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2019/09/20

Cinématographes Pathé Paris Projection lens (Front diameter=25mm)



パテ社のプロジェクションレンズ
Cinématographes Pathé Paris Projection lens 50mm

Pathé社(Pathé Frères社)はシャルル・パテを筆頭とするパテ4兄弟が1896年にフランスのパリで創業した映画製作・配給会社です[1]。後にレコード制作や映画用機材の製造にも乗り出し、第一次世界大戦の開戦直前までには世界最大規模の映画機材製造会社となっています[2-4]。同社のプロジェクションレンズはとてもアーティスティックなデザインなので、いつか使ってみたいと思っていましたが、2019年8月に川崎で開かれた「non-tessar 四枚玉の写真展」にこのレンズを使って撮ったある方の写真が出ているのをみて、いよいよその気持ちが強くなりました。写真展の帰り路にeBayを覗いてみると何本か出ています。直ぐに購入・・・、迷う余地などありません。レンズって出会いですよね。

レンズ構成は下の図で示すような3群4枚のPetzval(ペッツバール)と呼ばれるタイプです。この設計構成は1840年にジョセフ・ペッツバール博士により考案され、19世紀半ばから20世紀初頭にかけて多数のレンズに採用されました。ペッツバールタイプと言えば像面湾曲が大きいことで集合写真や平坦物は苦手としていますが、立体感が強調されるためポートレート撮影には好んで用いられました。また、非点収差が大きくグルグルボケや放射ボケが派手に出るのも特徴です。しかし、中心部に限れば球面収差は少なく非常にシャープな像が得られるため、画角の狭いプロジェクションレンズや天文用にも、この種のレンズが多く採用されました。

今回手に入れたレンズは鏡胴にF=25mmの刻印があり、口径比(F値)は記されていません。実はF=25mmは焦点距離ではなく前玉径を表しており、19世紀のレンズにはこういう表記のものをよく見かけます。レンズの焦点距離はおおよそ50mmくらいで、露出計を用いた他のレンズとの比較から割り出した口径比はだいたいF2前後と、ちょっと信じられない明るさです。シリアル番号はなく製造された時期については推測でしかありませんが、同社が映画用機材の製造を積極的に手掛ける1900年代初頭から第一次世界大戦の勃発する1914年頃までにつくられた製品であろうと思われます。
 
典型的なPetzval typeの構成図。左が前玉側で右がカメラ側

参考文献
[1] Establissements Pathe Freres, Le LIVRE D'OR de la Cinematographie
[2] wikipedia: パテ(映画会社)
[3] wikipeida: シャルル・パテ(Charles Pathé)
[4] Who's Who of Victorian Cinema: Charles Pathe
 
入手の経緯
レンズは2019年8月にフランスの個人出品者がeBayに出していたものを265ユーロ+送料の即決価格で購入しました。オークションの記載は「35mmシネマ用のプロジェクションレンズ。鏡胴径は42mm」と簡素。掲載されていた写真が鮮明でコンディションがよくわかるレベルでしたので、やや博打でしたが思いきって入札、届いたレンズは状態のよい素晴らしいコンディションでした。

重量:145g(実測), 焦点距離:約50mm,  開放F値: F2前後, レンズ構成:3群4枚Petzval型, 鏡胴径42mm, 前玉径25mm

 
ライカMマウントへの改造
デジタルカメラに搭載して使用するため、今回は汎用性の高いライカMマウントへの改造に挑戦しました。鏡胴径は約42mmありますので、後玉側にM39-M42ステップアップリングを接着し、ライカL-M変換アダプターに接続させました。ところが、バックフォーカスを1mm弱切り詰めないと無限が出ません。いろいろ考え、ライカL-M変換アダプターのマウント面(天板部)を削り落とすことで1mmを稼ぎ、ギリギリで無限遠のフォーカスを拾うことができるようにしました。マウント時にロックはかかりませんが、問題なく使用できます。


