おしらせ

2010/10/13

Rodenstock Heligon 50mm/F1.9 (M42) Rev.2 改訂版
ローデンストック ヘリゴン


個性豊かな色彩を見せる幻のレンズ

  今回再び紹介するHeligon(ヘリゴン)50mm/F1.9はドイツ・ミュンヘンに拠点を置く光学機器メーカーのRodenstock(ローデンストック)社が1959年に35mm一眼レフカメラ用として極めて少数だけ生産した単焦点標準レンズだ。光学系は4群6枚の非対称ガウス型でM42、EXAKTA、DKL(デッケル)、Leica-L(35mm/F2.8)、Agfa(50mm/F2)、Retina(50mm/F2)と6種のマウントに対応している。無骨なデザインと個性的な描写力を特徴とし、知る人ぞ知る珍品としてオールドレンズ・コレクターの間では国際指名手配されている。焦点距離の異なる姉妹品には30mm/F2.8と35mm/F4の広角レンズEURYGON(オイリゴン)、100mm/F4、135mm/F4、180mm/F4.5の望遠レンズRotelar(ロテラー)、135mm/F3.5のYonar(イロナー)、120mm/F4.5のソフトフォーカスレンズImagon(イマゴン)などがある。ローデンストックのカメラ部門は主にプロフェッショナル向けの大判用レンズを生産していたため地味な存在であるが、実力やブランド力はライカ、ツァイス、シュナイダーらと同等であり、優れた製品を世に送り出してきたヒットメーカーである。
ローデンストック社(G.Rodenstoc社)は1877年に行商人のヨーゼフ・ローデンストックがドイツのヴュルツヴルクに設立し、主にバロメーターや精密機器、測定器、眼鏡レンズやフレームを生産していた。1880年に眼鏡レンズの周縁に黒い溝切りを施して煩わしい反射を抑えた「ディアフラグマ・レンズ」が大ヒットすると欧州やロシアへの輸出が増え、1883年には本拠地をミュンヘンに移転、1893年に新工場を建てるなど事業規模を拡大させていった。また、この頃から製造を開始したカメラ用レンズの売れ行きが輸出を中心に好調で、これによって生まれた利益は当時の事業全体の拡大を下支えしていた。しかし、後の世界恐慌では輸出が急減し4年で62%も売り上げを落とすなど経営が悪化し、銀行からの圧力やナチスドイツ政府による乗っ取りの危機に直面するなど企業としての存続が危ぶまれた。1930年代中期から再びカメラ用レンズの生産が好調となり、この頃にはクラロヴィッドI型・II型という初の自社製カメラも造られている。しかし、レンズの受注先からの圧力により間もなくカメラの製造は停止に追い込まれてしまった。第二次世界大戦に入ると国防省による厳しい監視のもと自由な事業活動が制限され、同社が生産できたものは戦車の照準器や潜望鏡、眼鏡レンズのみに限られた。終戦時にはミュンヘン本社の施設が40%も破壊されていたが、そのわずか4週間後にアメリカ占領地での唯一の大型工場として眼鏡製造の再スタートを果たすと、経営状態は急速に改善していった。1950年代に当時としては革新的だった有名人を起用した広報戦略が効果をあげ、主力商品の眼鏡が大ヒット、終戦直後に200人程度であった社員の数は僅か10年程で10倍以上にも膨れ上がった。今回紹介するヘリゴンはRodenstock社が企業体としての復興を遂げ、絶頂期を迎えていた1956年から1959年にかけて製造された製品である。Rodenstockの台帳を見るとF1.9のHeligonはExaktaマウント用が160本、M42マウント用が3本のマスターレンズを含め合計1039本製造された。かなりレアなレンズである。
その後も同社は大判カメラ用レンズの生産を続けたが、2000年には写真用レンズの開発・製造を行う光学機器部門をLinos AG社(ドイツ・ゲッチンゲン市)に売却し社名もRodenstock GmbHに変更、製造を眼鏡のみに一本化することで、写真用レンズの生産から撤退している。

