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2026/08/11

Ernst Leitz Wetzlar THAMBAR 9cm F2.2(Leica L39)

 

理想よりも独自性を選んだ

ソフトフォーカス界の異端児

Ernst Leitz Wetzlar THAMBAR 9cm F2.2(L39)

タンバール(Thambar)は、ライカ(Ernst Leitz社)が1935年に発売した、ポートレート撮影用のソフトフォーカスレンズです。ソフトフォーカスレンズと聞けば、収差に由来する滲みを積極的に活用し、柔らかく幻想的な描写を生み出す特殊なレンズ、というのが一般的なイメージでしょう。しかしタンバールは、その滲みの生み出し方が他の同種レンズとは異なっており、この独自性こそが、タンバールを特異な存在にしています。

一般的なソフトフォーカスレンズは、球面収差を補正不足側に大きく振ることで滲みを得ています。ところがタンバールは逆方向、すなわち過剰補正側に大きく振ることで滲みを作り出しているのです。この違いは、ピント面そのものよりも、ピント面から外れた部分の結像——つまりボケ味——に大きな差を生みます。一般的な補正不足型のソフトフォーカスレンズでは、被写体の背後は柔らかく、なだらかにボケるのですが、反対に被写体の前方は硬くゴワゴワとしたボケ味になります。背景のボケ味を重視するポートレート撮影において、これは理想的なボケ味と言えます。

ところがタンバールでは、この前後関係が逆転します。背後のボケがむしろ硬い結像となり、バブルボケや二線ボケを伴います。これこそが、このレンズの作風を決定づけていると言えるでしょう。「理想」を捨てたタンバールだけがたどり着ける描写表現の境地は、同時に、多くのソフトフォーカスレンズには到達できないものでもあります。

タンバール特有の滲みやフレアを活かした描写は、現代のポートレートやアート写真の領域でも根強い支持を集めています。その独特な表現の系譜は、ソフトフォーカス界の本流にこそなりませんが、「タムロン SP70-150mm SOFT」や清原光学の「清原ソフト」といった後世の製品にも受け継がれています。

フィルター径 48mm, 重量 500g, 最短撮影距離 1m, 絞り羽 20枚構成, 絞り F2.2-F6.3, ライカLマウント,製造期間 1935-1942年, 製造本数 約3500本, 設計構成 3群4枚ヘクトール型, 設計者 Max Berek

タンバールを設計したのは、エルマーやズマールの設計を手掛けたライツ社の光学技師、マックス・ベレーク(Max Berek: 1886-1949)です。ベレークは本レンズの開発にあたり、光学的欠陥の原因と補正に関する豊富な知見を活かしながら、あえて一定量の球面収差を残すという道を選びました。ベレクが本レンズの開発に寄せた設計思想は、「本来ならシャープに設計し得るレンズにおいて、球面収差を意図的かつ精密に調整することで、コントロールされた望ましいソフトフォーカス効果を生み出す」ということだったと言われています。それは、当時の光学設計における新たな境地を切り拓く試みでもありました。

タンバールは1935年に発売され、生産終了となる1942年までの間に3500本が生産されています。なお、レンズの名称は、ギリシャ語で「ぼやけた」を意味する「タンボ(thambos)」に由来しています。

Thambarの構成図(左が被写体側):同じ3群4枚のHektorをベースに球面収差をコントロールすることで設計された



レンズの相場

製造個体数は3500本とあまり多くありません。このため比較的高値で取引されています。ただし、流通量はそれなりにあるようで、ネットオークションなど、中古市場では常時見かけるレンズです。ガラスに大きな問題のない個体であれば、現在は4045万円程度からが国内ネットオークションでの取引相場となります。ただし、センターフィルターが欠如している場合には、これよりも安くなる傾向があります。

今回ご紹介する個体はlense5151さんからお預かりした個体です。強い光を通すと微かなクモリがありましたが、通常に撮影には影響のないレベルでした。


参考文献・資料

[1] R. Kingslake "A history of the photographic lens"

[2] アサヒカメラ ニューフェース診断室『ライカの20世紀』朝日新聞社

[3] Thambar instruction booklet

[4] Thorsten Overgaard's Leica

[5] camera wiki: Thanmar 9cm

[6] Green Mountain Camera

[7] Puts Pocket Pod


 

撮影テスト

強い過剰補正型のレンズであるため、開放ではピント面に滲みが生じ、特にピント位置より手前側でその量が増していきます。このソフト効果は奥行きのあるシーンで前ボケの質感として現れやすいのが特徴です。一方で背景のボケは形状を保ったままザワゾワと硬めに描写され、点光源はバブルボケに変わります。これらの傾向は開放からF2.6付近まで続きますが、それ以上に絞るとフレアが急速に収まり、ピント部は細密でシャープな像へと変化します。

