おしらせ

 
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オールドレンズ写真学校12月ワークショップ
今月は12月17日(日)の予定です。場所はみなとみらい。詳しくはこちら
既に定員オーバーのためキャンセル待ちとなっています。最近の傾向として募集開始から3日程度で定員が埋るようですので、募集開始日を事前に確認しておく事が肝心です。

2011/05/30

ZOMZ MIR-1 37mm F2.8(M39) and CZJ Flektrogon 35mm F2.8(M42)

MIRという名はロシア語で「平和」あるいは「世界」を意味する。上段右奥のゼブラ柄のレンズはCarl Zeiss Jena Flektogon 2.8/35

カールツァイスとロシアの模倣レンズ群団2
安価で高性能なロシアン・フレクトゴンの魅力
ロシア(旧ソビエト連邦)は同国占領下の旧東ドイツから多くの光学技術を手に入れ、自国のカメラ産業を発展させてきた。中でも東独VEBツァイス社(Carl Zeiss Jena)の技術はロシアのカメラ産業に多大な影響を与えている。戦後のロシアではSonnar、Biogon、Biotar、Flektogon、Tessarなどのコピーが次々と生みだされた。今回紹介するMIR-1もそうした類のレンズで、1952年に登場したFlektogon 35mm F2.8をベースにVavilov State Optical Instituteが1954年に設計、双眼鏡の生産で知られるZOMZ(ザゴルスク光学機械工場)が製造した単焦点広角レンズだ。レンズを設計したのはD.S. Volsov(Д. С. Волосов)[1910-1980]という光学設計を専門とする物理学者で、彼はバリフォーカルレンズなどの複雑な光学設計法を1947年に開発するなどロシアの写真レンズ史の発展に寄与した人物である。なお、初期のロットにはfk-35(Flektogon Krasnogorsk 35)というコードネームで試作されたKMZ製の個体があるようだ。設計のベースとなったFlektogonは切れ味と色のりの良さに定評のあるBiometarをレトロフォーカス化するというユニークな構成を持つレンズである。MIR-1にもその優れた描写力が受け継がれており、1958年にベルギーのブリュッセルで開催された万国博覧会でグランプリを獲得するに至った。その輝かしい栄光を称えるかのように、鏡胴には「Grand Prix Brussels 1958」の文字が誇らしげに刻まれている。一つ残念なのは、それ以降に光学系の改良がなかった事だ。過去に何度か実施されたモデルチェンジにおいても変更されたのは鏡胴のデザインや材質のみであり、最短撮影距離や絞り羽の枚数すら変わっていない。最後の後継モデルはMIR-1bという名で1992年から2004年まで製造されていたので、何と開発から50年もの間、同一の設計を保ち続けたことになる。オールドレンズ界のシーラカンスと言ったところであろうか。
  37mmという中途半端な焦点距離はやや奇異に思えるかもしれないが、焦点距離35mmのレンズの大半が実際には35mmよりもやや長い焦点距離を持つのに対し、MIR-1は厳密に37mmであるため、35mmのレンズに比べ撮影画角の差は僅かである。
  実はMIR-1のプロトタイプらしいレンズが2012年7月に一度ヤフオクに出品された。レンズ名はコードネームでfk-35と表記されており、fkは「FlektogonKrasnogorsk」の略であると受け取れる。外観はMIR-1そっくりで、銘板には製造番号NO.5600001が記されている。1956年に製造されたシリアル番号が1番の製品である。プロトタイプはこれ1本のみだったのであろうか?。そして最も興味深いのは、このレンズの焦点距離がこの段階ではフレクトゴンと同じ3.5cm F2.8と記されている点である。MIR-1は35mmのフレクトゴンからそっくりそのまんまデッドコピーされたのではないだろうか。



MIR-1/Mir-1b 37/2.8(左)とFlektogon 35/2.8(右)の光学系の比較。構成は5群6枚で解像力で定評のあるXenotar (Biometar)型をレトロフォーカス化したユニークな設計を採用している。MIR-1の光学系は文献[1]からの引用だ。フレクトゴンの図は文献[2]に掲載されていたものをトレースした
参考文献
[1] RussiRussian lenses: A. F. Yakovlev Catalog “The objectives: photographic, movie, projection,reproduction, for the magnifying apparatuses" Vol. 1, 1970
[2] 東ドイツカメラの全貌―一眼レフカメラの源流を訪ねて  リヒァルト フンメル、村山 昇作、リチャード クー、 Richard Hummel (1998/12)

