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2025/11/15

Voigtländer SKOPARON 35mm F3.5 (Prominent)


あらら、プロミネント用アダプターに装着できないとは。想定外の出来事に、思わず心がときめくではないですか。

凹メニスカスの静かな主張:アダプターが使えないからオフロード走行でひた走る

Voigtländer SKOPARON 35mm F3.5

1950年代初頭はバックフォーカスを延長したレトロフォーカス型広角レンズが登場し始めた時期です。アンジェニュー・タイプR1やカールツァイス・フレクトゴンなどが先陣を切り、この分野のパイオニアになったことで知られていますが、フォクトレンダー社からも同種のレンズが市場供給されていたことは、しばしば見過ごされがちです。同社のレンジファインダー式カメラ「プロミネンⅠ型(1950年発売) 」 に搭載する広角レンズとして1954年に発売されたスコパロン35mm F3.5のことです[1]。

このレンズがあまり注目されないのも無理はありません。多くのレトロフォーカス型レンズが一眼レフカメラのミラー干渉を回避する目的で設計されたのに対し、スコパロンはフォクトレンダー社が自社のカメラに採用したビハインドシャッター方式に対応するための設計でした。後に一眼レフカメラ黄金時代が到来することを考えると、この特殊なカメラ機構への対応という変則的な事情が、スコパロンの技術史的な位置付けを曖昧にしてしまったのです[2]。

注目されない原因はもう一つあり、極めて特殊なフォーカス機構です。このレンズには光学系全体が鏡胴内部で前後に移動する、インナーフォーカスにも似た構造が備わっています。ただし、インナーフォーカスが光学系の一部のレンズ群のみを移動させるのに対し、スコパロンは全群繰り出し方式のため、マウント部に繰り出し量を制御するための機構が別途必要になりました。このような特殊性が、ノクトンやウルトロンなどに使われる一般的なプロミネン用アダプターの装着を不可能にしており、結果としてプロミネント本体で扱う以外の選択肢がありません。技術的な「時代の主流」から外れ、奇抜な独自路線を築いたフォクトレンダーらしいアプローチとも言えますが、現代のデジタルカメラとの相性は劣悪で、デジタルカメラでの作例が現在のインターネット上に皆無なのも、このマウント・フォーカス機構の特殊性に起因する事態と言えます。

とはいえ、手元に届いたのも何かの縁。マウント部にM42ネジを設置する加工を施し、直進ヘリコイドに搭載。下の写真のようにライカL39マウントレンズとしてミラーデジタルレスカメラで使用できるカスタム仕様にしました。

(a) M42リングを装着したところ。側面からイモネジで留めつつ、接着剤で補強をすれば耐久性的には十分かと思います (b) M42 to M39ヘリコイド(17-31mm)を装着したところ。白銀のスポーツカーにオフロード用タイヤをはめたような不思議な感覚です。これで結構な近接域まで寄れマクロレンズのようにも使えます


レンズ構成はレトロフォーカス型レンズの創成期によくある典型的なスタイルで、既存のレンズ構成をマスターレンズとし、前方に凹メニスカスレンズを据え付けた形態です[3]。本レンズの場合はマスターレンズがテッサータイプとなっています(下図)。一眼レフ用レンズとは異なり、バックフォーカスの延長量が一般的なレトロフォーカスレンズよりも短いため、凹メニスカスには度数の比較的の小さなものが採用されています。口径比もF3.5と無理がなく、黎明期のレトロフォーカスタイプにしては、案外とよく写るレンズなのかもしれません。

本レンズを設計したのはフォクトレンダー社でノクトンやウルトロン、カラースコパー、スコパゴンなどの設計を手がけたトロニエ博士(A.W.Tronnier)です[3,4]。1952年にレンズ構成の米国特許を公開しました[3]。 レンズは1954年から市場供給されています[1]。

左: A.W.Tronnier 45-46歳のイラスト(似顔絵),   右: Skoparon構成図(トレーススケッチ)




 

入手の経緯

このレンズをデジタルカメラで活かす事の出来るマウントアダプターがないため、中古市場での人気は今ひとつです。海外ではeBayなどのオークションサイトで110ユーロ/130ドル(20000円)前後からの値段で取引されてます。日本ではヤフオクやメルカリでの個人売買が15000〜20000円程度、ショップでは20000~25000円程度からです。私は202511月にメルカリにて状態の良い個体を見つけ購入に至りました。商品の説明には「外観・レンズともに非常に状態の良い美品」とあり、実際に届いた品も、わずかなホコリの混入を除けば申し分のないコンディションでした。プロミネント用アダプターに装着できないことが発覚したのは手元に届いた後です。どうしよう。自分が一番乗りになれるかもと予期せぬ事態にガッツポーズをしたものの、嬉しさ半分、困惑も半分です。


参考資料 

[1] Vogtlander Prominent カタログ "because the lens is so good" (1954)

[2] Rudolf Kingslake "a history of the photographic lens" / 「写真レンズの歴史」ルドルフ・キングスレーク クラシックカメラ選書11;  OPTICAL SYSTEM DESIGN By Rudolf Kingslake(1983) Academic Press Inc.

