おしらせ

2021/10/06

Som Berthiot Paris FLOR 75mm F2.8

パリの水と空気で生み出された
軟調でムーディな描写のレンズ
SOM BERTHIOT Paris FLOR 75mm F2.8
20世紀にフランスで活躍しAngenieux(アンジェニュー)に比肩する光学メーカーとして認知されているのが、SOM BERTHIOT(サン・ベルチオ)社です。同社のレンズには軟調で滲みを伴う描写の製品が多く、ムードを優先した印象派的な描写、描く対象だけでなく、対象とそれを取り巻く光や空気感を捉えることに力を注いだ美しい描写のレンズが多くあり、希少性もあるため、マニアからは高い支持を得ています。
SOMとはSociété d'Optique et de Mécanique(=光学・機械会社)の略です。第一次世界大戦前の同社は主に大判用レンズを供給していましたが、その後は軍需光学産業にも参入し、事業規模を急速に拡大しています。1934年に古参メーカーであるHermagis(エルマジ)社を買収してからは、大判用レンズはもとより、中判用や35mm判レンズに加え、シネマ用レンズやプロジェクター用レンズなどにもラインナップを広げています。
今回紹介するのはSOM BERTHIOT社が1950年代に市場供給した中判用レンズのFLOR 75mm F2.8です。レンズ構成は口径比F2.8としては珍しい4群6枚のガウスタイプ(下図)で、中判ロールフィルムカメラが多く採用した645フォーマットを定格フォーマットとしています。デジタルカメラで使用する場合はFujifilmのGFXシリーズとの相性がよさそうです。レンズ名のFLORは恐らく1908年に同社の技術顧問でありレンズ設計士でもあったシャルル・アンリ・フロリアン(Charles Henri Florian)の名から来ており、フロリアンは1922年に発売された自身が設計したレンズにはじめてFLORの名をつけています[3]。自分の設計した製品に自分の名前の一部をつけてしまうなんて、大胆ですが素敵ですね。まるでFUTURE社のフリッツ・クーネルトみたい。
 
SOM Berthiot FLOR 75mm F2.8:同社の公式カタログ[4]からの見取り図(トレーススケッチ)。構成は4群6枚のオーソドックスなガウスタイプ








 
SOM BERTHIOT社とレンズ設計士
同社についての情報はDaniel W.Frommがgalarie-photoに公開している記事"Berthiot’s large format anastigmats"が詳細かつ充実した情報量を持っており、参考文献を提示していますので信憑性のある内容です[1]。以下はこの記事を基に、私なりに付加情報を加えた要約です。
会社の創業は1857年で、眼鏡職人のクロード・ベルチオ(Claude Berthiot,1821–1896)が写真用レンズを作るために創立した工房が始まりです。工房は家族経営でしたが、1884年にクロードの甥であるEugène Lacour(ウジェーヌ・ラクール)が経営に参入します。当時発売していたレンズで代表的なものとしては、創業者のクロードが設計した大判撮影用のPérigraphes(1888年発売)でした。会社の経営権は1894年に甥のラクールへと引き継がれ、社名もLacour-Berthiot(ラクール・ベルチオ)に改称されます。新体制の発足のもと同社は新型アナスティグマートのユーリグラフ・エクストラ・ラピード(これも大判撮影用)を発売します。このレンズを設計したのは経営者のラクール本人でした。ユーリグラフはその後さまざまなバリエーションのモデルが発売されますが、1908年に発売された広角ユーリグラフF14を最後に打ち止めとなります。
会社は1908年に法人化し、社名をÉtablissements Lacour-Berthiot社に変えています。この新体制では経営トップにラクール、技術顧問にはCharles Henri Florian(シャルル・アンリ・フロリアン)が就いています[2]。当時のラクール・ベルチオ社は精密光学機器と科学機器などの民生品が主力で、発売されたレンズはフランスの写真雑誌でも大きく取り上げられました。ただし、その後の軍需メーカーとの接点がこの状況に変化をもたらします。1913年に同社は武器メーカーのSchneider-Creusot社から株式50%の資本提携をうけ、社名はSOM Berthiot社に変わります。第1次世界大戦が勃発しSOM BERTHIOT社は軍需品の生産にも参入、事業規模を大きく拡大させ、以降にはこの分野で圧倒的な存在感を示すようになります。1934年には19世紀中半に創業したフランスの古参光学メーカーであるHermagis(エルマジ)社を買収しています。1936年のカタログでは大判用レンズに加え、中判用、35mm判スチルカメラ用レンズ、シネマ用レンズ、プロジェクター用レンズなど幅広く商品展開しており、軍事用のレンズや光学製品も継続して扱っていました。同社がSOM Berthiotブランドでレンズを販売していたのは1960年代半ばまでです。1964年にフランス製ライカ型カメラのFOCAで知られるOPL社(パリ郊外のルヴァロワ光学精機社)と合併し、SOPEM社(後のSOPELEM社)となっています。その後は1980年にSFIM社に吸収され、1995年にSFIM-ODS社へと改称、1999年にはSAGEM社に買収され、2005年にSNECMA社と合併し、SAFRAN社として消滅している。椅子取り合戦ですね・・・これは。頭文字の先頭がいつも"S"で始まるのはSOMの名残でしょうか?。

