おしらせ


2011/10/29

ENNA München Edixa Color-Ennalyt 50mm F1.9(M42)

オールドレンズ界のB級グルメ!
ほんのりと赤みを帯びる独特の発色が魅力
古いレンズの描写には現代の万能なレンズにはない個性、あるいは性格のようなものが表れる。この性格を指して世間一般には「レンズの味」と呼ぶことになっている。ただし、一概に「レンズの味」と言っても、ボケ味、結像具合、発色など実際には様々な要因を指しており、これらはレンズの設計や製造時期ごとに少しずつ異なる特徴を示している。しかし、このうちの発色についてはメーカー毎にある程度一定の傾向が表れるようで、レンズの味をカラー特性で区分けしメーカー名を割り当てるといったラフなマッピングができるようなのである。シュナイダーやキャノンFD、ローデンストック等の古いレンズには薄らと青味を帯びる爽やかでクールな発色傾向を持ち味とするものが多く、ツァイスやフォクトレンダー、ロシア系レンズでは黄色味と若干の赤みを帯びる温調で華やかな発色傾向を示すものが多くある。一方、ENNA社の生産したレンズには強い赤みを帯びる独特な発色特性を示すブランドがあるようなのだ。この情報のネタ元であるNocto工房のスタッフM氏によると、Ennalyt 85mm F1.5という1960年代に製造された中望遠レンズの作例にハッキリとした赤みがのり、優雅な発色特性が得られたという。興味深い情報なので自分の目で確かめようとeBayでEnnalytを探したところ、レンズは直ぐに見つかった。しかも、1200~1500ドル以上もする高級品である。Biotar 1.5/75だって800ドルもあれば状態の良い個体が手に入るし、現行品のコシナ製Planar 1.4/85だって1250ドルあれば新品が買える。なぜこんなに高いのか?何か人気の秘密でもあるのか?そんな疑問に対するさまざまな憶測が頭の中に浮かんでは消え、一人で盛り上がっているうちにますます興味が湧いてしまった。しかし、とても私には買えない高価なレンズなので、ここはやや口径比の控えめな姉妹品のColor-Ennalyt 50mm F1.9を狙う事にし、さっそくeBayのサーチアラートに登録して気長に待ってみた。ところが、数週間が過ぎ数カ月が過ぎても一向に出品される気配がない。このレンズは中古市場になかなか流通しないレアなレンズのようである。ようやく見つけた1本は米国カリフォルニアの中古カメラ業者の品であった。チャンスを逃すまいと250ドルで入札を試みたものの、コロッと競り負け、何と405ドルで他者の手に渡っていった。Zeiss Pancolar 1.8/50だって150ドルあれば買えるのに、どうしてこんなに高いのだろう。

かつて不人気だったレンズほど現在は相場高に
カメラの生産部門を持たない中堅レンズメーカーにとって、標準レンズは単体で発売してもさっぱり売れない難しいジャンルであった。標準レンズはカメラとセットで売られることが多く、カメラメーカーやバイヤーズブランドとの連携による販売が交換レンズ市場のシェアの拡大に直結したのだ。戦後のカメラ市場で消費者の多くが好んで手に入れたのはツァイスやシュナイダーなど老舗有力メーカーの高級ブランドや安く性能の良い日本製レンズの組み合わせであり、SCHACHT,ISCO,ENNAなどブランド力のやや弱いドイツの新興中堅メーカー勢が標準レンズでヒット商品を生み出すことは極稀であった。この不人気ぶりは、やがてこの種のレンズが稀少価値を持つ一大要因となった。明るく表現力の豊かな標準レンズは製品としての魅力に富み、デジカメ全盛時代の到来とともに再び萌え上がっているレンズグルメ達の物欲によって、オールドレンズ界のB級グルメとして人気を博するようになったのだ。今回紹介するCOLOR-ENNALYT 50mm F1.9もそうした類の一本で、1950年代後半にドイツカメラの大衆機Edixaに搭載する交換レンズとして発売されたが、当時は全く売れず知らぬ間に消滅していった不人気ブランドの筆頭だった。中堅メーカーは主力商品を広角レンズや望遠レンズに据え、2本目を安価に揃えたいという消費者のニーズをターゲットにしていたため、標準レンズに対してモデルチェンジを活発に繰り返す事はなかった。こうした事情がColor-Ennalytの稀少価値を更に押し上げ、現代になって高値で取引される大きな要因となったのである。

重量(実測) 248g, フィルター径 48g, 絞り値 F1.9-F16, 絞り羽根 7枚, 最短撮影距離 0.5m, 光学系 4群6枚ダブルガウス型, 焦点距離 50mm, 絞り機構は半自動絞りで、マウント面から突き出したピンと鏡銅側面の開放レバーによって制御する。マウント面のピンを予めプッシュしておけば手動絞り機構としても使用できるようになる。対応マウントにはM42とexaktaがある。Color-Ennalytは後玉が大きく飛び出しているため一眼レフカメラではミラーに干渉するモデルがある。APS-C機やミラー駆動がスイングアップ式の銀塩カメラminolta X-700では無限遠でもミラー干渉しなかった。
Color-Ennalytの大きなポイントは、50mmの焦点距離とENNA製レンズとしては珍しい銀鏡銅であろう。1950年代はまだ一眼レフ用ガウス型標準レンズの焦点距離が技術的に55mmや58mmで設計されていた頃であり、いち早く50mmのレンズを登場させたところにENNAの社風がよく表れている。ISCO製レンズにも良く似たデザインのモデルがあるが、この種の銀鏡銅はブラックカラーのカメラに搭載すると、存在感が引き立てられて上品にみえる。絞り開放レバーの指を掛ける部分が小さな赤の革で装飾されているなど、この時代のENNA製レンズは細部までよく造られている印象だ。残念なことに、1960年代以降に登場したENNA製レンズの多くは徹底したコスト削減の影響により、機構的にも機能的にも簡素な造りになってしまった。


