おしらせ

DDR PANCOLAR展ご案内

DDR PACOLAR展
会場 オールドレンズフェス2025秋 渋谷モディ丸井
会期 2025.10/4-10/13

ラベル Angenieux の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Angenieux の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025/09/21

Angénieux Paris Type S21 50mm F1.5




オールドレンズの本質は作品の様式を形づくり、作品の美はオールドレンズに新たな価値を与えます。こうした相乗効果が半世紀もの時を経て、写真家の実験的な創作活動と新たな美の探求を支えてきました。フランスのアンジェニューが世に送り出した高速レンズのType S21は、このような写真文化の営みの中で高く評価されるようになったオールドレンズの代表的な存在です。

オールドレンズ界の至宝

Angénieux Paris Type S21 50mm F1.5  1st and 2nd model

映画用ズームレンズやレトロフォーカス型広角レンズの開発で世界の光学分野を牽引してきたフランスの光学メーカーAngénieux(アンジェニュー)。同社は技術革新と市場開拓を重ねながら、写真・映像分野における光学設計の歴史を塗り替えてきました。

同社が35mm判スチル用レンズに初参入したのは1938年で、スイスのピニオン社が製造した一眼レフカメラのALPAFLEXに交換レンズを供給したことが、その第一歩でした。1942年にはライカマウントに対応したレンズの製造を開始し、1948年からはレクタフレックスマウントに対応する標準レンズのType S1や望遠レンズのType Y1、P1を展開。さらに1950年には、画期的なレトロフォーカス型広角レンズのType R1を発表し、一眼レフ用交換レンズの本格的な製造に乗り出します。

今回取り上げるTYPE S21 50mm F1.5は同社から1953年に発売された高速標準レンズです。M42、EXAKTA、レクタフレックスといった一眼レフ用モデルに加え、少量ながらライカマウントに対応したモデルも供給されました。大口径でありながら、一眼レフカメラへの適合に必要な十分なバックフォーカスを確保しつつ、焦点距離を50mmに抑えた設計は、当時としては非常に珍しいものでした。58mmや55mmが標準とされていた時代にあって、真の標準画角である50mmを実現したこのレンズは、まさに時代を先取りした存在だったのです。

描写についても、このレンズならではの個性が光ります。ピントが合っている部分の中央は緻密で繊細な像を描きますが、周辺に向かって優しく滲むように溶けていく描写が印象的です。また、画面全体が淡い色彩とともに柔らかなベールに包まれ、まるで夢の中にいるかのような幻想的で現実離れした浮遊感を醸し出します。前景のボケはフレアに包まれて滑らかに溶け、背景には粒状の光源が軽やかに煌めき、画面に詩的な奥行きをもたらします。このような収差が生み出す不安定で不規則な揺らぎは、現代のレンズでは排除されがちな要素ですが、TYPE S21ではそれがむしろ魅力として機能し、唯一無二の雰囲気を漂わせます。美しさと詩情を宿すこのレンズの描写は、写真表現に自由と深みを与え、現実と幻想の狭間に新たな物語を紡ぎ出してくれるのです。

Angenieux Type S21の構成図(同社カタログからのトレーススケッチ):設計構成は 4群6枚のガウスタイプ。50mmの焦点距離をF1.5の口径比で実現させるため正レンズはすべて分厚く曲率もきつい。バックフォーカスを長くとるという目的のため、前群の負レンズはかなりの曲率に設定され、大きな屈折力を持っている。

TYPE S21の光学設計は、F1.5クラスの大口径レンズとしては珍しい6枚構成(4群6枚構成)のガウスタイプを採用しています。このクラスのレンズでは一般的に正レンズを後群に1枚追加し、収差の補正を強化した7枚構成の変形ガウスタイプとするのが主流です。ただし、この種の構成を採るレンズは既に多く存在しており、描写傾向が画一化しやすいため、独自性が埋もれてしまう懸念があります。TYPE S21は、そうした一般的な設計構成を採らず、収差の補正パラメータが限られる6枚構成をあえて選択しました。背景にはコスト面の制約もあったかもしれませんが、結果としてこのレンズならではの描写が生まれています。とくに開放時に見られるフレアの扱いは絶妙で、柔らかく光を包み込むような描写は、他のレンズにはない大きな魅力となっています。