撮影テスト
イメージサークルはフルサイズセンサーを余裕でカバーできますが、像面湾曲が大きく四隅がピンボケするなど画質的に無理があるので、APS-C機もしくはMFT(マイクロフォーサーズ)機で使用するのがおすすめです。ピント合わせにはコツがあり、はじめのうちは全くピント合わせができません。これはソフトフォーカスレンズ全般に言えることですが、ピントの合う位置(コントラスト最大の位置)と解像力が最大になる位置が大きくずれており、普通にピントを合わせてもピンぼけしてしまうのです。フォーカスピーキングは全く使い物になりませんので、設定を切り、拡大して自分の目でピントを合わせをおこないながら像が最も緻密に描かれる位置を探ります。コツを掴めば、中央は繊細な像を描いてくれるようになります。
描写はとてもソフトで、ピント部全体が大量のフレアに包まれます。ピント部の背後ではグルグルボケ、前方では放射ボケが目立ちます。立体感のあるレンズですので、ポートレート撮影には向いているとおもいます。
  
フィルターネジのないレンズなので、フードは被せ式を用いている。マミヤの中判カメラ用フードに少し加工を施し装着できるようにした

CAMERA: Fujifilm X-T20 / SONY A7R2(APS-C mode)

SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode, 露出+2.0) モデル:彩夏子さん



Fujifilm X-T20(WB: 日光)放射ボケも使い方ひとつで、ダイナミックな写真になります
SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode, 露出+2.0) モデル 莉樺(リカ) さん

SONY A7R2(WB:日光, APS-C mode, 露出+2.0) モデル 莉樺(リカ) さん
Fujifilm X-T20(WB: 日光)




 
オールドレンズ女子部にも所属しているMiyu Yoneさんにイングリッシュガーデンでレンズを使っていただき、お写真を提供していただきました。ありがとうございます。
 
Photographer: Miyu Yone
Camera: Olympus OM-D E-M1
カメラ内でWB、トーンカーブ、露出補正(‐1〜2)を変更し、ピクチャーモード(ビビット)で撮っています。下の写真をクリックするとWEBアルバムにジャンプできます。
 

Click and Go to Web Album

2018/09/07

IZOS PO-109-1A/ 16KP 50mm F1.2 Projection lens [RO-109-1A]













レニングラード生まれ、クラスノゴルスク育ちの
シネマムービー用レンズ  PART 7
安くて明るいプロジェクター用レンズ
アイズムスキー光学ガラス工場(IZOS) 
16KP / PO-109-1A 50mm F1.2(RO-109-1A) ライカMマウント(改)

双眼鏡メーカーで知られるロシアのアイズムスキー光学ガラス工場(IZOS)が1982年から1990年代まで供給した16mmプロジェクター用レンズの16KP。海外にはこの安くて明るいシネマプロジェクター用レンズをデジタル一眼カメラに搭載して素晴らしい写真を撮るアーティスト達がいます。プロジェクター用のためレンズに絞りはなく、常にF1.2の開放値で写真を撮ることになりますが、描写は写真の四隅にむかって大きく乱れ崩壊するため、使う側にある程度の許容力と表現の幅がないと、終始振り回されるだけで全く手綱を引かせてはもらえません。ただし、付き合い方を覚えてしまえば、ここぞという時に力を発揮する唯一無二のレンズにもなります。
レンズの起源は他のPOシリーズと同様にレニングラードのKINOOPTIKAファクトリー(1945-1947年頃)が1945年頃に開発したPOシリーズの原型うちの1本であると考えられます。インターネット上には名板に"KINOOPTIKA"の刻印をもつPOシリーズ(PO-109-1とは別のモデル)のプロジェクターレンズが写真と共に公開されています。事実ならレンズの生産拠点は他のPOシリーズと同じく複雑な過程を経ており、1947年に製造ラインごとモスクワのKMZに移設された後、1950年代末に再びレニングラードに戻ります。1950年代末からレニングラードでPO-109-1を生産したのは後に他の工場と合併しLOMOの一部となるLENKINAPファクトリーです。この頃のモデルはノンコート仕様で鏡胴は真鍮製でした。レンズの名称は1960年代のある時点からPO-109-1Aに代わり、ガラスにコーティングが施されたモデルが登場します。ところが、これ以降にレンズの生産を担当したのはLOMOではなくIZOSでした。POシリーズの大半は改良のため再設計されLOMOのOKCシリーズへと改称されてゆきますが、このレンズは例外的にIZOSが生産を引き継いだため1970年代もIZOS PO-109-1Aとして作られ続けます。この名称では1981年頃まで生産が続けられていましたが、1981~1982年頃よりレンズ名は16KPに変更されました。この改称時に設計変更などがあったのかについては確かな記録がないので不明ですが、両者を横に並べ観察すると細部に至るまで実によく似ており、全く同一のレンズに見えます。16KPは1990年代も生産が続けられました。
レンズの設計は下図のような5群6枚構成で、ガウスタイプの後群の張り合わせを外し、凹メニスカスを絞りの近くに配置した独特な形態です。