米国版のカタログに掲載されていたHeligon 1.9/50(4群6枚)の光学系をトレースしたもの
焦点距離/絞り値:50mm/F1.9-F16、フィルター径:52mm、最短撮影距離:0.6m、重量(実測):260g   光学系は4群6枚で非対称ガウス型。絞り羽は9枚構成。マウント部には絞り連動ピン、マウント部近くにレリーズ穴がついている。絞り機構は半自動絞り。本品はM42マウント仕様となる。コーティングの色は紫。レンズ名はギリシャ語の「太陽」を意味するHeliosに「角」を表すGonを組み合わせたのが由来である。米国版カタログおよびドイツ版カタログによると、1959年当時の価格はEurygon 2.8/30が179.5ドル(425マルク)、Heligon 1.9/50が169.5ドル(405マルク)、Rotelar3種(4/100, 4/135, 4.5/180)が144.5/144.5/139.5ドル(340/375/355マルク)、Yonarが285マルクであった

Heligonの後玉ガード外し: Heligonにはドーム状の大きなレンズガードがついており、このままの状態で使用するとEOS 5Dなどのカメラではガードがミラーに干渉してしまう。しかし、この後玉ガードはネジ込まれているだけなので手で回して外すことができる。いったん外してしまえば後玉そのものには出っ張りがないため、EOS系を含むあらゆるカメラで後玉がミラーに干渉する心配はない

 

★入手の経緯

本品は2009年6月にeBayを介して米国のビンテージカメラ専門業者ゴー・ケビン・カメラから即決価格610㌦(6万円弱)で落札購入した。商品の解説にはMinty/Rare (98% Mint)とあり、届いた商品はまさに新品同様の極上品であった。海外のあるレンズ収集家はブログ上で、M42マウントのHeligonについて「eBayで7年間も購入の機会を待ったが出品されたのはたったの2件だった」と嘆いている。本品は1200本程度製造されたレンズなので、もう少し流通してもよいはずであるが、コレクターが手放さないためなのか市場に出回ることは殆ど無い。中古相場は不明だが、2011年12月に状態の良い品がeBay出品された際には1800㌦の値がついていた。また、2012年4月にヤフオクで「良品」が出品された際には、何と189000円で落札されていた。うーっ、凄い値段。私のレンズも売ってしまおうか悩む。

★撮影テスト

Heligonを入手し1年4カ月が経つが、使用する度に個性豊かなレンズであることを実感するようになってきた。本レンズは発色に際立った特徴があり、光の様子で色彩がコロコロと変わる面白さがある。発色についてはシャドー部の青みが強く、したがってその補色にあたる黄色が薄めになる点を押さえておけば、このレンズの性質を把握できる。赤のバランスは明暗に依らず適度だがHeligonを介すとよりビビットに表現される。赤と青の間の紫系中間色には抜群の再現性があるが、青と黄色の間の緑系中間色はカラーバランスが不安定でハイライト部では黄緑、シャドー部では青緑に転ぶなど全く異なる色彩を示す。これら紫系と緑系の2種の中間色は寒暖のどちらにも感じられる特別な色(「中性色」とも呼ばれる)であり色調全体に大きな影響を与える。Heligonのコロコロと変わる不思議な色彩は、明暗の変化に対する青の不安定性に由来していると考えられる。実写ではシャドー部でコンクリートなどの白や灰色基調の色が青く色づいて見える。また、晴天時の日陰や、日没後の色彩が全体的にクールトーン調(冷黒調)に表現される。これに対し、ハイライト部では黄色が強まり、植物等のグリーンや黄緑色に変色する。まるで水彩画で描いたかのような不思議な色彩が生みだされる。コントラストは決して高いとは言えないが、中間階調が豊かで階調変化がなだらかなため、微妙なトーンの表現を得意とする。また黄系統を除けば、全般に難しい中間色の色再現性が際立って優れているのも特徴だ。本レンズは中間階調が豊富なことからも、光の内面反射を効果的に利用した設計になっている。内面反射光の中でも青色成分はレンズ内に蓄積しやすく、これが過度に進行するとフレアや青かぶりとなってしまうが、青の内面反射を限定的に取り入れることで個性豊かな色彩を実現しているのではないかと思われる。

