おしらせ


2021/12/31

Taika(Taisei Kogaku / TAMRON) Harigon 58mm f1.2 泰成光学

 

激しいフレアの中に緻密な像を宿す、オールドレンズの究極形態の一つがここにあります。これはもうタイカの改新なのでしょうか。

泰成光学の超大口径レンズ

Taika(Taisei Kogaku / TAMRON) HARIGON 58mm F1.2 (EXAKTA outer-bayonet mount)

泰成光学(正式名「泰成光学工業株式会社」)は現役光学メーカーTAMRONのかつての社名です。会社としての創業は1952年で、1950年に創設された泰成光学機器製作所(埼玉県浦和市が拠点)を前身としています[1]。Taisei-KogakuではなくTaikaを名乗ったのは、おそらく海外でのブランディング戦略の一環としてシンプルで覚えやすい名称(トレードネーム)を付けたかったためでしょう。日本光学はNikon、八洲(やしま)精機株式会社はYASHICA、小西六写真工業株式会社がKONICAを名乗るなど、この種の改称はよくあることでした。社名は後の1970年に同社光学技術の礎を築いた田村右兵衛氏の姓をとって、TAMRONへと再改称されています。

今回取り上げるHARIGONは泰成光学が輸出用に製造し、1960年から1969年まで米国市場に供給した超高速レンズです[2]。F1.2の明るさを持つ一眼レフカメラ用レンズとしてはZunow flex用に供給されたZunow 5.8mm F1.2に続くハイスペックな製品で、時代を先取りしていました。ただし、一眼レフカメラの人気がNikonやPentaxに移行する中で本品は主にExakta用に供給されたため、商業的には失敗に終わっています[2]。

レンズ構成は6群8枚です。構成図は入手できませんでしたがオーソドックスな4群6枚のガウスタイプの前方と後方に正の凸レンズを1枚づつ配置した設計です[2]。この種の構成を採用したレンズとしては、Angenieux Type M1 25mm F0.95やAuto Miranda 50mm F1.4の前期型などがあります。描写面での特徴は中心解像力の高さと盛大かつ均一なフレアを伴うピント部で、被写体を線の細い繊細なタッチで描き出してくれます。魔力系収差レンズを探している方には、一度は試していただきたいオススメのレンズです。

Taikaブランドのレンズは主に米国で流通しており、日本の市場に出回る事は極稀です。今回紹介するレンズ以外では広角のW.Taika Terragon 35mm F3.5, 望遠のColor Doryt 135mm F3.5, Tele Colligon 180mm F3.5, Super Colligon 200mm F2.8, Super Cinconar 200mm F3.4, Tele Cinconar 400mm F6.3、焦点距離の変えられるDUO Focus 140mm F4.5/230mm F7.9, Super Westromat 35a用のTerionon 45mm F3.5とTaikor 45mm F3.5が市場で流通しています。EXAKTAマウントのモデルが大半ですが、それ以外にも若干数ですが幾つかのマウント規格で供給されました。

 

参考文献

[1] TAMRON公式ページ 「タムロンの歴史」

[2] Frank Mechelhoff, "Japanese Oddities(Rare stuff)"  May 30, 2009

  

入手の経緯

レンズは2020年4月にeBayにて米国のセラーから26万円で落札しました。写真家の知り合いが手に入れたいとのことで、海外からの購入をサポートする見返りとして、しばらくお借りすることができました。届いたレンズはオークションの記載どうりバルサム剥離が見られましたが、それ以外に問題はなく、拭き傷すら見当たらない保管品のような状態でした。過去何件かのハリゴンの落札履歴をみましたが、2000ドル~2500ドル辺りがeBayでの相場のようです。流通している個体はバルサム接着が経年劣化により剥離しているものが大半です。写真への影響の小さい症状ですのでそのままでも使用できますが、専門の修理業者に修理してもらうことも可能です。希少性の高いうえ海外で販売されていたレンズのため、探すとなるとeBayで気長に待つ以外に方法はありません。出品者は毎回決まって米国のセラーですので、米国内で開催される販売会でも入手できるかもしれません。オールドレンズレンタルサービスのTORUNOでレンタルすることができるようです。

