千代田光学の標準レンズ 2
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重量(実測)268g, 絞り羽根 10枚構成, 絞り F2-f22, 最短撮影距離 1m, フィルター径 43mm, ライカスクリュー(L39)マウント, 光学系 6群7枚ズミクロン型 |
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F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空) |
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重量(実測)268g, 絞り羽根 10枚構成, 絞り F2-f22, 最短撮影距離 1m, フィルター径 43mm, ライカスクリュー(L39)マウント, 光学系 6群7枚ズミクロン型 |
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F2(開放) Nikon Zf(WB:曇空) |
千代田光学の標準レンズ 1
愛称は「梅鉢」、花弁紋のデザインが映える白銀レンズ
Chiyoko SUPER ROKKOR 45mm F2.8 (Leica Screw mount)
いつ、誰の発案で広まったのか記録はありませんが、このレンズはピントリングの形状が日本古来からの伝統文様である「梅鉢紋」に似ていることから、「梅鉢」の愛称で呼ばれるようになりました。独特な外観のため平凡なスペックのわりに昔から人気があり、工業デザインの重要性を改めて実感させてくれる製品の一つです。レンズは1947年に登場したminolta-35(I型)と1953年に登場したminolta-35(II型前期)に搭載する標準レンズとして供給され、1954年4月に後継モデルのSuper Rokkor 50mm f2.8が登場したことで生産終了となっています[1]。この間に推定約46000本が製造されたという調査結果があります[2]。レンズは大きく分けて前期型と後期型には大別されるようで、外観の細かなところに仕様の変更が見られます。また、一説によると光学設計にも若干のマイナーチェンジが施されているようで、再設計されているとの報告が複数あります。肉眼で両レンズを見比べると確かに前玉の曲率に差があるようにも見えます。残念ながら文献などによる確かな記録は見つかりませんでしたが、後期モデルは描写面で何らかの改良が施されているものと思われます。レンズ構成は前期型・後期型とも下図のようなトリプレットからの発展型(3群5枚構成)で、前玉が珍しい3枚の張り合わせ構造になっています。同種のレンズ構成としては他に富岡光学がリコー社レンジファインダー機のRicoh 35 DeLuxeに搭載する固定式レンズとして供給した Ricomat 45mm F2.8があります。このレンズについては過去に本ブログで取り上げ紹介しましたが、シャープでコントラストが非常に高く、たいへん高性能なレンズでした。今回取り上げているSuper-Rokkorの方がコントラストは控え目でボケに癖があるなど、描写面での特徴はわかりやすいと思います。なお、レンズの焦点距離が50mmではなく中途半端な45mmとなっているのは、戦後間もない当時の日本製フィルムがライカ判より一回り小さい24x32mmのニホン判だったからとのことです[3]。
レンズを設計したのは千代田光学の斎藤利衛と天野庄之助という人物です。斎藤利衛氏については文献[4]に詳しい経歴や人物像についての解説があります。また、文献[3]にSuper Rokkorに関する小倉敏布さんの興味深いエピソードがあり、「斎藤さんはたしか、設計しても設計してもろくなレンズができない。頑張れば頑張るほど変なレンズになってゆくと言っていたそうですが、何年かして、その原因が、非点収差の計算式の間違いだということに気がついた。そこで部下(天野氏?)のところに行って、頭を下げて『申し訳ない。僕が式を書き間違えていた』といったそうです。そのせいか、非点収差が非常に大きい。」とのこと。事実なら設計ミスのまま世に出たレンズと言うことになりますが、それでもこのレンズが世間で一定の人気を得ていることには、とても驚かされます。レンズが真価を発揮するのは写真家の作風に調和するときです。高性能・高スペックのレンズが必ずしも支持されるわけではないという事を、このレンズは教えてくれるのです。
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文献[3]に掲載されていた後期型の構成図をトレーススケッチしたもの |
参考文献・資料
[1] クラシックカメラ専科No.12:ミノルタカメラのすべて (朝日ソノラマ)
[2] 見よう見まねのブログ:Minolta-35の調査(5)交換レンズ
