おしらせ


2021/06/20

LOMO OKC1-56-1 56mm F3 and OKC4-75-1 75mm F2.8 (70mm film lenses)


LOMOの映画用レンズ part 10

ワイドスクリーン用の70mmフィルムに対応した

LOMOのシネレンズ

LOMO OKC1-56-1(OKS1-56-1) 3/56 and OKC4-75-1(OKS4-75-1) 2.8/75

かつて商業映画は35mmフィルムでの撮影が標準規格でしたが、1960年代に入るとワイドスクリーンへのニーズが高まり、70mmフィルム(52.5x23mm)と呼ばれる大きく横長なフィルムによる撮影規格が普及しました。70mmフィルムを用いた史上初の上映映画は1955年に米国で上映されたフレッドジンネマン監督によるミュージカル映画の「オクラホマ!」で、更に「ウエストサイドストーリー」(1961年)、「クレオパトラ」(1963年)、「サウンドオブミュージック」(1965年)、「2001年宇宙の旅」(1968年)などの名作が続きます。ロシア(旧ソビエト連邦)では1961年にユリア・ソーンツェア監督によるドラマ映画の「戦場(Chronicle of Flaming Years)」が公開され、これが70mmフィルムによる最初の上映作品となりました。この映画は同年にカンヌ映画祭で最優秀監督賞を受賞しています。

今回紹介するOKC1-56-1 56mm F3とOKC4-75-1 75mm F2.8はロシアのLOMOが旧ソビエト連邦時代の1960年代中頃に70mmフィルム用に開発した映画用レンズで、1966年の映画機材のカタログ[2]に掲載されています。1963年のGOIのレンズカタログ[1]には未掲載ですので、この間に発売されたようです。設計構成は両レンズとも下図のようなガウスタイプの発展型(4群7枚構成)で、後玉を2枚の貼り合わせにすることで被写体の輪郭部が色付いて見える色収差を効果的に補正するとともに、無理のない口径比F3/ F2.8で画角端でも30線/mmを超える良好な解像力を維持しています。

これらは通称RUSSIAと呼ばれたスタジオ向け映画用カメラの1СШС(1エス・シャー・エス)や70CΚ(70エス・カー)、ハイスピード用の70KCK (70カー・エス・カー)、小型ハンドシネカメラの1KCШP (1カー・エス・シャー・エル)などに搭載する交換レンズとして市場供給されました。これらカメラには他にもKino RUSSAR-10 3.5/28, OKC4-40-1 3/40, OKC2-100-1 2.8/100, OKC1-125-1 2.8/125, OKC2-150-1 2.8/150, OKC1-200-1 2.8/200, OKC1-300-1 3.5/300など70mmフィルム用の多数の交換レンズ群が用意されています。

OKC1-56-1(左)とOKC4-75-1(右)の構成図:GOIレンズカタログからのトレーススケッチです。設計構成は両レンズとも4群7枚の変形ガウス型

 

70mmフィルムのフレームサイズは52.5x23mmで、35mmフィルム(ライカ判)に対し面積比1.57倍の大きさを持ちます(下図)。中判デジタルセンサー(面積比1.69倍)を搭載したGFXシリーズとの相性がよさそうです。

撮影フォーマットの比較

参考文献

[1] レンズは1970年のGOIのレンズカタログに既に登場しています。1963年のカタログには未だ登場していません。

[2] 70mm CINEMATOGRAPHY CAMERAS AND EQUIPMENT, MOSCOW (1966-1967年頃の書籍)

[3] wikipedia: 70mm film, wikipedia : List of 70mm films

 
OKC1-56-1(OKS1-56-1) 56mm F3: 解像力 中心65LPM,画角端 32LPM,  重量(カタログ値) 101g, 透過率0.76, マウントネジ径 33mm, 絞り羽枚  7枚構成, 絞り F3(T3.3)-F16, 設計構成 4群7枚(変形ガウス型)   

OKC4-75-1(OKS4-75-1) 75mm F2.8(T3.2):解像力 中心55LPM, 画角端 40LPM, 重量(カタログ値)120g, 透過率0.76, マウントネジ径 36mm, 絞り羽枚構成 16, 絞り F2.8-F16, 設計構成 4群7枚(変形ガウス型)






 