[3] 米国特許  US2746351A(1952年)

[4] Voigtländer "weil das Objectiv so gut ist", Voigtländer A.G., Kameras, Objectivem Zubehur; Voigtländer 1945-1986 UDO AFALTER(1988)

Voigtlander SKOPARON 35mm F3.5: 重量(実測) 230g, フィルター径 45mm, マウント規格 プロミネント外詰めマウント, 絞り羽 9枚構成, 絞り F3.5-F22, 最短撮影距離 2.3feet(約0.7m),設計構成 4群5枚レトロフォーカスタイプ, 発売年 1954年

 

撮影テスト

この時代のレトロフォーカス型広角レンズはコマ収差の対応方法が発見される前の製品ですので、開放では滲みを伴う軟調かつ柔らかい描写を期待することができます。ただし、今回取り上げるスコパロンは前玉に据えた凹メニスカスの度がそれほど強くないうえ、開放F値も3.5と無理のない設定になっていますので、画質的な破綻は無いのかもしれません。写真作例を見てみましょう。

F5.6 Nikon Zf(WB:日光)
F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)


F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)

F5.6 Nikon Zf(WB:日光) abc


F3.5(開放) Nikon Zf(WB:日光)




F5.6 Nikon Zf(WB:日光)
F5.6 Nikon Zf(WB:日光)


F5.6 NikonZf(WB:日光)
F3.5(開放) Nikon Zf (WB:日光)










とまぁ、見てのとおりに、予想といいますか期待は見事に外れ、かなりの優等生レンズでした。ライバルであるツァイスのBIOGONとライツのSUMMARONを迎え撃つだけのことはあります。開放でもピント部は隅まで高解像で端正、F2.8系の同種レンズよりも明らかに優れています。気づいたことと言えば開放で近接を取る際に、四隅の前ボケが少し流れるくらいです。滲みは僅かでスッキリと写り、歪みは良く補正されています。トーンは見てのとおりに開放で軟らかく軽やかです。少し絞れば死角は全くありません。最高級カメラのプロミネントに搭載されるレンズというだけのことはあります。

2025/10/15

Carl Zeiss Jena Pancolar 50mm F2


カラー時代に相応しい色再現を実現した

ツァイス光学技術の結晶

Carl Zeiss Jena PANCOLAR 50mm F2

PancolarのレビューについてはMarco Kröger 氏のWEBサイトzeissikonveb.de[1]が充実しており、今回の記事の作成にあたっては同氏の記事を参考にさせていただきました。Kröger氏に敬意を表します。

パンカラー誕生前夜──光学革命の幕開け

1930年、ドイツ・ショット社のエドウィン・ベルガー(Edwin Berger)は、後のレンズ設計に多大な影響を与える革新的なガラス硝材を発明しました[2]。その硝材は、高屈折率・低分散を特徴とするランタン系クラウンガラスで、金属酸化物を添加することで光学性能を飛躍的に向上させることが可能となりました。この技術革新は、当時の光学界にとって画期的なものでしたが、1930年代のドイツは経済的混乱と政治的緊張の中にあり、こうした高性能ガラスの安定供給は技術的にも体制的にも困難を極めました。量産化には、1939年にショット社が確立した新たな製造技術の登場を待たねばならず、写真用レンズへの実用化が本格化するのは第二次大戦後のこととなります。

分断された国、分岐する技術──そして新たな指導者の登場

戦後、ドイツは東西に分断され、光学技術の発展もそれぞれ異なる道を歩むことになります[5]。ショット社は西ドイツに拠点を置きながら、戦前から蓄積された技術を活かし、SK21SK22SK24SSK10などの特殊光学ガラスを次々に開発・供給しました。同時に、反射防止コーティング技術の進歩と普及が進み、これら二つの技術革新は1950年代以降のレンズ構成の在り方を根本から変えることになります。こうした技術的潮流をいち早く捉え、戦後間もなく35歳という若さで東ドイツ・カール・ツァイス人民公社のレンズ設計部門長に就任したのが、ハリー・ツェルナー博士(Harry Zöllner, 1912-2007)です。彼は新素材と新技術を積極的に取り入れ、戦後の東ドイツにおける光学設計の方向性を定める中心的存在となりました。そして、ツェルナー博士の設計した代表的なレンズの一つがパンカラー/パンコラー(PANCOLAR50mm F2です。

ゾナーはやめだ!ガウスを作れ!!

ゾナーと言えば戦前から続くカール・ツァイス製レンズ群の中で最高位のランクに位置づけられるブランドで、その名は光学性能と技術革新の象徴として広く知られていました。戦後においてもその評価は揺らぐことなく、ツァイスは世界初の一眼レフカメラCONTAX Sの開発に際し、標準レンズとしてゾナー57mm F2の開発を進めていました[3]。このレンズは一眼レフカメラに対応できるようバックフォーカスを延長した画期的なもので、当初のツァイス・イコン社は戦後もゾナーブランドを標準レンズに据えるべきだと主張しました。

しかし、1949年に発表されたハリー・ツェルナーの論文[4]が、この流れを決定的に変えます。彼は将来的な標準レンズの発展において、ゾナータイプよりもガウスタイプ(ビオター)の方が、画質・機能の両面で圧倒的に優位であると強調し始めたのです。ツェルナーの主張は、光学ガラスの性能向上やコーティング技術の進化が、ガウスタイプと性能向上により有利に働くという技術的根拠に基づいていました。さらにその背景には、ライツ社のズミタールやシュナイダー社のクセノンといった、すでに高い潜在力を秘め存在感を強めつつあったガウス型レンズの台頭もありました。実際に、彼の論文から数年後にはライツ社のズミクロンやフォクトレンダー社のウルトロンといった革新的なレンズが市場に登場し、先見の明が証明されます。 ツェルナーの提言を受け、1949年にツァイス・イコン社はゾナー57mm F2の開発を中止し、ガウスタイプへと軸足を移しました。このような経緯を経てツァイスのウィリー・ウォルター・メルテが戦前の1930年代に開発したガウスタイプのビオターに注目が集まります。

ビオターは戦後も販売が続けられ、一眼レフカメラのEXAKTA用交換レンズとして米国市場では一定の人気がありました。しかし、1930年代の古い設計では光学的な限界が見え始めていたため、1950年代初頭からツェルナーを中心に「次世代型ビオター」の開発が本格的に始まります。 新しいレンズには、より高い解像力、良好な色収差補正、コンパクトな設計、そして一眼レフに不可欠な十分なバックフォーカスを持つ50mmの標準レンズが求められました。しかし、バックフォーカスを確保しつつ焦点距離を50mmに抑えることは、当時のツァイスの光学技術をもってしても困難な課題でした。

パンカラーのルーツはトロニエのクセノンなのか?