フレアの効き具合はF2.2F2.6の間で調整できますので、被写体との距離や求める質感に応じて絞りを使い分けると良いでしょう。

バブルボケを狙う場合は、どうしても逆光気味のシチュエーションが多くなります。そのため、ハレーションを抑えてコントラストを確保するには、深めのレンズフードを装着することが欠かせません。描写の安定性を保つうえでも、フードの有無が仕上がりに大きく影響します。

F2.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰)


F2.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰)






F2.4 Nikon Zf(WB:日陰)
F2.4 Nikon Zf(WB:日陰)
F2.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰)
F2.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰) AAZ
F2.2(開放) Nikon Zf(WB:Auto)

F2.2(開放) Nikon Zf(WB:Auto)

F2.2(開放) Nikon Zf(WB:Auto)

F2.2(開放) Fujifilm GFX100S(WB:Auto)
















































































F2.5  Fujifilm GFX100S(WB:日光, 35mm mode)
















F2.5  Fujifilm GFX100S(WB:日光, 35mm mode)

































































F2.2(開放) Nikon Zf(WB:日陰)











2019/04/20

Ernst Leitz Wetzlar, Hektor Rapid 2.5cm F1.4 and 2.7cm F1.4 (C mount)









ボレックスに供給されたライツのシネレンズ
高速ヘクトール
Ernst Leitz Wetzlar HEKTOR RAPID 2.5cm F1.4 and 2.7cm  F1.4
ライツ発祥のレンズ構成と言われ真っ先に思い浮かぶのは、同社のレンズ設計士マックス・ベレーク(Max Berek)[1886-1949]がトリプレットからの発展形態として開発したヘクトールシリーズです。今回はベレークが1930年から1931年にかけて設計したヘクトール・ラピッド(Hektor Rapid )を取り上げたいともいます。このレンズは16mmシネマムービーカメラのBolex 16H用として1934年頃から供給されました[文献1-2]。レンズが開発された当時はツァイス・イコン社のルードビッヒ・ベルテレがコンタックス用ゾナー(Sonnar)をF1.5の明るさで設計し、世界に衝撃を与えた時代です。一方で、これとほぼ同時期にベレークがF1.4の明るさのレンズを設計していたことは賞賛に値します。Hektor RapidもSonnarも、クックのトリプレット(Triplet)を起点に明るさと包括画角の拡大を追求する過程のなかで誕生したレンズですが、興味深いこのとに両者のアプローチや最終的な設計形態は全く異なるものでした。開放F値が明るく生産本数が少ない上、ライツのブランドということもあり、現在でもたいへん人気のあるレンズです。

初期のHektor Rapidはノンコート仕様のレンズで、焦点距離は2.5cmと表記されていました。1937年になると表記が実焦点距離に改められ2.7cmになっています。2.5cmと2.7cmのレンズを入手し撮り比べまで行ってみましたが、両者の画角や写りに差はなく、完全に同一品であると判断できます。1938年からはガラス面にコーティングが施されるようになり、シャープネスやコントラストが更に向上しています。レンズの生産は第二次世界大戦中も続いていましたが、戦時下のドイツでは厳しい生産統制が敷かれていましたから、このレンズは主にプロパガンダ映画の撮影用に供給されていたのでしょう。大戦後はボレックスの製造を手掛ていたスイスのバイヤール社がカメラに搭載するレンズを自国製のケルン・スイター(Kern-Paillard Switar)25mm f1.4に変更したため、Hektor Rapidは役割を終え、生産中止となっています。なお、レンズ名のRapidは「高速(=明るい)」の意味で、Hektorは愛犬家でもある設計者ベレークが飼っていた2匹の犬の片方の名前から来ています。もともとの意味はギリシア神話に出てくる英雄の名でした[2]。


Triplet(1893)からHektor Rapid(1934)に至る設計構成の改良の足取り。左が被写体側で右がカメラの側。Hektor Rapidの光学系は1930年から1931年にかけてMAX BEREKによって設計され、1931年にドイツ特許、1932年に米国特許が出願されています[2]







レンズの設計は上図の下段・左に示すような4群7枚構成で[3]、COOKEのTriplet(上段・左)を起点に改良が進められました。明るさを求める改良を経る中で、Hektor Rapid の前群側は最終的にガウスタイプの設計に合流していることがわかります。
なお、Hektor Rapidには1.2cm F1.5のDマウントの製品も存在します。また、ヘクトールタイプ(上段・右の3群4枚構成)を採用したレンズとして、球面収差を意図的に過剰補正にしたソフトフォーカスタイプのタンバール(Thambar)という兄弟レンズもあり、こちらはとても高価なうえ、現在でも復刻版が出るほど人気があります。

