おしらせ

2026/10/06

Tokyo Kogaku TOPCOR 5cm F2 (1st Gen) and TOPCOR-S 5cm F2 (Improved models) Leica L39 mount

 
レオタックスに供給された2本の名玉: 空気レンズの丸山トプコールと新種ガラスの大沢トプコール
Tokyo Kogaku TOPCOR 5cm F2 and TOPCOR-S 5cm F2
1925年にエルンスト・ライツ社から発売された「ライカ」は、映画用の35mmフィルムを流用した小型カメラという新しい分野を切り拓き、写真の撮り方そのものを変えました。ライカはやがて35mmカメラの代名詞となり、世界中のカメラファンにとって、ライカを手にすることは長く憧れの的でした。その圧倒的な存在感は、二つの反応を呼び起こしました。一つは、ライカに対抗する道です。ライカとは異なる価値を求める「アンチ・ライカ」の人々は、ツァイス・イコンのコンタックスや、二眼レフのローライフレックスへと向かいました。こうした対抗軸が生まれたことで各社は技術を競い合い、カメラ産業全体の裾野は大きく広がっていきました。そしてもう一つが、ライカそのものを手本とする道です。
オスカー・バルナックが設計したいわゆる「バルナック・ライカ」は構造が比較的シンプルで、職人の手仕事を中心とする小規模な企業でも、ある程度の工作機械さえあれば製造が可能でした。そのため1930年代後半から1950年代にかけて、ソ連のフェド(FED)やゾルキー、イギリスのリード、アメリカのカードンなど、世界各地で「コピーライカ」が数多く生まれました。
この流れは日本にも波及します。当時の日本にとってライカは高価な輸入品であり、それを国内で製造することは、技術力の証明であると同時に、国産カメラ産業を育てるための重要な一歩でもありました。1930年代後半から、精機光学研究所(のちのキヤノン)の「キヤノン」、光学精機の「ニッポン」、昭和光学精機の「レオタックス」などが、いち早くコピーライカの生産に取り組みました。ただし、カメラは本体だけでは完成しません。これらのボディにライカ・スクリューマウント(L39マウント)のレンズを供給したのが、日本光学(現ニコン)と東京光学(のちのトプコン)です。キヤノンやニッポンには日本光学の「ニッコール」が、戦後のレオタックスには東京光学の「シムラー」や「トプコール」が組み合わされました。
今回の記事ではそのなかから、レオタックスのために生まれた標準レンズのトプコール 5cm F2にスポットライトを当てます。

陸軍の焦りと東京光学の誕生
東京光学(のちのトプコン)は1932年、大日本帝国陸軍の強い要請によって設立された光学兵器の開発会社です。当時、日本の代表的な光学機器メーカーとして先行していた「日本光学工業(現・ニコン)」は、主に大日本帝国海軍からの発注や支援を受けて製品を生産していました。満州事変(1931年)以降、世界情勢が緊迫化する中で、地上戦や航空戦を想定していた陸軍側でも、双眼鏡や測量機、銃砲の照準眼鏡といった軍用光学兵器の需要が爆発的に高まりました。しかし、海軍の注文で手一杯だった日本光学だけでは陸軍の要求に応じきれず、陸軍向けに安定して兵器を供給できる「陸軍のための民間光学会社」の設立が、陸軍兵器本廠などで急務となったのです。こうして白羽の矢が立ったのが、服部時計店の精工舎で、同社は陸軍の要請に応じ、精工舎の測量機部門を母体として、下請けだった勝間光学機械製作所のレンズ工場を買収し、1932年に東京光学機械株式会社を設立したのです。