一眼レフカメラに搭載されるレンズは、ミラーの可動スペースを確保するために、バックフォーカス(後方焦点距離)を長く取る必要があります。この点においては焦点距離が長いレンズほどマージンがありで有利ですが、標準レンズの焦点距離では稼働スペースの確保がギリギリとなります。例えば、古い一眼レフ用レンズのビオターが50mmではなく、やや長めの58mmになっているのは、この制約を考慮した結果です。

1950年初頭、この制約を回避できた50mmの標準レンズが1本だけ存在しました。それがシュナイダー社のクセノン 5cm F2で、1934年にトロニエによって設計されたレンズです。クセノンではガウスタイプの前群にある張り合わせ面を分離することでバックフォーカスを延長し、一眼レフカメラのEXAKTAに対応可能な構造を実現していました。驚いたことにツェルナーはこのクセノンに注目し、1952年に同レンズの設計をベースとしたビオター50mm F2の試作V130を開発します[1]。このレンズには新開発のランタン系ガラス「SK21」と重フリントガラス「F16」が使用されており、ツァイスとしては史上初めて一眼レフ用レンズで焦点距離50mmを達成した瞬間でした。直接的あるいは間接的にでも、トロニエの関与があったことが事実なら、これは歴史に埋もれていた驚くべき事実ですが、これは戦後の分断で著しく力を落としていたツァイス・イエナ社にとっては仕方のないことでした。かつてのビオターの設計士メルテと助手のロバート・ティーデケンはそれぞれ米国と旧ソ連に出国し、ツェルナー率いる設計陣は失われたダブルガウスの設計技術を取り戻すところから新型レンズの開発をスタートさせています。なお、ツェルナーとトロニエはフォクトレンダー社時代の在籍期間がオーバーラップしており、接点があった可能性は充分に考えられます(Marco Kröger氏の仮説:zeissikonveb.de[1]参照)。

しかし、V130をベースにした新型レンズの製品化は実現しません。V130の完成から数週間後、シュナイダー社のクレムトとマッハーがこれに極めて類似した構造を持つレンズの特許を先に公開し、V130の製品化をブロックしてしまうのです。

 

特許の壁を超える――試作レンズV136の革新性、新型レンズの登場

それでもツェルナーは新型レンズの開発を諦めませんでした。1929年からツァイスに在籍していた同僚エドゥアルト・フーベルトの協力を得て、試作レンズV130の屈折力特性を維持しつつ、分離していた張り合わせ面を元に戻す新たな設計アプローチを模索します。この試みは成功し、1953年には焦点距離50mmの新しい試作レンズV136(50mm F2)が完成します。そして、この試作レンズの登場こそが後のパンカラーの誕生に繋がる原点となるのです。

V136の設計は、従来の前群・後群が対称構造を持つビオター型レンズとは一線を画していました。前群の張り合わせ面すべてが物体側に湾曲しており、独自の非対称構造を持っています。

この「張り合わせ面を戻す」というアプローチは、外見上は元のオーソドックスなレンズ構成に戻ったように見えますが、決して設計技術の後退ではなく、特許の壁を乗り越えた革新的な解決策でした。事実、その後にシュナイダー社も、これと類似した試作レンズを開発し、新型クセノン50mm F1.9として製品化しています。試作レンズV136をベースとする改良はさらに続き、新型レンズの登場は、もう目の前のところまで来ていました。ツェルナーとフーベルトは歪みの補正、周辺光量の改善などに取り組み、翌1954年に新型レンズのベースとなる試作レンズV172を完成させます。このレンズを基に翌1955年夏までに最初の市販モデルが製造されました。ただし、当初のレンズ名はパンカラーではなく、ツァイスが戦前から継承してきた伝統的なブランド名の「ビオター」が当てられたのでした。

このビオター50mm F21956年の暮れから1957年に初頭にかけて、少量の100本のみが製造されています。何をモタモタしていたのでしょう。じつは、この頃ちょうど東西に分裂したツァイスの間で、製品名の商標権を争う激しい裁判がまさに始まろうとしていたのです。

「ビオター」はダメ、「フレクソン」もダメ。そして「パンカラー」へ

裁判の行方次第では、西側諸国向けの輸出製品に「ビオター」の名称を使用できなくなる可能性がありました。この問題を回避するため、ツァイス・イエナ社は急遽、新型レンズの名称を「ビオター」から「フレクソン」へと変更する決断を下します。当初出荷された100本には「ビオター」の名が冠されていましたが、市場に流通する直前で回収されたと見られ、これを裏付ける製品個体は現在までに一本も確認されていません。翌月には、名称をフレクソンに改めた1000本が、一眼レフカメラのプラクチナ用として改めて市場に供給されました。