Type S21(前期型, 発売年1953年): 最短撮影距離  約2.5feet(0.8m前後), 絞り F1.5-f22, 絞り羽 10枚構成, プリセット絞り,  フィルター径 51.5mm, 設計構成 4群6枚ガウスタイプ, シリアル番号 No.2848XX (1953年製), 本品はライカM(距離系連動)に改造されている
Type S21(後期型, 発売年1954-1955年頃):最短撮影距離 0.8m, 絞り F1.5-F22, 絞り羽  10枚構成, プリセット絞り, フィルター径 51.5mm, 設計構成 4群6枚ガウスタイプ,   シリアル番号 No. 4346XX( 1956年製), 本品はM42マウントに改造されている

 

レンズの市場価格

30年前までは今ほどの人気はなく、8万円程度で入手できたそうですが、現在の国内外での相場価格は前期モデル・後期モデルとも9000ドル〜10000ドル程度と大きく高騰しました。また、数年前まではeBayで常に1~2本は流通していましたが、ここ最近は全く見なくなり、希少性も増しているよう思えます。

今回ご紹介している前期型の個体は2021年2月にeBayを介してチェコのcameramate (eBay名leica-post)という、業界では有名なセラーから、10000ドル(105万円)で購入しました。このセラーはかつて公式オンラインストアも運営していましたが、今は閉鎖され、facebookやinstagramに残されているアカウントも更新が止まっています。

後期モデルは知り合いのlense5151さんからの一時的な預かり品です。私が仲介し、購入希望者を探しています。

 

撮影テスト
このレンズは、諸収差を巧みに活かすことで、幻想的な雰囲気を見事に描き出します。とりわけ非点収差とコマ収差が複雑に干渉し合うことで、背景の光源が軽やかに弾け、空気に溶け込むような煌めきで被写体を包み込みます。
ピント部はかろうじて現実感を保ちつつも滲みが入り、まるで薄いベールに覆われたような柔らかな質感となります。中心部は緻密かつ繊細な像を描きますが、周辺に向かって溶けるように滲み、空間全体に浮遊感をもたらします。
一方で、僅かに絞ることで中央部の収差が抑えられ、像はすっきりとクリアに描写されます。ただし、周辺部には依然として収差による柔らかな描写と光の揺らぎが残り、幻想性を保ちます。絞り操作によって、現実と幻想の境界が繊細に変化し、表現の幅が広がります。
レンズの収差特性を理解し、意図的に使いこなすことで、写真表現に深みと詩的な余韻がもたらされます。
 
Lens: Type S21 前記型(Early  Model)
 CAMERA: Nikon Zf / Fujifilm GFX100S
Lens: Type S21 後期型(Late Model)
CAMERA: Nikon Zf / Fujifilm GFX100S
Type S21(Late model) @F1.5(開放)+ Fujifilm GFX100S(WB:Auto)
Type S21(Late model) @F1.5(開放)+ Nikon Zf(WB:日陰)
Type S21(Late model)@F1.5(開放)+ Fujifilm GFX100S (WB:自動)




Type S21(Late model) @F1.5(開放)+ Fujifilm GFX100S(WB:自動)

Type S21(Late model)@F1.5(開放)+ Nikon Zf(WB:日陰)






Type S21(Late model) @F1.5(開放)+ Nikon Zf(WB:日光A)

Type S21(Late model) @F1.5(開放)+ Nikon Zf(WB:日光A)

 

期型による写真は、後日追加します。お楽しみに

2本のレンズの描写比較

前期モデルと後期モデルを同じ場所、同じ撮影条件で撮り比べ、写真を詳細に比較しました。しかし、差はほぼ無く、両者の光学系は同一設計であろうという判断に至りました。参考までに比較写真を何枚かお見せしておきましょう。いずれも絞りは開放です。

Type S21(前期モデル) @F1.5(絞り開放) + Nikon Zf(WB:日光)


Type S21(後期モデル) @F1.5(絞り開放) + Nikon Zf(WB:日光)


Type S21(前期モデル) @F1.5(絞り開放) + Nikon Zf(WB:日光)





Type S21(後期モデル) @F1.5(絞り開放) +Nikon Zf(WB:日光)


