おしらせ

2020/12/07

トロニエの魔鏡4:Carl Zeiss ULTRON 50mm F1.8 (M42 mount)




トロニエの魔鏡4
Zeiss/Voigtländerブランド初の
コンピュータ設計によるレンズ
Carl Zeiss ULTRON 50mm F1.8(M42/QBM mount)

ウルトロン(Ultron)を世に送り出したトロニエ博士は1950年代半ばに、フォクトレンダー社( Voigtländer )の2名のエンジニアとウルトロンをベースとする新型レンズの設計に取り掛かかりました[1,2]。このレンズは前方に凹面の無収差レンズ(Concave Aplanatic lens)を据えた異様な外観を呈し、日本では「凹みウルトロン」と呼ばれています。凹面レンズはコストのかかるSchott社の高密度クラウンガラスK10で作られており、バックフォーカスを延長させる役割に加え、後続光学系の収差補正環境を整える役割、ぐるぐるボケの原因となる非点収差の補正効果を高める役割がありました[3]。また、レンズの瞳(軸外からの瞳入射角)を拡大させ写真の四隅で起こる光量不足を軽減することができました。凹面レンズの有る/無しで比較すると受光量は61.7%も増大するそうです[2]。この内容だけなら普通のレトロフォーカスと何ら差は無いように思えますが、凹みUltronではこれらを無収差レンズで実現しており、後続レンズの収差補正環境(球面収差とコマ収差)に限りなく無影響なのが特徴です。
凹みウルトロンは初代ウルトロンと同等以上の性能を実現しながら、一眼レフカメラで問題となるミラー干渉を回避できる長所を備えていました。凹面レンズの曲率の決定には世界初の商用デジタルコンピュータを開発したコンラート・ツーゼ博士(Konrad Zuse)のコンピュータ(Zシリーズ)が使用されたそうです[4]。デジタルコンピュータの登場がレンズ設計士の役割を脅かす時代を、トロニエ博士はどのような気持ちで受け止めたのでしょうか。
レンズが製造されたのは1968年から1970年までの2年間で、一眼レフカメラのICAREX 35に搭載する交換レンズとしてTessar 50mm F2.8やSkoparex 35mm F3.5などと共に市場供給されました。Voigtlanderの台帳に記載されているレンズの製造本数は約36000本で、このうち約28000本がICAREX BM用(QBMマウント)、約8000本がIcarex TM用(M42マウント)です[7]。M42マウントの個体は案外と少ないんですね!。
関連特許US.Pat.3612663(Oct.1971) Fig.2  A.W. Tronnier, J. Eggert and F. Uberhagenに掲載されている構成図からのトレーススケッチ(見取り図)
Carl Zeiss ULTRON 50mm F1.8の構成図のトレーススケッチ(見取り図)6群7枚ULTRON型。前から1枚目の凹エレメントは、Schott社の高密度クラウンK10で作られています。次の第2レンズにはLaK14とSSK8が含まれており、どちらも当時としては非常に高密度で高屈折率のクラウンガラスです[2]。4番目のエレメントには鉛含有の重フリントSF10、コストのかかるレンズでした


 
参考文献・資料
[1]  VOIGTLÄNDER - historical lenses by Frank Mechelhoff 
[2]  特許 US.Pat.3612663(Oct.1971):レンズを設計したのは元Voigtlander社のエンジニアのトロニエ(Albrecht Wilhelm Tronnier ), エッガート(Joachim Eggert)、ウーバハーゲン(Fritz Uberhagen)で、3名共同での関連特許を1968年にスイス、1969年に米国(US3612663)およびドイツ(DE1797435A1/DE1797435B2/DE6605774U)で出願しています。
[3]  LAB & REVIEW: CARL ZEISS ULTRON 1,8/50 (1968-1972) "Regend Realized" Dec. 2019 
[4]  1956年のVoigtlanderの英語版カタログ
[5]  Marco Kröger Zeissikonveb.de  (2016)
[6] robotrontechnik.de: Computer OPREMA (29.11.2016)
[7]  フォクトレンダー台帳: Hartmut Thiele, Fabrikationsbuch Photooptik: Voigtlander, Privatdruck Munchen 2004

