おしらせ

2010/10/27

LZOS MC VOLNA-9 50mm/F2.8(M42) ボルナ9


ロシア製マクロレンズの決定版

MC VOLNA-9はロシア(旧ソビエト連邦)が1980年代中ばから1992年頃までモスクワの近郊都市リトカリノにあるLZOS(リトカリノ光学ガラス工場)で製造した50mm/f2.8の単焦点レンズだ。光学系の構成は5群6枚のガウス型であり、近接時において高い描写力(解像力 etc...)が得られるように設計されたマクロ撮影専門のレンズである。近接撮影時の最大倍率は0.5倍(最短撮影距離は24cm)であり、花や虫を大きく写すことのできる。マクロ専門とは言うが、通常の撮影でも普通に使うことができ、普通レンズよりシャープな撮影結果が得られる。eBayでの実売価格は150㌦程度とマクロレンズとしてはかなり手頃な価格で取引されている。設計が新しく良く写く写ると評判であり、コストパフォーマンス抜群のレンズとして高い人気がある。
鏡胴は金属製のため重量感があり、手にとるとズシリと重い。また、バレル径が太くヘリコイドの繰り出し量が長いことから、ピントリングの回転にはかなりのトルク感を感じる。ガラス面に施されている光の反射防止膜はマルチコーティングとなり、内面反射を軽減することでフレアやゴーストなどが発生しにくいハイコントラストな描写力を実現している。5群6枚という設計は過去に取り上げたテッサータイプのマクロレンズ(マクロキラーやインダスター61)よりも豊かな階調変化と緻密な解像力を実現してくれそうだ。似たような構成(ガウス型)のレンズに本ブログで過去に取り上げたSteinheil社のMacro-Quinonという優秀なマクロレンズがあるが、反射防止膜がマルチコーティングである分、このレンズよりもVOLNA-9のほうがハイコントラストな撮影結果が得られるのではないかと思われる。いかにも良く写りそうなレンズだ。
なお、本レンズは星型の絞り羽根を採用したことにより、アウトフォーカス部に置かれた点光源の像が幻想的な星の形に姿を変える有名な星ボケを発生させることができる。


焦点距離 50mm, 絞り値 F2.8--F16, 重量340g   , 最大撮影倍率 0.5 最短撮影距離 0.24m, 絞り羽根の枚数 6, フィルター径 52mm, 光学系 5群6枚で1983年に設計された, 絞り機構はプリセット式。コーティングの色は赤紫。対応マウントはM42に加え、PENTAX Kマウント(レアな限定版)のMC VOLNA-9Kも存在する
焦点距離が50mmで開放絞り値がF2.8という仕様は同じ工場で生産されているテッサー型レンズのINDUSTAR 61L/Z-MC 50mm/F2.8と同一である。両者を並べると後玉径や前玉径はやはりガウス型のVOLNA-9のほうが大きく、光軸方向にも厚みがあるため、鏡胴のサイズはVOLNA-9の方が一回り大きい。INDUSTAR 61L/Z-MCも最大撮影倍率が1/3倍とマクロ的な撮影が可能で、たいへん優れた描写力を持つレンズであるが、近接撮影ともなれば、より高度な収差補正を行う本品の方が解像力(緻密さ)において一枚上手なのであろう。
VOLNA-9のガラス面にはINDUSTAR 61L/Z-MCのガラス面に対し1980年から1985年まで施されていた紫色のコーティング(つまり「お古」)が施されているようで、その証拠にINDUSTAR 61L/Z-MCのコーティングはVOLNA-9の生産が開始された頃の時期を境目に、紫色のタイプからゴールド色の新しいタイプに変更されている。また、VOLNA-9の絞り羽根にはINDUSTAR 61L/Zと同じ6枚構成の星形の羽根が使われており、製造ラインの一部を流用した生産体制だったと思われる。

★入手の経緯
VOLNA-9は海外の中古市場で常時出品されている流通量の多い品である。eBayでの相場は送料を含め150㌦程度のようで、主にウクライナの中古カメラ業者が売りさばいている。本品もウクライナの業者から2010年9月に送料込みの総額141㌦にて購入した。出品時における商品の状態はMINT(新品同様)との解説で、同じ業者がMINTと記し販売していた3本の同一レンズの中で鏡胴やガラス面の状態が最も良さそうに見えた。しかし、届いた品には運悪く中玉に製造時由来の小さな気泡が1つあった。

