おしらせ

ラベル Gauss type の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Gauss type の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026/01/26

KOMZ URAN-27 100mm F2.5

冷戦期を見つめた眼 part 2 

MiG戦闘偵察機にも搭載された旧ソ連の航空撮影用レンズ

KOMZ URAN-27 100mm F2.5

冷戦期、西側 NATO 軍の ELCAN に対抗する東側陣営の航空用レンズとして、偵察任務や測量で重要な役割を果たしたのが、今回取り上げる旧ソビエト連邦の Uran‑27Уран‑27100mm F2.5 です。Uran‑27 KMZ 製航空カメラ AFA‑39RA‑39)に装着され、MiG 戦闘偵察機をはじめ、可変翼超音速戦闘爆撃機 Su‑17、その前身である Su‑7B、さらには輸送ヘリ Mi‑8 など、旧ソ連の主力航空機に幅広く搭載されました。

また本レンズは、ソ連初期の宇宙開発計画にも投入されたことで知られています。1957年には人工衛星スプートニク1号に搭載されて地球表面の撮影に用いられ、1959年のルナ3号では人類史上初となる「月の裏側」の撮影に成功しました。Uran‑27 は、まさに冷戦期の軍事技術と宇宙開発の最前線を支えた光学系と言えます。

このレンズが開発されたのは1952年で、ソ連を代表する光学研究機関 GOIState Optical Institute)が設計を担当し、製造は国営工場 KOMZKazan Optical‑Mechanical Factory)が担いました。高度5005000mからの地上撮影を前提に、可能な限り高い解像力を引き出すことを目的として設計されたと伝えられています。

レンズとカメラが搭載されたジェット戦闘機MiG-17F(左)と人工衛星LUNA-3(右)

光学系は下図のような 5 群 7 枚構成で、ガウスタイプの絞り直後に薄い凸メニスカスレンズを配置した特徴的な設計となっています。対応フォーマットは中判よりやや大きい 80mm × 80mm で、対角線画角約 59 度をカバーする準広角レンズとしてまとめられています。設計者は、タイール系レンズの開発でも知られる David Samuilovich Volosov 博士です。

Rodion Eshmakov 氏のウェブサイト RADOJUVA には、本レンズについて極めて詳細かつ質の高いレビューが掲載されています[1]。同氏によれば、本レンズの基本設計は 1944 年にまとめられ、先代の Uran‑10 100/2.5(1943年~)の後継として開発されたそうです。まったく同じ構成をもつ西側の ELCAN や SUMMILUX よりも早い時期に完成しており、Uran‑27 が当時いかに先進的なレンズであったのかがよく分かります。Uran ファミリーには Uran‑9 250/2.5 や Uran‑25 200/2.5 など複数の派生モデルが存在していますが、Uran‑27 が最も広く流通したモデルだそうです。また、製造年代によってコーティング仕様が大きく異なる点も特徴として挙げられます。

Eshmakov 氏は Uran‑27 の光学性能について、次のように評価しています。「開放からすでに非常に良好な画質を示し、フレーム中央の解像度は、同氏が所有する Belar‑2 90/2.5 や MC Rubinar 2/100 とほぼ同等の水準に達する。使用条件によってはわずかな球面色収差が観察されるものの、画角全域のシャープネスは主に小さなコマ収差によって制限される程度で、その性能は Belar‑2 と同等、同じ絞り値の 5 群構成 Rubinar 2/100 を大きく上回る」。

さらに同氏は、「画角によって解像度が複雑に変動する特性からも分かるように、Uran‑27 は 3 次収差と 5 次収差の相互補償を巧みに利用して補正されており、その結果として画面周辺部で解像度がピークに達するという、現代の一般的なカメラレンズではほぼ見られない特性を備えている。絞りを F/3.5〜F/6.3 に設定すると、小型フォーマットにおいて極めて優れた描写性能を発揮する」と述べています。

また、Uran‑27 のボケ描写は非常に独特で、「油のように滑らか」と形容されるほど特異な性質を示すそうです。これは複数の要因が重なり合って生じるもので、より単純な構成のレンズでは得られない描写特性だと考えられています。

URAN-27の構成図(文献[2]からのトレーススケッチ)

参考資料

[1] RADOJUVA:place for very fast lenses by Rodion Eshmakov

[2] GOI lens catalog;  設計特許 Pat.SU68727A1

[3] photohistory.ru  PHOTOHISTORY (G. Abramov) 

