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2018/08/29

Zoomar München Macro-Kilar 90mm F2.8



不思議なボケが楽しめる
バットマンデザインのアメリカンマクロ
ZOOMAR/Kilfitt Makro-Kilar 90mm F2.8
バットマンの映画にはバットモービルやバットウィング、バットスーツ、バットラング(ブーメラン)など様々なスーパーアイテムが登場しますが、仮にバットマンがカメラを手にするとしたら、こんなレンズを使うに違いありません。米国ズーマー社(ZOOMAR)が1970年代に生産したマクロ・キラー(Makto-Kilar) 90mm F2.8です。このレンズはもともと1956年にミュンヘンのKilfitt(キルフィット)社から発売されたものですが、同社は1968年に当時すでに関係の深かった米国ズーマー社の傘下に入り、これ以降は1971年までズーマー社の社名でレンズを市場供給しています。ちなみに、写真用語として定着したズームレンズの「ズーム」はズーマー社の社名から来た派生語です。光学系はマクロ撮影用にチューニングされており、近接撮影時に最高のパフォーマンスを発揮できるよう、収差変動を考慮した過剰気味の補正になっています。レンズの構成はテッサータイプで、もともとはハッセルブラッドなど中判6x6フォーマットのカメラ用で使用できるよう設計されたものです。同社が様々な種類の純正アダプターを供給しており、中判カメラに加え、M42やExakta、Alpa等の35mmフォーマットのスチルカメラ、アリフレックス35等のシネマ用カメラなどに搭載され、幅広く使用されていました。

Makro-Kilar 90mm F2.8の構成図(ALPAレンズカタログからのトレーススケッチ)。左が被写体側で右がカメラの側である。レンズ構成は3群4枚のテッサータイプ

重量(実測) 520g, 最短撮影距離 0.14m, 絞り羽 16枚, 絞り F2.8-F32, 2段ヘリコイド仕様, アリフレックス・スタンダードマウント






左は無限遠撮影時。中央はヘリコイドが一回転し2段目のヘリコイドに移行するところで撮影距離は0.3m。右は2段目のヘリコイドをいっぱいまで繰り出したところで撮影距離は0.14m


入手の経緯
レンズは比較的豊富に流通しており、市場での相場は5万円~9万円あたりです。Kilfitt社銘のモデルにはシルバー鏡胴とブラック鏡胴の2種があり、Zoomar銘のモデルにはブラック鏡胴のモデルがありますが中身は全く同じです。今回のレンズは知人からお借りしました。
 
撮影テスト
開放ではフレアが発生しピント部はソフトですが、絞り込むほどスッキリとヌケがよくなり、F5.6以上に絞ると極めてシャープな像が得られます。絞りのよく効くレンズで、マクロ域で最適な画質が得られるよう、はじめから過剰補正の収差設計になっているのです。解像力は控えめで線の太い描写であるところはテッサータイプの性格をよくあらわしています。ボケは独特で、背後のボケに波紋のような光の集積部があらわれ、前ボケにもちょうどこれを反転させたような光の集積部ができます。はじめてみるタイプのボケです。絞りを開く過程で球面収差曲線が振動するためですが、手の込んだセッティングがこんなにも変わったボケを生み出しているのでしょう。絞った時の焦点移動がほとんどありません。

F2.8(開放), sony A7(AWB): 開放での独特な波紋状のボケはこのレンズの魅力の一つになっている。F5.6まで絞るとこちらのように普通のボケになる


F2.8(開放) sony A7(AWB): 絞り値を変化させ、ボケ具合を見ていきましょう。

F2.8(開放), sony A7(AWB):  背後のボケは光の集積が二重の輪を成しており、前ボケはその光の強度を反転させたようなボケ方となっている
F2.8(開放), sony A7(AWB): ピントをキッチリ合わせ、絞りに対するボケの変化をみてみよう。ピント部は少しソフトですが、

F4, sony A7(AWB): 1段絞ると少しシャープになる。ボケの二重輪は消滅しノーマルな玉ボケになる



F8, sony A7(AWB):: 深く絞るとピント部はかなりシャープ。絞るほどシャープになるレンズだ

ひとつ前の画像のピント部を拡大したもの。恐ろしくシャープだ

2011/08/03

ZOOMAR München Macro Zoomar 50-125mm F4 (M42)







