おしらせ

2021/06/15

Carl Zeiss Jena BIOGON 3.5cm F2.8 Contax RF mount

オールドレンズの評論家達がこの広角レンズを、言葉を尽くして褒めたたえます。BIOGONを手にすると、ツァイスがレンズ設計の偉大なイノベーターであることを実感できるというのです。いったい何がそんなに凄いのか、BIOGONの秘密を紐解く手がかりがレンズ構成にありました。

ベルテレの広角ゾナー part 1

カメラの都合など考えもしない大きな後玉が
レンズマニアたちの心をグラグラと揺さぶる
Cael Zeiss Jena  BIOGON 3.5cm F2.8

BIOGON(ビオゴン)は、カール・ツァイスが1936年に同社の高級レンジファインダー機 CONTAX IIIII 型のために開発・発売した広角レンズです。先代の CONTAX I 型(19321936年)には間に合わず、I 型には暗めの広角レンズ TESSAR 28mm F8 が供給されていました。したがって、明るい広角レンズの登場は手持ち撮影を可能にする画期的な出来事であり、BIOGON の登場は CONTAX ユーザーに熱烈に歓迎されたのです。同時期の Leica に搭載されていた広角 Hektor 2.8cm F6.3やELMAR 3.5cm F3.5と比較しても、F2.8 の明るさは他社を圧倒する異次元の性能であり、BIOGON は当時世界で最も明るい広角レンズでした。

この革新を成し遂げたのは、SONNAR(ゾナー)の設計者として名高い Zeiss の天才技師 L. Bertele(ベルテレ)です。BIOGON SONNAR を起点として開発され、その描写特性を色濃く受け継ぎました。これらのレンズに共通する普遍的な描写は、写真画質に対する Bertele の揺るぎない理念の表れといえるでしょう。

ただし SONNAR は、画角を広げすぎると非点収差が急増するという弱点を抱えていたため、標準から中望遠域に適した設計でした。広角化には基本構造の大幅な改良が不可欠であり、優れた性質を維持しつつ弱点を克服することが BIOGON 開発の核心でした。Bertele は研究を重ね、後玉を大胆に大型化するという新たな発想に到達します。これにより、従来の常識を覆す特異なレンズ構成を打ち出し、SONNAR を広角レンズへと適合させることに成功したのです。まさに彼の天才性が遺憾なく発揮されて生み出されたのが、この BIOGON でした。

BIOGON といえば、ストリートフォトグラファー Robert Frank の存在も忘れてはなりません。彼の代表作『The Americans』(1958年)は、1950年代アメリカの姿を批判的に切り取った歴史的名作として知られています。Frank は改造 BIOGON 35mm をライカにマウントして使用しており、その鋭い視線と BIOGON の描写力が融合して、写真史に残る作品群を生み出したのです[2]。



BIOGON の原型は戦前の1934年に誕生しました。この試作設計は、SONNAR の各レンズエレメントのパワーバランスを変更したもので、構成自体は SONNAR と全く同一でした(上図・左から2つめ)。その後、1936年に製品版 BIOGON が登場します。このモデルでは、前群の3枚接合ユニットが2枚に簡略化され、さらに後群には貼り合わせレンズが1枚追加されることで、後群側の設計自由度が大きく補強されました(上図・左から3つめ)。この完成形は戦後も継続して製造され、長く写真家に愛用されることになります。

戦後には、西ドイツの Zeiss-Opton からも別設計の BIOGON(通称「オプトン・ビオゴン」)が発売されました。このモデルでは後群のガラス厚を積極的に利用して屈折力を確保し、同時にレンズエレメントの構成枚数を6枚へと削減しています(上図・右)。

参考文献

[1] Marco Cavina’s wonderful HP: marcocavina.com

[2] 田中長徳 「ロバート・フランクとカール・ツアイス・イエナ・ビオゴンを語る」御茶ノ水のギャラリー・バウハウス(2013)

[3] Zeiss Ikon社 公式カタログ(1938) 内の構成図

Carl Zeiss Jena BIOGON 3.5cm f2.8: フィルター径 40.5mm, 重量(実測) 115.5g, 絞り羽 5枚構成(F2.8-F22) , 最短撮影距離 0.9m, 4群7枚BIOGON型, Contax RF/マウント, Tコーティング

入手の経緯

現在のビオゴンの相場は500ドル前後です。製造から半世紀もの歳月が経ちますが、まだまだ流通量がありますので、コンディションの良い個体をじっくり探すことをおすすめします。今回ご紹介している個体は2019年夏にドイツ版eBayにて、コレクターと称する個人の出品者から落札しました。レンズのコンディションは大変よく、拭き傷すらない美品でした。