しかし、ほどなくして「フレクソン」が米国エクソン・モービル社の製品(炭化水素溶剤)として、既に商標登録されていることが判明します。これにより、主要な輸出先である米国市場への展開が不可能となり、ツァイス・イエナ社は再び名称変更を余儀なくされてしまいます。

2度にわたる名称変更の末、同社が最終的に辿り着いたブランド名が「パンコラー(パンカラー)」でした。その語源には定説はありませんが、「Pan=すべて」+-color=色彩」+[ar(接尾語)]に由来し、「全色を忠実に再現するレンズ」という理念が込められていたと考えられます。この「パンカラー」への名称変更は1960年から始まりましたが、同年には光学設計にも重要な改良が加えられています。具体的には、正エレメントに用いられていたガラス硝材が従来のSK21から、より高性能なSK24へと置き換えられました。ただし、この設計変更が名称変更と同時に行われたかどうかについては、現存する資料が乏しく、明確な証拠は確認されていません。

Pancolar 50mm F2(1960年発売)構成図: 設計者はH.Zollner とE.Hubert。左が被写体側で右がカメラの側です





 

パンカラーの登場――カラーバランスを中和せよ

パンカラーという名称には、「あらゆる色を忠実に再現するレンズ」という理念が込められていたと考えられます。すなわち、カラー撮影の普及に応えるべく、それまでモノクロ時代には問題視されなかったカラーバランスの偏りを補正する新技術が導入されているのです。

1950年代に入り、カラー写真が一般化すると、レンズの色再現性は光学設計における重要課題として浮上しました。とりわけ、当時のカラー撮影で主流であったカラーリバーサルフィルムは、現像過程で色補正を受け付けないため、レンズがニュートラルな色を再現できないことは致命的な欠点となり得ました。設計者たちは1950年代初頭にはすでにこの問題を認識していましたが、モノクロ撮影が主流であった時代には、色の偏りは実用上大きな障害とはならず、容認されていました。

ところが、カラー写真が一般層にまで広まった1950年代半ば以降になると、この問題は次第に大きく取り上げられるようになり、顕在化していきました。とくに課題となったのが、フレクソンやフレクトゴンのような高性能レンズに使用されていた特殊光学ガラスです。このガラスは青色スペクトル領域の透過性が低く、写真が黄味を帯びる傾向がありました。この性質は、単にガラス素材を変更すれば解消できるというものではありませんでした。高性能な特殊光学ガラスの多くに共通して見られる組成由来の性質です(脚注1)。

この課題に対して、技術者たちはコーティング技術を用いたカラーバランスの補正という新たなアプローチによる解決策を発明しました。当時主流だった単層(シングル)コーティングは、特定の波長の光に対して透過性を高めるものであり、膜厚をその波長の1/4に設定することで、狙った光の反射を抑えることができます。たとえば、青色光の透過性を高めるように設計されたコーティングは、黄褐色光の反射率を高める効果を持ちます(脚注※2)。ガラスに対する透過特性がこれとは逆であることを利用し、両者を巧みに調整することで、青と黄のバランスを中和することが可能になりました。このように、ガラス素材とコーティング技術の相互作用を精密に制御することで、カラー写真時代に相応しい高い色再現性を実現したレンズが完成しました。これこそがパンカラーなのです。

パンカラーは単なるレンズではありません。戦争を越え、分断を越え、技術者たちの情熱と知恵が結実した「光学技術の結晶」なのです。ゼブラのデザインも超かっこいいですし。

※1 Zeiss Jenaのシングルコーティング時代のレンズはカラーバランスが温調系にコケやすいことが昔から知られています。これは、高性能な特殊光学ガラスが青色の光を透過させづらい性質に由来しています。

※2 Zeiss Jenaの単層コーティングはアンバー色であることが知られていますが、これは反射防止コーティングの厚さを制御することで、青色のスペクトル領域を優先的に透過させ、黄緑色のスペクトル領域をより強く反射させた結果です。

参考文献・資料

[1] zeissikonveb.deMarco Kröger

[2] 「写真レンズの歴史」 キングスレーク著

[3]  DD4228 vom 24. November 1951

[4] Harry Zollner, Jena/ Leistungsprufung von Fotoobjektiven (1949)

[5] 「東ドイツカメラの全貌」:一眼レフカメラの源流を訪ねて リヒァルト・フンメル他 朝日ソノラマ 

Pancolar 50mm F2:フィルター径 49mm, 絞り F2-F22, 最短撮影距離 0.5m, 絞り羽 6枚, 重量(実測) 190g, 設計構成 4群6枚ガウスタイプ, 1959年製造(発売は1960年), PANCOLARとしてはM42マウントとEXAKTAマウントの2種が存在する

 

入手の経緯

レンズは国内外の中古市場に豊富に流通しています。ネットオークションでは1.2万円~2万円程度、ショップでも2~3万円程度と、とても買いやすい値段です。エキザクタマウントとM42マウントの2種があり、M42マウントの個体のほうが使用できるカメラか多いぶん人気も値段も高めです。ただし、光学設計は同じなので、ミラーレス機で使用するのでしたらエキザクタマウントの個体のほうが断然お得です。

ちなみに後継モデルのPancolar F1.8はもう少し高く、ネットオークションでは2.5万円〜3万円、ショップでは4万円くらいです。F2のEXAKTA用モデルが穴場的な値段設定であることが、よくわかります。

EXAKTA VX100に搭載したPANCOLAR


  

撮影テスト

ガウスタイプに特有の弱点とされるコマ収差はよく抑えられており、開放から像の滲みはほとんど見られません。ピント面は画面の四隅に至るまで高いシャープネスを維持しており、スッキリとした透明感のある描写とともに、高い解像が得られます。

