カメラをプロだけでなくアマチュアにも広く使ってもらい、自身のビジネスを成功に導きたい。そう考えたケネス・コーフィールドは大衆向けカメラのPeriflexを開発し、交換レンズとともに世に送り出します。今回ご紹介するレンズは英国コーフィールド社が1957年ごろに市場供給したLUMAX 45mm F1.9という交換レンズです。
大衆向けカメラの普及に尽力した
英国コーフィールド社の高速標準レンズ
Corfield LUMAX 45mm F1.9 Leica L(L39) mount
コーフィールド社(K.G.Corfield Ltd)はケネス・コーフィールドという人物が1948年に妻ベティ、弟のジョンらと共に創業した家族経営の光学メーカーです。同社は現像用引き伸ばし機、暗室製品、カメラの製造を手掛け、エキザクタなどヨーロッパ製品の輸入代理店を兼ねていた事でも知られています。会社は当初、英国中部の都市ウォルバーハンプトンを拠点としていましたが、工場が老朽化したため、1958年に北アイルランドのバルモニーに移転し、1971年まで存続していました。同社についてはBev Parkerの詳しいホームページやJohn E. Lewisが執筆した書籍があり、2016年までご存命だったケネス・コフィールドの監修をうけていますので、確かな情報が得られます[1-3]。
創業者のケネスは英国のSecondary schoolを卒業後、鉄の鋳造技術者として事業を成功させた祖父の影響でエンジニアを志望、ウォルバーハンプトンの工科大学で機械工学を専攻しながら、16歳半ばで見習いエンジニアとしてFischer Bearings社に入社します。その間、自宅では趣味の写真が高じて、印画紙や薬品の使用量を節約できる画期的な引き伸ばし機のアイデアを考案します。このアイデアが後の会社設立のきっかけとなりました。「ルミメーター」と名付けられたこの引き伸ばし機は1948年に彼の弟ジョンの助力を得てプロトタイプの12台が完成、会社設立後の翌1949年には量産品に注文が殺到し、5000台もの数が出荷されます。ルミメーターの成功で会社経営は軌道に乗り、その後は手持ち式のスプリットイメージ精密距離計や光学式露出計などを商品化、1958年には潜望鏡の仕組みを応用したユニークなフォーカシング機構を持つ大衆向けカメラのPeriflex 1を発売しカメラ産業にも参入します。
Periflexの製品コンセプトは、ライカの所有者がセカンドボディとして購入するカメラだったそうで、このカメラにはライカスクリューマウントが採用されました。Periflex 1の発売は1953年のカメラ雑誌に発売前の予告記事として告知されますが、この広告戦略には効果があり、カメラが店頭に並ぶと注文が殺到、生産が追いつかないほどのヒット商品になります。1957年には後継製品のPeriflex 3、翌1958年には普及モデルのPeriflex 2が発売されます。供給体制を何とか維持するため、普及モデル(Periflex 2)の市場投入は上位モデル(Periflex 3)の1年後に見送られたそうです[1]。
ケネス・コーフィールド卿の似顔絵スケッチ(生成系AIによるイラスト)。同氏は写真をもっと普遍的なものにし、英国がドイツやアメリカのような写真立国と呼ばれるようになることを望んでいたそうです。カメラをプロだけでなくアマチュアに広くも使ってもらい、自身のビジネスを発展させたいと考えていました。Periflexを大衆向けカメラとして開発したのは、そういう思惑からだったのでしょう |
今回紹介するLUMAX 45mm F1.9は同社が1957年に発売したPeriflex 3というカメラに搭載する交換レンズの一つとしてカメラと共に登場しました。このカメラには他にもLUMAX 45mm F2.8, Retro-LUMAX 35mm F3.5, Lumar-X 50mm F3.5, Lumax 100mm F4.5などが供給されています。レンズの設計は下図に示すような4群6枚のオーソドックスなガウスタイプで、レンズエレメントの幾つかには高性能なランタンガラスが使用されていました[3]。ちなみに同社のレンズに導入されたランタンガラスはドイツのEnna Werk社から供給をうけていたそうです[1]。
文献[3]に掲載されていたスケッチからの再トレース(見取り図) |