レンズの入手方法とマウント改造

両レンズとも国内での流通はまず無いと思ってください。映画用のプロフェッショナル向けのレンズです。私自身は2020年秋にeBay経由でロシアのセラーから入手しました。相場はOKC1-56-1が40000円~50000円、OKC4-75-1が40000円程度で、数は多くないですがeBayには常時出品されている様子です。両レンズともレンズヘッドの状態ですので、写真用のカメラで使用するにはアダプター経由で直進ヘリコイドに搭載します。アダプターはロシアのRafCameraがeBayにて特製品を販売していますが、なかなか高額なので、近いネジ径のステップダウンリングを据え付ければ安上りでしょう。私はeBayで購入したM36-M39変換リングをOKC4-75-1に、M33-M42変換リングをOKC1-56-1にそれぞれ用いて、レンズを直進ヘリコイドに搭載しました。OKC1-56-1はM42-M39ヘリコイド(17-31mm)に搭載してカメラ側をライカLマウント(もちろん距離計には非連動)に変換、OKC4-75-1はM42-M42ヘリコイド(21.5-49mm)に搭載してカメラ側をM42マウントに変換して用いました。



撮影テスト

両レンズともイメージサークルはGFXシリーズに搭載されている中版デジタルセンサーを余裕でカバーでき、暗角は全く出ません。画質的に驚いたのは開放で白い被写体の輪郭部が色付いて見えるパープルフリンジ(軸上色収差)が全く出ない点です。両レンズとも素晴らしい性能のレンズです。

今回はメンズポートレートですが、念願がかない以前から撮りたかったヒューさん(Hugh Seboriさん)を撮影させていただくチャンスに巡り会えました。Fujifilmのフィルムシミュレーションのエテルナ・ブリーチバイパスを使い、ヒューさんを映画用フィルムの「銀残し」の世界にお連れしました。男前ですわぁ

OKC1-56-1 56mm F3 + Fujifilm GFX100S

GFXシリーズでは35mm換算で焦点距離43mm 口径比F2.3と同等の写真が撮れます。開放からシャープネスが高くコントラストも充分、スッキリとした透明感のある画作りができます。中央はGFX100Sの1億画素を活かせる高解像な画を出してくれます。広い中判センサーを用いた場合でも写真の周辺部まで滲みのない充分な解像感が保たれています。ボケには安定感があり、グルグルボケや放射ボケが目立つことはありません。輪郭が強調される硬めのボケ味で質感のみを潰した描写のため、背景が絵画のように画かれます。スナップ向きのたいへん高性能なレンズです。

F3(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 ) 被写体のモデルさんを拡大しても、かなりの解像感です

F3(開放)  Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )

F3(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )
F4 Fujifilm GFX100S(Film Simulation: Standard, WB:⛅)

F5.6 Fujifilm GFX100S(Film Simulation:Standard, WB:⛅)

F5.6 Fujifilm GFX100S(Film Simulation:Nostalgic Neg. Shadow Tone -2, COlor:-2, WB:⛅)

F3(開放) Fujifilm GFX100S(Film Simulation:Nostalgic Neg., Shadow tone:-2, Color:-2 )




 

OKC4-75-1  75mm F2.8 + Fujifilm GFX100S

GFXシリーズでは35mm換算で焦点距離58mm 口径比F2.15と同等の写真が撮れます。開放ではOKC1-56-1よりも若干柔らかい描写ですが、中心解像力は驚くほどあります。コントラストは良好で色濃度も充分です。ボケには安定感があり、背後のボケはとても綺麗。トーンはとてもなだらかで、やや柔らかい開放描写と相まってポートレート向きの美しい質感表現が可能なレンズです。

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )


F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:ETERNA Bleach Bypass, Shadow Tone:-2, Color:-2 )

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:Standard)

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:Standard)

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(WB:AUTO, Film Simulation:Standard)

2021/06/15

Carl Zeiss Jena BIOGON 3.5cm F2.8 Contax RF mount

オールドレンズの評論家達がこの広角レンズを、言葉を尽くして褒めたたえます。BIOGONを手にすると、ツァイスがレンズ設計の偉大なイノベーターであることを実感できるというのです。いったい何がそんなに凄いのか、BIOGONの秘密を紐解く手がかりがレンズ構成にありました。

