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2025/03/20

KOWA Co. Ltd., KOWA SER 50mm F2(SER mount), KOWA-R 50mm F1.9(SETR mount), KOWA-R 50mm F1.8(SETR2 mount)


 

興和光器の写真用レンズ  part 9(最終回)

プロミナーの遺伝子を受け継ぐ

コーワの標準レンズ3兄弟

KOWA Co. Ltd., KOWA SER 50mm F2 (SER mount), KOWA-R 50mm F1.9 (SETR mount), KOWA-R 50mm F1.8 (SETR2 mount)

一台のカメラで様々な種類のレンズを使用できる「レンズ交換」がカメラのセールスポイントにおいて重視されるようになったのは、一眼レフカメラの普及した1960年代だったそうです。興和は当初、レンズ固定式カメラばかり作っていましたが、この動向を見過ごすことはできず、1965年に独自のマウント規格でレンズ交換式一眼レフカメラを作り始めます。ただし、レンズ交換に適したフォーカルプレーンシャッターの自社技術を持ち合わせてはいなかったため、カメラの開発にはレンズシャッターのままレンズ交換を可能にする「ビハインドシャッター方式」を採用することになります[注1]。この種のシャッター方式を採用した一眼レフカメラとして有名なものには、ドイツ・フォクトレンダー社のBESSAMATIC / ULTRAMATIC(デッケルマウント)や東京光学のTOPCON UNIがあります。興和特集の最終回は一挙3本を取り上げますが、同社がビハインドシャッター方式のカメラに搭載する交換レンズとして、1965年から1970年にかけて発売した高速標準レンズのKOWA SER 50mm F2(Kowa SER用1965年発売)、KOWA-R 50mm F1.9(Kowa SETR用1968年発売)、KOWA-R 50mm F1.8(Kowa SETR2用1970年発売)の3本です。いずれのモデルも設計構成は4群6枚のオーソドックスなガウスタイプで、定評のあるPROMINAR 50mm F2からの流れを汲んでいますので、持ち前の高い設計力を活かしたコーワらしい描写性能を堪能することができそうです。ちなみに、各レンズの設計構成は下図のようになっており、左から右に向かってモデルチェンジの変遷を辿ることができるよう配置しています。

一番左は3兄弟の先祖Prominar 50mm F2(KOWAFLEX)の構成図で, 続いて右に向かってKOWA SER 50mm F2(SER), KOWA-R 50mm F1.9(SETR), KOWA-R 50mm F1.8 (SETR2)の構成図が並んでいます。構成図はそれぞれのカメラの公式マニュアル[3]からトレーススケッチしたました


 

1番左が今回取り上げる3本のレンズの先祖にあたるPROMINAR 50mmF2(KOWAFLEX用)で、左から2番目がKOWA SER 50mm F2(SER用)です。これら2本のモデルにはKOWAから別売りで供給されていたテレコンとワイコンが共有できましたので、てっきり同一設計かと思っていました。ところが構成図をよく見ると、意外にもSER用の方が各面の曲率がゆるく、収差的に改良されているように見えます。リアエレメントのサイズにも変更が見られ、SER用は直径が小さく絞られていますが、これは単にビハインドシャッターに対応させるためだったのでしょう。

続いて左から3番目のKOWA-R 50mm F1.9(SETR用)に目を移しましょう。2番目のF2(SER用)と比べ、後群側の各面の曲率に大きな違いが見られます。文献[2]にはF1.9(SETR用)に対する開発者の解説が収録されており、F2からのモデルチェンジに際し、ガラス硝材の構成に大幅な変更を施したとのことです。レンズとカメラの開発に関わった小沢秀雄氏と小池近司氏によると、F1.9のモデルでは屈折率の高いランタン系新種ガラスが少なくとも2個所以上(正と負の双方)のエレメントに導入されており、過剰補正にすることなく(すなわち完全補正に近い状態のまま)球面収差の膨らみを非常に少さく抑えることができているとのことです。歪曲は1%以下で、像面湾曲と非点収差のバランスも良好な水準とのこと。ハロを抑えながらも高解像な描写性能を実現しており、先代モデルのF2(SER用)と同等の描写性能を維持したまま口径比F1.9を無理なく実現しているのがこのモデルの特徴のようです。なお、このモデルでは先代のF2(ser用)に比べバックフオーカスが短縮されるとともに、周辺光量が増大しているそうです。

最後に一番右のKOWA-R 50mm F1.8(SETR2用)に目を向けてみましょう。F1.9(SETR用)とF1.8(SETR2用)は一見よく似た構成図ですので、はじめは光学系を流用しているのかとも疑いましたが、ノギスで計測するとフロントエレメントやリアエレメントの直径が異なっていました。大きな変更はない様子なので、おそらくガラス硝材の構成は前モデルと同一ではないかと思われます。後ほど実写による写りの違いにも注目してみたいと思います。