IZOS PO-109-1Aの構成図:GOI OBJECTIVE CATALOG 1970に掲載されていた構成図をトレーススケッチしました。左がスクリーン側で右がプロジェクターランプの側。設計構成は5群6枚の変形ガウスタイプで、ガウスタイプの後群側の張り合わせを外した形態です。こんかいはこれを写真撮影に使いますので、左が被写体側、右がカメラ(センサー)の側になります


入手の経緯
レンズはeBayに豊富に出回っておりオールドストック(未使用品)が1本2000~2500円程度の値段(即決価格)で手に入ります。ウクライナやロシアからの配送料を入れても、3500~4000円程度です。新品がゴロゴロとありますので、わざわざ中古品にゆく必要はないとおもいます。

重量(実測)225.5g, 鏡胴径 38mm(後ろ側)/52.5mm(前側), S/N: 9205***(1992年製)
ライカMマウントへの改造
このクラスの16mm用レンズにしてはイメージサークルが広くAPS-C センサーを余裕でカバーできます。バックフォーカスが比較的長いうえに後玉径もそれほど大きくないため、改造の難度はあまり高くはありません。改造方法についてはネットにいろいろと情報が出ていますので、ここでは事例のないライカMマウントへの改造方法を提案したいと思います。用意した部品は(1) T2-M42アダプター (2) M42-Leica Mアダプター(補助ヘリコイド付) の2つで、いずれも市販品として手に入るパーツです。これらを用いて下の写真のようなカプラーを作り、最後にレンズヘッドをエポキシ接着するだけです。このヘリコイドを用いた場合の最短撮影距離は約0.3mでしたので、近接撮影にも充分に対応することができます。補助ヘリコイド付きのライカMアダプターと組み合わせれば、最短撮影距離を更に短くすることもできます。T2-M42アダプターは側面のネジを緩めることで、いざとなればマウント部が外れる構造となっていますので、レンズヘッドとアダプターは遠慮なくガッチリとエポキシ接着しても大丈夫です。



なお、このレンズは後玉側のレンズガードが大きく飛び出しているため、ハレーションカッターや電子接点など内部に出っ張りのあるマウントアダプターではレンズガードが干渉してしまいます。私はレンズガードをニッパーでカットし除去しました。カットする際には少しコツがあり、レンズを回転させながらナイフでリンゴの皮を剥く要領で、少しづつカットしてゆきます(下・写真)。





撮影テスト
中央はフレアを伴にながらシャープで発色もよいのですが、四隅では画質が大きく乱れ、フレアの増大を伴いながら解像度が著しく低下します。像面が大きく湾曲しており四隅では像が著しくボケてしまうため、被写界深度がとても浅く感じられます。ポートレート撮影においては背後にグルグルボケが顕著にみられました。ゆがみは樽型で少し目立つレベルです。定格イメージフォーマットよりも広い範囲を写真に写しているとはいえ、これは凄い癖玉です。今回はレンズをSONY A7R2に搭載し、APS-Cモードでテスト撮影をおこないました。
  
2018年9月 横浜イングリッシュガーデン

SONY A7R2(AWB, APS-C mode)

SONY A7R2(WB: 日光, APS-C mode)
SONY A7R2(WB: 日光, APS-C mode)
SONY A7R2(WB: 日光, APS-C mode)
SONY A7R2(WB: 日光, APS-C mode)