[1]Daniel W.Fromm,"Berthiot’s large format anastigmats" galarie-photo (Last update in 2018)
[2]S.O.M. Berthiot paris(catalog 1908)
[3]S.O.M. Berthiot paris, Les Objectifs Berthiot et les Appareils S.O.M Berthiot(catalog 1922)
[4] Les Objectifs, Som Berthiotの戦後の公式カタログ(発行年の表記無し)


市場でのレンズの相場
今回のレンズは知人の所持品です。売却をサポートするかわりに少しの間お借りしました。経年にしては良好なコンディションでカビやクモリは無く、ヘリコイドに搭載しM42レンズとして使用できるよう改造されていました。このモデルはeBayにも少しだけ流通があり、25万円あたりの即決価格で売られています。ライカマウントやコンタックスRFマウントの個体の場合は35~40万円程度ともう少し高めの値が付きます。同じ焦点距離75mmでもF3.5の個体は二眼レフカメラに搭載されていたものが比較的多く流通していますが、F2.8の個体は流通量が少なく、希少価値があります。
 
SOM BERTHIOT FLOR 75mm F2.8: フィルター径 40mm, 絞り羽 13枚, 4群6枚ガウスタイプ, 定格イメージフォーマット 6x4.5cm, ノンコート











 

撮影テスト

コントラストは低めでシャドーの階調も浮き気味の軟調描写がこのレンズの基本的な性質です。逆光撮影時はハレーションが多めに発生し、写真全体に紗がかかったような幻想的な効果が得られます。落ち着いた渋い色味で品があり、薄暗い淀んだ町並みや、そこに暮らす人々の佇まいを撮るのに向いています。自然光を取り込んだ室内など明暗差の大きな場所で用いると、映画のワンシーンで目にするような空気感に包まれます。写真のマンネリ化から脱却したい人にもおすすめします。グルグルボケが出ることはありませんが、背後のボケは2線ボケが強く、少しザワザワとすることがあります。

FLOR x Fujifilm GFX100S

model:  #はらみか #えぞえこうざぶろう

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S (FS:NN, AWB, Color:-2, Tone(S):-2 )

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S (FS:NN, AWB, Color:-2, Tone(Shadow):-2 )

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S (FS:NN, AWB, Color:-2, Tone(Shadow):-2 )

F2.8(開放) Fujifilm GFX100S(FS:Standard, AWB, Color:-2, Tone(S):-2 )
F2.8(開放) Fujifilm GFX100S (FS:Standard, AWB, Color:-2, Tone(S):-2)
F2.8(開放) Fujifilm GFX100S (FS:Standard, AWB, Color:-2, Tone(S):-2


F2.8(開放) Fujifilm GFX100S (FS:Standard, AWB, Color:-2, Tone(S):-2)
F2.8(開放) Fujifilm GFX100S (FS:Standard, AWB, Color:-2, Tone(S):-2)



 

 v 

SONY A7R2での写真作例

撮影フォーマットは小さめですが、35mm判フルサイズセンサーを搭載したSONY A7シリーズでの写真もどうぞ。

model:  #はらみか #えぞえこうざぶろう

F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日光)

F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日光)

F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日陰)

F2.8(開放) SONY A7R2(WB:日陰)


2021/09/20

A.Schacht Ulm S-Travelon 50mm F1.8 R (Rev.2)

シャハト社の高速標準レンズ

A.Schacht Ulm S-TRAVELON 50mm F1.8

1960年代に入り、標準レンズの明るさの主流はF2からF1.9~F1.8へと移行しますが、新興中堅メーカーのA.シャハト社もこの流れを見越して、1962年に同社初となる高速レンズのS-トラベロン(S-Travelon)をF1.8の明るさで発売します。当時のライバルメーカーの状況を見ると東ドイツ勢はZeiss Jena社がPancolar F2(後にF1.8)、Meyer Optik社がDomiron F2 (後にOreston F1.8)を出しており、西ドイツ勢からはSchneider社がXenon F1.9, Rodenstock社がHeligon F1.9, Steinheil社がAuto-Quinon F1.9, Isco社がWestagon F1.9とWestrocolor F1.9を出すなどF2~F1.9で揉み合っていましたので、A.Schacht社は西ドイツ勢としては唯一、頭一つ抜けた明るさで標準レンズを出していました。とはいえS-Travegonがこのクラスのレンズの市場でのシェアを伸ばしていたわけではなく、ドイツの消費者層が僅か0.1の明るさに右往左往する人々では無かったことがわかります。レンズ専業メーカーの多くがレンズのマウント規格をM42とEXAKTAの2種で供給していたのに対し、A.Schacht社はM42, Leica L, EXAKTA, Twin Exakta, Praktina, Minolta MD, Alpa, Leidolf-Lordomatなど実に多くのマウント規格を展開し、市場でのシェア獲得のため、なりふり構わず奔走していたように思えます。ちょうど日本で言うところのKomuraやMakina光学あたりの製品展開によく似ています。

