おしらせ

2014/07/02

アンケートの集計結果(3) オールドレンズユーザーが好むレンズの描写特性に迫る

オールドレンズ愛好家達はレンズのもつ描写特性のどの部分に惹かれているのでしょうか?本ブログでは2014年3月1日から同年月5月22日までの約80日間、ブログを訪れた方々に対し投票式の公開アンケートを実施し、449人から回答を得ました。アンケートの内容は下図に示すような14の選択肢から好みの描写特性を最大4件まで選択回答するというものです。

[設問] オールドレンズの好きな描写特性をお選びください。複数回答が可能ですが4つまででお願いします。

横軸には回答件数(および回答率%)を提示しました。446人がアンケートに回答し、全14項目の中から一人当たり平均3.1件(最大4件に制限)を選択回答していただきました。集計結果の再下段にある「その他(リストにはないもの)」にも26件(回答率5%)の回答が寄せられています。ここには例えば「立体感」のような感覚的には把握されているものの理論的によくわからない描写特性を望むオールドレンズ愛好家達の残留思念が漂っているものと思われます


この集計結果からわかる「万人受けするオールドレンズ」とは、
  • ①発色がノーマルではなく、固有の特徴があり、
  • ②階調が軟らかく、
  • ③収差(ハロやコマ)に由来するモヤモヤとしたフレアや滲みが発生し、
  • ④解像力があり、
  • ⑤グルグルボケや放射ボケがみられる
というレンズです。③の「フレアや滲みを伴うソフトな描写」と④の「高解像」は一見矛盾するように思われますが、実は両立しており「線の細い描写」という意味に集約されます。①から⑤までの全てを満足するレンズが実在すれば欲張りなユーザーも大満足のはずです。はたしてそんなレンズはあるのでしょうか。参考までに Angenieux Type R1は①が〇、②が〇、③も〇、④も〇、しかし・・・⑤は残念ながら×となり総合評価がとても良いことになります。Xenotarは①が〇、②は×、③は×、④は〇、⑤は△です。

アンケートにご協力いただきました皆様に心より感謝いたします。

2013年度に実施したアンケートはこちら
2012年度のアンケートはこちらです。

2014/06/16

KMZ Orion-15 2.8cm F6(L39)




広い画角にわたり均一な画質を維持することのできる球形状のレンズは、広角レンズに適した設計とされている。このことはレンズの形状が完全に球であると仮定することで、光軸がどの方角にも定義できないことから容易に理解できる。一般にレンズの描写力は光軸の近く(写真中央)が良好で、そこから外れるほど(周辺部ほど)悪くなる。ならば、レンズが光軸の概念を捨てたとき、写真には一体何が写るのであろうか。無収差の世界か。それとも完全に破綻した世界か。おそらくそれは、この種の球形レンズを使った人にしかわからない。

左はCarl ZeissのTopogon(R.Richter設計)で米国特許Pat 2031792(1933)に掲載されていた構成図からのトレース・スケッチ、中央はKMZ製Orion-15の構成でthe 1st Soviet Camera Catalogue (1958)に掲載されていたものからのトレース・スケッチ、右はZOMZ製Orion-15の構成で同社のレンズカタログからトレースである
軸外光よ。どこからでもかかってきなさい!
KMZ Orion-15 2.8cm F6
Orion(オリオン)シリーズは旧ソビエト連邦(現ロシア)で光学技術の研究を統括するGOI (Gosudarstvennyy Optical Institute )という機関が1930年代から開発をすすめてきたTopogon(トポゴン)タイプの広角レンズである。Topogonと言えばZeissのRobert Richter(ロベルト リヒテル)が1930年代初頭に開発した4群4枚の対称型広角レンズで、優れた広角描写と歪み(歪曲収差)を極限まで抑えることのできる性質から、航空測量用カメラに搭載するレンズとして活躍した。GOIはロシアとドイツの国交が盛んだったドイツ・ワイマール共和国時代(1919~1933年)に両国間の技術協力の一環として、ドイツからTopogon F6.3の設計に関する技術支援をうけており、1930年代後半にはOrion-1A 20cm F6.3(30 x 30cm大判フォーマット)、Orion-2 150mm F6.3(18 x 18cm大判フォーマット, 1937年登場)の開発に至っている。両レンズとも航空測量に用いられた。
今回入手した一本はGOIが1944年に開発したOrion-15(オリオン15) 28mm F6である。レンズ名の由来はギリシャ神話の巨身美貌の狩人オリオンである。発売当初はKievマウント(旧Contax互換)のみに対応し、1944年から1949年にかけてごく少量のみが生産された。レンズの生産が本格化したのは1951年からで、KMZ(クラスノゴルスク機械工場; Krasnogorsk Mekanicheski Zavod)がOrion-15の生産をGOIから引き継ぎ、Kiev用(旧Contax互換)とFED用(Leica M39互換)の2種を再リリースしている。このレンズは登場後、建造物の撮影やパノラマ撮影の分野で活躍し、1959年に開催された第2回ソビエト連邦国民経済成果展示会(the 2nd degree diploma of the Exhibition of Achievements of the National Economy of the USSR)で優れた工業製品として表彰された。1963年頃からはZOMZ(ザゴルスク光学機械工場; Zagorsky Optiko-Mechanichesy Zavod)がレンズの生産を引き継いでいる。ZOMZによる生産がいつまで続いたのかは明らかになっていないが、中古市場に出回る製品個体のシリアル番号を私が調査した限りでは、少なくとも1978年まで製造されていた。なお、市場に流通している製品個体の多くはクローム鏡胴であるが、1966-1967年に生産されたブラックカラーモデルも少量ながら流通している。