2018年9月 ルミエールカメラにて

SONY A7R2(WB: 蛍光灯, APS-C mode)

SONY A7R2(WB: 蛍光灯, APS-C mode)

SONY A7R2(WB: 蛍光灯, APS-C mode)


2016/12/04

Meyer-Optik Görlitz Diaplan 100mm F3 (projector lens)




ダイアプランの原点
Meyer-Optik Görlitz DIAPLAN 100mm F3
メイヤー・オプティック(Meyer-Optik)のトリプレット型レンズに対する拘りは強く、同社の看板レンズであるトリオプラン(Trioplan)にはF2.8, F2.9, F3, F3.5, F4.5など口径比の異なる様々なモデルが供給されている。中でも口径比F3はポートレート用のスペシャルモデルに位置づけられた経緯があり、流通している個体数が少ないのもさる事ながら、明るさと画質のバランスが絶妙なため、マニアの間では別格扱いされている。このトリオプランから派生したプロジェクター用レンズのダイアプラン(Diaplan)にも実は口径比F3のモデルが供給されており、描写傾向に対する興味は増すばかりである。100mmF3は140mm F3.5などと共に戦前から供給されてきたダイアプランシリーズの最古のモデルである。ダイアプランはトリオプランよりも安価であることに加え、写真用に改造することでトリオプラン同等のバブルボケを出すことができるため、近年になって人気が急上昇している(参考文献[0])。本ブログでもダイアプラン80mm F2.8や後継モデルのペンタコンAV ( Pentacon AV)100mm F2.8など、関連するレンズをこれまで何本か取り上げてきた。
ダイアプラン100mm F3についてはシリアル番号の独自調査により戦前の1930年よりも前の時代に早くも登場していることが判明しており(参考資料[1])、本ブログで今回取り上げる1本もシリアル番号が19万番の1920年代に製造された個体である。EXAKTA用やLEICA用として3種のTrioplan(10cm F2.8/10.5cm F2.8/12cm F4.5)が登場したのは1936年であるから、Diaplan 100mm f3はこれらよりも前に登場していたことになる。このモデルの生産は戦後もしばらく続き、1950年代にはガラス面にコーティングが施された個体も市場供給されているが、1960年代初頭に口径比が少し明るいダイアプラン100mm F2.8が登場し姿を消している(参考資料[2][3])。なお、メイヤー・オプティックは1968年にペンタコン人民公社(VEB Pentacon)に吸収され、それまでのメイヤーブランドは1971年以降にペンタコンブランドへと置わっており(参考資料[4][5])、ダイアプラン100mm f2.8についても設計構成は同一のままペンタコンAV (Pentacon AV)100mm f2.8へと改称されている。

入手の経緯
ノンコートモデル
2016年11月にeBayを介してドイツのカメラ屋アルパ・フォトグラフィーからレンズヘッドに純正ヘリコイドがついた状態の品を99ユーロ+送料6.5ユーロの即決価格で落札した。オークションの記述は「完全に良好な状態の実用品である。ガラスはクリアでカビはない」とのこと。届いたレンズは後玉が汚れていたので、クリーニングし完全にクリアになった。レンズにはプロジェクター本体に固定するための筒(末端が58mmネジ)が付属していたので、ここにM58中華製ヘリコイドを据え付け、ヘリコイドのカメラ側を58-39mmステップアップリングとM39-M42変換リングで末端処理し、M42レンズとして使用できるようにした。
Diaplan 100mm F3(戦前製), 重量(実測)145g(側部の鏡胴固定ネジは含まず), 設計構成は3群3枚のトリプレット型, ノンコート, シリアル番号197099(製造は1920年代)