このレンズはEXAKTAアウターバヨネットマウントと呼ばれる外爪方式のマウント規格を採用しており、通常のEXAKTA用アダプターにはマウントできません。EXAKTAやEXAなどのカメラボディからマウント部を取り出した特注アダプターが必要になります。私はどうにかジャンクカメラを入手し、自作のアダプターを用意しました。

重量(実測) 458g, 焦点距離 58mm, 絞り値 F1.2-F16, 最短撮影距離 0.54m, フィルター径 58mm, 設計構成 6群8枚(ガウス発展型), EXAKTAアウターバヨネットマウント

 

撮影テスト

このレンズの良さはピント部だと思います。開放ではフレアが多めに発生し柔らかい描写になりますが、解像力は充分にあり、ひとたびこのレンズのゾーンに入ると、とてつもない表現力で被写体を描き出します。柔らかさの中に緻密で繊細な質感表現を宿す、極めて線の細い描写が特徴です。フレアの纏わりつき方がとても自然で、被写体の輪郭部に集まり強く自己主張するタイプのフレアではなく、極薄いベールが均一に覆う様な出方ですので、これなら引き画で人物を撮る場合にも心配なく使えます。開放では中央しか解像しないという噂をよく耳にしていましたが、私が手にした個体では隅のほうまでしっかりとした像を結んでいました。ボケに強い特徴やクセはなく、よくあるフツーのオールドレンズのボケ方で、口径食も古い大口径レンズによくある一般的な欠け方です。F1.2だけのことはあり、やはり大きくボケてくれます。距離によっては少しグルグルボケが出ることがありました。

今回はレンズをメンズポートレートで使用しました。モデルは以前LOMOのレンズの回でも撮らせていただいたヒュー(Hugh Seboriさん)です。カッコいい人に大げさなポーズは要りません。眉毛をピクリと動かすだけで、口元を少し緩めるだけで、もう充分なポーズなのです。

F1.2(開放) sony A7R2(WB:日光) この質感表現、最高です
F1.2(開放) sony A7R2(WB:日光) 絶妙なフレア感で像を緻密に描き出してくれます

F1.2(開放) sony A7R2(WB:日光) 逆光ではハレーションも良く出ます。コントラストが下がりすぎる場合はフードでのハレ切りも必須ですね












F1.2(開放) sony A7R2(WB:日光) シャワー状のゴーストが出ました

F1.2(開放) sony A7R2(WB:日光) 背後に少しグルグルボケが出ることもあります



F1.2(開放) sony A7R2(WB:日陰)




2021/11/15

PETRI C.C Auto 35mm F2.8(前期型)





 

元祖レトロフォーカスの国産コピー

PETRI C.C Auto 35mm F2.8(前期型) ペトリカメラ

世界初のスチルカメラ用レトロフォーカスレンズであるAngenieux TYPE R1を1950年に発売し、広角レンズのパイオニアメーカーとなったフランスのP.Angenieux(アンジェニュー)。後の1960年代には国産メーカー各社がこのType R1を手本とした広角レンズを発売し、パイオニアが切り拓いた道に追従しています。コニカのヘキサノンAR 2.8/35(前期型)や旭光学(ペンタックス)のスーパータクマー 2.3/35、オート・ミランダ2.8/35はタイプR1の国産コピーとして知られ、タイプR1の性質を受け継ぎながらも1960年代の改良されたコーティングにより、一段と鮮やかな発色を実現しています。スーパータクマーについては少し前に本ブログで紹介しましたので、こちらをご覧ください。開放でフレアの多い滲み系でありながらも発色の良い面白いレンズです。ヘキサノンについてはヨッピーさんのレビューがありますので、こちらが参考になります。コントラストやシャープネスの高い高性能なレンズのようです。

さて、今回の記事ではこれまでノーマークだった新たなコピー・アンジェニューを紹介したいと思います。東京のペトリカメラが1965年に同社の一眼レフカメラに搭載する交換レンズとして発売したPETRI C.C Auto 2.8/35(前期型)です。おそらくコピー・アンジェニューの中では今最も手頃な価格で入手できる製品であろうかとおもいます。オリジナルのType R1は今や8~10万円もする高嶺の花となりつつあるわけですが、このレンズならば状態の良い個体が今はまだ5000円程度から入手できます。さっそくレンズ構成を見てみましょう。