[4] "First Pictures of Earth from a Soviet Spacecraft", Space Chronicle, Vol. 71, pp.1-40, 2018

[5] Dan Fromm, "Unlikely lenses on 2¼ x 3¼ Graphics Part 2 : Lenses useful out-and-about at normal distances", Mod.2011

 

GFXマウントへの改造

今回は市販の部品のみでレンズをGFXマウントに改造しました。使用したのは下記の部品です。広角レンズ用のメタルレンズフード(67mmフィルター径用)を使用しているところが工夫点です。ルータを使いフードの内側を0.5mm程度削りました。使用したヘリコイドはM65の間口を持つ17-31mmのタイプです。

 

入手の経緯

軍用レンズとしては比較的流通量が多く、eBayなどでも安定して見つけることができます。中古相場はおおむね 250ドル前後 からで、この価格帯は10年前からほとんど変動していません。

私自身は約10年前にeBayを通じてウクライナのカメラ店から300ドル弱(250ドル+送料)で購入しました。出品時のコンディション表記は MINT(美品・保管品) で、実際に届いた個体も記載どおり極めて良好な状態でした。軍用光学機材のわりに保存状態の良い個体が比較的見つかる点も、このレンズの特徴と言えるかもしれません。

ただし、現代のカメラで使用するには マウント改造が必須 です。残念ながら、改造済みの個体は市場にほとんど出回っておらず、基本的には 自分でDIY改造できる人が手を出せるレンズとなります。鏡胴が重厚で構造も特殊なため、改造の難易度は決して低くありません。単に「珍しい軍用レンズを試してみたい」という軽い動機では手を出しにくいものの、工作に慣れた方にとっては非常に魅力的な素材となるでしょう。

KOMZ URAN-27 100mm F2.5:  絞り F2.5-F16, 設計構成 5群7枚, イメージフォーマット 80x80mm, 絞り羽枚数 12枚, 鏡胴はフルメタル構造の軍用仕様で、弾丸をも跳ね返し、重量は1kgを軽く超える堅牢なつくりです

撮影テスト

オールドレンズとしては、とても面白い描写です。開放から良好な解像力を備えつつ、ピント面にはごく僅かな滲み(コマフレア)が重なり、質感を繊細に描き出します。1段絞ると滲みは消え、描写は一気にクリアで端正な表情へと移行します。ただしコントラストは絞っても殆ど変化せず、軟調で豊かなトーンが一貫して保たれます。発色も鮮やかになるというよりは、むしろ開放から一定です。黒つぶれを意図的に避けるような設計思想が感じられ、この種の特性は航空撮影用レンズに有利に働くという話をどこかで耳にした記憶があります。

光には非常に敏感で、逆光では盛大なハレーション(グレア)が発生しますが、むしろその特性を積極的に活かして描写をコントロールする楽しさがあるレンズです。ボケは撮影距離に左右されず安定しており、二線ボケやバブルボケの傾向も見られません。Eshmakov氏の表現を借りるならば、このレンズの背後のボケは油絵のように絵画的であるそうです。発色はかなり温調気味なので、気になるようでしたら、デジタルカメラの設定で少し補正を加えるとよいと思います。

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(FS:St, WB: 日光)

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(FS:St, WB: 日光)

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(FS:St, WB: 日光)
F6.3 Fujifilm GFX100S(WB:日光) 絞っても黒つぶれはありません。コントラストもあまり変化しません


F6.3  Fujifilm GFX100S 絞っても繊細なトーンが維持されています。おもしろい描写ですね   

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光) 軟調にふって意図的に黒つぶれを避けているような印象をうけます。シュールな写真にはもってこいの、とても面白いオールドレンズです
F2.5(開放)

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)
F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)

F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)
F2.5(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)

2026/01/15

Cooke SPEED PANCHRO and its Origins

スピード・パンクロとその源流を辿る

プロローグ

テーラーホブソン社のスピード・パンクロ(Speed Panchro)は、1930年代から50年代にかけてハリウッドの映画業界を魅了し続けた、英国生まれの伝説的シネマレンズです。いわゆる “Cooke Look” と称される温かみのある描写、なだらかなトーン、美しいフレアは、人物の肌を自然かつ上品に引き立てることで知られ、今日に至るまで映画制作者たちの憧れの存在であり続けています。