★日没間際と曇天下でのテスト・・・光量の少ない条件下では全体的に青にが増しクールトーン調に仕上がる

F1.9 銀塩(Kodak Gold100) 曇り空の下での撮影結果。青みがやや強くクールトーン調の仕上がりだ
F1.9 銀塩(UXi-200): 日没間際でのショット。開放絞りではボケ癖に注意したほうがよい。背景の端部にガサガサしたものがあると結像の流れが目立つ
F2.8 銀塩(UXi-200) 1段絞ればボケ癖については問題ない。端部までよく整った柔らかいボケ味だ.
F5.6 銀塩(FujiColor PN400N) こちらは最短撮影距離でのショット

 

 ★光量の豊富な晴天下でのテスト撮影・・・シャドー部には青みがのこりハイライト部は独特な淡い発色となる。全体として実に個性的な色彩が生みだされる

F8 銀塩(Fujicolor S-400)光量が増えると様子が一変し、緑系中間色が黄色に転んでいる。独特な発色だ
上段 f2.4 銀塩(Fujicolor S-400) / 下段 F2.8 銀塩(Fujicolor PN400N) シャドー部の青みが強く、ハイライト部の黄色が薄め
上段 F2.8 銀塩(UXi-200)/ 中段F5.6銀塩(UXi-200) / 下段F2.8 銀塩(PN400N): クールなシャドーと黄色に転ぶハイライトにより、このレンズの個性が最大限引き出され、とても不思議な色彩空間を生む。アウトフォーカス部の緑が不安定な色彩で面白い
F2.8 銀塩(Fujicolor PN400N) 光の明暗の変化に伴い緑のカラーバランスが不安定に変化している。暗部では青みがかり、明部は黄色化。また、木々の間をすり抜けて入ってくる少し暗めの玉ボケが薄らと青く色づいている。中央の花は白に近い微妙なピンクであるが、しっかりと現物に近い色を再現している

★撮影機材

PENTAX MZ-3 + Rodenstock Heligon 50mm/F1.9 (M42 mount) + minolta metal hood



8 件のコメント:

  1. 初めまして、日頃購読させていただいております。JUNICHI ISONO です。
    大変勉強になり感謝しておりますが本日は教えていただきたいことがあります。
    初期型フレクトゴン1st-silverを購入してEOS-5DとM42-EOSレンズアダプタを装着してみましたが、無限が取れないのと無限付近ではミラーが干渉してしまいます。5Dではフランジバックの関係で無限とミラー干渉は避けられないのでしょうか?何か解決策がありましたら御教えくださると大変ありがたいです。

    返信削除
  2. JUNICHI ISONOさん

    ようこそ。こんばんは。SPIRALです。
    M42のフレクトゴンでしたら無限遠は出るはずです。
    マウントアダプターに原因があるかレンズ自体の緩み等の問題ではないでしょうか?マウントアダプターに問題があるとすると、お使いのアダプターが古い中国製なのではないでしょうか?製造精度の問題から無限遠が出ない場合があるそうです。最近のものでしたら問題ありません。レンズ自体の緩みに問題があるとすれば将来の定期メンテナンス等の時に、ついでに修復してもらうのがいいとおもいます。

    ひとつ、レンズに問題がある場合の回避策になるかわかりませんが、最近の中国製のM42→EOSアダプターにはわざとオーインフ気味に設計されているものが多くあります(私もひとつ持っています。たったの19㌦くらいでした・・・。)。これを用いると無限遠が出るようになるかもしれません。

    ミラー干渉の問題については、こちらのWEBサイトをご覧ください。EOS 5Dでオールドレンズを使用する際のミラー干渉に関する情報を集めているドイツのWEBサイトです。
    http://www.panoramaplanet.de/comp/

