おしらせ


2013/09/20

Meyer-Optik Gorlitz PRIMOTAR 80mm F3.5(M42/EXAKTA/P6)









ポートレート用テッサー型レンズ PART2:
フーゴ・マイヤーのバズーカ砲
Meyer PRIMOTAR 80mm F3.5
テッサータイプの中望遠レンズをもう一本紹介しよう。旧東ドイツのHugo Meyer(フーゴ・マイヤー)社が1954-1960年代中頃まで生産したPrimotar(プリモタール) 80mm F3.5である。このレンズは前エントリーで取り上げたTessar 2.8/80同様、中判カメラ(6x6フォーマット)にも流用できる一回り大きな光学系を採用しているのが特徴である。発売当初はM42とExaktaの2種のマウント規格に対応していたが、後に発売される中判カメラのKW Praktisix(P6マウント,1956年発売)にも対応した。したがって、厳密には中判用から流用したわけではなく、中判カメラにも対応できる35mm判レンズとして開発されたことになる。わざわざ大きな光学系を採用したのは、やはり階調硬化の抑止を目的としていたからではないだろうか。どっしりとした太い銀鏡胴には現代のレンズに無い強いインパクトを感じる。
重量(実測) 365g, 絞り羽 14枚, フィルター径 55mm, 焦点距離 80mm, 最短撮影距離 1m, 絞り値 F3.5-F22, 対応マウント M42 / EXAKTA / P6(本品はEXAKTAマウント), 光学系は3群4枚のテッサー型。レンズ名はラテン語の「第一の、最初の」を意味するPrimoを由来としている。Primoはドイツ語では「優秀な、最良の」を意味するPrimaと関連があるので、この意味を掛けているとも考えられる。



Primotarブランドの前身は戦前にMeyerがlhagee社のキネ・エキザクタに標準搭載する交換レンズとしてOEM供給していたlhagee Anastigmat EXAKTAR 5cmF3.5およびEXAKTAR 5.4cmF3.5である。5.4cm F3.5のモデルがシリアル番号80万番台(1937年前後)あたりでPrimotar 5.4cmF3.5に改称されている。また、この頃にはキネEXAKTA用のPrimotar 8.5cmがF2.8の口径比で発売されている。Primotarシリーズは戦後にバリエーションを増やし、50mm F2.7, 50mmF3.5, 85mmF3.5, 135mmF3.5, 180mmF3.5など焦点距離や口径比の異なる多数のモデルが登場、1960年代には50mm F2.8も登場している。また戦前にRobot用に供給された3cmF3.5の存在も確認できる。Meyerの台帳を見ていないので全バリエーションを拾ってはいないが、おそらく他にもまだあるはずである。焦点距離が僅かに異なる85mm F3.5はVEB WEFO社の中判カメラMeister Korelle用に1950年から1952年まで短期間だけ製造され、この期間にEXAKTA用(35mm判)に換装されたモデルも登場している。その後、1954年頃から後継製品の80mmF3.5に置き換わっている。Primotar 80mmF3.5は1964年のPraktisix IIのカタログにも掲載されており、少なくとも60年代中頃までは確実に供給されていた。
PRIMOTAR F3.5の設計のトレーススケッチ。左が前側で右が後側。構成は3群4枚のTessarタイプ
入手の経緯
このレンズは2012年6月にeBayを介して米国の写真機材専門業者から184ドル+送料39ドルで落札購入した。商品は初期価格55ドルでスタートしたが誰かが質問掲示板に「70ドルで売ってくれないか」と個別に交渉を持ち掛け断られていた。その後、7人が入札し締切3分前には105ドルまで競り上がったが、最後は私が自動入札ソフトを用いてスナイプ入札をおこない184ドルで競り落とした。オークションの解説は「EXC+++コンディションのレンズ。ガラスはクリーンでクリア、絞り羽はクリーンでスムーズに動く。絞りリングもヘリコイドリングもスムーズで精確に動く」とのこと。届いた品は撮影に影響のないレベルでホコリの混入があったが、ガラスに傷やクリーニングマークはなく鏡胴も綺麗な状態を維持していた。ややレアなレンズである。

