く採用されました。

今回手に入れたレンズは鏡胴にF=25mmの刻印があり、口径比(F値)は記されていません。実はF=25mmは焦点距離ではなく前玉径を表しており、19世紀のレンズにはこういう表記のものをよく見かけます。レンズの焦点距離はおおよそ50mmくらいで、露出計を用いた他のレンズとの比較から割り出した口径比はだいたいF2前後と、ちょっと信じられない明るさです。シリアル番号はなく製造された時期については推測でしかありませんが、同社が映画用機材の製造を積極的に手掛ける1900年代初頭から第一次世界大戦の勃発する1914年頃までにつくられた製品であろうと思われます。
 
典型的なPetzval typeの構成図。左が前玉側で右がカメラ側

参考文献
[1] Establissements Pathe Freres, Le LIVRE D'OR de la Cinematographie
[2] wikipedia: パテ(映画会社)
[3] wikipeida: シャルル・パテ(Charles Pathé)
[4] Who's Who of Victorian Cinema: Charles Pathe
 
入手の経緯
レンズは2019年8月にフランスの個人出品者がeBayに出していたものを265ユーロ+送料の即決価格で購入しました。オークションの記載は「35mmシネマ用のプロジェクションレンズ。鏡胴径は42mm」と簡素。掲載されていた写真が鮮明でコンディションがよくわかるレベルでしたので、やや博打でしたが思いきって入札、届いたレンズは状態のよい素晴らしいコンディションでした。

重量:145g(実測), 焦点距離:約50mm,  開放F値: F2前後, レンズ構成:3群4枚Petzval型, 鏡胴径42mm, 前玉径25mm

 
ライカMマウントへの改造
デジタルカメラに搭載して使用するため、今回は汎用性の高いライカMマウントへの改造に挑戦しました。鏡胴径は約42mmありますので、後玉側にM39-M42ステップアップリングを接着し、ライカL-M変換アダプターに接続させました。ところが、バックフォーカスを1mm弱切り詰めないと無限が出ません。いろいろ考え、ライカL-M変換アダプターのマウント面(天板部)を削り落とすことで1mmを稼ぎ、ギリギリで無限遠のフォーカスを拾うことができるようにしました。マウント時にロックはかかりませんが、問題なく使用できます。


撮影テスト
イメージサークルはフルサイズセンサーを余裕でカバーできますが、像面湾曲が大きく四隅がピンボケするなど画質的に無理があるので、APS-C機もしくはMFT(マイクロフォーサーズ)機で使用するのがおすすめです。ピント合わせにはコツがあり、はじめのうちは全くピント合わせができません。これはソフトフォーカスレンズ全般に言えることですが、ピントの合う位置(コントラスト最大の位置)と解像力が最大になる位置が大きくずれており、普通にピントを合わせてもピンぼけしてしまうのです。フォーカスピーキングは全く使い物になりませんので、設定を切り、拡大して自分の目でピントを合わせをおこないながら像が最も緻密に描かれる位置を探ります。コツを掴めば、中央は繊細な像を描いてくれるようになります。
描写はとてもソフトで、ピント部全体が大量のフレアに包まれます。ピント部の背後ではグルグルボケ、前方では放射ボケが目立ちます。立体感のあるレンズですので、ポートレート撮影には向いているとおもいます。
  
フィルターネジのないレンズなので、フードは被せ式を用いている。マミヤの中判カメラ用フードに少し加工を施し装着できるようにした

CAMERA: Fujifilm X-T20 / SONY A7R2(APS-C mode)

SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode, 露出+2.0) モデル:彩夏子さん



Fujifilm X-T20(WB: 日光)放射ボケも使い方ひとつで、ダイナミックな写真になります
SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode, 露出+2.0) モデル 莉樺(リカ) さん

SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode, 露出+2.0) モデル 莉樺(リカ) さん
Fujifilm X-T20(WB: 日光)




 
オールドレンズ女子部にも所属しているMiyu Yoneさんにイングリッシュガーデンでレンズを使っていただき、お写真を提供していただきました。ありがとうございます。
 
Photographer: Miyu Yone
Camera: Olympus OM-D E-M1
カメラ内でWB、トーンカーブ、露出補正(‐1〜2)を変更し、ピクチャーモード(ビビット)で撮っています。下の写真をクリックするとWEBアルバムにジャンプできます。
 

Click and Go to Web Album

2019/09/12

LOMO HYDRORUSSAR-8 21.6mm F3.5
















水中撮影用カメラと言えば1963年に登場した日本光学のNikonos(ニコノス)が有名ですが、ロシア(旧ソビエト連邦)ではその10年前にカメラとレンズを防水・耐圧プロテクター(ハウジング)に入れて使用する技術が確立されており、水中撮影用レンズのHydrorussar(ハイドロルサール)シリーズが開発されました。Hydrorussarには1番から23番まで23種類ものモデルが設計され、その一部がLOMOにより製品化されています[0]Hydrorussar 8は同シリーズの中でも市場流通量の多い、最もポピュラーなモデルです。