[3] 郷愁のアンティークカメラ Ⅲ・レンズ編 朝日新聞社(1993)
[4] 「ミノルタ35用ロッコールレンズとその頃の裏舞台」小倉敏布著 クラシックカメラ専科No.58(朝日ソノラマ)
★入手の経緯
ネットオークションでの中古相場は大きな問題がなければ2万円台前半あたりです。私は2018年9月にヤフーオークションにて状態の良さそうな後期型の個体を18800円で落札しました。届いた個体は絞りリングがグリス抜けでスカスカの状態でしたが、それ以外には大きな問題はありませんでした。ピントリングが一般的な一眼レフカメラ用レンズと比べやや重いのは、距離計連動するレンズなので、まぁこんなものでしょう。
前期型は比較のため知人からお借りしました。こちらの個体には軽いバルサム切れがありましたので、撮影テストの結果は参考程度にお見せしています。後期型との顕著な性能差はありませんでしたので、コンディションによる大きな影響は出ていないように思われます。
★撮影テスト
私がこのレンズに興味を持ち、取り上げようと思ったのは、設計者が非点収差の設計ミスを自白したという驚くべきエピソードと、レンズ自体には人気があるという一見相反するように思える2つの事象が、いったいどう折り合いをつけているのかを見極めたかったからです。非点収差の設計ミスによる影響が大きく出るならば四隅で像が甘くなり、
★ 後期モデル+ Nikon Zf ★
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光) |
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光) |
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光) |
F2.8(開放) Nikon Zf(WB:日光) |
F4 Nikon Zf(WB:日光) |
F5.6 Nikon Zf(BW mode) |
F4 Nikon Zf(WB:日光) |
F2.8(開放) |
F2.8 |
★前期モデル+ Nikon ZF★
今回入手した前期型の個体はコンディションが悪く、クモリはないものの、バルサム剥離が出ていました。撮影結果への影響は小さいと考えていますが、こちらの作例は参考程度とさせていただきます。
実写では後期モデルと同様に、非点収差に由来するグルグルボケが見られました。ただし、ピント部中央はシャープでヌケのよいスッキリとした写りです。設計変更が施されているということですので、前期モデルと後期モデルでは画質的に大きな差があることを予想していましたが、実写からは明確な差を感じることはできませんでした。機会があればもう少し状態の良い個体を手に入れ、再度比較をしてみたいと思います。
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F2.8(開放) Nikon ZF |
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F2.8(開放) Nikon ZF |
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F2.8(開放) Nikon ZF |
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F2.8(開放) Nikon ZF |
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F2.8(開放) Nikon ZF |
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F2.8(開放) Nikon ZF |
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F2.8(開放) Nikon ZF |
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F2.8(開放) Nikon ZF |
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F2.8(開放) Nikon ZF |
さて、このレンズの人気と設計ミスの事実がどう折り合いをつけていたのかという疑問には、まだ何一つ答えを見出していません。一つ言えるのは商品価値を左右する要素の中で、やはり工業デザインは非常に重要であるということです。梅鉢は美しいレンズですし、現代のブラックカラーを基調とするデジタルカメラに搭載しても、格好良くきまります。この点に関しては、自分の周りのレンズマニア達も口をそろえて同じ意見を述べ、梅鉢はいいぞと賛同してくれます。人間に当てはめてみますと、格好良ければそれ以外の部分に何かしら欠陥があっても、世間でもてはやされるという事に相当します。あなたはそれを許すことができますか?