撮影テスト
本レンズはF3.5の控え目な口径比のためか、前エントリーで取り上げたTessar 80mm F2.8よりもシャープでボケ癖の少ない素直な写りである。コントラストはTessar 80mmよりも高く、開放でもハロやコマは殆んど出ずにスッキリとヌケがよい。解像力はどう転んでもTessarタイプで、至って普通のレベル。同じクラスのTripletタイプやXenotarタイプのような高い解像力は期待できないものの、四隅まで均一な画角特性を維持している。発色はほぼノーマルで色のりは良好だ。開放から欠点の少ない高描写なレンズである。
F4, EOS 6D(AWB): スッキリとヌケの良い写りだ。発色は良い
F8, EOS6D(AWB): 深く絞っても階調が硬くなりすぎることはない。カラーバランスはノーマルである
F3.5(開放), EOS 6D(AWB): テッサータイプらしく階調が圧縮されることのない高コントラストな画質で、シャドー側にもハイライト側にも階調が広く分布しきっている(画像は無補正)。ただし、中間階調もそこそこ出ておりトーンはなだらかに推移している。やはり中判撮影用にも対応できる大きな光学系のおかげであろう
前エントリーで取り上げたTessar80mm F2.8と本エントリーのPrimotar 80mmF3.5は中判カメラのPraktisix用(初代P6マウントカメラ)に供給された標準レンズとしてカタログに並記されたライバル製品である。上位モデルのTessarに対しPrimotarは廉価製品という位置づけであった。しかし、廉価品とは言えPrimotarは開放から破綻が無く、Tessarよりも明らかに高描写なレンズである。半段暗い口径比F3.5のお陰なのであろう。同じ構成のレンズによる比較の場合、F2.8で設計されたレンズをF3.5まで絞って使うよりも、はじめからF3.5で設計されたレンズを開放で使う方が設計に余裕があり一般には高描写である。このことはXenotar F2.8とその廉価品にあたるXenotar F3.5の画質の比較においても同様に当てはまり、開放F値がF3.5のレンズの方が写りには安定感があることが広く認知されている。Tessarタイプのオールドレンズを手に入れる場合、画質に安定を求める人はF3.5がベターチョイスになるだろう。反対にスリリングな写りを楽しみたい人はF2.8のレンズを選ぶ方がよい。

2013/09/14

Carl Zeiss Jena Tessar 80mm F2.8(M42/EXAKTA)


中判撮影用に設計された一回り大きな光学系を採用することでコントラストを控え目に抑え、なだらかなトーン描写を実現した焦点距離80mmのTessar(テッサー)。シャープネスは落ちるものの中間部の階調が豊富に出るため、モノクロ撮影の時代のニーズに応える軟らかい描写表現を実現している。私にとっては相性の良いお気に入りの一本だ。レンズが登場したのは1951年で、コーティング技術や新種ガラスの普及により写真用レンズのシャープネスが著しく向上した時期である。鋭く硬階調な描写表現を得意とするテッサーであれば、これらの技術革新によってシャープネスを更に極め、異次元の階調性能を手にすることも可能だったはずだ。しかし、今回取り上げるテッサーには、こうした技術革新の潮流を敬遠するかのような描写理念を感じる。この時代のテッサーはなだらかな階調描写を求め、シャープネス偏重主義からの脱却をはかろうとしていたのではないだろうか。

ポートレート用テッサー型レンズ PART1:
なだらかなトーンと妖しいボケ味が魅力
Carl Zeiss Jena Tessar 80mm F2.8

1950年代は35mm判で中望遠画角となる焦点距離80mmのTessar(テッサー)型レンズが各社から供給されていた。このジャンルの製品には不可解な共通則があり、明らかに35mm判用(M42やEXAKTAマウント)として供給されていたにも関わらず、光学系には何故か一回り大きな中判撮影用レンズ(6x6フォーマット)からの流用が目立っている。今回紹介するTessar 80mm F2.8も元は中判カメラのEXAKTA66用に設計された製品のマウント部をメーカーが改変し、EXAKTA用やM42用レンズとして発売したモデルである。初期のモデルはEXAKTA66用のレンズがマウントごとすっぽりと鏡胴内に収納されており、取り外すとEXAKTA66に装着し使用することがでた。35mmフォーマットのカメラで使用することを前提にレンズの開発をするならば、その規格に合った大きさの光学系を用いるほうが高解像で高コントラストな描写性能を実現できるので一般には有利である。中判レンズの流用については生産ラインを同一にし製造コストを圧縮したかったという解釈も考えられる。しかし、わざわざ大きな光学系(硝子)と大きな鏡胴を導入したのでは原材料にかかる費用がかさみコスト的なメリットは相殺してしまう。明らかに非合理的だ。何がそれを許しどういう意図が働いたのであろうか。中判用レンズの流用については他にもSchneider Xenar 80mm F2.8, Meyer Primotar 80mm F3.5および85mm F3.5, Industar-24M 80mm F2.8, Kilfit Macro Kilar 90mm F2.8など多数の事例があり本レンズに限ったことではない。これだけ多くの事例が存在するのだから、何か特別な意味があったと考えるほうが自然である。時代はモノクロ撮影全盛期。なだらかで美しいモノクロのトーン描写を実現するために一回り大きな光学系を採用することで内面反射を故意に誘発し、コントラストを低下させ、階調硬化を抑止したかったのではないだろうか。このレンズは7年間で35000本近く売れたヒット商品である。
重量(実測)310g, 絞り値 F2.8-F22, 絞り機構 プリセット, 絞り羽 16枚, 最短撮影距離 0.9m, フィルター径 49mm, シングルコーティング。光学系は3群4枚のテッサータイプ。対応マウントにはM42とEXAKTAがある









