おしらせ

2018/02/09

AIRES CAMERA TOKYO S CORAL 45mm F1.5 (Aires 35-V mount)



アイレスカメラの高速標準レンズ  part 2 
ノクトンを手本に作られた大口径レンズ
AIRES CAMERA TOKYO, S CORAL 4.5cm F1.5(Aires 35-V mount)
アイレス写真機製作所(Aires camera)の高速標準レンズにはエポックメーキングなモデルがもう一本あり、同社がレンズシャッターカメラの最高級機AIRES 35-Vに搭載する交換レンズとして供給したSコーラル(S CORAL)である。このレンズは1958年10月の発売当時において国産レンズシャッター機に搭載されたレンズとしては最も明るいF1.5を記録している。ここまでの明るさに追従できるシャッターは小型で高速な0番シャッターもしくは00番シャッターに限られるが、そのぶん光路は細くなる。ビハインドシャッターの狭い光路に大口径レンズの光を通すのは容易なことではなかったはずだ。
レンズの設計構成は下図のような4群7枚で、旧西ドイツのフォクトレンダー社が1950年に発売した高級レンズシャッター機プロミネントI型(PROMINENT I)に搭載したノクトン(NOKTON) 50mm F1.5を手本にしている。偶然かどうかはわからないが、前エントリーで取り上げたHコーラルもトロニエ博士の設計したシュナイダー社のクセノン(Xenon, 4群6枚)を手本に開発したものだ[文献1]。同社でレンズやカメラの企画と開発にあたったのは創立者の三橋剛と開発部の小寺桂次氏であるが、三橋氏と小寺氏はノクトンやクセノンを設計したトロニエ博士のファンだったのかもしれない。
では、Sコーラルの写りはノクトン的なのかと言うと、微妙に異なる所が面白い。線の細い繊細な描写や光の状態に敏感に反応する神経質な性格など確かにノクトンの特徴を垣間見ることができるものの、開放でのフレア量は若干多く、ノクトンよりも柔らかい味付けになっている。

ノクトンとSコーラルの構成図を比較してみた。一見そっくりだが、よく見るとノクトンでは3枚目と4枚目の間が僅かに分離しており、空気層を利用して球面収差の中間部の膨らみを叩く設計になっているのにたいし、コーラルではこの部分が貼り合わせになっている。前玉に据えたアプラナティック色消しレンズ、そしてビハインドシャッターにギリギリ適合できるアドバンテージはノクトンタイプのレンズならではの特徴であろう




入手の経緯
もともと製造された数が極めて少ない上にコレクターズアイテムでもあるため、入手難度は高く、eBayでは350〜400ドル辺りの相場で取引されている。レンズは2017年3月にeBayを介して米国の個人セラーから即決価格175ドル(+送料40ドル)で購入した。オークションの記載は「希少価値の高いレンズだ。本当におススメしたい。カビやクモリはなく、傷やクリーニングマークもない。ガラス内にチリが2つあるが全く問題ない。私にできる限りの検査と記載をしたつもりだ。現状での販売を希望する」とのこと。届いたレンズはガラス自体とても良い状態であったが、やはりゴミが絞りに接したガラス面に付着していた。幸いなことに後群がねじ込み式でユニットごと簡単に外れたので、光学系を実質バラすことなくブロアーで吹き飛ばすだけで綺麗になった。ここまで状態の良い個体は二度と出てこないに違いない。
Aires S Coral 45mm F1.5(改sony Eマウント): フィルター径 49mm, 絞り F1.5-F16, 絞り羽根 5枚構成, 設計 4群7枚(準ノクトン型), ノクトンでも感じ事だが、この種のレンズの前玉を斜め前方から撮影すると妙な鈍い光り方をする


撮影テスト
開放ではピント部を薄いフレアがまとい、柔らかいしっとりとした描写傾向になる。ただし、中央は確かに解像しており、被写体を中央で捉えれば開放でもポートレートレンズとして充分に使える。フレアや滲みは遠景撮影時ほど多く、軟調で発色も淡いが、近接撮影になるほどスッキリとしたヌケの良い描写に変わりコントラストも向上する。ポートレート域でのフレア量は絶妙で、シットリ感の漂う艶かしい描写のなかに緻密さが残存しておりゾクッとするようなリアリティを与える。ただし、描写傾向は不安定なので、ほぼ同じ条件で撮っているのに、露出の僅かな差で、何でもないごく普通の写りに戻ってしまうこともある。この辺りはノクトンにそっくりで、平たく言えば制御不能で気まぐれな魔性レンズというわけだ。
背後のボケはザワザワとして歯応えがあり、距離によってはグルグルボケを伴うが、反対に前ボケは柔らかくフワッとした柔らかい味付けになる。ノクトンよりも若干フレア量が多めだが、ノクトンには空気レンズが1枚多くあるので、これによる差であろう。逆光では前玉の大きなレトロフォーカスレンズでよく見られるシャワーのような虹色のハレーションが生じる。
撮影時のコンディションや被写体までの距離に応じて、絞り値F2とF1.5(開放)を上手に使い分けることが、このレンズを使いこなすための第一歩となるだろう。
F1.5(開放), SONY A7R2(WB:日光)ここは開放で正解。とても美しい繊細な描写にうっとり!。背後の遠景のボケも見事だ




F2, sony A7R2(WB:日光)逆光では独特なゴーストがでる





F2, SONY A7R2(WB:日光)中遠景よりも近接の方がスッキリとヌケのよい描写だ

F1.5(開放), sony A7R2(WB:日光) ここはフレアをもう少し抑えたい場面なので、開放ではなくF2(下の写真)まで絞るのが正解

F2, sony A7R2(WB:日光) これくらいの柔らかさが好みだ


F2, SONY A7R2(WB:日光)ボケには癖があり、距離によってはグルグル気味になる


F2, SONY A7R2(WB:日陰)このくらいのフレア感が好き。軟調描写の癒し系レンズだ





このレンズは同社が誇るレンズ交換式カメラの最高級機AIRES 35Vに搭載され、1958年に発売された。カメラの方は同社初となるレンズ交換式で、露出計を内蔵し二重露光にも対応するなど当時のユーザーの要求を全て積み込み、随所に凝った機構がみられた。まさにアイレスの工員たちの夢を乗せて放たれた最高のカメラとレンズであったのだ。ただし、欲張りすぎた仕様のため市販価格が他のモデルの1.5倍程度と高くつき、国内市場では全く売れなかった。この失敗が仇となり、さらには35Vが発売される2年前に第一工場が火災で全焼した問題で工場再建による負債が膨らみ、アイレスカメラは35Vの発売から2年後の1960年に倒産している。同社のカメラは35Vを除けば全体的に好調な売れ行きであった。しかし、戦後間もない時代の中小メーカーには不測の事態に対応できる企業体力がなかった。工場の火災は若い工員が溶剤を持ったままダルマストーブのそばで転倒したのが原因だったそうである。一方でアイレスが倒れた直接の原因は35Vを世に送り出した経営判断にあったと伝えられている。会社倒産の原因を社員の失敗としない粋な社長であったからこそ、アイレスは傑出したカメラを世に出すことができたのであろう。分不相応のカメラを世に送り出すこと、それはまさに社運をかけた決死の判断であった。

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