2023/01/04

Bell and Howell - Angenieux Type M1 1inch(25.4mm) F0.95

月面探査機の目として活躍した
アンジェニューの超高速レンズ

Bell & Howell - Angenieux Type M1  1inch(25.4mm) F0.95 (C mount)

1964年7月31日13時8分、米国の無人宇宙船レンジャー7号は月面を至近距離から撮影する目的のため、P. Angenieux 社の超高速レンズType M1を組み込んだTVシステムを搭載し、月面上空の高度約1800kmから目標地点であるコペルニクスクレーターの南方マレ・コグニトゥム(既知の海)に向け降下を開始、目標に向かって降下する様子を撮影しました[1,2]。降下から17分13秒後に時速約9400km/hで月面に衝突しミッションを完了、レンジャー7号は降下中に4308枚もの連続写真を地球に向け送信したのでした。最後の写真は衝突の0.18秒前に高度約480メートルの地点から月面上の約30mx50mの区画を0.5mの解像度で撮影した1コマでした。ミッションの成功はNASAによる月面探査史上初めてのことで、ここに到達するまでにNASAは月面探査のミッションを13回連続で失敗しています。レンジャー7号の成功が後に月へ宇宙飛行士を送り出す「アポロ計画」を推進するための貴重な地形データを提供したことは言うまでもありません。
NASA JET PROPULSION Lab. Official Home Page(Click the preview image above to go!)

 

宇宙船レンジャー7号

レンジャー7号(P-54/Ranger-B)についてはこちらに船体図の詳細があります[3]。宇宙船に興味のない人は読み飛ばしてください。船体は全高3.6m、総重量は366kgで、幅1.5mの六角形のアルミフレームでできた基部(コアユニット)に推進装置と動力装置を内蔵、基部の左右には0.74m x 1.54mの発電用ソーラーパネルがあり、基部の一角には指向性アンテナが備わっていました。また船体後方に無指向性アンテナを内蔵した円筒形の塔を持ち、アンテナ塔の中央部に6台のTVカメラシステム(全てRCA-Vidicon社のスロースキャンTVカメラ)が設置されていました。このTVカメラシステムは2つの独立したチャンネルを持ち、各チャンネルがそれぞれ独立した電源、タイマー、トランスミッターを備えることで、トラブルに強い構造となっていました。このうちの第1チャンネルは2台のフルスキャン用カメラ(AカメラとBカメラ)が設置され、Aカメラには広角レンズとしてAngenieux社の25mm F0.95Bカメラには望遠(狭角)レンズとしてBausch & LombBaltar 75mm F2(T2.3)が搭載されていました。また、第2チャンネルには4台のパーシャルスキャン用カメラが設置され、これらには同じくA社の広角レンズ2台、B社の望遠(狭角)レンズ2台が搭載されていました。宇宙船は月面への下降を始める3日前の7月28日にアトラス・アジェナ大型2段ロケットに搭載され、フロリダ州のケネディ宇宙センターに併設されたケープカラベル宇宙軍基地の発射台(LC-12)から打ち上げられました[4]。打ち上げは順調に進み、予定どうり1段目のアトラスロケットを分離した後、2段目のアジェナロケットとレンジャー7が宇宙待機軌道に投入されました。続いてアジェナへの2度目の点火と切り離しにも成功、宇宙船レンジャー7は月遷移軌道へと投入されたのでした。

Bell & Howell - Angenieux 1inch F0.95(関東カメラ塗装モデル): 焦点距離 約25.4mm,  絞り F0.95-F22, 最短撮影距離 約0.45m, 重量 166g, フィルター径 約39mm, マウント規格 Cマウント, 6群8枚(ガウス発展型),  16mm /Super 16mm シネマムービーフォーマット

 

Angenieux Type M1

今回取り上げるのはレンジャー7号に搭載され月面探査で活躍したフランス製16mmシネマ用レンズのP.Angenieux Type M1です。レンズは1953年にピエール・アンジェニューの手で設計され、市販品としてはBell & Howell社の16mmシネマムービー用カメラ B&H Filmo 70シリーズに搭載する交換レンズとして、A社の広角10mm, 望遠75mmと共に供給されました[5,6]。レンズ構成は下図に示す通りで、F0.95の明るさを実現するためスタンダードなガウスタイプの前後に正の凸レンズを一枚ずつ追加し、屈折力を稼ぎながら各面の曲率を緩めバランスさせています。この種のレンズ構成は傑出した明るさと引き換えにペッツバール和の増大が問題となりますので、像面湾曲をある程度許容しても非点収差を十分に補正しきれない問題が残ります。ただし、画角を広げすぎなければ弱点にはなりません。Type M1の画角はは25°が定格で、これは35mmフォーマットに換算すると約100 mmの望遠レンズに相当しますので、画質的に無理のない設計であったと言えるでしょう。