さて、S-Travelonのレンズ構成は4群6枚のオーソドックスなガウスタイプです。A.Schacht社はF1.4/F1.5の製品を作りませんでしたので、このレンズが同社では一番明るい製品でした。イメージサークルは広めに設計されており、中判デジタル機のGFXシリーズでもダークコーナーは出ずに使用できます。レンズを誰が設計したのかは不明で、特許資料などエビデンスのある情報は見つかりません。同社の設計は全てベルテレが担当したとの説がありますが、ガウスタイプは既に各社が製品化していたジェネリックなレンズ構成ですので、根拠となる特許資料の存在は期待できそうにありません。Schneiderなど大手に設計を外注していた可能性も考えられます(Futura社がそうでした)。写りがどことなくシュナイダーっぽい気がするからです。ただし、競合他社に自社製品よりも明るいレンズの設計を供給したのかというと、それも考えにくい状況です。

レンズ名の由来は「遠くへ」または「旅行」を意味するトラベルが由来のようです。旅に持参し大活躍するという意味が込められていたのかもしれません。ピントリングのゼブラ柄からは国土地理院の地形図に記されているJR線の線路記号を連想させられます。

A.Schacht S-Travelon 50mm F1.8の構成図(パンフレットからのトレーススケッチ):
設計構成は4群6枚のオーソドックスなガウスタイプ
 

入手の経緯

レンズはeBayに絶えず流通していますが、A.Schacht社の製品は流通額が近年上昇傾向にあり、このレンズも25000円~35000円あたりで取引されています。ただし、日本国内では流通量こそ少ないものの、依然として5年前くらいの相場で取引されますので、狙うなら国内市場かもしれません。

わたしが入手した個体はTwin Exaktaというマイナーなマウント規格の個体で、ヘリコイドが故障しており、絞りの開閉にも問題のあるジャンク品でした。入手額はたったの99ドルですが、もちろんマウントアダプターなんて存在しません。ガラスは大変綺麗でしたので直せるかもしれないという淡い期待を抱いていましたが、絞りの不具合は内部の機械の摩耗に由来しており、修理困難な状態でした。仕方なく絞りの制御棒を絞りリングに直結し、指標通りではありませんが開閉できるようにしました。ヘリコイドの方は直進キーが折れており修理を断念。マウント部をライカMに改造しておき、ピント合わせは外部ヘリコイドに頼ることとしました。まあミラーレス機で普通に使えるようになったので、この値段なら文句は言いません。

 

A.Schacht S-Travelon 50mm F1.8 R:絞り値 F1.8-F22, フィルター径 49mm, 絞り羽 6枚構成, 最短撮影距離 0.5m, 4群6枚ガウスタイプ, 写真の個体はTwin ExaktaマウントからライカMへの改造品です 
 

撮影テスト

開放ではピント部を薄いフレアが覆いますが、引き画では目立たないレベルです。解像力は充分にあり、コントラストは良好で発色も鮮やかなど、開放での画質コントロールが絶妙で、透明感のあるヌケの良い描写が維持されています。少し絞ればフレアは消え、完全にクリアな描写となります。とても性能の良いレンズです。光量の少ない撮影条件やシャドー部などに青みが出やすく、クールトーンの発色傾向にコケることがよくあり、青や黄色が映えます。コダックのフィルムで撮影した写真を見ているようです。背後のボケは適度に柔らかいものの距離によっては2線ボケ傾向になることがありました。グルグルボケが目立つことはありません。

F1.8(開放) soiny A7R2(WB:日光☀) 開放ではピント部を薄らとフレアが覆いますが、コントラストは良好で,解像力も充分にあります
F1.8(開放) sony A7R2(WB:日陰) 開放から解像感の高い描写です。高性能なレンズですね


F4 sony A7R2(WB:日光☀)


F1.8(開放) sony A7R2(WB:日光 ☀)

F5.6 sony A7R2(WB:日光☀)

F1.8(開放) sony A'R2(WB:日光☀) これくらいの距離で2線ボケ傾向になることがあるようですね
F8 sony A7R2(WB:日光☀)

銀塩フィルムでの撮影結果も過去のブログエントリーから引っ張り出しましたので、一緒にご覧ください。

F5.6 Kodak GOLD100

F5.6 Kodak GOLD100