6枚構成で色収差を抑えた
高性能な望遠レンズ
MINOLTA MC TELE ROKKOR-PF 135mm F2.8
135mm F2.8の望遠レンズは設計構成の選択肢が多く、少ない構成枚数ですとトリプレット型(3枚)かエルノスター型(4枚)で製品化できます。
レンズは1965年に同社一眼レフカメラのSRシリーズ(SR-T101やNew SR-1など)に搭載する交換レンズとして発売されました。初期のモデルは今回ご紹介する個体のような金属鏡胴でしたが、翌66年から同社のレンズではゴムローレットのデザインが増えてゆき、1970年代の同社のカタログではこの135mm F2.8もゴムローレットのデザインとなっています[2,3]。
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MINOLTA MC TELE ROKKOR-PF 135mm F2.8の設計構成(左が被写体側):5群6枚のクセノタール分離テレ型からの派生で、第2群(G2)に貼り合わせユニットを持つのが特徴です.上の図は文献[2]からのトレーススケッチ(見取り図) |
焦点距離の長い(望遠比の小さい)レンズでは、球面収差の短波長成分が急激にオーバーコレクション(過剰補正)になる問題がありますが、通常の5枚玉までは色収差(軸上色収差)の増大を許容してまでこれを抑えようとします。一方、今回ご紹介するレンズは貼り合わせ色消しユニットで短波長成分の増大を抑えることができ、色収差を増大させることなく、収差設計が可能なのだそうです。レンズの設計枚数が増えると画質補正の補正自由度も増え、妥協のないレンズ設計ができるという一つの典型例です。ちなみに一段明るい同社上位モデルの135mm F2にも同じ構成が採用されています。
歪みの補正についてはクセノタール分離テレ型が得意とするところで、前後群の間隔を大きくとりながら、後群に配置した収斂性(しゅうれんせい)のある空気レンズを利用して、糸巻き状の歪みを効果的に補正しています[1]。シャープネスとコントラストが良好で歪みの少ない高性能なレンズのようです。優等生の困ったちゃんの予感が脳裏をかすめるのですが、どうしましょ。
★参考文献
[1] レンズ設計のすべて 辻定彦著 第11章 P134-P137
[2] 「MINOLTA一眼レフ用交換レンズとアクセサリー」 ミノルタカメラ株式会社 1974年7月
[3] 1976年2月 MINOLTA ROKKOR LENSES カタログ
レンズには振り出し式のフードがついています。これが、かなり便利 |
★入手の経緯
ヤフオク!でレンズやカメラの詰合せセットを購入した際に付いてきたのが、今回ご紹介するレンズです。ブログでは高性能で現代的なオールドレンズ(ある意味で立ち位置の中途半端なレンズ)を取り上げる機会は極力少なくしていますが、手に入れた個体の状態がかなり良かった事と望遠レンズをご紹介する機会が最近とても少なかったので、例外的に紹介することにしました。レンズは国内のネットオークションで2000円から3000円程度の安値で取引されています。もともとの小売価格を考えると、ちょっと可哀想な扱いです。
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MINOLTA MC TELE ROKKOR-PF 135mm F2.8: 最短撮影距離1.5m, フィルター径 55mm, 重量(実測)525g, 絞り羽根 6枚構成, 絞り F2.8-F22, minolta SRマウント, フード内蔵, 設計構成5群6枚(XENOTAR分離テレ型からの派生) |
★撮影テスト
解像力は平凡ですが、やはり歪みが少ないうえ色収差(軸上色収差)は良好に補正されており、開放からスッキリとヌケが良く、コントラストで押すタイプの線の太い描写のレンズです。発色は良好で、逆光でも濁りは少なめです。オールドレンズとしての性格は薄いのですが、万人受けする現代的な描写なので、入門向けにはいいかもしれません。
揺るぎない設計理念を感じる
光学メーカーの2本
Konica HEXANON AR 50mm F1.7 vs Minolta ROKKOR-PF 55mm F1.7
F1.7レンズの特集は第1回戦の最終組となりました。今回もコニカとミノルタの対決です。この2社のレンズは前回のF1.4の記事でも取り上げ比較しましたが、改めて考えさせられたのは、光学メーカーには描写の味付けと言いますかレンズの描写設計に、一貫した揺るぎない理念があるという事です。コニカの設計は解像力を重視した過剰補正で、フレア(滲み)を許容しながらも線の細い繊細な画作りを持ち味としています。レンズが登場したのは1973年で、コニカの一眼レフカメラAutoflex T3 に搭載する交換レンズとして発売されました。このレンズには鏡胴が大きく1976年まで製造された前期バージョンと、これより小さく1981年まで製造された後期バージョンがあり、今回の記事で取り上げているのは後期バージョンです。両者は同じ設計構成ですが、後者の方がコーティングが高性能になっています。