コーティング付きモデル
2016年11月にeBayを介して競買の末、レンズヘッドのみをエクサクラウスさんから74ユーロ+送料8.6ユーロで落札した。オークションの記述は「ナイスコンディション。ガラスはちょっとだけクリーニングが必要だろう」とのこと。届いたレンズは中玉にやや汚れとゴミがあったが、構造が単純なので簡単に分解でき、クリーニングしたところクリアになった。ステップアップリングを用いてM52中華製ヘリコイド(17-31mm)に搭載すればM42レンズとして使用できるが、今回はより高伸長なヘリコイド(36-90mm)に搭載しsony A7で使用している。
Diaplan 100mm F3(戦後製):重量(実測) 195g(側部の鏡胴固定ネジは含まず) , 設計構成は3群3枚のトリプレット型, ガラス面にコーティングあり,  シリアル番号2240762(1950年代に生産された製品個体

参考資料
  • [0] レンズの時間 VOL.2 P43-P49 玄光社
  • [1] オークション取引歴の中にシリアル番号167XXXのDiaplan 100mm F3が見つかる。これは戦前の1930年よりも前の時代の製品である。
  • [2] 今回入手した1本はシリアル番号から1950年代後期に生産された個体である。ガラスにはコーティングが施されている。一方、オークションの取引歴には1952年製(シリアル番号130万番)のノンコートの個体もみつかる。メイヤーがコーティング蒸着装置を導入するのは1952年と遅かった。
  • [3] オークション取引歴の中には1960年代初頭に生産されたDiaplan 100mm F2.8(S/N: 2624XXX)がみつかる。参考資料[2]との前後関係から1960年前後にモデルチェンジが行われ、口径比がF3からF2.8に明るくなったものと判断できる。
  • [4]  オークション取引歴の中にDiaplan 100mm F2.8(S/N:6933XXX)が確認できるため、このモデルは少なくても1970年代初頭までは生産されていたと判断できる。1971年にMeyerブランドは全てPentaconブランドに置き換わっている。
  • [5] 東ドイツカメラの全貌(朝日ソノラマ)
M42マウントへの改造例
ダイアプランのレンズヘッドにはプロジェクター用のヘリコイドが付属していることが少なくないので、これを有効活用しM42マウントに改造する事例を示しておく。必要な部品はM52-M42ヘリコイドと、プロジェクター用ヘリコイドの末端を52mm径のネジにするために用いる52-62mmステップアップリングである。ステップアップリングは内側のネジ山をルーターで削り若干広げておく。これをプロジェクター用ヘリコイドの末端に被せ、側面からネジ留めすれば完成だ。無限遠のピントがほぼピタリと出ている。なお、今回はネジ留めではなくエポキシ接着で簡単に済ませた。ガッチリ接着してしまうと力ずくでも取り外すのは困難なので、3点留め位に手加減しておくのがよい。
レンズはダブルヘリコイド仕様になっているので普段はM52ヘリコイドを使い、マクロ撮影の時のみプロジェクター用ヘリコイドを繰り出して用いる。

撮影テスト
過去に本ブログで取り上げた口径比F2.8の後継モデルPentacon AV 100mmはピント部にややフレアが発生するソフトな描写傾向のレンズであったが、今回取り上げるDiaplan F3は、これよりもフレア量が少なくシャープな像が得られている。ただし、解像力は後継モデルの方が良い印象をうける。肝心のボケについては被写体の背後に強い光の集積をともなうハッキリとしたバブルボケを確認できた。コーティングつきモデルとコーティングなしモデルの画質的な差は階調描写性能のみで、コーティングのあるモデルの方がコントラストが良好で色乗りがよく、コーティングなしモデルの方が逆光撮影時にハレーションが出やすく、発色が淡白になる傾向がみられた。淡泊な描写を避けたいならばフードをしっかり装着し、デジカメのセッティングをビビットにすればよい。それ以外の解像力やボケ具合、フレア量などについて、両モデルはほぼ同等である。
コーティング付きモデル + sony A7(AWB): ボケの輪郭部に強が集まり、しっかりとしたバブルボケを形成している

コーティングつきモデル + sony A7(AWB):ピント部は四隅まで安定感のある描写で、滲みはPentacon AV 100mm F2.8に比べると少な目である
ノンコートモデル + sony A7(APS-C crop mode, WB:晴天): バブルの大きさを抑さえたい時にはAPS-Cモードに変え、引いてとるとよい
ノンコートモデル + sony A7(APS-C mode, AWB):こちらもマクロ域。バブルボケが大きくなりすぎるので、APS-Cモードの方がよい
ノンコートモデル + sony A7(APS-C mode, AWB): こういう被写体には軟調なノンコートレンズの描写がよく合う
コーティングつきモデル + sony A7(AWB): 背後の像がバブルボケを伴いながら崩壊している。たっ、楽しい!