★入手の経緯
 本品は2010年9月にeBayを介してウクライナの中古カメラ業者(取引件数6111件中POSITIVE評価99.5%)から65㌦の即決価格で落札購入した。送料込みの総額は80㌦であった。商品の解説は「EXCELLENT++++。光学系はクリーンでクリア。傷も曇りもないオールドストック。レシートとケース、マニュアルがつく」とのこと。届いた商品は極上品。よくまぁ、こんなに状態の良いものが50年間も残ってるなと感心した。ちなみに、ブラックカラーの後継モデルMIR-1Bの海外相場は50ドル程度で、本品よりもやや安価だ。フレクトゴンの1/3の価格で入手できることを考えると、驚異的なコストパフォーマンスといえる。

MIR-1(ゼニットM39マウント): レンズ構成 5群6枚, 絞り値 F2.8-F16(プリセット)
絞り羽根 10枚, フィルター径 49mm,  最短撮影距離 0.7m, 重量(実測) 178g

M39-M42リングアダプターをはめればM42マウント化できる。リングアダプターはeBayで5㌦程度で手に入れることができる
 
後継品のMIR-1b(M42マウント): 構成 5群6枚,  絞り値:F2.8-F16(プリセット),絞り羽根:10枚,フィルター径 49mm, , 最小撮影距離:0.7m 重量(実測);186gこちらは1992年から2004年までVologda Optical-and Mechanical Plant(VOMZ)にて生産された


★撮影テスト
 MIR-1はフレクトゴン35/2.8に勝るとも劣らないシャープな描写力を備えたレンズである。以前の私のブログエントリーでは後継のMIR-1bを取り上げ、ソフトな描写と解説してしまった。あの評価は本エントリーで撤回したい。色味はフレクトゴンと同様に温調で、色ノリが良い点も似ている。球面収差やコマ収差は良く補正されており、開放絞りからスッキリと写る優秀なレンズである。倍率色収差や歪曲も良く補正されている。気になる事と言えばゴーストが出やすいくらいであろう。取り回しに関してはやや癖があり、絞り冠の回転が逆方向である事に加え、制御機構が独特なので、慣れるまでは、やや使いにくいと感じるであろう。ピントの山が掴みにくい印象を抱くかもしれないが、これはヘリコイドの直進が一般的なレンズに比べゆっくりなためである。慣れないうちはピント合わせに手間取るが、きっちりと合わせたい場合には、むしろ好都合といえる。以下に無修正の作例を提示する。


F2.8 Sony NEX-5 digital: 色のりがよく緑が鮮やかに栄えている
F4 sony NEX-5 digital: 色味はオールドツァイス同様に温調気味


★MIR-1とFLEKTOGONの解像力の比較
 MIR-1にはどれほどの解像力が備わっているのだろうか。描写力に定評のあるFlektogonを基準に、実写による評価を試みた。なお、今回はゼブラ柄(2代目)のFlektogonを比較の対象としている。本来ならばMIR-1の設計ベースであるアルミ鏡胴の初期型Flektogonを用いるべきであるが、ゼブラ柄のFlektogonはアルミ鏡胴モデルと同一の光学系なので比較対象としては問題はない。なお、私が以前に所持していたゼブラ柄のFlektogonはヤフオクを介して本ブログの読者の方に売却してしまったので、今回は知人からお借りしたFlektogonを用いての撮影テストとなった(感謝感謝)。
 下のサンプル写真は金属壁の腐食部を垂直に撮影したものだ。レンズの先端から被写体までは約1mの距離を置いている。ピント合わせはじっくりと時間をかけ慎重に行ったので、ジャスピンであると信じている。写真の中央部を拡大し、MIR-1 37/2.8とFlektogon 35/2.8のシャープネスを肉眼で比較してみた。

 下の写真は2本のレンズの開放絞り(F2.8)における撮影結果である。どちらも金属表面の錆を緻密にとらえており、両レンズのシャープネスは互角のレベルといってよい。

F2.8 Sony NEX-5 digital, MIR-1(上)とFlektogon(下)
クリックすると拡大写真が表示され、もう一回クリック
すると最大化される