下図の左側がPETRI、右がAngenieux Type R1で確かに同一構成であることが判ります。テッサータイプのマスターレンズを起点に、前群側に凹レンズと凸レンズを1枚づつ加えた5群6枚で、コマ収差の補正に課題を残す古典的なレトロフォーカスタイプです。フレアっぽい描写傾向とシャープで解像感に富む中央部、黎明期の古いコーティングから生み出される軟らかいトーン、鈍く淡白な発色などアンジェニューの性質の何が受け継がれ何が刷新されているのか、今回の記事ではこの辺りを論点としながら、レンズの描写を楽しんでみたいとおもいます。

左がPetri C.C Auto 35mm F2.8(前期型)、右がAngenieux Paris Type R1 35mm F2.5。構成図はPetri @wiki[1]に掲載されているものからの見取り図(トレーススケッチ)です。初期のレトロフォーカス型レンズには画質的に改良の余地が多く残されており、特にコマ収差の補正が大きな課題でした[2,3]。開放ではコマフレアがコントラストを低下させ、発色も淡白になりがちだったわけですが、これに対する解決法が発見されたのは1962年になってからのことです[4]

  

PETRI C.C 35mm F2.8には一眼レフカメラのPETRI V6(1965年発売)と共に登場した前期型と、PETRI FTE(1974年発売)と共に登場した後期型があり、タイプR1と同一構成であるのは前期型です。後期型には名板にEE(Electric Eye)対応であることを記した赤字のマークがありますので、一目で判別できます。

前期型には何種類かのバージョンが確認できますが、最もよく目にするのはピントリングがブラックのモデル(バージョン1ブラック)です。また、数はこれより少ないのですが同じ鏡胴でピントリングがシルバーのモデル(バージョン1シルバー)も存在します。さらに流通量は極僅かで市場で目にする機会は少ないのですが、内部構造がペトリっぽくないモデル(バージョン2)もあります。レンズの色はオールブラックで鏡胴は少し太く、もしかしたら他社製のOEM製品なのかもしれません。ただし、設計構成はバージョン1と同じでタイプR1です。

Petri Automatic 35mm F2.8 初期型(バージョン1シルバー): 絞り羽 6枚構, 絞り F2.8-F22, 最短撮影距離 0.5m, 重量(実測) 232g, フィルター径 52mm, Petriブリーチロックマウント, SN: 764XXX, 構成 5群6枚(Retrofocus, Angenieux R1 type)
Petri C.C Auto 35mm F2.8 前期型(バージョン1ブラック): 絞り羽 6枚構, 絞り F2.8-F22, 最短撮影距離 0.5m, 重量(実測) 201g, フィルター径 52mm, Petriブリーチロックマウント, SN: 809XXX, 構成 5群6枚(Retrofocus, Angenieux R1 type), 1965年3月発売

Petri C.C Auto 35mm F2.8 前期型 (バージョン2): 絞り羽 6枚構, 絞り F2.8-F22, 最短撮影距離 0.5m, 重量(実測) 228g, フィルター径 52mm, Petriブリーチロックマウント, SN: 805XXX, 構成 5群6枚(Retrofocus, Angenieux R1 type)

 

バージョン1の鏡胴には絞りの制御をオートやマニュアルに切り替えるスイッチが付いています。これをマニュアル側に切り替えると絞りが僅かに出た状態となり、これでF2.8となります。個体によってはオートの側にすると絞りが全開になり有効口径が少し拡大、もう少し明るいレンズとなります。私はこれをペトリのブーストスイッチと勝手に呼んでいます。標準レンズのC.C Auto 55mm F2の特定のモデルにも同じ機構がありますが、このレンズは55mm F1.8と完全同一の光学系ですので、ブーストスイッチを入れるとF1.8に化ける仕組みでした。今回の広角レンズも全く同一の機構になっているのは驚きですが、同じ構造であるならばブーストスイッチを入れた時はF2.5前後となり、なんとType R1と同等の開放F値です。これができるのは初期型の特定のロットで、内部に縦方向の絞り制御バネが入っている特定のモデルです。全てがこうなるわけではありません。シリアル番号809XXXの2本にはブーストスイッチがありましたが、783XXXと764XXXにはなく、スイッチをM側にしてもF2.8より明るくはることはありませんでした。