東京光学とレオタックス
戦時中の東京光学は軍用光学機器の製造を主力としていましたが、終戦とともにその技術を民生用へと振り向ける必要に迫られました。ちょうどその頃(1947年頃)から国産ライカコピー機の生産が再び活発になり、東京光学に新たな活路が開けます。その相手となったのが、東京都葛飾区の昭和光学精機(のちのレオタックスカメラ)です。同社は戦前からライカコピー機の「レオタックス」を市場に送り出しており、東京光学はこのレオタックス向けにレンズの供給を始めました。
最初に供給されたのは、ライカのエルマーに倣った沈胴式の「シムラー 5cm F3.5」と、大口径の「シムラー 5cm F1.5」でした。手頃な標準レンズと、当時としては非常に明るいレンズという二本立てで、レオタックスの商品力を支えます。その後も東京光学は広角から標準、望遠まで各種の交換レンズを揃え、レオタックスのシステムを充実させていきました。
技術陣の意欲も旺盛でした。『アサヒカメラ』1951年12月号には、超大口径レンズ「シムラー F0.7」の設計者として、東京光学の丸山修治氏が写真入りで紹介されています。この丸山氏こそ、最初のトプコール 5cm F2(初期型)を設計した人物です。

レオタックスの標準レンズ戦略
1950年代のコピーライカ・ブームのなかで、レオタックスは標準レンズのラインナップ拡充を図っていました。低価格帯にF3.5、ミドルレンジにF2.8を置き、その上にライツの「普及型の高級モデル」としてF2のトプコールが位置づけられ、さらにその上に普及型ではありませんが、F1.5の最上位レンズも控えていました。この戦略の中核を担ったのが、1954年発売の「レオタックスF」の標準レンズとして供給されたトプコール/トプコールS 5cm F2です。東京光学のレンズはどのモデルも写りが優秀で雑誌などでも高く評価されていましたが、なかでもこのF2は、ただシャープなだけでなく、微妙なトーンを再現し、質感豊かな描写を見せると極めて好評でした。
後群の貼り合わせを外す設計構成を採用したガウス型レンズの代表例
  
丸山修治のトプコール初期型
最初のトプコール 5cm F2(「S」の付かない初期型)を設計したのは東京光学の丸山修治氏です。レンズの発売がいつなのかを文献等で知ることはできませんが、Leotax Fの発売時(1954年)には未だ登場していなかったことや、東京光学が「シムラー」のブランド名を廃止し「トプコール」に切り替えたのが1955年であることを考えると、おおよその見当はつきます。後継モデルのTOPCOR-Sが登場したのが1956年と記録されていますので、レンズが市場供給されたのは1955年〜1956年のごく短い期間でした。鏡胴はシルバーで光学系は5群6枚、社内ではコードネーム「13B」と呼ばれていました。本レンズが設計された時代、希少で高価な「新種ガラス」はまだ自由に使えませんでしたので、丸山氏は試行錯誤を繰り返し、新種ガラスに頼らず伝統的なガラス材の組み合わせのみで同等の高い性能を引き出す合理的な構成を探し求めました。研究の結果、ガウスタイプの後群の貼り合わせを分離し、「空気レンズ」を設けるという5群6枚設計の発想に辿り着いたのです。この設計で注目されたのはレンズ構成の要となる場所に重クラウンガラスを巧みに配置し、ガラス自身の強い性能に頼ることなく「高い屈折率」と「低い分散」を両立させることでした。東京光学の光学設計部元部長、白澤章茂氏の著書によれば、丸山氏設計の初期型TOPCORはこの空気レンズによって像面の平坦化と非点収差の除去が図られ、「近距離から無限遠まで収差の変化が少ない」優秀なレンズと評され、加えて歪みも十分に補正できたとのことです。新種ガラスなしでも、空気レンズが収差補正の自由度を生み出し、画質は高い水準に達していたのです。ただし、当時はまだ世界的に観ても、この設計構成を採用したレンズは稀で、トプコールより前のものでは、日本の富士写真フイルム(現・富士フイルム)が1949年に発売したCRISTAR 5cm F2が唯一の事例でした。その後もFUJINON-L 5cm F2(1957年)、RE TOPCOR 58mm F1.8(1965年)と続きますが、諸外国での採用例は見当たりません。当時、ドイツを中心とする世界のレンズ設計のトレンドは新種ガラスを贅沢に使い、大口径レンズを競うように開発していたため、この種のレンズ構成が注目されることは無かったのです。日本のメーカーは入手しやすい従来の硝材を使った高性能な設計を模索し、このレンズ構成に最も早くたどり着いたのでした。