背景のボケには時折ざわつきが感じられ、開放では過剰補正の反動と思われる描写の硬さが現れることがあります。ただし、ぐるぐるボケや放射状の乱れが目立つことはなく、全体として品位のあるボケ描写です。周辺光量の低下もほとんど気にならず、自然なトーンで画面を構成します。

本レンズは、シングルコーティング時代のZeiss Jena製レンズに共通する傾向として、発色がわずかに黄味を帯び、写真全体が温調寄りのテイストになることがあります。これは、正レンズに採用されている前述の高性能ガラスの影響によるもので、青系の短波長光を透過しにくい性質を持っているためです。

この発色の偏りに対しては、コーティングに逆の透過特性を持たせることで中和を図る技術が用いられていますが、その補正の度合いはメーカーごとの設計思想に委ねられています。ツァイス・イエナは温調方向への偏りを許容する傾向があり、コーティングによるカラーバランス補正は比較的マイルドに施されていると考えられます。ちなみに、シュナイダーやローデンストックは寒色系に転ぶ傾向が強く、より強めのカラーバランス補正が施されている印象です。

★Fujifilm GFXによる写真作例★

今回ご紹介するレンズは設計にかなりの余裕があり、中判イメージセンサーを搭載したFUJIFILM GFXシリーズやHASSELBLADのデジタルカメラにおいても、暗角(いわゆるケラレ)が一切生じることがありません。四隅で若干の光量落ちはあるものの、そのまま撮影に使用することが可能です。ただし、レンズ本来の設計基準から外れるため、画面四隅では画質の低下が認められます。

この問題に対しては、アスペクト比の調整によって効果的な対応が可能です。具体的には、撮影フォーマットを35mm判に近い対角線画角を持つフォーマットへと変更することで、レンズの設計意図により近い条件で使用することができます。たとえば、65:24や1:1といったアスペクト比を採用することで、画面周辺の描写が設計基準から大きく逸脱することなく、安定した画質を得ることができます。大は小を兼ねる!。

このような工夫により、中判デジタル機においてもレンズの性能を最大限に引き出すことが可能となります。

F4, GFX100S(Aspect ratio 65:24)
F4, GFX100S(Aspect ratio 65:24)
F2(開放) GFX100S(Aspect Ratio 3:2)

F2(開放) GFX100S

F2(開放) GFX100S

F2(開放) GFX100S

F2(開放) GFX100S

F2(開放) GFX100S

F2(開放) GFX100S(Aspect Ratio 3:2)
F2(開放) GFX100S(Aspect Ratio 16:9)

F2(開放) GFX100S(Aspect Ratio 16:9)

F2(開放) GFX100S(Aspect Ratio 16:9)








2023/09/24

Ichizuka Opt. Co. COSMICAR 25mm F1.4 and PENTAX COSMICAR 25mm F1.4

新旧COSMICARの描写比較

Ichizuka Opt. Co. COSMICAR( Professional Kinotar ) 25mm F1.4(C-mount)

and PENTAX COSMICAR 25mm F1.4(C-mount)

COSMICAR(コズミカ)といえば現在はROCOH IMAGING(旧PENTAX)が市場供給しているCCTV用レンズのブランドですが、かつては東京都新宿区に拠点を構え、1951年より米国や日本に8mm Dマウントと16mm Cマウントのシネマムービー用レンズを市場供給した市塚光学工業株式会社のブランドでした[1]。同社はOEM生産にも積極的に取り組み、自社ブランドIZUKAR(イズカー)や、米国向けブランドのKINOTARとKINOTELでもレンズを製造[2]、広角から望遠、明るい大口径レンズ、マクロ撮影用レンズまであらゆる種類のシネレンズを手掛けていました[3]。1967年にコズミカ光学株式会社(Cosmicar Optical Co.)へと改称しますが、その後は経営不振に陥り他社との合併を繰り返しながら、最終的には旭光学(後のPENTAX / RICOHイメージング)の傘下に収まっています。

今回取り上げるのは市塚光学がコズミカ光学に改称した頃に市場供給したと思われるCOSMICAR 25mm F1.4(前期モデル)と、その後継製品で旭光学の傘下で生産したPENTAX COSMICAR 25mm F1.4(後期モデル)です。文献[4]には市塚光学製シネレンズの構成図がいくつか掲載されていますが、残念ながら今回取り上げるレンズの構成図は見つかりませんでした。現物をみるかぎり両モデルはどちらもガウスタイプの発展形です。両レンズの構成や用途はやや異なり、前期モデルは6群7枚のクセノン・ズマリット型で16mmシネマムービー用レンズであるのに対し、後期モデルは5群6枚のウルトロン型のCCTV用レンズです。旭光学の傘下で画質性能的にどのような変化があったのか、新旧COSMICARの写りの違いを堪能してみたいと思います。ちなみに前期モデルは米国ミモザ社のブランド登録商標であるProfessional Kinotarでも市場供給されていました。本ブログの過去の記事(こちら)で取り上げたProfessional KINOTAR 50mm F1.4は今回の前期モデルとは姉妹品の関係にあたります。 

参考文献・資料
[1]アサヒカメラ 1958年10月広告

[2] United States Patent and Trademark Office

[3]Popular Photography ND 1957 4月; 1957 1月(米国)