コーティング付きモデル + sony A7(WB:晴天, クリエイティブスタイル Vivid): ノンコートレンズで彩度がほしいならデジカメの設定を変えればよい。この作例ではクリエイティブスタイルをノーマルからVIVIDに変更している

ノンコートモデル + sony A7(AWB): ノンコートレンズはもともとコーティング付きよりも軟調なので、長所を生かしハイキー気味に撮影するとライトトーンな写真になる。バブルボケの白さもアップ!













ノンコートモデル + sony A7(Full-frame mode, AWB): Diaplan 100mm F2.8との画質の差はフレア量であろう。モヤモヤとした滲みが苦手な人はDiaplan(Pentacon AV) 100mm F2.8よりもF3のモデルを選ぶ方がよいのかもしれない

2016/10/15

VEB Pentacon AV(Meyer-Optik Diaplan) 100mm F2.8 and 140mm F3.5




爺さんはトリオプラン、父さんはダイアプラン
バブルボケファミリーの血が騒ぐ
Pentacon AV 100mm F2.8 and 140mm F3.5
プロジェクター用レンズのペンタコンAV(PENTACON AV)は改造して写真撮影に転用することでバブルボケを発生させることができるため、高価なトリオプラン(Trioplan) 100mm F2.8の代用品になるレンズとして脚光を浴びている[文献1]。今回はその中でも大口径モデルであるペンタコンAV 140mm F3.5とペンタコンAV 100mm F2.8を取り上げてみたい。ボケ量は口径の大きなレンズほど大きく、開放F値が同一の場合には長焦点(望遠)レンズになるほど大きなボケが得られる。140mmF3.5と100mm F2.8は同シリーズの中で150mm F2.8に次ぐ大きな口径を持つのが特徴で、マクロ域での撮影のみならずポートレート域で人物を撮る際にも、背後の空間に大きなバブルボケを発生させることができる。また、望遠圧縮効果を活かした長焦点レンズならではの撮影ができるメリットもあり、背後に奥行きのある場所で撮影すると、バブルボケの出方が平面的にはならず、大小さまざまなサイズのバブルが折り重なるように発生し、とても印象的な写真が撮れるのである。焦点距離140mmのモデルはネットに作例や情報がなく、どれほどの写真が撮れるのかは今回のエントリーが初公開になりそうである。
ペンタコンAVには今回取り上げる2本以外に複数のモデルが存在し、私が把握しているだけでも9種類のバリエーションを確認している[注1]。最もポプラーなモデルは100mm F2.8と80mmF2.8である。レンズの先代はメイヤー・オプティックのダイアプラン(Diaplan)であるが、メイヤーは1968年にペンタコン人民公社に吸収され、それまでのメイヤーブランドは1971年以降にペンタコンブランドへと置き換わっている。ペンタコンAVはメイヤー時代にダイヤアプランとして生産していたものをペンタコン人民公社が名称を変えて生産したレンズであり、中身の設計はダイアプランと同一である。
ダイアプランはトリオプランと描写傾向がそっくりであるため、設計が同一であるかもしれないという憶測から注目されるようになった。その真偽については何も伝わっていないが、実際にダイアプラン100mm F2.8とトリオプラン100mm F2.8の描写を比較している記事があり、両者は発色傾向が異なるのみでボケ味や解像力、開放での柔らかい描写傾向などは見分けがつかない程よく似ている[文献2]。違いと言えばダイアプランは寒色系の強い現代的な発色傾向であるのに対し、トリオプランは暖色系にコケる傾向がある点で、この差はコーティングの種類が異なることに由来しているものと思われる。

注1:Pentcon AVとDiaplanには焦点距離の異なる複数のモデルが存在し、私が把握しているだけでも9種類(2.4/60, 2.8/80, 3.5/80 2.8/100, 3/100, 3.5/100, 3.5/140, 2.8/150, 4/200)を確認している。


