ライツ初期のマクロ撮影専用レンズ
Ernst Leitz SUMMAR 8cm F4.5
ある筋から山崎光学写真レンズ研究所の山崎和夫さんがご愛用のレンズと聞き、俄然興味を持ったのがSummar (ズマール)F4.5である。Summarの歴史を遡ると、何とLEICAの登場よりも古く、1907年には既にLeitzのハンドカメラとともに同社の広告に掲載されていた[文献1]。1910年にはマクロ撮影用モデルの原点と考えられる顕微鏡用のSummar 24mm F4.5が製造されている。Summarと言えばLeica用に供給された一般撮影用レンズの50mm F2が有名だが、このモデルが登場したのは1933年とだいぶ後の事である。
今回取り上げるのはマクロ撮影専用モデルとして設計されたSummar 8cm F4.5である。焦点距離8cmのモデル以外には24mm, 35mm, 42mm, 64mm, 10cm, 12cm, 24cmが存在し、ライカ判35mmフィルム(≒フルサイズセンサー)をギリギリ包括できるイメージサークルを持っている。いずれもヘリコイドの無いレンズヘッドのみの製品として供給され、私が入手した製品個体はマウント側がM25ネジ(ネジピッチ0.75)になっていた。一般撮影用レンズとしてカメラで用いるにはマウントアダプターを使い直進ヘリコイドに搭載するのがよい。光学系については記録がないものの、光の反射面の数からは明らかに4群6枚の標準的なダブルガウス型であることが判る。ただし、Vade Macum[文献2]にはダブルガウス型モデル以外にDialyt(ダイアリート)型に変更された後期型モデルが存在したという情報もある。全モデルにシリアル番号の刻印がなく、製造期間やモデルチェンジの経緯など詳しい事はわかっていない。鏡胴が真鍮製でありガラスにコーティングが施されていない事から推測すると、私が入手したのは戦前に生産された製品個体であろうと思われる。文献3には焦点距離8cmのモデルが等倍から7倍の撮影倍率で最適化されていると記載されている。なお、鏡胴にMikro-Summarと刻印されている製品個体も存在するが、いずれにしてもレンズの収納ケースにはMikro-Summarと記されているので差異はないと思われる。謎の多いレンズだ。
- 文献1: Advertising by E.Leitz Wetzlar in Photographische Rundschau 1907, no. 13 (Click Here)
- 文献2:Matthew Wilkinson and Colin Glanfield, A Lens Collector's Vade Mecum
- 文献3: Aristophoto instructions(Leitz catalog)
★入手の経緯
このレンズは2013年10月にeBayを介して米国の古物商から落札購入した。出品者は写真機材が専門ではなく主にiPhoneの端末を売り、5回に1回程度の割合で写真機材を出品している人物だ。「ガラスはVery Nice」との触れ込みで、オークションの解説は「Ernst Leitzのマクロ撮影用レンズ。私はこれを用いて出品する商品の写真を大量に撮っていた。レンズに関する詳細はわからないが質問には何でも答える。キャノンAマウントレンズに変換できるアダプターをオマケでつけておく」とのこと。オークションの締め切り時刻は日本時間の明け方5時で、中国人ブローカー達もすっかり寝静まっている時刻である。ラッキーなことに配送先を米国のみに限定しているので、さっそく出品者に交渉し日本への配送について約束を得ておいた。配送額は12ドルとのことである。アンドロイドアプリの自動スナイプ入札ソフトで最大額を216ドルに設定し私も就寝・・・朝目覚めてビックリした。入札したのはたったの3名で落札額はたったの69ドル(+送料12ドル)である。eBayでの落札相場は350ドルから400ドル程度の商品なので、たいへんラッキーな買い物となった。2週間後に手元に届いた商品をみたところ、肝心の光学系はクリーニングマーク(拭き傷)すらない素晴らしい状態である。CマウントをL39/M39ネジに変換する純正アダプターも付属していた。
★カメラへの搭載