[4]1956~7年版 カメラ年鑑 日刊工業新聞社

COSMICAR (市塚光学製)前期型 25mm F1.4: 鏡胴に市塚光学のマークICHがみられる。構成 6群7枚ガウスタイプ(クセノン・ズマリット型), Cマウント, フィルター直径 30.5mm, 最短撮影距離 0.5m, 絞り値 F1.4-F22,  重量(実測) 106g, 定格は16mmシネマフォーマット
COSMICAR(ペンタックス製)後期型 25mm F1.4: 構成 5群6枚拡張ガウスタイプ(ウルトロン型), Cマウント, フィルター径 27mm, 最短撮影距離 0.3m, F1.4-F16, 重量(実測) 88g, 定格は16mmCCTVフォーマット

入手の経緯

COSMICARの前期モデルは米国でProfessionl KINOTARの名称で販売されていました。eBayでは150ドル程度で取引されており、国内ではオークションで1万円から1.5万円程度の値が付きます。現在は国内で探す方が安価に購入できると思います。後期モデルは現在もRICOHイメージング社がPENTAXブランドで市場供給しており、新品が17800円(税別)で購入できます。中古品の場合は国内のオークションで5000円程度以内で売買されています。旭光学の時代から販売されおり、とても息の長い製品ですね。

前期モデルには後期モデルの3~4倍の値がつきます。興味深いことですが、中古市場では古いレンズの方が価値があるということでしょうか。

撮影テスト

結論から申しますと、今回取り上げる前期モデルと後期モデルの間には画質的に大きな差があります。前期モデルは開放でフレアが目立ち、柔らかい描写傾向となります。コントラストは低めで色のりはあっさりしており、オールドレンズらしい画作りには好都合なレンズです。イメージサークルは広く、マイクロフォーサーズセンサーでは深く絞った際に四隅が僅かに欠ける程度です。ただし、本来写らない部分の画質ですので、中央から外れたところでは像面湾曲でピンボケ気味になり、樽型の歪みが目立ちます。1~2絞っても柔らかいままでした。グルグルボケは近接域で若干目立ちます。

後期モデルは流石にPENTAXの技術が入ったためか、シャープでコントラストの高い、高性能なレンズに変貌を遂げています。開放でも滲みはほとんど見られず、発色も鮮やかです。像面の平坦域は前期モデルよりもだいぶ広く、写真の四隅のみでピンボケします。歪みの補正はだいぶ改善されているように見えます。

前期モデルと後期モデルでここまで性能差があるのには、正直驚きました。後期モデルの設計にあたっては、PENTAXの設計陣がかなりテコ入れしたのでしょう。両レンズともマイクロフォーサーズ機で使用した際のケラレは極僅かで、私には全く気にならないレベルでした。ケラレを少しでも気にする人は、カメラの設定からアスペクト比を変えて撮影するのがよいかと思います。

Ichizuka Opt. Co. COSMICAR 25mm F1.4 

 Panasonic GH1

F2.8  Panasonic GH-1(WB:日陰)


F1.4  Panasonic GH1(WB:auto)

F1.4  Panasonic GH1(WB:auto)

F1.4  Panasonic GH1(WB:日陰)
F1.4  Panasonic GH1(WB:auto)




F5.6  Panasonic GH1(WB:日光)
F2.8 Panasonic GH1(WB:日陰)

PENTAX COSMICAR 25mm F1.4

 Panasonic GH1

F1.4(開放) Panasonic GH-1(WB, 日陰) シャープで高コントラスト。流石に現行モデルというだけのことはあります

F1.4(開放) Panasonic GH-1(WB, 日陰) でも、イメージサークルの規格を超えたセンサーでは、周辺画質が程よく乱れます

F1.4(開放) Panasonic GH-1(WB, 日陰) 中央の高画質と周辺の破綻がほどよくブレンド!

F1.4(開放) Panasonic GH-1(WB, 日陰) ケラレはマイクロフォーサーズ機で、あまり気にならないレベルです

F1.4(開放) Panasonic GH-1(WB, 日陰)



2023/02/08

トロニエの魔鏡 番外編:ANGULONからULTRAGONへの正常進化を辿る

トロニエの魔鏡  番外編

トロニエ博士と中判広角レンズ

Schneider Kreuznach ANGULON 65mm F6.8 and
Voigtlander Braunschweig ULTRAGON 60mm F5.5

ノクトンやウルトロンなど大口径レンズの設計で知られるトロニエ博士ですが、実は広角レンズでも重要な貢献があります。今回は「トロニエの魔鏡」番外編として、トロニエが設計した2本の広角レンズを紹介したいと思います。1本目はシュナイダー社から1930年に発表された密着型アナスティグマートのANGULON F6.8です。このレンズは1933年にリヒターが設計したトポゴンと並び称され、黎明期のレンズ史に必ず登場する広角レンズの名玉です。レンズ構成はゲルツ社のE.フーフが1892年に発明した反転ダゴール(ツァイス・アナスティグマート・シリーズ6)と同一の2群6枚・対称型で、前・後群の対称性を利用して歪曲と倍率色収差、コマ収差(メリディオナル成分)を自動補正している点は同一ですが、これを広角レンズ用に適合させているのが特徴です(下図・左)。イメージサークルは開放で80°、絞り込んで90°の対角線画角を包括でき、中判6x9フォーマットで使用できます。アンギュロンは1930年に発表され、焦点距離60mmの中判カメラ用モデルと、90mm, 120mm, 165mm, 210mmの大判カメラ用が製品化されました。たいへん高性能であるため設計変更もなく、1960年代半ばまで生産され続けています。レンズの構成図はシュナイダー社の社章にも採用されており、同社を象徴するレンズであったものと理解できます。
 