時代的に見ると、丸山氏の設計したTOPCORは同じく空気レンズを備えたライカの初代ズミクロン(1953年)を意識した設計だったとも考えられます。ただしズミクロンが新種ガラスも同時に採用していたのに対し、初期型トプコールは空気レンズだけで挑んだ点が大きな違いです。

ところが、1960年代半ばに、トリウム系新種ガラスが黄変する欠陥問題が発覚したことで、新種ガラスの採用を避ける流れが生まれ、ドイツでも後群分離構成が注目されるようになります。結果的には東京光学や富士写真フィルムが、ガラスのパワーに頼らない先進的なレンズ設計をドイツの光学メーカーより十数年早く成し遂げたこととなったわけです。
TOPCOR 5cm F2(初期モデル): 重量(実測)248g, 絞り羽 10枚構成, 絞り F2-F16, 最短撮影距離 3.5Feet(約1m), フィルター径 40.5mm, 光学系 5群6枚(拡張ガウスタイプ)
TOPCOR-S 5cm F2(前期モデル): 重量(カタログ値)319g, 絞り羽 10枚構成, 絞り F2-F16, 最短撮影距離 3.5Feet(約1m), フィルター径 40.5mm, 光学系 4群6枚(ガウスタイプ)
TOPCOR-S 5cm F2(後期モデル):重量(実測値)170g, 絞り羽 9枚構成, 絞り F2-F16, 最短撮影距離 3.5Feet(約1m), フィルター径 40.5mm, 光学系 4群6枚(ガウスタイプ)

大沢秀夫の新型トプコールS
丸山氏の後を継いでトプコール 5cm F2の設計に当たったのは大沢秀夫氏で、1956年に後継モデルのトプコールSを開発します。大沢氏は、1956年発売のトプコン35Sに搭載された「トプコール 44mm F2」も設計しており、このレンズは極めて好評でした。同年8月には丸山氏との共著で「トプコール44ミリF2レンズの描写力」を『写真工業』誌に発表しており、二人は同じ設計部門で肩を並べていたことがうかがえます。
大沢氏が生み出した「トプコールS 5cm F2」は、初期型の改良版ではなく、光学系を根本から作り直した新設計でした。高価な新種ガラスを導入し、空気レンズを廃して貼り合わせ(接合)構成とし、光学系は5群6枚から4群6枚へと変わりました。白澤氏の著書によれば、その際に像面湾曲とコマフレアが除去され、解像力は中心から周辺まで均一になったといいます。名前に付けられた「S」は「Special」の意味です(白澤氏の著書による)。単なるモデルチェンジの印ではなく、新種ガラスの採用という質的な転換を経た「特別仕様」であることを示す命名だったと考えられます。なお44mm F2も同じく4群6枚で新種ガラスを採用、トプコールSと同一の4群6枚構成です。
左:Topcor 5cm F2(Sなし初期モデル),  右: Topcor-S 5cm F2