Angeniux Type M1 F0.95 / 1inch の光学系:設計構成は6群8枚(ガウス発展型)。球面収差は強力に補正されるようですが、画角を広げると正レンズ過多によるペッツバール和の増大が問題になり、像面湾曲をある程度許容しても非点収差を十分に補正しきれないそうで[7]、グルグルボケと写真の四隅での解像力の低下を引き起こします

参考文献

[1] 米国ジェット推進研究所資料:Ranget VII Photographs of the Moon Part O: Camera "A" Series, JET PROPULSION LABORATORY, CALIFORNIA INSTITUTE of TECHNOLOGY, Aug. 27 (1964)

[2] AFCINEMA.COM, Remember 50 years ago… A famous lens made by Angénieux... (2022)

[3]NASAアーカイブ: Ranger7, Solar system Exploration, NASA

[4] 「スペースガイド1999」(財)日本宇宙少年団編 丸善株式会社刊

[5] 設計特許:Pierre Angenieux, Large Aperture Six Component Optical Objective, US Pat. 2701982 (1955)

[6] FILM and DIGITAL TIMES:A History of Angenieux, IBC Special Report- Sept 2013, Jon Fauer,ASC

[7] 「レンズ設計の全て」辻定彦著 電波新聞社(第一版)P96頁 2006年

入手の経緯

レンズは2018年にカメラやレンズの修理を専門とする関東カメラを訪問した際、同店から購入しました。たまたま同店のガレージに赤く輝く見たこともないレンズを発見、スタッフの方に尋ねると同社の社長が長らく愛用していた個体とのこと。再塗装とオーバーホールのため一度分解されているものの、MTF曲線を確認しながらベストな性能が出るよう、細心の注意を払いながら組み立てられたとのことです。試写してみるとF0.95であることが信じられない素晴らし性能でした。迷うことなく購入し持ち帰ることにしました。関東カメラはレンズやカメラの修理を専門とする国内屈指の会社です。オークションにおけるレンズの一般的な相場は、コンディションにも依存しますが、概ね7万円から10万円くらいでしょう。

撮影テスト

私の手にした個体はコンディションが完璧なうえ光学系がベストな位置に組み上げられていましたので、レンズ本来の性能か最大限まで引き出されている個体と考えてよさそうです。レンズの定格イメージフォーマットは16mm/Super 16mmのシネマムービー規格ですので、デジタルカメラで使う場合にはNikon 1が最も相性が良い組み合わせです。ただし、イメージサークルには余裕があるため、一回り大きなマイクロフォーサーズセンサーでも写真の四隅に若干の暗角が出る程度で済みます。今回は主にマイクロフォーサーズ機のOlympus E-P3でアスペクト比を16:9に設定して使用することにしました。写真の四隅は本来は写らない部分ですので、適度な収差が出てくれます。立体感に富むピント部と非点収差に由来するグルグルボケを期待することができそうです。何枚か試写結果を見てゆきましょう。
 
F0.95(開放)Pen E-P3(WB:auto, Aspect ratio 16:9)


F0.95(開放)Pen E-P3(WB:auto, Aspect ratio 16:9)
F0.95(開放)Pen E-P3(WB:auto, Aspect ratio 16:9)

F2  Pen E-P3(WB:auto, Aspect ratio 16:9)














私的にはかなり好みなテイストなのですが、いかがでしたでしょうか?前評判からはもう少しフレアの多い描写を想像していたのですが、ピント部は適度に滲む程度で充分な解像感が得られており、まとまりのある品の良い描写です。適度に軟調なうえ四隅の光量落ちもあり、なだらかでダイナミックなトーン描写を楽しむことが出来ます。四隅の像は流石に妖しく、ピンボケしたように見えるのは非点収差の影響と考えられます。アウトフォーカス部のハイライトが滲みを纏い、キラキラと光り輝くドラマチックな演出効果を生み出しています。これも収差の力でしょうね。ピント部は口径比F0.95とは思えない傑出した描写力で、絞りを開けっ放しにしても、充分に実用的な画質が得られます。ボケは流石に大きく、マイクロフォーサーズ機(4:3)で使用した場合には、フルサイズ機にて50mm F1.9相当のレンズを使用した場合と同等の画角と被写界深度になります。
 