2026年の新企画では、このスピード・パンクロに焦点をあてます。同社が生み出したシネマ用レンズを取り上げ、その魅力を紹介したいとおもいます。ブログで扱うモデルは、以下の6本です。

  • KINIC 76mm(3 inch) F2
  • Speed Panchro Series I 50mm F2
  • Deepfield Panchro 100mm F2
  • Speed Panchro Series I 25mm F2
  • Kinetal 50mm F2
  • Speed Panchro Series II 75mm F2

2025/12/30

Carl Zeiss Jena BIOTAR 8cm F2



戦前のCarl Zeissにはゾナーやテッサーといった主力レンズがありましたので、ガウスタイプのビオターが活躍する余地は限られていました。ビオターがこれらと肩を並べるようになるにはガラス性能の向上とコーティング技術の実用化を待たねばなりませんでした。

写真用ビオター初の量産モデル

Carl Zeiss Jena BIOTAR 8cm F2 (Nacht Exacta)

今日私たちが知るビオターの原型が登場したのは1927年のことで、W・メルテが映画撮影用に設計したBiotar 4cm F1.4がその最初のモデルとされています[1]。レンズにはショット社が新開発した高屈折率のバリットフリントガラスBaf9が使用され、球面収差とコマ収差の補正効果が飛躍的に向上、色収差の補正は依然として劣悪でしたがガウスタイプの可能性が大きく拓かれたのでした。じつは、それ以前にもビオターの名称を冠したレンズは存在しましたが、いわゆるダブルガウス型ではなく、光学系譜としては全く異なる設計思想に基づくものでした[1]。

写真用ビオターに注目が集まり始めたのは1929年頃からで、ショット社が高性能なランタン系ガラスの開発に成功した時期と重なります。写真用モデルの開発のカギは、実用画角45度程度をいかにして実現するかでした。この時期にWメルテは焦点距離5cm35mmライカ判に対応した最初の写真用ビオター(Biotar 5cm F1.4)を試作しており、根拠資料は見当たりませんが、おそらくこのレンズには新開発のショット社製ガラスが使われていると予想できます。ただし、広い包括画角にわたって良好な画質を得るにはガラス硝材の更なる進歩が不可欠であり、当時の技術水準ではまだ時期尚早だったようです。製造本数は約100本にとどまり、量産には至っていません。1931年にはCONTAX用にも同様に約100本が製造されましたが、これも試作的性格が強く、量産品とは呼びがたいものでした。

W・メルテが写真用ビオターの開発に本格的に着手したのは1931年頃とされており、口径比をF2に抑えたモデルの設計に取り組み、同年夏にはBiotar 5cm F2の試作品が登場しています。ただし、このモデルも製造本数は僅かで量産化には至りませんでした。依然としてゾナーやテッサーに対するアドバンテージを見出せなかったのでしよう。メルテによる改良は続きます。

ようやく量産品と呼べるモデルか登場したのは1933年で、Biotar 8cm F2が市場に投入されたのが最初です(構成図は下図)。この量産化を後押ししたのが、1930年に登場したランタン系特殊光学ガラスBaF10であり、光学系に組み込むことで、実用的な包括画角を従来の30度から50度へと拡大することが可能となりました[1]。とはいえ、1930年代のドイツは経済的混乱と政治的緊張の渦中にあり、特殊光学ガラスの安定供給は技術的にも体制的にも困難を極めました。供給体制の確立には、1939年にショット社が導入した新たな製造技術の登場を待つ必要があり、ランタン系ガラスはビオターの光学系の一部(後玉)に限っての適用にとどまりました。このガラスの本格的な実用化がはじまるのは第二次世界大戦の終結後です。

左:設計者Wメルテの似顔絵,  右:BIOTAR 8cm F2の構成図, 構成図は文献[3]に掲載されていたものをトレーススケッチした。左が対物側、右がカメラの側。レンズの設計構成は4群6枚のガウスタイプで、1933年10月に設計されました


 