ビハインドシャッター方式のカメラでは、レンズの明るさがシャッターユニットの狭い光路に制約されてしまいます。前群側に屈折力の偏よりがあるゾナーやノクトンのようなレンズ構成ならば、後群を小さくでき、このような条件にも適合しますが、バックフォーカスを長く取ることができません。こうした事情により、ビハインドシャッターの一眼レフカメラではF2程度よりも明るいレンズを搭載することが困難とされてきましたが、興和は持ち前の光学技術でこの難局に立ち向かい、この種のカメラに搭載する交換レンズとしては史上最も明るいF1.8を実現させてしまったのです。

 

参考文献

[1]  「コーワのすべて」クラシックカメラ専科 40 朝日ソノラマ 1996年

[2] 「コーワSE」写真工業 6月号 1964年

[3] KOWAFLEX E instruction manual; KOWA SE instruction manual; KOWA SET instruction manual

[4] デッケルマウントのレンズにF1.9の製品が何種類かあります。

  

KOWA SER 50mm F2 SER mount (左); KOWA-R 50mm F1.9 SETR mount(中央); KOWA-R 50mm F1.8 SETR2 mount(右):フィルター径 49mm, 最短撮影距離 0.7m, 絞り羽 5枚構成, 絞りF2-F16, 設計構成 4群6枚ガウスタイプ




レンズの相場(国内ネットオークショ

KOWA-Rマウントの交換レンズについては現在までのところマウントアダプターの市販品が無いため、レンズを単体で入手してもデジタルカメラで流用する手立てがありません。こうした事情により、中古市場では常にカメラ本体とレンズがセットで流通しています。ネットオークションでの相場は3種いずれのモデルも、ジャンク品がセット販売で5000円程度、完全動作品の場合で10000円程度です。デジタルカメラでレンズを使用するためのアダプターは、現在のところ市販品がないので、国内ネットオークションに時々出回る特性アダプターか、mukカメラサービスの販売している3Dプリンタ製アダプター、DMM.makeにて販売されている3Dプリンタ製アダプターあたりが選択肢となります。耐久性や精度などが気になるところです。 
入手したKOWA SETRレンズ用特性アダプター。KOWAレンズをライカMマウントに変換できます。国内ネットオークションで時々出回っています 
 
撮影テスト
近接域からポートレート域を撮る場合には、3本のレンズとも解像力・コントラストは良好です。等倍による画像比較においても肉眼で画質差を見出すのは難しいレベルです。開放からスッキリとした透明感のある描写で、滲みは少なく抑えられおり、ボケも概ね安定しています。背後に顕著なグルグルボケが出ることはありません。ただし、いずれのモデルもビハインドシャッターに適合させた副作用からか、口径食は少し目立つ印象です。歪みについては文献等で同社のレンズは1%以内に抑えられていると公言されていますので、十分なレベルです。
一方で、遠方撮影となると3本のレンズの間に明らかな画質差を認識できるようになります。収差変動で球面収差が過剰補正側に引き込まれますと、開放でハロが目立つようになりコントラストの低下を招きます。これを避けるため補正を弱めてアンダーの方向に倒しますと、コントラストは良好ですが、こんどは球面収差の中間部の膨らみがめだつようになり解像力が落ちてしまいます。出るところを引っ込めれば反対側が出っ張ってしまうというのです。今回のレンズではF2(SER用)とF1.9(SETR用)が開放でハロは全く出ませんでしたが、F1.8(SETR2用)は拡大像を見てやると少しモヤモヤとしていますので、F1.8はやや過剰補正のようです。ただし、コントラストへの影響が及ぶレベルではなく発色も良好です。一方でF1.9とF1.8はF2よりも解像力が良好で、撮影結果を等倍に引き伸ばして比較すると、F2の像はベタッとしていて表面の質感が失われているのに対し、F1.9とF1.8はまだ細かい質感が残っています。新種ガラスを導入し、球面収差の膨らみを有効に抑えている結果なのでしょう。なお、F1.8においては解像力をF1.9と同等レベルにするために、コントラストへの影響がおよぶギリギリの水準までハロの発生を許容しているものと思われます。また、逆光ではゴーストが大量発生し、F2やF1.9には無い別の顔を見せてくれることがあります。F2とF1.9は堅実な写りを重視したモデル、F1.8は少し冒険しているモデルといったところでしょうか。

 
KOWA SER 50mm F2 + Nikon Zf
 
F2(開放) Nikon Zf (WB: 日陰)
F2(開放), Nikon Zf (WB, 日陰) 

F2(開放) Nikon Zf(WB:日陰)  開放でコレなので、十分に高性能なレンズです
F2(開放) Nikon Zf(WB: 照明光)



