F0.95(開放)Pen E-P3(WB:auto, Aspect ratio 16:9) 前ボケの滲みがうつくスィ~

F0.95(開放)Olympus Pen E-P3(WB:auto, Aspect ratio 16:9) 開放0.95でも、この通りにピント部は緻密に描かれ、素晴らしい!
F2.8 Olympus Pen E-P3(WB:auto, Aspect ratio 16:9)
 
 
Nikon 1での撮影結果も参考までに何枚かどうぞ。全て開放で撮っています。こちらです。

2021/04/29

Angénieux Paris Type P1 90mm F1.8


オールドレンズならではの「味わい深い描写」が、現代のレンズにはない光学性能の弱さから来ていることは、疑いようのない事実です。これを素直に受け止めるなら、光学性能の弱さをあ~だこ〜だと追求する営みは、粗探しをしているわけではなく、その先の深淵をくぐり抜け、美しい田園風景へと我々を導く旅路、ある種の暗号プロトコルを探し出す旅みたいなものなのでしょう。アンジェニューはどんな田園風景を描いてくれるのでしょうか。

フランス製ポートレートレンズの名玉

Angénieux Paris Type P1 90mm F1.8(後期型)
 
レトロフォーカス型広角レンズや映画用ズームレンズの開発で世界をリードしたフランスの光学メーカーAngénieux(アンジェニュー)。同社が35mm判スチル用レンズに初参入したのは1938年で、スイス・ピニオン社の一眼レフカメラALPAFLEXに交換レンズを供給したのがはじまりです。1942年からはライカマウント、1948年からはレクタフレックスマウントで標準レンズ(Type S1)や望遠レンズ(Type Y1)の供給を開始、1950年に画期的なレトロフォーカス型広角レンズを発売したのを皮切りに一眼レフ用交換レンズの生産にも本腰を入れて取り組むようになります。

今回紹介するTYPE P1 90mm F1.8は同社から1950年に登場した望遠レンズの大口径モデルで、有名な広角レンズのType R1 35mm F2.5と同時期に発売されました。アンジェニューならではの軟調描写と色味、優雅なボケが相まって、現代のレンズでは決して味わうことにできない独特な雰囲気を漂わせるのが、このレンズの特徴です。決して万人受けするものではありませんが、ハマると癖になるレンズです。対応マウントのバリエーションにはエキザクタ、プラクチカ、コンタックスS、レクタフレックス、アルパ、ライカなどがあります。なお、1955年のモデルチェンジで光学系に改良を施した後期型に置き換わっており、今回紹介するのは、こちらのモデルです。前期型はピントリング周りのローレット加工(ギザギザ)が細かいのが特徴で、背後のボケが激しく乱れるなど気性の粗い性格です。一方で後期型は距離によらず穏やかで優雅なボケが得られます。レンズは1961年まで製造されました。

設計構成は明るい望遠レンズではお馴染みのエルノスタータイプで、このクラスの大口径レンズとしては比較的少ない構成枚数ですが、諸収差を合理的に補正できるのが特徴です(下図)。望遠系レンズによく見られる糸巻き状の歪みもよく補正されています。

Angenieux Type P1 90mm F1.8の構成図(カタログからのトレーススケッチ):設計構成は4群5枚でエルノスター型からの発展形態です。エルノスター型のレンズは正パワーが前方に偏っている事に由来する糸巻き型歪曲収差を補正するため、後群を後方の少し離れた位置に据えています。望遠レンズは多くの場合、後群全体を負のパワーにすることでテレフォト性(光学系全長を焦点距離より短くする性質)を実現していますが、このレンズの場合には変則的に弱い正レンズを据えています。ここを負にしない方が光学系全体として正パワーが強化され明るいレンズにできるうえ、糸巻き状になりがちな歪曲収差を多少なりとも軽減できるメリットがあるためです。ただし、その代償としてペッツバール和は大きくなるので画角を広げることは困難になります。この構成は望遠レンズには良さそうですね。後群を正エレメントにしたことでテレフォト性が消滅してしまうのではと心配される方もいるかもしれませんが、実は前群が強い正パワーを持つため、後群の正パワーが比較的弱いことのみでも全体として十分なテレフォト性が得られるそうです