デジタルミラーレス機へのマウント

BIOGON は後玉が大きく飛び出しているため、使用できるカメラは限られています。フルサイズのミラーレス機であれば問題ありませんが、APS-C 機(リコー製を除く)やマイクロフォーサーズ機では後玉がカメラ内部に干渉し、物理的に装着できないので注意が必要です。

使用するマウントアダプターは、コンタックス RF(レンジファインダー機)用レンズに対応したものを選びます。この種のアダプターには、ヘリコイドを内蔵した外爪・内爪両用タイプと、外爪のみのタイプがあり、どちらでも使用可能です。前者は価格が高めのため、後者の方が実用的でしょう。アダプターには、カメラ側をライカ M マウント(距離計非連動)へ変換する製品と、E マウントなどミラーレス機に直接変換する製品があります。おすすめはライカ M マウントに変換するタイプで、これをライカ M からミラーレス機へ接続するヘリコイド付きアダプターと組み合わせる方法です。この構成により、BIOGON の最短撮影距離(0.9mとやや長め)を短縮でき、近接撮影にも対応可能となります。

 

撮影テスト

解像力よりは階調描写やコントラストで押し切るタイプのレンズです。開放から中央はハッとするほどシャープでヌケもよく、画面全体のコントラストもたいへん良好、発色もたいへん鮮やかですが、ピント部の四隅では解像力が極端に落ち、ピントがあっていないように見えるレベルです。これはデジタルカメラ機でこのレンズを用いたときに生じる、像面湾曲の影響であるという解説を目にします。すなわち、センサーの四隅に浅い角度で入射する光と、センサーのカバーガラスやローパスフィルターとの相互作用で非点収差や像面湾曲が増大してしまうというわけです。確かに、背後のボケにも非点収差の影響がみられ、四隅の点光源には放射方向(サジタル方向)にツノが生えていますので、サジタル像面が大きく曲がってしまったのかもしれません。また、滲み(倍率色収差)も出ています。もちろん絞れば良像域は拡大し画面全体で高画質になります。歪みは微かに糸巻き状ですが、よく補正されています。レンジファインダー機用の広角レンズでは周辺部に光量落ちが見られることが多いのですが、このレンズでは、それが殆どありません。

F2.8(開放) sony A7R2(WB:⛅) 開放からコントラストは高く、スッキリとヌケの良い描写です



















F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰) ポートレートの距離で使う場合は、四隅の画質はそれほど気にはなりません
F2.8(開放) sony A'R2(WB:日光)

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光)

F2.8(左)とF5.6(右)での画像の比較: SONY A7R2(WB:⛅) 点光源が四隅でコマ収差の影響をうけ尾を引きます。開放から中央はシャープですが、遠方撮影時に四隅に目を向けると非点収差の影響が目立つようになります。どうせ引き画なんだから絞ればいいわけですが

2021/06/13

A.Schacht Ulm S-TRAVEGON 35mm F2.8 R (M42 mount)


レンズ設計者のベルテレ(L.J.Bertele)は戦後にゾナー(SONNAR)を広角化させるもう一つのアプローチを開拓し、一眼レフカメラへの適合までやってのけます。こうしてうまれたのがトラベゴン(TRAVEGON)で、シャハトのためにベルテレがレンズ設計を提供しました。シャハトとベルテレは互いに支え合い困難を乗り越えてきた盟友と呼べる間柄であったようです。

シャハトの一眼レフカメラ用レンズ part 2
ベルテレの広角ゾナー part 2

ゾナーから派生した
レトロフォーカス型広角レンズ

A.Schacht Ulm TRAVEGON 35mm F2.8

ベルテレとシャハトの関係については、文献[1-2]に重要な記載が見られます。共にミュンヘン出身である二人は戦前のZeiss Ikon社に在籍していた時代から親交がありました。シャハトは1939年に故郷ミュンヘンのSteinheil社にテクニカルディレクターとして引き抜かれ移籍します。その間、ドイツではナチスドイツが台頭し、シャハトはナチスの熱狂的な支持者となってゆきます。移籍後のシャハトはSteinheilで潜水艦、装甲車両、軍用機の光学システムの開発に関わります。ベルテレも1940年にドレスデンのZeiss IkonからSteinheilへと移籍することを切望します。この時、シャハトはSteinheilの上層部にかけ合ってベルテレの採用を推薦します。しかし、Zeiss Ikonは天才設計者を手放すことを拒みました。シャハトは政治的な根回しで便宜を図るなどベルテレの希望をかなえるため手を尽くし、彼を助けました。そして、1941年にベルテレはついにSteinheilへの移籍を果たすのです。しかし、二人がSteinheil社に在籍した期間は、そう長くはありませんでした。