参考文献 
[1] Leitz Photo Objektive(1933) Ernst Leitz, Wetzlar カタログ
[2] US Pat.1,899,934 MAX BEREK(1933 Mar.7/1932年米国特許出願/ 1931年ドイツ特許出願)
[3] "Hektor Rapid 2,7cm F1.4" PP.Ghisetti e M.Cavina

入手の経緯
焦点距離2.5cmのモデルも2.7cmのモデルも同一設計のレンズ(同一品)ですから、迷う必要はありません。選択のポイントはコーティングの有る無しだけです。自然な発色と軟らかいトーンを求めるならば初期のノンコート版、鮮やかな発色とコントラストの高い描写を求めるならばコーティング付きがよいとおもいます。中古市場での流通量は少なく中古相場は安定していません。感覚的には6万円~8万円程度が相場かなと思っていますが、国内のショップでは10万円を超える売値で出ていることもあります。私自身は2019年1月に国内のネットオークションにて3万円台後半で落札し手に入れました。焦点距離2.5cmの希少モデルだったので、よく見かける焦点距離2.7cmのモデルとの違いに興味が沸いたのでした。結果的には同一品でしたが・・・。
Cマウントレンズの多くは2009年に世界初のミラーレス機が発売されるまで、用途の無い死蔵レンズとして、メンテナンスされることもなく半世紀もの間眠っていました。このため中古品にはヘリコイドグリスの固着した個体が多く出回っています。Cマウントレンズの中古品を手に入れる場合には、グリス交換を前提としたほうがよいとおもいます。
Hektor Rapid 2.5cm F1.4:  F1.4- F16, 絞り羽 10枚, 最短撮影距離 2 feet(約61cm), フィルター径 約31.5mm,Cマウント,重量(実測)132.6g(フードなし), S/N: 3851XX(1937年製)ノンコート









Hektor Rapid 2.7cm F1.4:   F1.4- F16, 絞り羽 10枚, 最短撮影距離 2 feet(約61cm), フィルター径  約31.5mm, Cマウント, 重量(実測) 136.5g(フード込), S/N: 5503XX(1940年製)コーティング付
撮影テスト
写りにはかなりの特徴があり、本来は16mmシネマフォーマットの映画用カメラに適合するよう設計されているものを、これよりも遥かに広いマイクロフォーサーズフォーマットのカメラで使用しているためです。写真の四隅で画質が乱れるのは当然のことで、良い意味で「普通」のレンズではありません。開放ではマイクロフォーサーズセンサーをギリギリでカバーできるイメージサークルがあり、F4まで絞るとハッキリとケラれるようになります。純正フードを装着するとケラれが大きくなりますので、気になる場合は外した方がよいでしょう。
戦前のCマウントレンズにしては発色がかなり良好で、この種のレンズを使い慣れている人には目から鱗かもしれません。近接撮影では適度に滲み、ソフトな描写傾向が強まりますが、反対にポートレートから遠景ではもう少しシャープに写ります。少し絞るだけでコントラストは急激に向上し、スッキリとヌケの良い描写になります。遠景を開放で撮ると前ボケが四隅に向かってグワーッと放射状に流れ、とても面白い画になります。

★ Rapid Hektor 2.5cm F1.4(ノンコート版・フード無し) + Pen E-P3★
F1.4(開放)Hektor Rapid 2.5cm F1.4(フード無し) + Pen E-P3(16:9 mode, AWB)




F1.4(開放)Hektor Rapid 2.5cm F1.4(フード無し) + Pen E-P3(16:9 mode, AWB)

F1.4(開放)Hektor Rapid 2.5cm F1.4(フード無し) + Pen E-P3(16:9 mode, AWB)
★ Rapid Hektor 2.7cm F1.4(コーティング付・フード有) + Pen E-PL6★

F1.4(開放); Hekor Rapid 2.7cm F1.4 (フード付)+ Olympus E-PL6(AWB) グワーッツと流れます


F2; Hektor Rapid 2.7cm F1.4(フード付) + Pen E-P3 (AWB) 純正フードを付けた状態では、四隅のケラれが強くなります









F1.4(開放); Hektor Rapid 2.7cm F1.4 (フード付)+ Pen E-P3(AWB)近接撮影ではソフトな描写傾向が強まります





F4,  Hektor Rapid 2.7cm F1.4 (フード付)+ Pen E-P3:  絞るとコントラストは高く、かなりシャープに写りますが、F4から周辺がケラれてしまいます。避けたいならば純正フードは外したほうがよいでしょう