F2(開放) Nikon Zf(WB: 照明光)


F2(開放) Nikon Zf(WB: 照明光)




F2(開放) Nikon Zf(WB: 照明光)











F2(開放) Nikon Zf(WB: 照明光)





F2(開放) Nikon Zf(WB: 照明光)






F2(開放) Nikon Zf(WB: 照明光)



























F2(開放) Nikon Zf(WB:照明光)


KOWA-R 50mm F1.9 + Nikon Zf
 
F4 Nikon Zf(WB:日陰)



F5.6 Nikon Zf(WB:日陰)







F1.9(開放) Nikon Zf(WB:日陰)







F1.9(開放) Nikon Zf(日陰)











F1.9(開放) Nikon Zf(日陰)

 
 KOWA-R 50mm F1.9 + Sony A7II 
続いては知り合いのプロカメラマンによるお写真です。現像処理が入っていますので、上の私の写真(撮って出し)とは色味が少し異なっています。
 
F1.9(開放) Sony A7II(現像済)Photo Juno Shiojima



F1.9(開放) Sony A7II(現像済)Photo Juno Shiojima
KOWA-R 50mm F1.8 + SONY A7II
 
F1.8(開放) SONY A7II(現像済),  Juno Shiojima

F1.8(開放) SONY A7II(現像済),  Juno Shiojima

F1.8(開放) SONY A7II(現像済),  Juno Shiojima

F1.8(開放) SONY A7II(現像済),  Juno Shiojima
 
KOWA-R 50mm F1.8 +Nikon Zf
 
F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:電球)

F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:電球)



F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:電球)

F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:電球)

F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:電球)

F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:電球)

F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:電球)

F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:電球)

F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:電球)
F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:電球)

F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F1 .8(開放) Nikon Zf(WB:日光)引き画では十分にシャープですが、拡大すると、しっかりとハロがのっかっています

F1.8(開放) Nikon Zf(WB:日光)









 





























F5.6  Nikon Zf(WB:Auto)
F1.8(開放) Nikon Zf(WB:Auto)
F1.8(開放) Nikon Zf(WB:Auto)









F5.6 Nikon Zf(WB:Auto)





F5.6  Nikon Zf(WB:Auto)
F5.6  Nikon Zf(WB:Auto)
F1.8(開放) Nikon Zf(WB:Auto)























解像力・コントラストの比較
続いては絞りを開放に固定したまま、レンズの特徴が出やすい遠景撮影において、3本のレンズの描写性能を比較しました。2つのテストケースでの結果をお見せします。いずれのケースも描写傾向は同じ結果となっており、解像力とコントラストはF1.8とF1.9がほぼ同等で、F2よりも良好な結果となっています。F1.8は等倍まで拡大した像にハロの発生がみられるものの引き画では目立だちません。フィルム撮影の時代では、このくらいのハロは全く問題にはならなかったのでしょう。コントラストに与える影響も限定的ですので、織り込み済みの描写設計だったものと思われます。ちなみに、F2とF1.9は拡大像においてもハロが全く見られません。描写性能的に頭一つ抜けているのがF1.9で、F2との比較において新種ガラスを導入した効果が最もよく現れています。F1.8はやや冒険的なセッティングで背伸びをしており、絶妙な落とし所になっています。
 
テストケース1:図の赤枠がピント部です。ここを拡大したのは下の写真


KOWA SER F2, 柱の部分などがベタッとしていて、この拡大では既に質感が失われています




























KOWA-R 50mm F1.9, まだ質感が残っており、F2よりも解像力に余裕を感じます



















KOWA-R 50mm F1.8, こちらもまだ質感は残っていますが、ややハロがのっています



















テストケース2, 中央のビルディングがピント部です




KOWA SER 50mm F2, やはり、ややベタッとした質感です
KOWA-R 50mm F1.9 やはり、こちらの方が解像しています
KOWA-R 50mm F1.8, 拡大像にハロが出てしまっていますが、質感は残っています。発色の濁りはでていません
  
興和特集むすび
先進性よりも堅実性を重視したメーカーと言えば多少は聞こえが良いかもしれませんが、今回の特集を通して感じたことは、興和がまさにそのような気質のメーカーであったということです。同社は持ち前の設計力を活かし、プロジェクションレンズや映画用アナモルフィックレンズ、フィールドスコープなど堅実性が問われる業務用機器を得意としていました。カメラの分野ではKOWA SIXのようなプロフェッショナル向けの撮影機材を市場供給しましたが、反対にコンパクトカメラのようなアマチュア向けの製品分野には殆ど関与しませんでした。ボタンを押せば誰にでも撮れるといった「お手軽カメラ」にこそ先進性が問われる事を、よく理解していたからなのかもしれません。35mmカメラに対しては終始中級機を作ることに徹していました。