入手の経緯
2011年9月にeBayを介して米国アイオワ州の中古カメラ業者リンウェア(取引件数900件ポジティブ99.8%)から即決価格220ドル+送料35ドルにて落札した。商品に対する解説は「外観は素晴らしい状態。フォーカスリングは軽快で適確。絞り羽はマニュアル機構で作動する。ガラスはクリーンでクリアだが、薄いクリーニングマークが2本ある。イメージクオリティには影響ない。前後のキャップがつく」とのことであった。同時に出品されていた他の商品に対する解説も悪いところを具体的に示しているので、この業者を信用することにした。本品はENNA社の製品の中でも稀少価値が高いブランドなので、コレクターの収集対象になっている。状態が良い品には350ドル以上の値がつくこともある。届いた商品には後玉端部のコーティング面にやや染み状のヤケ(経年劣化)がポツポツと見られた。しかし、実用的には申し分なく、安く手に入れることができたので、これで妥協することにした。お約束どうり前玉にはクリーニングマークが数本あったがイメージクオリティには影響なさそうだ。


撮影テスト
使用カメラ minolta X-700
フィルム Kodak Elite Crome 100(ポジフィルム) / Fujicolor Reala 100 and Kodak Super Gold 400(ネガフィルム)
Color-Ennalytには鮮烈な赤の発色を期待していたが、どうやらパワフルな赤というよりは日本の伝統色にあるような雅な赤に近い印象だ。このレンズの撮影結果にはハイライト側が赤みを増しシャドー側が青みを帯びる傾向があるようで、人の肌や白っぽい壁面などがほんのりと赤みを帯びたり、黒髪が茶髪に変色する。一方、照度の強い晴天下では日蔭の部分が青みを帯びる事が多い。面白い発色が得られたのは髪の毛などの黒いものが太陽光をうけるときで、反射によるテカリがハッキリとした紫色に変色した。また、日蔭の中にある白や灰色のものが淡く幻想的な紫色に着色される事もあった。緑は赤と補色の関係にあるためかビビットに再現されるようだ。デジタルカメラ(nex-5)でも撮影を行っているが、どういうわけだかフィルムの時のようには赤みが出ず、ノーマルな発色となるケースが多かった。
 ピント面はスッキリとしており開放絞りでも結像に甘さはない。ボケ味は穏やかで開放絞りでもグルグルボケや2線ボケが顕著に出ることはなかった。よくまとまったレンズだ。以下作例。




    
F2.4銀塩(FujiColor Reala Ace 100 ネガフィルム)  アウトフォーカス部で太陽光の反射がうっすらと赤みがかっている

F8 銀塩(FujiColor Reala Ace 100 ネガフィルム) 深く絞り込むと水面からの太陽の反射光(点光源)が赤く色づいてみえる。このレンズの発色特性の原理を知る手掛かりを含んでいる一枚だ
F1.9 銀塩(Kodak GOLD 400 ネガフィルム) こちらは室内が白色蛍光灯で、背後から日光が入っている。黒髪の変色が目立ち、前髪のテカリが青、後髪は日本の伝統色にあるような雅な紫色になっている。開放絞りでもこれだけスッキリとうつれば合格点だ
F?  銀塩(FujiColor Reala Ace 100 ネガフィルム)  解像力もなかなか高い。背景のボケとの相乗効果によって浮き上がるような立体感が生まれている

F2.8 銀塩(Kodak EBX 100, ポジフィルム)  こちらはポジフィルム。シャドー部が青みがかるのはこの時代の西独製レンズによくある傾向だ。しかもこのレンズの場合にはすこし紫色っぽくて綺麗だ
左F1.9 銀塩(FujiColor Reala Ace 100 ネガフィルム)/ 右F1.9 銀塩(FujiColor Reala Ace 100 ネガフィルム) 左はごくノーマルな発色が得られたケースで、右は肌や石垣が僅かに赤みを帯びたケースだ。ピンボケはいつものこと。髪の毛は茶髪に変色している。Color-Ennalytを用いた作例では、こんな色の肌や髪の毛になることが多かった。どんな条件によってこのような差異が生みだされるのかは、まだよく把握できていない。上品な赤ではないだろうか

F8 銀塩(Kodak GOLD 400 ネガフィルム) うひゃ~。石材の表面や階段のステップが病的な紫色に変色している。人の顔が赤い
F2.8 銀塩(Kodak ポジ EBX 100, daylight)  こんどはポジフィルム。こちらの作例でも髪の毛や背景の葉に紫が出ている。シャドーの青みが赤みと配合するためだろうか。熟れたイチジクのような色だ


F1.9 銀塩(Kodak GOLD 400 ネガフィルム)  ボケ味をテストした作例。ピント面はスッキリとしており、結像に甘さは無い。開放絞りから球面収差をキッチリと補正するフルコレクションタイプのレンズのようだ

F1.9 銀塩(Kodak EBX 100, ポジフィルム) こちらも開放絞りでボケ味をテストした作例。被写体がソフトにみえるのは単なるピンボケ。像の流れもほとんどなく、ボケ味はなかなか良い

左F1.9 銀塩(Fuji Color Reala Ace100ネガフィルム) / 右F2.8 銀塩(Fuji Color Reala Ace100ネガフィルム) このレンズで撮ると緑がとても鮮やかに見えることがある。こちらの作例にも、ほんのりとした微かな赤みがのっている