参考文献・資料

[1] Petri@ wiki 資料集

[2] レンズ設計のすべて 辻貞彦著

[3] カメラマンのための写真レンズの科学 吉田正太郎

[3] ニッコール千夜一夜物語 第十二夜 NIKKOR-H Auto 28mm F3.5

 

入手の経緯

中古市場での流通量はやや少なめです。安い印象のあるPETRIの交換レンズとは言え、コンディションがまともな個体には5000円~7000円程度の値がつきます。私は2021年11月に6本入手しました。1本目はジャンク(動作確認済みの完全動作品)との触れ込みでメルカリに出ていた個体(バージョン1ブラック)を1800円で博打買い。ガラスはカビ、クモリ、キズなどなく大変綺麗でしたが残念なことに内部で絞り冠の回転を制御レバーに伝える金具が折れており、代替部品がないと修理は不可能な状態でした。2本目はヤフオクに出ていたバージョン1シルバーを即決価格5800円+送料で購入、外観は新品のように綺麗でしたがガラスに少々カビがあり、清掃して綺麗にしました。3本目はヤフオクに出ていた箱付きのバージョン1ブラックで、保証書付き、フード・キャップ付きを3600円+送料にて購入。外観は新品級の美観ですが、オークションの記載によるとレンズ内に汚れがあるとのことでした。届いたレンズには後群側にカビがあり、清掃して綺麗にしました。と、ここでやめるつもりでしたが、気負ったのか更に3本入手してしまいました(笑)。ヤフオクにカメラ本体(FT EE)とセットで3本まとめ売りで出ており、即決価格4380円でした。そのうちの1本はバージョン1ブラックですがガラスのコンディションがあまりに酷かったので、鏡胴のみ生かす目的で、先に入手した1本目の光学系を組み込みました。5本目はバージョン2ですが、この個体には後玉に軽いクモリあがりました。今回の記事の撮影テストには使用していません。6本目はバージョン1ブラックで後玉に1本傷がありましたが、こちらは実用としては問題ないレベルでした。

さて、残る問題はアダプターですが、秋葉原の2nd BaseにPETRI-Leica M特製アダプター(下の写真)が売られているのを知っていましたので、これを入手し、問題なく使えるようになりました。お値段は1万円弱です。

2nd Baseで手に入れたPETRI-LM特製アダプター。距離計には連動していませんが、これがあれば各種ミラーレス機でPETRIのレンズ群が使えるようになります

 

撮影テスト

開放ではピント部を薄い均一なフレア(コマ収差由来のフレア)が覆い、発色も淡泊になりがちです。どこか現実感のない不思議な空気感が漂うところはアンジェニューType R1を彷彿とさせる描写です。Type R1が持ち味としていた逆光撮影時の鈍く味のある発色はこのレンズにもみられ、アンジェニューを使っていたときに感じた独特の感覚がよみがえります。ただし、フレアはアンジェニューよりも少なく、コントラストはより良い印象で、コーティング性能の進歩にもよるのでしょうか、逆光でも発色が濁ることはありません。ピント部中央は解像感に富んでおり、キレのある質感表現が可能です。近接時はややボケが乱れます。逆光時にゴーストやハレーションが出やすい点はアンジェニューとよく似ています。 

バージョン1ブラック @ F2.8 (ブーストスイッチON) SONY A7R2(WB:⛅)
バージョン1ブラック @ F2.8(開放) SONY A7R2(WB:⛅) どうですか。逆光でハレーションが出やすく、たちまち淡泊な描写になります。アンジェニューっぽいとおもいませんか?