今回取り上げるBIOTAR 8cm F2は、中判645フォーマットを採用した一眼レフカメラのナハト・エキザクタに搭載する交換レンズとして、1934年から1938年にかけて供給されたモデルです[3]。このモデルは下の写真のようなアダプターを介して、少し後に発売された35mm判のキネ・エキザクタ(1936年発売)にも流用されました。ただし、この流用は場繋ぎ的なもので、同年に新設計されたBiotar 75mm f1.5が1939年に登場したことで役割を終えています。市場にはナハトエキザクタ用とキネエキザクタ用が、合わせて1500本供給されました[4]。ちなみに、このキネ・エキザクタには標準レンズのBIOTAR 5.8cm F2も市場供給されています。また、1938年には中判6×6フォーマット対応のエキザクタ66用としBIOTAR 10cm F2が登場、約400本が市場供給されています。1937年頃からガラス面に単層コーティング(Tコーティング)が蒸着されるようになり、光学性能の一層の向上が図られています。こうして徐々にではありますが、ガウスタイプレンズの発展に必要な技術的基盤が、Carl ZeissではBIOTARを基軸に整えられていきました。

終戦後はビオター58mm F2と75mm F1.5の2つのモデルのみ残されます。これらは後継製品のパンコラー50mmF2と75mmF1.4が登場するそれぞれ1959年と1969年まで生産が続けられました。

35mm判一眼レフカメラののキネ・エキザクタに搭載(流用)するための純正アダプターを装着したところ。このアダプターにはフォーカッシング機構(ヘリコイド)が標準装備されています。純正フードも装着しました。カメラの側はエキザクタマウントに変換されます。ただし、このアダプター経由ですと、中判デジタルカメラのGFXでは写真の四隅がケラレてしまいます
 















レンズの市場価格

流通量は非常に少ないものの、eBayには時々出てくるレンズです。オークションにおける個人売買の取引額は、状態の良い個体で8001100ユーロ、海外の専門店での取引額は12001400ユーロあたりです。流通している個体の大半はコーティングのないモデルですが、今回取り上げるレンズのようにコーティング付きモデルもあり、第二次世界大戦前の僅かな期間に少数のみ生産されたものと考えられます。レンズは2本ともlense5151さんからお預かりした個体です。

参考文献・資料 

[1] zeissikonveb.de; BIOTAR

[2] DRP Pat. 485,798(1927)

[3] Jhagee cameras, STEENBERGEN&C9 (1939) 構成図が掲載されている

[4] Carl Zeiss Jena Fabrikationsbuch Photooptik I/II

Carl Zeiss Jena BIOTAR (ノンコート) 8cm F2: 1934年製・最初期, 絞り F2-F16,  絞り羽 18枚, マウント径 M39.5(Nacht EXAKTA), 重量(実測)356g , フィルター径 48mm, 設計構成  4群6枚ガウスタイプ
Carl Zeiss Jena BIOTAR  T (シングルコーティング)  8cm F2:  1937年製・最後期, 絞り羽  13枚, 絞り F2-F16, マウント径 M39.5(Nacht EXAKTA), 重量(実測) 404g, フィルター径48mm,  設計構成  4群6枚ガウスタイプ
 
 

撮影テスト

モノクロ時代に設計されたレンズらしく、階調の中間域を丹念に拾い上げる描写が印象的で、やはりモノクロ撮影においては卓越した表現力を発揮します。一方、カラー撮影では淡く控えめな発色が特徴で、あっさりとした色調が写真に独特の味わいを添えます。

開放ではピント面にわずかな滲みが生じ、柔らかく穏やかな質感描写となります。そのためコントラストは低めで、全体として軟調な印象を与えますが、一段絞ることで滲みは解消され、シャープでキレのある描写に変化します。

屋外での撮影時には逆光でハレーション(グレア)が顕著に現れ、画面全体が白く飛ぶことがあります。これを避けるには、フードの使用が不可欠です。

ビオターといえば、58mm F275mm F1.4に見られる特徴的なグルグルボケが知られていますが、本レンズ(8cm F2)ではその傾向は控えめです。近接からポートレート域にかけて、四隅にわずかな像の流れが見られる程度で、全体としては落ち着いたボケ味となります。

 後期モデル(Tコート付)x Fujifilm GFX100S

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:曇空, FS: CC)


F4  Fujifilm GFX100S(WB:曇空, FS: CC)





F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)  
F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)


F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)


F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)

F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)
F2(開放) Fujifilm GFX100S (WB:auto)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto)





F2.8  Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS:CC)


F2.8  Fujifilm GFX100S(WB:曇空,FS: CC)