 
前期・中期・後期――変わったものと変わらなかったもの
トプコールSには、外観の異なる三つのモデルがあります。最初の白鏡胴の「前期型」、白黒のツートーンで「パンダ」の愛称を持つ「中期型」、そして1958年に登場したアルミ鏡胴の軽量化モデル「後期型」です。鏡胴の素材(真鍮からアルミへ)や、ヘリコイドの回転角、絞りのクリックといった機構は変わりました。しかし白澤氏は、前期型から後期型まで光学設計はすべて同一であると繰り返し明言しています。『クラシックカメラ専科No.29』に記された後期型の社内呼称「41B」も、後期型だけの新設計ではなく、S型全体に共通する設計コードだった可能性が高いと考えられます。ただし、製造の現場では改良が続けられていました。1957年、中期型(白黒ツートンの鏡胴デザインからパンダの相性を持つ)の販売中に、後群の偏芯(センタリング)を厳しく抑えるための加工工程の変更が行われています。つまり同じ「中期型」でも、初期のロットと1957年以降のロットでは、製造精度に差があります。
 
なぜ空気レンズは消えたのか
初期型には新種ガラスがなく空気レンズがあり、トプコールSには新種ガラスがあって空気レンズがありません。白澤氏の著書によって裏付けられたこの対応関係が、設計の転換を読み解く鍵です。二つのレンズの狙いを比べると、初期型は像面の平坦化と非点収差の除去による「近距離から無限遠までの安定性」を、トプコールSは像面湾曲とコマフレアの除去による「画面の中心から周辺までの均一性」を重視していました。手段は異なりますが、どちらも像面性能の向上という同じ方向を向いていたと言えます。当初は空気レンズでしか得られなかった補正の自由度を、新種ガラスが代わりに担えるようになった、という理解が自然でしょう。
そのほかにも、光学設計の一般原理から、次のような要因が複合的に働いたと考えられます。ただし、トプコール固有の一次資料(特許など)による裏付けはまだ得られていない点にご留意ください。
  •  カラーフィルムの普及:感光層を重ねたカラーフィルムは、モノクロフィルムより本質的に解像力が劣ります。フィルム側がボトルネックになれば、空気レンズでまで解像力を追うことはオーバースペックになります。
  •  コントラスト重視への転換:カラー時代には解像力よりコントラストが写りの印象を左右します。空気との境界面が増えるとフレアや乱反射が生じやすく、むしろ不利に働きます。
  •  製造面の合理性:空気レンズは面精度や組立精度(偏心)への要求が厳しく、貼り合わせ構成のほうが量産に向いています。


「縦深描写」という思想

大沢氏がトプコールSの設計で重視したのが、「縦深描写」という考え方です。大沢氏の造語とされるこの言葉は、レンズを評価するには、解像力や周辺光量といったピント面上の性能だけでなく、ピント面の前後(奥行き方向)で解像力がどう変化するかにも注目すべきだ、という主張でした。

当時のレオタックスの広告文には、この縦深描写についての解説があります(『クラシックカメラ専科No.29』に引用)。要旨は次のとおりで、「ピントを合わせたときのアウトフォーカス部の描写は、人間の目で見た面白さよりもレンズ固有の性質に左右され、レンズの癖が前面に出がちである。それを人間の視覚に近づけ、自然に見えるようにしたレンズを『縦深描写が自然なレンズ』と呼ぶ」――というものです。

つまり縦深描写とは、後年「ボケ味」と呼ばれるようになる概念を指していたと考えられます。英語の“bokeh”が欧米で写真用語として定着したのは1996〜97年頃とされ、米国のカメラ雑誌「Photo Techniques」の当時の編集長マイク・ジョンストン氏が「Bokhe」についての1997年に特集記事を発表したのが、決定的な知名度を得るきっかけになったと言われています。日本語の「ボケ味」が一般化したのが、いつだったのか特定はできていませんが、1950年代の時点で設計者自身が「解像力の変化」という技術的な言葉でこの問題を語っていたことは、後年のボケ味論を先取りする興味深い事例といえます。少なくともツァイスとヤシカが業務提携を組んだ1974年には、既にヤシカの設計者がこの言葉の意味する概念をツァイス設計陣への説明に使用していました。考えてみると、丸山氏の初期型が評された「近距離から無限遠まで収差の変化が少ない」という特性も、奥行き方向の一貫性を重んじる発想と通底しています。設計者は異なっても、ピント面の外側まで見つめる評価軸は、東京光学のレンズ設計文化として共有されていたと考えられますし、後に登場し東京光学のもう一つの名玉と称えられるRE TOPCOR 58mm F1.4の設計理念は、この頃既に出来上がっていたのかもしれません。