ベルテレの広角ゾナー part 1

カメラの都合など考えもしない大きな後玉が
レンズマニアたちの心をグラグラと揺さぶる
Cael Zeiss Jena  BIOGON 3.5cm F2.8

BIOGON(ビオゴン)はカール・ツァイスが戦前の1936年に同社の高級レンジファインダー機CONTAX II/III型に搭載する広角レンズとして発売しました。先代のCONTAX I型(1932~1936年)の発売にBIOGONは間に合わず、I型には暗めの広角TESSAR 28mm F8が供給されていました。明るい広角レンズの登場は手持ちでの撮影を可能にしてくれるとあって、BIOGONの登場はCONTAXユーザにたいへん歓迎されました。同じ時期のLeicaには広角Hektor 2.8cm F6.3が搭載されていましたので、F2.8は他社を圧倒する異次元の明るさだったわけです。BIOGONは広角レンズとしては当時世界で最も明るいレンズでした。

レンズを設計したのはSONNAR(ゾナー)の設計者として名高いZeissのL.Bertele(ベルテレ)で、レンズはSONNARを起点に開発されました(下図)。BIOGONにはSONNARに由来する描写特性が色濃く受け継がれており、これらレンズの描写に共通する普遍性は写真の画質に対するBertereの揺るぎない理念であったと考えられます。

Sonnarにはもともと画角を広げ過ぎると非点収差が急激に増大するという収差的な弱点があるため標準~中望遠に向いていましたが、広角レンズに適合させるには基本設計に大幅な改良を施す必要がありました。Sonnarの優れた性質を維持しながら、同時にこのレンズの弱点を克服することがBIOGON開発時の着眼点だったのでしょう。Berteleは研究を重ね、後玉を巨大化させる新たなアイデアに辿りついたのです。当時、他に類を見ない特異なレンズ設計を打ち出すことで、SONNARを広角レンズに適合させてしまったベルテレ。彼の天才ぶりが遺憾なく発揮され生み出されたのが、このBIOGONでした。

BIOGONと言えばストリートフォトグラファーの写真家Robert Frankが有名で、代表作の写真集「The Americans」(1958年)は1950年代のアメリカのイメージを批判的に写した歴史に残る名作と言われています。Robert Frankは改造BIOGON 35mmをライカにマウントして使っていました[2]。

Sonnar(左)からBIOGON(右)に至る光学設計の系譜。こうして並べ比べてみると、BIOGONは確かにSONNARをベースに造られたレンズであることがよくわかります。今回取り上げるBIOGONの設計は左から3番目です。BIOGONの構成図はZeiss Ikon社の1938年のカタログおよび、Berteleが出願した一連の特許資料からトレースしました

 

BIOGONは戦前の1934年に原型がつくられました。この原型はSONNARの各レンズエレメントのパワーバランスを変更した設計で、構成はSONNARと全く同一でした(上図・左から2つめ)。製品版のBIOGONが登場したのは1936年で、このモデルでは前群の3枚の接合ユニットが2枚に簡略化されるとともに、後群にはり合わせレンズを1枚追加し、後群側の設計自由度が補強されました(上図・左から3つめ)[3]。このモデルは戦後も製造が続けられています。戦後は西ドイツのZeiss-Optonからも別設計のBIOGON(通称オプトン・ビオゴン)が発売されます。このモデルでは後群のガラスの厚みを利用して屈折力を稼ぐとともに、レンズエレメントの構成枚数が6枚に削減されています(上図・右)。

参考文献

[1] Marco Cavina’s wonderful HP: marcocavina.com

[2] 田中長徳 「ロバート・フランクとカール・ツアイス・イエナ・ビオゴンを語る」御茶ノ水のギャラリー・バウハウス(2013)

[3] Zeiss Ikon社 公式カタログ(1938) 内の構成図

Carl Zeiss Jena BIOGON 3.5cm f2.8: フィルター径 40.5mm, 重量(実測) 115.5g, 絞り羽 5枚構成(F2.8-F22) , 最短撮影距離 0.9m, 4群7枚BIOGON型, Contax RF/マウント, Tコーティング

入手の経緯

現在のビオゴンの相場は500ドル前後です。製造から半世紀もの歳月が経ちますが、まだまだ流通量がありますので、コンディションの良い個体をじっくり探すことをおすすめします。今回ご紹介している個体は2019年夏にドイツ版eBayにて、コレクターと称する個人の出品者から落札しました。レンズのコンディションは大変よく、拭き傷すらない美品でした。

デジタルミラーレス機へのマウント

このレンズは後ろ玉が大きく飛び出ており、使用できるカメラが限られています。懐の広いフルサイズミラーレス機なら問題ありませんが、APS-C機(リコー製以外)とマイクロフォーサーズ機では後ろ玉がカメラの内部と接触してしまい、物理的にマウントできません。注意してください。