PENTACON AV 100mm F2.8:構成は3群3枚のトリプレット, 今回もレンズヘッドのみを入手後、自分で改造しM52-M42ヘリコイド35-90mmに搭載した


PENTACON AV 140mm F3.5:構成は3群3枚のトリプレット, 灰色の部分はプロジェクターに据え付ける際に用いるペンタコンAV用の純正ヘリコイドである
入手の経緯
本品はレンズヘッドのみをeBay経由でドイツの業者から取り寄せ、自分で直進ヘリコイドに載せM42マウントに改造したレンズである。レンズヘッドの値段は100mmF2.8が13000円、140mm F3.5が8000円であった。はじめから改造済みの品を手に入れるにはNOCTOなどレンズの改造を専門にしている工房に相談するか、ヤフオクでこの種のレンズを定期的に出品しているセラーから買い取るのが国内での入手ルートである。改造済のレンズの場合、100mmF2.8で1本30000円~45000円程度が相場である。140mm F3.5の相場については取引履歴がどこにもないので不明であるが、レンズヘッドの価格や80mm F2.8の相場が20000~30000円であることを考慮すると、25000円~35000円あたりが妥当な値段と言えるだろう。100mmのモデルは元祖バブルボケレンズのトリオプランと同じ焦点距離であるため人気は高く、取引価格も他のモデルより高額に設定されている。

写真用レンズへの改造
両モデルともプロジェクター用レンズであるため、写真用レンズとして用いるには改造が必要である。100mmのモデルは鏡胴の前玉側(首根っこのあたり)にステップアップリング58-55mmとPETRIの55mm径フード(PETRI Φ55mm)をはめ、ステップアップリング55-52mmを介してM52-M42ヘリコイド(36-90mm)に搭載しM42レンズとして使用できるようにした。すこしオーバーインフなので、M42-Nikon Fアダプターを介してNikon Fに搭載した場合にも無限遠を拾ううことができた。
140mmの方はプロジェクターに据え付ける際に用いるペンタコンAV用の純正ヘリコイドがついていたので、これを有効利用している。末端部が58mmネジであることを利用し、58-52mステップアップリングを介してM52-M42直進ヘリコイドに搭載し、M42レンズとして使用できるようにした。



参考文献・サイト
[参考1] レンズの時間VOL2 玄光社(2016.1.30) ISBN978-4-7683-0693-2
[参考2] Markus Keinath - Soap Bubble Bokeh Lenses 
[参考3] 球面収差の過剰補正と2線ボケ,小倉磐夫著, 写真工業別冊 現代のカメラとレンズ技術 P.166;  球面収差と前景、背景のボケ味,小倉磐夫著, 写真工業別冊 現代のカメラとレンズ技術 P.171
[参考4] Kravtsov, Yu. A., A modification of the geometrical optics method: Radiofizika, 7 664-pp.673(1964a); Kravtsov, Yu. A., Asymptotic solutions of Maxwell’s equations near a caustic, Radiofizika, 7, pp.1049(1964b).
[参考5] Ludwig, D., Uniform asymptotic expansions at a caustic, Comm. Pure and Appl. Math., XIX 215-250(1966)