実測が語るトプコールSの実力

トプコールSの実力は、発売から約40年後に数値でも裏付けられました。『アサヒカメラ』1993年12月増刊「郷愁のアンティークカメラIII・レンズ編」で、ミノルタのレンズ設計者である小倉氏が、実測データに基づいて評価しています。







特に注目されるのは、球面収差の扱いです。小倉氏は、当時の国産レンズとしては珍しく開放絞りから使える「完全補正」の設計であり、ライツのズミクロンに近い収差設計の傾向だと評しています。この実測結果は、白澤氏が記した「像面湾曲とコマフレアの除去」「中心から周辺まで均一な解像力」という設計の狙いを、そのまま数字で示すものです。高性能な新種ガラスを使い、絞り開放での性能を重視するという点で、トプコールSは初代ズミクロンと同系統の設計思想に位置づけられるのです。

大沢氏のトプコールSは44mm F2とともに、当時から国内外で高い評価を得ていました。その評価はいまも色あせず、L39マウントの名玉として、クラシックカメラ愛好家の間で根強い人気を保っています。


参考資料

  • Through the lens by TOPCON:TOPCON公式ページ
  • 白澤章茂『トプコンカメラの歴史:カメラ設計者の全記録』(クラシックカメラ選書41、朝日ソノラマ)
  • 田中恂『クラシックカメラ専科No.29 モダンクラシック』p.118–122(朝日ソノラマ)
  • 『アサヒカメラ』12月増刊(1993年)「郷愁のアンティークカメラIII・レンズ編」
  • 『アサヒカメラ』1951年12月号 84頁
  • 『写真工業』1956年8月号 136–138頁
  • 『時計とレンズ』1951年4月号
  • 『計測技術』第2巻第12号(1974年)
  • 『工業技術』第20巻第12号(1979年)
  • 「東京光学五十年史」
  • 辻定彦『レンズ設計のすべて』
  • TOPCON-CLUB レンズ構成図
  • camerapedia「Topcon 35-S, L and JL」
  • Wikipedia「ライカマウントレンズの一覧」
  • 知乎「立体感之镜:东京光学 Topcor-S 50mm f/2」

中古市場でのレンズの相場

トプコールSは、国産のライカ・スクリューマウントレンズとしては比較的流通量が多く、状態の良い個体なら、国内ではおおむね2.5万〜5万円程度、eBayでは4万~6万円程度で取引されています。モデルごとの国内価格の傾向は次のとおりです。

  • 初期型(Sなし):3万〜5万円程度。流通量が少ないため、S型より高めの値が付くこともあります。ただし出物が少ないぶん、価格のばらつきも大きくなります。
  • 前期型(白鏡胴):2.5万〜4万円程度。S型の中では標準的な価格帯です。新種ガラスによる新設計の描写を、クラシックなシルバー鏡胴で楽しめる点が人気の理由です。
  • 中期型(パンダ):3万〜5万円程度。白黒ツートーンの外観に人気があり、同程度の状態なら前期型より高めに付くこともあります。1957年以降に製造された個体は、後群の偏芯を厳しく抑える加工工程を経ているため、品質面での安心感もあります。
  • 後期型(黒鏡胴):2.5万〜3万円程度と、S型の中では手頃です。中期型の途中で改善された加工工程を引き継いでおり、軽量で実用派に好まれます。ただ、外観が地味なぶん人気は一歩譲り、相場もやや低めです。
今回は実写での比較を念頭に置き、中古店や国内ネットオークションを通じて、初期型・前期型・後期型を各1本入手しました。中期型は手元にありませんが、光学系の設計は前期型・後期型と同一で、1957年以降に製造された個体は後期型と同じ加工工程を経ていることから、描写は後期型と同等と考えてよいでしょう。
 