    1st-FLEKTOGONは確かに5Dのミラーにヒットします。2ND-ZEBLAもヒットしますので、FLEKTOGONシリーズでヒットしないのは、3RD-BLACKのようです。一部のレンズでは後玉を少々削る処理でミラー干渉を回避できる場合があるようです.
    リストによると、1st-FLEKTOGONではそれも不可能のようです。残念ですが無限遠付近ではミラー干渉は避けられないようです。ご参考までに

    いつでも遊びにいらしてください。

    返信削除
  3. どうもありがとうございます。
    どうやら、レンズ自体の緩みに問題があるあるようです。
    後玉がヒットする問題は仕方ないようなので、他社のカメラで試してみます。
    またよろしくおねがいします。

    返信削除
  4. SPIRALさん、今晩和。
    いつも拝読して勉強させて頂いています。

    Rodenstockのレンズ、私も一時購入する寸前にいきましたが
    Yahoo!オークションでM42系を専門に収集していると思われる
    コレクターと競り負けてしまいました。
    恐らく同レンズ、ないし似た開放値のレンズだと思いますが
    その時で3万円以上まで値段が釣り上がり、私と相手と完全な
    一騎討ち状態で、何度入札しても釣り上げられて、心折れて
    4万円に行く前に決着が着いてしまいましたね。
    しかし、Yahoo!オークションに殆ど出てこない代物ですね。
    今思えばもう少し競り合ってみても良かったかも…。

    返信削除
  5. SMJ-GNRLさん こんばんは

    掲示板への書き込みありがとうございました。
    このレンズはデッケルマウントの品の方が比較的
    入手しやすいと聞きます。鏡胴のデザインは異な
    りますが、光学系は同じようです。

    ローデンストックは30MMのユリゴンも
    望遠のロテラーも発色の傾向が似ており、
    独特です。

    程度にもよりますが,最近の相場では
    4万円で入手できたとすると、
    かなりお手頃だったのかと思います。

    最近のオールドレンズ相場は不況の影響で
    一時よりも落ち着いてきているとはいい
    ますが、RODENSTOCKは値崩れしません。

    欲しい人はいっぱいいるのかもしれません。
    ドイツ版eBayをちょくちょく覗くと
    でたまに出てきますね。

    返信削除
  6. このコメントはブログの管理者によって削除されました。

    返信削除
  7. M42 Spiralさん、毎回興味深く閲覧させていただいております。
    私も以前からRodenstok Heligonを探していたのですが、M42版はどうにも品薄+高価過ぎて手が出なかったため、諦めてRetina用のHeligonを入手しました。
    最初に手に入れた個体がRetina 2で1945年製と古かったためコーティングのない個体でしたが個性ある描写が気に入って3cのHeligonも入手してしまいました。
    改造する手間はありますが、単価が安いため「どうしてもHeligonが欲しいッ!」という御仁は此方の方が入手し易いかもしれませんね。(どちらも2万以下で入手可能なようです)
    新旧比べてみたところ、前面からの蛍光灯の反射に多少の違いがみられるので、設計に多少の変更があるのかもしれません。
    どちらも描写は似ておりますが、コーティングのない方がフレアが出やすく扱いにくさはあるものの、よりオールドレンズらしい描写になるような気がします。

    返信削除
  8. Terryさん。ご無沙汰しております。

    >前面からの蛍光灯の反射に多少の違いがみ
    >られるので、設計に多少の変更があるのかも
    >しれません。

    そうでしたか!。硝材の進歩に合わせ、ヘリゴンも
    どんどん設計をアップデートしていたのですね。
    ありがとうございます。

    ズンマーにしてもフォカにしても、最近、
    フレアの出るレンズは大変な人気で、
    ノンコート指定で探す人が広い年代層、
    特に参入層の中にまで広がってきています。

    描写の特徴で古いレンズを紹介する傾向が
    雑誌などでは以前にも増して強くなったから
    なのかもしれません。

    情報ありがとうございます。

    返信削除

匿名での投稿は現在受け付けておりませんので、ハンドルネーム等でお願いします。また、ご質問を投稿する際には回答者に必ずお返事を返すよう、マナーの順守をお願いいたします。