おしらせ


2022/05/01

Auto MIRANDA 50mm F1.4(1st Gen.):ペンタレフカメラのパイオニア、ミランダの交換レンズ群 part 1



 

1955年にミランダTを発売し国産ペンタレフカメラのパイオニアメーカーとして衝撃のデビューを果たしたミランダカメラ(旧オリオンカメラ株式会社)ですが、その後の道のりは順風満帆とはいきませんでした。当初のミランダにレンズを自社生産する技術や設備はなく、交換レンズ群はズノー、興和、ヤシカ、ノリタ、富岡、タイカ、アルコ、藤田等からのOEM製品で成り立っていました。一方で、技術的にハードルの高いF1.4クラスの高速標準レンズにはOEM供給を受ける当てが無く、興和製Soligor 5.8cm F1.5は存在のみしていたものの、価格設定でコケたのか供給量は極僅かでした。高速レンズの供給でミランダカメラは大きく出遅れていたのです。

撮影レンズがファインダー対物を兼ねる一眼レフカメラでは、ファインダーの明るさを確保するために明るい撮影レンズが必要となります。F1.4の高速レンズをラインナップに揃えることは一眼レフカメラの製品の魅力を左右します。ミランダTの登場から各社後を追うように続々とペンタプリズム付き一眼レフカメラを発売し、カメラにはF1.4クラスの高速レンズが用意されました。自社のカメラに高速レンズを安定供給することはミランダにとって社運に関わる重大事であったに違いありません。

1963年、とうとうミランダカメラはレンズの自社生産にのりだし高速レンズの開発に着手、1966年にAuto Miranda 50mm F1.4の発売に漕ぎ着けます[文献1,8]。しかし、この時既に市場では日本光学、東京光学、キャノン、コニカ、ミノルタ、旭光学が競合製品を揃え、熾烈な争いを繰り広げていたのです。どうするミランダ。

ペンタレフカメラのパイオニア

ミランダの高速標準レンズ part 1

ミランダの意欲作は唯一無二の8枚玉

Auto MIRANDA 50mm F1.4(初期型)

今回取り上げるAUTO MIRANDA 50mm F1.4(初期型)は高速レンズの供給で他社の後手を踏んでいたミランダカメラが形勢を立て直すべくレンズの自社生産に乗り出し、1966年に発売した高速標準レンズです。レンズの設計には著しい特色があり、口径比F1.4のクラスとしては異例の8枚構成(6群8枚)が採用されました(下図)。同クラスの他社製品が7枚構成(5群7枚)をとるのが一般的な中、このレンズにはF1クラスの明るさにも耐えうる豪華な構成が採用されたのです。同一構成のレンズとしては、例えば口径比F0.95を実現したアンジェニューのタイプM1があります。構成枚数が多いほど製造コストが嵩み、価格競争では不利になりますが、明るいレンズを無理なく設計できるようになります。ただし、口径比がF1.4であれば7枚玉でも高性能な硝材を用いた合理的な設計が可能で、高度な技術力があれば充分に高性能なレンズを作ることができます[文献9]。8枚玉への過大な期待は禁物です。このモデルを市場投入する意義はカメラ本体の付加価値を向上させる事にありましたので、レンズ単体での利益はそれほど重視していなかったものと思われますし、高価な新種ガラスをなるべく用いずにそこそこの性能を維持する事が8枚玉を採用した意図であったとも考えられます。このレンズでは短波長光の透過率が7枚玉の他のレンズと比べ良好であるという測定報告があり、新種ガラスを用いないとする見解に整合しています[文献6]。レンズは1969年に刊行されたカメラ毎日「レンズ白書」[文献5]のハウレットチャートによる紙上評価で、銘玉と謳われるRE Topcor 58mm F1.4を抑え、Nikkor 50mm F1.4に次ぐ高い評価を叩き出しています。少なくともピント部の性能については、なかなかのレベルだった事がわかります。オートミランダF1.4の初期型は8枚玉を世に問うことで巻き返しを図ろうとした同社の強い意志と願いが込められていたレンズだったのかもしれません。8枚玉の経緯や真実はどうあったにせよ、レンズを唯一無二の構成で実現したことは私たちオールドレンズユーザにとって大変喜ばしいことですし、他のオールドレンズとは一味異なる貴重な体験を私たちに提供してくれるにちがいありません。

 

AUTO MIRANDA 50mm F1.4(初期型)構成図:[文献2A]からのトレーススケッチ(見取り図)で左が被写体側で右がカメラの側です。スタンダードなガウスタイプの前後に正の凸レンズを一枚ずつ追加して屈折力を稼ぎながら、各面の曲率を緩めてバランスさせています。口径比をF1.4に抑えた分、球面収差の補正には余裕がありそうなので中心解像力は期待できますが、このタイプのレンズ構成は正レンズ過多によるペッツバール和の増大が問題になるようです[文献4]。像面湾曲をある程度許容しても非点収差を十分に補正しきれない問題が発生し、ピント部四隅の解像力や四隅のボケに影響が出ます。鏡胴が長くなるぶん口径食も多くなりそうです












 

Auto MIRANDA 50mm F1.4には大きくわけて第1世代から第3世代まで3種類のモデルに分類できます。年代順に追って紹介しましょう。

左から第1世代(初期型)、第2世代(Eタイプ)、第3世代(ECタイプ)





 