Type P1にはライカマウントのモデルもあります。女性ポートレートの名手とうたわれライカをこよなく愛した
写真家の木村伊兵衛さんが、このレンズを好んで用いたという話を知人から教えてもらい、真偽もわからずに納得したのを憶えています。

入手の経緯

レンズは知人の所有物でしたが、売却を手伝う代わりに、買い手が見つかるまで私が自由に使ってよいというお約束で、しばらく私が預かっていました。ニコンFマウントに改造されていましたので、知人が一眼レフカメラの時代に入手した個体のようです。国内の中古市場での取引相場は6年前の2015年に中古カメラ市で見かけたコンディションABの個体が25~30万円です。現在はもっと値上がりしており、品薄ということもあり、eBayでは35万円~50万円程度(クモリ入りでも25~30万円)で取引されています。国内市場では見かけることがたいへん少なくなりました。最高額のType S21に至っては100万円の大台を超え、いまや150万円が相場になりつつあります。

Angenieux Type P1 90mm F1.8: フィルター径 56mm, 絞り羽 12枚, 絞り F1.8-F22, 最短撮影距離 約1m, 重量 約450g, 構成 4群5枚エルノスター発展型, 製造期間 1950-1961年, 本品はNikon Fマウントに改造されています

 

撮影テスト

ガウスタイプやトリプレットのような高解像でヌケが良く、やや破綻が見え隠れする描写(やや神経質で前のめりな性格のレンズ)とはある意味で対極にあるのが、このAngenieux P1(後期型)の描写です。ガウスタイプというよりはゾナータイプに近い安定感があり、緻密な画作りはできませんが、軟らかく穏やかなトーン、四隅まで破綻のない美しいボケ、開放ではハイライト部に微かなフレアを纏い、細部まで写り過ぎない柔らかい画作りができます。逆光時では光が乱反射し、紗をかけたように薄っすらと白みがかった感じにぼやけて見えることがあり、アンジェニューに共通する独特な軟調描写が際立ちますが、深いフードをつけ乱反射(ハレーション)をカットしても、この軟調傾向は維持されており、依然として雰囲気のある写真が撮れます。

Angenieux P1 + Sony A7R2

F1.8(開放) sony A7R2(WB:日陰)背後のボケには安定感があります

F1.8(開放) sony A7R2(WB:日陰)ピントのはずれたところが、柔らかくとろけています

F1.8(開放) sony A7R2(WB:日陰)

F1.8(開放) sony A7R2(WB:日陰)

F1.8(開放) sony A7R2(WB:日陰)

F1.8(開放) sony A7R2(WB:日陰)

F2.8  sony A7R2(WB:日陰)
F2.8 sony A7R2(WB:日陰)

 

 

 

 ★Angenieux P1 + Fujifilm GFX100S

Film Simulation:NN, WB:Auto (R:+2 B:-3), Tone Curve H:0 S:-2, Color:-2
 
F1.8(開放) Fujifilm GFX100S(Film Simulation:NN, WB:Auto)


F1.8(開放) Fujifilm GFX100S(Film Simulation:NN, WB:Auto)

F1.8(開放) Fujifilm GFX100S(Film Simulation:NN, WB:Auto) フードなし

F1.8(開放) Fujifilm GFX100S(Film Simulation:NN, WB:Auto)

F1.8(開放) Fujifilm GFX100S(Film Simulation:NN, WB:Auto)

F1.8(開放) Fujifilm GFX100S(Film Simulation:NN, WB:Auto) フードがないと、逆光では光に敏感に反応します

F1.8(開放) Fujifilm GFX100S(Film Simulation:NN, WB:Auto)

 

 ★Angenieux P1 + Sony A7R2

model 莉樺さん

F1.8(開放) sony A7R2(AWB)フードなし。ハレーションが派手に出ます

F1.8(開放) sony A7R2(AWB)

F1.8(開放) sony A7R2(AWB)

F1.8(開放),  sony A7R2(AWB)