F4 sony NEX-5 digital, MIR-1(上)とFlektogon(下)
クリックすると拡大写真が表示され、もう一回クリック
すると最大化される
 上の写真は1段絞ったF4において両レンズの撮影結果を比較したものだ。開放絞りにおける結果と比べ、どちらのレンズも鉄錆の赤みが収まり、ニュートラルな発色に近づいている。2本のレンズの解像力はほぼ同レベルで、両者の差を肉眼で識別するのは難しい。 
 Helios-44シリーズやINDUSTAR 61L/Zのブログエントリーの時にも感じた事だが、ロシアのレンズは一般的にどのブランドも、ネタ元のドイツ製レンズに決して引けをとらない優れた描写力を実現している。ただし、光学系の独自改良が活発には進まないようである。
 
★撮影機材
Sony NEX-5 + MIR-1 37/2.8 + PENTACON Metal hood 49mmフィルター径

 MIR-1に対する写真家の評価は賛否両論で、畏敬の念を抱く人もいれば酷評する人もいる。実力相応の世評を勝ち取っているとは言い難いのが事実だ。写真家達の厳しい評価は、発展力の乏しいロシアのカメラ産業界に対する声なのかもしれない。

2011/05/20

Carl Zeiss Jena Biotar 75mm F1.5 (M42, 2nd model)


戦後に登場した2代目のBiotar 75mm

被写体の背後で渦を巻く
プラナーという名の先祖の呪縛
Carl Zeiss Jena BIOTAR 75mm F1.5

Biotar 75mm F1.5はZeissが戦前の1939年から1969年まで製造していた高速中望遠レンズだ。戦後に2度のモデルチェンジがおこなわれ、戦前のものまで含めると3世代にわたるモデルが存在する。温調のあたたかい発色と収差の効いた物凄いボケ味により、製造から半世紀以上が経過した今も、オールドレンズファンを魅了し続ける個性豊かなレンズとして知られている。光学系の構成は4群6枚のダブルガウス型で、Zeissの技術者のDr. Willy Walter Merte(メルテ博士) [1889--1948]により設計された。MerteはBiotarの他にも数多くのレンズの設計を手掛けている。Biotarには焦点距離の異なる58mmの姉妹品もあり、本ブログの過去のエントリーにおいてもやや詳しく取り上げている。