Corfield社自体に当社レンズの設計技術や製造技術はなく、Periflex 1に搭載する交換レンズは英国ウォールソールにあるBritish Optical Lens Co(英国光学レンズ社)から供給を受けました。今回ご紹介するLUMAX 45mm F1.9も同じ供給元であったのか確かな情報はなく、レンズをどのメーカーが製造したのかは不明です。
ところがこのレンズ、発売後に英国Wray社から同社保有の特許権(Charles Wynneが設計)を侵害していると指摘され、大問題となってしまいます[3]。WrayはCorfileldに何らかのロイヤリティを支払うか、レンズの市場供給を停止するよう選択を迫りますが、両社は有効的な話し合いを行い、最終的には製造したレンズ1本につきCorfield社が数シリングのロイヤリティをWray社に支払うことで和解します。これを機にレンズの鏡胴にはWrayの特許番号が刻印されることとなります。
★参考文献
[1] Bev Parker, The Corfield Story
[1] John E. Lewis, it's by CORFIELD: it must be good...: the periflex story
[3] John E. Lewis, Corfield Cameras: A History & Collector's Guide
★入手の経緯
レンズは2020年にeBay経由で英国の個人出品者から送料込みの総額350ドルで購入しました。このレンズのeBayでの相場は400ドル位からだと思います。商品の解説は「ガラスに少し拭き傷があるが問題はない.クリアな写真が撮れている」とのこと。安めの価格設定だったのは良かったのですが、ピントリングと絞りリングが両方ともカチンコチンに硬く、手をいれる必要がありました。拭き傷は少なく、実写への影響は問題ないと判断したため、文句は言わずに自分でオーバーホールすることにしました。構造は単純で分解そのものは何でもありませんでしたが、ヘリコイドを分解する際に後玉の周りにある秘密の極小ねじを外さなければならない事がわかりました。よく観察すれば見つけられるとおもいますが、これを外さないとヘリコイドを分離することができません。
Corfield LUMAX 45mm F1.9: 重量(実測)164g, 絞り羽 12枚構成, 絞り F1.9-F16, Periflex L39 mount(Leica L39互換) |
★撮影テスト
レンズには幾つかのエレメントに高価なランタンガラスが用いられており、レトロな鏡胴のデザインからは想像のできない高性能な製品となっています。シャープネスとコントラストは高く、開放から滲みは全く見られません。解像力は平凡ですがスッキリとクリアに写るレンズです。背後のボケには少し流れがみられるものの、グルグルボケと呼べるほど顕著な流れには至りません。若干ですが糸巻き状の歪みが出ており、人物を撮るポートレート撮影には向いていそうです。45mmの焦点距離はやや欲張り過ぎたのか、写真の四隅にやや光量落ちが目立ちます。勿論これが好きな人には大歓迎でしょう。
F1.9(開放)Nikon Zf (WB:曇り空) |
F1.9(開放)Nikon Zf(WB:曇り空) |
F1.9(開放)Nikon Zf(WB:日 |
F1.9(開放)Nikon Zf(WB:日陰) |
F5.6 Nikon Zf(WB:日光) |
F? Nikon Zf(WB:日光) |
F5.6 Nikon Zf(WB:日陰) |
F4 Nikon Zf(WB:日光) |
F2.8 Nikon Zf(WB:日光) |
F1.9(開放) Nikon Zf(WB:日陰) |
F1.9(開放) Nikon Zf(WB:日陰) |
1960年代に入ると安価で高品質な日本製カメラがイギリスのカメラ店に並ぶようになり、これに対抗してドイツの大手メーカーも価格を引き下げるようになりました。海外メーカーとの競争の激化で苦境に立たされたコーフィールド社は、アイルランドのビール会社ギネスから資本注入を受け企業活動を存続させます。しかし、会社の経営が50年代のような拡張期の状態の戻ることはありませんでした。K. G.コーフィールド社は1971年7月に閉鎖されてしまいます。