参考: SovietCams.com
Topogonの米国特許: Pat 2031792(1933) by Robert Richter

重量(実測)62g, フィルター径 40.5mm, 絞り値 F6-F22, 絞り羽 7枚(開放でも絞り羽根が完全に開ききらないが、これで正常なのである), 最短撮影距離 1m, 対応マウント Fed(Leica L39互換)/Zorki(旧Contax互換),本品はFed用(L39), 構成 4群4枚Topogon型, 焦点距離 2.8cm, GOI製/KMZ製/ZOMZ製が存在する。解像力(フィルム中央点から0mm /10mm /20mm): 55 /35 /26 lpmm, 仕様書の公式記載解像力(中央/周辺):45/18 lpmm, 光透過係数:0.8, けられ(周辺光量落ち):67%






入手の経緯
本品は2014年5月5日にeBayを介しウクライナのセラーから即決価格249ドルで購入した。オークションの解説は「EXC++。硝子はパーフェクトのOrion-15。外観は9/10点、光学系は前玉・後玉とも10/10点のパーフェクトな状態」とのこと。ベークライト製のケースと前後のキャップが付属していた。商品は当初24980円のスタート価格でヤフオクに出品されており「ウクライナからの発送」とあった。私を含む3人がこの商品に対し入札したが30500円で競り負けた。仕方なしにeBayで同一品を探したところ、なんとシリアル番号と写真が全く同一の商品が250ドルの即決価格で出ていた。そこで、こちらを落札したわけだ。出品者には発送前にシリアルを確認するようにと釘をさすことにした。1週間後に届いた品は写真と同一のシリアル番号をもつ個体で、記述どおりにガラスはとてもいい状態であった。eBayでの中古相場は250ドル前後、ヤフオクでの相場は3万円程度であろう。この手の転売屋がどういうシステムで動いているのか気になるところだが、おそらくヤフオクでの落札者の元には異なるシリアルの製品個体が届くなど何らかの影響があったに違いない。誰が犠牲になったのかはわからないが、一歩間違えればそれは自分であった。

撮影テスト
Orion-15の描写の特徴は四隅まで解像力が良好で、歪みはほぼなく、色収差、像面湾曲、非点収差が十分に補正されていることである。口径比がF6と控えめなため球面収差とコマ収差は無理なく補正でき、開放でも滲みは見られずにスッキリとヌケのよい写りである。階調描写は軟調系で絞ってもコントラストは控えめであるが、そのぶん中間階調は豊富にでており、逆光時においてもシャドーは潰れにくい。周辺光量落ちが顕著にみられるという事前情報を得ていたが、実写に影響がでるほど光量落ちが気になるようなことはなかった。カタログスペックでも中央部に対し四隅で67%の光量落ちと解説されている程度なので、あまり心配する程の事でもなさそうだ。逆光にはそこそこ耐え条件が悪いとゴーストはでるものの、フレア(グレア)まで発展することはない。絞りに対する画質の変化は殆どなく、正直に言ってしまえば面白みに欠けるが、レンズグルメなら一度は体験してみたい類のレンズではないだろうか。以下作例。Camera: Sony A7(AWB)
F11, sony A7(AWB): 逆光にはそこそこ耐え、グレア(内面反射由来のフレア)は出にくい。おもいきり逆光での撮影だが、シャドーは潰れず中間階調は依然として豊富に出ている


F11, sony A7(AWB): あぁ困った。四隅までキッチリ写っている。ヌケは良い。やはり、このタイプのTopogon型レンズは建造物を撮るのに適している。よくわかった




F6(開放),sony A7(AWB): ヘリコイドアダプターにて最短撮影距離を強制的に短縮させた。ボケは安定している

F6(開放), sony A7(AWB): 球体鏡を写しているので、さすがにこれでは像が歪む