この時代のレンズは大方どのメーカーも、解像力重視から抜け出しコントラストにも配慮したバランス志向の描写設計に軸足を移しています。時代の潮流に流されることなく、個性をはっきりと打ち出した製品を堂々とリリースできたコニカというメーカーには、きっと強い自社哲学があったのでしょう。レンズを設計したのは、有名なKonica 40mm F1.8を設計した下倉敏子氏と言われています。オールドレンズ女子達に受け入れられやすい柔らかい開放描写のレンズです。対するミノルタはコントラストにも配慮した画質設計で、Konicaほど過剰な補正はかけず、スッキリとしたヌケの良さと力強い発色を持ち味としています。Hexanonほどの緻密な画作りはできませんが、線の太いキリッとした画作りが特徴です。Minoltaは何と言っても世界で初めてマルチコーティングを実用化した光学メーカーですので、その強みを最大限に生かした描写設計に至ったのでしょう。レンズは同社の一眼レフカメラSR-Tに搭載する交換レンズとして1966年に発売されました。これはHEXANONより5年も古い発売ですが、いかにもミノルタらしい前衛的で革新性に富む描写設計です。両レンズともレンズ構成は下図に示す5群6枚で、前群の貼り合わせを外し球面収差の補正力を向上させた拡張ガウスタイプの典型です。設計自由度が高く、メーカー独自の味付けができる構成と言えます。アプローチの異なる2本なので、描写に対する評価は難しそうですが、どうにか頑張りたいと思います。
上の写真の中央部を拡大したもの。オールドレンズならではの柔らかい描写です |
HEXANON @F1.7(開放) +SONY A7R2(WB:日陰) 階調もまんべんなく良く出ています。引き画で少しボンヤリとする開放描写が、何とも言えない雰囲気を出します。でも中央は緻密ですね |
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HEXANON @F8 + SONY A7R2(WB:日陰) |
ROKKOR-PF @F1.7(開放)+sony A7R2(WB:日陰) 開放からコントラストは良好で滲みもありませんが、解像力は控えめです。フィルム写真で使うには充分な解像力でしたが、デジタル高画素機ですと、HEXANONに比べ細部の質感表現で差がでます |
ROKKOR @F1.7(開放) + Sony A7R2(WB:日陰) 薄いのですが、よく見ると虹のゴーストが出ていました。 |
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ROKKOR @F1.7(開放)+ sony A7R2 |
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ROKKOR @F1.7(開放)+ sony A7R2 |
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ROKKOR @F1.7(開放)+ sony A7R2(セピア) |
ROKKOR @F1.7(開放)+ sony A7R2(セピア) |
ROKKOR @F1.7(開放)+ sony A7R2(セピア) |
★HEXANON AR vs ROKKOR-PF★
さて、ジャッジの時間です。両レンズは描写設計が異なるため、解像感(シャープネス)へのアプローチも全く異なります。判断は微妙になる事は間違いありません。
まず引き絵で比較した下の写真を見てみましょう。明らかにROKKORの方が解像感に富むシャープな描写であることがわかります。SNSでアンケートをとってみても、ROKKORの方がシャープだとする回答の方が圧倒的に大多数でした。HEXANONの方はフレアが発生しておりボンヤリとしていて、発色も少し淡い感じがします。周辺画質がやや甘く(おそらく像面湾曲)、光量落ちもみられます。引き絵ではROKKORの圧勝です。
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HEXANON @ F1.7(開放), sony A7R2(WB:日陰, Aspect Ratio 16:9) |
中央部(ピント部)を拡大した写真も見ておきましょう。下の写真です。HEXANONの方がフレアが多くモヤモヤしていますが、細かなディテールをよりよく拾っており、解像力を重視したクラシックな画づくりが特徴です。対するROKKORはスッキリとしていてコントラストがより高く、メリハリのがありますが、ディテールを省略したややベタッとした画作りです。解像力ではHEXANON、ヌケの良さとメリハリの良さではROKKORに軍配があがります。
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HEXANON @F1.7 + sony A7R2(WB:日陰)このままROKKORが逃げ切るかと思っていましたが、順光でポートレート撮影の場合、描写が一変し、滲みが完全に消えています。コントラストはややROKKORに及びませんが、十分な解像感が得られています Win |
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ROKKOR @F1.7(開放) sony A7R2(WB:日陰)ROKKORはこの通りにコントラストがより高く、スッキリとしたヌケの良さがありキリッと写ります。顔の発色もいい。端的に言えば線の太い描写と言われるものが当てはまります |