ズームレンズの発明者Back博士の開発した
世界初のマクロ撮影用ズームレンズ
 ZOOMAR(ズーマー)社はオーストリア出身のDr F.G.Back(バック博士)という人物が1940年代半ばに創設した米国ニューヨークに拠点を置く光学機器メーカーである。バック博士は1946年に世界初のズームレンズとなるZOOMAR 2.9/17-53(16mmのシネカメラ用)を発明した人物として知られている。1959年にはスチルカメラ用にZoomar 2.8/36-82を開発し(こちらも世界初)、Voigtlanderのブランド名でOEM供給した。写真用語として定着したズームレンズの「ズーム」は彼が創設したZOOMAR社の社名から来た派生語である。同社はレンズの生産を委託していたミュンヘンのKilfitt(キルフィット)社を1968年に買収し、1971年までレンズの生産を継続した。
 今回紹介する一本はZOOMAR社のBack博士が設計し、ミュンヘンのkilfitt工場で1960年代後半に生産されたMACRO ZOOMAR 50-125mm F4である。設計があまりにも高度なため、製品化は到底困難とされていたマクロ撮影用ズームレンズを世界で初めて実現した銘玉であり、史上初のマクロレンズとズームレンズをそれぞれ世に送り出したドイツkilfitt社と米国Zoomar社が手を組んで生み出した意欲作である。レンズの構成は不明だがコンピュータ設計による複雑な光学系を持ち、光を通すとかなりの数の構成レンズを内蔵していることがわかる。最大撮影倍率は125mmの望遠撮影時で0.5倍に達する。被写体からレンズ先端までの距離(ワーキングディスタンス)を長くとることができるので、カメラを三脚に固定したまま、あらゆる撮影シーンに対応することができる。対応マウントはM42に加え、少なくともNikon, EXAKTA, Leica-Rを確認できる。レンズの外観に対する第一印象は、まるでコケシ・・・。ズームができる黒コケシだ!。美しいラインを持つ鏡胴形状やピントリングと絞りリングの側面についたゴムのヒダ、黒地の金属鏡胴をとりまくシルバーの太いラインなど個性的なデザインが目を引く。鏡胴の前方にはスライド式の金属フードがビルトインされており、たいへん凝った造りだ。
★F.G.Back博士
 Dr Frank Gerhard Back(バック博士)は1902年8月25日にオーストリアのウィーンに生まれ、ウィーン工科大学で工学修士(1925年)と理学博士(1931年)の学位を取得した。卒業後はウィーンで自営のコンサルティングエンジニアとして7年間働き、1938年9月から1年弱をフランスで過ごした後に米国へと移住している。ニューヨークではエンジニアとして数社を巡り渡り、1944年にResearch and Development Laboratoryという名の会社を設立している。その数年後にZOOMAR社を設立、同社の社長兼技術顧問に就いた。博士が現在のズームレンズの原形となる画期的なアイデアを考案したのは1946年のことである。
 Back博士は単なる技術者ではなく、科学者としての精神を持ち合わせていた。彼は20世紀最高の科学者Dr. Albert Einstein(アルバート・アインシュタイン博士)と深い親交があり、アインシュタイン博士の相対性理論が予言する重力レンズ効果の決定的な証拠を1955年の皆既日蝕中の天体観測によって捉えようと試みたのである。Back博士は太陽の重力によって引き起こされる星の光の光学的歪を写真に収めるため、観測用の特別なZOOMARレンズを開発し、1年がかりの準備期間を経た後にフィリピン諸島へと旅立った。このあたりの詳細はBack博士の1955年の著書「HAS THE EARTH A RING AROUND IT?」に詳しく記されている。残念なことに観測の2か月前、バック博士がフィリピン滞在中にアインシュタイン博士は他界している。
 Back博士は生涯を通じて光デバイス機器やズームレンズ技術に関する幾つかの重要な発明を行い、光学機器産業や写真産業の分野に大きな功績を残した。また天文、医療、産業、軍需など関連分野の発展にも寄与し、英国王立写真協会、映画テレビ技術者協会、米軍技術者協会などから名誉ある賞を受賞している。博士は1970年にZOOMAR社を退き、1983年7月にカリフォルニア州サンディエゴで死去している。

★入手の経緯

 本レンズは2011年2月にドイツのクラシックカメラ専門業者Photo Arsenalのオンラインショップから購入した。商品の解説ページに記されていたランクはAB(near mint)で、軽度の使用感はあるが状態の良い完動品とのこと。商品はドイツからの空輸され、購入手続きを経てからたったの3日で私の手元に届いた。クレイジーな速さである。このレンズは生産本数が僅か1000本と稀少性が高いため、eBayでは1000ドルを超える値で売り出されていることも珍しくない。僅かなホコリの混入はあったが、ガラスに拭き傷やカビ等の問題はなく状態は良好、たいへんラッキーなショッピングであった。