Tessarと言えば諸収差がバランスよく補正され、ハロやコマが殆んど出ず、高いコントラストと鮮やかな発色、階調描写が鋭く硬調なことが本来の特徴である。シャープな描写力を宣伝文句とし、1902年の発売以来「あなたのカメラの鷲(わし)の目」というキャッチコピーで売られていたのは有名な話だ。他にも画角特性(四隅の画質)が良いことや収差変動が少ないことなどテッサータイプのレンズは数多くの長所を持つ。また、解像力よりも階調性能を優先した設計については線が太く力強い描写を特徴にもつグループの一員と言える。新しいモデルほど階調が硬く鋭い描写で、コントラストが高く発色も鮮やかなためカラー撮影に好まれ、反対にモノクロ撮影の場合は古いモデルが好まれる傾向がある。メーカーが描写の硬質化を憂慮し階調性能にブレーキをかけたとする本ブログの主張には、これといった根拠があるわけではない。ただし、これも不可解な事例であるが、1970年代初頭から一斉に登場したZeiss Jenaの黒鏡胴シリーズ(Flektogon / Pancolar / Biometar / Sonnar)が軒並みMC化されてゆく中、TessarのみMCのロゴが記されずマルチコーティング化が見送られていた事実をどう説明すればよいのだろうか。MC化したほうが高コントラストで鋭く硬い階調描写になることは誰の目にも明らかである。

Tessar F2.8の設計。左側が前、右側がカメラ側である。構成は3群4枚で、1902年にCarl ZeissのPaul RudolphとErnst Wanderslebにより発明された。トリプレットの後群を2枚のはり合わせに置き換えた発展レンズであるが、特許書類には独創性を力説するためトリプレットの発展形ではなくプロターとウナーのハイブリットレンズであると解説されている。前群ユニットにはガラス間に設けられた空気の隙間(空気レンズ)の作用により単体で球面収差とコマ収差を補正する能力があり、ガラス硝材の選択により軸上色収差とペッツバール和も補正可能である。後群のダブレットは新色消しユニットになっており、この部分で非点収差と色収差を補正することができるが、球面収差については単体で補正できないので前群の空気レンズの発散作用を利用することで包括的に補正している。トリプレットに比べ非点収差の補正力が高く、四隅の解像力の向上とグルグルボケの抑止を実現している。Tessarは全ての収差がバランスよく高いレベルで補正でき、F2.8という明るさでハロやコマが殆んどでないことから、高いコントラストを実現することができる優れた光学系である。Tessarはその後、同社のW.Merte(メルテ)博士による1931年の設計でF2.8まで明るくなり、更に1947年から1948年にかけて同社のH. Zollner博士が新種硝材を導入した再設計により球面収差とコマ収差の補正効果が大幅に向上している
今回取り上げる1本は旧東ドイツのZeiss Jenaが1951年から1958年まで生産したTessar 80mm F2.8である。ExaktaマウントとM42マウントの2種のモデルが市場供給されていた。レンズの設計は1947から1948年にかけてであり、1946年にフォクトレンダー社から移籍してきたHarry Zollner(ハリー・ツェルナー)博士(1912-2008)の手によるとされている[Jena Review 1984/2参照]。Zollner博士は戦後のZeissを代表する設計者の一人であり、後にBiometar, Flektogon 35mm(前期型), Pancolar F1.8を設計した人物として知られている。レンズの口径サイズは50mmの標準レンズに換算しF1.75相当とかなり大きく、数あるTessarタイプのレンズの中でもひときわ大きなボケ量が得られる表現力豊かなレンズである。Tessarの中望遠モデルは1950年代に販売された本品のみであり、やがて高性能なBiometarが台頭し、さらにダブルガウス型レンズの性能が成熟した事により、中望遠レンズのジャンルから追い出されてしまったようである。