★撮影テスト
ピント面はたいへんシャープで解像度が高く、開放絞りからスッキリとクリアに写る。単色5収差と色収差は良く補正されているようで、ピント面・アウトフォーカス部ともに良く整った乱れの少ない結像である。色滲みもなく、これはもう現代的な描写力を持つレンズである。絞り羽根の形が星型となるF5.6からF8の間のボケ味は独特で、アウトフォーカス部にガサガサとした細かい濃淡変化がある場合にはその輪郭がザワザワとざわめき面白い作風が得られる。ただし、収差由来の2線ボケとは異なり、輪郭の結像自体が乱れるわけではないので、汚い感じにはならない。発色は癖もなく自然で、赤がビビットに表現される点が好印象だ。やや温調という噂を海外の掲示板で耳にするが、本ブログで検証するまでは至ってない。ガラス面にはマルチコーティングが施されており、シャープでハイコントラストな描写力と個性豊かな表現力を備えた優秀なレンズである。


F5.6  Sony NEX-5 digital, AWB: クセのない自然な発色だ。ガラス面はマルチコートされているので、晴天下でもフレアの発生は滅多にない。すっきりシャープに写るレンズのようだ
F5.6 Sony NEX-5 digital, AWB: 出ました秘技「星ボケ」。絞り値がF5.6-F8で発生する。被写体に近付いて接写撮影することが星を引き出すコツだ。このような星型の絞り羽根を持つレンズとしては本品以外にINDUSTAR 61L/ZやHelios-40がある
F5.6 Sony NEX-5 digital, AWB: 背景にガサガサしたものがあると距離によっては星形の絞り羽根の歪さがザワザワとした独特のボケ味を生む
F8 Sony NEX-5 digital, AWB: アウトフォーカス部がこういったシンプルな場合(普通の場合)には絞りバネの歪さがボケ味に影響することはない

上段/下段ともF8 Sony NEX-5 digital, AWB: マクロレンズの醍醐味はこういうものを大きく写せること。マクロ撮影時は被写界深度が薄くなるので、いつもより深く絞り込むのがポイントだ


F5.6 Sony NEX-5 digital, AWB: 赤はたいへんビビットだ
F8 Sony NEX-5 digital, AWB: 距離によっては絞り羽根の影響でボケ味がトゲトゲするが・・・
F8 Sony NEX-5 digital, AWB: そうかと思うと、このように何ともないケースもある。ピント面から背景の被写体までの距離の問題なのであろう


★撮影機材
sony α NEX-5 + LZOS VOLNA-9 50mm/F2.8
Sony NEXにも良く似合うレンズだ

INDUSTAR 61L/Z-MCを使用して以来、ロシアンレンズの高い描写力にすっかりと魅せられてしまった。今回注目したMC VOLNA-9も期待を裏切らない素晴らしいレンズであることがわかった。安価にマクロ撮影を楽しみたい方には、このレンズはオススメしたい。ついでに星ボケも楽しめるし。