第1世代(初期型):AUTO MIRANDA

今回紹介するモデルで、シリアル番号の先頭が67または68で始まる個体として識別できます。一眼レフカメラのSENSOREX(1966年登場)、SENSOMAT(1968年登場)、SENSOMAT RE/RSとSENSOREX-C(いずれも1970年登場)に搭載する交換レンズとして市場供給されました[文献2A]。ちなみにAUTO MIRANDA F1.4シリーズの中で8枚構成のモデルはこの初期型のみです。他社のF1.4クラスの標準レンズに比べると鏡胴が細くコンパクトで、フィルター径も46mmと小さめです。

第2世代:AUTO MIRANDA / AUTO MIRANDA E

1972年に登場した一眼レフカメラのSENSOREX IIとSENSOREX EEに搭載された後継モデルです[文献2B-2C]シリアル番号の先頭が13または28で始まる個体として識別できます。レンズ構成がこのクラスとしては一般的な7枚玉(5群7枚)へと変更されています。SENSOREX EEにはElectric-Eyeに対応したEタイプのAUTO MIRANDA Eが供給されていますが、設計はSENSOREX II用に供給されたE表記のないモデル(non-E type)と同一です。初期型に比べ鏡胴径が太くなり、フィルター径も52mmと大きくなっています。

第3世代:AUTO MIRANDA EC

1975年に登場した一眼レフカメラのSENSOREX RE-IIとdx-3に搭載された後継モデルで、シリアル番号の先頭が25で始まる個体として識別できます[文献2D]。構成は第2世代と同じ7枚玉(5群7枚)ですが[文献2C]、光学系の全長が短く、後玉径も小さくなっていますので再設計が施されているようです。ピントリングのローレットがメタルからラバー素材に変更されました。フィルター径に変更はなく52mmです。

 



 



参考文献・資料等

[1] MIRANDA研究会

[2A] MIRANDA SENSOMAT manual (英語版) :構成図引用元

[2B] MIRANDA SENSOREX II Instructions (英語版)

[2C] Miranda SENSOREX EE Instructions (英語版)

[2D] Miranda dx-3 Instructions (英語版)

[3] 会計士によるバリューアップ クラカメ趣味: MIRANDAの8枚玉情報はこちらのブログ主の方にを教えていただきました。感謝いたします。

[4] 「レンズ設計の全て」辻定彦著 電波新聞社(第一版)P96頁 2006年

[5] カメラ毎日 別冊「レンズ白書」1969年

[6] カメラ毎日 別冊 カメラ・レンズ白書 1971年 : 寒冷色

[7] 「幻のカメラを追って」白井達男著 現代カメラ新書

[8] クラシックカメラ専科(1982年) 「ミランダカメラのすべてとその歴史」 日比孝著

[9] ニッコール千夜一夜物語 第七十七夜: Nikkor-S 50mm F1.4

 

Auto Miranda 50mm F1.4(1st model): フィルター径 46mm, 最短札視距離 0.43m, 絞り値 F1.4-F16, 絞り羽 6枚構成, 重量(実測) 296g, MIRANDAバヨネットマウント, 設計構成 6群8枚(ガウス発展型)

 

レンズの購入価格

MIRANDAブランドは米国やEUなど主に海外で流通しており、本品も入手ルートはeBayです。レンズの相場はコンディションにもよりますが130~200ドル程度(送料別)でしょう。根気強く探せばカメラとセットで100~150ドル程度で手に入れる事も可能で、カメラを売却すれば正味の値段を安く抑えるができるはずです。ただし、カメラとレンズのセット販売は多くの場合でカメラ全体のコンディションとして語られることが多く、レンズ単体のコンディションに注力した記載は比較的希ですので、メンテ前提になるケースが多く発生します。オールドレンズ全般に言えることですが海外の物価は持続的なインフレにより右肩上がりですので、値上がり傾向にあります。探すなら早いに越したことはありません。

 

撮影テスト

開放からスッキリとヌケが良く、ピント部の滲みは僅かです。これが8枚玉の威力なのでしょうか。この時代の同クラスのレンズを開放で用いると、例えば球面収差が過剰気味になる中望遠よりも遠方では人肌の拡大像に薄っすらとしたフレアが見られる事がよくあります。中心解像力は良好で良像域も広めです。ボケは開放で四隅に流れがみられ、グルグルボケの一歩手前といった具合です。光学系が細長いためか、開放では口径食と周辺部の光量落ちがやや目立つ事があります。発色はクールトーンとの報告があり、測定装置を用いていますので間違いないでしょう[文献6]。逆光には弱くハレーション気味になるので、避けたい場合にフードは必須です(公式カタログ[2A]にもこの点を注意する記載があります)。逆に活かす場合には周辺光量落ちと相まって、とても効果的な演出効果を生みます。ピント部の画質に高い評価が得られている理由がよくわかります。

F1.4(開放)Sony A7R2(WB:電球)中心解像力は良好です。開放でもピント部の滲みは少なく、思った以上に高性能なレンズです。ボケは四隅で少し流れる感じです

F4 sony A7R2(WB:日光) 


F1.4(開放) Sony A7R2(WB:日陰)逆光ではいい感じにハレーションがでるので、周辺光量落ちとの相乗効果で雰囲気のある写真を狙うことができます。予想どうりに口径食と非点収差(グルグルボケ)がやや目立つ感じででています。



F1.4(開放) SONY A7R2(WB:日陰)開放からスッキリ写り、滲みも殆どみられません。すごいですね

F1.4(開放)SONY A7R2(WB:日陰)ボケはやや怪しく開放ではこの通り周辺部が流れますが、ピント部は良像域は広く、開放でも四隅までしっかり写ります


F1.4(開放) sony A7R2(WB:日光) 水平線が若干曲がって見えます。やや樽形の歪曲があるようです
F1.4(開放) sony A7R2(WB:日光) 光学系が長いぶん口径食が多めにあるのため、周辺光量落ちが出ています



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