使用するマウントアダプターはコンタックスRF(レンジファインダー機)用レンズのものを使います。この種のアダプターにはヘリコイドを内蔵した外爪・内爪両用のタイプと、外爪のみのタイプがあり、どちらのタイプのアダプターでも大丈夫です。前者は値段が高いので後者がおすすめで、カメラ側をライカMマウント(距離計には連動しない)に変換している製品とEマウントなど直接ミラーレス機のマウントに変換している製品があります。おすすめなのはライカMマウントに変換しているタイプで、その先をライカMからミラーレス機に繋ぐヘリコイド付きアダプターと組み合わせることで最短撮影距離を短縮できます。BIOGONは最短撮影距離が0.9mとやや長めなので、この使い方ですと、近接撮影にも対応できます。 

撮影テスト

解像力よりは階調描写やコントラストで押し切るタイプのレンズです。開放から中央はハッとするほどシャープでヌケもよく、画面全体のコントラストもたいへん良好、発色もたいへん鮮やかですが、ピント部の四隅では非点収差のため像面が大きく分離しピントがあいません。滲み(倍率色収差)も出ます。もちろん絞れば良像域は拡大し画面全体で高画質になります。歪みは微かに糸巻き状ですが、よく補正されています。背後のボケにも非点収差の影響がみられ、四隅の点光源には放射方向(サジタル方向)にツノが生えています。レンジファインダー機用の広角レンズでは周辺部に光量落ちが見られることが多いのですが、このレンズでは、それが殆どありません。

F2.8(開放) sony A7R2(WB:⛅) 開放からコントラストは高く、スッキリとヌケの良い描写です



















F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰) ポートレートの距離で使う場合は、四隅の画質はそれほど気にはなりません
F2.8(開放) sony A'R2(WB:日光)

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光)

F2.8(左)とF5.6(右)での画像の比較: SONY A7R2(WB:⛅) 点光源が四隅でコマ収差の影響をうけ尾を引きます。開放から中央はシャープですが、遠方撮影時に四隅に目を向けると非点収差の影響が目立つようになります。どうせ引き画なんだから絞ればいいわけですが

2021/06/13

A.Schacht Ulm S-TRAVEGON 35mm F2.8 R (M42 mount)


レンズ設計者のベルテレ(L.J.Bertele)は戦後にゾナー(SONNAR)を広角化させるもう一つのアプローチを開拓し、一眼レフカメラへの適合までやってのけます。こうしてうまれたのがトラベゴン(TRAVEGON)で、シャハトのためにベルテレがレンズ設計を提供しました。シャハトとベルテレは互いに支え合い困難を乗り越えてきた盟友と呼べる間柄であったようです。

シャハトの一眼レフカメラ用レンズ part 2
ベルテレの広角ゾナー part 2

ゾナーから派生した
レトロフォーカス型広角レンズ

A.Schacht Ulm TRAVEGON 35mm F2.8

ベルテレとシャハトの関係については、文献[1-2]に重要な記載が見られます。共にミュンヘン出身である二人は戦前のZeiss Ikon社に在籍していた時代から親交がありました。シャハトは1939年に故郷ミュンヘンのSteinheil社にテクニカルディレクターとして引き抜かれ移籍します。その間、ドイツではナチスドイツが台頭し、シャハトはナチスの熱狂的な支持者となってゆきます。移籍後のシャハトはSteinheilで潜水艦、装甲車両、軍用機の光学システムの開発に関わります。ベルテレも1940年にドレスデンのZeiss IkonからSteinheilへと移籍することを切望します。この時、シャハトはSteinheilの上層部にかけ合ってベルテレの採用を推薦します。しかし、Zeiss Ikonは天才設計者を手放すことを拒みました。シャハトは政治的な根回しで便宜を図るなどベルテレの希望をかなえるため手を尽くし、彼を助けました。そして、1941年にベルテレはついにSteinheilへの移籍を果たすのです。しかし、二人がSteinheil社に在籍した期間は、そう長くはありませんでした。