2010/10/13

Rodenstock Heligon 50mm/F1.9 (M42) Rev.2 改訂版
ローデンストック ヘリゴン


個性豊かな色彩を見せる幻のレンズ

  今回再び紹介するHeligon(ヘリゴン)50mm/F1.9はドイツ・ミュンヘンに拠点を置く光学機器メーカーのRodenstock(ローデンストック)社が1959年に35mm一眼レフカメラ用として極めて少数だけ生産した単焦点標準レンズだ。光学系は4群6枚の非対称ガウス型でM42、EXAKTA、DKL(デッケル)、Leica-L(35mm/F2.8)、Agfa(50mm/F2)、Retina(50mm/F2)と6種のマウントに対応している。無骨なデザインと個性的な描写力を特徴とし、知る人ぞ知る珍品としてオールドレンズ・コレクターの間では国際指名手配されている。焦点距離の異なる姉妹品には30mm/F2.8と35mm/F4の広角レンズEURYGON(オイリゴン)、100mm/F4、135mm/F4、180mm/F4.5の望遠レンズRotelar(ロテラー)、135mm/F3.5のYonar(イロナー)、120mm/F4.5のソフトフォーカスレンズImagon(イマゴン)などがある。ローデンストックのカメラ部門は主にプロフェッショナル向けの大判用レンズを生産していたため地味な存在であるが、実力やブランド力はライカ、ツァイス、シュナイダーらと同等であり、優れた製品を世に送り出してきたヒットメーカーである。
ローデンストック社(G.Rodenstoc社)は1877年に行商人のヨーゼフ・ローデンストックがドイツのヴュルツヴルクに設立し、主にバロメーターや精密機器、測定器、眼鏡レンズやフレームを生産していた。1880年に眼鏡レンズの周縁に黒い溝切りを施して煩わしい反射を抑えた「ディアフラグマ・レンズ」が大ヒットすると欧州やロシアへの輸出が増え、1883年には本拠地をミュンヘンに移転、1893年に新工場を建てるなど事業規模を拡大させていった。また、この頃から製造を開始したカメラ用レンズの売れ行きが輸出を中心に好調で、これによって生まれた利益は当時の事業全体の拡大を下支えしていた。しかし、後の世界恐慌では輸出が急減し4年で62%も売り上げを落とすなど経営が悪化し、銀行からの圧力やナチスドイツ政府による乗っ取りの危機に直面するなど企業としての存続が危ぶまれた。1930年代中期から再びカメラ用レンズの生産が好調となり、この頃にはクラロヴィッドI型・II型という初の自社製カメラも造られている。しかし、レンズの受注先からの圧力により間もなくカメラの製造は停止に追い込まれてしまった。第二次世界大戦に入ると国防省による厳しい監視のもと自由な事業活動が制限され、同社が生産できたものは戦車の照準器や潜望鏡、眼鏡レンズのみに限られた。終戦時にはミュンヘン本社の施設が40%も破壊されていたが、そのわずか4週間後にアメリカ占領地での唯一の大型工場として眼鏡製造の再スタートを果たすと、経営状態は急速に改善していった。1950年代に当時としては革新的だった有名人を起用した広報戦略が効果をあげ、主力商品の眼鏡が大ヒット、終戦直後に200人程度であった社員の数は僅か10年程で10倍以上にも膨れ上がった。今回紹介するヘリゴンはRodenstock社が企業体としての復興を遂げ、絶頂期を迎えていた1956年から1959年にかけて製造された製品である。Rodenstockの台帳を見るとF1.9のHeligonはExaktaマウント用が160本、M42マウント用が3本のマスターレンズを含め合計1039本製造された。かなりレアなレンズである。
その後も同社は大判カメラ用レンズの生産を続けたが、2000年には写真用レンズの開発・製造を行う光学機器部門をLinos AG社(ドイツ・ゲッチンゲン市)に売却し社名もRodenstock GmbHに変更、製造を眼鏡のみに一本化することで、写真用レンズの生産から撤退している。

米国版のカタログに掲載されていたHeligon 1.9/50(4群6枚)の光学系をトレースしたもの
焦点距離/絞り値:50mm/F1.9-F16、フィルター径:52mm、最短撮影距離:0.6m、重量(実測):260g   光学系は4群6枚で非対称ガウス型。絞り羽は9枚構成。マウント部には絞り連動ピン、マウント部近くにレリーズ穴がついている。絞り機構は半自動絞り。本品はM42マウント仕様となる。コーティングの色は紫。レンズ名はギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosに「角」を表すGonを組み合わせたのが由来である。米国版カタログおよびドイツ版カタログによると、1959年当時の価格はEurygon 2.8/30が179.5ドル(425マルク)、Heligon 1.9/50が169.5ドル(405マルク)、Rotelar3種(4/100, 4/135, 4.5/180)が144.5/144.5/139.5ドル(340/375/355マルク)、Yonarが285マルクであった

Heligonの後玉ガード外し: Heligonにはドーム状の大きなレンズガードがついており、このままの状態で使用するとEOS 5Dなどのカメラではガードがミラーに干渉してしまう。しかし、この後玉ガードはネジ込まれているだけなので手で回して外すことができる。いったん外してしまえば後玉そのものには出っ張りがないため、EOS系を含むあらゆるカメラで後玉がミラーに干渉する心配はない

 

★入手の経緯

本品は2009年6月にeBayを介して米国のビンテージカメラ専門業者ゴー・ケビン・カメラから即決価格610㌦(6万円弱)で落札購入した。商品の解説にはMinty/Rare (98% Mint)とあり、届いた商品はまさに新品同様の極上品であった。海外のあるレンズ収集家はブログ上で、M42マウントのHeligonについて「eBayで7年間も購入の機会を待ったが出品されたのはたったの2件だった」と嘆いている。本品は1200本程度製造されたレンズなので、もう少し流通してもよいはずであるが、コレクターが手放さないためなのか市場に出回ることは殆ど無い。中古相場は不明だが、2011年12月に状態の良い品がeBay出品された際には1800㌦の値がついていた。また、2012年4月にヤフオクで「良品」が出品された際には、何と189000円で落札されていた。うーっ、凄い値段。私のレンズも売ってしまおうか悩む。