LOMO特集 Part 4 
深海のドラマに光をあてる
ロモの水中撮影用レンズ

LOMO HYDRORUSSAR-8  21.6mm F3.5

Hydrorussar-8(ハイドロルサール8)は1950年代初頭に旧ソビエト連邦(現ロシア)のレニングラード州サンクトペテルブルグにあるLITMO(レニングラード機械光学研究所)で設計され、同州のLOMO(レニングラード光学器械合同)で製造された水中撮影用レンズです。ダイバーがカメラと共に耐圧防水ケース(ハウジング)に入れて用いたり、潜水艦に搭載され動画撮影に使用されました。焦点距離は21.6mmですが、水中で使用する際には4/3倍の28.8mm換算になります。レンズを設計したのは広角レンズの名玉Russar(ルサール)の開発者として知られるM.Rusinov(M.ルシノフ)博士[1909-2004]です[3]
Rusinov博士は戦前に光学デザイナーとしてLOMOKMZ393番プラント、航空測地学研究所に勤務し、戦後はITMO大学の研究機関で様々な種類のレンズを開発した人物です。ITMO大学では1958年にロシア初の大型コンピュータLITMO-1の運用が始まり、レンズの自動設計も行われるなど先駆的な研究が行われていました。Rusinov博士の設計した代表的なレンズには超広角のRussar MR-2(1956年完成) 20mmをはじめ、映画用のKinorussar、水中撮影用のHydrorussar、特殊ミラーレンズのRefleksrussar、核物理学用の写真計測システム、そして双眼鏡のBinorussarなどがあります[1,3]。ちなみに、今回紹介するレンズ名のHYDRO(ハイドロ)はギリシャ文字由来の「水」を表す接頭語です。
博士は作曲家でもあり、ピアノの達人でもありました。父親が高校の数学教師、母親がピアニストでしたので、両親の才能を余すところなく受け継いでいたのでしょう。真偽まではわかりませんが、彼のレンズ設計には作曲のノウハウがいかされているそうです[3]Rusinov博士には深い海の音が聞こえたのかもしれませんね。

参考文献・資料
[0] Underwater Photographic Lenses HydrolensPhotohistory.ru, G.Abramov
[1] Wikipedia: Mikhail Rusinov
[2] Outstanding Scientific Achievements of the ITMO Scientists, ITMO University
[3] Russar+(歴史), Lomography
 
入手の経緯
本品はロシアのレンズ専門業者が2018年秋にeBayに出品していたもので、360ドルの即決価格で購入しました。オークションの記載は「光学系はMINT(美品)。カビ・クモリ・バルサム剥離・傷などはみられず、コーティングの状態も良い。レンズヘッドのネジは32mmのスクリューマウント。純正の真鍮キャップが付属している」とのこと。めちゃくちゃ格好いいので、反射的に即決購入のボタンを押してしまいました。ガラスは記載どうりに拭き傷ひとつなく、ホコリもないクリーンな光学系でした。思っていた以上にバックフォーカスが長かったので、ヘリコイドに搭載しM42マウントレンズとして使用できるようにしました。後ろ玉が出ていないので一眼レフカメラでもミラー干渉なく使用できます。

重量(実測)774g, 絞り羽 8枚, フィルター 52mm,  マウントネジ 32mm(0.75ピッチ), 定格撮影フォーマット 35mmフルサイズ, 焦点距離 21.6mm(水中撮影時は換算28.8mm), 口径比 F3.5, 対角線包括画角 2β=70°









HYDRO RUSSAR-8の構成図:左が被写体側で右がカメラの側。光学系は4群6枚のレトロフォーカス型。耐圧ガラスの向こうは水中。水中用プロテクター(ハウジング)に格納して用いられた



撮影画テスト
このレンズが真価を発揮できるのは水族館などの耐圧ガラス越しに水中を撮影する時です。大気中での通常撮影の際は樽状の歪みと四隅で被写体の輪郭部が色付く現象(色収差)が目立ちます。ただし、中央は開放から十分にシャープで発色も鮮やかですので、全く使い物にならない描写ではありません。水中撮影時なら歪みはだいぶ収まり、色収差も気にならないレベルまで改善します。まずは水中撮影、続いて街中のスナップ撮影の写真をお見せします。
 
F5.6 水上部分(水槽の枠)は樽状に歪んでいるのに対し、水中部分のポールは少し糸巻き状に歪んでいます。水中撮影用レンズの補正の秘密を垣間見た気がします
F5.6 sony A7R2(AWB, ISO6400)  開放からとてもシャープで発色は鮮やかです
F5.6 sony A7R2(AWB, ISO6400) 水中撮影時は四隅の色滲みが収まり、歪みもよく補正されています


F5.6 sony A7R2(AWB, ISO6400) 近接時になると再び四隅で色滲みが目立つようになります
F3.5(開放) sony A7R2(AWB, ISO6400) 





F3.5(開放)sony A7R2(AWB)
F3.5(開放)sony A7R2(AWB)

F3.5(開放)sony A7R2(AWB) 開放でも大変シャープな像です

通常の撮影(水中外)で用いた場合
F8 sony A7R2(WB:日光) 歪みは大きく、電柱が曲がって見えます


F5.6, SONY A7R2(WB:曇天): 四隅での色滲み(倍率色収差)が大きく、被写体の輪郭部が赤っぽく色づいています

F5.6, SONY A7R2(WB:曇天): 

F5.6, sony A7R2(WB:日陰):ただし、全く使い物にならない描写というわけではありませんね