入手の経緯
本品は2012年5月にeBayを介してチェコのカメラメイトから即決価格にて落札購入した。商品は初め350ドルで売り出されていたが、値引き交渉を受け付けていたので送料込みの285ドルを提案したところ私のものとなった。商品の状態はショップの格付けで(A)と評価されており、「エクセレントコンディションの完全動作品。ヘリコイドリングと絞りリングの回転がやや重い。硝子の状態は良好」とのことであった。カメラメイトの場合、商品によっては2割引きを提案すると拒否されることがあるが、今日のセラーはご機嫌だったようである。80mmのテッサーは50mmのものに比べると中古市場の流通量が少ないため高値で取引される傾向がある。eBayでの中古相場は250-350ドル位であろう。届いた品はやはりヘリコイドリングと絞りリングの回転がカッチンコッチンに重かったが、「オールドレンズメンテナンス教室」を受講しメンテ技術を習得。自分でグリスアップし状態を改善させることができた。

撮影テスト
本レンズの特徴は何と言っても軟らかい階調描写による心地よいトーンと妖しい後ボケである。コントラストはTessarにしては低めで、その分だけ中間部の階調が豊富に出る。開放でもコマやハロは少なく、スッキリとヌケが良い写りである。解像力は可もなく不可もなく平凡で、線が太く力強い描写である。ピント部は四隅まで安定しており画質の均一性が高い。発色が温調寄り(アンバー色に)に転ぶのはこの時代のZeiss Jena製品に共通する性質で、ガラスの経年劣化に由来するオールドレンズ的な効果のひとつである。この特徴はリバーサルフィルムで撮影するとかなりはっきりとみられる。一方、デジタルカメラで使用する場合にはカメラによるカラーバランス補正が自動で働くのでノーマルに近い発色となる。ネガフィルムを用いた撮影では大変味わい深い発色が得られる。ボケ量の大きな準大口径レンズなので、ポートレート撮影にも対応できる充分な表現力を備えている。このレンズの写りはとても好きだ。

銀塩撮影:
  ネガ:Agfa Vista 100 / Fujicolor S200
  ポジ: Rollei Digibase CR200PRO-135
デジタル撮影:
  EOS 6D


F5.6 銀塩撮影(Fujicolor C200ネガフィルム): タイトルは「おさななじみ」。オールドレンズフォトコンテストに出品した作品のひとつだ。影の中に小便小僧が一人混じっている。レンズの持ち味であるなだらかで繊細な階調とフィルムの性質がうまく協調している

F2.8(開放)銀塩撮影(Fujicolor C200ネガフィルム): うーん。このレンズとは何だか相性のよい予感である

F2.8(開放)銀塩撮影(AGFA vista 100 ネガフィルム): 味のある美しい発色だ。焦点距離が80mmもあれば開放絞り値がF2.8であっても立派な準大口径レンズなので、ポートレート撮影に十分対応できる大きなボケ量が引き出せる
F2.8(開放) 銀塩撮影(AGFA vista 100ネガフィルム): 主題を引き立たせる妖しいボケ味。オールドレンズならではの素晴らしい性質だ
F5.6(開放)銀塩撮影(AGFA vista 100ネガフィルム): テッサーは撮影距離による収差変動が小さく、近接撮影においても充分な性能を発揮する

F5.6, EOS 6D デジタル(AWB): 続いてデジタルカメラによる撮影結果。一転してスッキリはっきりとした普通の写りになる。これはこれでよい
F4, EOS 6D デジタル(AWB) 周辺部まで解像力は十分。メインの被写体を四隅においてもなんら心配はない



F4(カラーポジフィルム Rollei Digibase CR200PRO-135) リバーサルフィルムを用いる場合、発色が黄色に転ぶ性質がよくあらわれる。デジタルカメラやネガフィルムによる撮影結果が、いかにカラーバランス補正の影響をうけているのかがよくわかる。ポジではシャドーの階調が厳しくなり黒潰れ気味だが、階調変化はとてもなだらかで美しい