このレンズはフランジバックが比較的長く、ミラーレス機はもちろんのこと一眼レフカメラで使用した場合にも無限遠のフォーカスを拾うことができる。レンズはマウント側のネジがM25(ネジピッチ0.75mm)になているので、市販のアダプターを用いてM42ネジやM39ネジに変換すれば直進ヘリコイドに搭載することができる。
M42ヘリコイド(35-90mm)に搭載するために用いたアダプター。左がM39-M42変換リングで、右がM25-M39アダプター(入手したレンズに付属)。いずれもeBayにて同等品を入手することができる |
★撮影テスト
マクロ域での画質は素晴らしく、デジタルセンサーの分解能にも負けない高い解像力を備えたレンズである。フレアは良く抑えられておりスッキリとヌケが良く、コントラストや発色も良好である。階調は軟らかく中間階調は豊富に出ており、絞っても硬くなることはない。しかし、何より驚いたのはピント部の画質である。最初の3枚の作例セットを見ていただけるとわかるように、開放から最少絞りまで画質の変化がほとんどみられず、ピント部は恐ろしいほど安定している。点光源によるボケ玉の明るさが均一であることからも、このレンズが近接域で理想に近い収差設計(球面収差完全補正)を実現している様子がうかがえる。ただし、中遠景を撮影する際は解像力が若干低下し後ボケの拡散がやや硬くなるとともにコントラストもやや落ちる。これは古いマクロ撮影専用レンズに共通する傾向でもあり、収差の補正基準点を近接域に設定しているためである。焦点距離8cmは無理のない画角のようで、グルグルボケや放射ボケは全く見られない。口径食は開放で近接撮影時(写真1枚目)に僅かにみられる程度で問題となるレベルではない。逆光には弱いが、軟らかい繊細な階調描写と近接域での高解像な描写力が魅力の優れたレンズである。
F4.5(開放), Sony A7(AWB): ピント部の解像力はとても高く、現代のデジカメセンサーがもつ分解能にも負けていない。ボケ玉の明るさは均一で球面収差が良好に補正されている様子がわかる。開放からスッキリとヌケが良く、発色やコントラストは良好である |
F7.7, Sony A7(AWB): ピント部の画質は絞っても大して変化しない。それだけ開放での描写に余裕があるためであろう。強い日差しにもかかわらず階調は軟らかさを維持している。中間階調が豊富に出ており背景のトーンがたいへん美しい |
F15.4(最少絞り), Sony A7(AWB): 深く絞っても回折による解像力の低下はほとんど感じられない。画質に安定感のあるレンズだ |
F4.5(開放), Sony A7(AWB): 口径食はほとんどない。シャドー部が良く粘るレンズである。中遠距離になるにつれ後ボケが硬くなるのは古いマクロ撮影用レンズに共通している傾向だ |
F6.3, Sony A7(AWB): 少し前にElgeet Mini-Telの撮影で使った被写体である。このシーンでも試してみたかった。高解像なレンズなので凄い質感が出ている |
SPIRAL様
返信削除すばらしい写りですね!
目が覚めました!!
画質に余裕があるのは口径比に無理がないためなんだと思います。F2クラスになると
返信削除戦前のダブルガウスはOPICにしろ明らかにコマフレアを被るようになりますよね。
XENON F2は別格ですが。
少しご無沙汰しております。
返信削除関東方面に出かけてから忙しくて、ヘタな写真も撮りに行けません。
このレンズ、遠景を撮るレンズではなさそうですが、近いところでは申し分の無い能力を発揮します。特に好きなのはご指摘にもあるとおり、絞っても階調に柔らかさがあり、またカリカリにならないところでしょうか。
絞ってもあまり回折現象が起こらないのもいいところですね。
実はレンズ後群部分に∞表示があるものもあり、さてこれが近接撮影用途だけでなく、一般的撮影にも適するものであるのかどうか、いろいろ試してもさっぱり分かりません。
この∞表示の意味は、一体何なのでしょうか。いまだに解決の付かない「ナゾ」です。
後群の無限遠表示とは謎のマークですね。回転ヘリコイドにでも搭載するとにきに指標にでもしたのでしょうか。あるいはベローズアタッチメントの側になにか指し棒のようなものがあったのでしょうか。気になりますね。無限遠撮影にも使われた証拠のようにみえますよね。やっぱりこのレンズ、謎だらけでサッパリわかりませんでした。
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