シュナイダー社の社章

アンギュロンの発表から22年、トロニエはフォクトレンダー在籍時代(1951-1952年)にアンギュロンの正常進化版で包括画角90°(絞れば100°)をカバーできる広角レンズのウルトラゴンを発表します。このレンズはアンギュロン同様の対称構成を維持しながら接合面を一部外し、空気レンズの設計技法を取り入れることで球面収差の補正効果を高めており(ルドルフの理論の応用)、開放F値はF4.5に到達しています(上図・右)。第1・第6レンズが負のメニスカスで、光学系が空気層を介して絞りの外側に向かって拡張していますので、開口効率が若干ながらも向上し、光量落ちが改善、イメージサークルも少し拡大しています[1]ウルトラゴンには前群側の張り合わせを1枚に省略し前後の構成を非対称にしたF5.5のモデルも存在しています(上図・中央)。このような非対称化はガウスタイプからクセノタールタイプに発展した過程を見ているようで、トポゴンとの折衷とみなす事ができます。構成枚数を減らすのは単なるコスト削減だったという見方も一部ありますが、そうではありません。薄いメニスカスレンズの製造はコストのかかるものですし、メニスカスレンズを薄く作ることで画角特性を向上させ、広角レンズとしての適正を向上させる効果があります。資料[3]によれば4枚目のガラス(後群側のG4)にはトロニエがアポ・ランサーの設計で前群に用いた1.5[マイクロシーベルト/h]の放射能ガラスが用いられており、市販品のガラスには若干の黄変がみられるそうです[2]。
ウルトラゴンは大判5x7用の焦点距離115mm F5.5のモデルが唯一製品化され、若干数ながら中古市場で流通しています。また、製品化には至っていませんが中判6x9用の60mm, 大判9x12cm用の80mm, 大判8x10用の150mmが計画されていましたが。今回手に入れた60mm F5.5に加え60mm F4.5, 80mm F4.5の存在が確認できますが、どれもフォクトレンダーの台帳には記録のない試作品のようです[4,5]。なお、後にシュテーブル社から発売された製版用レンズのEskofot Ultragonや日本製のズームレンズUltragonは、全く関係のないレンズです
トロニエの設計した広角レンズは対称型の密着アナスティグマートの歴史、空気レンズを取り入れた接合面の分離、および対称型から非対称型へと至る広角レンズ史の変遷をなぞるように辿っています。黎明期の広角レンズとトロニエの設計したレンズとの相関関係を下図に与えました。
写真レンズは一般に画角を広げるほど設計のハードルが高くなります。中心部から周辺部まで歪み、像面湾曲、非点収差、倍率色収差を補正して均一な画質を維持することは容易なことではありません。その点、対称型はこれら諸収差を前・後群で打ち消し合うことができるため、広角に有利な設計とされています。1900年に登場し対称型広角レンズの最も原始的なモデルと言われるハイペルゴンは僅か2枚の構成でしたが、完全な対称型のため、135度もの広大な包括画角で歪みと像面湾曲、倍率色収差は実質的にゼロとすることができました。ただし、球面収差と軸上色収差が補正できない原理的な欠陥のため明るくすることができず、開放F値は22がやっとでした。そこで、ツァイスのリヒターやシュナイダーのトロニエは対称構造を崩さずに球面収差や軸上色収差を補正できる広角レンズの開発に乗り出し、1930年代初頭にトポゴンF6.3やアンギュロンF6.8などを生み出しました。なお、トポゴンはA.クラークが1888年に設計したガウスタイプ、アンギュロンはH.フーフが1892年に設計した反転ダゴールを、それぞれ広角レンズに適合させるよう再設計したと捉えることもできます。トロニエがアンギュロンの開発時にダゴール特許をどこまで意識していたのかは不明ですが、アンギュロンには反転ダゴールの素性の良さが備わっている事が構成図から見ても明らかです


トロニエはフォクトレンダーへの移籍後も開発の手を緩めず、シュナイダー時代に設計したレンズの改良モデルを次々と発表しています。クセノンはウルトロン、アンギュロンはウルトラゴンへと発展しました。


参考文献・資料

[1] Lens Collectors Vade Macum
[2] Arne Croll, Voigtlander Large Format Lenses from 1949-1972(version Aug.21,2014); The 1st version of this article is published in View Camera, May/June 2005
[3] Tronnier, Albrecht Wilhelm: US patent no. 2,670,649, Germany no. 868,524
[4] Frank Mechelhoff: Voigtlander Ultragon 60mm Rollfilm (6x9) Versuchskamera
[5] 6x9cmのBessa IIに搭載され2014年のオークションに出品されている。
 
入手の経緯
ANGULON 65mm F6.8:レンズは2021年5月にeBayを介してイタリアのセラーから35000円(送料込)で購入しました。入手した個体はBertramという高級中判カメラ(6x9フォーマット)に搭載する交換レンズとして市場投入されたモデルで、レンズにはヘリコイドが内蔵されていました。オークションの記載は「珍しいBertram用のANGULON。レンズはクリーン。ヘリコイドもスムーズに動く。返品はできない」とのこと。状態の良い個体が届きました。SYNCHRO-COMPURシャッターに搭載されたモデルなら流通量が多く、もっと安い値段(200~250ドルくらい)で入手できると思います。
Schneider ANGULON 65mm F6.8(Bertram用): 絞り F6.9-F32, 撮影フォーマット 中判6x9, 重量 140g, フィルター径 43mm, 包括対角線画角 81°(f22) : 市場に流通している製品にはレンズシャッター方式のモデルが多く、LINHOFなどの中判・大判カメラの広角レンズとして供給されました。バリエーションとしては焦点距離65mmの中判用(6x9)と、焦点距離90mm(9x12 or 4x5inch),120mm(13x18cm), 165mm(18x24cm)、21(24x30cm)の大判用が存在します。また、珍しいところでは中判カメラのBerteam(6x9cmフォーマット)にXenar 75mm F3.5や105mm F3.5, Tele-Xenar 180mm F4.5と共に供給されたヘリコイド搭載タイプのAngulon 65mm F6.8や、M42マウントのVario Flex用(35mmフォーマット)にティルトシフト機構を備えたモデルが供給されています。アンギュロンは1960年代半ばまでのカタログ掲載を確認できますが、1968年のカタログには掲載されず、後継製品のSuper-Angulonに置き換わり製造終了となった模様です[2]