バージョン1ブラック @ F5.6 SNY A7R2(WB:⛅)

バージョン1ブラック @ F2.8(開放) SONY A7R2(WB:⛅)


バージョン1シルバー @ F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日光) 逆光ではゴーストやハレーションが出ます


バージョン1シルバー @ F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日光)

バージョン1シルバー @F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日光)
バージョン1ブラック @ F2.8(ブーストスイッチON) SONY A7R2(WB:⛅
バージョン1シルバー @F2.8(開放)SONY A7R2(WB:日光)

2021/11/12

Schneider Kreuznach SL-ANGULON 35mm F2.8 (Rollei QBM)

 

QBMレンズの広角ツートップ  後編

Schkeider Kreutznach SL-ANGULON 35mm F2.8 

シュナイダー社はこの種のレトロフォーカス型広角レンズに対して通常CURTAGON(クルタゴン)のブランド名をつけるのですが、本レンズに対しては戦前から使用してきた伝統的な名称を襲名させました。理由はわかりませんがLeica用に同社が供給した広角レンズの名称にもSuper-Angulonが使用されており、EDIXAなど大衆機に供給したレンズとの差別化をはかっているという解釈が考えられます。ただし、ALPA用にはCURTAGONでレンズを供給していましたし、Rollei SL用にはシフトレンズのPC-CURTAGON 4/35もあり、こうした事実がこの解釈を支持しません(出だしから自爆でスミマセン)。そうなると、残るはRollei SL用に少し前の1970年から供給されていたCarl Zeiss DISTAGON 35mmとのレンズ名の被りに配慮したという解釈です。バックフォーカスを長くとる意味からきたDISTA(離れた/遠くの)+GON(角)に対し、焦点距離を短くとる意味からきたCURTO(短くする)+GON(角)では、まるで反対の事を言っているようで調子が狂います。妄想は尽きないので、このくらいにして本題に入りましょう。
SL-ANGULON(SLアンギュロン)はシュナイダー社が一眼レフカメラのRollei SL35/SL2000シリーズ用に1972年から1976年までの期間で市場供給したレトロフォーカスタイプの広角レンズです。設計は下図・右に示すような6群7枚構成で、CURTAGONをベースとする正常進化版です。初期のCURTAGONは5枚構成でしたが(下図・左、ALPA用に供給された改良版では1枚増えた6枚構成になり(下図・中央)、今回紹介する製品では更に1枚増えた7枚構成に到達、改良の度に設計がどんどん豪華になっています。また、前群の空気間隔が減り、光学系全体がコンパクトになっている様子もわかります。構成枚数が画質性能の決定要因にはなりませんが、設計自由度の多さに加え、時代的にはコンピュータ設計のアドバンテージを余すところなく発揮できましたし、シュナイダーの製造技術の高さを踏まえれば、本レンズが高性能であることは間違いないでしょう。やはり、QBMマウントで先行発売されていたZeiss-OberkochenのDISTAGON 2.8/35を強く意識した改良なのかもしれません。5枚玉のCURTAGONですら既にだいぶ高性能でしたので、今回取り上げる7枚玉の後継レンズはその遙か上を行く、ひたすら高性能なレンズに仕上がっているものとおもいます。オールドレンズとしては、ここがどうしても弱点になるわけですが。
 
 ★入手の経緯
eBayでの取引価格は200ユーロ(26000円)から250ユーロ(33000円)あたりでしょう。私が入手したのは2021年8月にフランクフルトのレンズセラーがドイツ版eBayに200ユーロで出品していた個体です。オークションの記載は「わずかにホコリの混入があるがカビ、クモリ等のない状態の良い中古品。ピントリング、絞りリングの動作は適正で、問題個所はない」とのこと。値切り交渉を受け付けていたので180ユーロでどうかと申し出たところ了解が得られ、送料込みの総額191ユーロで私のものとなりました。
Schneider-Kreuznach Rollei SL-ANGULON 35mm F2.8: フィルター径 49mm, 絞り F2.8-F22, 絞り羽, 重量(カタログ値) 206g, 製造期間 1972-1976年, 設計構成 7群6枚レトロフォーカス型, 最短撮影距離 0.3m