Biotar 75mmの光学系の断面(トレーススケッチ)。構成は4群6枚ダブルガウス型である。最後部のレンズエレメントを分厚くし正のパワーを稼ぐことで6枚構成のままF1.5の明るさを実現している
Biotarが物凄いボケ癖を備えるに至った経緯には、このレンズの始祖にあたるPlanar(プラナー)の設計思想や、ツァイスの写真描写に対する理念が深く関わっている。ダブルガウス型レンズの原形であるツァイスのPlanar(1896年発明)は名称の由来から分かるように、像面の高い平坦性と画質の均一性を実現するという設計思想から生み出された。しかし、無理な平坦化は非点収差の増大を招き、被写体の背後のあたりに回転する像の流れ(Planarの呪い)を生んでしまったのだ。これがお馴染みのグルグルボケと呼ばれるもので、この種のダブルガウス型レンズにおいて、オールドレンズファンを狂喜させる原因となっている。グルグルボケの影響を緩和するには像面湾曲を僅かに残すという手もあったが、Planarという名の呪縛にとり憑かれたツァイスはBiotarの開発時においてもその手段をとらなかった。像面湾曲があってはPlanar型と呼ぶわけにはゆかず、「ほぼプラナー型」とか「かなりプラナー型」みたいになってしまう。まぁ、それは冗談であるが、要するにBiotarはPlanarの思想を正しく受け継いだ正統な後継製品なのである。
1939年に登場したBiotarの最初のモデルは重量感のある真鍮製クロームメッキ仕上げの鏡胴で、ボディカラーはシルバー、対応マウントはExaktaと旧CONTAXマウント、絞り機構はフルマニュアル(手動絞り)、最小絞り値はF16という構成であった。初期のロットにはガラス面に光の反射防止膜(コーティング)が無く、逆光撮影時にはフレアが豪快に発生していたようである。コーティングが施されるようになったのは戦時中からである。製造本数は僅か1411本と希少性の高い製品であった。
戦後間もなくモデルチェンジが行われ、後継品として18枚もの絞り羽根を持つ豪華な2代目のモデルが登場した。このモデルからは鏡胴にアルミ素材が採用され、軽量化が図られている。また、最小絞りがF22までとれるように変更された。鏡胴にはまるでユダヤ経の燭台のような被写界深度目盛が大きく刻印され、見やすさとデザイン性を上手く融合させた美しい外観を実現している。2代目では対応マウントにM42、Leica(L39)、PRACTINA用が追加され、EXAKTA用、旧CONTAX用までを含め、少なくとも5種のマウントに対応していた。M42マウント用のものは1948年から1954年までの間に合計数2320本が製造されたと記されている。
1950年代中盤に再びモデルチェンジが行われ、後継品となる3代目のBIOTARが登場した。鏡胴の素材は前モデルと同じアルミ合金であるが、3代目ではデザインが大きく変わり、鏡胴径もかなり大きくなっている。カラーバリエーションはシルバーに加えブラック(希少)の2種が用意された。本モデルでは絞り機構がプリセットに変わり、最小絞りがF16に戻っている。また、絞り羽根の構成枚数が10枚と少なくなっている。M42マウント用の品は1954年から1964年の間に3050本が製造された。Zeissの台帳にはExaktaマウント用の製品が1969年まで製造されたと記録されている。実に息の長いモデルだ。
Biotarにはガラス内に気泡がパラパラと含まれている製品個体が多い。これは製造時の品質管理が悪かったからではなく、均質な加工が難しい高性能なガラス硝材を使っていたためだ。悪い気はしないが、できれば気泡は少ない方がいい。
ちなみに、私が今回入手したモデルは派手なデザインを纏った2代目である。
今回入手した2代目のBIOTAR 75mm F1.5で本品はM42マウント用となる。重量(実測) 398g, フィルター径 55mm, 絞り値 F1.5--F22, 最短撮影距離 1m, 絞り羽18枚.対応マウントは少なくともM42, EXAKTA, 旧CONTAX, Leica(L), PRACTINAの5種がある
入手の経緯
本品は2010年のクリスマスにチェコの中古カメラ専門業者のカメラメイトから1068㌦、送料込みの総額1100㌦で購入した。商品は当初、箱付きで1200㌦にて販売されていた。出品者は値段交渉を受け付けていたので1050㌦でどうかと持ちかけたところ、1150㌦なら良いと返してきた。そこで、ここはと強気になって、送料込みで1100㌦ならどうかとカウンターオファーを返してみたところ、しばらく沈黙。こりゃ、他者の手に渡るかなと諦めかけたところ、次の日の夕方に連絡があり、私のレンズとなった。他にも7件程交渉履歴があったようだが、円高パワーの波に乗り、自分が最高額の交渉をしたようである。ちなみにカメラメイトは店のWEBから即決価格で注文する方が1割程度安く購入できる。カメラメイトのカウンターオファーを呑むくらいなら最初から店のWEBで購入するわい。商品の状態は「A+(Like New)/使用感なし」。この状態で、しかもM42マウントの製品はなかなか出てこない。カメラメイトはそこそこ名の通った店だし、何か問題があれば返品対応も確実なので(実は過去に数回返品した経緯がある)、安心して購入することができた。流通している品の多くがEXAKTAマウントで相場は800㌦から1000㌦位である。M42マウントの品は希少性が高いので、本来はもう少し値が張ると思われるが、流通量が少ないので相場は不明だ。