撮影テスト
3本とも開放からフレアが少なく、すっきりとした描写を見せます。ピント面の画質は中心から周辺まで均一で、解像感のある緻密な像を結びます。70年近く前のレンズとは思えないほど開放から安心して使える点は、3本に共通する美点です。

一方で、屋外、とくに光の条件が厳しい場面では、モデルごとの個性がはっきりと表れます。

初期型(Sなし) は、3本のなかでコントラストの低下が最も目立ちます。逆光ではグレアによる乱反射の影響が強く、光の入り方によっては暗部のトーンが浮き、発色も淡くなりがちです。後群を分離した空気レンズ構成はガラスと空気の境界面が多く、そのぶん内面反射が生じやすいことも一因と考えられます。また周辺光量の落ち込みもS型より大きく、明暗差のある場面では四隅がはっきりと暗くなります。ただ、こうした柔らかなトーンや周辺の落ち込みは、見方を変えればクラシックレンズらしい味わいでもあり、順光や曇天下では穏やかで上品な描写を楽しめます。

トプコールS は、コーティングの改良によるものか、コントラストが良好です。なかでも後期型は3本中もっとも鮮やかな発色が得られ、逆光にもある程度耐えます。周辺光量も改善されており、画面全体で均一な明るさが得られます。新種ガラスの採用と接合構成への移行によって、空気との境界面が減ったことも、このヌケの良さに寄与しているのでしょう。前章で触れた「カラー時代のコントラスト重視」という設計転換の狙いが、実際の写りからも読み取れます。

ボケについては、どのモデルにも大きな破綻は見られません。二線ボケや極端な騒がしさは少なく、大沢氏が掲げた「縦深描写」、さらに丸山氏の初期型が評された「近距離から無限遠まで収差の変化が少ない」という特性が、アウトフォーカス部の自然さとして表れているように感じられます。

総じて、3本とも画質面で大きな弱点はなく、同時代の同クラスのレンズとしては非常に優秀だという印象です。空気レンズの初期型か、新種ガラスのS型か。設計思想の違いがそのまま写りの違いとして現れるところに、この2系統のトプコールを撮り比べる面白さがあります。

TOPCOR-S 5cm F2 前期型 + Nikon Zf

F2(開放) TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F2(開放) TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F2(開放) TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F2(開放) TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F2(開放) TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F5.6 TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F4  TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F2(開放) TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F2(開放) TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F2(開放) TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F4  TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F2(開放) TOPCOR-S(前期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

TOPCOR-S 5cm F2 後期型 + Nikon Zf

F2(開放) TOPCOR-S(後期型)+Nikon Zf(WB:くもり)

F2(開放) TOPCOR-S(後期型)+Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピンク)

F2(開放) TOPCOR-S(後期型)+Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)
F4  TOPCOR-S(後期型)+Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア)

F2(開放) TOPCOR-S(後期型)+Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピンク)
F2(開放) TOPCOR-S(後期型)+Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピンク)

F4  TOPCOR-S(後期型)+Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピンク)


F4  TOPCOR-S(後期型)+Nikon Zf(ピクチャーコントロール:St)


 



F4  TOPCOR-S(後期型)+Nikon Zf(ピクチャーコントロール:St)
 
 













 TOPCOR 5cm F2 初期型 + Nikon Zf
F2(開放) TOPCOR(初期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア )

F2(開放) TOPCOR(初期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア )


F2(開放) TOPCOR(初期型) + Nikon Zf(ピクチャーコントロール:ピュア )
F2(開放) TOPCOR(初期型) + Nikon Zf
F2(開放) TOPCOR(初期型) + Nikon Zf