撮影テスト
両レンズとも口径が大きく、設計は3枚構成のトリプレット型である。背後の空間に点光源をとらえると比較的大きなバブルボケが発生する。また、中判6x7フォーマットを越える大きなイメージサークルをもつので、搭載するレンズヘッドにM42-M42ヘリコイドを用いたのでは、ヘリコイドの内壁面で強い反射がおこり、コントラストが低下してしまう。そこで、今回は一回り太いM52-M42ヘリコイドに搭載することにしてみた。するとコントラストが大分改善され、両レンズともシャープで発色の鮮やかな描写傾向を示すようになった。太いヘリコイドを使用するメリットについてはこちらの記事で解説している。
フレアは100mmよりも140mmの方が少なめで、140mmは近接域でもスッキリとしたヌケのよい描写である。その分、コントラストも140mmの方が若干よく、シャープでメリハリのある力強い写真が撮れる。口径比がF3.5と半段暗く、設計に無理がないためであろう。ペンタコンAVのF2.8のモデルに絞りがついていると仮定し、それを開放から半段絞った描写であると考えれば話ははやい。
バブルボケの発生原因は収差であることを忘れてはならない[文献3]。バブルボケはボケの輪郭部に光が集まることにより形成されるが、光の集積部(専門用語では火面と呼ばれている)を作り出しているのは球面収差やコマ収差である[文献4,5]。この種の収差はフレアを生み出す原因にもなるため、フレア量の大小はバブルボケの「ハッキリ度」を察知する指標にもなっている。ならば、半段絞った口径比をもつ140mmのモデルではバブルボケのハッキリ度も小さいであろうというのが三段論法の結論だ。しかし、実写で試してみた感触としては140mmのモデルにもバブルボケを発生させるレベルの残存収差はしっかり残っていた。バブルボケに興味はあるがソフトな描写は苦手という方には140mmのモデルをおすすめしたい。撮影時は半逆光の条件が必須となるので、バブルを引き立たせるには望遠レレンズ用の深いフードを装着し、ハレーション対策にしっかり取り組んでおくことがポイントになる。
 

PENTACON AV 100mm F2.8 + SONY A7
 
Pentacon AV 100mm F2.8 + sony A7(WB:晴天),  ポートレートでもこの通りに大きなバブルボケが出るのは、さすがに大口径レンズである
Pentacon AV 100mm F2.8 + sony A7(WB:晴天): ハイライト部はややフレアっぽいが、シャープネスの高さと発色の良さはMeyerのTrioplan 100mm F2.8の開放描写を超えているという印象をうける。ボケの輪郭部にかなりつよい光の集積がみられ、ハッキリとしたバブルボケを形成している
Pentacon AV 100mm F2.8 + sony A7(WB:晴天): 近接域ではモヤモヤとしたフレア纏うが、コントラストは十分である

Pentacon AV 100mm F2.8 + sony A7(WB:晴天): お気に入りの一枚。子供の世界だ


Pentacon AV 100mm F2.8 + sony A7(WB:晴天): 相場価格10万もする高価なトリオプラン100mmを購入するよりも、M52ヘリコイドに搭載しコントラストを改善させた本品の方が私には魅力的な商品にみえる





 Pentacon AV 100mm + Fujifilm GFX100S
PENTACON AV 100mm F2.8 + GFX100S(WB:日光)


PENTACON AV 100mm F2.8 + GFX100S(WB:日光)

PENTACON AV 100mm F2.8 + GFX100S(WB:日光)

PENTACON AV 100mm F2.8 + GFX100S(WB:日光)

PENTACON AV 140mm F3.5による作例
Pentacon AV 140mm F3.5+ sony A7(WB:晴天): この製品もや点光源を背後の空間に捉えることでバブルボケの出るレンズであることがわかった
Pentacon AV 140mm F3.5+sony A7(WB:晴天), 温調な写真が多いのは撮った時間帯が夕刻だったため。これまで本ブログで扱った口径比F2.8のモデルに比べると、フレアは出にくく、シャープネスやコントラストは明らかに高い
Pentacon AV 140mm F3.5+sony A7(WB:晴天); バブルボケだけがこのレンズの芸ではない。背後のボケは基本的に硬いので、うまく利用すれば形を留めた美しいボケ味になる
Pentacon AV 140mm F3.5+ sony A7(WB:晴天): 

Pentacon AV 140mmF3.5+sony A7(WB:晴天): 長焦点トリプレットというだけのことはあり、解像力は良好でボケも四隅まで乱れずに安定している



Pentacon AV140mm F3.5+sony A7(WB:晴天), ピントは真面目に合わせてはいないので、ご了承いただきたい。バブルボケはしっかり出ている

Pentacon AV 140mm F3.5+sony A7(WB:晴天), バブルボケとはボケ玉の輪郭に光の集積部のある独特のボケ方を指す。普通の玉ボケとは一線を画するものであることがわかる