フィルター径 52mm, 絞り羽根 7枚, 重量(実測) 615g,焦点距離 50-125mm,最大撮影倍率 1:2(125mmの望遠時に0.5倍で最大となる) 絞り値 F4-F32,絞り機構 自動/手動切り替え式, 鏡胴の中央部にはZoomar社のロゴである。Zの文字の中央部にkilfittのマークが記されているフィルタ枠に記されたメーカー名もKilfittではなくZoomar Münchenとなっているので、 この個体が製造された時期は1968年~1971年頃だったに違いない。ズーマー社の社名でもありレンズ名でもあるZoomarは、ズームレンズの語源にもなっていりが、元来はブーンという音を表す擬声音で飛行機が急角度で上昇する意味
本体にビルトインされているスライド式フード
★撮影テスト
 収差を徹底して抑え込み解像力を高めたマクロ撮影用レンズと、全ての焦点距離で画質を均一に安定させる高度な補正機能を備えたズームレンズ。これら2種のレンズの設計を「攻め」と「守り」に例えるならば、マクロ撮影用ズームレンズを実現するとは、1本で攻守の双方に秀でた万能レンズを生みだすようなものである。それがいかに困難な開発であるのかは私のような一般ユーザにも容易に想像することができる。この種のレンズを製品化する事など1960年代には到底困難とされていたに違いない。それを実現可能にしたのはコンピュータによる設計技法の進歩とガラス硝材の高性能化である。こうした機運の到来によって1960年代後半に生みだされた世界初のマクロ撮影用ズームレンズが今回紹介するMACRO ZOOMARというわけだ。
 MACRO ZOOMARの描写力を卑しくも単焦点マクロレンズやズームレンズと比べ、良いだの悪いだのと厳しく評価することに大した意味はない。本レンズの長所はそれ以外のところにあるからである。以下にレンズの描写について気づいた点を列記しておく。
  • 開放絞りにおける解像力は高くない。望遠側では甘くソフトな像になり、高倍率撮影を行うと被写体の輪郭部に薄らとハロが発生することがある。マクロ撮影を行う場合は絞って使うことが前提のようだ。
  • フィルム撮影では問題視されることのなかった色収差(軸上色収差)が、デジタル撮影では顕著に表れる。被写体の輪郭部が色づいて見える事がある。
  • ボケ味は悪くない。2線ボケやグルグルボケによって背景の像が乱れることはない。
  • 発色は癖もなくノーマルだが、開放絞り付近で黄色に転び温調なカラートーンになることがある。
  • 階調表現はなだらかで良好。真夏日の条件下でも暗部は良く粘り、黒潰れが回避される。
  • 姉妹品のVoigtlander Zoomar 2.8/36-82mmは画像端部で像が流れるが、本レンズではこの点が改善されている。
 以下、順を追ってフィルム撮影とデジタル撮影による作例を示す。もちろん無修正・無加工だ。

★フィルム撮影
Canon EOS kiss + M42-EOSアダプター
F11 銀塩撮影 FujiColor Super Premium 400: 真夏日の高照度な条件下においても暗部がよく粘り、階調表現が焦げ付くことはなかった
F8 銀塩撮影 Euro Print 400(イタリア製): このフィルムを用いた作例の多くでノイズが顕著に出てしまった。マクロ撮影では手ぶれ防止のために高感度フィルムを用いるケースが多くなるのでフィルム選びは重要
★デジタル撮影
Nikon D3 + M42-Nikonアダプター(補正レンズの無い薄型タイプ)
フランジバックの規格によりNikonでは無限遠のピントを拾うことはできないが、5m先程度までなら合焦は可能なので実用的にはこれで充分だ
左はF4で右はF8。Nikon D3(AWB, ISO1250), 焦点距離 75mm: 開放絞りでは結像が甘い
F5.6, Focal Length 50mm(上段)/125mm(下段), Nikon D3(AWB, ISO800)  :この通りにボケ味は悪くない。この作例では発色が黄色に転び、実際よりも温調カラートーンになっている。トマトなのに人参みたい
F11 Nikon D3 digital(AWB,ISO800):  焦点距離50mmの広角側では、このくらいの最大撮影倍率となる。花びらの輪郭に色収差がはっきりと見える

 MACRO ZOOMARを皮切りにマクロズームレンズが次々と登場したことで、ズームレンズの持つ利便性をマクロ撮影の分野でも享受できるようになった。焦点距離が固定されてしまう単焦点レンズを用いた撮影では、画角調整の必要が生じる際の対応を三脚の位置決めからやり直さなくてはならないが、ズームレンズではこの過程が省略されるため、微調整を速やかに終えることができる。このレンズはプロ向けに造られたのであろう。