★撮影テスト

Heligonを入手し1年4カ月が経つが、使用する度に個性豊かなレンズであることを実感するようになってきた。本レンズは発色に際立った特徴があり、光の様子で色彩がコロコロと変わる面白さがある。発色についてはシャドー部の青みが強く、したがってその補色にあたる黄色が薄めになる点を押さえておけば、このレンズの性質を把握できる。赤のバランスは明暗に依らず適度だがHeligonを介すとよりビビットに表現される。赤と青の間の紫系中間色には抜群の再現性があるが、青と黄色の間の緑系中間色はカラーバランスが不安定でハイライト部では黄緑、シャドー部では青緑に転ぶなど全く異なる色彩を示す。これら紫系と緑系の2種の中間色は寒暖のどちらにも感じられる特別な色(「中性色」とも呼ばれる)であり色調全体に大きな影響を与える。Heligonのコロコロと変わる不思議な色彩は、明暗の変化に対する青の不安定性に由来していると考えられる。実写ではシャドー部でコンクリートなどの白や灰色基調の色が青く色づいて見える。また、晴天時の日陰や、日没後の色彩が全体的にクールトーン調(冷黒調)に表現される。これに対し、ハイライト部では黄色が強まり、植物等のグリーンや黄緑色に変色する。まるで水彩画で描いたかのような不思議な色彩が生みだされる。コントラストは決して高いとは言えないが、中間階調が豊かで階調変化がなだらかなため、微妙なトーンの表現を得意とする。また黄系統を除けば、全般に難しい中間色の色再現性が際立って優れているのも特徴だ。本レンズは中間階調が豊富なことからも、光の内面反射を効果的に利用した設計になっている。内面反射光の中でも青色成分はレンズ内に蓄積しやすく、これが過度に進行するとフレアや青かぶりとなってしまうが、青の内面反射を限定的に取り入れることで個性豊かな色彩を実現しているのではないかと思われる。

★日没間際と曇天下でのテスト・・・光量の少ない条件下では全体的に青にが増しクールトーン調に仕上がる

F1.9 銀塩(Kodak Gold100) 曇り空の下での撮影結果。青みがやや強くクールトーン調の仕上がりだ
F1.9 銀塩(UXi-200): 日没間際でのショット。開放絞りではボケ癖に注意したほうがよい。背景の端部にガサガサしたものがあると結像の流れが目立つ
F2.8 銀塩(UXi-200) 1段絞ればボケ癖については問題ない。端部までよく整った柔らかいボケ味だ.
F5.6 銀塩(FujiColor PN400N) こちらは最短撮影距離でのショット

 

 ★光量の豊富な晴天下でのテスト撮影・・・シャドー部には青みがのこりハイライト部は独特な淡い発色となる。全体として実に個性的な色彩が生みだされる

F8 銀塩(Fujicolor S-400)光量が増えると様子が一変し、緑系中間色が黄色に転んでいる。独特な発色だ
上段 f2.4 銀塩(Fujicolor S-400) / 下段 F2.8 銀塩(Fujicolor PN400N) シャドー部の青みが強く、ハイライト部の黄色が薄め
上段 F2.8 銀塩(UXi-200)/ 中段F5.6銀塩(UXi-200) / 下段F2.8 銀塩(PN400N): クールなシャドーと黄色に転ぶハイライトにより、このレンズの個性が最大限引き出され、とても不思議な色彩空間を生む。アウトフォーカス部の緑が不安定な色彩で面白い
F2.8 銀塩(Fujicolor PN400N) 光の明暗の変化に伴い緑のカラーバランスが不安定に変化している。暗部では青みがかり、明部は黄色化。また、木々の間をすり抜けて入ってくる少し暗めの玉ボケが薄らと青く色づいている。中央の花は白に近い微妙なピンクであるが、しっかりと現物に近い色を再現している

★撮影機材

PENTAX MZ-3 + Rodenstock Heligon 50mm/F1.9 (M42 mount) + minolta metal hood