 

ULTRAGON 60mm F5.5: レンズは2016年4月にドイツ版eBayを介してハンブルグのコレクターから落札しました。商品の解説は「とても希少価値の高いコレクターグレードである」との触れ込みで、「フォクトレンダーのテクニカルコメントにも、このレンズの事は出てこない。とてもレアなレンズだ。レンズはスーパーコンディションで、シャッターは低速側も精確に動いている。セルフタイマーのみ時間が合わない。絞りは正しく機能しており、絞り羽根に油染みはない。外観に損傷はなくレンズはクリーンでクモリやカビはない。リンホフのレンズボードがついているが、ボードに装着すると絞りの可動部が絞りレバーに接触し開閉ができない。レンズはボードから簡単に外れる。ボードネジが見当たらない」とのこと。レアなレンズには入札が殺到するのが付き物ですが、ラッキーな事にセラーはドイツ国内への配送のみに対応すると宣言しており、支払いもペイパルはだめで銀行送金のみと厳しい条件を提示していました。試しに質問欄で日本への配送を申し込んでみたが丁寧に断られました。競買の敵が減るのはラッキーな事なので、これはこれでよし。配送の問題はドイツ在住の転送業者(在独日本人)に依頼することで解決しました。
Voigtlander ULTRAGON 60mm F5.5: 絞り 10枚構成, F5.5-F16, フィルター径 39mm, 重量 126g, 包括対角線画角は80°~90°あたり。Ultragon F5.5は後群だけでも撮影できるとのことです[2]

デジタルカメラでの撮影事例
Angulon 65mmとUltragon 60mmは中判6x7(6x9)フォーマットをカバーできるイメージサークルを持ちますので、デジタルカメラで広いイメージサークルを生かしながらの撮影を行うには、工夫が必要です。一つの方法は下に示すような横方向へのスライドさせる機能を持つ可動式アダプターを用いることです。このアダプターを用いれば4x5フォーマットの大判カメラの背面にFUJIFILMのGFXシリーズを装着させ、最大で88x44mm程度のイメージフォーマットに相当する写真画像を得ることができます。中判レンズの性能を十分に活かし切ることができます。以下ではフィルム撮影はもちろんのこと、このアダプターを用いてデジタル撮影も行いました。
可動式4x5 - GFXアダプターにFujifilm GFX 100Sを装着したところ。GFXを縦向きに装着し何枚か撮影した画像をあとでPhotoShopなどで統合すれば、中判レンズに備わった性能を余すことなく引き出すことができます。アダプターはeBay, Aliexpress, 国内の通販店(Discover Photo)などで購入できます


撮影テスト
どちらのレンズも開放から安定した描写性能で、四隅までスッキリとヌケのよい写真が得られます。アンギュロンは開放からコントラストが高く、滲みの全く出ないとてもシャープな描写でDAGORを彷彿とさせる性能です。これに対しウルトラゴンの開放は若干柔らかく線の細い画作りでありながら、コントラストを損なわない絶妙な設定となっています。1段絞れば滲みは消え、シャープネスとコントラストの向上がみられます。野球の投手で例えるなら、豪速球のストレートで真っ向勝負するアンギュロンに対し、変化球を織り交ぜ巧みな技で勝負するウルトラゴンといったところでしょう。両レンズの開放F値には0.5段分の差がありますので単純比較はできないものの、これら2本のレンズの開放描写の差はトロニエの設計理念の変化を反映したものなのかもしれません。
今回、計画性もなくシャッターのないアンギュロンに手を出してしまったため、アンギュロンのフィルム撮影が実現しませんでした。ソルトンシャターでも手に入れ、あとで写真を追加する予定です。

ULTRAGON + FHOTOX6789 Medium Format Film Camera
 
Ultragon + Fijifilm PRO160N(6x7 Medium format)
Ultragon + Fujifilm PRO160N(6x9 Medium format)
Ultragon + Fujifilm PRO160N(6x9 Medium format)
Ultragon + Fujifilm PRO160N(6x9 Medium format)

Ultragon + Fujifilm PRO160N(6x9 Medium format)
Ultragon + Fujifilm PRO160N(6x7 Medium format)




ULTRAGON +digital camera (GFX100S 2-3 shot composite)

Ultragon F5.5(開放) + 44x69mm digital ( GFX100S 3-shot composite)
Ultragon @F8 + 44x66mm digital (GFX100S 3-shot composite) 
Ultragon @ F5.5(開放) + 44x52mm digital (GFX100S 2-shot composite)

ANGULON + digital camera (GFX100S two-shot composite)

Angulon @ F6.8 + 44x62mm digital (GFX100S 2-shot composite)

Angulon @ F8 + 44x62mm digital (GFX100S 2-shot composite)