初期モデル(ノンコート) x Fujifilm GFX100S 

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)
F5.6  Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)


F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)























F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:auto, FS: Standard)
F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:Auto, FS :Standard)




































2025/12/28

LEITZ Canada ELCAN 3inch F2


















冷戦期を見つめた眼 ー ライツ・カナダ社の航空偵察レンズ

LEITZ Canada ELCAN 3inch F2(AERIAL LENS)

Leitz Canada社の ELCAN 3inch F2 は、英国Vinten社の航空機用カメラ F.95Mk.6型)に搭載され1970年代に用いられた中判6x6cmフォーマット対応のレンズです。カメラの方は1950年代半ばより英国空軍(RAF)所属の航空機グロスター・ミーティア、ホーカー・ハンター、スーパーマリン・スウィフト、さらにイングリッシュ・エレクトリック・キャンベラPR3PR7PR9などに搭載され、冷戦期における戦術偵察の主力装備として広く用いられました。ただし、ハンターとスゥイフトは1970年までに退役していますので、実際にELCANレンズが搭載された可能性のある機体はキャンベラとグロスター・ミーティア(1970年代は訓練/連絡機として運用)です。

英国空軍のカメラにドイツ系光学技術が組み込まれた事例は極めて稀で、地上目標の識別精度を高める事が最優先された特殊偵察任務において、解像力を重視するというNATO軍の要求に応えるために、ELCANレンズが採用されたのです。欧州の政治的な問題から距離を置くことのできるカナダ製のライツレンズはNATO軍の装備として好まれたようです。

ELCAN構成図(文献[1,2]の掲載図からトレーススケッチ)

光学設計は上図のような57枚構成のELCAN型で、ガウスタイプの絞り直後に薄い凸メニスカスレンズを配置しています。ちなみに、この構成はライツSUMMILUX 35mm F1.4(1958年設計) と同一のものです。レンズの設計を手がけたのは、ライツ・カナダ社のウォルター・マンドラー(設計部長)とエリック・ワグナーで、1958年に設計されたとの記録があります[1,2]。マンドラー博士はマックス・ベレークから直接指導を受けた最後の弟子とされ、ライカ在籍時に45を超えるレンズを設計、ライカM/Rマウント交換レンズシステムの構築に大きく貢献した名設計者として知られています。

ミーティア(上図・左)は英国航空機メーカー、グロスター・エアクラフト社が開発した連合国軍側初の実用ジェット戦闘機で初飛行は1943年。70年代へ第一線では用いられませんでしたが、訓練機や連絡用機として運用されていましたので、ELCANが搭載された可能性があります。キャンベラPR.9(上図・右)は英国航空機メーカー、イングリッシュ・エレクトリック社が開発した英国空軍のジェット軽爆撃機で初飛行は1958年。70年代も第一線で活用されていました。2008年に退役しているので、この機体にはELCANが搭載されていたと予想されます





レンズのフォーマットは6x6cmインチ)のスクウェアフィルムに対応しており、中判フィルムカメラとの相性が良さそうです。今回はレンズをM65直進ヘリコイドに換装し、カメラ側をM65-GFXカメラアダプターで末端処理することで、Fijifilm GFX100Sで使用してみることにしました。ちなみに、海外のオンラインショップにはM65-SONY EアダプターやM65-Nikon Zアダプターなど、いろいろありますので、部品の組み合わせを変えれば、フルサイズミラーレス機でレンズを使用することも可能です。

参考文献・資料

[1] R. Kingslake "A history of the photographic lens"

[2] US Pat. 2975673(1958);  UK Pat. 867266(1958)

[3] Leitz Photographica Auction: LOT235 (2017)

M65直進ヘリコイドに換装し、Fujifilm GFXマウントに変換するための部品セット。すべて市販の部品です


  

 入手の経緯

この種のレンズは、市場に出回る機会が非常に少ないため、明確な相場が形成されにくいという特徴があります。海外オークションや eBay などの取引事例を参考にすると、おおよそ 2,0003,000ドル(現在のレートで約3045万円) がひとつの目安といえます。ライツ公認のオークションサイトLEITZ PHOTOGRAPHICA AUCTIONではこちらのコンディションA/Bの個体に対し、2017年11月に2000-2400ユーロの評価額が示されており、3600ユーロで落札された記録があります。日本の中古市場の出品はきわめて稀で、ヤフオクやメルカリなどに姿を見せることはほとんどありません。

