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2011/05/30

ZOMZ MIR-1 37mm F2.8(M39) and CZJ Flektrogon 35mm F2.8(M42)

MIRという名はロシア語で「平和」あるいは「世界」を意味する。上段右奥のゼブラ柄のレンズはCarl Zeiss Jena Flektogon 2.8/35

カールツァイスとロシアの模倣レンズ群団2
安価で高性能なロシアン・フレクトゴンの魅力
ロシア(旧ソビエト連邦)は同国占領下の旧東ドイツから多くの光学技術を手に入れ、自国のカメラ産業を発展させてきた。中でも東独VEBツァイス社(Carl Zeiss Jena)の技術はロシアのカメラ産業に多大な影響を与えている。戦後のロシアではSonnar、Biogon、Biotar、Flektogon、Tessarなどのコピーが次々と生みだされた。今回紹介するMIR-1もそうした類のレンズで、1952年に登場したFlektogon 35mm F2.8をベースにVavilov State Optical Instituteが1954年に設計、双眼鏡の生産で知られるZOMZ(ザゴルスク光学機械工場)が製造した単焦点広角レンズだ。レンズを設計したのはD.S. Volsov(Д. С. Волосов)[1910-1980]という光学設計を専門とする物理学者で、彼はバリフォーカルレンズなどの複雑な光学設計法を1947年に開発するなどロシアの写真レンズ史の発展に寄与した人物である。なお、初期のロットにはfk-35(Flektogon Krasnogorsk 35)というコードネームで試作されたKMZ製の個体があるようだ。設計のベースとなったFlektogonは切れ味と色のりの良さに定評のあるBiometarをレトロフォーカス化するというユニークな構成を持つレンズである。MIR-1にもその優れた描写力が受け継がれており、1958年にベルギーのブリュッセルで開催された万国博覧会でグランプリを獲得するに至った。その輝かしい栄光を称えるかのように、鏡胴には「Grand Prix Brussels 1958」の文字が誇らしげに刻まれている。一つ残念なのは、それ以降に光学系の改良がなかった事だ。過去に何度か実施されたモデルチェンジにおいても変更されたのは鏡胴のデザインや材質のみであり、最短撮影距離や絞り羽の枚数すら変わっていない。最後の後継モデルはMIR-1bという名で1992年から2004年まで製造されていたので、何と開発から50年もの間、同一の設計を保ち続けたことになる。オールドレンズ界のシーラカンスと言ったところであろうか。
  37mmという中途半端な焦点距離はやや奇異に思えるかもしれないが、焦点距離35mmのレンズの大半が実際には35mmよりもやや長い焦点距離を持つのに対し、MIR-1は厳密に37mmであるため、35mmのレンズに比べ撮影画角の差は僅かである。
  実はMIR-1のプロトタイプらしいレンズが2012年7月に一度ヤフオクに出品された。レンズ名はコードネームでfk-35と表記されており、fkは「FlektogonKrasnogorsk」の略であると受け取れる。外観はMIR-1そっくりで、銘板には製造番号NO.5600001が記されている。1956年に製造されたシリアル番号が1番の製品である。プロトタイプはこれ1本のみだったのであろうか?。そして最も興味深いのは、このレンズの焦点距離がこの段階ではフレクトゴンと同じ3.5cm F2.8と記されている点である。MIR-1は35mmのフレクトゴンからそっくりそのまんまデッドコピーされたのではないだろうか。



MIR-1/Mir-1b 37/2.8(左)とFlektogon 35/2.8(右)の光学系の比較。構成は5群6枚で解像力で定評のあるXenotar (Biometar)型をレトロフォーカス化したユニークな設計を採用している。MIR-1の光学系は文献[1]からの引用だ。フレクトゴンの図は文献[2]に掲載されていたものをトレースした
参考文献
[1] RussiRussian lenses: A. F. Yakovlev Catalog “The objectives: photographic, movie, projection,reproduction, for the magnifying apparatuses" Vol. 1, 1970
[2] 東ドイツカメラの全貌―一眼レフカメラの源流を訪ねて  リヒァルト フンメル、村山 昇作、リチャード クー、 Richard Hummel (1998/12)

★入手の経緯
 本品は2010年9月にeBayを介してウクライナの中古カメラ業者(取引件数6111件中POSITIVE評価99.5%)から65㌦の即決価格で落札購入した。送料込みの総額は80㌦であった。商品の解説は「EXCELLENT++++。光学系はクリーンでクリア。傷も曇りもないオールドストック。レシートとケース、マニュアルがつく」とのこと。届いた商品は極上品。よくまぁ、こんなに状態の良いものが50年間も残ってるなと感心した。ちなみに、ブラックカラーの後継モデルMIR-1Bの海外相場は50ドル程度で、本品よりもやや安価だ。フレクトゴンの1/3の価格で入手できることを考えると、驚異的なコストパフォーマンスといえる。