 
撮影テスト
前回の記事で紹介したQBMマウントのDISTAGONと比較される事の多いレンズですが、このレンズもDISTAGONに勝るとも劣らない、あるいはそれ以上にも思える高性能なレンズで、コンピュータ設計のアドバンテージを余すところなく発揮して作られたカラーフィルム時代の申し子とでもいいますか、現代レンズの直接の祖先みたいな性格のレンズです。開放からスッキリとヌケが良く、コントラストや発色は良好、解像力よりも解像感(シャープネス)に注力した線太な描写を特徴としています。かつてレトロフォーカス型レンズが課題としていたコマ収差に由来するフレアや滲みは、全くと言っていいほど見られません。ただし、歪みがやや目につく時があり、フロント部の2枚の凹凸レンズで補正していますが、効果は充分ではないように思えます。ボケは距離によらず安定していて、像は四隅まで整っています。光学系がコンパクトで前玉が鏡胴の少し奥まったところに引っ込んでいるためでしょうが、逆光にはかなり強いです。フードによるハレ切りが無くても、ゴーストやハレーションはほとんど出ませんでした。周辺光量が豊富な点やグルグルボケが出にくい点などはレトロフォーカスタイプならではの性質です。
 
 
F8 sony A7R2(WB:日光)逆光も平気です。ゴーストはほとんど出ません
F5.6 sony A'R2(WB:日光)このとおり歪みはやや残っています

F4 sony A7R2(WB:日光) とてもシャープで解像感の高いレンズです
F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光) 開放でも全く滲まず!



F5.6 sony A7R2(wb:日光)
f4  SONY A7R2(WB:日光)
F2.8(開放) sony A7R2


2021/10/26

Carl Zeiss DISTAGON (QBM) 35mm F2.8

QBMレンズの広角ツートップ 前編

Carl Zeiss DISTAGON 35mm F2.8 

ドイツのRollei(ローライ)社が1970年に発売したRolleiflex SL35という一眼レフカメラにはCarl ZeissとSchnaiderが交換レンズを供給しており、ツァイスからPlanar, Sonnar, Distagon, シュナイダーからXenon, Curtagon, SL-Angulonなど魅力的なレンズが集まり人気を博しました。このカメラが採用したマウント形状のことをQBM(Quick Bayonet Mount)と呼びます。QBMマウントのカメラは後の1974年にVoigtlanderブランド(ローライ社が製造)でも発売され、カメラとブランド名を揃える目的から、こちらにはPlanarに代わり同一設計のColor-Ultron, Distagonに代わり同一設計のColor-Skoparexが供給されました。消費者はツァイス、シュナイダー、フォクトレンダーのドイツ三大ブランドからQBMレンズを選択できたわけです。QBMレンズの中で当時最もよく売れたのはブランド力で勝るツァイスのレンズでした。逆に販売成績が振るわなかったシュナイダーブランドのレンズは希少性が高く、特にQBMマウントのモデルにしかないSL-ANGULONは現在では高値で取引される人気商品です。今回から2回にわたり広角レンズのDISTAGONとSL-ANGULONを取り上げます。
 



初回は旧西ドイツのカールツァイス・オーバーコッヘンが設計したDISTAGON (ディスタゴン)です。このレンズにはドイツのブラウンシュバイグ工場で製造された前期型(初期型と称されることも)と、シンガポールのローライ工場で製造された後期型があり、設計構成や外観が異なります。設計構成は前期型が5群5枚で、下図に示すような第一群に負の凹レンズを置きバックフォーカスを稼いだレトロフォーカス型レンズですが、第2群にやたらと分厚い正の凸レンズを置いて屈折力を稼いでいる独特の形態です。後期型は前期型の基本構成に1枚レンズを追加し歪みの補正を強化した6群6枚で、1枚増えた分だけ鏡胴も長くなっています。外観については前期型のピントリングがメタル素材で後期型がラバー素材、前期型から後期型への過渡期にはラバー素材のドイツ製やメタル素材のシンガポール製が入り乱れています。定説ではありませんが、過渡期のレンズが前期型(5群5枚)なのか後期型(6群6枚)なのかを判断するには鏡胴の長さ(=ピントリングの素材)をみればよいはずです。歪みを気にする方は後期型がよいでしょうし、ピントリングのラバー素材が気に入らない人は前期型がよいでしょう。私が入手した個体はドイツ製・前期型です。製品が発売されてから半世紀近くが経ちますが、シンガポール製であろうとドイツ製であろうと、ローライが生産管理した製品に今のところ品質面での差はないようです。ゴム製ローレットの加水分解によるべたつきは品質管理というよりは保管環境と手入れの問題です。この手のベタつきは自分でも簡単に除去できます。
  