補足:その後、相場はかなり上昇し、2014年10月現在で状態の良いM42マウントのモデルにはebayで1900ドル(20万円程度)の値がついている。


撮影テスト
本品の描写の特徴はオールドツァイスらしい温調な発色と、後方アウトフォーカス部で顕著に発生する名物のグルグルボケだ。これを如何に生かすかが、このレンズを使いこなす際のポイントになる。ピント部には芯がしっかりとあり、フォーカスがスッと合うところは如何にもツァイスらしい。球面収差の補正タイプが完全補正型のようで緻密で結像に甘さは無い。ハロやコマはよく補正されており、開放からスッキリとヌケの良い画質である。階調描写は軟らかく、夕方の海岸などで使用すると実に美しいトーンがでる。ピント面後方のグルグルボケに加え像面の平坦性が高いので、前方では放射ボケが出るはずであるが、今回の撮影結果からは検出できなかった。
私的には、このレンズは高スペック(大口径)すぎて使いづらい印象を持っている。被写体との距離によっては像の破たんが大きく、リアリティに欠ける写真になってしまうからだ。大口径レンズには現実空間の一部を非現実な要素によって置き換える強い力(魔力)があり、そこが最大の魅力なのだが、写真である以上は人に理解できるレベルをキープし越えてはいけないラインの内側にいなければならない。ところが、ビオターはそのラインを簡単に越えてしまう。半分現実、半分非現実くらいならまだ理解(共感)できるが、ビオターで撮ると現実空間の大半を非現実の世界に持ってかれてしまうのだ。このレンズには強い魔物がすんでるのであろう。踏みとどまれるかどうかは使い手の力量にかかっているわけで、開放では被写体との距離が問題になる。撮影の際は被写体から一定の距離を保ち続けなければ、かんたんにとり憑かれてしまうだろう。ビオター75mmは明らかに上級者向けのオールドレンズといえる。
F8 sony A7 digital(AWB)階調は軟らかく、こういうシーンにはとてもいいレンズだ
F1.5(開放) Nikon D3 digital 今度はグルグル花。友人達から「なにこれ!凄い!」と言われ、注目度満点だった
F1.5(開放) sony A7 digital(AWB) この壊れっぷりは、超大口径レンズならではの開放描写だ

F4 Nikon D3 digital (AWB) もともと温調な発色なので白熱灯光源下で撮影すると温かみが更に引き立つ
F1.5(開放) Nikon D3 digital 開放絞りでもピント部は緻密で甘さはなく、高い要求さえなければ充分に実用的な画質だ
F1.5(開放) sony A7 digital(AWB) 開放でも中央は高解像で良く写る
F2 sony A7 digital(AWB) ヌケも良い。でも私的には何か違和感が残る。大口径過ぎるとリアリティが欠け始めるのであろうか・・・

F?  Nikon D3 digital(AWB)  Biotarのボケ味(グルグルボケ)を利用した作例。木の葉の隙間を通ってこちら側に漏れてきた光が、グルグルボケの効果で変形し、木の葉の様な形の浮遊体を生みだしている。オモロイので下に拡大写真も示す
木の葉状の浮遊体を拡大したもの。緑と白は色の相性の良い組合せなので、こういう使い方ができるとわかったのは一つの成果だ。


F1.5(開放) sony A7 digital(AWB) もうピントなんて合わなくったっていい

F1.5 Nikon D3 gidital (AWB)  開放絞りで前方の暗い枝葉をボカしてみた。森の小道を抜けるような作例にしたかったのだが、上手くゆかずにこうなった


F2? sony A7(AWB) 軟らかい階調描写がたいへん美しい

撮影機材
Nikon D3 + Biotar 75mm F1.5
フード: B&W 55mm T メタルフード
 
 Biotarの描写から明らかなように、ツァイスはグルグルボケを深刻化させてまで像面の平坦化に拘った。これはある意味でボケ味を軽視していたか、あるいは全く認識していなかったと思われても仕方のない設計方針であった。かつてのヤシカの技術者はこの点を見逃さなかったようである。
ヤシカは1973年から1974年にかけて、ツァイスとの業務提携に向けた最終交渉を進めていた。ヤシカのエンジニアはツァイスから、MTF特性に基礎を置く新しい設計技法など、最先端の技術を伝授されていた。しかし、それらの大半はピント面の画質に偏重したものであったため、ヤシカのエンジニアは「ボケ味」に対してツァイスがどういう認識を持っているのかと詰め寄ったのだ。ツァイスの側は「ボケ味」という得体のしれない観点に困惑し、苦悶の返答を余儀なくされたと言われている。
この出来事が何故、日本のカメラファンの間で今でも語り継がれているのかと言うと、音楽にしても芸術にしても「余白」や「間」という副産物を虚無として恐れ、原稿用紙には余白を設けないといった欧米文化の人々が、アウトフォーカス部にどれだけ強い認識を持っていたのかを問う、一つの象徴的な出来事だったからである。「ボケ」の英語訳はBokehであり、日本発祥の英単語である事はよく知られている。裏を返せば、それに相当する適切な言葉や表現が欧米文化には生まれなかったわけで、かつて欧州で発展した写真工学においても、「ボケ味」に対する配慮が欠落していたのは極自然なことなのであろう。
現在の写真用レンズは高級品から廉価品にいたるまで、穏やかなボケ味を普通のことであるかのように実現している。幸か不幸かわからないが、Biotarの力強いボケ味は現代のレンズには備わっていない個性豊かな描写特性となってしまったようである。