1945年にドイツは降伏し終戦を迎えます。ところが、シャハトは終戦後もナチ・イデオロギーを改めることはなく、そのことが原因でSteinheil社を解雇されてしまいます。経済的・社会的に孤立したシャハトは1948年に自身の光学メーカーA.Schcht社を興しますが、こんどはベルテレがレンズ設計者としてシャハトに助けの手を差し伸べることとなるのです。こうして生まれたのがシャハトのレンズ群で、今回ご紹介するTRAVEGONはその中でも、ベルテレらしさを放つ独創的なレンズでした。レンズ構成を下図に示しすが、設計はゾナー同様に3群構成で、SONNARの前玉を正の凸エレメントから負の接合エレメントに置換して生み出されたユニークな形態で、Carl ZeissのBIOGON同様に広角ゾナーの一形態と言えます。広く言えばこれはレトロフォーカス型広角レンズの仲間ですので、短い焦点距離でありながらもバックフォーカスが長く、SONNARファミリーでありながらも一眼レフカメラに適合しています。シャハトとベルテレの友情が生み出した他に類を見ない設計のレンズがTRAVEGONなのです。




TRAVEGONにはF3.5とF2.8の2種類がありますが、1950年代に作られたアルミ鏡胴のモデル(前期型)にはF3.5の口径比のみが用意されました。一方で1960年代に登場したゼブラ柄のモデル(後期型)にはF3.5に加えF2.8のモデルが加わっています。また、数は少ないですが、TRAVEGONのF3.5のモデル(前期型)にはALPAの一眼レフカメラに供給されたALPAGON 35mm F3.5があります。

参考文献

[1] Marco Cavina, Le Ottiche Di Bertele Per-Albert Schacht --Retroscena

[2] Erhald Bertele, LUDWIG J. BERTELE: Ein Pionier der geometrischen Optik, Vdf Hochschulverlag AG (2017/3/1)

[3] 特許資料 (1956年)L.J.Bertele, Switzerland Pat.2,772,601, Wide Angle Photographic Objective Comprising Three Air Spaced Components (Dec.4, 1956/ Filed June 13,1955)

A.Schacht Ulm S-TRAVEGON 35mm F2.8 R: 絞り羽 6枚, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 0.5m, 重量(実測) 202, 絞り F2.8-F22, 3群7枚TRAVEGON型, この個体はM42マウント

レンズの相場

A.Schacht社のレンズは近年、再評価がすすみ、ベルテレの件もあって国際相場は上昇傾向にあります。トラベゴンも既にeBayでは400ドル以上の値で取引されています。ただし、日本ではこのような情報の流通が遅く、ヤフオクなどでは今だに3~4年前の値段(1.5~2万円程度)で取引されています。安く手に入れたいなら流通量こそ少ないですが、日本の国内市場が狙い目です。

撮影テスト

SONNARの形質を受け継いだ線の太い力強い描写が特徴で、欠点の少ない優秀なレンズです。開放からスッキリとヌケがよく、シャープな描写で発色も鮮やかです。フレアは開放でも殆ど出ません。ピント部の画質は四隅まで安定しており、レトロフォーカスレンズらしく周辺部の光量落ちも殆どありませんし、ボケも四隅まで安定しています。ただ、背後のボケはポートレート域でゴワゴワとやや固めの味付けになり、被写体までの距離や背後までの位置関係によっては2線ボケ傾向が見られます。もちろん近接では収差変動が起こり、ボケは綺麗になります。

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰)開放から充分なコントラストです。ボケが少し硬めですね

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰) 歪みは微かに樽形ですが、よく補正されています

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光) 逆光にはそこそこ強いです



































 

Travegon+Fujifilm GFX100S

F8 Fujifilm GFX100S(35mmフルフレームモード 少し左右をクロップ, Film Simulation: Standard)

F5.6 Fijifilm GFX100S(35mmフルフレームモード, WB:⛅)

F4  Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio: 16:9, FilmSimulation: E.B, Shadow tone :-2, Color:-2)

F4 Fijifilm GFX100S(Film simulation E.B, Shadow tone:-2, Color:-2)
F2.8(開放) Fijifilm GFX100S (35mmフルフレームモード, Film Simulation: Standard)