Carl Zeiss ULTRON 50mm F1.8 M42マウント(中央)QBMマウント(右):重量285g(M42), 絞り F1.8~16, 最短撮影距離 0.45m, 

   
相場価格
現在のeBayでの取引価格はM42マウントのモデルが500ドル~550ドル(現在の為替相場で55000円くらい)、QBMマウントのモデルが400ドル~450ドル程度(45000円くらい)です。ミラーレス機で使うならどちらのモデルでもよいので、少しでも安い方をおすすめします。どういうわけかカメラのIcarexとセットでも同程度の値段で買える事があり、カメラを1~1.5万円で売却してしまえば実質的にレンズはもう少し安く手に入ります(裏技)。国内ではヤフオクに常時流通があり、取引相場はeBayと大差ありません。ショップでの相場ですとオークションよりも1~2万円高くなります。
私は2009年にM42マウントのモデルをeBayにて325ドル(当時の為替相場で30000円くらい)で購入しました。ブログを書いたら売却する方針を貫いていますが、このレンズに関する知識が浅く、謎の多いレンズでしたので、キープしていました。当時の相場は350ドル~400ドルでしたから、この10年で取引額は150ドル程度上昇したことになります。
 
撮影テスト
半世紀前のレンズとしては大変に高性能です。ピント部中央には充分な解像力があり、開放から滲みのないスッキリとした写りです。像面湾曲は先代のウルトロンと同様に大きく、四隅でピントを合わせると中央はピンボケしてしまいますのて、平面を撮るのは苦手ですが、後ボケ側で像が急激にボケる特徴を生み出しています。背後のボケは距離によらず安定していて綺麗で、像の乱れは気にならないレベルです。開放で前ボケ側(ピント部近く)に微かなグルグルボケがみられることがあります。階調描写は流石に古い時代のレンズらしく軟調気味で、中間階調が豊富に出るためトーンを丁寧に拾うことができます。背後の安定したボケと相まって、自然光の入る室内での撮影や曇り日の屋外などにはダイナミックなトーンを楽しむことができます。発色にはクセがあり、落ち着いた発色であるとともに青が不思議な色合いになります。これは前群側に多用されている高密度ガラスが青色側(短波長成分)の光を通しにくい性質を持つためです[3]。球面収差の補正は完全補正に近いのか、絞りを閉じても画質がゆっくりダラ~ッと変化する感じで面白いです。先代のプロミネント版ウルトロンでみられた周辺光量の不足はだいぶ改善されています。

F1.8(開放)sony A7R2(WB:曇) 発色はややクセがあり、青が少し濁り気味かつ全体的にややクールトーン
F1.8(開放)sony A7R2(WB:曇) 後ボケのボケ方が急激なのはこのレンズの特徴ですが、被写界深度が深いわけではなく像面の湾曲が大きいことに加え、球面収差が完全補正に近い(過剰補正ではない)ためによる効果だと考えられます

F4 sony A7R2(WB:日陰)
F1.8(開放)sony A7R2(WB:?)
F8 sony A7R2(WB:曇天)
F1.8(開放)sony A7R2(WB:日光)
F1.8(開放) sony A7R2(WB:AWB)
          
Film: KODAK Gold 200
Camera: minolta X-700

F1.8(開放), Kodak Gold 200カラーネガフィルム(minolta X-700)

F2.8, Kodak Gold 200カラーネガフィルム(minolta X-700)

F1.8(開放), Kodak Gold 200カラーネガフィルム(minolta X-700)

本シリーズも残すところウルトラゴンとノクトンのみになりました。しかし、情報がないので続きは来年にします。トロニエ博士やノクトン、ウルトラゴンに関する確かな情報をお持ちの方は、お力添えをいただければ幸いです。

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