DISTAGON 35mm F2.8(QBM)の構成図:上段は前期型で5群5枚のレトロフォーカス型。下段は後期型で6群6枚のレトロフォーカス型。オレンジ色で着色した部分のメニスカスが1枚入り、鏡胴も長くなっている。文献[1]からのトレーススケッチ(見取り図)である

   
入手の経緯

レンズはeBayにて170~250ユーロ(20000円~30000円)あたりで取引されています。今回入手した個体はドイツの個人セラーがeBayに出していたもので、150 ユーロ+送料とやや安めの価格でした。レンズのコンディションは「ガラスは綺麗でカビ、クモリはない。絞りの開閉、ヘリコイドの動作も問題ない」とのこと。届いた品はガラスこそ綺麗でしたが、マウント部に少しガタがあり、絞りリングがグリス抜けであるなど難点のある品でした。明らかにセラーの説明不足ですが、緩みを締めればすぐに改善する気がしたので自分で修理して使うこととしました。相場より安値で売られている個体には、表面上わからない何らかの落とし穴が潜んでいることが多くあります。

 

Carl Zeiss DISTAGON 35mm F2.8(前期型): 最短撮影距離 0.4m, フィルター径 49mm, 絞り F2.8-F22, 絞り羽 6枚構成, 構成 5群5枚レトロフォーカス型, 重量(実測)201g


 

参考文献・資料

[1] Rollei Report 3:Rollei Werke, Rollei Pototechnic, Claus Prochnow

[2] Frank Mechelhoff, Rollei QBM MOUNT Objektivprogramm, Update 2009

 

撮影テスト

開放から滲みはなく、スッキリとしたヌケの良いシャープな描写です。解像力は控えめですがコントラストは良好で、線の太い力強い性質がこのレンズの特徴です。設計がレトロフォーカス型であることを反映し、四隅まで光量落ちは目立ちませんし、ボケにも安定感がありグルグルぼけ等は出ません。ピント部の画質は均一で像面も平坦なので、立体感がやや物足りないかもしれません。歪みは樽型で前期型は少し目立つ事がありますが、後期型はこの点が改善しています。癖の少ない高性能なレンズだと思いますがオールドレンズとしては、どうしてもここが弱点になります。せめて旧東ドイツのフレクトゴン35mmの前期型みたいに少し開放で線が細い描写である方が面白いと思うのですが、どうでしょうか?。

イメージサークルは35mmライカ判向けとして設計されていますが実際にはかなり余裕があり、レンズを中判デジタル機のGFXシリーズで使用しても僅かに光量落ちがある程度で、ダークコーナーは出ません。GFXで使用する場合は35mm換算で27mm F2.15相当の写真が撮れるスーパーレンズに化け、画角が拡大する分だけ画質に味がでるようになります。フルサイズ機では小さくまとまってしまい大人しい描写ですが、GFXではパースペクティブが強く、光量落ちが少し出るせいか諧調がよりダイナミックに見えるようになります。自分はこっちの方が好きかな。今回はメイン機のSONY A7R2(フルサイズセンサー)とサブ機のFujifilm GFX100S(中判44x33mm)の両方で撮影をおこなっていますので、順番にどうぞ。

 

DISTAGON x SONY A7R2

 

F5.6 sony A7R2(WB:日光) 
F5.6 Sony A7R2(WB:日光)参考までに開放F2.8での写真はこちら。引き画では違いはほとんどわからない

F5.6 sony A7R2(WB:日光)







  

 

DISTAGON x Fujifilm GFX100S

model:  #はらみか #えぞえこうざぶろう

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Standard)

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Standard)

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Standard)

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Standard)
F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Standard)





















F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Standard)













 

★DISTAGON x Fujifilm GFX100S★

 

F4 Fujifilm GFX100S(AWB, Standard)



F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(AWB)






































 
DISTAGON x Fujifilnm GFX100S
model: 彩夏子
 
F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, F.S.: NN)

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, F.S.:NN)