MIR-1(ゼニットM39マウント): レンズ構成 5群6枚, 絞り値 F2.8-F16(プリセット)
絞り羽根 10枚, フィルター径 49mm,  最短撮影距離 0.7m, 重量(実測) 178g

M39-M42リングアダプターをはめればM42マウント化できる。リングアダプターはeBayで5㌦程度で手に入れることができる
 
後継品のMIR-1b(M42マウント): 構成 5群6枚,  絞り値:F2.8-F16(プリセット),絞り羽根:10枚,フィルター径 49mm, , 最小撮影距離:0.7m 重量(実測);186gこちらは1992年から2004年までVologda Optical-and Mechanical Plant(VOMZ)にて生産された


★撮影テスト
 MIR-1はフレクトゴン35/2.8に勝るとも劣らないシャープな描写力を備えたレンズである。以前の私のブログエントリーでは後継のMIR-1bを取り上げ、ソフトな描写と解説してしまった。あの評価は本エントリーで撤回したい。色味はフレクトゴンと同様に温調で、色ノリが良い点も似ている。球面収差やコマ収差は良く補正されており、開放絞りからスッキリと写る優秀なレンズである。倍率色収差や歪曲も良く補正されている。気になる事と言えばゴーストが出やすいくらいであろう。取り回しに関してはやや癖があり、絞り冠の回転が逆方向である事に加え、制御機構が独特なので、慣れるまでは、やや使いにくいと感じるであろう。ピントの山が掴みにくい印象を抱くかもしれないが、これはヘリコイドの直進が一般的なレンズに比べゆっくりなためである。慣れないうちはピント合わせに手間取るが、きっちりと合わせたい場合には、むしろ好都合といえる。以下に無修正の作例を提示する。


F2.8 Sony NEX-5 digital: 色のりがよく緑が鮮やかに栄えている
F4 sony NEX-5 digital: 色味はオールドツァイス同様に温調気味


★MIR-1とFLEKTOGONの解像力の比較
 MIR-1にはどれほどの解像力が備わっているのだろうか。描写力に定評のあるFlektogonを基準に、実写による評価を試みた。なお、今回はゼブラ柄(2代目)のFlektogonを比較の対象としている。本来ならばMIR-1の設計ベースであるアルミ鏡胴の初期型Flektogonを用いるべきであるが、ゼブラ柄のFlektogonはアルミ鏡胴モデルと同一の光学系なので比較対象としては問題はない。なお、私が以前に所持していたゼブラ柄のFlektogonはヤフオクを介して本ブログの読者の方に売却してしまったので、今回は知人からお借りしたFlektogonを用いての撮影テストとなった(感謝感謝)。
 下のサンプル写真は金属壁の腐食部を垂直に撮影したものだ。レンズの先端から被写体までは約1mの距離を置いている。ピント合わせはじっくりと時間をかけ慎重に行ったので、ジャスピンであると信じている。写真の中央部を拡大し、MIR-1 37/2.8とFlektogon 35/2.8のシャープネスを肉眼で比較してみた。

 下の写真は2本のレンズの開放絞り(F2.8)における撮影結果である。どちらも金属表面の錆を緻密にとらえており、両レンズのシャープネスは互角のレベルといってよい。

F2.8 Sony NEX-5 digital, MIR-1(上)とFlektogon(下)
クリックすると拡大写真が表示され、もう一回クリック
すると最大化される

F4 sony NEX-5 digital, MIR-1(上)とFlektogon(下)
クリックすると拡大写真が表示され、もう一回クリック
すると最大化される
 上の写真は1段絞ったF4において両レンズの撮影結果を比較したものだ。開放絞りにおける結果と比べ、どちらのレンズも鉄錆の赤みが収まり、ニュートラルな発色に近づいている。2本のレンズの解像力はほぼ同レベルで、両者の差を肉眼で識別するのは難しい。 
 Helios-44シリーズやINDUSTAR 61L/Zのブログエントリーの時にも感じた事だが、ロシアのレンズは一般的にどのブランドも、ネタ元のドイツ製レンズに決して引けをとらない優れた描写力を実現している。ただし、光学系の独自改良が活発には進まないようである。
 
★撮影機材
Sony NEX-5 + MIR-1 37/2.8 + PENTACON Metal hood 49mmフィルター径

 MIR-1に対する写真家の評価は賛否両論で、畏敬の念を抱く人もいれば酷評する人もいる。実力相応の世評を勝ち取っているとは言い難いのが事実だ。写真家達の厳しい評価は、発展力の乏しいロシアのカメラ産業界に対する声なのかもしれない。