1945年にドイツは降伏し終戦を迎えます。ところが、シャハトは終戦後もナチ・イデオロギーを改めることはなく、そのことが原因でSteinheil社を解雇されてしまいます。経済的・社会的に孤立したシャハトは1948年に自身の光学メーカーA.Schcht社を興しますが、こんどはベルテレがレンズ設計者としてシャハトに助けの手を差し伸べることとなるのです。こうして生まれたのがシャハトのレンズ群で、今回ご紹介するTRAVEGONはその中でも、ベルテレらしさを放つ独創的なレンズでした。レンズ構成を下図に示しすが、設計はゾナー同様に3群構成で、SONNARの前玉を正の凸エレメントから負の接合エレメントに置換して生み出されたユニークな形態で、Carl ZeissのBIOGON同様に広角ゾナーの一形態と言えます。広く言えばこれはレトロフォーカス型広角レンズの仲間ですので、短い焦点距離でありながらもバックフォーカスが長く、SONNARファミリーでありながらも一眼レフカメラに適合しています。シャハトとベルテレの友情が生み出した他に類を見ない設計のレンズがTRAVEGONなのです。




TRAVEGONにはF3.5とF2.8の2種類がありますが、1950年代に作られたアルミ鏡胴のモデル(前期型)にはF3.5の口径比のみが用意されました。一方で1960年代に登場したゼブラ柄のモデル(後期型)にはF3.5に加えF2.8のモデルが加わっています。また、数は少ないですが、TRAVEGONのF3.5のモデル(前期型)にはALPAの一眼レフカメラに供給されたALPAGON 35mm F3.5があります。

参考文献

[1] Marco Cavina, Le Ottiche Di Bertele Per-Albert Schacht --Retroscena

[2] Erhald Bertele, LUDWIG J. BERTELE: Ein Pionier der geometrischen Optik, Vdf Hochschulverlag AG (2017/3/1)

[3] 特許資料 (1956年)L.J.Bertele, Switzerland Pat.2,772,601, Wide Angle Photographic Objective Comprising Three Air Spaced Components (Dec.4, 1956/ Filed June 13,1955)

A.Schacht Ulm S-TRAVEGON 35mm F2.8 R: 絞り羽 6枚, フィルター径 49mm, 最短撮影距離 0.5m, 重量(実測) 202, 絞り F2.8-F22, 3群7枚TRAVEGON型, この個体はM42マウント

レンズの相場

A.Schacht社のレンズは近年、再評価がすすみ、ベルテレの件もあって国際相場は上昇傾向にあります。トラベゴンも既にeBayでは400ドル以上の値で取引されています。ただし、日本ではこのような情報の流通が遅く、ヤフオクなどでは今だに3~4年前の値段(1.5~2万円程度)で取引されています。安く手に入れたいなら流通量こそ少ないですが、日本の国内市場が狙い目です。

撮影テスト

SONNARの形質を受け継いだ線の太い力強い描写が特徴で、欠点の少ない優秀なレンズです。開放からスッキリとヌケがよく、シャープな描写で発色も鮮やかです。フレアは開放でも殆ど出ません。ピント部の画質は四隅まで安定しており、レトロフォーカスレンズらしく周辺部の光量落ちも殆どありませんし、ボケも四隅まで安定しています。ただ、背後のボケはポートレート域でゴワゴワとやや固めの味付けになり、被写体までの距離や背後までの位置関係によっては2線ボケ傾向が見られます。もちろん近接では収差変動が起こり、ボケは綺麗になります。

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰)開放から充分なコントラストです。ボケが少し硬めですね

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日陰) 歪みは微かに樽形ですが、よく補正されています

F2.8(開放) sony A7R2(WB:日光) 逆光にはそこそこ強いです



































 

Travegon+Fujifilm GFX100S

F8 Fujifilm GFX100S(35mmフルフレームモード 少し左右をクロップ, Film Simulation: Standard)

F5.6 Fijifilm GFX100S(35mmフルフレームモード, WB:⛅)

F4  Fujifilm GFX100S(Aspect Ratio: 16:9, FilmSimulation: E.B, Shadow tone :-2, Color:-2)

F4 Fijifilm GFX100S(Film simulation E.B, Shadow tone:-2, Color:-2)
F2.8(開放) Fijifilm GFX100S (35mmフルフレームモード, Film Simulation: Standard)