2021/06/02

試写記録: Astro Berlin Tachonar 75mm F1 modified to GFX mount


GFXで試写をしてほしいと依頼され、1週間程お借りしました。シネマ用レンズで知られるベルリン(旧西独)のアストロ社(Astro Berlin)が生産したTachonar 75mm F1です。Tachonarには焦点距離の異なる25mm, 35mm, 40mm, 50mm, 75mmが存在し、すべてF1の明るさです。シリアル番号から、本レンズは1960年頃に製造された個体であることがわかります。
今回入手した個体はデジタル中判センサーを搭載したGFXシリーズで使えるように改造されていました。このレンズには本来は絞りがありませんので写真撮影用に作られたレンズではありません。海外の文献にはサイエンティフィックな用途に用いられたレンズとの記載があります。一方で今回の個体には絞りを入れる大きな改造が施されていましたので、描写については本来ものであるか判りません。試写記録を残しておきますが参考程度にしていただくのがよいと思います。収差の大好きな方にはうってつけだと思います。
Astro Berlin Tachonar 75mm F1: 絞り羽 13枚, フィルター径 72mm前後, 重量(実測) 1015g, 改GFXマウント, 設計構成 5群5枚



設計構成は下図のような5群5枚で、エルノスターの前方に正のレンズを1枚追加し屈折力を更に稼いだような形態です。正レンズ過多でグルグルボケの原因になる非点収差が沢山出そうな構成です。

Astro Berlin TACHONAR F1: 構成は5群5枚で、エルノスターの前方に正レンズを一枚追加したような形態です。
 

撮影テスト
レンズは中判センサーを搭載したフジフィルムのGFXシリーズで使えるように改造されています。四隅は若干のケラレがみられますが許容範囲です。開放でグルグルボケが強烈に出るのが特徴です。中心はそこそこ解像しますが、四隅に行くにつれ収差の嵐に吞み込まれてゆきます。コントラストが低く歪みも大きいので、写真の用途に応じて絞りながら使うとよいでしょう。絞れば描写は大人しくなります。私は開放で使いますけれど。

F1(開放) Fijifilm GFX100S





















F1(開放) Fijifilm GFX100S










F1(開放) Fijifilm GFX100S
F1(開放) Fijifilm GFX100S
F1(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Film simulation:NN)















F1(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Film simulation:NN)




F1(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Film simulation:NN)


F1(開放) Fujifilm GFX100S(AWB, Film simulation:NN)

特集:Schachtの一眼レフカメラ用レンズ プロローグ

特集:Schachtの一眼レフカメラ用レンズ

プロローグ

告知が前後しましたが、前回のM-Travenarの記事に引き続きシャハト社(A.Schacht)のレンズを何本か取り上げてゆく予定です。扱うレンズはM-Travenar 50mm F2.8, S-Travegon 35mm F2.8 R,  S-Travelon 50mm F1.8 R, Travenar 90mm F2.8 Rの4本です。

A.Schacht社は1948年に旧西ドイツのミュンヘンにて創業、1954年にはウルム市に移転して企業活動を継続した光学メーカーです。創業者のアルベルト・シャハト(Albert Schacht)は戦前にCarl Zeiss, Ica, Zeiss-Ikonなどでオペレータ・マネージャーとして在籍していた人物で、1939年からはSteinheilに移籍してテクニカル・ディレクターに就くなど、キャリアとしてはエンジニアではなく経営側の人物でした。同社のレンズ設計は全て外注で、シャハトがZeiss在籍時代から親交のあったルードビッヒ・ベルテレの手によるものです。ベルテレはERNOSTAR、SONNAR、BIOGONなどを開発した名設計者ですが、戦後はスイスのチューリッヒにあるWild Heerbrugg Companyに在籍していました。A.Schacht社は1967年に部品メーカーのConstantin Rauch screw factory(シュナイダーグループ)に買収され、更にすぐ後に光学メーカーのWill Wetzlar社に売却されています。なお、シャハト自身は1960年に引退していますが、A.Schachtブランドのレンズは1970年まで製造が続けられました。

同社の企業としての格付けを知る手掛かりとして1964年のドイツ国内でのレンズプライスリストを参考にしたところ、一番高価なのがLeitzとKilfitt、続いてZeiss Jena, Schneiderと続きますが、その次あたりがA.Schacht社のレンズの価格帯で、STEINHEILと同等。MEYER, ISCO, ENNAよりは格上であることが判ります。同社のレンズはゾナーの設計者であるL.Berteleとの関わりが大きなポイントになります。

ここでクイズ

Q. 上の写真に掲載した4本のレンズは左から

(1) S-Travegon R 35mm F2.8

(2) S-Travelon R 50mm F1.8

(3) M-Travenar 50mm F2.8(マクロ)

(4) Travenar R 90mm F2.8

です。これらを販売時の価格(1964年)が高い順にお答えください。答えは、この投稿の掲示板に書き込みました。