今回紹介しているレンズは、約10年前にeBay にて即決価格で手に入れたものです。シャッターユニットはなく、レンズヘッドの状態で出品されていました。届いた個体にはわずかなホコリの混入が見られたものの、カビやクモリはなく、ガラス自体は良好な状態を保っていました。

Leitz Canada ELCAN 3inch F2: フィルター径 77mm, 絞り F2-F22, 設計構成 5群7枚ガウスタイプ発展型(エルカン型),  絞り羽 10枚構成,フォーマット 6x6cm(2¼インチ・スクエア)フィルムに対応, レンズヘッドの側面部には2.5inchネジが刻まれている


 

撮影テスト

中判カメラ用レンズとしては卓越した解像力を備えており、Fujifilm GFXシリーズやフルサイズ機といった小さなイメージフォーマットのカメラに装着しても、性能不足を感じる場面はありません。ただし、この種の航空写真用レンズはどれも無限遠での解像度を最適化しており、近接撮影時には像がやや甘くなります。開放ではわずかにフレアが見られるものの、中央から中間画角にかけては密度の高い像が得られ、線の細い繊細な描写が際立ちます。一方で四隅にはわずかな甘さが残ります。またデジタルカメラで使用した場合、開放では色収差が目立ち、白っぽい被写体を等倍で確認すると輪郭に色づきが現れます。しかし、これらはほんの少し絞るだけで完全に解消し、画面全体がすっきりと整った描写へと変化します。良像域も四隅まで広がり、全体として緻密で安定した画質が得られます。なお、絞り込んでもトーンが硬くなることはありません。

空撮用レンズには、地上撮影時に微妙な濃淡差を拾えるよう、意図的にコントラストを抑えた設計のものがあると聞きますが、このレンズもまさにその思想に沿った描写傾向を備えているようです。トーンを丁寧にすくい上げ、黒つぶれしにくい豊かな階調表現が特徴的です。歪曲収差も良好に補正されています。特筆すべきは逆光耐性で、太陽光を画面内に入れてもコントラストの低下は最小限に抑えられ、発色も十分に鮮やか。逆光耐性は現代レンズにも引けを取らないレベルで、コントラストが過剰にならず、逆光でも落ち込まず、どのような条件下でも揺るぎない安定感を保ちます。海の青は深く、濃く、実に美しく描写されます。軍需用途として供給された背景の詳細は不明ながら、あえてドイツの光学技術が選ばれた理由は、このレンズの性能そのものが雄弁に物語っています。

それでは、まずは摩天楼を見下ろす空撮カットから、続いてポートレート撮影へと進んでいきましょう。撮影日は快晴予報だったものの、実際には曇天で、わずかに霞がかかってしまったのが惜しまれます。

F5.6  Fujifilm GFX100S(WB: 曇空)さて、ロケ地はどこでしょう?
f4  Fujifilm GFX100S(WB:曇空)ロケ地はこちら。東京スカイツリーです
F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:曇空)



































 

開放F2と絞りF5.6の空撮による画質比較を見てみましょう。

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:曇空)中央はたいへん高解像で、rowデータではビルの各部屋のベランダの様子や屋外機のデザインまでクッキリと判別できます。一方で四隅の像は厳しめ。開放ではフレアが出ていますが、等倍近くまで拡大しないとわからないレベルです

F5.6 続いて絞った写真がこちら。四隅までしっかりとした画質です。フレアは全くなく、高解像。見事な描写力です。
F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:曇り空)
F5.6 Fujifilm GFX100S(WB:曇空) カヌーを漕いでいる人がいます。GFX100Sの一億画素でrowデータでみると着ている服のデザインまで判別できます


  

続いてスナップ写真も何枚か。普段の使い方ではどうでしょう。

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光) コントラストはかなり良く、発色も鮮やかです。コーティングの性能が非常に良さそう

F4  Fujifilm GFX100S(WB:日光)開放と比べてもコントラストはあまり変化しません

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光) やはり無限遠で最高の画質になるよう設計されているようで、このくらい近い場合は絞らなければ解像力が落ちます

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光) 逆光には非常に強いレンズです

F5.6  Fujifilm GFX100S(WB:日光)

F2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:日光)